――フライジング「! おっかえりーっ!!」「うわああっ?!」 シオン・ユングが《迷宮》から無事戻ってきた知らせを受けたイェンは、真っ先に彼の元へと走った。そして、思いっきりハグで受け止める。 元々馬鹿力なイェンの《渾身》のハグを受けて窒息仕掛けるシオンに、貴方は慌ててイェンを止める。「あ……ごめん……」「けほっ、けほっ……、いや、その心配かけたのは悪かったけど加減ってモノを……」 バツが悪そうに謝るイェンにシオンが突っ込み、それから苦笑する。自分がフライジングへ向かい、《迷宮》を生じさせた際も追いかけて来たらしい彼が、とても心配してくれていた事にはかわりないのだから。「所でさー、壱番世界行かねぇ?」「何でさ?」 唐突もないイェンの言葉に、シオンだけでなく貴方々も首を傾げる。イェンはにぃ、と笑って一枚のチラシを取り出した。それは壱番世界・神奈川のとあるお好み焼き屋さん。なんでもその日は色々と安く食べられるらしい。「まぁ、俺も出来る事やりつつお金を貯めてたんだ。俺が奢る! みんなで食べに行こうぜ!」「えっ? 今から??」 無邪気に笑ってシオンの背中を叩くイェン。先ほどよりも手加減しただろう威力で背中を叩かれ、少し目を白黒させたシオンだったが、少し考える。 壱番世界でお好み焼き。これはこれで楽しいかもしれない。「しょうがないなー。付き合ってやるよ! ……所でイェン。お好み焼きって種類あるのは知ってるのか?」 苦笑しつつも問うシオンに、イェンは頷く。「知ってるぞ! グラウゼのおっさんから習ったんだ!」 そして、『どやっ』と子供っぽい笑顔でこう言い切った。「具を混ぜて焼くやつと、積み重ねて焼くやつと、具を土手っぽく作って焼くやつだろ?」「最後のはもんじゃ焼きだ!」 思わずシオンは突っ込んだ。 こうしてイェンとシオンの2人と共に貴方も一番世界へ向かう事にした。さて、どんな食事会になるのやら……。**************ご連絡。【出張クリスタル・パレス】、【クリスタル・パレスにて】「【出張版とろとろ?】一卓の『おかえり』を」は、ほぼ同時期の出来事ですが、短期間に移動なさった、ということで、PCさんの参加制限はありません。整合性につきましては、PLさんのほうでご調整ください。※このシナリオはロストレイル13号出発前の出来事として扱います(搭乗者の方も参加できます)。
起:揃ったある意味幸せなメンバー ――壱番世界・神奈川県某所。 イェンにある意味引き摺られるようにやって来たロストナンバー達は、一軒のお好み焼き屋の前にいる。今日は《迷宮》から戻ってきたシオン・ユングの無事を祝う祝賀会であり、同時に彼のフライジング帰属と、川原 撫子のカンダータ帰属も祝う事になった。 「めでたい事が増えるっていいじゃねぇか! なぁ!! ロキも結婚したし、シオンも戻ってきたし、撫子は帰属するし!」 「それだけじゃないんですぅ☆ もう属性が人妻予備軍なんですぅ☆」 「つまりは、お相手の方と一緒に……?」 撫子が少し頬を赤く染めてそういえば、かつて、ヴォロスで共に受けた依頼でのろけ話を聞いたカグイ ホノカがぽん、と手を打つ。傍らで話を聞きながら、マルチェロ・キルシュはうんうんと頷いた。 「なんにせよ、なんだかんだで嬉しい話が重なったな」 「だからかな。あいつがすっげぇいい顔してんのは」 と、苦笑するシオン・ユングだが、こうしてまた仲間とわいわい騒げるのは楽しい物である。 「ホノカもいい家みつけたんだぜ? 嬉しい事が揃ったし、今日は食べるぞー! あ、俺の奢りだからどんどん食ってくれよー」 イェンは機嫌よく胸を叩いて見せ、撫子は懐をぽんと押さえた。それに不思議そうにしつつもホノカは今回のメンバーを見る。今回はイェンが奢るという事で参加した彼女だが、新しい知り合いが増えた事に関しても素直に嬉しく思う。 「まぁ、これで事件はとりあえず解決した訳だし。今日は楽しもう」 マルチェロがほっとした顔で言った。彼は結婚を機に0世界で落ち着いていたのだが、友達の危機には黙っていられなかった。その柔らかな笑顔に頷きながら、ホノカはにっこりと微笑んだ。 「みんなでお祝いできて美味しい御飯が食べられて、すてきじゃない! そろそろ、お店に入りましょ?」 「そうだなー。予約の時間まであと少しあるけど……」 イェンが近くにある時計をチェックして相槌を打つ。が、そこで撫子がちょっとまって、と止める。不思議に思っていると、彼女はシオンににっこりと笑いかけた。 「あのぉ、シオンくん……2年前の約束、覚えてますかぁ? この世界を最後にもう1度眺めて見たいんですぅ☆」 なんでも、2年前に空中遊泳を強請っていたらしい。シオンは彼女に言われてから思い出し、ぽんと手を打った。撫子曰く食事の後だと重くて持ち上がらないのでは、という危惧から、このタイミングなのだとか。 「それじゃあ、俺は撫子との約束を果たしてくる」 「「いってらっしゃーい」」 シオンは撫子を抱えて浮かび上がると、残りのメンバーが手を振って見送る。歓声を上げて辺りを見渡す撫子と、そんな彼女を穏やかに見守るシオン。地上から2人の様子を見つつマルチェロ達は手を振ったりしていた。 (これが、私が生まれ育った世界。でも、もう……) 撫子はビルや走る車の姿、休日を楽しむ人々の姿を見つめて静かに頷く。少し寂しくもあるが、新たな世界では愛する人と共に生きるのだ。 「ありがとう」 自分を育ててくれた世界に小さく呟き、撫子はシオンに笑った。シオンもまた、1つ頷いて答える。暫くの間、二人は街の喧騒に耳を傾けていた。 撫子とシオンが戻ると、早速お店の暖簾を潜る。奥にある個室がイェンの名前で予約されており、店員がお茶などを持ってきてくれる。 「それじゃ、何から食べようか?」 イェンがメニューを手渡しながら問いかければ、各々迷いながらも注文を決めていく。お好み焼きを初めて食べるというホノカは写真を見て興味を持った物を指差した。 「私は……お餅入りの広島焼きに興味があるわ。キャベツたっぷりだし。ロキさんは?」 「俺はこれだな」 そう言って指差しだのはこんがりとしたねぎ焼きの写真。具はネギの他、牛スジとこんにゃくだよ、と楽しげに教えてくれた。 「オーソドックスな関西焼きも捨て難いな」 「ホント、迷いますぅ☆」 シオンがそう呟けば、撫子が苦笑してメニューを捲る。あれもいい、これもいい、と考えた結果、とりあえず広島焼き(餅入り)とねぎ焼きから食べる事にした。 「しっかし、コナモノって奥が深いんだな」 「はぁい☆ でもぉ、本場はやっぱり大阪や広島だと思いますぅ☆」 イェンの呟きに、撫子は少し考えながら相槌を打つ。そうしている間にもシオンが飲み物のオーダーを纏め、マルチェロが店員に注文をするのだった。 承:さぁ、食べようお好み焼き! 暫くして材料と飲み物が運ばれてくる。ホノカは生地を熱せられた鉄板へと垂らしてひろげ、次にキャベツや餅、豚肉など具を手際よく乗せていく。コンダクターだった撫子がアドバイスしつつトライすれば、綺麗にひっくり返す事ができた。 隣ではイェンもまたロキにアドバイスを貰いながら新鮮なネギととろりとした牛スジがたっぷりのネギ焼きに挑戦していた。こちらはひっくり返す際、早すぎてちょっと失敗したが、それもご愛嬌である。 「あ、次来たら俺の番ね」 「そうだな、交代しながら焼こう」 シオンが手を上げれば、マルチェロが提案する。自分が焼く事をメインにしてしまいそうだと考えたが、楽しめる方法を考えた末にこうなったらしい。 「そういえば、シオンさんもお料理が得意なの?」 「まぁ、色々とできるよ」 ホノカが問えば彼は頷く。そして、マルチェロと撫子を見、ふぅん、と言いつつイェンを見た。 「ロキさんも撫子も料理は得意だし……苦手なのはイェンだけ?」 「ほっとけ」 苦笑するイェンの向い側で撫子がクスクスと笑う。 「得意不得意は誰にもあるさ」 マルチェロがそう言いながら焼き加減を見る。そろそろいいだろう、と判断してイェンに教えれば、手際よく皿に盛る。傍らではホノカが焼いていた広島焼きも出来上がったようだ。 「それじゃ、みんなで食べましょ?」 ホノカがそういえば、皆頷くのだった。 タイミングよく、店員さんが飲み物を持ってきてくれる。それを受け取ればいよいよ本格的なパーティーの始まりだ。 「あ、飲み物は行き渡ったか~?」 シオンの言葉に、全員が頷く。イェンはにっ、と笑うと早速グラスを握り締めた。 「よーし、今日は徹底的に祝って食うぞーっ! ……じゃなくてだ。シオンの無事と帰属に撫子の帰属と婚約? を祝って……乾杯っ!!」 「「かんぱーいっ!!」」 イェンの音頭に合わせてグラスを合わせれば、全員が笑い合う。「シオンくん生還おめでとうですぅ☆」と撫子が付け加えれば、シオンは照れたように頬をかく。 「皆のお陰で、おれは今、ここに居るんだ。感謝してもしきれないよ」 「本当に2人とも無事でよかったよ」 マルチェロは安堵した表情でシオンとイェンを見る。シオンは首を傾げたが、イェンは少し恥ずかしそうに苦笑した。シオンは、イェンが自分を追いかけてフライジングへ向かい、《迷宮》へと赴いた事を知らなかった。 「まぁ、なんだ。単独で《迷宮》に行ったら見事囚われちまってな。あの時はもう、ただただシオンが心配で突っ走っちまったんだ。迷惑掛けたって思ってる」 本当はイェンの救助にも行きたかったマルチェロは、「気持ち、分かるよ」と相槌を打つ。撫子とホノカもまた、その気持ちが分かるような気がして頷いた。 「無事だったからこうしておいしい物が食べられる訳だしさ。冷めないうちに食べようぜ?」 シオンが笑いながらそういい、早速料理を食べる事にした。 広島焼きとネギ焼きに舌鼓を打ちながら、和気藹々と過ごす一同。キャベツの食べ応えと豚肉やソースの美味しさに表情を緩ませたホノカは撫子が食べていたネギ焼きにも興味を示す。 「ねぇ、1口あげるから、分けてもらえるかしら?」 「はぁい、勿論ですぅ☆」 撫子とホノカがこうして交換し合っている傍で、イェンがメニューを見つめていた。まだまだ食べるだろう、と思った彼は先に頼んでおく事にしたようだ。そして運ばれてきたのは、もんじゃ焼きの材料。しかもカレー風味である。 「もんじゃ焼きは具を炒めてから土手にして、真ん中に生地を流し込む……っと」 マルチェロが手際よく作れば、カレー特有の食欲をそそる匂いが漂ってくる。ちょうど良い具合にとろとろになったもんじゃからは香ばしい音色が奏でられる。特有の小さな箆で口に運べば、どこか懐かしい風味が口いっぱいに広がった。 「こういうのも、いいものね」 ホノカがほっこりとした顔で言えば、シオンも頷く。最初は何故壱番世界に拘ったのか気になった彼であったが、今ではなんとなく判ったような気がした。 「食べる場所や雰囲気というのは大事だよ。だから、壱番世界で食べたいって気持ち、分かるなぁ」 マルチェロがそういえば、イェンは楽しげに頷く。 「確かにターミナルでもお好み焼きは食べられる。けどさ、やっぱ壱番世界由来の食べ物だからさー。こういったお店で、わいわい言いながら食べたかったんだ」 「そういう所がイェンらしいというかなんと言うか」 シオンが苦笑しながらイェンを見れば、思わず撫子がくすくす笑う。そうしながらもあっという間に広島焼きとネギ焼き、カレーもんじゃは無くなっていく。 「ふふ~、カレーもんじゃ美味しいですぅ☆ 次は全部入りと和風ブラック行きましょぉ☆」 「へぇ、そういうのもあるのね~。あ、ロール塩焼きそばと豚平焼きも頼まない? 私が焼くわよ?」 撫子が満足げにそういえば、ホノカがメニューを見つつ提案する。シオンとマルチェロもまだお腹に余裕があるものの、どうしようかと考える。 「一気には頼めないし、2つずつ頼んで食べられたら頼む、とした方が良さそうな気がする」 「そうだな。うーん、ロール塩焼きそばと和風ブラックを先にしたらどうかな?」 シオンとマルチェロの提案にイェンは頷き、早速注文をするのであった。 転:ちょっとした贈り物 「そうねぇ、どうせならお酒も頼まない?」 というホノカの提案で、お酒も注文する。シオンが塩焼きそばを、撫子が和風ブラック焼きを手際よく作れば、丁度いい所に注文したお酒が到着する。お酒が入ればテンションもぐっ、と上がって話は色々と盛り上がり……話題は、いつの間にやらこんな事に移っていた。 「旦那様は大気圏ダイブのせいで検査入院中でしてぇ~☆ だから片付けもまだだったし、友達に作って貰ったウェディングドレスもこっちだったので戻ってきましたぁ☆」 撫子はてへっ☆ と笑いながら頬を赤く染める。 「結婚式とかは、旦那様の回復次第って訳か……」 シオンがふむ、と思案顔になると「そうですねぇ」と撫子が相槌を打つ。 「よかったらさ、結婚式に呼んでくれよ! グラウゼのおっさんに頼めば何か祝いの料理ぐらい作ってくれると思うし!」 「はいぃ☆ ノートを一枚下さればぁ、連絡できますからぁ☆ 良かったら皆さんで来てくださいぃ☆」 イェンのお願いに撫子が嬉しそうにいい、早速イェンはノートを一枚破って手渡した。その様子を見つつマルチェロは楽しそうだった。まぁ、彼もごく最近結婚した身。少し前の自分を見ているような気持ちになったのだろう。同時に奥さんの事を思い出し、マルチェロの表情が緩む。 「ん? それ……つけててくれたんだな」 イェンが彼の手首に撒かれた組紐細工を見つけて、小さく笑う。それに反応したのかシオンが見れば、共に金沢へ行った際に作った白いフェザーブレスレットを見つける。思わず嬉しくなるシオンはイェンと顔を見合わせて笑うと、マルチェロはぽん、と手を打った。 「ああ、そうそう! 二人に渡したい物があるんだ」 そう言って彼が取り出したのは、手巻き式の懐中時計だった。蓋には美しい七宝焼きが施されている。シオンに手渡した物は白がベース、イェンに渡した物は淡い青がベースとなっており、マルチェロの分は濃い青になっている。彼自身は和装など腕時計が合わない服装の際に使う予定だ、と言った。 「いいのか?」 綺麗だな、と暫く見つめていたシオンが問えば、マルチェロはにっこり微笑む。 「ああ。『友情の証』として、貰って欲しいんだ」 「ありがとう、ロキ。大切にするよ!」 イェンがはじけるような笑顔で言えばシオンもまた「大切にするよ」と手で懐中時計を包み込んだ。そして、ネジを見つめる。 (手回し式なのは、帰属する世界を考慮して……なのか?) シオンが顔を上げれば、イェンもまた嬉しそうに懐へと仕舞っていた。2人は目を合わせると誓い合うように頷いた。 「実はぁ、私もイェンさんに渡したい物があるんですぅ☆」 撫子はそういうと、懐からメモリースティックのような物を取り出してイェンに渡す。彼は不思議そうに見つめていた物の、ややあって思い出したのか目を見開いた。 「これ、ショウが持ってた奴だ! これ、どうしたんだ?」 「闘技場で拾いましたぁ。ショウさんのメッセージとかが入っていますぅ。精神体のコピーだとか言ってましたぁ」 それを聞いた面々は異世界の技術に驚きながらそれを見る。イェンは嬉しそうに記録媒体を見つめ、撫子に「ありがとう」と言った。一緒にお金の入った封筒を渡すと、彼は少しキョトン、としてしまうも、撫子にはもう不要の物だった。それ故に使って欲しいと頼めば、イェンは頷いて感謝を述べた。 「よかったわね、イェン。大切にしなくちゃね」 「おう。……後でナラゴニアに居る友達と一緒に起動させるよ」 ホノカにそう言われ、イェンは僅かに涙ぐみながら記録媒体を握り締める。そんな様子を見ながら、撫子はほっこりとした表情で言葉を続けた。 「今思えばですけどぉ、……縁ってホント不思議ですぅ☆ イェンさんとはセネガンビアで殴り合ったし、ホノカさんにはヴォロスで惚気聞いて貰ったし、ロキさんには色々ご相伴になってるし、シオンくんにはクリスタルパレスでよく会ったし……」 「そして、こうして皆で鉄板を囲んで和んでる。ロストナンバーになってなかったら、俺たちは出会わなかったんだよなぁ」 マルチェロがうんうんと頷きながら相槌を打てばホノカは小さな声で「そうね……」と呟いた。イェンもシオンも笑顔で頷けば、5人はしみじみと其々の旅を思い出す。 「でもさ。シオンと撫子は其々の終着駅を見つけたんだよな。ロキだって大切な人がいるし……。ホノカは、どうしたいんだ?」 イェンが何気なくそういえば、ホノカは赤い瞳を細めながら考える。故郷へ戻るか、別の世界に帰属するか。彼女は僅かに苦笑した。 「うーん、……今の所は故郷に戻りたいとは思っているけどね」 「そうなんですかぁ☆ イェンさんはどうしたいんですかぁ?」 撫子が興味深そうに問いかけると、イェンは苦笑した。 「俺は、今の所故郷に戻らないって決めてるだけ。いつかは、どっかに帰属したいと思うけどさ、なるだけ恋人ができたらその人と一緒にって思ってるんだ」 「意外とロマンチストだな」 シオンがそう呟けばイェンは顔を赤くしてそっぽを向く。そんな仕草に思わず笑ってしまうホノカ達。 「~~~~っ!! ったく! 兎に角豚平焼き頼むぞ!!」 イェンは顔を真っ赤にして店員を呼ぶとテキパキと注文をするのであった。 結:宴と絆は続いていくよ ホノカが焼いた豚平焼きを楽しみながら、トッピング全部入りのお好み焼きに挑戦する。 「そろそろお腹が一杯になるころだな」 「皆、まだ食べられるかー?」 冷静にマルチェロが分析し、イェンが問いかければ撫子、ホノカ、シオンもまだ胃袋に余裕がある、と答える。 「それじゃ、気合を入れて焼こう!」 「二枚に分けて焼いた方がいいと思うのでぇ、私も焼きますぅ☆」 「それじゃ、ソースとかは私達でやってみない?」 マルチェロが腕まくりをし、撫子がコテをぎゅっ、と握り締めればホノカがイェンとシオンに提案する。 「最後になりそうだし、皆で作るか」 「よーし、とっておきのお好み焼きにしようぜー!」 シオンとイェンも頷き合うと、早速作業を開始した。マルチェロと撫子がシンクロしたような動きでふっくらとしたお好み焼きの中には卵、イカ、エビ、豚肉、イカ天、焼きそば用の麺が入っている。リクエストに答えて餅とチーズも入っているのはご愛嬌だ。 ソースを丁寧に塗り、青海苔と鰹節、マヨネーズをかければ出来上がり。皆で作った全部入りに舌鼓を打てば、とても満ち足りた気分になるのだった。 皆でデザートを頼もうとメニューを見ている最中、ホノカはこっそりイェンを呼び、苦笑して話す。 「言っとくけど、私は貴方が思うよりずっと場を弁えているわよ。まぁ……グラウゼさんには誤解させちゃったと思うけれど」 「ん? あのおっさんに何かしたのか?」 ホノカは先日飲み会に誘われておきながら、諸事情でドタキャンしてしまった事を告げる。と、「大丈夫だと思うよ」とイェンが笑う。ホノカは安堵したような顔になるものの、彼女には気になっていた事があった。 「なんだ? 改まってさ……」 不思議そうに首を傾げるイェンに、ホノカは真面目な顔で言った。 「あのね、人は絶対独りで居ちゃいけない時があるの。それにこれが終って撫子がカンダータに帰ったら、グラウゼさんはもう2度と彼女に会えないかもしれないのよ?」 彼女の言葉に、イェンはそうだな、と相槌を打つ。撫子はカンダータに帰属する事がきまっており、これが最後の会食となるだろう。彼女は『とろとろ』のアルバイトだった事もあり、グラウゼにとっては大切な人である事も聞いている。 「お酒とお料理はその分張り込むから……、イェンの腕力と機転に期待するわ。楽しい思い出を作ってあげましょ?」 待っているわ、と微笑めばイェンは小さく頷く。彼はにぃ、と笑うと早速ノートを開いてなにやら書き始めた。 デザートも終わり、イェンが支払いをしている間に、ホノカはくすっ、と笑って皆に提案する。 「ねぇ、この後良かったらみんなで私の家で宴会の続きをしない?」 「二次会をホノカさんの家で?」 マルチェロが聞き返せば、ホノカは「ええ」と頷いて言葉を続ける。 「お酒とお料理張り込むわよ? 撫子もみんなも泊まって行ったらどうかしら?」 「そうですねぇ。家の片付けは両方終って明日友達に会って帰るつもりでしたからぁ、時間はありますしぃ……」 撫子は少し寂しげな顔を見せたものの、ホノカが何かを囁けば「えっ?」と目を見開く。 「それなら、俺も料理を手伝おうかな」 とシオンがにっこり笑っている間にイェンが戻ってきた。彼は話が纏まった事を感じとり、すっごく楽しそうに頷いた。 「そいじゃ、ホノカの家で二次会って事で!! 買出しとかいるからちょっと大変だけど、やるぞ!!」 お好み焼屋から程近い停留所からロストレイルに乗り込み、一同はターミナルを目指す。そしてホノカたちが買い出しをしつつ彼女の家に向っている間にイェンは『とろとろ』へ赴いていた。 「ん? イェンさんじゃないか。料理だったら出来て……」 「注文し忘れが1つあってね、おっさん」 そういうと、グラウゼに料理の包みを持たせて外に出、戸締りさせた上で抱えて走る。突然の行動に、グラウゼは思わず声を上げた。 「ちょっと待て、イェン! こいつはどういう……」 「ホノカん家に着くまでのお楽しみだ! どーしても会って欲しい人がいるんでね!」 そう言いつつもメールで届いたホノカからのおつかいをこなしたり、途中で花屋によったりして、ターミナルを激走する。そして彼がホノカの家に到着した頃には、マルチェロたちが作った料理が少しずつテーブルに並んでいる所だった。丁度運び終えた撫子が、イェンたちを迎える。 「はぁい☆ イェンさんやっと来まし……」 「久しぶりだな、撫子さん」 驚きながらも、優しい笑顔になるグラウゼ。突然の再会に、撫子は目を見開いた。 「ほ、ホノカさんが行っていたのは……こういう事だったんですね?!」 その言葉で気付いたのか、ホノカ、マルチェロ、シオンも玄関に集まってくる。グラウゼは少しだけ照れたものの、花束を取り出して撫子へと差し出した。 「おめでとう、撫子さん。君が、愛する人と同じ地に帰属できる事を、嬉しく思うよ。カンダータでも、力を合わせて幸せな家庭を築いて欲しい」 グラウゼの言葉に、撫子は思わぬサプライズに唇を震わせ、涙を堪えてから漸くお礼を言う事が出来た。その姿にマルチェロとシオンも嬉しくなる。 「そういえば、『グラウゼさんにも会いたかったから残念だ』と言っていたな……」 「よかったな、撫子」 二人にそういわれ、撫子は「はいっ☆」と嬉しそうに頷いた。 ホノカの家で行われた二次会は、皆で作った料理を食べつつまったり進んだ。これが最後になろうとも、記憶に残るように、其々がめいいっぱい楽しんだ。 (少しでも、これから先へ進む勇気になればいい) イェンは1人頷き、ぐっ、と酒をあおるのだった。 (終)
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