思い切り、旅をしよう。 おれが帰属する、その前に。 そう、シオンは言った。 マルチェロ・キルシュは頷いて―― ふたりは今、箱根にいる。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>マルチェロ・キルシュ(cvxy2123)シオン・ユング(crmf8449)=========
──── ロストレイル乙女座号/食堂車 ──── この箱根行きが、親友と出かける、最後の旅行になるだろう。 乗車してしばらくは、ロキもシオンも何も言わずに車窓を見つめていた。ディラックの空に変わりばえがあるわけでもないのだけれど。 ほどなくして、シオンは、拝むようにぱしんと両手を合わせる。 「ゴメン、ロキ」 「何が?」 「……その節は迷宮で凄まじいツンをかましてしまいました。ロキの心配を足蹴にした俺を殴ってください」 「はは、無事に戻って来てくれたから、いいよ。それはそうと、どこを回る?」 食堂車のテーブルには、シオンが持ち込んだ箱根のガイドブックや観光パンフレットがところ狭しと広げられている。 「そうだなぁ。まず宿泊先を決めて、そこからスケジュールを積み上げていくか」 「シオンのおすすめは富士屋ホテルだっけ」 「うん! 実はさぁ、世界図書館で『箱根富士屋ホテル物語:増補版』を読んで、すっげー燃えたんだよ。だってキャッチコピーが『箱根の山に君臨した一族の壮大なるクロニクル』だよ! しかも執筆したライターさんは創業者一族の末裔なんだよ。創業秘話からして謎めいていて、ミステリ読んでるみたいだった」 「わかったわかった。じゃあ富士屋ホテルの本館にしようか。明治24年建築の登録有形文化財の」 「西洋館や花御殿も良さげだぞ。本館でいいの?」 「ああ。純粋な和モノも好きだけど、和と洋が入り混じっている感じもいいなと思って」 OK、と、シオンはメモを取る。 「宿泊客限定の館内ツアーが夕方にあるみたいだから、それに間に合うようにスケジュール組むか。ルネ・ラリック美術館には行くよな?」 「そうだな。ル・トランも見学したいし」 「いいねぇ、オリエント急行の車両でティータイム」 「あとは成川美術館と、星の王子さまミュージアムかな」 「星の王子さまミュージアムと来ましたか!」 「ヨーロピアンガーデンが素敵らしいよ」 「……。おお……」 「どうした?」 「や、発想がセレブというか、上品だなと思って」 「シオンだって侯爵家で育ったろ」 「一応そうなんだけどさー。おれ、生まれがアヤシげだしさー」 「それと、ちょっと離れてるけど箱根北原ミュージアム」 「へー。意外な選択。ロキって、絵とかより立体物のほうが好きなのかな? ……そういやおまえのセクタン、いつ見てもロボタンだよな」 座席にちょこんと腰掛けている「ヘルブリンディ」をシオンは見やる。 「横浜のおもちゃ博物館で、よく似たブリキのおもちゃを見かけたんだ」 「こう、懐かしい感じだよな。こんなおもちゃで遊んだ記憶はないのに」 タイミングを見計らっていたウエイトレスが、すっと近寄り、革張りのメニューを広げる。 クラシックな英国風メイドの衣装に似つかわしい、優美な仕草で。 「乙女座号レストラン・カーのご利用、ありがとうございます。こちら本日のおすすめのセットとなっております」 「マ」 担当ウエイトレスの顔を見て、シオンは目を丸くした。柊マナだったのだ。 「マナちゃんじゃん!? ちょ、なに、どしたの、珍しい」 マナはいつもの笑顔で応える。 「食堂車担当に急なシフト変更がありまして、現場応援に」 「そうなんだー。大変だなぁ。お仕事お疲れさま」 「お気になさらず、ご注文をどうぞ」 てきぱきとオーダーを取るマナに、シオンはため息をつく。 「はーぁ。誰かに給仕してもらえる有り難さをしみじみ感じるなぁ」 そのことばが意味するものを察し、ロキは頷いた。 「シオンは帰属後、給仕される立場と生活になるものな……。ラファエルさんの正式な養子に迎えられるということなら、次期侯爵なんだから」 「んー、そうなんだよなー。おとなしくサービスを受けるのって、たまにはいいんだけど、おれ、基本的には自分のことは自分でやりたい派だし、サービスを提供する側でいるほうが性に合ってんだよな」 しょっちゅう厨房に出入りしては、座っててくださいシオンさま! って料理人に怒られる未来がみえるよ、と、シオンはぼやく。 「……立場が重くなると、しんどいこともあるかもしれない」 「そのへん、ロキは汲んでくれてるから嬉しいな」 「無理することないよ。いいじゃないか、それこそたまには自分で料理したって」 ロキは、紺の和綴じノートを取り出す。このノートはレシピメモとして活用しており、彼が考案した数々のレシピが書きとめられているのだった。 「しばらく貸そうか? 必要な部分を書き写していけばいい」 「いいの?」 「そうすれば再帰属した後も読めるし、使えるだろう?」 ありがとう、と、シオンは、押し頂くように受け取る。 ──── ルネ・ラリック美術館/ル・トラン ──── 本日はオリエント急行へのご乗車、ありがとうございます。イスタンブールまでの旅をお楽しみください。 展示車両内でのお茶のひとときは、あたかもオリエント急行の乗車時間であるかのような演出がなされていた。 つい先ほどまで乙女座号に乗っていたロキとシオンであったが、これはこれで面白い。 「なんでラリック美術館で列車の車両展示してんだろ、って思ってたけど、考えてみればラリックさん、オリエント急行の内装を担当してたんだっけ」 「ガラスのレリーフが凝ってるね」 ル・トランの内部には、ラリックが手がけた装飾パネルが張り巡らされている。車窓から差し込むひかりや、やわらかな室内ランプを反射して、幻想的な空間をつくっていた。 「4158Eかぁ。もともとは『コート・ダジュール特急』として活躍した後に運休してオリエント急行で復帰して2001年まで現役だった車両だなふんふん。すみませーんお姉さん、写真撮っていいですか? あとシャッター押してくださーい、ふたりで写りたいんで」 シオンがせわしなく車内を見回している間に、ブラックチェリーのタルトと紅茶が運ばれてきた。 薔薇の花のジャムと苺のソースが添えられている。 「あ、メニュー変わったんだ。おれがチェックしたときはチョコレート風味のパウンドケーキだった」 「クリスタル・パレスでもいろんなメニューを提供してるけど、シオン自身はどんなケーキが好きなんだ?」 「んー、何でもいけるけど、シンプルなショートケーキかな? うえにフルーツが乗っかってるやつ」 言ってシオンは、ぱくりとタルトを頬張った。 ──── 成川美術館 ──── 成川美術館では、『日本画の煌めき』と題された企画展が開催されていた。 平山郁夫、加山又造、山本丘人といった画家たちの軌跡――。 「こうして見ると、岩絵具って綺麗なんだな」 「油絵の発する色とはまた違うな」 万華鏡コーナーも堪能したところで、展望ラウンジに出てみる。小高い丘のうえに建つこの美術館へは坂道を登って来たのだが、その価値はあった。 「をわっ」 「……すごい」 一面のガラス張りの窓は、おそらく50mくらいはあるだろうか。それを通して、広大な芦ノ湖を見渡すことができた。窓から見る光景が一幅の絵のように感じられる。見事な視覚効果だった。 「あそこに鳥居が見える」 ロキが指さした。 「箱根神社だな。行ってみようか」 ──── 箱根神社宝物殿 ──── 「おふたりは外国からのお客様ですか? 日本語がお上手ですね」 宝物殿で、重要文化財の数々を眺めていたところ、係員に話しかけられた。ああ、まあ、等と当たり障りのない返答をしてみる。 「『曾我兄弟の仇討ち』についてはご存知でしょうか?」 「……」 「……」 「ご説明しましょう。源頼朝が行った富士の巻狩りのさい、曾我祐成と曾我時致の兄弟が父親の仇である工藤祐経を討ちました。これは『赤穂浪士の討ち入り』『伊賀越えの仇討ち』に並ぶ、日本三大仇討ちのひとつとされています。ちなみにこちら、木曽義仲より奉納され、仇討のさいに兄の十郎祐成に与えられた源氏の宝刀「微塵丸(みじんまる)、こちらは源義経より奉納され、弟の五郎時致に与えられた「薄緑丸(うすみどりまる)」の太刀で」 ……思い切り、曾我兄弟物語を堪能することになった。 ──── 星の王子さまミュージアム ──── 「ふー。和もいいけど洋も落ち着くー」 「……そうだな」 ヨーロピアンガーデンでくつろいでから、やや駆け足ではあるが、箱根北原ミュージアムまで足を伸ばし―― その後、何とか、富士屋ホテルの館内ツアーに間に合ったのだった。 ──── 富士屋ホテル/本館 ──── 富士屋ホテルは、本館、西洋館(カムフィ・ロッジとレストフル・コテージ)、花御殿、新館「フォレスト・ロッジ」の建物からなっている。それぞれ年代の違う、異なる魅力を持つ建物が渡り廊下で繋がれており、その複雑なつくりは、ちょっとした迷路館を思わせる。 チェックイン後に案内されたのは、チャップリンが宿泊したことで有名な、本館スーペリアツインルーム、45号室であった。申し分なく広く、眺望も素晴らしい。 「あれ? おれが予約したの、こんなゴージャスな部屋じゃないんだけど?」 シオンが首を捻る。 「いえ、たしかにこのお部屋です。どうぞお寛ぎください」 浴室は部屋にもあるのだが、お湯が溜まるのに時間がかかるため、大浴場の利用を勧められた。 とりあえず男子ふたりは、食事までの時間繋ぎにひとっ風呂浴びることにした。 ……と。 シオンのノートに連絡が入る。無名の司書からだった。 (どお、シオンくん? スーペリアツイン45号室の居心地は?) (うん。すごく眺めがいい……、って、もしかして姉さんが手ぇ回してくれたの? どうやって!?) (それはホラ、こういうときのためのロバート卿……、っととヒ・ミ・ツ。ねぇねぇ、もしかして今、ロキさんとふたりっきりでお風呂タイム?) (誤解を招く表現はやめような? あと、トラベラーズノートをセクハラに使うの禁止) (これはお仕事です。あたしはロキさんの入浴シーンを報告書にコト細かに描写しなければならない使命がありますっ!) (自分が見たいだけじゃんか) (とくに う な じ を) (もしもーし? ロキは妻帯者なんだからもっと気を遣ってあげようよ) ロキはすでに湯船に浸かっている。 髪を上げてうなじを見せているさまは、無名の司書が知ったら、そらもう大騒ぎだろう。 「どうした、シオン?」 「何でもない。ちょっと覗きを追い払ったとこ」 ロキの背にある傷痕は、記憶献上の儀での負傷によるものか。 立ち昇る湯気は、しかしすぐに傷痕を覆い隠し、ただ温かな安らぎで満たす。 ──── 箱根土産、あれこれ ──── 「ロキは土産とかどうする?」 富士屋ホテル創業130周年を記念して作られた限定テディベアを、シオンは食い入るように見ていた。精密に再現されたベルボーイの制服を着た、愛らしいベアである。 高度な木工技術を駆使した寄木細工の秘密箱。箱根シュトレンやナッツヴェセル、修道女のマカロンに山のブラウニー。 「もう少し悩むことにするよ。これは俺からシオンへのお土産」 ロキは笑いながら、小さな包みをシオンに渡した。 「……えっ」 包みの中にあったのは、ケーキ型のからくり小箱。フルーツが乗ったショートケーキを再現した凝ったデザインだ。 「いつの間に」 いやぁ、うれしいなぁ、と、シオンはストレートに喜び—— 「ありがとうな、ロキ。おれ、覚醒したばかりのころは、自分に新しい友だちができるなんて思ってもいなかったんだ」 これまでの、感謝を伝える。 ──── ある日のプラットホーム ──── 「0世界<ターミナル>発、<比翼迷界フライジング>行きの定時列車は、まもなくターミナル標準時11時に、4番ホームより発車します」 車掌の声が響く。 シオンとラファエルはすでに車中にいて、ホームで見送るロキに手を振っていた。 「秘密箱、大事にするよ。向こうにも遊びに来てくれよな!」 「ロキさま。シオンと親しくしていただいて、本当にありがとうございました。サシャさまにも宜しくお伝えくださいませ。どうぞお元気で、お幸せに」 そして。 発車のベルが、ひとつの旅の終わりと、新たな旅立ちを告げる。 —— La Fin. (ありがとうございました)
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