2秒ですら無駄にできねえ。 悪いがすぐに向かってくれ──。 たった数分前の話だ。 ネイパルムは、インヤンガイの“実業家”ジェンチンから説明を受けると、鼻で唸るような声を出しただけだった。 ジェンチンはカジノを始めとする様々な施設を保持する実業家であり、いわゆるマフィアでもあり、そして以前は探偵でもあった男だ。「あんたら世界図書館の予言と、俺たちの予想がぴたりと一致したってわけさ」 ネイパルムを一瞥し、自ら案内しながら何が起こっているのかを説明しようとして──彼はもう一度、竜人とその連れに目を戻す。「二人、か? あんたは狙撃手だと聞いたが?」「こいつは──」「いいじゃねえか、二人でも」口を挟んだのは古城蒔也だ。ヘッドホンを付けた彼は上着のポケットに手を突っ込んだままニヤニヤと笑う。「事件は地下で起こってんだろ、こんな図体のでかいおっさん一人だけで何ができると思う?」「黙ってろ」 ジェンチンは静かに蒔也を見つめ、かぶりを振った。「いいだろう」 そう言って彼は状況を話し始めた。 ホンサイ地区を走る地下鉄の駅が、武装した集団に占拠されたのだという。 連中は“フォドゥ(禍斗)”と名乗り、辺り構わず自らの要求を伝えてきた。曰く、現在刑務所に収監されている彼らの首領、リィ=フォの解放である。 あと20分以内にリィ=フォを解放せねば、地下鉄の車両を乗客もろとも1両ずつ爆破していくと、付け加えて。 地下鉄はホンサイ地区を含む歓楽街や官庁街、公園や住宅街など、都市の地下を大きく円を描いて走る環状線となっている。 世界図書館の司書は、ほどなくして地下鉄が乗っ取られ、人質を乗せたまま走り出すと予言していた。現在も駅周辺でジェンチンの手下たちとフォドゥが交戦中とのことだった。「乗客の一人が、要求が書かれた鉄のプレートをぶら下げて駅から出されたのさ。そいつは口にテープを張られてた。何も知らねえお回りがそのテープをはがした。それでドカン、さ」 ジェンチンは苦々しげに話す。「口の中に仕掛けられてた爆弾が爆発して、辺り一面吹っ飛んだのさ」 ヒュウ、と口笛を吹く蒔也。「爆破だってよ、おっさん!」「目輝かせてんじゃねぇ、このツンツン頭」「……いくつか、あんたらに話しておかねばならないことがある」 マフィアのボスは彼をじろりと見て、続けた。「リィ=フォが解放されることは絶対に無い。警察も司法も動かん。事件が地下で起こってるからな」「……」 エレベーターで地下へ地下へ。深く潜っていく中でネイパルムはゆっくりと尋ねる。「どういう意味か説明してもらおうか」「地下鉄に乗るのが、貧乏人だけだからさ。金持ちが地下鉄に乗ることは無い」「つまり、助ける価値のある人間がいねえってわけか」 と、蒔也。ジェンチンは頷き、微かに笑みを漏らす。「人道的救助ってやつさ。それと、地下鉄のトンネルはところどころ地表との距離が近い場所があってな。俺たちの気がかりはそこだ」「なるほどな」 ネイパルムは静かに頷き、相槌を打つ。「つまりは、フォドゥの標的は警察や当局じゃない。“裏切った”俺たちを動かすってことなのさ」 言葉の意味を図りかねて、チラリと目線を交わすネイパルムと蒔也。 俺たちは、と銘打ってジェンチンは言う。聞くまでもなく“俺たち”というのは、ジェンチンを含むホンサイ地区に存在する数多のマフィアや犯罪組織のことを差している。「俺たちはフォドゥに金を払い、手足として使って様々な汚れ仕事をさせてきた。俺たちとの良好な関係が崩れたのは、首領のリィ=フォが欲をかいたからだ。奴はフォドゥの悲願だった自らのシマを持とうとした」「はん、連中は自分らのことを知りすぎてるってか?」「その通りだ」 ネイパルムの指摘を肯定するジェンチン。「フォドゥはシマを持たない中立組織だからこそ機能する。俺たちはリィ=フォに制裁を加えた。だが、奴の手下どもは黙らなかったってわけさ。もし俺たちが要求を呑んで動けば、リィ=フォを釈放させることができるだろう。……あの牢獄からな」 彼がそう言い終えたところで、エレベーターがいずこかに到着する。ジェンチンは足早に外に歩み出る。「副官のディンガが作戦を指揮しているはずだ。ガタイのいい白髪の男でな、目は白内障か何かで見えない。だが、気を付けろ。奴の別名は“串刺しのディンガ”。見えないものを見、姿の見えない敵を撃ち抜く男だ」 もう一人、とマフィアのボスは暗闇を見つめながら言う。「ジンの方は痩せぎすの若い男だ。フォドゥの中でも一、二位を争う白兵の腕を持つ男でな、全身をサイバー化していて、あらゆる刃物を操る。死角から間合いを詰められたら命は無いと思え」 やがて目の前に現れる大きな鉄のドア。随行してきた護衛の男がそれを開けると、そこには地下へと続く暗い階段が姿を現す。「ここを行けば、線路に出ることができる」 飛び乗れ、と? 眉をひょいと上げて蒔也は傍らの相棒を見る。しかし赤い竜人は淡々と手元の時計に目を移していた。「あと何分だ?」「17分35秒だ」「オーケー、連絡は?」「これを使ってくれ」 ジェンチンは二人にコイン大の通信機を放ってよこした。 パシッ。それを受け取り、ネイパルムは蒔也を見るのだった。「行くぞ、ツンツン頭」* キキキ、キキ、キキキキ、キ──「ジン」 苛立ちを隠さず、白髪の男は目の前の若い男を呼んだ。「その音を立てるのをやめろ」 若い男はガラスにナイフを突き立てるのをやめ振り返る。顔が傾く。ぐにゃり、と笑う。 パシュン。ナイフがその手の甲に収納される。「楽しみ、だ、ね。哥哥。殺したら、に、く食っ、ても、いいんだ、ろ?」 寒い冬だというのに彼はジーパン一枚で、上半身をむき出しにしていた。その生白い肌には赤い蛇のような紋様が踊りくねっている。刺青である。それは彼の顔にまで達し、怪しい目の輝きを取り巻くようにしていた。「好きにしろ」 ぎょろり、白髪の男が白濁した両目を上げて若い男を見る。「ヘヘヘおれた、ち、いっしょな、の、久しぶ、り」 若い男は嬉しそうに指から細かな刃を出し丹念に舐めている。言葉が異様に聞き取りづらいのは、彼が“早く喋りすぎている”からだ。 反射神経を極限にまで強化しているためだ。一般人に聞き取れるほど遅く話すために、難儀した結果、言葉が途切れ途切れになるのだ。 ふと、白髪の男が顔を上げた。ゆらり、ゆらり、首を巡らせてまた視線を若い男に戻す。「奇妙な味が混ざった」「な、に?」「クソどもが余所者を差し向けたな」 だが、タカがしれてる。ほんの数人だ。白髪の男は立ち上がり、落ちてきた髪を後ろに撫で付け、居住まいを直した。「リィを連れて生きて帰るぞ」 短く言い目を閉じる。上着の中に吊るした銃を鈍く光らせて。* あと16分と数秒──。 二人は線路の下から、走り出そうとする地下鉄に乗り移っていた。車両は8両編成だ。「派手に行こうぜ!」 5両目の連結部に蒔也が爆弾を仕掛けると、その爆発が戦いの合図となった。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>古城 蒔也(crhn3859)ネイパルム(craz6180)=========
隠れる、というのが土台無理な話だったのだ。 まだ爆破による砂埃が舞っている車内へ踏み込み、古城蒔也は身体をぐるりと回転させた。指はサブマシンガンのセーフティへ。彼自身のリズムに乗って、人の気配を感じた方へと凶器を向ける。 派手な爆発でセッションを始めた後は、ささやかなリフを刻むのだ。彼はマシンガンの引き金を引いた。 狙いなどつけない。弾をばらまき相手をミンチにするだけだ。今この車両の中で、自由に歩き回っている人間は皆、敵なのだから。 そして彼の背中で、野太い銃声が3発。それがマシンガンの旋律を引き継ぎ、短いセッションを終わらせた。 「ツンツン頭、あまり離れるなよ」 赤い竜人ネイパルムだ。蒔也の背中を守り、隣りの車両にいた男を二人仕留めたのだった。 爆破に銃声。狭い車内でいきなり始めたのだ。すぐにフォドゥの連中──噂に聞くジンとディンガも駆けつけるだろう。 「ちゃっちゃと終わらせるぞ」 大きな身体を難儀そうに動かし、割りに合わねえなと呟くネイパルム。 弾薬ケースをパチンと開いて取り出した弾丸を込め、天井に向かって数発撃ち込む。 「対霊感知弾だ。ジャミングもできるはずだ」 「なーる」 蒔也はうなづいて銃器を構え、後方車両への扉を見る。少ない座席のおかげで、図体のでかいネイパルムも何とか身体を動かすことができた。 「行くぞ」 ネイパルムがそれだけ言うと、蒔也はいきなり走り出した。 右手のマシンガンをフルオートにし、扉へと突っ込んでいく。すぐ向こう側に人影が見えたからだ。 空になったマガジンを落とし、扉を蹴り破れば男が一人崩れ落ちる。 蒔也は生死の分からないそれに無慈悲な乱射を加え、もう一人床に倒れた男が銃を構えるのに気付けば、すかさず頭を吹き飛ばした。 間髪入れず、こちらへ放たれる銃弾。 蒔也は踊るように座席の影へと逃れる。奥にいた男たちが撃ってきたのだ。 タンッ、タンッ! その覗いた二つの頭が四散した。撃ったのはネイパルムだ。未だ前車両に身体を残した彼は、離れた敵を正確に狙撃する。 先頭車両の方からも複数の気配がする。素早く行動せねば、挟撃されてしまうだろう。 ふと見ると、足元にはすでに息絶えた女の死体が転がっていた。殺された乗客だ。蒔也はそれからネイパルムに視線を移した。 あのさ、と短い間の中で彼は口を開いた。 「おっさんは乗客助けたい?」 「……。いいかツンツン頭」 じろりと蒔也を見るネイパルム。それは諭すような口調になっていた。 「お前の言いたいことは分かる。俺たちは乗客を助けろとは一言も言われなかった。この状況で彼らを助けるのは至難の技だ。乗客もフォドゥの連中と一緒に始末しちまえば簡単だ。ああ、その通りだ」 だがな、とネイパルムは語気を強める。「殺したら同じだ。そこで俺らと連中の間には何の違いもなくなる。だからこそ乗客を助けるんだ」 蒔也は唸るような声を上げた。何しろ彼は、乗客が吹っ飛ぶのも面白いとすら思っていたのだから。 「そんなもんかな。よく分かんねーな」 「お前にも分かる時がくるさ。いいから俺の顔を立てろ」 ダンッ! 背後の扉が開こうとしたのを見て、竜人の銃が相手を撃つ。 「ちっぽけな拘りさ」 最後に彼が漏らした呟きは相棒の耳に届いたのか。 蒔也は身を伏せ、滑るように移動した。落ちていた空き缶を拾うが、それを使うのは今ではない。 現れた敵の銃口をネイパルムが狙撃する。蒔也が座席の影にいた男を撃ち殺せば、反対側の男の頭をネイパルムが狙撃した。 ぴたりと息を合わせ、目線を交わす二人。移動する相棒の姿を確認し、蒔也はそっと車両の扉に触れる。 次の瞬間、扉が爆発した。 キャアアと悲鳴が上がる。それは人質のものだ。 蒔也なりに細心の注意を払ったつもりだった。男たちの怒号と悲鳴の中、彼は自ら起こした粉塵の中へ飛び込んだ。素早く壁際に身を寄せ銃撃をやり過ごし、そこにいた男をマシンガンの銃身で殴りつけ昏倒させる。 この混乱に乗じるのだ。立って動く者、銃器の光、それを目印に二人は銃を撃った。 「うわっ!」 煙の中の1人を射殺するネイパルム。それと同時に彼は大きな身体を7両目に押し込んだ。ようやく粉塵が収まり、全貌が見えてくる。 人質たちは全員がここに集められていた。 ジェンチンは貧乏人だと言っていたが、それは金持ち以外という意味だ。学生のグループ、ビシネスマン、女、子供連れ、あらゆる連中が怯えた様子で床に座らされていた。たまたまこの地下鉄に乗っただけの、ただの一般市民だ。 「お前らいいのか? 人質を殺すぞ!」 ネイパルムは目を細めた。ダン、ダンッ。返事をしたのは彼の銃だ。竜人は人質に銃を向けていた男の右手と、大腿部を撃ち抜いた。 それが最後だった。 残ったのは、数体の死体と生き残って呻く者、そして怯えて床に伏せたままの乗客たちだ。 ネイパルムが8両目が無人であることを見て取り、蒔也が乗客たちに近寄りフォドゥが混ざっていないか確認した。ついでに怯えた小さな女の子におどけて舌を出し、ワッと泣かせる。 すでに殴られ頭から血を流している者、流れ弾で足や手を撃たれた者など怪我人も多いが、死者はいない。 ネイパルムは天井にジャミング弾を撃ち込みながら、素早く蒔也に尋ねる。 「ツンツン頭、爆弾の位置は分かるか?」 「俺だったら……車両の下に仕掛けるね。それから、アレ」 と、蒔也が指差したのは、足と手から血を流した男が必死に手を伸ばそうとしているものだった。彼はつかつかと男に歩みよると、手を踏みつけ、それを取り上げた。 小型のアタッシュケースである。 「これだね。持ち運びできるじゃん?」 ──シャッ! 風を切る音に、ネイパルムは本能的に、蒔也を突き飛ばした。 離れた二人の間を風が吹き抜ける。風は竜人の左肩をざっくりと切り裂いて、連結部の扉に一人の男の姿を形作る。 バネのように身体を縮ませ、こちらを見るのは赤い刺青の男ジンだ。蓮の花が咲くように両腕から数本もの刃物が突き出す。 ゴトッ、と床にアタッシュケースが落ちた。 間髪入れず蒔也が撃った。フルオート掃射で近寄らせまいとするが、その行動が仇となった。ジンは難なく弾のシャワーの範囲から逃れ、天井を走るように彼に迫った。 「チッ」 弾の出尽くしていないマシンガンに手を取られた彼は、それでも咄嗟に後方へ退いた。 音も無くジンの刃が蒔也の銃を切り裂いた。まだ弾を排出している銃は宙でバラバラに崩壊していく。高速の弾が見えているのか、赤い刺青は正面から迫る。 それでも──蒔也は反応した。 小さな光と爆発が、二人の男を引き剥がした。 自ら起こした爆発に、背中を壁に叩きつけられる蒔也。閉じていた目を開き、左手を見る。彼は手元に残った銃器のグリップを爆弾にして投げつけたのだ。手も無事に残っている。 「な、んだ、今」 ジンは初めて見た芸当に気を取られていた。 当然、蒔也の相棒がすかさず反応した。 ダダンッ。ネイパルムは刺客を撃った。狙うのは頭でも腹でもない。下半身だ。 サッと飛び退くジン。床に跳ね返った跳弾が網棚や壁に当たり、乗客たちが悲鳴を上げる。しかしそれでも跳ね返った弾はジンの右膝下を正確に狙い撃った。 暗殺者は舌打ちし、接近を諦め後退した。 「伏せてろ!」 ネイパルムの傍らへと跳ぶ蒔也。彼が残った方のマシンガンで援護すると、ジンは連結部分の方へと逃れていく。 奴と距離を取ればいいのだ。 ネイパルムと蒔也は一瞬だけ目を交わす。二人の会話はそれだけで充分だった。 「……おも、し、ろい」 一方、ジンは大きく腕を振った。シュッ。小さな何かが飛んできて、二人を再度別った。それは小さなナイフのついた細いワイヤーで、鉄製の手すりを難なく切断した。単分子鞭の類だろう。 ジンにとっては数少ない遠距離武器なのかもしれない。ただし、それを戻し振るう際に生まれる隙を二人は見逃さなかった。 「ツンツン頭!」 ネイパルムは銃に特殊弾を込め、相棒を呼んだ。蒔也は跳ぶように二、三歩、床に落ちていたものをジン目掛けて蹴り飛ばした。 あの、アタッシュケースだった。 リボルバーの照準をぴたりとそれに合わせる竜人。 ジンは相手の行動が何を意味するか瞬時に悟った。ここで爆発すれば車両内の全員が吹っ飛ぶ。撃つわけがないと思いつつも、彼は連結部へ。隣りの車両へと一瞬で移動した。空いた扉が閉まろうとする── まさにその瞬間、ネイパルムは撃った。 特殊ゴム弾はアタッシュケースの持ち手に当たり、ケースを連結部へと跳ね飛ばした。何かに掴まれ! と乗客に叫びながら、彼は閉まった扉をさらに撃つ。 それはトリモチ弾だった。ネイパルムはありったけのそれを扉や壁に叩き込んだ。 刹那、大きな爆発が起こった。 いや──蒔也が起こした、のだ。車両は大きく弾き飛ばされ、ガラスは割れて飛び散った。 中にいる乗客も、カクテルシェーカーの酒さながらにメチャクチャに振られて床を転がった。車両内を再び悲鳴が包み込む。 前に進んで車両が、爆弾で逆方向に飛ばされたのである。 しかし密集していたのが幸いしたのか。彼らに深刻な怪我は無くて済んだようだった。それに当然ネイパルムが打ち込んだトリモチ弾が破片を防いだこともある。 パラパラと何度目かの粉塵が舞い、そして静まった。 ネイパルムと蒔也も丸めていた身体を伸ばし、のそりと頭を起こした。暴走から別たれた車両は線路に乗ったまま、ゆっくりと後方へと滑っている最中だ。 生き残った乗客たちは自力で逃げ出すだろう。彼と蒔也は、車両の外へと飛び降りた。 「腕、取れた? おっさん」 「あれぐらいじゃ何ともねえよ」 落ちていた布で荒っぽく傷の手当てを済ませ、ネイパルムは背中を伸ばすとスナイパーライフルを構えた。トンネル内は、車内よりだいぶん広く大助かりだ。 彼の目には離れていく車両が見えている。その後ろで蒔也が止まった車両の下を覗き、爆弾を確認する。彼らを尻目に乗客たちは車両から飛び降り、足早にトンネルの中を逃げていった。 やれやれ。嘆息してネイパルムは時計を見た。 連中が予告した時刻まで、あと7分ある。充分な時間じゃないか。 「待て、おっさん!」 姿を見せ始めたフォドウの手下を狙い撃とうとした時、それを止めたのは蒔也だった。 「車両の天井に──」 ネイパルムはそのままスコープで去り行く電車の天頂部を見た。ひと目で分かった。空調機のところに不審な円盤状の機器が取り付けられている。いくつも、にわかに信じがたいほど大量の爆弾が取り付けてあったのだ。 「一両ずつ吹き飛ばすってのは、そういうことかよ!?」 スコープから目を外せば、蒔也が笑いをかみ殺したような表情をしながら言うのだった。ああ、とネイパルムは察して頭に手をやった。この爆弾魔は、大量の爆薬に興奮しているのだ。 「お前見てると胃に穴が開きそうだよ」 「あんなにあったら、マジ、地上までブッ飛ぶぜ!」 「そうかよ……何にしろ、あれを放っちゃおけねえな」 銃を納めネイパルムは背中の翼を開いた。今回だけだぞと前置いて、乗れと促せば蒔也はウヒョオと楽しげに相棒の背中に飛び乗った。 飛び立つネイパルム。地下空間は広く、走るよりは早いが……相手は走る電車だ。あれに追いつくにはもっとスピードが必要だろう。 「おっさん、手伝うぜ」 と、蒔也が上着の中から取り出してみせたのは小型のロケットランチャーだ。ブッと吹き出すネイパルム。 「よせ、俺の背中でそんなもの──」 ──ドオンッ!! 蒔也は相棒の声を無視した。背後に発射されたロケット弾の反動をもろに受け、ネイパルムは吹き飛ばされるように前方向へ加速する。バックブラストをうまく外したとはいえ竜人の首脇を爆風が吹きぬけ、彼はアチチッと声を上げた。 しかし、おかげで彼らは無事に車両の天頂部に着地していた。爆発でひしゃげた電車はまだ熱すら保っている。 「畜生、もう二度とお前は乗せねえ! 絶対だ!」 ネイパルムは悪態をつくものの、フッと黙り込んだ。 気付いて同時に振り向く二人。見れば三両ほど先に白髪の男が幽霊のように立っていた。いつそこに現れたのか。右手にハンドガンをぶら下げている。 フォドゥの副官、ディンガだった。 「この電車はもう満員だ。降りてもらおうか」 平然と言ってのけるのに、鋭い目を返すネイパルム。 「残念だな。なら、参考までに教えてくれ。この“乗客”たちはどこで爆発するんだ?」 「お前たちのあずかり知らぬところでだ。異邦人」 「たぶん地獄ってところじゃね?」 蒔也の言葉にディンガは喉の奥で笑った。 「──いい回答だ」 目にも留まらぬ速さでディンガが銃口を上げ、ほぼ同時に蒔也とネイパルムも撃っていた。 しかしその瞬間、蒔也は違和感に身体をよじった。ヒュオッ! 何かが風を切り、彼は自分の腕の付け根に、血に濡れた小さなナイフが突き出ていることに気付く。 後ろだ! その刃に触れ、斜に振り向く蒔也。そこに居たのは満身創痍のジンだった。彼の手にあるワイヤーは蒔也の背中に刺さるナイフへと繋がっている。 「なっ……!」 ネイパルムは驚き相棒を見た。ディンガは最初から、背後に潜んでいたジンに奇襲させるつもりだったのだ。 ネイパルムの弾は相手の頬をかすり、相手の弾は彼の翼に傷をつけた。身を翻したディンガは車内へするりと降りていった。 ジンがワイヤーを引けば蒔也の傷から大量の血が噴出した。だが、蒔也は笑った。笑いながらマシンガンを撃った。 難なく銃撃を交わすジン。ワイヤーを左手に戻しながら右腕に大きな刃を生やし、それをまっすぐに蒔也に向けて走りこんでくる。 「壊し損ねちまったな。でも」 ──良かったぜ。目の前で壊れるとこ見れるんだからよ。 彼がそう呟いた時、ジンの左腕が爆散した。飛び散る血を浴びながら、蒔也は一歩踏み出し懐の空き缶を相手に押し付けた。 「喉、渇いたろ?」 胸を思いっきり蹴り飛ばせば、驚愕の表情を浮かべたまま、ジンは電車から滑り落ちていった。その姿が爆発に飲み込まれる。 蒔也は満足そうに、しかし膝を折った。 「ツンツン頭!」 そう言ったそばから、天井を撃ち抜かれた。車内からディンガが撃っているのだ。 「クソッ」 「落ち着け、ジャミングが効いてるはずだ。──お前はここに居ろ」 有無を言わさぬ口調でネイパルム。蒔也は驚いたように相棒を見る。 「おっさん」 「その怪我じゃ、足手まといだ」 彼なりの優しさのつもりなのか。狙撃手は淡々と言い放つと、返事を待たず天井に空いた穴から下へと滑り降りた。 車内は静かだった。 人の気配が無い。もっと人数がいたはずだった。どこかへ逃れたとしたら、なぜ? 応えは前方方向からの銃弾だった。ガラス窓を突き破り、竜人の首元をかすめた。話に聞いた通りだ。ディンガは貫通力を高めた弾丸で真っ直ぐにこちらを狙ってくる。 ネイパルムは、無言でライフルを構え、撃った。 ──分かってるぜ。お前は何かを本気で吹っ飛ばそうとしてる。 身体をずらせば、ディンガの銃弾が今まで彼の居た場所を貫いた。二人は三つも離れた車両にいながら、お互いを狙い撃っている。 ──お前らを見捨てたマフィアどもか? 違うな。お前はもっと本質的な……。 そうか! 思い至ってネイパルムは声を上げた。相手の意図がようやく分かったのだ。 「刑務所だな?」 その通りだ、と肯定せんがばかりに相手の弾がネイパルムの左足を貫いた。顔をしかめるものの、竜人は銃を構えたまま微動だにしない。 狙撃手としての五感を研ぎ澄ませ。 銃を、身体を、炎を武器としろ。 ふと、カラフルな丸いものが視界をよぎった。スーパーボールだ。ポン、ポンと跳ねたそれはドアに当たった瞬間に爆ぜた。 何ッ? と驚くディンガ。その彼の周りに大量のボールが投げ込まれるのを、ネイパルムの目が捉えた。 彼は待っていたのだ。電車が一直線になるその時を。 彼はたった一発の弾丸を放った。 弾丸は扉の隙間を通り抜け、車両を次々に越えていく。空気を唸らせ、弾はぐんぐんとスピードを増し自らの行き着く先を目指した。 それは、大きく目を見開いたディンガの顔面。 白く白濁した眼球に、凶弾が滑り込んだ。大きくのけぞった男は顔面を真っ赤に染め、床にどうと倒れていったのだった。 「終わったな」 隣りに降り立つ蒔也の気配にネイパルムは苦笑いする。まったくお前は、と漏らしながら。 「待てって言っただろ」 「俺は遊んでただけだぜ、おっさん」 分かったよ。説得は無駄だと悟り、彼は溜息をついた。しかしそれは嫌味なものではない。彼は肩を鳴らし相棒を見る。 「なあツンツン頭。お前があの白目野郎だったとしたら、起爆装置はどうする?」 「そんなもん用意しねえかな。全部吹っ飛んだ方が面白れぇし」 「なるほど」 ネイパルムは大きく蒔也の背中を叩き、声を上げて笑った。つられて蒔也も笑い出した。それは信頼関係にある者同士にしか生まれない、ある種の共感に満ちた笑いだった。 ひとしきり笑った後、急に真顔になる二人。 「なら電車を止めて、早いとこずらかろう」 「オーケー」 そうして二人はそれを実行したのだった。 (了)
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