クリエイター鴇家楽士(wyvc2268)
管理番号1185-10898 オファー日2011-06-07(火) 19:54

オファーPC スタンリー・ドレイトン(cdym2271)コンダクター 男 52歳 実業家

<ノベル>

 色のない世界だった。
 スタンリー・ドレイトンが真っ先に思い浮かべたのは、水墨画だ。どこまでも無彩色だが、あの絵のように強弱や濃淡はある。
 そこに、にやにや笑いを浮かべた猫がいた。
 いや、正確には猫のようなもの、だろうか。まるで子供が被るお面のように、厚みのない顔だけがそこにある。
 そして、その猫には色があった。アメシストを思わせる、深みのある紫だ。艶々とした毛並みも見る事が出来た。

 よく来たね! ようこそ! 色のある旅人!
 女王様のゲームは 佳境に入ったばかり
 チェス? リバーシ? 結局は陣地取りさ
 君が何の駒なのか おいらは知らないけどね!

 突然、猫が歌を歌った。
 歌というよりも、言葉に奇妙な節をつけただけとも言える。それが直接頭の中に響いてくるかのように聞こえてきたのだ。
「きみ――」
 声をかけようとすると猫の顔は、木の葉が風に吹かれて飛ばされるかのようにひらひらと舞い、遠ざかり始めた。
 スタンリーは、それを追って歩みを速める。
 茸のような形をした木々の合間を行く間、猫はこちらのスピードが緩めば待つように漂い、また速まれば逃げる。
 やがて、森の暗がりは終わり、視界が開けた。

 広場のようになったそこには、大きなテーブルがあり、様々な動物たちでひしめき合っていた。皆、ティーカップを持っている。
 そして、無彩色の動物たちの中に、一人だけ色のある者がいた。
 ほっそりとした体に黒いエプロンドレスを着た彼女は、まるで荒れた地に一輪だけ咲く花のように、麗しい存在感を放っている。
 彼女はスタンリーに気づくと、優雅な微笑みを浮かべた。
「失礼。もしやアリスというのが、貴女のお名前では?」
 問われ、彼女は少し首を傾げてスタンリーを見る。
「その名前、わたくしには少々幼すぎはしませんこと?」
 確かに、彼女の持つ雰囲気は、あの物語の少女とは重ならない。
「でも、今はそう呼んでいただいて構いませんわ」
 彼女はそれから、動物たちが集まるテーブルを手で示した。
「お茶会をしておりますの。良かったらご一緒にいかが?」
 スタンリーは招待を受ける事にし、彼女に導かれるままテーブルへと向かう。動物たちは、人が増えた事には興味がないようだった。
「この前は帽子屋だ! 帽子屋が死んだ!」
 突然、ネズミが大きな声を出す。すると、嘆く声があちらこちらで上がった。
 スタンリーがアリスを見ると、彼女は少し迷うようにしてから、話し始める。
「先日、わたくしたちの仲間である帽子屋さんが亡くなりました」
 そこで一旦言葉を切り、意を決したようにまた口を開く。
「影の女王の手にかかって」
 その名前が出た途端、騒がしかった周囲の声がぴたりと止んだ。そして皆一様に、怯えた顔をする。
「いきなりこんな話をしてごめんなさい。……どうぞ」
 アリスに促され、スタンリーが席に着こうとしたその時、目の前を何かが横切った。
 あの猫だ。
 猫の足先にティーポットとカップが引っかかり、そのまま倒れてしまう。中身が零れ、陶器の割れる乾いた音が周囲に響いた。
 猫は、ついうっかりしていてね、とでも言うかのようにこちらを振り向くと、にやり、と笑ってその場を去る。
「すみません」
 アリスがこちらに背中を向けたまま、小さな声で言う。
「これは特別なお茶なんですの。せっかく用意しましたのに……」
 彼女は、まるで猫などそこに存在しなかったかのように振舞い、チェックのテーブルクロスの上に散らばった欠片を拾うと、手のひらの上に載せた。
「このカップ、ウサギさんの目の濃淡が素敵でしたのに」
「ウサギの目は赤いって決まってるさ!」
 アリスの言葉を聞き、心外だとでも言うように、ウサギが口を出してくる。
「そうね、綺麗な赤だったわね」
 アリスが微笑んで答えると、ウサギは満足そうに頷き、またお茶を飲み始めた。
 しかし。
「アァ! あべこべ! あべこべだ!」
 突然、ウザギは両手で頭を抱え、大声を上げる。周囲の視線がそちらへと集まった。
 ウサギは目をぎょろぎょろと忙しなく彷徨わせてから、何かを言おうとして口を開きかける。
 ぽん。
 だが、空気の抜けるような間の抜けた音とともに、ウサギの頭が破裂した。黒と白の液体と断片が、びしゃり、と辺りに飛び散る。動物たちは悲鳴を上げてテーブルを離れた。
 皆が遠巻きに見る中、ウサギの残骸はちりちりと縮み、消えてなくなる。
 アリスは動物たちとは違い、ただそれを静かに見守っていたが、やがて悲しげに目を伏せた。
「また……女王の仕業ですわ」
 彼女はスタンリーの方に向き直った。
「わたくしには、色があるでしょう?」
 そして、揺れる眼差しで彼を見る。
「それはまだ、影の女王の支配下にはないからです。ですからわたくしは、女王を倒す計画を練っていました。帽子屋さんは皆を集め、率先して協力してくださったんです。でも、いざ実行という段階まで来て、殺されました」
 彼女は、堪えきれなくなったかのようにスタンリーに縋りつき、胸に顔を埋めると、声を殺して泣きだした。
「わたくしも、いつ殺されるかわかりません……とても怖いのです。どうか、助けてください」
 スタンリーは思わずアリスを抱きしめる。
 彼女の体は見た目よりもずっと細く、頼りなかった。

 その夜、アリスに呼ばれ、彼女の住む家へと向かう途中、スタンリーの前に、あの猫がまた姿を現した。
 猫は、相変わらずのにやにや笑いを浮かべている。
「きみも、影の女王の支配下にはないのだね」
 スタンリーの言葉に、猫はまた奇妙な歌で応えた。

 おいらは そこにもいないし ここにもいない
 誰の指図も受けない風来坊さ
 ああ でもあの娘が またお茶会に誘ってくれたら
 そこに行くかもしれないなァ!

「きみは、何かを知っているのかね?」

 さかさま さかさま
 空は真っ黒 影は白
 あべこべ あべこべ
 光が眠って 影が遊ぶ
 女王はアリスを殺せない アリスも女王を殺せない
 そこにいるのは だあれだ?

「来てくださったのですね」
 アリスはスタンリーの顔を見て、ほっとしたように言い、家の中へと迎える。装飾品もほとんどない、簡素な家だった。
 部屋の中を、白いランプがぼんやりと照らす。
「お茶をどうぞ」
 スタンリーがソファーに座ると、テーブルに湯気の立つティーカップが置かれた。
「ほう、これが特製のお茶かね。良い香りだ」
 彼はカップを手に取ると、静かに傾ける。
「葉巻を吸っても?」
「ええ、どうぞ」
 アリスの許しを得、彼はシガーケースから葉巻を取り出すと、火をつけた。
「早速だが本題に入りたい」
 煙を吐き出し、スタンリーは単刀直入に切り出した。
「アリス、きみこそが影の女王だ。違うかね?」
「まぁ、冗談が過ぎるわ」
 アリスはそう言って笑い、窓の外を手で示した。
「では、あの城に住んでいるのは誰なのでしょう? 実際に沢山の人たちが殺されていますわ」
 その先には、影の女王が住むという城が、そこだけライトアップされたかのように白く、夜に浮かんでいる。
「あべこべ、だよ。アリス」
 一向に姿を見せない『影の女王』と、『真実』を語るアリス。
「きみはお茶会の時、割れたカップを見て、ウサギの目の『濃淡』が素敵だと言ったね」
「だってそうでしょう? 実際にウサギさんの目は濃淡で表現されていましたわ」
 アリスの言葉に、スタンリーは静かに頷く。
「確かに、私にも白黒のグラデーションにしか見えなかった。でも、元々の色を知っている者には、その記憶がある。もちろん、ウサギ君が知っているアリスにもあるはずだった。色の記憶を持たないのは、『余所者』だけなのだよ」
 彼はそのまま話し続ける。
「今見えているのは、影の女王のいる世界の風景だ。影の女王の世界には、無彩色しか存在しない。だから女王は、それ以外の色を理解できない。それで、ウサギ君もきみの正体に気づいたのだろう」
「忘れていたという事だってあるでしょう?」
「ああ、それももっともな言い分だ」
 そう笑い、スタンリーはスーツの胸ポケットに手を入れる。
「では」
 そして、小さな手帳を出してみせた。
「この革製の手帳は、何色かね?」
 アリスはじっと、その手帳を見つめる。
「それは」
 暫くの沈黙。
 やがてアリスは、ふっと微笑んだ。
「茶色ですわ」
 スタンリーはアリスを見据えたまま、首を小さく横に振る。
「違うね。正解は、黒だ」
 アリスは目を見開き、そして唇をきっと引き結んだ。誘導された事に気づいたのだ。
 スタンリーはまた葉巻を口にし、煙を吐き出す。
「あの城には、恐らく本物のアリスが囚われている。きみの力では、彼女を殺す事が出来ない。だから民衆に殺させる。そうすれば、この世界は完全にきみの物だ」
 彼が語るのを止めると、部屋の中は静寂に包まれた。
 夜は、ただ佇んでいる。
「ふふっ」
 アリスは花の蕾が綻んだかのように、小さく笑った。
 その笑いは大輪の花となり、咲き乱れ、弾ける。呼吸を荒くし、目に涙を浮かべ立ち上がり、体をくねらせ、足が踊るように動き出す。
「なんて」
 ひとしきり笑った後、肩で息をし、髪を乱しながら、アリスは天を仰ぎ、そしてこちらを見た。
「なんて愚かなのかしら、貴方って。そこまでわかっていながら、こんな所まで来るなんて。そのお茶は特別だと言ったでしょう?」
「どういう事かね?」
 あくまで静かな物腰を崩さないスタンリーに、苛立つような目を一瞬してからアリスは言った。
「そのお茶は、わたくしの一部で出来ていますの。ウサギさんを壊した仕掛けですわ」
 それはつまり、自ら影の女王を体内に取り込み、侵食を許すということだ。
「命乞いをなさるなら、貴方をわたくしの一番の奴隷にして差し上げるわ」
 青い瞳に見つめられ、スタンリーは小さく息をつくと、言葉を発した。
「アリス、きみはとても美しい。それに、中々の役者だ」
 アリスは目を細め、口の端を上げる。だが、その表情はスタンリーの次の言葉で凍りついた。
「だが、詰めが甘い」
「何ですって?」
 アリスは、今度は顔をはっきりと歪めた。
「そんな事を言える立場なのかしら? いいわ、ならば確かめてみましょう。――まずはその右手から壊すわ」
 彼女はそう言い、勝ち誇った笑みを浮かべる。
 しかし、スタンリーもまた微笑むと、ゆっくり葉巻を吹かした。
 アリスの顔が訝しげに歪み、やがて焦りを浮かばせる。体から力が抜けていくのを感じ、彼女はよろめくと、床に片膝をついた。
 頭を何度も振り、彼女はスタンリーを見る。
「何を、したの……?」
 彼は葉巻をアリスに向けてみせた。
「実は私の葉巻も特別でね。ああ、それと」
 そして世間話でもするかのように、穏やかに言葉を続ける。
「特製のお茶は飲んでいないよ。せっかく招かれたのだから、失礼のないように飲むふりはしたがね」
「何……ですって……」
 煙の強力な催眠作用によって、アリスの意識はどんどんと遠のいていく。
 もう体を支えているのもままならない彼女に向かい、スタンリーは言った。
「私はきみを殺さない。女王を裁くのは、民衆の役割だ。――もっとも、私自身の経験から言っても、独裁者というのは碌な末路を辿らんがね」
 影の女王は歯を食いしばり、憎悪に満ちた目でスタンリーを睨みつけたが、やがて深い深い眠りに落ちた。


 彼女が目覚めると、動物たちは喜びの声で迎えた。
 カナリアは黄色く、ネズミは茶色で、トカゲは緑だ。
「失礼。もしやアリスというのが、貴女のお名前では?」
 スタンリーが穏やかに尋ねると、彼女は笑顔で頷いた。
「ええ、そうですわ」
 金の髪が、降り注ぐ陽光を掬って眩く跳ね、空と同じ色の瞳が輝く。
 白いエプロンドレスを着た彼女は、もう一人のアリスが持たなかった、瑞々しい生気を放っていた。
「そうだわ。せっかくですから、ご一緒にお茶でもいかがですか?」
 アリスに誘われ、スタンリーは優しく微笑んでから、こう口にした。
「喜んで」
 ふと気がつけば、アリスの後ろには、あのにやにや笑いの猫がいた。アメシスト色の太い尻尾が、ぴょこんと立っている。
「おや、きみもこちらに来る事にしたようだね」
 スタンリーがそう言うと、猫は今度は奇妙な歌ではなく、しゃがれた言葉を発した。
「お茶会に呼ばれたからなァ!」
 そして、にんまり、とスタンリーが今まで見た中で一番大きな笑みを、その顔に浮かべた。

クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
お待たせ致しました。ノベルをお届けします。

今回はお任せいただいた部分もあったので、思い浮かぶまま書いてみたのですが、ご希望に沿った仕上がりになっていればいいなと思います。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

改めてオファーをいただき、ありがとうございました。
またご縁がありましたら、宜しくお願い致します。
公開日時2011-06-25(土) 21:10

 

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