カタンコトンと音がする。 それはどこからしている音なのか。 ロストレイルで聞こえ感じる音とはまた違った響きがある。 椅子が窓ガラスと並行に並んでいた。 だから、車両の向きによっては太陽の光が目に眩しかった。 細める目を大きな掌が遮る。 自分の一番好きな手だ。 そっと両手で触れた。「眩しいんだろ?」「はい」 笑う雰囲気とともに、目元がぎゅっと手のひらで包まれた。 これでは何も見えない。 でも好きな手のひらのぬくもりが嬉しくて、振り払ったりできず。 長いトンネルがやってきて、うっすら赤く見えていた視界が暗くなって、音が変わって。 そうするまでずっと、私の視界はサキさんの手で埋まっていたのでした。* * * * * *――旅の荷物は旅行カバンひとつぶんだけ。 私たちはまず旅行カバンを買いました。 風呂敷やリュックでも良かったけれど、冒険では無い旅行として申請した旅だったので、どうせならと。 サキさんは最初、二人分の荷物を持つと言いました。私は自分の分は持ちますと言いました。 結局サキさんの分をサキさんが、私の分を二人で持って。 何だかとても、デートみたいです。 壱番世界の田舎は私の故郷に似ています。 私のチェンバーとそんなに雰囲気が変わらないかもしれないけれど、サキさんは旅団に居た頃も含め壱番世界は訪れたことが無いらしく、ガイドブックを眺めて「この寺っていうやつか神社っていうやつに行きたい」と、とても渋いチョイスをしていました。 「屋根がカッコイイ気がする」だそうです。 最近は、周囲の皆が帰属を決めたり、慌ただしく人が去っていきます。 サキさんは一緒に居てくれると言っていたけれど。私たちはまだ、何処へ行くかを決めていません。 窓の外、田んぼや畑が綺麗です。 サキさんは畑を見てどう思うのでしょうか? 何を考えているのだろう? 他に人のいないローカル電車の車両の中。 二人で手を繋いでいる時間が大事すぎて、とても会話にはなりませんでした。* * * * * * 水路がキラキラしてる。 少し時間が遅かったのか、低くなりかけた陽の光が強く刺さる。 旅日和。 浮かれる。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ソア・ヒタネ(cwed3922)サキ(cnma2144)=========
明るい緑の葉が光を透かして眩しい。 ここらへんの樹は大抵が広葉樹で、秋になると赤や黄色に染まるらしい。 紅葉の季節と比べればずっとオフシーズンであり、道には観光の人影は見当たらない。 桜の終わったこの時期を、ソアが選んだ事は意外だった。 しかし0世界やチェンバーとは違って広くどこまでも田畑や森や山が続く風景、どこまでも明るい緑が世界をキラキラと輝かせていて、光に包まれているようだ。 荷物は宿に預けてきた。 ただ財布だけをポケットに入れて道をゆっくりと歩いて、風景を眺める。 時々ソアが繋いでない方の手で畑や木を指差して、植物の名前を告げた。 自分も何か気の利いたことが言えればいいのだけれど、特に言えることもなくて、何処で生えてるのを見たことあるとか、ぽつぽつと何かコメントをしたりして。 ソアはソアで、一人ではしゃいでしまったことに恥ずかしげに頬を染めたりして。 二人で何処かを歩くことなんか、もう珍しくもないのに、今でもお互いに気遣いしていると感じている時は胸がギュッとする。 しかしそんな気持ちと同時に、二人で同じ風景を眺められるのが嬉しく、とても安心した気持ちになってくる。 旅行って良いもんだな。 依頼で行く冒険旅行とは全然違う。アレはアレでドキドキして血が騒ぐから自分は嫌いではないのだが、ソアが一緒に居ないし……いや、あそこにソアが居たらそれはそれで凄く困るから、それはそれだ。 彼女はこういう、のどかなところが似合う。 本当はずーっと田舎で、一緒に野菜でも作って……とか、そういう生活を望んでたりしないだろうか。今みたいに俺が中途半端にヤンチャして、ソアが狭い世界で待っているなんてこと。俺の都合に良いだけじゃないかな。 幸いソアの畑の規模がドンドン大きくなっていっていて、先日は月間ターミナルの取材まで受けたらしい。 狭い世界何て言ったら怒られるかもしれない、彼女は彼女の地位をターミナルで獲得している。 では、一生ターミナルに住むのか。 北極星号がワールズエンドステーションへと旅立って半年弱、帰還が待たれるものの既に多くの人が帰属への道を選びターミナルを去っていった。 自分たちは? 一緒に居ることを選んだものの、まだ明確な未来は選んでいない。 今回の旅が何か、未来を選ぶきっかけになればいいと思っていた。 * * * * * * 「この水は飲み水か?」 「いえ、手水と言って、神さまにご挨拶する前の禊の代わりになるものとか」 ソアが柄杓を取り、左手右手そして口をすすいで、柄杓の柄を流すと元に戻す。 サキはホーッと感心するとその様子を真似た。 「来る前に調べて来たのが役に立ちました」 「神さまに直接お願いできるってのが凄いな」 「ここは縁結びの神様がいらっしゃるそうですよ」 「縁結びって?」 サキの質問にソアが少し頬を赤くして早口で言った。 「恋愛成就とか……あと、男女をずっと離れないように……とか」 「おお……」 サキも少し顔を赤くした。 「お、お参りしますから、私のやる通りに真似してくださいね!」 お賽銭を投げてから鈴を鳴らして、二礼二拍手目を閉じてお願い事。 ――二人がずっと一緒に居られますように もう一度礼。 遅れて同じように習ったサキが心の中で言ったお願いごとまで同じようにしたように思えて、ソアは熱くなる頬を押さえた。 「お願いできましたか?」 「うん、たぶん。な、あっちの建物も見て来ていいか? 何か馬みたいのが見えた」 「あ、あれは神さまの乗り物に納められたものだそうですよ」 「へぇー神さまセレブだなー」 「せれ…」 ソアはプッと吹きだしてしまう。 「すげー良く出来てるぜ。黒い馬でさ、ソアそこから見えるか?」 「はい」 ソアは本当は良く見えなかったけれど、サキがあまりに微笑ましいので笑顔でその様子を眺めていた。サキは境内のあちこちで建物や細工を見ては感嘆の声をあげた。 一通り見て回ってから、境内の茶屋で二人で並んでお茶を飲む。 会話はポツリポツリと浮かんでは無くなり、木漏れ日の下を涼しい風が吹いた。 「御神木って、ナラゴニアよりずっと小さいけど、それでも何か凄かったな」 そんな抽象的な話も、何となく一緒に見れば理解できて。 「そうですね」 と、ソアは微笑んでサキを見る。 サキはその素直な笑顔を見て、顔がゆるんでしまいそうになり慌てて目を反らした。 ソアを可愛いと思う。 出会ってから、ずっと気になる存在ではあったが、それがこういったこそばゆい感情に変わったのはいつからだったか、サキはいつも途中まで考えて恥ずかしくなってきてやめてしまう。 ただ、自分の隣は思えばずっと開いていた。 そこにぴったりと収まるのがソアだ。 自分の手の届く範囲、ここにあるといいなと思うところにある存在。 そしてソアはその場所にずっと居てくれる。 凄いことだと思う。いつの間にか自分の中で最高で最強の存在となった彼女は自分の隣にいる。自分のすることで一喜一憂してくれる。 時々それを凄く自慢したくなるが、「聞いてもいいけどそれって惚気って言うのよぉ?」と一蹴されてしまった。 「ソアが可愛しぬ」と呟いた時は同居人に踏まれた。 そういうのは本人に言えと言われた。なかなか難易度が高いように思えるが、それは大事なことだという。 すっかり静かでのんびりとした空気でソアが時折気持ちよさげに足を揺らす。 風で顔にかかる髪を抑える仕草がとてもかわいらしい。 「ソア可愛い、好きだ」 ぼそっと呟いたら、ゴトリと湯のみが地面に落ちた。 「きゃー! こっち見ないで下さいゴメンナサイゴメンナサイ!」 顔を隠すソアの耳は真っ赤である。 どうもタイミングかなんかを間違ったんじゃないか? こういう事に関しては相当疎い自信のあるサキはソアの落とした湯のみに着いた土を払い、お盆にそっと戻した。 * * * * * * 「良いお部屋ですね!」 さらに言葉少なになって……それでも手を繋いで宿まで帰って、部屋に案内してもらった。 宿は山の中腹に立っており、大きく開いた窓からは下に美しい景色が広がっている。 今は少し空気が霞んでいるが、晴れると麓の先の方に海も見えるらしい。 「夜は少し降るかもしれません。お風呂は露天もございますのでお早めに入られたほうが良いかと。お食事の前に行かれますか?」 「あ、はい。そうですね」 「今日は貸し切りですので、ゆっくりなさってください。本日は女湯が桐の湯、男湯が山水の湯でございます」 「はいっ」 二人は宿を決める際に、某司書がドッグイヤーを大量につけたパンフレットを借りた。 その中でも特に開き易くなっていたページは「カップルいちおし! 部屋付露天風呂!」の特集ページだったが、そのページは折り直されたドッグイヤー(上下二か所)により、二度と開かれることがなかった。 "健全なお付き合い"を心がけているつもりはない。ただ、二人にはまだそういうのは早い。と、思ったのだ。それぞれ。 「じゃあ、各自風呂の偵察で。あとでどんな感じか教えてくれよな!」 「あ、サキさんのほうが先に出ると思うので、鍵は持ってってください。浴衣持ちました?」 「忘れてた。あれ、どっちに合わすんだっけ?」 「右を手前に持ってきてから左を上に……こうですよ!」 ソアが自分の着物の前を見せる。 サキはソアの胸元を凝視してしまってから。 「覚えた……」 と呟いた。 * * * * * * 「良いお風呂でしたね」 ソアが部屋に帰ると、サキが部屋の隅でグデーと伸びていた。 浴衣の合わせもずれてしまい、裾からだらしなく足が出ている。 「のぼせたー。ソアは風呂長かったなー、良くそんな長く入ってられるなぁ」 「髪を洗うのに時間がかかりますからねぇ」 そう言って傍らに座って部屋にあった団扇でパタパタと風を送ってくれる。 タオルからこぼれた髪から良い香りがして、サキは余計に顔が熱くなる。 「山水の湯はなー、端が滝っつーか急流みたいな、こう、大きい岩の間をお湯がザバザバ落ちて来てる露天風呂で。一部に屋根が張り出してて、ほら、途中から雨降って来ただろ。でも、そこの下なら大丈夫で」 横になったまま身振り手振りで風呂の説明をする。ソアはニコニコしながら聞いていた。 「桐の湯はですね、名前の通り桐で出来た湯船で、いい香りがしました。湯船自体が東屋の下にあるような構造でしたよ。雨が降っても冷たくないので、ゆっくり入ってこれました」 「へぇー良かったな」 「はい」 サキはソアがゆっくりお風呂に入れたようで良かったと思った。 ソアはサキが良かったと言ってくれたことが嬉しかった。 ――コンコン 「お食事の準備にあがりました」 おかみさんが、山海の幸がたっぷり盛られた御膳を持ってきた。 取れたての野菜を使ったという、綺麗な細工の前菜が皿の上に綺麗に盛りつけられている。それから刺身と味噌汁。小ぶりのコンロに乗った鍋。小鉢に乗った綺麗な煮物。 「火が消えてからお召し上がりください」 おかみは鍋の下の固形燃料に火をつけてから、お辞儀をして部屋を後にした。 * * * * * * 「美味しいお食事ですね」 ソアは言ってから、自分はいつも良かった良かったとばっかりサキに声をかけているなぁと気づく。サキは逐一うんうんと頷いてくれる。 とろろ昆布の入ったお味噌汁を半分くらい啜ったところで、ソアはそっと話を切り出す。 「あの、サキさん、突然ですけど、どこか帰属したいところとかありますか?」 「帰属か……」 酒が比較的好きなサキだが、今日は壱番世界であることもあり念のため飲酒はしていない。 「私はサキさんが行くところならどこでもついて行きます」 サキはうーん、と口を尖らせて首を傾げた。 「俺はどっちかっつーと、ソアが過ごしやすいところがいいかなって思ってた。こういう、のどかで、農業が盛んなとこな。ソアは畑が好きだろ?」 「もちろん好きですけど……サキさんはどんなところが好きですか?」 ソアが居るところ……と答えそうになってサキは一旦考えた。それでは多分今の問いに対しては無責任になるだろう。 「わりと……静かなところが好きだと、最近思う。勿論図書館や先輩達との仕事みたいな血なまぐさいのも、好きだけど。そこは住む場所じゃねぇ。ましてやソアを連れていく気もない」 「故郷はどうですか」 「俺の故郷は少なくとも、俺が居た頃はそういうとこだった。戻る気はないな」 「わたしの故郷もダメです。お花見の時、わたしの名前を付けてくれた人達の話をしたの覚えてますか? わたしの世界は種族の違う二人が暮らすには厳しい所です。戻るつもりは無いんです」 雨の音がしとしととしていた。 多くの仲間が帰属の道を選んでいったなかで、二人は帰る先も行く先も無い。 ソアがそっと言葉の続きを紡いだ。 「もし特になければ……もう少しロストナンバーでいてもいいですか。 わたし、もっといろんな景色をサキさんと見たい…… 数え切れないほどの思い出を作っていきたいんです」 思い切ってソアが考えを伝えたところで。 サキはハッとして、バタバタと自分の荷物を開けにいった。 「食事中に行儀悪いとか言うなよ、ちょっと待ってろ」 「??」 ソアは突然のことに目をぱちくりしている。 「あった! あと、ええっと」 サキは続けて自分の財布を探して、中から小さく折りたたまれた紙を取り出す。 そしてサキはソアの向かいに正座した。 「まずこれ。今日引いたおみくじだ。開けてみて」 ソアは言われるがままに紙をぺらぺらとひらいて行く。 「最後の項目。転居は何て書いてある」 「……焦らず」 「うん、焦る必要は無いと俺も思う。もっと色んなところを見に行こう」 「はい」 「……もうひとつある。もう一個前の項目を読んで」 ―― 結婚 良し。 「ソア」 「はい!?」 驚いて顔を上げると、サキが小さな箱を差し出して頭を下げていた。 「結婚してください!!」 ソアはとってもびっくりした。 箱の中には、 黒地に金色の桜模様の綺麗な指輪が入っていた。 次の日の朝。雨は上がって湿気を帯びた空気に、虹がうっすらと浮かんでいた。 ソアは祝福されている気持ちになった。 二人の道がずっと虹の上、遠く遠くまで続いている気がして。 左手の薬指にはまった指輪を、そっと撫でた。 (終)
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