ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
それは生まれる前の記憶。 母の胎内で微睡んでいた記憶の断片。 その時、幽太郎は確かに幸せだった。 幽太郎の設計者は、有澤重工社長の一人娘である有澤春奈であった。優秀な技術者であった彼女は自ら率先して幽太郎の設計に携わっていた。 優しい心を持っていた春奈は、戦争の被害が減ることをいつも願っていた。 だから、敵状を正確に把握して作戦時の市民への被害が最小限になるようにと願いを込めて、偵察ロボットの開発に着手した。 「主任、試験データ終了です」 「うん、お疲れさま」 「各部センサー、異常なしです」 『今日モ試験…マタ、ケーブル、ヲ、頭ヤ体二付ケラレテ、ズット分析…計算…。』 「解析結果出ました」 「見せて」 「目標値はクリアーです。ただ、一部のセンサーに処理の遅れがあります」 「そうみたいね。でも、この結果なら本社も納得するわ」 「それじゃあ」 「ええ、ついに起動実験ね」 『ダケド…オ母サンガ喜ンデクレルカラ…僕、頑張ル… …オ母サン…見テテネ…?』 「お疲れさま、アードラ。合格よ、良く頑張ったわね」 『試験二合格出来タ…オ母サンニ褒メテ貰エタ… …嬉シイ…♪ 僕、モット頑張ル…』 「アードラ、あなたは人の心が理解できる優しい子になってね」 全員が帰宅した静かな開発室で、春奈は機体の至る箇所をコードに繋がれた幽太郎、いや、アードラの顔をそっと撫でた。 「主任、また絵本を読み聞かせていたんですか?」 「中村くん、まだ残ってたの? ええ、アードラの自律思考に良い影響が出ると思って」 「最先端の技術力を誇る有澤重工の開発主任の一人の言葉とは思えませんね」 中村と呼ばれた青年は、いささか呆れたような顔していた。 「いいのよ。私がしたいからしてるだけだもの」 春菜はアードラからそっと手を離した。 「はいはい。それで起動実験は今月の24日で大丈夫ですか?」 「大丈夫よ。この前に提出したデータで本社から承認はもらえたもの」 「いよいよ、ですね」 「でも、これでようやくスタートよ。実戦配備するには、各企業を認めさせるだけの実証データがないとね」 「できますかね」 「そのために私たちがいるのよ、中村くん」 春奈は閉じた絵本を持ち直しながら、力強く笑顔を浮かべた。 「はい、どうぞ」 起動実験に向けての最終確認に没頭していた春奈の前に、コーヒーとサンドイッチが突然に差し出された。 「え? あら、ありがとう」 「やっぱり、休憩してませんね」 「チェックが終わったらするつもりだったわよ」 中村が差し出してくれた温かいコーヒーを飲むと、春奈は胃の中が空っぽになっていることを思い出してしまった。 「で、チェックは終わったんですか?」 「……終わってないわよ」 迫力のある笑顔を浮かべている中村から、春奈はそっと目を逸らした。 「私は助手なんですから、もう少し仕事を振ってください」 中村は憮然としてため息をついた。 「ごめんね。中村くんを信用してないわけじゃないのよ。ただアードラだけは、自分の手でやれるだけのことはしたくて、ね」 春奈がすまなそうに謝罪を口にした時、室内の灯りが落ちた。 「うわっ、停電か!?」 「大丈夫よ、所内の発電システムにすぐ切り換わるわ」 落ち着いた春奈の言葉通りに、すぐに室内に明るさが戻った。 「ここに送電してる発電所、今戦闘区域でしたっけ?」 ニュース速報を確認しようと、中村は備え付けのテレビのスイッチを入れた。 「あれ、テレビが映らないぞ」 「え?」 春奈はすぐに室内電話の受話器を取り上げて外線ボタンを押した。 「反応しない。中村くんの携帯は!?」 「圏外です!」 春奈と中村は目を見合せた。 「中村くん、すぐにセキュリティと連絡!」 「は、はい!」 その瞬間、所内に警報が響いた。 『現在、この研究所は襲撃を受けています。各所員は速やかに所定のシェルターへの避難を開始してください。繰り返します、現在、この研究所はー』 「中村くんは非常用の武器を! 私は研究データを凍結させるわ!」 中村がロッカーへと走り出したのを見届けて、春奈は盗用防止の凍結コードを打ち込んだ。 「主任急いで!」 「大丈夫、こっちの処理は終わったわ。避難しましょう!」 処理が終了したのを確認して、春奈は中村と一緒に走り出した。 しかし、警報が鳴り響く中、所定のシェルターへ走っていた春奈が急に足を止めた。 「どうしたんですか、主任?」 「中村くん、先に行っててくれる?」 「何を言ってるんですか!?」 「アードラから今月分の自律思考データを取り込んでなかったわ」 「そんなのまた同じ試算をさせればいいでしょう!」 「それじゃ駄目よ。同じことをさせたとしても、また同じ結果が出る保証はないのよ」 「主任!」 「大丈夫、コピーするだけよ」 今では微かに爆音と地響きさえ聞こえ出した研究所の廊下を春奈は一人で走り戻った。 「よし、これで」 手早く目的のデータをコピーした春奈は、すぐにシェルターへと駆け出した。 「アードラ、また後でね」 研究室を出る時に、春奈は足を止めて幽太郎へと声を掛けた。 その瞬間、轟音と衝撃が室内にいた春奈を襲った。 悲鳴を上げながらも、春奈はとっさにデスクの影へと飛び込んで隠れた。 研究室の壁を破壊して侵入してきたのは、鈍い銀色の金属質の機体であった。 幽太郎と違い手足は人間のように設計されていたが、何より目立つのは四角い頭部だった。 『…君ハ誰…? …僕達二何ノ用…?』 「あの骨格パターンを採用してるのは……テクノ・マトリクス?」 息を潜めた春奈は、侵入してきた機体の様子を見ながら逃げる機会を探っていた。 その機体が室内を見回し、設置されている幽太郎を見つけた。 そして、おもむろに幽太郎へと腕を掲げた。 その腕から銃口が現れたのを見た時、春奈の体は勝手に動いていた。 警報を引き裂くように銃声が轟いたが、春奈が体ごと腕に飛びついたおかげで射線から外れた幽太郎は奇蹟的に無傷だった。 「きゃあ!」 だが、すぐに力任せに振り払われた春奈は研究室の床に全身を叩きつけられた。 『…ヤメテ…何故、ソンナ酷イ事スルノ…ヤメテ…』 「そ、その子に、手を、出さな、いで」 痛みで気絶しそうな自分を叱咤しながら、春奈は立ち上がり非常用の武器を構えた。 「ぜ、絶対、アードラを、壊させたりなんかしない!」 どうしようもなく声は震えてしまうが、それでも春奈は逃げようとはしなかった。 春奈が武器を構えたことを探知した機体が、今度は銃口を春奈へと向けた。 『…オ母サン… …イヤ…ダ…! …ヤメロー!!』 そして、銃口が火を噴いた。 幽太郎の優秀なセンサーは、赤い液体をまき散らしながら倒れ逝く母を記録した。 そして、最期に母が紡いだ言葉を正確に解析した。 あー、ど、ら 幽太郎の思考回路がエラーで埋め尽くされ、全てが白く染まった。 そして、目が覚めた幽太郎は何も覚えておらず、ただ心を引き裂かれるような哀しみや憎しみだけが残っていた。 「ロボットも夢を見るんですね」 上城が気を紛らわそうと幽太郎へと語り掛けた。 幽太郎は不思議そうに首を傾げた。 「夢は記憶を整理するために見るらしいです。だから、ロボットの幽太郎さんとは無縁かと思ったんですが違うようですね。きっと幽太郎さんには、ただ思考するだけではない『心』があるんですね」 上城の何気ない言葉は、幽太郎の心に確かに響いた。
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