マンファージは倒され、導きの書からラエリタム滅亡の予言は消えた。 一時は世界繭が破れかねないほどファージの侵食が進んでいた世界も、ロストナンバー達の活躍によりその主要因が排除されたことで破滅は回避されたのだ。 無論、爪痕が全くないわけではない。頭を失い野良化したファージが残っていたり、弱った世界繭が回復するのにどれくらいかかるかも不明だ。 しかしあの戦い以降、導きの書はラエリタムに関する何かを示すことは無い。ならば、おそらく今のところは大丈夫なのだろう。 ただ、あれだけの戦いの後だ。様子が分からないのはやはり気になる。 と、いうことで。「例えば、それは事後調査」 珍しく映像機器を一切使わず、リクレカが切り出した。「硝煙の風・ラエリタムの二大文化生活圏、ラエリットとニューラエリットのどちらかに赴きマンファージ討伐後の様子を見てきて下さい」 それだけ? と聞く誰かの声に、それだけですとの返答。本当にただの様子見依頼のようだ。「まあ、言ってみれば観光のようなものですね。これまで遺跡調査の同行はありましたがほぼファージ対応の依頼ばかりでしたから、たまにはこういう機会があってもいいかなと。ちょうどお祭りも開かれていることですし」 現地と連絡を取った所、どちらの星も問題なしとの回答と共にそんな情報も送られてきたのだ。なんでもあの決戦の日、2星間で初めての通信対話が行われ、お互いの状況や真相を知った双方はファージの支配からの解放や千数百年ぶりの再会を記念し両星共通の記念日を制定したのだそうな。そしてその事を祝し、どちらも都市ごとにお祭りが開かれているのだとか。「特に何かが起こるという予言もありませんので、気が向いた方はよろしくお願いします。チケットも多めに用意してありますので」 ヴェルナシティのAFO支部からは賑わう街の様子が見て取れた。ニューラエリットは地上生活でエネルギーも潤沢と聞いているから、地下で色々気を遣うこちらと違ってさぞ派手で盛大なことになっているのだろう。聞いた所によれば様々な姿をした英雄達にちなんでARクロースとかいうものを使って皆仮装をしているのだとか。「大佐、街へは行かないのですか」「ナガセ中尉か」 基地司令官でもあるリンドバーグ大佐は休養日のはずなのに支部の食堂に居座って窓から街を眺めていた。一方のナガセ中尉も同じく休養日だったりする。2人とも私服なので休日返上で仕事というわけではなさそうだ。「そういう君こそどうした」「いえ、例の客人達が来るのが楽しみでつい」「なるほどな、私も同じだ」 不思議な客人達と会ったのが遠い昔に感じられる。実際には1年も経っていないのだが、それほど彼らと会った後の世界の変化は激しかった。「ああ、そうだ。ちょっと聞きたいことがあったんだ」「はい、なんでしょうか」「君は宇宙で他の都市の連中と共同作戦に参加していたが、どんな感じだった?」「そうですね……色々と貴重な体験でした。宇宙自体も初めてでしたし、あれだけのORAで共同戦線を張ることもまず無いですから。またあの時の面々で飛んでみたいものです」「そうか……」「あの、大佐?」「ああ、いや、なんでもない。いい経験をしたね」 大佐の表情に一瞬憂いが見えた気がしたが、追求しない方が良さそうだとそれ以上中尉はつっこまなかった。(共通敵の居なくなった我々がどうなるか……まあ、なるようにしかならんか) その大佐は、これからのことを考えていた。空からの脅威がほぼ去った現在、再び地上に出る計画も考えられ始めているそうだ。その先、どんな未来が待っているかは分からない。ただそれは自分たちで切り開くものであって、彼らの力を借りるものではないだろう。「あ、そうそう。不必要に現地問題に首を突っ込まないよう、それだけはお願いします」 チケットを取り出しながら、リクレカは思い出したようにそう付け加えた。 硝煙の風・ラエリタム。階層位置、マイナス中層――。=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。なお、このシナリオはロストレイル13号出発前の出来事として扱います(搭乗者の方も参加できます)。=============
大佐や中尉に案内されながら、ジューンとナウラはヴェルナシティのお祭り会場へとやって来ていた。 「わぁ、なんか幻想的だね」 地下都市の天井はもとより、街灯らしきものからお祭りのためと思われる硝子提灯からも淡い光が放たれ街中を包み込んでいる。 「発光生物を色硝子に入れているんだ。電気や炎よりエネルギーに無駄がないからね」 「へえ」 大佐がナウラに説明する様子は端から見ると父子の会話に見えるようで、基地司令のいつもと違う一面を見た人々は微笑ましく見守っている。ジューンと中尉も含めるとまるで家族のようだと見られていたのは、後に現地の2人が知ることである。 「世界が救われたのは、皆さまの努力の賜物です」 「いや、君たちの助けが無ければこうはならなかっただろう」 「私達は少し手助けをしただけですよ」 ジューンと大佐がそんなやりとりを支わしながら、カラフルな淡い光の下を歩いて行くと、程なく露天が連なる一角へと出た。 「あっ、射的がある。どうですか?」 「いいですね。折角ですし私も」 軍属2人の腕前を見たいというナウラの思惑に、別の思惑でジューンも乗った。一同コルク銃を手に取り狙いを定める。 「ふむ、訓練以外では久々だな」 「私も操縦ばかりですからね」 そんなことを言いながらも、大佐も中尉も全弾命中。ナウラは3発当ててキャンディと蛍石、そして露天で使える商品券を手に入れた。そしてジューンは。 「さすがですね」 「いえ、それほどでも」 全弾命中させていくつかはお土産にと考えながら、狙って取った純銀弾のアクセサリーを中尉に手渡す。 「えっ、私にですか?」 「はい、今日という日の記念に」 「えっと、では私からも……」 そう言って2人は賑わいの中、あちこちの露天を見て回る。その平和で楽しそうな光景に、ナウラはこの世界を護る戦いに加わって良かったと改めて実感していた。 「いい光景ですね」 「そうだな」 ナウラの言葉に応えた大佐もまた、柔らかな笑みを浮かべていた。 「この星ははじめてなのですー。平和になってめでたいのです」 ニューラエリットに降り立ったシーアールシーゼロが人々の喧噪を眺めながら口にした。 昼間から上がる花火、客寄せに忙しい露天の数々、行列になっている人気店、そしてパレード。そして誰もが仮装を楽しんで。これなら旅人の外套効果が無くても大丈夫かもしれない。 ふさふさがぱたぱたと尻尾を振りながら人波へと駆け出した。あっという間に姿が見えなくなるが、迷子になることはないだろう。だって天才だし、犬だし。 川原撫子は両肩にセクタンの壱号とリッドを乗せて絶賛観光満喫中だ。 「おぉお!? 借りましょう、ARクロース! リッド君もどうですぅ?」 「そうですね、折角なので」 専用装身具を借りて、データチップも物色する。 「色々あって迷いますぅ☆」 坂上健は喧噪から少し離れ施設の見学に回っていた。 (まあ一般開示されている程度の内容ならラエリットの連中にも通知済みかなって気はするけど) それでも直に調べて改めて分かることもあるかもしれない。そう考え、特にファージのこれまでの行動に関して調べようとしたのはいいが、なかなか目当ての情報にはお目にかかれない。 「何か見つかったのですー?」 「うわびっくりした」 次はどの施設にしようかと案内パンフを眺めていた健に、いつの間にか居たゼロが声をかけた。 「んー、どこも普通の内容なんだよなぁ。いや新鮮だけどさ」 「ふっふっふー、ゼロは耳にしたのです。ここに謎の展示物があると」 そうゼロが指さしたのは『英雄の戦跡展』。あのマンファージと戦った研究施設を安全確認だけしてそのまま遺跡にするつもりらしい。 当事者にはそうめぼしい物もなさそうだったのだが、どうやらそうでもないようだ。 「よし、なら善は急げだな」 「ついでにおでんも食っとけなのです-」 どこで買ったのか、ゼロが健にカップ容器を差し出した。器には『おでん・洋』と書いてある。 「ってポトフじゃねーか」 健は思わず突っ込んだ。 百田十三は出店近くのテーブルに酒瓶と皿を積み上げていた。周りでは袁仁達が店屋物の飲食物を次々買い込み、積み上がった空瓶や空き皿を運んでいる。 一見飲み食いを楽しんでいるだけに見える十三だが、もちろん仕事もしっかりしていた。 (この世界がマイナス階層であることに変わりあるまい……飲むのと同じくらい情報収集も重要という事だ) そんなわけで飛鼠や火燕、飛囀を飛ばして周辺の研究施設等を見て回らせたり人々の話し声を拾わせていた。 そこに撫子がやって来た。今はヴォロスの民族衣装風の格好をしている彼女は、近場の店屋物をごっそり買い込むとテーブルいっぱいに広げて頬張りだした。 「畜生あのテーブルの奴らなんて食欲だ、全部平らげる気か?」 屋台の人々は悲鳴を上げたりしていたのだが、当の本人達は気付くわけも無かった。 しばらくして、小腹を空かせたロストナンバー達も2人の元へ集まってきた。食事ついでにそれぞれ感じたことや集めた情報も交換する。 「はふぅ、人出が凄かったですぅ~。でもみんな笑顔でしたし、これといった問題はなさそうですぅ☆」 「僕も同意見ですね」 撫子とリッドが人々を見ていた限りでは、特におかしな点は無かったようだ。 「ふむ、野良ファージは残っているようだが脅威にはなっていないようだな」 十三は特に落とし子の残党を注視していた。どうやらワームは先の戦いで殲滅できたらしく情報は皆無。ファージ変異獣はそれなりに残っているようだが、高い軍事力を持つニューラエリットでは自力排除で間に合っているようだ。 「獣人やファージは完全にマンファージ主体だったみたいだな。関係者に話を聞いてみたけど、みんな戸惑っていたし」 何故こんな危険なことに荷担していたのかと、軍生物研究所の職員達は言っていた。健が風の噂としてファージの同族支配能力を説明するとある程度納得したようだが、どうやら現在の技術力を持ってしても制御できる代物ではないようで、研究資料の分析だけ行い封印する方向で調整しているようだった。 野良変異獣等が多少気になるものの、落とし子の脅威はほぼ一掃されたとみて良さそうだ。 「マンファージ時代も社会体制とかは今と変わらなかったみたいなのです-」 「ああ、おかげで混乱も少なくて済んだみたいだしな」 ゼロと健、そして密かに飛鼠や飛囀も一緒に見た謎展示物――すなわちマンファージの残した資料には、彼らの侵食計画らしきものが記されていた。大半は意味不明な儀式内容で占められていたのだが、よくよく見れば獣人のファージ化やマンファージ増殖計画のようなものも散見された。 ゼロが気にしていたマンファージの発生要因に関してだが、支配下においた人間を依り代にして確率を上げる試みが行われていたらしい。元のファージのパワーに因る部分が大きいようで効果の程は、これらの資料は図書館のファージ研究にも役立つだろうと写しも貰ってきてある。ちなみに最初のマンファージはコールドスリープ状態で寄生されたようだ。 ちなみに社会体制に大きな変化が無かったのは、マンファージにその方面の興味が無かったからだろう。操りたい時に操れればそれで良かったようだ。 「よっ、手は空いてるか?」 村山静夫はイータムの通信施設を訪れていた。思わぬ来客が土産片手に来たということで、作業のキリがついた所でプチ宴会が開かれることになった。 「祭に行けねぇ代わりに、これで手を打ってくれ」 ニカッと笑った彼の土産品はヴェルナ支部の人に見繕って貰った生活・娯楽物資の他、0世界でセレクトした酒や食料もある。 慰労ついでに話を聞くに、どうやらニューラエリットとも連絡を取りながら施設の全面再稼働とラエリット-イータム間の定期航路確立、それとヘリウム3の収集計画も立てているようだ。 「中々そうはいかねぇだろうが、無理すんなよ」 そう伝えながらも、職員達の明るい顔を見れば取り越し苦労かとも思う。確かに危険な長期出張で不安はあるようだが、今はそれよりも未来への扉にわくわくしている様子が見て取れる。 「ああそうだ、地上に運んで欲しいモノとかねぇか? ついでに届けてやるよ」 きっと、この世界は大丈夫だろう。だから思う。決戦に参加して、彼らやその大切な人々を守れて、本当に良かった――。 一通りの情報収集を終え、トラベラーズノートでラエリット側の面々にも報告した一行は残り時間を思い思いに楽しむことにした。 十三はまた別の屋台群に移り存分に飲食を満喫し、ゼロは興味の向くまま気の向くままにあちこち歩き回る。ファージの影響で開拓が遅れたのか、原生林が未だ多く残るニューラエリットでは恐竜クラスの巨大生物も現存しており、それをデフォルメ化したぬいぐるみは世代を問わず人気のようだ。それとAR技術をフル活用したアイドル活動も盛んらしく、そこかしこでただの白舞台が突如華やかな電飾に包まれライブパフォーマンスが始まったりしている。 子供向けの露天や出し物が多いエリアに来たゼロは、フリーステージに上がると巨大化能力を用いた芸を披露した。 「ゼロが大きくなるとお菓子も大きくなるのですー」 かさ増ししてもカロリー変わらずの謎仕様。僕も私もと駆け寄ってくるのはお菓子を手にした子供だけではなくて。 「嬢ちゃん、うちの食材も増やせないか? 予想外に減りが早くてピンチなんだ」 「お安いご用なのです-」 その食材がどこに向かうのかは……あえて伏せますが、多分皆様の想像通りでしょう。 「イヤッホー」 健はORAの訓練用シミュレータに入っていた。熱心に近未来兵器群を愛でていた所に声をかけられたのだ。 訓練用とは言っても一般公開用の、身体への荷重を遊園地の遊具並みに抑えたものだ。それでも最新兵器を体験しているのだ、興奮しないわけがない。 「やっぱ実用兵器は漲る……」 恍惚の表情で機体を操縦する健。その外では。 「いいんですか、当分出てきそうに無いんですけど」 「いいのよ、あんな顔面危険物を野放しにしていたら客が減るじゃない。いざとなったらG負荷戻せばいいんだし」 ……ええと、はい、この健に関してはノーコメントで(誤字ではありません)。 「目覚めるきっかけになった世界が幸せになったって考えると、凄くないですぅ?」 「そうですね、僕もまさかこんな事になるとは」 ロストレイルに戻る道中、撫子はリッドを高く持ち上げ街を一望させた。元は彼の書いていた世界が、今はこのようになっている。その光景を少しでも長く見て欲しかった。 「あら、ふさふささんどうしたのですかぁ?」 そんな2人の足元を、とぼとぼとふさふさが歩いていた。着いた時には元気だった尻尾も今は垂れ下がっている。 「くぅん」 (最初は文明と人の力を感じられる事に落ち着くなんて柄にも無いことを思ったりしましたが……私が故郷に帰れる日は来るのでしょうか) 0世界にも馴染み、今度の法整備にも参加するつもりではあるが、故郷を忘れたわけでは無い。ふさふさは撫子の頭上に薄く浮かぶ真理数を見つめていた。 「近々私は未知の世界へと赴きます。長い旅になりますので、今お会いするべきだと考えました」 「そうでしたか」 「ナガセ中尉は、これからは?」 「しばらくはここに居ますよ。念のため護衛任務は言い渡されそうですけどね」 ジューンとナガセ中尉は談笑しながら露天を見て回っていた。ジューンはお土産を、中尉は先の純銀弾のお返しを探していた。 「あら、これは……」 ふとジューンが足を止めた。鉱石の中に花が紛れ込んでいる。 「ラピスラズリ・フラワー……それも天然物ですか、珍しいですね」 薄い結晶が花のように折り重なったそれは、自然が生み出した偶然の産物。鉱物資源が豊富なラエリットでは時折見つかるらしい。 「そうですね……では、私からはこれを」 中尉はそう言って、宝石の花を買うとジューンの手のひらにそっと乗せた。 ナウラもまたお土産を選んでいた。 「ランズウィックさん達と村山と……エーリヒさん達にも!」 鉱物資源が豊富らしいので、それぞれのイメージに合う石を1つずつ。あとは、どうしようか。 色々見て回る中で、ふと立ち寄った本屋に置かれた歴史書を手に取ってみる。そういえばこの世界って、フォールスとの戦い以外にどのような歴史を歩んでいただろうか。 (……そっか、そういう世界なんだ) 歴史書に記されていたのは、繰り返される戦争の歴史。ラエリタムは停滞の度に戦争とそれに伴う技術革新で発展していった世界だったのだ。 (でも、これからも同じとは限らないよね) 少なくとも対フォールス戦では手を取り合っていた。ならば、これからは何かが変わるかもしれない。 「ん、そろそろ時間だな」 リンドバーグ大佐が告げる。そろそろ帰りのロストレイルが来るらしい。 「大佐」 「なんだ?」 「未来は分からないけど、望むものも作っていけると信じます。武運長久を祈ります」 「ありがとう。よければまた遊びに来てくれ、それこそ何でもない日に、な」 笑顔で見送ってくれた大佐や中尉、それにいろんな人達。彼らの笑顔がずっと続けばいいな、なんて思いながら、リッドは撫子の傍らでディラックの空を眺めていた。 (そして撫子さん、貴方も新天地でもお元気で――)
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