クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号1151-13644 オファー日2011-11-14(月) 14:42

オファーPC コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ツーリスト 男 25歳 軍人

<ノベル>

 0世界の空は動かない。夜が訪れるのも特別な時だけだそうだ。明るいうちの就寝に違和感を覚えながらコタロ・ムラタナは床に入った。新天地――そう、文字通りの意味の――での生活はコタロを疲弊させたが、荒れ野での露営に比べれば寝心地は抜群だ。
 目を閉じれば不自然な静けさが広がる。表からはかすかに雑踏が聞こえるのに、静寂ばかりがやけに耳につく。なぜかと考えて、得心した。この場所には風も雨もないのだ。
(ありがたい、だろうか)
 眠りに落ちる寸前、ふとそんなことを考えた。

   ◇ ◇ ◇

 車軸を流すような大雨であった。夜の帳に雨の弾幕が重なり、足元さえも判然としない。おまけにこの暴力的な雨音。背後から忍び寄られようものなら致命的な事態を招くだろう。
 雨の向こうで女が何かを叫んでいる。コタロには届かない。コタロは答えない。彼の軍服はまだらな返り血に染まり、その足元には三つの死体が転がっている。三人ともコタロと同じような軍服を身に着けていた。
「何故だ! 何故――」
 悲鳴のように女が叫ぶ。彼女の着衣もコタロと同系統の軍服だ。
「聞こえないのか! 答えろ!」
 コタロは決して口を開かない。ただ、寡黙に泥を蹴った。

 場違いな記憶が脳裏を掠める。
 一対一で向き合うのはいつ以来だろう。

 コタロ少年は吹っ飛ばされ、尻もちをついた。汗まみれの肌に土埃が纏わりつく。手の甲で横殴りに額を拭うと、ぬるりとした感触があった。
「加減を考えろ」
 審判役の教官が対戦相手の少女をたしなめる。少女は凛と胸を張って応じた。
「訓練は実戦のためのものであります。戦場での加減に意味がありましょうか」
 やけに大人びた口調だ。幼い声とのアンバランスさにコタロの背中がむず痒くなる。教官は苦笑しながらかぶりを振った。
「殺すことが至上とは限らん。捕虜が必要な場合もあるのだ」
「だ、そうだ」
 少女は腰に手を当ててコタロを見下ろした。
「戦場ならお前は捕虜だな」
 そして勝気に鼻を鳴らす。コタロは無言だった。冷たい物言いと、目の前に差し出された手の落差をどう捉えて良いのか分からない。
「……次は負けない」
 しかしコタロは彼女の手を取って立ち上がった。少女は顔面をむずむずとさせる。笑顔をこらえているのだろう。そう把握できる程度には長い付き合いだった。
 彼女と出会ったのは軍営の孤児院だ。一人の教官の下で、他の仲間たちと共に訓練を受けながら育った。訓練内容は言わずもがなだ。人口に乏しい蒼国において、孤児はひどく扱いやすい資源であった。職業訓練として兵隊に仕立て上げることができるからだ。目の開かぬハツカネズミを餌付けして手懐けるのと同じことであったが、何の後ろ盾もない孤児たちにとって、手に職をつけられるなら悪い話ではなかった。
 良くも悪くも実力のみが評価される世相も拍車をかけていただろう。それは長い戦禍と逼迫した国勢の裏返しであったのかも知れない。
「そら! また捕虜だ」
 コタロと少女は相変わらずだった。彼女との訓練試合を志願するのはいつだってコタロの方で、その度に地べたに転がされる羽目になった。少女は常にコタロの前を歩き、コタロは彼女の背中を追い続けていた。
「足手まといになるなよ。戦場で庇ってやれるとは限らない」
 それでも少女は時折振り返り、コタロへと手を伸べてくれた。コタロもまたその手を掴んだ。同じ大きさの二つの掌が貼り合わされる度に彼女は顔をむずむずとさせ、コタロの背中もむず痒くなった。
 淡々とした時間が流れた。訓練で疲弊し、座学の時間に舟を漕ぐ少女にコタロは消しゴムを投げた。すると翌日、コタロのブーツに『バカ』などと書きつけられているのだった。コタロと少女は相変わらずで、泥仕合じみた戦局も変わらない。
 だが、厳しくもまどろみに似た日々の中で、小さな変化がゆっくりと忍び寄りつつあった。
「国境の先に何があるのだろう」
 暮れなずむ教室で彼女が不意に呟いた。彼女の前には大陸の地図が貼り付けられている。どこの教室にもあるそれは例外なく褪色し、傷だらけで、くたびれていた。端が破れて反り返っている物もあれば、テープであちこち補修されている物もあった。
「紅国だ。何を今更」
 コタロは隣国の領土――太い実線で厳密かつ峻烈に隔てられている――を拳の背で小突いた。蒼と紅という対極の色名を冠する両国は大陸を二分する形で横たわっている。
「我々とは違う国なのか」
「魔法兵が少ない。国土が狭い。人口と資源が豊富。それから」
「そんなことを知りたいのではない」
 教科書の記述をぶつ切れにそらんじるコタロを少女が遮った。苛立ち、跳ねつけるような言い方だった。
「裏の物乞いの爺さんが言っていた。元はひとつの国だったかも知れないと」
「有り得ない」
 コタロはぼそりと、即座に答えた。そんな話にはまったく馴染みがないからだ。仮にこの耳で聞いたとしても、神話の類と一笑しただろう。しかし少女は慎重に目を細めながらコタロを窺っている。
「なぜ有り得ないと言える」
「敵対している。ずっと。長い間」
「なぜ戦っているのか、知っているか?」
 コタロはいらえの代わりに顔をしかめた。窓から差し込む斜陽が眩しいのだ。一方、逆光を背負った少女のおもてでは深い陰影が揺れている。
「何を今更」
 やがてコタロは呟いた。敵対の歴史はコタロ達が生まれる前からのものだ。
 少女は答えず、しばらく沈黙が続いた。太陽がのろのろと天球を這い下り、彼女の顔の陰は刻々と形を変えていく。
「戦況は泥沼だ。もうずっと長い間」
 少女は窓の外に視線を投じた。
「この先に何がある。戦争が国を豊かにしたのか?」
 彼女はコタロを見ていない。コタロは軍人そのものの風情で背筋を伸ばした。
「国を守るためだ。仕掛けてきたのは敵の方」
「戦端を知る者はもはやいない。紅国人は私たちが仕掛けたと主張しているそうじゃないか」
「降りかかる火の粉は払う。当たり前のこと」
「……そうだな」
 コタロを振り返った彼女は軽く目を見開いた。
「コタロ。お前」
 そして、慌ててコタロの前に立った。コタロは何も言わなかった。床の上に並んで伸びる影はコタロの方が長くなっていた。
 翌日の訓練試合で二人はまた顔を合わせ、コタロはいつものように負かされた。
「ふん。百五十二回目の捕虜だな」
 いつものように差し出された手を前にコタロは黙っている。腹に打ち込まれた魔法の重さと、コタロとは明らかに異質な、しなやかですらある手の落差をどう捉えて良いのか分からない。しばし、骨張った自分の手を見つめるばかりであった。
「一人で立てる」
「……そうか」
 結局コタロは彼女の手を取らず、少女はむずりと顔を歪めた。
 以後、二人が試合でまみえることはなかった。それでもコタロは彼女の背中を見守り続けていた。

 豪雨の轟音が続いている。三つの死体は色を失い、どろりとした体液をはみ出させている。うち一体が虚ろに跳ねた。泥濘を蹴り上げる軍靴に踏みつけられたのだ。コタロと女の戦いは佳境へと突入していた。
 女が再び叫ぶ。コタロは答えない。彼女の顔を濡らすのが雨か涙か、コタロはとうに考えるのを止めていた。血染めの軍服に全てを押し込め、ただボウガンを操る。しかし矢も魔法もことごとく叩き落とされた。当然だ。コタロは一兵卒で、彼女は小隊の隊長なのだから。
 聡明な女だった。だからこそ彼女は長い戦禍に疑問を抱いた。しかし国にとっての兵とはハツカネズミのようなもので、ハツカネズミは歯車を回すことに専心すればよい。国は彼女を危険視し、コタロと、コタロ達のかつての教官を含む面々に暗殺命令を下した。
「国のためだ」
 とだけ教官は言った。コタロは寡黙に教官の横顔を見つめるばかりだった。教官の目尻には消し難い皺が刻まれ、鬢には白い物が目立ち始めている。ハツカネズミと同じ色だ。
「答えろ! 何故殺した!」
 土砂降りの中、女は悲痛にコタロを糾弾する。彼女は恐らく何も知らない。否、勘付いていたからこそ問うているのだろうか。
 雨の向こうから散弾銃のような足音が近付く。騒ぎに気付いた同胞たちだ。戦う二人と転がる三人を見た兵士らは口々に叫んだ。制止を。疑問を。あるいは二人の名を。
 二人はどの声にも答えない。ただ目の前の相手に攻撃をぶつけ続ける。
 どのハツカネズミも国を愛していた。国のためと信じていた。同じ目線で同じ場所を目指していると思っていた。
「本営に――」
「上官へ――急いで――」
 雨音の弾幕を縫って同胞の声が届く。間髪入れずに複数の足音が遠ざかっていく。コタロがわずかに眉宇を寄せた瞬間、女のボウガンから牽制の矢が放たれた。コタロは仰け反ってかわした。手の甲で横殴りに額を拭う。ぬるりとした感触。二の矢も魔法も飛んで来ない。女は隙のない姿勢でボウガンを構え、顔を濡らして叫び続けている。
 何と言っているのか。
 聞こえたとして、コタロは果たして答えただろうか。答える術があっただろうか?
「何故黙っている!」
 女の、悲痛な叫び。コタロの背後から重々しい靴音が近付く。コタロはぬかるみを蹴りつけ、一息に間合いを詰めた。女が牽制のようにボウガンを構え直す。コタロの手が彼女へと伸びる。
 くぐもった衝撃音。押し殺した悲鳴。
「……あ」
 彼女の声は言葉にならなかった。何も言うなとばかりにコタロの右手で口を塞がれていたからだ。コタロの左手は彼女の手首ごとボウガンを掴み、自身の左胸へ向けて引き金を引いていた。
 互いの息がかかるほど間近で、彼女のおもてに驚愕が広がっていく。コタロは彼女の手を握り締めたまま崩れ落ち、二人はもつれ合いながら泥の上に沈んだ。霞れゆくコタロの視界には彼女の手だけが映っていた。久方ぶりに触れた彼女の手は細く、小さく、紛れもない女の物であった。
「何てことだ」
「医者を」
「誰か! 事情を知らんのか!」
 怒号、罵声、糾弾。速射砲のように飛び交う喧騒を女の悲鳴が引き裂く。
「何故だ! 何故――」
 コタロはやはり答えない。ただ泥にまみれるだけだ。全てを――自分の心さえも――置き去りに目を閉ざし、そして……。

   ◇ ◇ ◇

 コタロははっと目を見開いた。
 味気ない天井が視界に飛び込んでくる。ターミナルの、自室だった。耳が痛い。ここは静かすぎる。まろび出るように床を飛び出し、洗面所へと逃げ込んだ。蛇口を全開にして頭から冷水を浴びる。褪せた金髪が亡霊のよう頬に張りつく。錐を揉み込まれるような疼痛を覚え、左胸をきつく掴んだ。洗面台の鏡の中から、眉のない、落ち窪んだ碧眼がこちらを見つめ返している。下瞼にこびりつくクマはいくら眠っても消えはしない。
「忘れろ」
 真っ白な洗面台の上、開けっ放しの水道が豪雨のように水を流し続けている。ほとばしる水流はどうどうと渦を巻きながら陰気な排水口へと呑み込まれていく。
「忘れろ。忘れろ。忘れろ……」
 奥歯を軋ませ、呪文のように繰り返す。一体誰に言い聞かせているのだろう。
「サクラコ」
 ただ、噛み殺すように呻いた。

(了)

クリエイターコメントありがとうございました。ノベルをお届けいたします。

多くは語りません。イメージに近付けたでしょうか。
口調ですが、親しいお相手なので、ぶつ切りにしつつもやや滑らかにしました。

楽しんでいただければ幸いです。
ご発注、ありがとうございました。
公開日時2011-11-28(月) 21:30

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル