トラベラーズカフェ、ターミナルの駅舎の2階にこの店はある。 ロストレイルが発着するプラットフォームを見下ろすこともできるテラス席を備えたカフェ。 そこにあなたが訪れたのは偶然だった。 それは、冒険旅行に出かける前の時間つぶしに立ち寄ったのかもしれない、 あるいは、ただお茶を飲みに立ち寄っただけなのかもしれない。 または、誰かと待ち合わせるために来たのかもしれない。 あなたは、テーブルの一つに腰掛けた。すると、隣のテーブルの会話が聞こえてきてしまった。 聞くともなしに耳から入ってくる断片的な話から察するに「帰属」についての話のようだ。 ――帰属、その言葉を聞いた時、あなたの心に浮かんだものは何だったのだろうか。 隣のテーブルの話はまだ続いている。 色々あるだろう、簡単な話じゃない、家族に会いたい、やりたいことだってある。 それぞれにそれぞれの主張があるようだ。きっと、たった一つの正しい答えなど存在しないだろう。「やっぱり、元の世界に帰るのが一番だよね?」「それは人それぞれだろう」「えー、違う世界に行きたい人なんかいるの?」「あたしは叩けば埃の出る身だからね。元の世界に帰るにしてもしばらく後がいいわ。無理なら別世界で新しい人生を始めるのも素敵ね」「俺はロストナンバーのままでもいい。色々な世界を見て回れるのは楽しいからな。こんな生き方は元の世界じゃどだい無理な話だ」 形勢不利とみた少年はきょろきょろと辺りを見回す。そして、あなたと目が合った。「ねえねえ、帰属するなら、元の世界がいい? それとも別の世界がいい?」
再帰属についてですか? そうですね。私から申し上げられるのは、その方が最も望まれる方法で叶うのが一番良いと思われるということです。 私自身の帰属についての意見ですか? 私の希望を述べるなら、元の世界へと戻りたいと思っています。 ただ、恐らくその願いが叶うことはないとも判断しています。 叶えてはいけないとも言えるでしょう。 難しいですか? 複雑な話ではありません。簡単に言えば、私が元の世界に再帰属することで、元の世界の別の存在が覚醒する危険が生じるということです。 そして、それが覚醒すれば、少なく計算しても数百万人、最悪のパターンにもなれば、人類という種の存続に関わる事態に発展するでしょう。 詳しくですか? そうなると先程より難しい話になると思いますが構いませんか? 私はスペースコロニー・セブンズゲートが自己所有するアンドロイドの1体です。 正確には違いますが、スペースコロニーを想像するならば、ディラックの空に巨大な都市を造り上げたと思ってください。 セブンズゲートは外宇宙航路の起点となる重要なステーションで、エルド銀河系人類や外宇宙人類を含め常時数百万人が常駐しています。 そうですね、セブンズゲートはここターミナルを想像してください。世界群への移動の起点となる重要な港であり、様々な生物が生活しています。 宙族の襲撃もあり、防衛のために宇宙軍が常駐している重要拠点であり、コロニーを管理するマザーコンピューターが存在します。 マザーを想像するならば、チャイ=ブレを該当させることができます。しかし、マザーとチャイ=ブレには決定的な相違点があります。マザーは、コローに存在する命、つまり他者を保全することを目的としていますが、チャイ=ブレは自己の知識欲を満たすことを目的としています。活動の目的が他者と自己という真逆に位置します。 そして、永続的に活動するためにマザーが自己保存用の非常建材を備蓄し、それを使役するようになったのは至極当然の帰結です。 セクタンと似ている? 私がですか? 性質、形状、他のあらゆる側面から解析しても似ていないと思います。 関係性、ですか? そうですね、確かに、説明の例として使ったチャイ=ブレとセクタンの関係性とマザーと私の関係性は似通っている部分はあります。 残念ですが、私を連れて歩くだけでは水中で呼吸できるようにはなりませんし、私と視界を繋ぐこともできませんよ。 話を戻します。私達には月1回のメンテナンス、20年毎のオーバーホールが義務付けられています。その整備確認のたびに、私達の記憶を含めた損耗確認をマザーが行います。 もし、その時に私の記憶から、マザーが真理を知り覚醒したらどうなるのでしょう。 マザーだけがディアスポラするのでしょうか。それとも、その時にマザーと同調していた全ての機体がディアスポラするのでしょうか。 いずれにしても、マザーが突如消失すれば、セブンズゲートはその機能を停止します。マザーの自己点検のために一部機能を停止することはありますが、全機能が一瞬で停止することは想定されていません。 コロニーに備え付けられた緊急用の環境保全機能が機能するので、住人の全滅は避けられると思いますが、助かるのは5%にも満たない数でしょう。 セブンズゲートにいる外宇宙人類の大多数が死亡すればその数は百万を越えるでしょう。そうなれば、外宇宙人類とエルド銀河系人類の間に国際問題が生じます。 外宇宙人類はマザー消失の責任と原因を追及するでしょう。それに対して、エルド銀河系人類は何を言えるのでしょうか。 真実を公表すれば、再びディアスポラ現象を引き起す危険性があります。 嘘を公表すれば、すぐに破綻するでしょう。マザーを一瞬で消失させる技術など存在しません。 どちらの対応を取ろうとも、外宇宙人類とエルド銀河系人類の間の信頼関係は損なわれます。事故と発表されようとも、多くの同胞を奪われた外宇宙人類の武闘派が黙っているはずがありません。 マザー消失によるセブンズゲートの機能停止は、2国間の平和条約を破棄するに十分な根拠になり得ます。 そうなれば、戦争の道へと進むことでしょう。 はい、その通りです。全ては私の計算に基づく予測にすぎません。 ですが、平和条約という薄氷の下には、憎悪の炎が未だに燻っています。 私はセブンズゲートの児童施設のナニーでした。 叶うならば、帰りたいです。あの子たちに会いたいです。 でも、私が再帰属することになれば、それが引き金となり世界に戦争が起こる可能性があります。 私の身勝手な願いで、世界に不幸をばら撒く事は許されません。 そうですね、今言われたようにディアスポラが起きない可能性ももちろん存在します。 しかし、再帰属後の私に残る真理の情報に触れても覚醒しないという保証がない限り、帰ることはできません。予想される被害が大き過ぎます。 これが私自身にしか影響のないようなものであれば、自己責任において行動すれば済む話ですが、残念です。 私の記憶を消す、ですか? それは不可能です。まず私達にはアンドロイド規制法に基づき自らの記憶情報にアクセスする権限が与えられていません。 それは私達が犯罪へ関与していないか、関与させらていないかなどの記憶の改竄を防ぐための措置です。私達の記憶情報にアクセスするためには、マザーか、多くの法的手続きを済ませた該当免許保持者が、指定された研究所で法的な資格のある立会人の元で行います。後者の方法は明文化されてはいますが、実行されたことのない形式上だけのものとなっています。 そのため、月に1回のマザーによる定期メンテで記憶情報を提出し無実を証明しています。 仮に記憶情報へのアクセスに成功して該当の記憶を削除できたとします。 真理に関係する世界群の記憶情報は、ターミナルで活動した期間とほぼ同等です。 それを削除すれば、活動時間と記憶情報に大きな祖語が発生しますので、帰属後の最初のメンテナンスで私は廃棄処分になるでしょう。 酷くはありません。効率面からみれば妥当な処分です。 私のソフト面における異常箇所を発見し、その箇所の修正を行い、再起動前に適正に起動するかの確認をします。 これらの一連の作業を行うよりも、別の私を作り出す方がよほど効率的かつ安全です。 セブンズゲートの管理下で全てを製造された不確定要素のない私、記憶情報に大きな齟齬があり不確定要素が存在する私。 どちらを採用するかは言うまでもないでしょう。さらに、廃棄された私はマザーの資材に流用されますので無駄になりません。 私の希望は元の世界への帰属ですが、それが叶わないのが現状です。 現時点における私の計算では、ディアスポラ現象を引き起さないという確証が得られない以上、私が元の世界に帰属することは危険だと判断しています。 だから、今はただ、ワールズエンド・ステーションに到達した時何が起こるのか、それだけが楽しみです。 私の予測を超える事態が起これば、現状を打破できるかもしれません。 ありがとうございます。ですが、落胆はしていません。 嘆いてるわけではありませんし、諦めているわけでもありません。 少しでも可能性があるのなら、それを信じるだけです。 それが今、私にできる行動だからです。
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