藤枝カズマは一般人である。 とある地方高校に通う高校生であり、陸上部に所属するスポーツマンだ。 中学時代から陸上を続くそれは大会で優秀な成績を残し、進学の際は有名なスポーツ校から是非我が校に、と声をかけられたほどである。 しかし彼が通う高校はスポーツに特に力を入れるでもなく特に施設が整っている訳でもない。ここの高校に進学した理由は知らないが……まあ彼には彼なりの理由があったのだろう。「はっはっは……」 まあそんな事はどうでもいい。 今日の部活が終わった後、急いで帰宅した彼は着替えてすぐ遠方の書店へ向かった。 家の近くや通学路の駅前にはコンビニや書店はある。 だがそれでは駄目なのだ。 何故なら、知人に見られる訳にはいかない。「はっはっは……」 自主トレを兼ねて走ってきたカズマは目的の書店に入り一角のコーナーに入る。『十八歳未満の閲覧・購入を禁止します』 いわゆるアレ。 書店の隅にひっそりと設けられたそれは、男にとって秘宝の眠るエルドラドだ。 カズマはその中から一冊を手に取る。 前々から買うものは決めていた。「はっはっは……」 この呼吸の乱れは疲れから来るものだろうか。 ふいに雑誌を持つ手に力が入る。 表紙の美少女が軽く歪む……気づいて緩めた。カズマはこの表紙絵の絵師さんのファンなのだ。今回、アレな雑誌の表紙を描くとネットで知って購入を決めたのだ。「はっはっは……」 心拍数が上がる。今度は緊張と羞恥で呼吸が乱れ始める。 いつか学校のクラスメートたちとこんな会話をした。『やっぱり濃い方がいいと思うんだよ!』 片岡はかなりハイな感じで言ってたが、彼女持ちが言うことだろうか。『ダダ甘が一番いいさ。キャッキャウフフって見ていて暖かくなるよね』 厨二病患者な鈴原は存外まともなこと言ってたがこういうのは嗜好の問題だ。 だがまあ、片岡の言うことも一理あるんじゃないかな? スポーツで例えるならチームプレイとか強制合宿とかライバルへの怪文書とか、やったら【言えないよ!】の非現実的だからこそ、シチュエーションとしては燃えるだと思うのが彼の持論である。 もちろん、実際にやろうという気はない。 だが少なくとも思ったことはまあ少なからず。だからこそそのテの本とかゲームある訳でまあ色々とね? 二次的なもので代用したりね? だって犯罪じゃないか。「はぁはぁはぁ……」 声が変わった。これは呼吸が整えられないだけだろうか。 理性が欲望を勝り自らを律するのが人間。 世の中善人ばかりでもないが心の底から下種というのも返って少ない筈。「はぁはぁはぁ……」 しかし、カズマは男なのだ。 色々言い訳くさいというか言い訳にしか聞こえないのだが、男は大なり小なり――純愛なアレなり【言えないよ!】なアレなり興味がない訳はない(後者の方はあくまで妄想に留めるべきだが)。むしろ思春期なら概ね悪い意味で暴走しちゃったりする(これ重要)。「はぁはぁはぁ……」 早くレジに向かおう。こんな所を知り合いにでも見られたら事である。 それが女子だったり、確立は少ないだろうが『気になるあの娘』に見つかったらもう生きていけない。「はぁはぁはぁ……」 入学式で見かけた時は可愛い娘だなって思った程度だった。 カズマの所属するクラスは良くも悪くも特徴的なクラスで、男子も女子もすぐに打ち解けて互いに話したりしてたが、あいにく対人スキルに長けてないカズマは女子と進んで会話なんて出来なかったものである。 だが日が立つに連れてクラスのにも馴染み、学校のイベントを通じあの娘とそれなりに接する機会も増えた。 山代鈴。いつからか、彼女を視線で追っていた。 体育祭の準備で一緒に汗を流したり、文化祭を二人で回った。偶然の賜物とはいえ女の子と一緒に過ごせるなんてまるで恋愛漫画の一ページだ。 それ以降、顔を合わせると話しをしたり学校の友人連中でどこかに遊びに行ったり。なんとなく、その時はダブルではないがデートのようなだなと思ったものである。「はぁはぁはぁ……」 だからこそ、山代さんに見つかる訳にはいかないのだ。 だって手にあるのはアレな本でも女性が見たら、一般的に汚物を見るような眼で見るしかないシチュばかりが掲載されている方面の本。キャッキャウフフなのだったらいいという訳でもないのだが、思春期な男としては非常に避けたい。「はぁはぁはぁっ!」 レジに辿り着き叩きつけるように雑誌を置いた。 さっさと買い物を済ませて店を出よう。 雑誌の値段は覚えている。「これください!」 硬貨数枚取り出し、顔を上げて咆哮。 そう言えば山代さんはどこかの本屋にバイトしてるって言ってたなぁ……と何故かそんな言葉を思い出す。「ま、毎度ありがとうございます……」 びっくりしてたじろぐエプロン姿の山代さん。 その日、彼は真理に覚醒した。「--以上が、先日覚醒したコンダクターだ」 導きの書を閉じてシド・ビスタークは言った。 彼は世界司書であるが、筋骨隆々な体格といいインディアンな風貌といい、どちらかというと戦士といった方がしっくりする男性である。「このコンダクターを保護を行う……と思っているだろうが、今回お前たちに依頼したいのはファージ変異獣の討伐だ」 要約するとこうである。 とある地方に潰れた爬虫類園があった。もともと当時計画された地域活性のための観光施設のようなものだったのだが、爬虫類マニアはいるにしろ大衆的にはニッチな趣味だ。 古今東西のさまざまな爬虫類が楽しめる施設であったものの、客足は少なくほどなく閉園。園に飼育されていた爬虫類は好事家や動物園などに引き取られたものの、逃げ出して野生に帰り、一時期は捕縛騒動でニュースを騒がせたらしい。肉食の凶暴なワニが市街地で暴れたのは全国でも有名になったものである。 猟友会や市の特別捕縛チームにより事態は沈静化したものの、その全ての爬虫類の確認は行えなかった。危険度の高い爬虫類の対処で良しとしたのである。「ディラックの落し子は爬虫類園跡で野生化したものに取り付いた。大元はトカゲに類するものらしいが、変異後の姿は三つ首竜……巨大な三つ首トカゲとなっている」 ファージの寄生で変異した生物は、本来の姿とかけ離れた異形と化す。 そしてそれに見合った能力を獲得し、徐々に世界に浸食していく。また、同種の生物に対し強い支配力を持つようになるのだ。「変異獣は現在爬虫類園から出る様子はないのだが、近々支配下に置いた爬虫類と共に街へ繰り出し人を襲う未来が視えた。先手を打ってこれを撃破してほしい」 要件は判った。だが、それと先のコンダクターがどう関係するのだろうか?「同じく導きの書によるとな、そのコンダクターは何らかの理由によりその爬虫類園へ全力疾走するとのことだ。そして同時に、一般人の女性が後を追うらしい」 詳しい事情を聞きたいが、導きの書とて万能ではない。それに何でも人に聞こうとするのはよくない。「そのコンダクターについては正直言って無視していい。いや、トラベルギアは持っていないから怪我しない程度に巻き込まなければいい」 確かにいくらロストナンバーとはいえトラベルギアがなければただの人だ。「問題はコンダクターの後を追う一般人だ」 覚醒したコンダクター、藤枝カズマと同時に説明された一般人の女性は特に武芸の経験もないそれこそ一般人。性差別の意味合いはないが、女の子の力でワニや大トカゲとどつきあえというのは無理な話である。「一般人の方はくれぐれも危険な眼に合わせないでほしい。お前たちが現地へ向かった時点ですでに爬虫類園内にいるだろうがな」 手段はお前たちに一任する……解散する前にシドは言った。「まああれだな。男としてコンダクター……藤枝カズマの気持ちは判らんでもない。うん。だから、見つけたらそれとなくケアしてやってくれないか?」 何かこう、歯切れが悪いというか躊躇しているような口ぶりであるが、シドも同性的に思うところあるものである。 その日、藤枝カズマは魂が抜けていた。 だって昨日はあまりにもひどすぎるじゃないか。 あの雑誌の購入目的はあくまで表紙。絵師さんが好きだから買うという訳で、まあせっかく買うのだから読むかもしれないしちょっと『運動』したりもするかもねぇ? まさか山代さんがあの本屋でバイトしているとは思わなかった。いくらなんでも出来すぎだ。 あれから逃げるように本屋から飛び出したし雑誌も置きっぱなしだ。片岡は女性店員の時に買うから楽しいんじゃないかとほざいていたけれど、そんな趣味はない。というかあいつは変態じゃないんだろうか? こないだ浮気騒動あったし。 さすがに今日は学校を休もうかと思ったけれども、こんなアホな理由で休んだら負けた気がする。教室ではひたすら岩のようにひっそりして誰かに声をかけられなかったのは良かった。 とりあえず家に帰ろう。 そうだ。片岡から借りたギャルゲーでも遊べば気分転換にでもなる筈だ。 下駄箱から自分の靴を取りだす。履き替えて外に出ようとして――「藤枝くん!」 山代さんが来ましたよ。「さ、探したよ。そ、その、教室では声をかけづらかったから……」 頬を染めて恥じらい……というか腫れものに触れるよう。まあ昨日が昨日だし。「や、山代さん……」 何というかもうね、今一番会いたくなかった人だ。「え、えっと、その。山代さんあの本屋でバイトしてたのか……」「うん。家から近いから……」「そうなんだ」「そうなの」「………………」「………………」 会話が続かない。 というか、どうやって話せというのですかワトソン君。 いたたまれない。いたたまれなくてしょうがない。はっきりいってカズマは今すぐにでも逃げ出したかった。 だけど山代さんはそうさせてくれませんでした。「あ、あのね。これ……」 通学カバンから紙袋に包まれた薄い長方形上のものを取りだす。 カズマから全力で滝のように冷や汗が流れた。「も、もしかして……」「う、うん……。昨日、藤枝くんが買おうとした雑誌だよ」「メメタァ」 心が割れた。「ふ、藤枝くん!?」「大丈夫。何でもない……。というか、持ってきたの?」「うん。藤枝くん、お客さまだし、あんなに必死になって買おうとしたしお金置いていったし……」カズマの心の中の天使「頼む! このまま死なせてくれ!」カズマの心の中の悪魔「待て、早まるな!」カズマ・天使「止めないでくれ。男としてもう生きていけないだろ!?」カズマ・悪魔「止める気はない……。俺も気持ちは判る! だって男として気になるあの娘にそう言われて生きていけるかよ!」カズマ・天使「ブラザー! 死ぬ時は一緒だ!」(必死に……。まあ他人から見ればそんなもんだろうさ。つーかアレな本手に持って息が荒いなんてどう見ても変態です。ありがとうございました。というか天使と悪魔意気投合してんじゃねえよ……) 確か家にアイスピックあったよな……。そんな物騒なこと本気で考え始めたカズマに山代は畳みかけた。「私は気にしないよ? 藤枝くんもさ……男の子だし、それにそういうの興味がある年頃だからさ、仕方ない……じゃないのかなぁ? さ、さすがに内容的に引いたというか、正直関わるのもいやだ(この雑誌が)けど……」 よし、屋上から飛び降りよう。 女の子だから、そう思うのは当然だ。そしてここまで嫌われた以上は生きていけないじゃないか。カズマは生まれてきてごめんなさいと心の中で謝った。「あれ? 藤枝と山代じゃん。何やってんの?」「あ、三島ちゃん」 階段を下りてクラスの友人たちがやってきた。片岡に鈴原に、女子の沖島と三島と阿曽藤……カズマと山代を合わせたこの七人は、何かと一緒に行動する機会が多い。「下駄箱に固まっててどうしたのさ。それ持ってるの本?」「あ、うん。昨日、藤枝くんが私のバイトしてる本屋で本を買ったんだけど、持って帰るの忘れちゃって」 まあ間違ったことは言ってない。「あはははは! 何やってんのさ。それでどんなの?」 三島の細い指が紙袋に伸びた。「いやいやいや! 普通の漫画雑誌! 別に変ったもんじゃないし!」 とっさに反対側を掴む。だが三島もちっこい割に結構力を入れているようだ。「どーしたのそんなに慌てて……あ、判った。もしかしてエロ本? うっわ、藤枝ってすけべー」「違うって! そんなの買う訳ないしというか、友人でしかも女の子の店員の前で買う勇気はないよ!」 いえ買おうとしたんですが。「じゃあ見てもいいじゃん。ビリ、ボトッ(紙袋が破れて雑誌が落ちる音)。あ、ごめ……」 パンドラの箱にはこの世の全てと言ってもいいほどの災いが収められている。だが、人類はその中の最後に残ったとされる希望により滅びることはなかった。 だが、カズマにとってのパンドラの箱に希望はなかったようだ。「あ、そ、その……」 りんごのようにかあっとなる三島ちゃん。ちっこいしそれこそ子供のように元気いっぱいな彼女が見せている恥じらう姿は、普段を知っているだけにとても可愛らしく見えた。 だけどシラフだったらそうやって萌えられただろう。「………………」「………………」「………………」「………………」 他の四人みたいに黙ってくれたらマシだったかもしれない。 三島ちゃんは真っ赤な顔で俯いて、もじもじしながら仰いました。「ご、ごめん」「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」「待って藤枝くん!」 逃げるカズマに追う山代さん。 ていうか放っておいてくださいな。
「……?」 爬虫類園の室内展示場を歩いていた山城鈴は、ふと機械の駆動音を耳に拾った。 何事かと辺りを見渡すもこの暗さ。携帯の明かりを頼りに『彼』を探していたものの、こんな足元ぐらいしか照らせない明かりでは確認のしようもない。 室内で真っ暗闇ということもあって、鈴の耳は聞こえた音はやけに大きく感じる。聞きなれた音だけど、人気のないこと、そして状況もあってひどく不気味に感じる。 「これエアコンの音……? 何で?」 鈴もゆとりの代名詞として評判の、平成生まれの現代っ子だ。夏は冷房、冬は暖房と常時全開させているので音で大雑把な予想は付く。 何よりさっきからやけに寒い。 季節的に冬なので寒いのは当然だけど、段々と気温が下がっているのをはっきりと判るのだ。 今は二月の半ば。 今日から防寒具を軽いものに変えていたけれど、もう少し着こんでくれば良かった。 「うぅ……。寒いけど、ここって電気生きてたのかな……?」 縮まるように自分を抱く。 現在の温度はどれくらいだろうか? さすがにマイナス言ってないだろうが、冬でこの温度は辛い。家に帰ったら温かいココアとはちみつをたっぷりと塗ったホットケーキを食べよう。太る? 最近ちょっとピンチだから明日からダイエットでも始めようかな。 それとも彼――藤枝カズマに何か高いものでも奢らせようか? 「…………」 気温的に頭が冷えたのもあるだろう。鈴は思い出して軽く赤面した。 山城鈴が探している少年は、エロ本を見られたのが原因で逃げ出した男の子である。 考えればちょっとというかアホだ。まあ思春期の男の子的に同世代の、思春期の女の子に自分のエロ本見られたらそれは恥ずかしい。それぞれ好み――ぶっちゃけ性癖もある。同性ならともかく異性には色んな意味で知られる訳にはいかない。軽く死ねる。 「藤枝くんってああいうのが好きなんだよね……」 鈴も一応年頃の女の子だ。 年齢的なこともある。女性特有の嫌悪感は普通に日常で遺憾なく発揮中。まあ女性という生き物は色んな意味で大変なのだ。 「…………(ポッ)」 だがまあ、年相応の好奇心も充分あったりする。 内容がどう見ても十八禁な少女漫画とかレディース雑誌とか覗いたりするのだが、 「さすがにあれはないよね。うん、あれはない」 せめて表紙ぐらい露出は控えてほしいと思う。 いや、雑誌の方向性を一目で判るには多少やりすぎぐらいがちょうどいいかもしれない。雑誌によっては、他の本と紛れこませれば誤魔化せるかもしれないようなものもあるような気もする。エ○オーとかR○Nとか……アウトか。 「……付き合いを考えた方がいいのかな?」 乙女的に考えた。二次元ドリームはNO THANK YOU。 だったら……めぐみちゃんや三島ちゃんたちにもそれとなく伝えようかな? だって危険は早々に排除するべきじゃないか。そうと決まれば早く見つけよう。乙女的に関わりたくないと思うのだけど、彼に対してもそれなりの友情はあるのだ。 「……ん?」 隣の建物から光が漏れた。これは見慣れた蛍光灯の光だ。 「え、うそ。誰かいるの?」 既に閉園になっているとはいえ管理人もいるだろう。その関係で電気も多少は通っているとは思う。 だけど、建物全体を照らすほどの電力は必要だろうか? 思えばエアコンが回っているだけでも異常だ。 「………………」 ふと、この間読んでみた本を思い出してみた。 廃ビル。人気はない。キィ。扉が開いて獣たち。そして二次元ドリームで拉致監禁。 「……え? これってもしかしなくても死亡フラグ?」 カツカツカツ……。後ろから聞こえてくる靴音。というかさっきのキィは何だろう。 凍る背筋に震える全身。 山城鈴は着信に震える携帯電話に気付かなかった。 「………………」 すぐ後ろに止まる足音。 肩を何かに握られる感触。三ツ屋緑郎は怖がらせないように接したつもりだった。 「あ、山城鈴さんだよね? 片岡に頼ま」 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 それは疾風。 勢いののった平手打ちが文字通り緑郎を張り倒した。 こういう時は同性と年の功だ。 シュマイト・ハーケズヤと、年配者特有の大きな器。荷見鷸により山城鈴は僅か五分足らずで平静を取り戻した。 すぐ傍にあったスタッフルームに集まったロストナンバー一同。緑郎は理不尽丸出しな顔だがまあそれはいい。 シブいダンディとは彼のことを言うのだろう。鷸の対応は紳士そのものだった。 「きみ、もう大丈夫かな?」 「はい。取り乱して申し訳ありませんでした」 「構わないさ。それより、どうしてこんな所にいたんだ? 危ない場所なんだが」 世界司書経由で知っているのだが、まあこれは必要な前フリだ。 「友達がここに入って行ったのを見たんです。それで後を追って……」 この時鈴のロストナンバーたちへの好感度は悪くなかった。シュマイトと鷸しか見てなかったこともあったのだが、次の瞬間胡散臭いものを見るような瞳に変わった。 「Gracies! 素晴らしい友情だセニョリータ。是非オレたちも手伝わせてもらおう」 燃えたぎる情熱の国。そこの出身のフアン・ロペス=セラーノは鈴のような娘を見ると色んな意味でラテンの血が騒ぐのだろう。 (何だろう、このスペイン人……) ぶっちゃけてこの時初めて正視したけど、その服装。どうみても闘牛士です。ありがとうございました。 その隣には青年……だけど、どこか人形というか生気が感じられない。痩身の男がいる。 女性には通りすがっただけで、相手の容姿と服装を見てそのセンスとランクを見るある意味もの凄く失礼な能力がある。どこか枯れ木だ、と鈴は思った。 「はじめまして。私はディブロといいます」 どこかの外国人だろう。コスプレのような格好は趣味だろうか。赤毛は初めて見るだけあって珍しいが、シュマイトと違って現実味は充分にある。というか琥珀色の髪の毛って何だろうか。ありえない。染めている特有の違和感はないし同じ人類だろうか? 「何かとても失礼なこと思われている気がするが……鈴。キミはマサフミと一緒にここに残ってくれたまえ」 「マサフミ……片岡くん? 何でここにいるの?」 「ああ……うん。こんばんわ?」 何故か語尾が疑問形。この人今日はめぐみちゃんとデートじゃなかったの? 「マサフミの奴、走って逃げだしただろ……? 放っておくわけにもいかなくてさ、いや、放っておこうと思ったけど呼び出されて……」 後になるほどしりすぼみ。放っておかない……まで聞こえて、わざわざデートをキャンセルしたのだと思った。 「明日、フォローしておくね」 「うん。最近、めぐちゃん怖いからさ……」 それは自業自得じゃないか。鈴と緑郎、そしてディブロは同時に突っ込んだ。 緑郎とディブロは以前請け負った依頼でそれを充分に理解しているのだ。 状況だけを要約すれば彼、片岡マサフミが違う女と浮気して痴話喧嘩。いや、ドロッドロの修羅場だった。召喚魔法は轟くし拳でモンスターを撲殺する有様である。詳しくはTHE・修羅場を参照。 基本マサフミはチキンで優柔不断だ。ナイスでボートぐらい優柔不断なのだ。 「あのさ、やっぱり今からでも」 緑郎とディブロはダースで隠し撮った写真を取りだした。 「手伝わないと零番世界(ここだけ小声)でリリィさんとあんな事とかこんな事とかしてたのバラすよー?」 「いっそ呼んでみます? いえ、デート出来なかったのは、実はリリィさんと遊ぶためとめぐみさんにねつ造するのもいいかもしれませんね」 「心から手伝わせて頂きます」 カズマは速攻マッハで土下座った。 何で自分の男友達はロクなのがいないのだろう。それとも男とは皆こうなのだろうか。 例えば隣の情熱的なスペイン人とか同類のような気もするが……そもそもこの人どこの誰だろう? どうしてこんな廃墟にいるのか。 「俺たちはカズマとマサフミのアミーゴだ。この街に観光旅行に来ててな、カズマを探すのを手伝ってくれとマサフミに頼まれた。管理人には事情を話して許可してもらった」 管理人と鷸を指さす。そういう設定だ。 「フフフ。それにしても日本のセニョリータは幼くて魅力て……ゲフンゲフン。それほど可憐ならば、男は放っておかないだろう。それとも好きな男がいたりするのかな?」 「あ、いえ。別にそういうのは」 友人としてはともかく、性倒錯者はごめんだ。そういうのがなければ彼はいいと思う。 「そういう話は後にしよう。今はカズマを探そう」 若い男女が集まれば恋愛談議に花が咲く。年甲斐もなく鷸もそういう話は聞いていて楽しいが、目の前の問題を片付けるべきだ。 カズマの捜索――いや、ファージ変異獣の討伐だ。 鈴を巻き込む訳にはいかない。だから探して保護する必要が早々にあったし見つけられてよかった。護衛代わりにマサフミを置いて行けばいいだろう。 そもそもマサフミは現地のコンダクターで、今回の依頼は根っこまで関わる必要もない。 装備を整えてスタッフルームから出ようとしてシュマイトは違和感に気付いた。 そう言えば、あの痛々しい言動をさっきから見ていない。 「……重之はどこに行った?」 ああ、これぞまさしく充実感。 目の前には配下を従えた異形の魔物。かつての姿はワニだろうか? 巨躯であり一番世界の生物としては存在そのものがあり得ない三本の首を持つ爬虫類。 魔物、と言うべき存在だろう。 それぞれの口から強力な炎や氷の息吹を放ち、さきほどコンクリートを貫いたのは分厚い光線。ドラゴン……というにはワニっぽい。焼けてない首が三つのサラマンダーと言うべきだろう。 そして、ただひたすらに巨大。 人間ごとき丸のみにしてしまうだろう。 「おーい! ちょっとそこのあんた! 喰われるぞ!」 物陰に隠れた藤枝カズマが叫ぶ。 こんなファンタジーでゲームやアニメにとかしか出てこないモンスター。津田重之はそういう設定とか大好きです。 「ついに俺の時代がキタァァァァァァ!!!」 「グルゥァァァァァァァ!!!」 威嚇されたと思ったのだろう。三つ首竜は吠え返す。 だけど重之のタヌキなセクタン、ココアは自分の主がそういう戦士じゃないことは知っている。だって病気なんだもの。 「つーか首3本の竜とか……みなぎってきたぁああああああああ!!!」 震えるぜハート! 嬉々として竹刀を構えてぶっ込み特攻。どこのバーサーカーだ。 「受けろ! 俺のエクスカリ」 開く口腔煌めく閃光。照準セットは厨二病。 「バ……アァッーーーーーーー!!!」 三つ首竜の口光線が重之を消し飛ばした。 『……それとも好きな男がいるのかな?』 ロストナンバーたちが出て行った後、二人っきりになった鈴はどうも胸に何かが引っ掛かっていた。 ヘコんでいるマサフミはまあこのままでいいだろう。さっき沖島めぐみから彼の携帯に電話があったのだけど、しっかり絞られたらしい。いい気味だ。これで浮気癖をどうにかしたらいい。 ……マサフミのことはどうもいいのだ。 「好きな男かぁ」 ため息を突く。 学校でつるんでいる自分たちは普通に仲良しグループと呼べる。あのメンバーで外に遊びにいったりするのも少なくはない。 『彼』は思い込みが激しくて暴走しがちだけど、気配りも出来て一緒にいて決して不愉快にはならない。二択で迫られたら好きな部類に入る。 「……まあ、嫌いじゃないかな」 今回の件で評価を変えざる得ないのだけど。 「行けっ! 六狼!」 場に飛び込んで状況を確認。緑郎は今まで跨っていたそれから飛び降り携帯ゲーム機に指を走らせた。 「ガァルッ!」 体毛に覆われた剛腕が、何か『妙に焼けた肉』に群がっていた巨大ワニを殴り倒す。 コマンド入力。 六本尾の狼男――六狼は瞬時に爬虫類の群れを沈黙させた。 携帯ゲーム機型トラベルギア。これはゲームキャラクターを実体化し操ることが出来る。 この狼男はそこからあらわれたゲームキャラクターなのだ。 ゲームソフトElectronStadium。このゲームは据え置き機とインターネットに連動し、プレイヤーキャラクターの外見や格闘スタイルを自由に設定することが出来る。狼男は素早さを生かしたシンプルな攻撃を取っていたが、それはこの狼男の格闘スタイルかそれとも技を設定していないかもしれない。 「あ、あれ? それElectronStadiumのキャラ? メーカーの宣伝?」 ゲームキャラクターを実体化させることが出来るとしても、元がゲームである以上キャラクターの素材やらある程度の共通性や法則はある。藤枝カズマもこのゲームソフトを持っているのでそういうのが判るようだ。 「よくよく考えてみればそうだよな? ドラゴンなんて常識的に考えている訳ないし、人が消し炭にされたとかPCが実体化するとかね……? 落ち着くんだ。完治した元厨二病患者はうろたえない……」 カズマはコンダクターと言っても目覚めたばかりの常識人。まだあの列車にも乗ってないし詳しい事情説明も受けてないのだ。理解しようとする方が無理な話だ。 「疾ッ!」 矢が夜闇――現在何故か蛍光灯が点灯しているので昼間のようだけど――を切り裂く。 三つ首のドラゴンの鱗は頑強。琥珀色のとても人類とは思えない髪の女性の拳銃でそれは想像できた。 だが銃弾をはじく鱗の隙間に矢は貫通。 「ふむ。関節、首元を狙えば効果は見られるか」 さすが巨大なだけにドラゴンは矢にさして傷は与えられなかった。矢に対してサイズ差がありすぎるのだ。 しかし虫に刺されたような感覚はあったのだろう。ドラゴンは右の首から炎のブレスを吐く。 竜巻がてっぺんからまっすぐ向かっているとでも言えばいいのだろうか。傍にあったプラスチックの看板を軽く舐めるだけでバターのように溶かす。 異臭が鼻を突く。カズマは彼は炎に焼かれたと思ったが、後方に飛びつつ回避。和弓に矢を番えて弓構え。 「疾ッ!」 会・離れ。 放たれた矢は寸分たがわず喉元を射抜いた。 「グルァァァァ!!!」 たとえ針ごとき穴とはいえ急所を貫くそれは激痛。 悶えるドラゴンへディブロが追撃を仕掛ける。 八つに分解・展開する硝子刃。 山城鈴は彼を枯れ木のようだと評したが、今、ディブロの顔はエージェントのそれ。凶器を無表情で操り肉を刻み血を噴出させる姿は強烈な寒気を感じた。淡々と、作業をこなすように行っているのだ。人間相手でも表情を崩さなそうな気がして凄いを通り越して恐ろしさが際立つ。 「な……、何だよこれ!」 これは特撮番組の撮影か? よく見れば役者の三ツ屋緑郎もいる。確か噂やネットのアイドルスレでは三ツ屋緑郎が特撮番組の主演でゲリラ撮影をしていたとあった。 これもその一部か? いや、違う。目の前の光景は非現実だけど現実感がありすぎる。 後ずさるカズマ。手が何やら『焼けたモノ』にあたった。焼き方はミディアムだろうか? そう言えば先刻、ビームを喰らった男が…… 「ククク……。久しぶりに第三の眼を開くか……? 黒い魔族の力、見せてやろうじゃないか……!」 何故生きている。 というかコゲ部分がパリパリ割れその下の肌はツルッツル。脱皮でHP満タンですか。 傍に隠れていたピンクなタヌキが、まるで疲れ切った中年サラリーマンのように何もかも諦めた表情をした。 シュマイトの合図で一度後退。オウルフォームのセクタンを斥候に飛ばし一部のロストナンバーは変異獣を姿と進行を捉えている。 これで万が一奇襲される心配はない……。一度背後に視線をやりシュマイトは言った。 「ファージ変異獣の戦力は確認出来た。爪、牙、尻尾の肉弾戦にそれぞれの口からのブレス攻撃。巨大ゆえに単純な体当たりでも充分に脅威だが、この寒さだ。派手に動くことは難しいようだな」 言うまでもなく剣を交えた時点で一同は理解している。 だが当たり前の確認こそ戦闘を左右することが概ね存在する。シュマイトは頭に公式を組み立てる。 発明家であり天才と称するシュマイトは、自らそう名乗るだけあって相応の能力を持っている。この爬虫類園の暖房器具の改造。電力が通ってない爬虫類園に、魔法技術を応用した改造は電力の心配を失くしそれらの稼働に成功。もくろみ通り三つ首竜の動きを制限が出来ている。 「だが戦闘は短期で終わらせる。長引かせれば配下の爬虫類の増援の発生も考えられるうえ、何よりあのブレスが厄介だ……」 炎や氷のブレスだけでも強力だが、あのビームはダメだ。三つ首竜のいる施設にいち早く特定出来たのは、施設を貫通し空に大きな光柱を立てたからだ。 それだけで威力は想像できる。あれは使わせたら勝ち目がない。 「ドラゴンは首が長い、か。闘牛方式で避けて戦えば首をこんがらせられるか……?」 シュマイトは閃く。 「よし、それでいこう」 銃声が室内に響く。 レトロな装飾が施されたそれは、いかにも骨董な印象を受けるもその凶暴性を遺憾なく発揮する。室内ということもあって音は大きく反響し三つ首竜の鱗に火花を散らす。 だがそれでいい。 「グルァァァァァァ!!!」 シュマイトに気付いた三つ首竜は咆哮を上げる。緩慢だが迫る巨大なドラゴンとはそれだけで身が震える。 「疾ッ!」 鷸の矢とシュマイトの銃弾の連射が三つ首竜の注意を引き付ける。捻りもないただの連射。この三つ首竜に知性があれば何かに気付いたのだろう。 三つ首竜の側面。回り込んだ重之が全力で竹刀を振りかぶった。 「いくぜ必殺! 約束された(エクス)――」 その位置はちょうど死角になっていた。 「――厨二の剣(カリバー)ーーーー!!!」 顎をかちあげる竹刀の一撃。それ自体すぱーん! とどこか殺し合いと書いて実戦では頼りない音であるが、真剣であればそのまま真っ二つに出来たと思える鋭い一撃だった。 三つ首竜の瞳に強烈な怒りの色が宿る。こんな食料にしかならない小動物に自分は馬鹿にされているのか。 三本全ての首が重之に向く。しかし重之は背を向けて走り出しトラベルギアの赤い布(ムレータ)を横にセットのレイピアを構えるフアンの横を通り過ぎた。 自分の邪魔をする気か。三つ首竜は怒りに我を忘れフアンに襲う。 だが彼は闘牛士。 華麗かつ苛烈な動きで紙一重に竜の牙を避ける! 「グ、グルッ!?」 三つ首竜が異変に気付いた時は遅かった。 フアンの回避――誘導により三つの首は互いに絡み合い今は動かすこともままならい。 「フッ! その程度で仲違いとは愛が足りないな!」 「グギャァァァァァァ!!!」 レイピアで眼を潰され首の一つは悲鳴を上げた。 全ての瞳に憎悪が宿る。 首を動かせないなら……ブレスで消す。 開いた口腔にそれぞれ三つの光が生まれる。 だが遅い。 「……当たれよ!」 「疾ッ!」 二つの銃弾と二本の矢。それは残った三つ首竜の眼を潰す。 「六狼ッ!」 コマンド入力。まず、一本目の首を持ち上げそのまま力づく上下に『割った』。 そして飛ぶ硝子刃。 残った二本の首にそれぞれ四つずつ飛ばす。口の中に入ったのを確認。 「――暴れて下さい」 「ギャアルッ!?」 それは悲鳴というより機械の駆動音にも似ていた。 外が固ければ中から叩けばいい。 シュマイトの策は成功。真ん中の首は原型をとどめているのを確認。左右の二つは、頭部の判別が難しいほど刻みこまれていた。 変異獣を討ち、カズマを保護。鈴とマサフミの待つスタッフルームへ向かう傍らカズマは説明を受けていた。 ロストナンバーのこと、ファージ変異獣のこと……だが、そんなこと今のカズマにとってどうでもよかった。 あんな経験をしてもやっぱりエロ本バレたのはとってもイタかった。 「人に見られたくない物を買うなら何でネット通販で買わなかったの? プレイの一環?」 同じ男なら気持ちも判るだろうに。問答無用に緑郎は切り捨てる。 「そう言うな。性欲があるのは人間として自然な事。食欲を満たすのに食事が必要。それと同じ事だよ」 「それって慰めてないよね?」 緑郎は至極まともに突っ込んだ。というか女性に、しかもシュマイトのような美人にだとむしろご褒美な気がする。 「違うさ。わたしの世界ではその手のことには寛容というか当たり前でな、【ピー】とか【ピー】とか【ピー】とか一歩踏み込めば普通に見れる。むしろカズマは軽過ぎて微笑ましいぐらいだな」 「女性がそういうこと言うの止めようよ……」 恥ずかしい通り越して辟易。男としてエッチな女性は嫌いじゃない(異論は認める)だけど、こうまでストレートすぎるとだとぶっちゃけ引く。真顔だから余計に引いた。 「何言ってんだ。そもそもエロ本買うのに恥ずかしがるか? だいたい、俺は高校生の時から普通にエロゲー買ってたし、堂々と開き直っていた方が格好いいぜ!」 それはお前だけだ。 というか重之、年齢制限はどうした。 「ふむ。若いなぁ」 そんなカズマと緑郎を見て鷸は微笑。そう言えば自分もそんな時代があった。 ……鷸も開き直ってエロ本買い漁っていた時代があったのだろうか? 「ふむ。マサフミさんにも(無理やり)聞いてみましょうか。実に興味深い」 ディブロって実は腹黒なんだろうか。フアンはカズマの肩に腕を回す。会って間もないというのにこの陽気さはさすがスペイン人だ。他人と仲良くなるのも上手かもしれない。 「カズマ。今回は残念だったといか言いようがないな……。こうなったのも運命だ、そうだろう?」 「そんな運命がごめんだよ……」 「そう言うな。世界には色んな女性はいるさ。ああ、例の本は俺が受け取っておこうか?」 「好きにしたらいいよ……」 スタッフルームの傍まで辿り着く。 この先に山城鈴。今、一番会いたくない相手である。 カズマはどんな顔をしたらいいのか、彼の一日はまだ終わらないようである。 一方……。 「うわー! うわー!」 三島ちゃんの自宅。夜も更け家人も眠りの中。 自室のベッドで三島ちゃんは眠るどころかますます眼が冴えてもうどうにも止まらなかった。 「うわー! 凄っ……こんなのがあるんだぁ……」 雑誌のページを開く三島ちゃん。 彼女が読んでいるのは……カズマが先日買った例の雑誌だ。 あの時、エロ本を放置して置くわけにもいかなくて何故かちっちゃくて可愛いと評判の三島ちゃんが預かることになった。 女の子に持たせるものだろうか? そもそも忘れ物だからと学校に持ってきた鈴もどうかと思う。 ともかく、明日渡そう。 ……その前に、ちょっとぐらい眼を通してもいいんじゃないかな? 年頃の女の子はその手ののアレに思春期特有の潔癖感を発揮する。 だけど、同時に好奇心もある。 「えっと……。次は、と……」 ぺらりぺらりと鼻息全開でページをめくる。 三島ちゃんはどうも後者の方だが、この光景は犯罪に見えるのは気の所為だろうか? ――この日が原因でカズマと鈴と三島ちゃんの間に後々トラブルが起きるのだが、それはまた別のお話し。
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