シーアールシーゼロには、素朴な疑問があった。 ロストナンバーが持つ『武器』であるところのトラベルギア。戦う意志を力のみなもととし、冒険に際しての護身と任務遂行を助ける役割がある――。 このトラベルギアという代物は、世界図書館の誰が、何処で、どうやってつくっているのだろうか。 トラベラーズ・カフェでひとり、自身のトラベルギアを、ゼロは見つめる。 枕。 ……枕。 そう、枕。 ゼロが他者に与えるダメージを無差別完全無効化etcあらゆる不条理を内包した超便利グッズだ。「トラベルギアって不思議だよね」 隣席にいたリーリス・キャロンが、声を掛けてきた。 リーリスのギアは、右手中指にはめた、ブラックオニキスの指輪だ。人喰いたる彼女の、どうしようもない飢餓を抑制する効果があるのだが、それを口には出さず、ただ、可愛らしく人差し指を立てる。「興味あるな。調べてみない?」「ギアを調査するのですか? それでしたら、私も参加しても?」 テオ・カルカーデが、後ろの席から振り返る。彼のギアは、仄赤い液体金属が満ちた小瓶だ。「あらあらゼロさん。皆さんも。何だか面白いことをいっているのねぇ」 くすくす笑いながら、ゼロのそばに歩み寄ったのは幸せの魔女だ。 彼女のギアは『幸せの剣』。斬るよりも突くことに特化した細身の剣で、華麗で豪華な装飾は、見ているだけで幸せな気持ちにさせてくれる。「お集りいただき、ありがとうなのです。ですが」 思わぬ反応にゼロはぱちぱちとまばたきをし、大きな瞳を見開いたまま、首を傾げた。「……何をどうやってどこをどう調べたらいいのかまったく全然皆目わからないのです。謎が判明するかどうかも判明させたいのかどうかもわからないのです。わかっていることは、ただ調べてみたいという、そこはかとないまどろみに似た好奇心があるというだけなのです」 皆様には、知恵とか力とか勇気とか愛とか夢とか希望とか幸運とかその他諸々を無利子無期限無催促でお貸し願いたいのですー。 銀色の少女は、おっとりと頭を下げる。 彼女のささやかな調査をきっかけに、何がどう転ぶか転ばずに踏みとどまるか風雲急を告げるかまったく告げないか暗雲が立ちこめるかむしろ晴れ渡るかは――それこそ、まったく全然誰にもわからない。 =========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>シーアールシー ゼロ(czzf6499)リーリス・キャロン(chse2070)テオ・カルカーデ(czmn2343)幸せの魔女(cyxm2318)=========
ACT.1■雑談と推論 雑談がきっかけで冒険が企画され、大いなる謎に触れたものがいる。 雑談を積み重ねることにより、思わぬ真相の糸口を見いだしたものもいる。 他者との交流は、無意識に固定された価値観を突き崩し、視野を広げる。新たな観点や違う角度からの意見、あるいはほんのちょっとした思いつきが、旅人たちの思考を刺激する。 トラベラーズ・カフェでは今日も、そこここのテーブルで、そんな光景が繰り広げられていた。 † † † 「私の大事な大事なゼロさんにお願いされたとあっては、私の幸せ、貸さないワケにはいかないわねぇ」 純白のドレスを彩るように、しなやかな金髪が揺れる。金の瞳を細め、幸せの魔女はいとも楽しげに笑う。 「腹が減っては何とやら。まずは美味しいものでも食べて元気をつけないとねぇ。あっ、フルーツパフェ、もうひとつ追加でお願いね」 光がふりこぼれるようなオーラが周囲に満ちていく。その絶大な効果に、シーアールシーゼロが目を見張った。 彼らのテーブルだけでなく、カフェ全体が幸せの波動に包まれているのだ。 それまで、冒険旅行の申請がなかなか通らないことに落ち込んでいた別席のグループまでが、「よし……! この企画、もう一度司書さんにかけあってみようぜ」「そうだね。今回通らなかったのは司書さんが忙しかったからだと思うんだ」「あきらめないで何度でも申請すれば、いつかスケジュールの都合がつくときがくるよ」「うん、きっといつか幸運がやってくるはずだ!」「そうだそうだ」と、超ポジティブ思考になっているではないか。 「魔女さんの幸運力はすごいのです。本当に無利子無期限なのです?」 「そうねぇ。無利子……、はさすがに無理かも知れないけれども。まぁ、それはまた後日にでもゆっくり考えましょ。今はゼロさんや他皆さんに私の幸せを"貸して"あげるのが優先ね」 「『幸先が良い』とは、こういうことを言うのでしょうね」 テオ・カルカーデがにこやかに頷いた。紫いろの長い髪から、柔らかそうな獣の長耳がちらりと見える。 「ふふふ、それでは知恵を絞りましょう。まずは、ギアの製法についてですが……」 テオは自身のギアを見る。鮮やかなハイビスカスを思わせる赤い双眸を、知的好奇心できらめかせながら。 「この液体の色は、私の故郷の空の色に似ているのですけれども。どこで本人に相応しいと判断しているのでしょう?」 「ギアは武器っていうけど」 ひとびとを魅了する愛らしい面差しに、リーリス・キャロンは困惑のいろを滲ませる。 「リーリスの指輪は、武器にはならない……」 甘やかに伏せた睫毛からは、その秘めた心情を読み取ることはできない。 (……そうとも、武器であろうはずがない。それどころか、真のちからを押さえつけているではないか) 皆にわからぬように、リーリスはそっと唇を噛む。 どうしてくれよう。この飢餓を。 煮え立つマグマのように荒れ狂っている、この力の奔流を。 いつまで私に枷を科するつもりか。いつまで抑制を強いるつもりか。 おのれ、チャイ=ブレめ……! (ゼロは神族で魔女は冥族。テオだけが塵族か……。私も塵族ぶらなければ) ややもすれば激しかける感情を、それでも人喰いは巧妙に隠す。全てを沈めて心を鎧えと、我が身に言い聞かせて。 「あと、『戦う意思』というのも、非常に曖昧ですよね」 「意思のありようはひとそれぞれでしょうし、状況によって変化するものでしょうしねぇ」 リーリスの思惑に気づくそぶりは見せず、テオと幸せの魔女は、あくまでもまったりと考察を、いや、雑談を楽しんでいる。 「トラベルギアは究極のオーダーメイドアイテムなのです」 ゼロはといえば、席上に自身のギアを置き、しばし沈思黙考してから、おもむろに推論を語り始めた。 テーブルには、枕がでで〜んと乗っかっている。 なかなかシュールな光景だが、全員、そんなこまけぇことは気にしていない。 「ギアはその多様性から、通常の物品のように製作されてはおらず、チャイ=ブレが契約者の情報を元に、ギアか、あるいはギアの元になる特殊ナレッジキューブ的な何かを生み出していると思うのです」 「案外、チャイ=ブレ自ら生み落しているのかもしれないとは、私も思っていました」 テオが穏やかに言い添える。 「材料がナレッジキューブであるというのにも、同意したいところですね」 幸せの魔女は、フルーツパフェを頬張りながら頷いた。 「それはそうよね。ひとつひとつ夜なべして手作りしていたらチャイ=ブレさんもお忙しくて大変だものねぇ」 「アーカイヴ遺跡は、それ自体がチャイ=ブレとコンタクトして、その能力を人が利用できる形で使ってもらうための装置かもしれないのです」 「……チャイ=ブレは利用されているのかなぁ、ファミリーに?」 リーリスが無邪気に小首を傾げる。 「ファミリーが遺跡から得た超技術が、チャイ=ブレとアーカイヴ遺跡の使用法が主であるとすると、ファミリーにも不明な部分が多いと思うのです。よって、ギア製造の見学はチャイ=ブレに会うのと同義と推論するのです」 ゼロの口調はいつもどおりにおっとりとしていて、強い自己主張や押し付けがましさなどは微塵もない。にも関わらず、彼女の推論は明快で切れ味が良かった。 (これなら……、いけるかもしれない) リーリスはひそかにほくそ笑む。 このメンバーの力があれば、かねてより探索したかった『あの場所』へ、足を踏み入れることも可能ではないだろうか? そして、『あの女』を問いつめて、禁忌に触れることも出来るのでは? それが叶い、もし、……そう、もし、指輪の呪縛を解除することができたなら……。 ――ギアの制約が外れたら、この世界の生命を一瞬で吸い尽くすわ。 だって、ターミナルは狭いもの。 でも、その時は皆のギアの制約も外れているはずね。 ここにも異世界の神族冥族がいるから、それでも、二百人位は生き残るかしら? そしたらきっと――戦いが始まるわよね? 生き残った、ひとならざる旅人たちだけの、壮絶な戦いが。 生きることは戦うこと。 喰らいつくすこと。 だから私、生きるって大好きよ……。 「ギアを支給されたとき、司書さんからいろいろ聞き出そうとしました」 リーリスが指輪に落とす視線とは似て非なる、しかし、どこか共通した探求の視線を、テオもまた、手にした小瓶に向ける。 「これまでに何度も、ギアの分析を試みました。破壊しようとしたことさえあったのですが」 どうも、うまくいきませんでした、と、テオは苦笑する。 「破損したギアが元に戻るのは、情報がチャイ=ブレに保存されているから、ということなのかもしれませんね。前館長の身体が《狼》と融合していたのも、あるいは……」 「どなたか偉いひとに、ギア制作の現場について教えてもらうのです」 ゼロがあっさりといい、リリースも、何でもないことのように受けた。 「んと、普通のロストナンバーでギアに詳しい人なんていないし、司書さんかファミリーに聞きに行くのがいいと思うな」 ACT.2■ある思惑 「それでね、行ってみたいところがあるの」 人喰いはその真意を隠したまま、可愛い少女の顔と声で言う。 「館長公邸の7番目の庭園、妖精の庭の先……、虹の妖精郷との接点。ロバート卿が聖夜に仄めかした場所」 「なるほど、それは面白い」 テオが賛同する。 「リーリスさんのおっしゃるとおり、妖精の庭界隈は不審点が多過ぎるのです」 まどろみにたゆとうゼロの瞳に、深淵を覗くような知性が浮かび上がる。リーリスはにこりと小首を傾げた。 「少なくとも謎の一端は解けると思うの。それに……、今は多分、注意が逸れているはず……。ファミリーの出自に関する、とても危険な調査に出向いたひとたちがいるって噂を聞いたし」 「リーリスさんは情報通ねぇ」 幸せの魔女が感嘆の声をあげる。 「どうやってそこまで……。ああ、でも皆さん、依頼についてはカフェでオープンになさっていることが多いものねぇ。物陰でお話したとしても、そういう冒険はそこはかとなく伝わるものだしね」 ターミナルの皆さんは全員、面白そうなことには貪欲よねぇ。幸せの魔女は、くすくす笑う。 「虹の妖精郷に通じる場所が、非常用の隠し通路だと思うの……。壱番世界とチャイ=ブレとファミリーの」 「それが、リーリスさんの推論というわけね?」 魔女は微笑んだままだ。リーリスのそれは想像の域を出るものではないが、発想は興味深い。 「あの猫も玩具の兵隊も、ギアも、みんなみんな、作り替えられた人だとしたら……? チャイ=ブレにはそれだけの力があるもの」 「それで? ラスボスは誰なのかしら?」 魔女はその先をうながし、リーリスはほんのわずか、愛らしい少女の仮面を外す。もっとも、それに気づいたのは魔女だけであったが。 「陰に隠れて力をふるうのに1番適した場所にいる人物……。ダイアナ・ベイフルック」 「……まあ。考えたこともなかったわ。ここでその名前が出るなんて」 魔女は大仰に、両手を口に当てる。 「リーリスさんは、そんなに可愛らしいのに、実はとても黒……、いいえ、なんでもなくってよ」 「すごい発想ですね」 「リーリスさんの鋭さは驚異的なのです」 テオとゼロが同時にそう言ったとき。 「あら。トラベラーズ・カフェでのお話にしては、ずいぶん大胆ですね」 隣のテーブル席から、ロストレイルの車内で馴染み深い、感じのよい声が聞こえた。 見れば、予想どおり柊マナだった。幸せの魔女が頼んだのと同じ、壱番世界の季節に合わせたフルーツパフェを食べているところを見ると、今日は非番であるらしい。 ウエストをシェイプしたシンプルな白のシャツに自然素材のジャカードニットを合わせていて、さりげなくお洒落さんである。 「謎、とか、推論、とか、庭の探索、とか、危険な依頼、とか、聞こえましたけど……?」 しかしリーリスはその程度のツッコミではひるまない。 「大胆じゃないよー? リーリス、お友だちと一緒に公邸のお庭をお散歩したいだけだもん」 慎重にかわしたが、マナは、冒険に口を出すつもりではないようだった。ただ、日頃ご愛顧いただいているお客様のために、知り得た情報を提供してくれるつもりらしかった。 「館長公邸の庭園は、今、閉鎖中ですよ。ふだん公開中の庭園も含めて」 「えー? 入れないの? どうして?」 「もうすぐオープンガーデンが行われるそうです。それに備えて、庭師さんたちが最後の手入れをしなければならないんですって」 「そうなんだ。……つまんないの」 「せっかくですし、オープンガーデンまでお待ちになったらどうですか?」 「オープンガーデンが開催されたら、7つの庭園を全部見せてくださるのです?」 ゼロの問いに、マナは笑って首を横に振る。 「いいえ。たしか、キッチンガーデン、ローズガーデン、ワイルドガーデン、プライベートガーデンの4つと聞いています。でも、どれもいつもは非公開の庭ですし、見学できる良い機会だと思いますよ」 ACT.3■探索、あるいは調査 素でがっかりしているリーリスを慰めるように、皆が口々に提案した。 「お庭が見学できなくても、館長公邸に行ってアリッサさんにお願いしてみることはできるのです。もしかしたら『かくしボス』のウィリアムさんが、何かご存知かもしれないのです」 「そうしましょう。そのまえに、世界図書館内でギア開発について資料検索してもいいですし、詳しそうなひとが通り掛かったら、片端から、ギアを開発していると思われる場所を聞いてみるとか」 「調査の王道ね。世界図書館にある書物を色々と物色してみましょうか。それらしい書籍が見つかるかもしれないものねぇ」 「もしくは新規旅客登録者を探して、応対した人物の動向を探るという手もあります」 † † † 図書館ホールに向かった4人は、運良く、保護されたばかりのロストナンバーと遭遇することができた。 アリオ同様に、壱番世界でロストレイルを見たのがきっかけで覚醒したという少年である。支給されたギアは、なんと「ボウリングの球」だった。 「たしかに俺、ボウリングは得意だけど。これ、どういう局面でどうやって使ったらいいんだろう?」と、少年は考え込んでいる。 応対した司書はリベル・セヴァン。彼女は眉ひとつ動かさず「ギアの性能と使用方法は、あなたが一番よくご存知です。そのように造られていますので」と言ったそうだ。 「やはりリベルさんにお聞きするのがよさそうね」 「彼女はどこにいるのでしょうか。やはり司書棟に?」 幸せの魔女とテオは、コンタクトを取る相手として、リベルを選択しつつあった。その様子を見て、少年が怪訝な顔をする。 「リベルさんに会うのって、そんなに大変なことなの?」 「大変ということもないのだろうけど、忙しいひとなので、なかなか難しいときもあるのですよ」 「でも、今、そこにいるよ」 「「「「え?」」」」 見れば、ホールの一角、【貸し出しカウンター】と表記されたコーナーの受付に、当のリベルが立っているではないか。 たたたたっ、と、幸せの魔女が駆け寄る。 「まあまあリベルさん。お会いしたかったわ。まるでどこかの図書館の司書さんのようねぇ」 「……私はもともと図書館司書です。蔵書の貸し出し業務を行うこともあります」 「まさか、本を貸し出してくれるの? リベルさんが! その手で!」 「ご存知かと思いますが、ここは図書館ですので」 「聞いた? テオさん。今日の貸し出し担当はリベルさんですって」 「幸運ですね。これも魔女さんのお力でしょうか」 テオはすでに、棚から何冊か本を抜き出し、検分を始めている。 「どれも興味深い内容ですが、トラベルギアとの関連は薄そうですね」 「あら、私好みのなかなか面白そうな本があるじゃない」 重厚な革表紙の本であるが、タイトルは『少女文化年鑑』となっており、これまたギアとはまったく関係なさそうである。しかし、幸せの魔女はがっつりそれを手に、カウンターへ急ぐ。 「これ、借りて持って帰っていいかしら?」 「承ります。返却期日は厳守ください」 リベルが手続きをしている間、幸せの魔女はさりげなく、自身のギアを取り出した。 華麗な装飾がきらめき、見ているだけで幸福感に満たされる『幸せの剣』だ。 「ところでリベルさん。この素晴らしい剣を生み出した職人さんに、是非とも会ってみたいのだけど」 「ギアの制作者に、ということですか?」 「ええ。心当たりはあるかしら?」 「ありませんね」 あっさりとリベルは言う。特に大切なことを聞かれた、というふうでも、はぐらかした、というふうでもない。ただ「ない」と、淡々と答えただけだ。 テオは違う角度から質問を行う。 「では、率直にお聞きします。トラベルギアは、どこで、誰が、作っているのでしょう? もし、ギアを制作している工場のようなものがあるのなら、是非、見学したいのですが」 「……それは」 さすがに、リベルの表情が強ばった。 「館長の許可が必要になります。私からは何とも」 「許可が出れば、見学可能なのですね? ではこれからお願いすれば」 「残念ですが館長は、後見人のレディ・カリスとともに、インヤンガイの視察に出向いております。日を改めてください」 ACT.4■虎穴に入らずんば虎子を得ず ひとまず4人は出直すことにした。 少なくとも、収穫はあったのだ。リベルはギア工場の存在を否定しなかったし、アリッサの許可を得られれば見学も可能ということなのだから。 それでも、どこか物足りない思いを抱える彼らに、声を掛けてきたものがいた。 「ねーねー。さっきリベルに、ギア工場を見たいって言ってなかった?」 エミリエである。 「言いましたけれど玉砕しました」 テオが振り返り、半腰でエミリエと目線を合わせた。 「もしかしたら、工場の場所をご存知なのですか?」 「場所だけなら司書はみんな知ってるよ。立ち入りには許可がいるけど」 「成る程。しかしおおらかなエミリエさんにとって、公式の規則はあってないようなものでは?」 「えへへ」 テオの示唆するところを察し、エミリエはにこっと笑い、人差し指を口元に当てる。 「見せてあげる。内緒だよ」 † † † 図書館の下には、いくつもの地層が重なっている。 複雑に曲がりくねった階段を、彼らは降りていく。段差は一定しておらず、足元は危うい。 地上と繋がっているところが複数あるのだろう。ときおり吹く風も、その方向は錯綜している。 ――やがて。 淡い虹色の光が満ちるフロアに、彼らは到達した。 天井から床までが、ちらちらと淡く発光している。不規則に小さな光が走って消え、また変化するさまは、どこか、脳のシナプスを思わせた。 「中には入れないけど、この隙間から覗けるよ」 彼らの前に立ちふさがる広い壁の亀裂を、エミリエは指さす。 狭い亀裂からは、工場の全貌は伺えない。 それでも―― ベルトコンベアの上を、ナレッジキューブが流れていくのが見える。 その周りを、無数のセクタンがぐるりと陣取って作業を行っている。 セクタンがナレッジキューブに触れるたび、違うかたちに変成し、トラベルギアが造られていく。 「アーカイヴにはロストナンバーの情報が保存されていて、その情報が加わってキューブが変成する、ということなのですね」 ゼロがぽつりと言う。 「だから皆さんのギアはかたちが違い、本人仕様にカスタマイズされているということね」 幸せの魔女が頷く。 「チャイ=ブレは知識を効率良く集めて、保有したい。生かさず殺さず余計なモノを破壊せず。餌兼働きアリが自衛してくれるならこれほど楽なことはないでしょう? トラベルギアを支給する理由なんて、たぶんその程度ですよ」 「…………」 テオの言葉に、リーリスは無言で答える。 (いつか) (いつか) (この忌々しい檻を破ってみせる) そう、思いながら。
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