イラスト/Jonau(ismp4072)
気付いた時、あなたの視界は真っ白だった。 一拍置いて、周囲を見渡すと白いカーテンに包まれたベッドの上、清潔なシーツにくるまれた自分の体に気がつく。 何が起きたのか。 軽い混乱を覚えて体を起こす。 途端、全身に激痛が走った。「!!」 痛む身体を抑え、ベッドを覆う白いカーテンを開けると、この部屋には誰もいないようだ。 ピッピッとバイタルを記録する装置だけが規則正しい音をたてている。―― 意識レベル上昇 Sat Aug 28 02:23:54 UTC 2011 その音声に反応してか、白衣を着た人物が入ってきた。 スタッフはコップと水差しを手に取ると、そのコップの半分ほどまで水を注ぎ手渡してくる。 手にとって、一気に飲み干してから一呼吸。 少し落ち着いてあたりを見渡すと、広い部屋にベッドがいくつも並んでいる。 三分の一ほどはカーテンに覆われているところを見ると『お仲間』は何人かいるようだ。「命に別状はないし、後遺症も心配ないと思う。だけど、まったくの無事というわけでもないから、ゆっくり休んでいくと良い」 ここはコロッセオ併設の医務室。 一見して病院の病室というよりは、学校の保健室に近い設備が整っている。 ただし、優秀な医療スタッフが数人ほど入れ替わりで担当しており、備品も一通りそろっていることから、全身骨折から虫刺されにいたるまで大体のことに対応が可能であった。 主な患者はコロッセオで試合をした後のケガ人だが、それに限らず、ケガ人や病人を幅広く受け入れており、0世界の治療施設として機能している。 数年ほどロストナンバーをやっているものに限れば、一度も世話になった事がないという者は珍しいだろう。 医療スタッフはカルテ代わりの用紙をバインダーに挟み、こちらの顔を覗き込んできた。「喋れるかな? じゃ診断を始めるよ。何があったか聞かせてくれる?」●ご案内このソロシナリオでは「治療室での一幕」が描写されます。あなたは何らかの事情(ケガ、病気)で、治療室に搬送されました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・何が理由で病気・ケガをしたのか回想シーン、あるいは医療スタッフへの説明を必ず書いて下さい。その他に・独白・治療中の行動・その他、治療室での一幕などをプレイングとして推奨いたします。
プラズマトーチがジェネレータを貫くと、脅威はそのまま動力を失い、慣性と自重にひかれるままに倒れた。 次々とセンサーから反応が消えていく。 索敵ルーチンがターゲット破壊及び残存脅威の不存在を判断すると、プラズマトーチの集光が解け、戦闘アルゴリズムとライブラリがアンロードされた。 ―― そう、ここはコロッセオ。闘技場の幻影は消え去ったのだ。 やがて、ウェイトループに余裕ができ、停止していた自己診断プロセスが動作を再開すると、多数の異常が発見された。 まずはプラズマトーチが収納出来ない。剥離しかかっている外装に引っかかっていると推測されるが、該当箇所はロストと診断されている。 そして、自己診断するにもセンサーの多くが失われているので損傷の程度がまったく推測出来ないことがわかった。 計算余力があれば、自我システムにも影響は出ている結論づけられたかもしれないが、そもそも幽太郎には、自分でも自分の自我がどこから発生しているのかはわかっていない。 ただ、困難な目標に打ち勝ったという高揚感がわき上がってきた。 「コレデ、ミンナ認メテクレル……」 奇妙な充足感に満たされて惚けていると、コロッセオのリュカオスにずいぶんな状態だと心配された。 「はやく、医務室に行った方が良い」 確かに、故障箇所をそのままにしては仲間の役にたつどころでは無い。 † † † † † † † † † † † † † 言うことを聞かないアクチュエータを騙し騙し、医務室まで行くとさっそくスタッフに見とがめられた。 「はい、次の怪我人! えっ、あなた?」 『治シテ、治シテ』 白衣の主は、目線をあげると嘆息した。そんな彼女に、幽太郎は傷ついたギアをガリガリとならしながら訴えた。 『僕、幽太郎…… 怪我ハ此処デ治シテ貰エルッテ聞イタノ…… 治シテ、クレル……?』 「もちろん、ここには色々な世界から患者がいらっしゃるから、大概の怪我には対応出来るんだけど。キミの場合は安静にしても治らないよね」 幽太郎はマイクロマシンによる自己修復機能を有するロボットではない。ましてや、亜空間から補修パーツを呼び出せることもない。損傷した部品を交換する必要があり、また交換が効かないモジュールには、地道な修理が必要だ。 『エッ……僕、ロボット……? ロボット、ハ、治療出来ナイ……? ……違ウヨ……僕、ドラゴン、ダヨ……。ダカラ、君ニハ治セルヨ……』 「確かに、ドラゴンにしてはずいぶん小さいけど、ドラゴンはドラゴンか。参ったな。ドラゴンの治療経験もあんまり無いんだよね」 そう言って、聴診器を幽太郎に当ててみると、カリカリカラカラ音がした。色々空回りしているようだ。 「キミの装甲は金属だよね。レントゲンは辞めておこうか」 『ドラゴン、ダヨ。ドラゴン、ダヨ』 「あいあい、メタルドラゴンね。金属色のドラゴンは正義のドラゴンだっけ」 そう淡々とカルテに記入していく。 「消毒は必要かな?」 『ドラゴンダカラ、病気ニハナラナイヨ』 ――感染症の危険なし。抗生物質の投与不要。医療スタッフこと、クゥ・レーヌは平然とした表情を保ちながらも、内心どうしたものかと考えあぐねていた。こめかみをペンで掻いてみたりした。 「それで足の動きが悪いのね」 『アシ、チカラ ……入ラナイ』 「この装甲の穴はどうして空いたのか覚えている?」 『戦ッテ、……バーンドカーン。気ガツイタラ勝ッテタ』 ――記憶の混濁が見られると。安定剤は ……効きそうに無いね。 と、彼女の視界の端を茶缶が横切っていった。 呼び止めてみれば、世界樹旅団の襲撃からかえってきたロストナンバーから情報を収集していたようだ。 「ええっと、幽太郎クンだ。キミなら面倒見られると思ってね」 ピーガーいいながら茶缶がふよふよと入ってきた。 『……アレッ? ……君、モシカシテ、241673? 久シブリダネ……壱番世界デ出会ッタ時以来ダケド……元気二シテイタ、カナ? ……ァ……モウ、有線接続ハ、嫌、ダヨ?』 幸い、茶缶こと宇治喜撰241673を回収したのは幽太郎の一行であったので、茶缶のデータベースにはその記録が残っている。 peer HI/MD-01 > read eval reply loop > status order ready 『エッ、無線接続? ……アゥ』 問題は、その時のトラブルにより、幽太郎はシステムを一度乗っ取られた経験があることだ。ガゴガゴ動いて抗議の意を示したが、映像情報が送信されはじめるとついついポートを開いてしまった。 視界共有して外部走査をすると、外装を貫通している損傷が見られた。戦闘記録と照合するとレールガンのプロジェクタイルが通過した後であろうと推論される。プラズマの付着による素材の変質は避けられないだろう。 医療スタッフ達が慣れない手で外装をはがしていくと、損傷したアクチュエータや記憶素子がむき出しになった。 茶缶のフタがパカッと開くと中から、ケーブルがわさわさっと延びてきた。先端が細かく光っているのは通信用だったり加工用だったり。さらには、チップやねじなどの細かい部品もケーブルにのって出てきた。 『電源ヲ落トス? ァ…… ヤッパリ怖イ。 ァ ァ アッーー』 ケーブルの一本がデリケートなところに触れたら、ふっと機能停止した。 ――そして 再起動したら、幽太郎(の内部)はすっかり元通りになっていた。 内部チェックではエラー無し。 軽く体を動かすと、健全なアクチュエータ音と共にスムーズに動いた。 しかし、外装はすす汚れたままだったり。無塗装のままだったりであった。どうも、茶缶には美的感覚が無いのでそのままにされたようだ。 その一部始終をクゥ・レーヌ女史が確認すると、カルテに健康のはんこを押した。 「これで、満足かい。後は外装だね。まともな連中呼んだからちょっと待ってね」 † † † † † † † † † † † † † 「ちゃあーす! こちらが連絡のお客さんッスかい?」 「コノ人達ハ?」 「ロストレイル号の整備班よ。油差したりは彼らのほうが得意でしょう。医務室からのサービスよ。男前にして貰ってね」 すると、幽太郎は台車に載せられて、ロストレイルの整備工房に向かうこととなった。 彼らを出迎えたのは毒々しい蛍光ピンク ……というかムラサキに飾り立てられたロストレイルあった。先の世界樹旅団との戦闘で破損した車両の改装中とのことである。 「オールペン(全塗装)入りました!」 『……アレハ!?』 「お客さん。念入りにやらせていただきますぜ」 シャワーと見まごう、巨大なスプレーノズルに塗料≪アンタレスダークレッドゴージャス≫の缶が接続された。 『ア…… アノ』 「めっちゃ、目立ちますぜ! パールラメ入りの特別色ッス」 「ロストレイル8号車とおそろいですぜ!」 「うひょー、マジぱねぇっス!」 「エロいっス!」 不満を表明しようにも、すぐにべたべたとセンサーに目張りがされて周りが見えなくなった。 『エッアノ…… チョット…… 待ッテ……』
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