冬のヴォラースにヘンリー&ロバートリゾートカンパニーのスタッフが招待されたのと前後して、ヘンリーとロバートは別件で同地を訪れていた。 それは観光地としてのヴォラースの調査であり、現地協力者のアンリにあらためて礼を述べるためでもあり、また、ヴォラース邸に滞在中のユリウス皇帝とシルフィーラに、夏のメディオラーヌム観光についての打診を行うという、いささか欲張ったものだった。 ともあれ、そのときに、彼らはシルフィーラから受け取ったのだという。 旅人あての結婚式の招待状――総数1703通を。「で、何で俺たちに?」 ほい理星、ほい理比古、ほい虚空、と、シオンから招待状を配られて、3人は顔を見合わせる。ロバートが取りなした。「ロストナンバーたちもファミリー陣も何かと気ぜわしいようなのでね。かと言って誰も出席しないというのも失礼だろうし」「カリスさまもアリッサもめっちゃ忙しそうだしな。いっやー! こんな時期にロバートだけヒマで助かったよ!」「……お役に立てて光栄だ」「俺、ロバートさんと一緒に観光できるだけでうれしいですよ」 微笑む理比古に、ロバートがぼやいた。「そんなことを言ってくれるのは理比古くらいのものだ」「俺もいるが?」 虚空が腕組みをする。「はっはー! ロバートを構ってくれる人材は限られてるもんなぁ、理星?」「あ、うん……、え?」 天鵞絨張りの豪華な招待状に、理星はおろおろしっぱなしで、まったく要領を得ない。「てことは、リオードルとロック宛にも届いたことになるな」 虚空がシオンを見る。「うん。せっかくだからナラゴニアに配達に行ってきた」 人狼公は「後宮の中から正妻を据えるとは面白い冗談だ」と豪快に笑っただけであったが、ロックは律儀にも「欠席」の連絡に短い祝辞を書き添え、返してくれたという。「そうか。いいとこあるな。ラファエルはもう?」「とっくに現地入りしてる。自分のことは気にしないでいいから、皆さんを案内してさしあげるように、ってさ」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>理星(cmwz5682)蓮見沢 理比古(cuup5491)虚空(cudz6872)ロバート・エルトダウン(crpw7774)シオン・ユング(crmf8449)=========
ACT.1■獅子と白鷺の婚姻 帝都メディオラーヌムの夏の離宮《朝露の塔》から遥か北、霊峰ブロッケンの麓に、ヒトの帝国の行政府と皇帝の居住区域を兼ねた《獅子心宮殿》はある。 比翼の大地を模した左右対称の意匠は、この世界特有の様式だ。霊峰を背に伸びやかに壮麗に広がっている。どこかしら古風な佇まいは 壱番世界でいえばゴシック様式に相当するだろうか。 庭園は軍事演習が出来そうなほどに広い。そして今、その庭園は、幾多もの兵士で埋め尽くされている。整然と掲げられた長剣が陽光に煌めくさまは、この帝国が軍事国家であることの象徴とも云える。 軍団は真紅の天鵞絨の絨毯で、整然とふたつに分かたれている。中央を貫く真紅の路は《獅子心宮殿》の開け放たれた正門扉から大広間まで続く。驚くほどに高い天井には水晶のシャンデリアがいくつも輝く。ひときわ大きなシャンデリアの下、金と螺鈿で彩られた壇上に待っているのは《始祖鳥の代理人》たる司祭だ。 今日ここで、軍人皇帝ユリウス=ジギスムントと、シルフィーラ・ユング=ヴァイエンの婚姻の儀が執り行われる。 始祖鳥シュテファニエの落とし子《迷鳥》であった彼女は、数奇な生い立ちとヴァイエン候に保護され慈しんで育てられた経緯ゆえ、トリの女王の不興を買い、翼を落とされて皇帝の後宮に送られた。 しかし、シラサギの娘は自身の選択により運命を切り開いた。そしてこのたび、正式にヴァイエン侯爵令嬢として皇帝の妃となるのだ。 異色なのは、壇上の司祭に見事な翼があることだった。皇帝の意向により、ヴァイエン領の教会から当地の司教ヴィルヘルム・レヴィンが招聘され、婚儀遂行の任を担当することとなったのである。 ——今。 真紅の路をおごそかに歩み、ふたりは司祭の前に立った。 招待されたあまたの貴族のなかには、寵姫あがりの迷鳥が、と、ひそかに陰口を叩くものもいないではなかったが、新皇后の美貌と気品に圧倒され、口をつぐむ。 皇帝と新皇后は、ともに瑠璃いろの長いローブをまとっていた。その胸元にはそれぞれ、すばらしい真珠の留め具があしらわれている。皇帝にはメディオラーヌムの紋章《獅子と太陽》の、新皇后にはヴァイエン家の紋章《葡萄と梟》の彫金が施されており、その真珠の見事さといい、彫金技術の緻密さといい、武勇で知られてはいるものの優美さには欠けるヒトの帝国には珍しい逸品だった。 それは、招待席にいる来賓のひとり、蓮見沢理比古が彼らに贈ったものである。 蓮見沢家と懇意にしている真珠養殖業者が、当主の友人の結婚式と聞いて、それは美しい真珠を二粒、譲ってくれたのだ。それをマント用のブローチに仕立てて贈ったというわけだった。 式の終盤、祝辞を求められた理比古は、並みいる貴族がかすむほどの堂々たる態度で、彼らを寿いだ。 「この佳き日に立ち会えたことを幸運に思います。勇猛なる獅子と臈長けた白鷺の結びつきは、一層の繁栄をこの大陸にもたらすことでしょう。おふたりが、お互いを許し許され、愛し愛されて、末永く幸せでありますように」 虚空が、ロバートが、ラファエルが、シオンが、惜しみない拍手を贈る。 淡い銀の光を放つ柔らかな羽毛が、きらきらと風に舞った。 それは理星なりの、精一杯の無邪気な祝福である。彼は「結婚式」というものが何であるか、実はあまり判っていない。だが、自分の両親が種族を超えて結ばれたこと、そして自分を生んでくれたこと、彼らが結ばれた儀式がこういうものなのだろうという認識は漠然とあった。 婚礼の儀の格調高さには辟易したが、それでも気持ちは伝えたかったのだ。 「ふたりが、ずーっとずーっと幸せでありますように!」 幻想的な羽毛が天へと昇華される演出に、参列の兵士たちはただ見惚れる。 * * 「ゔ。ゔううう。あねぎぃ。よがっだな。よがっだなぁぁぁ。じあわぜになぁぁ」 「ちょっとお。鼻水流すのやめてよシオン」 「ずみまぜん皇帝陛下。ごんなあねぎでずげど根は悪ぐないんでずうう。絶対迷惑がげると思うんだげど捨でないでくだざいぃぃ」 「ふつつかな娘ですが、どうぞ末永くお願い申し上げます」 「やはり実家に帰って父や弟と暮らしたい、と云い出さぬよう尽力しよう」 「ご婚儀列席の栄誉を賜り、感謝申し上げます。おふたりのご縁は、メディオラーヌムとヴァイエンの縁(えにし)であり、ヒトとトリとに育まれる愛情の象徴でもあります。この絆が盤石なものであるようお祈り申し上げます」 「お言葉、いたみいる。旅のかたがたには遠方よりお越しいただき、まことに大儀であった」 婚儀は恙なく終了し、彼らは控えの間にいた。ぐじぐし泣いているシオンはシルフィーラにたしなめられつつも、理比古によしよしと頭を撫でられている。 儀式列席の緊張から解放され、理星はほっとひと息ついていた。とはいえ、皇帝に礼を取るラファエルや、ユリウスに祝辞を述べるロバートの貴族的な物腰、そして軍人皇帝ユリウスの威厳に故郷のエラいひとびとを思い出し、ややしゃちほこばってはいるのだったが。 「ついぞ見たことがないほどの見事な翼をお持ちだが、トリの王国のかたではなく、旅びとでおられるのかな?」 「は……!? ははははい、おられます。じゃなくて、たびびとです、はい」 「落ち着け理星。皇帝陛下は、普段はそんなに怖いひとじゃないって。戦場なら別だけど」 「馴染みのない土地での格式張った婚儀に緊張しておられるのだろう。なに、我とてああいう大仰な儀式は不得手でな。戦場で馬を駆るほうが性に合っておる」 ユリウスから気さくに話しかけられて、理星は仰天しておろおろし、シオンの背に隠れる。だが、深い緑の目を細めたユリウスの、年相応に刻まれた皺に思わぬあたたかさを感じた。この皇帝は、差別や偏見などとは無縁な、おおらかな人柄であるらしい。 「ところで、この世界では……、というかあんたらの身分だと『二次会』って概念はねぇのかな?」 虚空はといえば、相手がどんなエラいヒトだろうと関係なく通常営業である。だって虚空さんにとっては理比古さん以上に「エラいヒト」っていないんで。 「二次会……? なぁにそれ。何だか楽しそうな響きね」 シルフィーラは目を輝かせてぱちぱちと両手を打ち鳴らす。第一級礼装の彼女はどこからどう見ても立派な皇后陛下なのだが、その仕草はどこか可愛らしく、遊びに誘ったときのシオンによく似ていて微笑ましい。 「まぁ何だ、気の置けない友人たちがこうやって冷やかしたり祝ったりする会だよ。ところであんたら、酒飲めるよな当然?」 すでに虚空は地元で仕込まれた樽酒と升を控え室に持ち込んでいた。返事を聞く前に升に酒を注ぎ、シルフィーラとユリウスに振る舞う。 「あんたがたが何者でも関係ねぇ。あんたがたの愛が、紆余曲折あろうとも、山も谷もあろうとも、最後にはお互いへと還って、満ち足りてゆくように!」 「言祝ぎ、たしかに頂戴した」 ユリアスは笑みを浮かべるなり、升酒を一気にあおる。 ACT.2■鮎と酒と山菜談義 シルフィーラはひとくち飲んでから、異世界の酒を興味深げに見つめた。 「……とてもフルーティだけれど、これは果物から醸造したお酒ではないのよね? 穀物の味がするような……?」 「ああ、米の酒だ」 「……米っていうの……? この地にはない穀物なのね」 口当たりはやわらかくて、さらりとした甘さがあるのだけれど、飲んでいるうちに甘さがすうと消えて清流のような清々しさが云々、と語り始めるあたり、皇后陛下はイケる口であるようだ。 「ワインとはまた違うかもしれねぇけど、いいもんだぜ。……鮎ともよく合うしな」 「鮎! そうよね、葡萄酒よりも相性がよさそう」 「新鮮な鮎の刺身とか、最高だぞ」 鮎をこよなく愛するシルフィーラは、俄然身を乗り出す。 「残念だわ。ヴェルダ河の鮎は初夏が旬なのよ。この季節でも穫れなくはないけど、たいてい素揚げにしたり、飴炊きにして甘露煮にしちゃうの」 「鮎飯にはしないのか?」 「なにそれ美味しそう」 「っと悪い、米に相当する穀物はないんだったな」 「もしかしたらメディオラーヌム麦で代用出来るかも。麦だけれども粘り気があって炊くことができるのよ」 「米っぽいもんがあれば何とかなるか。まず、鮎はよく洗って滑り気とはらわたを取り除く」 「ちょっと待って、メモするから」 鮎飯のレシピを語り始めた虚空と真剣に聞き入るシルフィーラに、もう誰もツッコめない。 「鮎には軽く塩を振る。で、表面が焦げない程度に焼く」 「ふんふん」 「米っぽい穀物と薄口醤油……、っと、醤油っぽい調味料はあるか?」 「大豆由来のソースなら」 「じゃあそれと、酒……、できれば米に近い穀物由来の醸造酒な、それを加えて焼いた鮎を乗せて炊けばOK」 「ふんふん」 「薄く輪切りにした茗荷、針生姜、粉山椒があればなお良し。薬味関係は代用出来そうな食材があればそれで」 「ありがとう!」 「今度、地元の食材や調味料を持ってくるよ。……それと酒も」 「うれしい。貴方とお知り合いになれて幸せだわ、虚空さん」 「そんなに喜んでもらえるんなら、選りすぐりの美味い酒をたくさん揃えてこなくちゃだな」 「……まぁ」 シルフィーラがうっとりと頬を染めるのを見て、ようやくシオンが制止した。 「ちょーーー! そのへんでやめたげて虚空! 姉貴、ザルなんだよう。無名の姉さんと張り合えるレベルなんだよう。美味い酒勧めるのやめてー! 新婚早々ボロでちゃう」 「あなたは黙ってなさい、シオン」 「……そのぅ、シルフィーラ」 げほんごふんとラファエルが咳払いをした。 「祝いの席ゆえ多少の羽目外しは大目に見ていただけるとは思うが、分をわきまえ、くれぐれも皇后たる立場に恥じぬよう」 「いやいや、候よ。このような気性であるがゆえに、我はこの娘を選んだのだ。おとなしく従順な娘では重責に耐えられぬであろうし、第一、面白みに欠けるというもの」 「私の教育が行き届きませんで……、何とお詫びしてよいやら」 「ここは友人同士で親しく過ごしたいであろうし、シルフィーラとて、弟御とともに客人にメディオラーヌムのご案内もしたかろう。我もこの機会に候とじっくり語り合いたい。差し支えなければ我々は、別室に移ろうではないか」 「はぁ。陛下がそう仰るのなら……」 小言を云い始めたラファエルを半ば強制的に連行し、ユリアスは私室へと退去する。 見送って、シオンは嘆息した。 「いやぁーーー。良くできたダンナだなぁ。姉貴には勿体ないや」 * * 「でもたしかに、陛下の仰るとおりね。せっかくお越しいただいたのに、皆さん、まだメディオラーヌムの観光などはなさってないのでしょう?」 「そうだなぁ、どこか行ってもいいんだけど、こうして過ごせるんなら別に移動しなくてもいい気はするが……。アヤはどうだ?」 「俺は、虚空や理星やロバートさんやシオンと一緒ならどこでも」 「理星は?」 「みんなといっしょならどこでも」 「ロバートは?」 「もとより、きみたちの意向に添うつもりだ」 「………………仲良しなのねぇ」 (姉貴姉貴。実はターミナル中がそう思ってるんだけど、いちいちそれにツッコむのも野暮だよな的な観点から生暖かく放置されてるんでございますよ。話せば長いことながら、短くいうとわかんないんで、このひとたちがここに至る経緯を申し上げますとですね) シオンがシルフィーラに耳打ちし、告げる。 かつてロバート・エルトダウンが《ロード・ペンタクル》であったとき、ロストナンバーたちをドバイに招待した時点まで遡ったうえで。 のちのトレインジャックとその失敗、理事会からの脱退、ファミリーとしての権限を失ってもなお止まぬロストナンバーたちからの糾弾。紆余曲折を経て、今、固められつつあるターミナル新法。理事会にかわる新たな執行機関「十三人委員会」に、ロバートの名はないことなどを。 「まー、それはそれとして、どこも案内しないのもなー。……そうだ!」 料理上手な虚空もいることだし、と、シオンは、「雪消えの季節の霊峰ブロッケンにて採れたての山菜を天ぷらにして食べようツアー」を提案した。 「やー、おれ、黒鷺化してたときはそれどころじゃなかったから自粛してたけど、実はブロッケンて山菜の宝庫なんだよ。壱番世界でいうところのタラの芽、ふきのとう、こしあぶら、よもぎ、しおで、山ウド、タケノコ、コゴミ、わらび、ぜんまい、あけびの芽、うるい、行者ニンニク、カタクリ、その他もろもろが取り放題食べ放題なんだよ!」 * * 「この世界にごま油があって良かった。どんどん食えよ」 虚空は例によって例のごとく、皆にかいがいしく世話を焼く。 「……虚空さ……」 揚げたてのほろ苦いふきのとうに塩を少し。さらに日本酒を口にして、シルフィーラは涙ぐむ。 「どうしたシルフィーラ!? 火傷したか?」 「………美味しい……。わたしが独身だったら貴方に結婚を申し込んでいるところよ」 「それはしかし、辞退されますよ皇后陛下。あぁ虚空、僕にはタラの芽と細めのコゴミを揚げてくれないか。あと、山ウドは薄皮を剥いてスティックサラダに、タケノコは皮をつけたまま焼いて、よもぎは刻んで油で炒めてよもぎ味噌に」 「何様だロバート! 注文多いよ」 「いいんだよシオン。山ウドはアクが少ないからきんぴらもいけるぞロバート」 「あんたロバートを甘やかし過ぎだってば!」 ぶんむくれるシオンに、虚空は、ははは、と、笑う。 「このままずっとってわけにゃいかねぇんだろうけど、こういう時間が長く続けばいいなって思う」 世界群はそれなりに、大団円を迎えつつある。 その中で。 虚空自身はしのびとして、秘書として、理比古を陰日向に支えてゆくだけだと思っている。 その一方で、多くのひとびととこれからも関わっていきたい——とも。 「アヤやロバートがどんな未来を選択するとしても、俺はその在り方を貴ぶし、それを全力で護るよ」 この地に来てからずっと、虚空は上機嫌だった。 新しく『家族』に加わった理星は可愛くて仕方がない。 また、無事に戻ってきたことが嬉しいので、シオンにも甘いのだ。 「そうだよね。いろんな世界で大団円が訪れて、皆が平和を享受できる。それがすごく嬉しい」 理比古も、シオンの帰還を喜んでいることや、これから理星と暮らすことが楽しみであることを屈託なく伝える。 「ありり? おれ、もしかしてちゃんと把握できてない? 理星、理比古んちで暮らすことになったの?」 「うん……」 理星は気恥ずかしげに報告する。 清闇と共に、すでに月の半分は蓮見沢邸に滞在するようになっていることを。 理比古や虚空ら『家族』には溺愛されていることを。 「そっかあ! 良かったな!」 「……ん。俺なんかがいいのかなって思うけど、それを疑っちゃ申し訳ねーくらい、皆優しいんだ」 そういえば、と、理星はおずおずと問う。 「シオンが無事に戻ってくれてよかった。それと親友……、アルフォンスだっけ? あれから……?」 「それそれ。あいつ一応皇太子じゃん。式典には出席してたけど、養い子ふたりが喧嘩してるから仲裁しなきゃとか何とかで、さっさと帰っちまいやがんの」 アルフォンス皇太子は、迷宮で保護されたヒクイドリとヨタカに「トリスタン」「ローエングリン」と名付け、彼らの養親となったのだ。 「シオンとは?」 「それが傑作でさぁ。『シオンは旅行中にたくさん友だちができたんだね……、楽しそうだね、ふうん』みたいに云われてさぁ。何でおれがアルフォンスから浮気亭主を責めるみたいな目で見られなきゃなんないの? ひどくね?」 「……仲直りできたんだ。よかった」 「くぅう。理星の純真さに心癒されるうぅ〜〜」 「シオン」 「ん?」 「ありがとう」 「……おれ、理星から御礼言われるようなことは何ひとつしてない気がするんだけど?」 ACT.3■未来を寿ぐ シルフィーラはつと箸を置き、ロバートに向き直る。 「ロバートさん」 「なんでしょう?」 「虚空さんやシオンから話を聞いて思ったのだけれど、もうターミナルにあなたの居場所はないわ」 「云いにくいことを、はっきりと仰る」 「悪い意味で云っているのではないの。旅人たちの集う場所での公的な役割を、すでにあなたは終えた、ということよ。これからはご自身の人生を生きられたら良いのではないかしら」 「ファミリー(家族)から完全に離れて、ということですか?」 「あなたは血のつながりに執着してらした。弟さん然り、お父様然り。けれどひとは、血縁関係がなくとも家族になれるものでしょう? このかたたちがそうであるように。わたしやシオンがそうであったように」 シルフィーラは一同を見つめる。 「皆さんはロバートさんを甘やかし過ぎているようなので、わたしから申し上げます。子どもは親から独立するものですし、きょうだいはそれぞれの路を選択し、あるいは家庭を持ち、離ればなれになるのが自然なありようです。それは疎遠になるということではなくて、愛するひとたちの生き様を尊重することではないかと思います」 「——仰るとおりです。僕もまったく同様のことを考えていました」 ロバートもまた、あらためて対峙する。 接触の当初——本当にまったくの当初から、一点の曇りもなく善意のみで彼に接し、彼が如何なる苦境にあろうとも揺るぎなく彼を信じ、彼を愛し、彼を支え、彼の意思を尊重し、彼の幸いのみを祈ってくれた親友たちに。 「理比古。虚空。きみたちは、僕がいつか」 「何ですか?」 「うん?」 「僕がいつか、壱番世界に帰属しても——友人でいてくれるかな?」 「あたりまえですよ」 「ったりまえだろ」 異口同音に、主従は応える。 「どんな道を進むとしてもロバートさんとずっと友達でいられたら嬉しいな。これからも宜しくね」 「年食ってくあんたを、毎年毎年祝ってやる。好きな女が出来て結婚するときには祝福しに押しかける。子どもが生まれたら、その子の成長を見守る。あんたが寿命をまっとうするときは、泣きながら見送る」 ロバートは一瞬ことばに詰まり、しかしやがて、 「ありがとう。僕は、良い友人を持った」 ただそれだけを、伝える。 ——La Fin. (ありがとうございました)
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