クリエイター天音みゆ(weys1093)
管理番号1558-18839 オファー日2012-08-20(月) 13:09

オファーPC 沖常 花(cazy8961)ツーリスト 女 17歳 忍

<ノベル>

 ばさぁっ!

 洗濯済みの真っ白いシーツを広げて一振り。
 風に乗ってふわりと広がったシーツは白い海。
 丁寧に物干し竿に掛けて洗濯バサミで止めれば、太陽の光を受けるスクリーン。
「よしっ!」
 沖常 花は己の成果でもあるシーツの白さに目を細め、そのシーツを使用する相手を思い描く。
 それは花の主。不正を嫌う真っ直ぐなあの方。思い出すのは初めて主のシーツの洗濯を任されたあの日。


『このシーツは誰が洗った?』
『はっ。これに控えております花にございます』
 主の閨で小姓が高らかと答えるのを、廊下に控えていた花は聞いた。その声はまるで『自分は関わっていません』とでも宣言しているように聞こえて、イラッとする。
 しかしながら主が言及するほどということは、なにか不備でもあっただろうか。
 シミ汚れ一つなく洗い上げ、火熨斗でシワを伸ばすと、太陽の光がいい感じに馨り立った。シーツを布団にかけながら、そこにダイブしてまどろみたい衝動を抑えるのがどれほど大変だったか。
(まさか主様は太陽の香りが嫌いだったのか?)
 叱られるのだろうか、花の身体に若干の緊張が走る。
『あ、主様、御自らそのような……ただいま呼んで参りますので』
『いや、気持ちを伝えるのに自ら出向かなくてどうする』
(……?)
 いったい室内はどういう状況になっているのだろうか。漏れ聞く声によれば、主が閨から廊下へ出ようとしているようだが……よく状況が飲み込めない。花が首を傾げたその時。

 ガラッ

 板張りの戸が開いて、花は思わずそちらへ視線を向けた。見上げることになってしまったのは、花が廊下にあぐらをかいて座っていたから。そして閨から出てきた人物――主が長身であったから。
 そう、出てきたのは小姓ではなく、寝間着姿で髪を下ろした主自身だったのだ。
「ひぃっ!」
 驚きで思わず変な声が出た。「こら、花!」主の後ろから小姓の咎める声が聞こえた。花自身もまた、これはちょっとまずいかもしれないと思いもしたが――。
「ふっ……おなごにそのような声を出されると、さすがの私も傷つく」
 主はおかしそうに笑って、そして花と視線を合わせるように屈んで。
「気に入った。次からは花、そなたが私のシーツをすべて担当せよ」
「!」
「日頃の他の任務に追加は大変だと思うが、頼めるか?」


 その時の主の柔らかい笑顔が忘れられない。
 自らが気に入った者は褒め、そして身分関係なく取り立てる。
 感謝と願いを述べる時は、その者と同じ目線に立つ――人の上に立つものとしてある程度の威厳は保たねばならぬが、花の主はそれを信条としていた。 
 勿論、あの時問われた花が喜んで即答したのは想像に難くないだろう。主に認められるものが増える、それがどれほどうれしいことか。
 だから今、花は白いシーツを見つめる。今日もまた、喜んでもらえますように。
「おっと、夕餉のメニューも考えないとな。主様は煮物が好きだから、うーん」
 顎に手を当てて、目を閉じて頭の中に思い描く。昨日は野菜中心の煮物だったから、今日は鶏肉を入れてみようか。いっそのこと、ゆで卵を一緒に煮て親子煮にするのもいいかも知れない。
「……ははっ」
 自然、笑いが漏れた。口元が笑を形取る。
 こうして主のために、主のことを考えている時が花にとって幸せな時間だ。


 *-*-*


 花の世界での【戦】は、一言で表すなら能力者達のぶっとびバトルだ。一般人が巻き込まれれば確実に死に至る。だから一般人を巻き込まないのが鉄則である。後にはクレーターが幾つもできるほどの戦いが繰り広げられるのだから。
 今、花の仕える主は【戦】を控えていた。敵は杉下鉄幹率いる藩。緊迫した状況が長く続いていたが、それらが民を苦しめる要因になると判断した花の主は【戦】を仕掛けることを決意。自らに仕える忍たちにその旨を周知したのだが。
「なぜですか!」
「花、お主には【戦】本番での働きを期待している。だからできるだけ暗殺やスパイ活動は控えるようにといっているのだ」
「ボクは主様のためにこの力を使いたい! だから、下準備をさせてください!」
「ならぬ」
 畳敷きの大広間での出来事だった。他の忍たちが見ている中で、花は主に食って掛かった。止める者もいたが、それは振り切った。今考えれば主は花を特別視してくれていたのだろう。でなければ正面から食って掛かって無事でいるはずがないのだ。
 主の身の回りの世話を任されることで、主に信用され、近づけているつもりでいたからこんなことが出来たのだろう。そして花が抱くのは、主への真っ直ぐな思いだからして。
(主様を、勝たせたい)
 けれども主は、その為の下準備を望まない。
 集められた忍たちに伝えられたのは、【戦】を仕掛けることと、下準備の禁止。勿論、忍たちはその命令にざわめいた。
 この世界での忍はぶっとび能力者だ。侍や武将に仕え、護衛やスパイ活動を行ない、【戦】の際に先頭に立って戦うのが仕事。より多くの優秀な忍を揃えることが勝利への近道だと言われている。
 多くの侍や武将は【戦】の前から忍を有効に活用する。諜報活動から暗殺までその種類は多岐にわたり、この裏の活動が【戦】に及ぼす影響は大きい。だが――。
「お前らも動いてはならぬ。動いて良いのはあちらから仕掛けてきた時だけだ。撃退は許すが反撃は許さぬ」
 花の主はそうした裏での小細工を厭うていた。
「わかっているな? 私は正々堂々と、小細工なとの戦いを望んでいる!」
 広間に集まった忍たちはこの主の方針を心得ているので、表立って反論などしない。ただ主のこの心意気を称える者もいれば、不満に思う者もいるのは確かだ。忍としての裏の活動能力をいらぬと言われているようなものなのだから。
 花はそうは思っていなかった。だが、主の方針を快諾することも出来なかった。それは、主が心配だから。
 本人に知られたら「この私の心配をするだと?」と笑われるかもしれない。主の手腕を信じていないわけではない。
 けれども忍の中にも主のやり方を快く思わない者がいて、その不満が凝って主が不利になる事態は避けたいし、忍としてどんな手を使ってでも主に勝利をもたらしたいという気持ちもある。けれども主の許可は得られない。ならば。
 花はその場では仕方なく引き下がった風を見せ、自室に戻って考える。自分に何ができるか。どうすれば主に有利に働くか。
(確か鉄幹の下についている武将が数人いたはず……でも怖いのは鉄幹の弟、軍師の忠秋じゃん)
 相手はまだ、こちらが【戦】を仕掛けるつもりでいることを知らないはず。だったら動くのは今しかない。忠秋は三人の武将をまとめる要。要がなくなれば、武将たちはばらばらになり、こちらの勝機が増える。
 そう結論づけた花の行動は早かった。即座に身支度を整え、誰にも見られぬように屋敷を出る。
 その瞳に宿るのは、氷のように冷たい炎。怜悧な刃。そして、主への思い。
 主を勝たせたい。
 主には怪我をさせたくない。
 万が一のことがあっては困る、心配だ。


 ――彼の為なら、どんな手を使っても構わない。どんなに自分の手が汚れようとも構わない。


 どんなに、どんなに、どんなに――。


 *-*-*


「花」
 夕餉の最中、山菜のおひたしを箸で摘んだ主が、お櫃の傍に控える花には視線を向けずに名を呼んだ。
「! は、はい」
 びくっと身体を震わせてしまったことに気が付かれてしまっただろうか。
「味付け、お口に合わなかったですか?」
「いや、旨い」
 優雅な仕草でおひたしを口に運ぶ主。咀嚼する間、沈黙が間を支配する。
 つ、と花の背中を冷たい汗が流れた。
 大丈夫、念入りに水浴びをして血の匂いは落とした。忠秋の死は、まだ主の耳には入っていないはず。鉄幹とて馬鹿ではない。大事な要石たる軍師の死を、そう簡単に公表はしないだろう。これ以上ない好機を相手に知らせてしまうことになるだけでなく、味方の士気にも関わることなのだから。
「午後、どこにいた?」
「――え」
 午後。丁度花は忠秋の暗殺へと向かっていた。それを馬鹿正直に言う訳にはいかない。主の為を思ってしたことでも、主の命に背いているのだから。
「……夕餉の食材を買いに、街へ出ておりました。洗剤や石鹸なども合わせて購入したので、時間がかかって――」
「湯浴みの時間はまだだというのに、お前からは夕餉とは違ったいい香りがする」
「!?」
 まさか、水浴びの際に血を落とすのに使った石鹸の香りだろうか。夕餉の支度で食材の匂いに紛れて消えてしまったと思っていたが……。
「買い出しで汗をかいたんで、さすがにそのままじゃ失礼だと思って……水浴びを……」
 少し敬語が崩れたのは動揺の現れだろうか。花はお櫃の蓋を見つめながら、普段通りを装おうとする。

 ふっ……。

 主が笑った気配がした。
 思わず顔を上げると、茶碗をつきだした主は優しく、だが淋しげに笑っていて。
「私のために無理はするな。……【戦】での活躍を期待してしまう私に言えたことではないがな。せめて【戦】以外のところでは」
「……!!」
 きっと、主は全て知っているのだ。花の行動など、主にはお見通しなのだ。
 花はかすかに震える手で主の手から茶碗を受けとり、お櫃の蓋をあける。しゃもじを手に取り、まだ暖かい米をそっとよそって。両の手で茶碗を差し出すと、主はそれを受け取って一口。
「……」
「……」
「花」
 そっと膳に茶碗と箸を置いた主は、前方、遠くを見つめている。
「私は勝つぞ。正々堂々と戦って、勝つ」
 主は昔から【戦】に付随している裏工作をただ嫌っているのだろうか。
 否。
 主は、誰よりも自分の力、自分の抱えている忍の力を信じているのだ。だからこそ、小細工なしの正面からの戦いを挑もうとしてる。
 彼の瞳はまっすぐだ。彼の瞳は誰よりも強い。
 だから、だからこそ。
 花は主のためならどんな手を使うことも厭わない。どれだけ卑怯なことをしても、どれだけの命を奪っても、それが主の為ならば後ろめたいとは思わない。
 それはただのエゴかもしれない。『主の為』というのを免罪符にしているだけかもしれない。
 でも、花はただ――主との日常が愛おしい、それだけなのだ。
「必ず、勝利をその御手に」

(また、こうして主と日常を過ごすためならば、ボクはどんな手でも――)

「明日は里芋を煮てくれ」
「はいっ!」
 ああ、愛しき日常。


 *-*-*


「――夢じゃん……」
 目を開けて一声。カラカラに乾いた喉から絞り出した花は、それが夢だったと認識してしまった。
 主との愛しき日々。楽しき日々。花の、日常。
 主の為だけを考えて過ごした時間。主の為に動いた日々。
 今思えばなんと幸せな日々だったのだろう。
「主様……」
 今見ていた光景は、ともすれば優しく隣に寄り添っていそうで。いらえがないとわかっていつつも花は呼びかける。
「後ろめたいことなんて、何もない」
 瞼に焼き付いた、主の真っ直ぐな姿。はっきりと言い切る花。

 ああ、今は遠い日常。
 懐かしき日常。
 愛しき、日常――。





 【了】

クリエイターコメントこの度はオファー、ありがとうございました。
いかがだったでしょうか。
色々と作ってしまって良いとのことで、主のお名前をどうするか迷ったのですが、もしかしたらPL様の御心にすでにあるのではと思い、お名前をこちらで作るのは避けさせていただきました。
オファー文とステータスシートから、そして書いている間ににじみ出てきた花様の想いから色々と連想しつつ、日常を描かせていただきました。
暗殺に行ったシーンを具体的に書かなかったのは、わざとです。
また、花様の渇望なさっている日常から離れてしまった、ロストナンバーとなった後と思しき描写を入れさせていただいたのも、愛しき日常と対比に、と思ってのことでした。
少しでもお気に召していただければ幸いです。
重ねてになりますが、この度はオファー、ありがとうございました。
公開日時2012-10-24(水) 21:40

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル