イラスト/ minne(imzv3289)

クリエイター鴇家楽士(wyvc2268)
管理番号1185-9852 オファー日2011-03-28(月) 05:12

オファーPC ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)コンダクター 男 73歳 ご隠居
ゲストPC1 サシャ・エルガシャ(chsz4170) ロストメモリー 女 20歳 メイド/仕立て屋

<ノベル>

 ターミナルにある百貨店ハローズは、いつものように買い物を楽しむ客で賑わっている。
 その一画、紅茶を専門に扱う店の中で、サシャ・エルガシャは真剣な眼差しを棚に向けていた。
(ダージリン……この前買ったファーストフラッシュ、とっても美味しかったのよね。でも、ここのオリジナルブレンドティーも美味しいし……缶も素敵だしなぁ)
 この店では、様々な産地の茶葉のほかに、数々のオリジナルブレンドティーも出していて、それぞれの缶のデザインも趣向が凝らされたものとなっている。
 ブレンドのイメージにあわせ、絵本や童話を思わせるようなメルヘンタッチのイラストであったり、高級な織物のような幾何学模様であったり、かと思えばモダンアート調のものもあった。
 彼女は一つ一つを手に取り、見比べては、どれにしようかと思案する。買おうと思えばいくつも買うことは出来るが、今は一人暮らしだし、いくら紅茶が好きだからといって、あまり大量に買っても仕方がない。
 そうやって時間をかけて悩んでいると、右手の方から、誰かこちらに近づいて来る気配がする。
 棚と棚の間の通路は狭く、気をつけていないとぶつかってしまったりもするので、サシャはこちらに来る人が通れるようにと考え、一旦、持っている缶を棚に戻すことにした。
「あっ」
 だが、少し焦ったためか、手が滑り、缶の一つが棚の上で倒れると、そのまま滑り落ちてしまう。咄嗟に手を伸ばしたが、届かない。
 缶は思ったよりも遠くへと飛んだ。それが床に叩きつけられる大きな音を覚悟し、身構える。
 しかし、次の瞬間、缶は大きな手の中に、おとなしく収まっていた。
 サシャは目を瞬かせ、次には安堵する。視線を上げて行くと、その手の主の顔が現れた。
 胸がどくん、と大きく跳ね上がる。
(旦那様――!?)
 けれども、瞬きをすると、その顔は新たに像を結び直してしまう。
 別人ではあるが、でも確かに、亡き人の面影を宿していた。
「落としましたよ。お嬢さん」
 彼は、呆然とするサシャに向かって缶を差し出すと、穏やかな微笑を浮かべた。

「ワタシ、紅茶を買いに来るといつもここに寄るんです。茶葉を見てると、飲みたくなっちゃって」
「ワシもだ。つい、な」
 数分の後、茶葉を売るコーナーの隣に設けられたティールームで、サシャとジョヴァンニ・コルレオーネと名乗った紳士は向かい合って座っていた。
 何気ない話のきっかけから、お互いが同じコンダクターであり、また紅茶党であるということで、どちらから誘うでもなく、自然とここへと足が向かった。
「お待たせ致しました」
 物腰の柔らかなウェイターが、二人の前にカップとティーポット、砂時計を置き、簡単な説明をすると、一礼して去っていく。
 サシャもつられて頭を下げてから、ティーポットを眺めた。透明なガラスの中で、茶葉が流れ、ゆるやかに踊る。
「紅茶を淹れる時の、ゆったりした時間っていいですよね。葉っぱがふわって広がっていくのを見ながら、美味しく入りますようにって思いながら、カップに注ぐ瞬間も楽しくて」
「まるで、魔法をかけているかのようだね」
 面白そうに言うジョヴァンニに、サシャは笑って小さく頷く。
「でも、何でもそうですよ? お料理だって、お花だって、気持ちをこめれば答えてくれます」
 そう明るく話すサシャを見ながら、ジョヴァンニは亡き妻のことを思い出していた。
 彼女も、同じようなことを言っていたからだ。そして、よく薔薇にも話しかけていた。
 彼女が話しかけた薔薇は、彼女の言葉に応えるかのように見事に育った。それを見ては、まるで魔法のようだと思ったのを覚えている。
 やがて砂時計の砂が落ち、サシャとジョヴァンニは、カップへと紅茶を注ぐ。温かな湯気がふわりと浮かび、漂った。
 口をつけると、豊かな香りと爽やかな渋みを持つ温もりが、口の中へと広がった。二人とも、自然と笑顔になる。
「よかったら今度、ワシの城に来んかね、お嬢さん。美味しい紅茶をご馳走するよ」
 気がつけば、ジョヴァンニはサシャにそう言っていた。
 彼女は少し驚き、迷いを見せたが、やがて、はい、と頷き、にっこりと微笑んだ。

 ◇ ◇ ◇

「わぁ……素敵」
 ジョヴァンニのエスコートで車を降りると、美しい城に迎えられ、サシャは思わず声を上げた。
 柔らかなベージュの壁に、アイスブルーの屋根。四つの円塔が、厳かに城を囲んでいた。華美ではないが、上品で落ち着いた趣がある。ジョヴァンニにとても似合っていると、サシャは思った。
 城の周囲には、よく手入れされた芝生が、陽光に照らされ、青々とした姿を見せている。
「さぁ、どうぞ」
「お邪魔します」
 ジョヴァンニの手により城の扉が開かれ、サシャは中へと誘われる。
 エントランスには石造りの暖炉があり、肘掛け椅子とテーブルが並べられていた。天井は高く、緩やかに曲線を描く彫刻が施されている。
 別に、サシャのいた屋敷と似ていたわけではなかった。
 けれども、何故だか懐かしく感じられて、あたたかいような、切ないような気持ちになる。
「気に入ったかね?」
 ジョヴァンニに問われ、サシャは素直な気持ちを口に出した。
「はい、とっても。素敵なお城ですね!」
 それからジョヴァンニは、城の中を案内してくれた。
 彼のエスコートは巧みで、歩みを全く邪魔することがない。説明や語られるエピソードも面白く、サシャは心から楽しむことが出来た。
 二人の笑い声は、広い城の中に反響する。
「ところでお嬢さん、薔薇はお好きかね?」
 しばらく城内を見て回った後、ジョヴァンニがそう切り出した。
「あ、はい」
 少し唐突にも思えたので、言葉に詰まったが、サシャはにこやかに答える。
「それは良かった。では、こちらへ」
 そして、二人はまた歩き出す。靴音が、こつこつと楽しげに響いた。
 少し薄暗かった壁が、段々と明るさを増して来る。
「綺麗……」
 辿り着いた中庭には、薔薇園が設けられていた。日の光の下で、色とりどりの薔薇が咲いている。
 ジョヴァンニの手を借り、サシャは中庭へと降り立つと、二人で薔薇園へと近づく。薔薇の優美な香りが、鼻腔をくすぐった。
 近くで見る薔薇は、どれも華やかで、生気に満ちていた。それぞれの姿を誇るように、鮮やかな色彩を放つ。
 ジョヴァンニは足を止め、近くにあった薔薇の花びらにそっと手を触れる。そして、最愛の妻のことを思った。
 こうしてこの薔薇園にいると、花に顔を近づけ、我が子を見るように微笑んでいる彼女の顔が、すぐそこに見えるかのようだった。
 ジョヴァンニがじっと薔薇を見つめているので、サシャも黙って薔薇を眺める。
 そうして、少しの時が流れた。
 ふと、ジョヴァンニが口を開く。
「死んだ妻は薔薇を愛しておってね。寝室の窓から毎日これを見下ろしておったよ」
「奥様が……?」
 サシャは驚き、ジョヴァンニを見た。そして、腑に落ちるものがあった。
 城の中を案内され、周囲の調度品や装飾品に目が行った時、ジョヴァンニが選びそうにないと感じるものが、いくつもあった。それは自分の気のせいかもしれないとも思ったが、それらのものは、もしかしたら彼の妻が選んだものなのかもしれない。
 きっとこの城は、二人にとって大切な場所なのだ。そんなところに自分が入り込んでも良かったのかと、サシャは少し心配に思う。
 遠い目をしているジョヴァンニは、きっと亡くなった妻を偲んでいるのだろう。その表情は、とても穏やかで優しかった。
 薔薇園は美しく、瑞々しく保たれている。それは愛情が注がれ、常に手入れと気配りが行き届いているということだ。たとえ誰かに委ねていることであったとしても、そこに無責任さは全く感じられない。
 旦那様も――とサシャは思う。
 そばにいる時でも、いない時でも、いつもサシャのことを考え、気にかけてくれていた。それをサシャも実感することが出来た。
 初めて会った時、ティータイムに誘われた時、親子にならないかと言われた時――その時の優しい声や眼差しを、穏やかな微笑みを、今もありありと思い出すことが出来る。
 でも、自分は、それに報いることは、結局出来なかった。
「ワタシは、お仕えしていた方を見送って差し上げることが出来ませんでした。本当にお世話になったのに……駆けつけた時には、もう息を引き取られた後でした。……もう、泣いたり悩んだりはしないって決めたけど、今でも、悔やむ気持ちはあります。もっと、何か出来たんじゃないかって」
 そう言って小さく溜め息をつく。
 もし彼と話せたとしても、きっと彼は、そんなことを責めたりはしないだろう。
 わかっている。自分の問題なのだということも。
「それは、ルール違反というものじゃないかね」
 思いがけない言葉を耳にし、ジョヴァンニの方を見ると、アイスブルーの瞳が静かにサシャを受け止める。
「ルール違反……?」
 聞き返したサシャに向かって、ジョヴァンニは顔をほころばせた。
「人はその時その時、出来ることをしておる。犯人はこの中にいる! と言われて推理したのに、一度も出て来ていない人物が犯人でした、と言われても困るだろう?」
「それは確かに困りますね」
 サシャもそう言って笑う。確かに、後からならどうとでも言えることだ。
 でも――と、彼女は少し視線を落とした。
「あの、ジョヴァンニ様は寂しくないんですか? 長い間ずっと一人で、奥様にも先立たれて……」
「寂しいよ」
 その率直な答えが意外で、サシャは思わずジョヴァンニを見た。
 彼は、サシャの視線をまた静かに受け止めてから、薔薇に優しい目を向ける。
「だが、思い出がある。ワシは妻がくれた思い出と添い遂げるよ」
 はっと、目が覚める思いがした。
 そう。サシャとかつての主人との間にも、沢山の思い出がある。それはとても大切なものばかりだ。
 だからこそ辛い時もあるが、それをどう受け止めて、そしてどう生きていくかは、全て自分が決めること。
 それならば、もう下を向いているのは嫌だった。
 サシャは顔を上げると、大きく呼吸をする。そして、背筋を正してジョヴァンニに向き直ると、静かな決意を込めた声で言った。
「あの……お招き預かったお礼に、紅茶を淹れさせてください。ぜひ召し上がっていただきたいんです」

 薔薇園の奥には、白いテーブルセットが置かれている。そこは、ジョヴァンニと妻が、薔薇を見ながら紅茶が楽しめるようにと用意したものだった。
 今日は、ジョヴァンニの新たな友人が、彼のために紅茶を淹れる場となった。
 彼の妻が淹れたのと同じ、真心のこもった、魔法のお茶を。

クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
お待たせ致しました。ノベルをお届けします。

どうするのが良いか、迷う部分もあったのですが、お二人の出会いが、素敵な思い出となることを願って、精一杯書かせていただきました。
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

それでは、ありがとうございました!
またご縁がありましたら、宜しくお願いします。
公開日時2011-04-28(木) 22:10

 

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