クリエイター天音みゆ(weys1093)
管理番号1558-24781 オファー日2013-07-21(日) 12:35

オファーPC ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック

<ノベル>

 それまでごく当たり前に、ジャック・ハートを支配していたとも言えるほどの強烈な精神感応が薄れていく。
 キングやクイーンに何かあったのか?

 ――否。

 その答えが否であることはすぐに分かった。
 まばゆいほどの光が、目を閉じていても瞼を突き破って鋭い刃を突きつける。痛いほどの光が皮膚からも侵入し、ジャックの存在自体を蹂躙していく。千々に引き裂かれる痛みにも似た感覚。
 だが、痛みのほうがまだましな気がした。今のジャックを襲ってるのは、自分の存在が掻き消えていくという不安感と焦燥感。このままでは自分はどうなってしまうのだろう、そんなことをじっくり考えている暇などないはずだったのに、不思議と、そんなことを考えた。

「一体何がッ……キング、クイーン!?」

 それでも状況を把握して『ジャック』として適切な行動を取らなければ、そんな本能が働いた。まずはキングとクイーンの安否を確かめようとする。ジャックよりも圧倒的に強く、力を持った彼らに何かあったなんて考えづらいけれど、でも。
 しかし無慈悲にも、その言葉が全て発せられる前に、全てが叫びとして体現する前に、ジャックの身体も精神も、すべてなにか強い力で弾かれた。


 世界が自分を拒否し、放逐したのだと知ったのは、しばらく後のことだった。


 *-*-*


 意識の覚醒は突然訪れた。
 反射的に開いていた瞳に光が差し込む。光の強さは先程の光とは比べ物にならないほど弱いのに、強烈な眩しさを覚えた。
 ああ、そうか、夢か――瞬時に悟った。覚醒しきらない意識の中で唯一、それだけは分かった。
 それがわかると急激に温度をあげられたやかんの中の水のように、ふつふつと不快感と怒りが湧いてくる。
 うなされて何度も寝返りでも打ったのだろうか、自分の身体の下で皺くちゃになったシーツを掴み、勢い良く起き上がった。その勢いでベッドから降りて立ち上がる。
「ッたく久しぶりだゼ、ツマンネェ夢ァ」
 無性にイラついた。胸のあたりのざわつきと、一向に晴れる気配のない不快感から解放されたくて突き出した拳はメリッと音を立てて部屋の薄い壁にヒビを入れた。
「チッ、胸糞悪ィ」
 苛立ち紛れにもう一度突き出した拳はヒビの入った壁にとってはトドメとなり、広がった亀裂からボロボロボロと崩れ去るまでは一瞬のことだった。
 また大家に怒られっかななんて考えがよぎったがそれも一瞬のこと。壁を粉砕しても晴れない不安ににも似た不快感――それにカケラでも不安を抱いているなんて認めたくなかった――からは逃れられなかった。
(消失の瞬間まで俺はキングやクイーンと精神感応を繋いでいた)
 記憶をたぐり、思い返す。これは今まで何度も行った、確認作業。
 敵前逃亡ではなく星間戦争時の遺物等に引っ掛かって死んだと思われていると信じたいという気持ちは変わっていない。
 実際に確かめるすべはないとはいえそう信じたいのは、自分のプライドを満足させるため?
 自分の心を守りたいため?


 ――違う。


「――チッ」
 寝癖がついた髪を片手で無造作にかき回し、勢い良くベッドへと腰を下ろす。安物のスプリングがギシリギシリと煩くがなりたてた。
(俺が居なくなって、一時的に戦線は崩れただろう)
 冷静に、冷静にと脳の何処かが指示を出す。あの時の状況を、ゆっくりと思い返す。
 ハート氏族のキングとクイーンは、ジャックが足元に及ばないほど圧倒的な力を持っている。だからキングやクイーンがいて惨敗するとは思っていない。だがジャックが突如姿を消したことで、氏族に無駄な被害が出たことは確かめるまでもなく容易に想像できる。
(俺は、氏族に借りがある)
 ジャックとしての役目をきちんと果たせなかったことで、氏族に大きな借りができたのは事実だ。向こうが貸しだと思っていないとしても。
 ドスッ……ベッドに突き立てた拳がマットレスにめり込んで鈍い悲鳴を上げた。
(次のジャックはすぐに決まっただろう)
 ナンバーズは、ネームドは空けておける地位じゃない。それは他ならぬジャック自身がよく知っていることだ。
 食料プラントが支えられる氏族の人数も決まっている。
(俺はとっくにネームレスで……)


 ――そのことから目を背け続けていた。


 両の手を広げ、その掌を眺める。
 居場所も、誇りも、名前も失って、自分にあと残っているのは一体何だろうか。
 しっかりと掴んでいたはずのこの掌からすり抜けていってしまったもの、それはジャックにとっての『すべて』だったのだ。

 ジャックは氏族のためならどんな手段も取る氏族の盾。その地位につけるということは、自分自身が認められたということ。
 ジャックの地位につくのにふさわしい能力と資質があると選ばれたことが誇らしかった。
 倒れて死ぬまでジャックであり続けようと誓った。
 その誓いはジャックの生きる目標であり、目的であり、そして、誇りでもあった。
(だから俺は氏族のためなら何でもする)
 あの頃の気持ちはもちろん持ち続けている。これだけは逃さぬようにと手を強く握りしめる。
(どんな手段を取っても氏族の益になる事だけをして氏族の繁栄に尽力する)
 ギリギリと爪が掌に食い込むのも構わずに力を込める。無意識の内に噛み締めていた下唇からたらり、血がこぼれ落ちた。
 戻って死ぬ事は本来ジャックの生き様としての義務なのだ――その義務を果たせないでいる今の状態がどれほどまでにもどかしくて歯がゆいか。
 こうしている間にも氏族の状況は刻々と動いているだろうに、自分にはそれを知るすべもない。


 己は、氏族のために存在する。


 それが当然のことと思っていた。
 そう、己に言い聞かせてきた。
 いつか氏族の元に戻る日のため、覚醒してからの日々はそのための通過点にすぎないはずだった。
 ジャックであることが己の存在証明で、ジャックでなければ己の存在意義はないのだ。
 氏族の盾になり、氏族のためになんでもする、危険へ飛び込むことも厭いやしない。
 怖気づくことなどあってたまることか。
 今のこの、元の世界に比べるとぬるま湯のような状況が異常なだけで、己は常に鋭くあるべきなのだ。


 それなのに。


 誰かに守って貰えば良いのに――誇りを無残にも打ち砕いた奴がいる。


 人に生きろと言うなら生き様を見せろ――そう叱咤したのは愛娘。


 仲間としてここに居てやる――俺を支えようとした……いや、支えた奴がいる。


 下唇からこぼれ出た血が、太腿の上に落ちて広がった。噛むのをやめると傷は瞬く間にふさがり、跡形もなくなった。血の跡だけが不自然に残っている。
 細く息を吐いて、握りしめていた手を開いた。鈍く滲んだ血の色が、頭の中を揺らす。
(俺は変わってしまったのか?)
 あの頃の『ジャック』のままで居続けたい、居続けなくてはならないと思っていた自分の姿を、もう保てていないのではという恐怖が身体を走り抜ける。
(俺は、俺は……)
 ぐらり、ぐうらりと世界が揺れる感覚。走馬灯のように思い出すのは、覚醒してから経験してきた出来事達。


 守って貰えば良いのに      生きざまを見せて


       仲間としてここに居てやる         守って貰えば良いのに


   生きざまを見せて      仲間としてここに居てやる   守って貰――


 頭の中をかき回される。
 故郷にいた頃の、『ハートのジャック』であったのならば、『彼』にならば誰もあんなことは言わなかっただろう。いや、何もせずともその触れれば切れそうな雰囲気が、言わせやしなかった。
 だが、あんなことを言わせてしまったということは、きっと己はあの頃の己ではなくなってしまったのだろう。変わってしまったのだろう。


 ――目的も変わってしまった?


(……いや)
 持て余し気味だった自らに別の目的を持たせて動くこともあった。だがそれは、全ていつか氏族の元へ帰ることを前提として動いてきたはずだった。
 カンを鈍らせないためだったかもしれない。
 元いた世界を見つけることに繋がるだろうと考えたらかもしれない。
 ――誰かに必要とされることで自分の存在を見出したかった……そんなことも、無意識のうちにもしかしたらあったかもしれない。
 けれども、いつも最終的には氏族のために、氏族の元へ帰った時に役に立てるように、そんなふうに考えていたのではなかったか?
 人と触れ合うことで生じたのは軋轢ばかりではなかった。
 ロストナンバー達は、全てが『ジャック』に守られるべき者達というわけではなかった。
 時に肩を並べ、時に共に戦い、時に敵対し――そして守ることもあった。その関係性は、エンドアにいた頃にジャックが持っていた関係性とは大きく異る部分もあった。

 だから、揺らいだこともあったのかもしれない。それは認めよう。けれども、いつまでも揺らいでいるつもりはない。

(俺は……)
 深く深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。徐々に頭の中が鎮まり、思考がクリアになっていくのを感じる。
 おもてから表情を消して、正面だけをじっとみつめる。
 何が見える?


 見えるのは――。


 足に力を込めて立ち上がる。
 壊れた壁の向こうに、0世界の景色が見える。
 揺らがない。もう、揺らがない。
 固まった意思。
 ジャックで在り続けるために必要なもの、それは自分が一番良くわかっている。
「俺は、氏族のために」
 低い声のつぶやきは、外を歩く平和そうな奴らの声にかき消される。だが、固く凝ったジャックの意志がかき消されることはない。


「どんな手段を使っても13号を奪い、氏族をブルーインブルーに移住させる」


 一人の男の決意は誰にも知られることなく固められ、そして――。



   【了】

クリエイターコメントこのたびはオファー、ありがとうございました。
大変おまたせしてしまい、申し訳ありませんでした。

ジャックさんの静かな葛藤や決意をうまく表せていれば幸いです。

重ねてになりますが、オファーありがとうございました。
公開日時2014-01-26(日) 00:00

 

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