クリエイター瀬島(wbec6581)
管理番号1209-12661 オファー日2011-10-22(土) 05:04

オファーPC サシャ・エルガシャ(chsz4170)ロストメモリー 女 20歳 メイド/仕立て屋
ゲストPC1 リリイ・ハムレット(cphx9812) ロストメモリー 女 26歳 仕立人

<ノベル>

「……ついにこの日がきたのね」

 この日、サシャ・エルガシャの足取りはいつもより軽かった。ターミナルを彩る画廊街のショーウィンドウを横目に、逸る気を抑えて角をいくつか曲がる。もう少し歩けば、目的の場所はすぐそこに。

「ああっ、でも何て言えばいいのかなあ……! 本日はお日柄もよく? お邪魔いたします、リリイ様にはごきげんうるわしゅう? うう、緊張するよ……!!」

 これから会いに行く相手、仕立屋『ジ・グローブ』の女主人リリイ・ハムレットが出迎えてくれる様子を思い浮かべながら、サシャはその第一声を口の中でもごもごとリハーサル。ただし繰り返すほどに緊張は増してゆくもの、弾むようだった足も次第に重くなっていって。
 あの角を曲がればもう目の前、というところで二度、三度、すうっとはあっと深呼吸。さあ落ち着いて、落ち着いて。これから仕立ててもらう服にふさわしい、淑女の振る舞いでもって優雅にその扉を叩きましょう。

「……お、お日柄もよくごきげんよう、サシャでございます」
「まあ、いらっしゃい。ようこそ、ジ・グローブへ」

 控えめに、しかし中の人物がきちんと気づくように。とん、とん、と二回扉を鳴らせば、わずかな静寂を挟んで応える声は憧れのあの人のもの。
 扉を開けてサシャの顔を確認したリリイが、にっこりと笑ってサシャを中へと招き入れる。

「女性のお客様は嬉しいわ、さあ中へ入って。今日はどんな御用なのかしら」
「あのっ、この度はリリイ様に服を仕立ててもらいに伺いました! はっ、ええと、お、お邪魔いたしますっ!」

 憧れの女性が目の前に居て、笑顔で自分を歓迎してくれて、舞い上がらないわけがない。さっきまで入念に繰り返していたリハーサルの内容など、サシャの頭からはすっかりふっ飛んでしまっている。そんなしどろもどろの様子をリリイは微笑ましく見守るが、その差もまたサシャをいっそう挙動不審にしてしまうわけで。
 どうにか落ち着いたサシャがリリイと意思の疎通を図れるようになるまで、たっぷり10分はかかってしまったらしい。

***

「ええっ、ヌードサイズでございますか!?」
「あら、だって、貴方だけの服ですもの」
「でっ、でも、ここまで脱がなくてはいけませんか……?」
「駄目よ、サイズは厳密に測らなくちゃ」
「ううっ……かしこまりました……」

 そんなやりとりがあったのか、どうなのか。あったとしても、サシャの名誉のために一連の描写は控えさせていただこう。

 とびっきりの一張羅を、と。サシャが今までこつこつ依頼や節約で貯めこんできた大量のナレッジキューブをありったけ予算として提示し、有無を言わさぬオーダーをしてみせたその気迫にリリイが押されたのも一瞬のこと。『仕立屋リリイ』のあだ名を持つだけあって、メジャーを持った途端変わるリリイの目つきに、今度はサシャのほうがたじたじである。瞬く間に背丈、背肩幅、裄丈、上腕周り、腕付け根周りと、細かい部分のサイズを次々と測ってオーダー票に記入してゆくリリイ。サシャ自身、服を買うとき気にも留めていなかった部分や、こうして測られない限り知らなかったであろう部分のサイズが数値化されてゆく過程は正直、顔から火が出るほど恥ずかしい。

「そうね、だいたい分かったわ。デザイン画をいくつか持ってくるから、少しお待ちいただけるかしら」
「はっ、はいっ! お、お待ちしております」
「オセロ」

 殆どの項目がサシャからの『お任せ』で埋まってしまったオーダー票を持って、リリイは楽しげな足音を残し一旦店の奥へ消えた。代わりのように呼ばれた飼い猫のオセロが、面倒臭そうに返事をしたくせして尻尾をぴんと立て、ぐるると喉を鳴らしサシャの足元にまとわりつく。なかなかの接客上手な様に、リリイが席を外しているせいもあってかサシャはやっといつもの笑顔を見せた。

「オセロ、っていうのね。ワタシはサシャ、よろしくね」
「ぅにゃん」

 頭を撫でようと差し出したサシャの手のひらに、オセロがぽすんと自ら額を押し付ける。リリイがお客として認めた相手だからそうしているのか、単純に来客好きの気があるのか。耳の後ろを掻くように指先で撫でてやれば、うっとり目を細めて寝転がり腹を見せる仕草はただ可愛いの一言。

「ねえ、オセロ。あなたのご主人様はどうしてあんなに素敵なの?」
「……」

 リリイはまだ戻ってくる気配がないせいだろうか、随分漠然とした、しかしずっと気になっている疑問を何故かサシャはオセロにぶつける。問われたオセロは興味なさげに尻尾をぱたん、ぱたんと床に向けて軽く振ってみせ、まるで『そんなことは本人に聞けば?』と言わんばかり。サシャも当然何がしかの答えを期待していたわけではない、単なる自問自答の『答』の字が抜けた独り言だ。
 聞いて答えが出ることならば、答えを知って、自分もあんな風に優雅でエレガントで、どことなくミステリアスな、大人の女性になってみたい。彼氏居ない歴=年齢=200歳……勿論、ロストナンバーとして覚醒したのちも律儀に数えての数字だが……の、サシャがこれまで培ってきた恋に恋する二十歳の純情乙女ぶりがそう簡単に、リリイのような大人ベクトルへ向けて変わるのも考えがたい。それはサシャ自身よおおおおく分かっているだけに、壁に向かって、もとい猫に向かって答えの出ない問いかけをしてしまう気持ちも仕方なかろうか……?

「……やっぱり、ジュリエッタの小説みたいに素敵な恋をするのが一番かなあ? オセロ、どう思う?」

 自分にまず足りないもの、それはときめきとそれを共有する(あるいは一方的にぶつける?)恋のお相手であるのはサシャにも何となく、いや身にしみるほど理解出来ているわけで。今オセロへ向けた質問には、既に自分の中で答えが出ているのだ。オセロは相変わらずサシャの話を聞いているのかいないのか、大きなあくびを返事代わりにしただけで、あとは毛づくろいに夢中だ。

「まあ、オセロには分かんないよね」
「あら、オセロと内緒話?」
「ひゃっ!? なっなななな、な、何でもございませんっ!!」

__がたんっ!!!

 しょうがないな、といった感じで眉を下げ、話に付き合ってくれたお礼にサシャはオセロの頭を一撫でするが、不意に後ろから聞こえたリリイの声に思わず硬直してしまった。その椅子から飛び上がらんばかりの驚きぶりに、オセロは逃げてリリイはくすりと微笑む。

「うふふ、何も聞いてないから安心して。お茶を淹れていたら遅くなってしまったわね、ごめんなさい」
「えっ、いえ、そんな!」

 やっと落ち着いた心臓が再び焦り出す様にサシャはしどろもどろ、やはりリリイのようにエレガントな大人のレディになるにはまだまだ時間(と、その他諸々)が必要なのだろうか……。

***

「じゃあ、いくつか見ていただける? 例えば……これはこの間デザインしたばかりのドレスなのよ」

 早速リリイが持ってきたデザイン画のうち、まず勧められたのは藍色のシフォン生地を使うフェミニンなラインのドレスだった。

「シフォン生地はそれだけだと甘い印象になりがちだけれど、これぐらいの色味ならぐっとシックになるし、貴方の肌色にもきっと似合うと思うわ」
「わぁ……すっごく素敵! でも……」

 シフォン生地の下は真珠色のシンプルなレース下地が覗いており、よく見れば左脚部分に大胆なスリットが入っていて、どことなくリリイの着ているグリーンのドレスを髣髴とさせる。『銀糸で』とメモされた細やかな刺繍の図案もデザイン画の片隅にあり、きっとサシャが着こなせるか不安になるような大人らしいドレスに仕上がることだろう。

「こんなに素敵なドレス、ワタシに着こなせるでしょうか……?」
「大丈夫、似合わないものを薦めたりなんかしないわ」

 な、なんと頼もしい言葉だろう……! これにはサシャも呆気にとられるしかない。が、その言葉の重みにじわじわと、少しずつ顔がにやけてくるのが分かる。

「(そっかあ、こんな大人っぽいドレスが似合うって思われてるんだ……!)」
「気に入っていただけたみたいね、嬉しいわ」
「はいっ!」

 採寸、デザインと大事なプロセスが無事に終わり、やっとリリイの前でも笑顔を見せるサシャ。ちょうどいいタイミングで、少し濃い目に淹れられたアールグレイティーの香りと湯気が二人の鼻をくすぐった。甘いお菓子とほろ苦いお茶を、少し甘酸っぱいおしゃべりとともにどうぞ。

「英国式、ってこんな風でいいのかしら?」

 イギリス人のサシャをもてなそうと、リリイが用意したのは本格的なアフタヌーンティーセット。オーブンで温めなおしたほかほかのスコーンは南瓜ペースト入りとレーズン入りの二種類、蜂蜜林檎ジャムとクロテッドクリームを添えて。それにキュウリのサンドイッチが三段式のティースタンドに用意されている。自分ひとりではなかなかお目にかかることのない(そもそもひとりでアフタヌーンティーなんて、英国女性の風上にもおけない!)一式に、サシャも思わず目を見張る。

「か、完璧です……っ」
「ああ、よかったわ。どうぞ召し上がってね」
「にゃぉぅ」

 いつの間にか戻ってきていたオセロがクロテッドクリームの匂いを嗅ぎつけて、リリイに諌められるのを知っているのだろう、目ざとくサシャの椅子に前足をかける。

「貴方はこっちよ」
「ふふ、ごめんね、いい匂いさせちゃって」
「……ぅにゃん」

 案の定リリイにひょいとつまみ出され、専用の皿にミルクを注がれると、オセロは不満そうに一声鳴いてしぶしぶ引き下がり、匂いを鼻で確かめてからそれをぺろりと一口。『ま、これはこれでいいけどね』とでも言いたげな飲みっぷりに、サシャもリリイも苦笑いだ。

「あら、そのストールってもしかして……?」
「はいっ! リリイ様から頂いたストールでございます。覚えててくださったんですね!」

 熱いアールグレイティーをサシャに供し、リリイがふとサシャの膝上に目を留める。折りたたまれて膝掛けのように見えるそれは、去年のクリスマスプレゼント交換会でサシャがリリイから貰ったストールだった。サシャが今日という機会に着けて行かないなんて選択肢は勿論無く、ストールに合わせて小物の色を合わせるなど、コーディネートにも余念が無い。それだけにリリイ本人からそのことを言われるのは嬉しさ半分、恥ずかしさ半分のくすぐったい心持だ。

「勿論よ、よく似合う人の手に渡ってストールも喜んでいるわ」
「こ、光栄です!……あつっ」

 照れ隠しで大きく一口すすった紅茶が意外に熱かったのと相俟って、ぱっと顔を赤らめるサシャ。

「寒い季節には一枚じゃ心許ないかもしれないわね、反対色か生成り色のストールを重ねるといいわ」
「反対色か、生成り色……」
「反対色はカラフルだからカジュアルな装いに、生成り色はもうちょっと落ち着いた装いに合わせてあげてね」
「はいっ!」

 贈り物が似合っているのを喜んだリリイのアドバイスを、サシャは熱心に頷きながら一つ一つメモに起こす。その様子にまたリリイは目を細め、お茶の時間は穏やかに過ぎていった。

「はぁ、今日は何て幸せな日なんでしょう。リリイ様とこうしてお喋り出来るなんて……!」
「ふふ、そう言っていただけると嬉しいわ」

 ミルクを飲み終えて退屈そうに窓辺でまどろむオセロを横目に、サシャとリリイのお喋りは止まる気配が無い。美味しいスコーンとサンドイッチでお腹を満たし、紅茶で喉を潤して、少しずつ緊張のほぐれてきたサシャは、それでもうつむきがちに、遠慮がちに呟いた。

「……リリイ様は、ワタシの憧れ、なんです。ワタシもリリイ様みたいに、エレガントな大人の女性になりたくて……!」
「……まあ」

 うっすらとは感じていたのだろうけれど、愛の告白にも似たサシャの一言に、リリイはにっこりと笑って紅茶をもう一杯、サシャのカップに注いだ。

「ワタシ、リリイ様のようにおしとやかじゃないし、そそっかしいところばっかりだし……どうすればリリイ様みたいになれるんでしょうか?」
「そうかしら、貴方も充分素敵なレディだと思うけれど」
「そんな、リリイ様には程遠いです!」

 少し頑なに、自分のレディとしての至らなさを認めてしまっているサシャに、リリイは困ったように笑って眉を下げた。

「……似合う服と、着たい服は違うっていうものね」
「えっ?」
「独り言よ。いつか貴方にも分かるわ……そうね、大人の女性になったらね」

 サシャは、リリイの意味深な呟きを頭の中で繰り返す。

__ワタシが着たい服は、リリイ様のような服で……
__じゃあ、ワタシに似合うのは……?

***

「似合う服って、……難しいですね」
「そうね、服の仕立てと恋人選びは、ちょっと似ているかもしれないわ」
「そ、それってどういうことですか?」

 サシャの呟きに同調するように、頷けるような、そうでないようなリリイの例え話が始まった。乙女の主食はコイバナと言わんばかりに恋の話が好きなサシャ、食いつかないわけがない。

「素敵なドレスを仕立てたら、そのドレスが似合う自分になりたいでしょう? いつもより高いヒールの靴を履いたり、お化粧の色合いを変えてみたりね」
「うーん……ドレスを着るだけじゃおめかしとは言えませんよね」
「その通りね。恋人だってそうよ、人を好きになったら、その人にふさわしい自分でいたいのが女心だもの」
「あ、そっか……」

 これからリリイが仕立てるであろう自分のドレス、そのデザイン画を眺めながら、まだ見ぬ恋人にふさわしいレディになるよう背伸びしている未来の自分を思い浮かべて……サシャは首をかしげた。きっと誰かに恋をしたら、その誰かに自分を好きと言ってもらえるようにどんな努力だって出来てしまうのだろう。けれど、今のサシャにはそんな想像も、どこか現実感がない。それはどこに帰属することもなく、あてどのない旅を続けるコンダクターとしての自分がそうさせるのだろうか。

「けど、服と恋はやっぱり違いますよね……いつでも選べるわけじゃないし」

 ドレスに合わせておしゃれをする自分は簡単に想像出来るけれど、未来の恋人と自分の想像はなかなかに難しい。そう、いつか神託の都で見た夢の中身そのまま。まるで見てはいけないもののように、思いを馳せるほどに真実の姿は遠ざかった。
 サシャの目が、どこか遠いところを見るように細く、眇められる。もう戻れないところで落としてきた記憶を探すように、見えない未来を覗き込むように。その瞳に宿る光は少しだけ哀しい色をしていた。

「でもね、あのドレスだけは、違うのよ」
「……えっ」

 一瞬物思いに沈んだサシャの心を連れ戻すように、たおやかに微笑んだリリイがショーウィンドウに目をやった。そこにはフェミニンなプリンセスラインのウェディングドレスがある。ビスチェやトレーンにあしらわれた小粒の真珠がエレガントな一着で、このドレスが飾られていれば目に留めない乙女は居ないだろう。店に入ったときから気になっていて、ちらちらとドレスを見ていたサシャに、リリイは気がついていたのだろうか。
 ウェディングドレスの白色は、純潔の象徴。ありのままの自分が捧げる、惜しみない永遠の愛の色。そして同時に、これから添い遂げるあなたの色にわたしを染めて欲しいという、乙女の願いが込められた色なのだ。

「着てみる?」
「そんなっ、悪いです!」
「さっきも言ったでしょう? 似合わないものを薦めたりなんかしないわ」
「で、でも……」

 リリイのお墨付きをいただいてもまだ首を縦に振れないサシャは、それでもショーウィンドウのドウェディングドレスから目が離せない。どちらかといえば興味本位で着せてみたいリリイはいいからいいから、と半ば無理やり試着室に連れて行き、ビスチェ、ペチコート、パニエと手際よく、まるで魔法をかけるようにサシャを花嫁さんに仕立て上げてしまう。

「ほら、やっぱりよく似合っているじゃない。すごく素敵よ、サシャ」
「う、わぁ……!」

 ベールは花婿さんが現れてからね、といたずらっぽく笑い、リリイがサシャの手を引いて大鏡の前へと連れ出す。思い切って顔を上げ、その姿を目に入れたサシャは、思わず感嘆のため息を漏らした。オフホワイトの布地は褐色の肌によく映えて、レースをふんだんに使った長いトレーンはいつか絵本で見たお姫様のよう。

「……リリイ様、ワタシ……ワタシにも……」
「きっと来るわ、大丈夫」

__ワタシにも、いつか……

 そこから先を、サシャは言葉に出来なかった。いや、しなかった。
 壱番世界、英国への未練が無くなることは無いけれど、いっそ0世界に帰属するのもいいかもしれないと思った日もあった。でも。

 純白のウェディングドレスは、永遠の愛と伴侶をを自ら選び取った乙女だけが袖を通すことの許される衣装。サシャの本当の花嫁衣裳はまだ、夢の中で誰かの色に染まる日を待っている。
 その日までは、たくさん迷って、目一杯のおしゃれをして、ときめく話に花を咲かせて、日々を美しく彩って。

クリエイターコメントお待たせいたしました、「Color me, yours!」お届けです。
乙女とお姉さまのガールズトーク、大変楽しく書かせていただきました、オファーありがとうございます!

花嫁衣裳は永遠の憧れですよね……!
サシャさんにはプリンセスラインが似合うに違いない!と、わたしも乙女エンジン全開で挑ませていただきました。お気に召していただければ幸いです。

あらためまして素敵なオファー、ありがとうございました!
公開日時2011-11-15(火) 21:00

 

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