オープニング

 東野 楽園はセクタンの毒姫を抱き、その艶のある羽を撫でながら、インヤンガイへと向かうロストレイルでの一時を過ごしていた。
 彼女のいる客車の乗客は少なく、穏やかな空気が流れている。
 このまま何事もなく到着するだろうと思っていた時、急に毒姫の頭が動いた。
 楽園もそちらに視線を向けると、古めかしいドレスを纏った少女がこちらへとやって来るところだった。
 そのまま通り過ぎるのかと思いきや、彼女は楽園のいるボックス席の横で止まると、声をかけて来る。
「ここ、宜しいでしょうか?」
 少女の血のように赤い瞳が、ぼんやりとこちらに向けられた。
「どうぞ」
 楽園は素っ気無くそう言い、また毒姫の羽を撫で始める。
 少女は少し頭を下げ、向かい側の席に腰をかけた。
 再び、静かな時間が流れ始める。
「インヤンガイでは、どちらへ行かれますの?」
 唐突に上がった声に、楽園は面倒そうに顔を上げた。
 向かいの席の少女の、不健康な紫の肌に乗った唇が、微笑みを形作り、こちらへと向けられている。
「廃墟でも歩こうかと思っているわ」
 インヤンガイの廃墟として真っ先に楽園が思い浮かぶのは、今は暴霊の巣窟と化した街だ。
 その美しいはずの名に、楽園は死を想う。
「まあ、素敵」
 そんな彼女の思いをよそに、少女は骨だけとなった指先を、夢見るように組んだ。その反応に少し興味が湧いた楽園は、今度は自らが質問をする。
「お好きなのかしら?」
「ええ。廃墟には、お友達が隠れているときもありますし」
「そう」
 少女の言葉の意味するところは伝わってこなかったが、それがきっかけとなり、二人はぽつり、ぽつりと言葉を交わすようになった。
 それは段々と盛り上がりを見せ、インヤンガイの駅が近づく頃には、すっかり意気投合することとなる。
「一緒に廃墟を歩かない?」
 せっかくなら、と楽園が誘いを投げかけると、死の魔女と名乗った少女は、先程よりも大きな笑みを浮かべた。
「おともいたしますわ」

 ◇

「着いたわね」
 楽園はそう言って、巨大な門を見た。
 閉じられた黒く重い門の先には、沢山の建物が並んでいるのが見える。
 インヤンガイのとある街区の外れ、高い石壁で囲われたそこは、かつてこの街区の新名所となると言われたショッピングモールだった。
 雑然とした街並を通ってここまで来て、門をくぐればゆったりと取られた歩道はとても広く感じられ、また格子状になっているため、ショッピングモール全体をより大きく感じさせる。
 壱番世界であれば和洋折衷と呼ばれるような、不思議な雰囲気を漂わせる店舗が整然と立ち並ぶ中へと入ると、まるで別世界に迷い込んだような気持ちを人々に味わわせ、買い物だけではなく、食事や映画、ゲームなども楽しめ、美しく整えられた庭園もあるなど、恋人たちや家族連れにも人気が高かった。
 だが、オープン間もなくして資産家であったオーナーが謎の失踪、資金繰りが悪化して経営が立ち行かなくなり、一年も経たないうちに閉鎖となってしまう。
 その後買い手がつくこともなく、今やゴーストタウンのようになったこの場所に、近寄る者はいなくなった。
「なかなか興味深い場所ですわね」
 死の魔女はそう言うと、楽しげに廃墟を眺めた。

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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>

東野 楽園(cwbw1545)
死の魔女(cfvb1404)

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品目企画シナリオ 管理番号1730
クリエイター鴇家楽士(wyvc2268)
クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
この度は企画シナリオのオファーをいただき、ありがとうございます。
どんな廃墟にしようか迷ったのですが、デートプランなので、危なくない感じにしてみました。

廃墟は、基本的にショッピングモールなのですが、テーマパークに近いと思います。
大体のものはあるので、オープニングに書かれていないものでも、好きに書いてみてください。
例えば、遊園地にあるような乗り物もあるかもしれませんが、景観を損なわないために、観覧車のような大きなものはなく、建物の中にちょっとある感じになると思います。
お二人の時間が、楽しいものになりますように!

参加者
東野 楽園(cwbw1545)コンダクター 女 14歳 夢守(神託の都メイムの夢守)
死の魔女(cfvb1404)ツーリスト 女 13歳 魔女

ノベル

「素敵。とても心が落ち着く……」
 閉ざされた門を難なく乗り越え、廃墟となった不思議な街並みへと二人は入り込む。楽園は不気味に静まり返った広い道を歩きながら呟いた。
「なかなか綺麗な廃墟ですわね。ここまで綺麗に荒廃していると逆に清々しいのですわ。かつての栄華を夢想しつつ廃墟を辿る……とても贅沢な観光旅行なのですわ」
 死の魔女も、ここまで大きな廃墟は初めて見ることもあり、周囲を興味深げに観察しながら歩いた。
 まだ時刻は昼を過ぎたばかりで、明るい日の光も降り注いでいるというのに、人々から忘れ去られた虚構の街は、それを通さないかのような鈍重な空気をその身に纏っている。
 静まり返った店舗の殆どにはシャッターが下ろされているが、そこにも店舗の壁と同じようなデザインが描かれていた。無骨な扉がこの世界の雰囲気を台無しにしてしまうことがないようにと配慮されたものだったが、今は長い歳月によりみすぼらしく変色している。
 整備された広い道に人が行き交っていた頃は、多くの清掃員が配備され、塵一つ落ちていないことで知られていたが、今や砂や埃が降り積もり、見る影を無くしていた。
 そこここにオーナーの拘り、制作に携わったスタッフの情熱、それに掛けられた多くの時間と金の残滓を発見することが出来る。実際、営業をしていた間はずっと盛況で、入場制限をかける必要がある時すらあったという。
 その栄華の時が垣間見えるからこそ、より零落の暗鬱が際立つのかもしれない。
 だが、楽園と死の魔女には、それが魅力的に映るようだった。

 庭園も、このショッピングモールの売りの一つだった。
 どの場所にどんな花が咲いているかなどを説明する看板は置かず、街から続く自然な風景に見えるような設計がなされている。
 楽園はふと立ち止まり、靴先に触れている物に目を凝らす。
 灰色にくすんだそれは、恐らく薔薇の残骸だろう。だが、そこから生き生きと咲き誇っていた状態を思い浮かべるのは難しかった。
 指先で拾い上げてみると、乾いた音と共に簡単に砕け散り、風にさらわれて消える。
 周囲を見回せば、そこには秩序などは何もなく、蔓と蔦が絡まり、雑草が生え放題になっていた。
「昔は綺麗だったのに、今はみんな枯れてしまった。生とは儚いもの。貴女もそう思わない?」
「ええ、その通りですわ」
 楽園の問いかけに、同じように庭園を眺めていた死の魔女は同意する。
「気が合うわね」
 ふふ、と息を漏らし視線を向けると、死の魔女の赤い瞳がこちらを見ていた。
「楽園さん、全ての生物は何の為に生きていると思います?」
 彼女はそう尋ね、けれども楽園の答えを待たずに続ける。
「そう、全ては死ぬ為なのですわ。このテーマパークも、忘れ去られて朽ちてゆく為に建てられたもの。命も同じようなもので、死を迎え入れる為に生は存在するのですわ。即ち、死を否定するものに生を受け入れる資格はない」
 庭園をぐるりと見回しながら歩き、舞台の上で詩を詠ずるかのように言うと、首を巡らせ、再び楽園の方を見た。
「……そうは思いません?」
「そうね、同感だわ」
 楽園は頷き、そして笑みをこぼした。死の魔女も、それに応える。
「やっぱり私たち、気が合いますのね」
 荒れ果てた庭園に、まるで年頃の少女たちが恋の話をしているかのような、明るく楽しげな笑い声が響いた。

 その後、がらんどうのレストランで、廃墟へ来る途中の街で買ってきたお菓子を広げて食べたり、まだ座り心地の良さが残っている映画館のシートに座り、何も映さない巨大なスクリーンを眺めたり、衣料品店の姿見の前でポーズを取ってみたり――廃墟の中を歩き回って遊んだ。
 そして楽園が、道中で見つけた大きな噴水に気を引かれて眺め、視線を戻した時、先程まであった死の魔女の姿がないことに気づく。
 辺りを見回してみるが、どこにも彼女は見当たらなかった。
 廃墟は、しんと静まり返っている。
 探しに行こうか。――だが、下手に動くとはぐれてしまうかもしれない。
 そう迷っていたところ、ひょっこりと死の魔女は帰って来た。
「どこへ行ってたの?」
「ふふ、面白いものを見つけましたの」
 少し苛立ちを含んだ声で尋ねる楽園に、死の魔女は悪びれた様子も全くなく答える。
「面白いもの?」
「後程ご覧にいれますわ」
 そうして彼女は、「あちらの施設も面白そうですわ」とさっさと歩いていってしまう。
 よくはわからないが、プレゼントのようなものなのかもしれない。
 楽園の機嫌は良くなったが、それは表情には出さずに、彼女は死の魔女の後を追った。

 周囲の建物と比べても一際大きなそこは、ちょっとした遊園地のようになっていた。大小さまざまなアトラクションが置いてある。
「回転木馬もあるわ」
 それは屋内施設にあるにしては大きく、豪勢なものだった。
 屋根や土台、中央部分には絵や文様が細かく描きこまれ、数多くの電飾がそれを包み込んでいる。馬や馬車も、意匠が凝らされたものになっていた。
「一緒に乗りましょう」
 楽園は死の魔女の手を引き、そちらへといざなう。
 二人とも気に入った白馬を見つけると、それぞれ跨った。
 だが勿論、白馬の体や豪奢な馬車はみじめに煤けているし、電飾の色は変わらず、気分を盛り上げてくれる華やかな音楽が鳴ることもない。
「止まったままじゃ面白くないわね。奇跡が起きて廻りだせばいいのに」
 楽園はそう呟き、白馬の首を撫でる。
 天井を見上げると、花園の中で踊る女神たちの姿が描かれていた。この回転木馬は以前、どのように動いていたのだろう。
 鬣にしがみつき、手綱を取る。
 こうしていると、どこからか音楽が流れてくるような気がした。
 弾けるようなシンバルの音。
 軽快にリズムを刻むドラム、高らかに響くトランペット、麗しい音色のフルート。
 電飾は煌びやかに点り、光の演出は煤けた白馬をとびきり上等な馬へと変える。
 斜め後ろの白馬を見る。死の魔女もこちらを見ていた。彼女の後ろの景色は流れ、くるくると回っている。
 これは夢だろうか。それとも現実だろうか。
 そんなの、どちらでも構わない。
 こんなに楽しいのは、久しぶりだった。

「ねえ貴女、私のお友達になってくれる?」
 回転木馬から降りると、楽園は死の魔女へと向き合い、そう告げる。
 施設の入り口や、天井付近にある窓から差し込む日の光は、赤い色へと変わっていた。
「私ね。子供の頃、友達を手に入れたければ殺すしかないと思い込んでたの。でも、貴女は最初から死んでるから、最初から私のお友達」
 そっと手で、頬に触れる。
「貴女の肌はとても冷たいのね。私の心とどちらがより冷えてるかしら」
 その土気色をした肌には、青紫色の唇。
「貴女の接吻は、きっと冷たい死の味がするのでしょうね……」
 見つめた唇は、すう、と嬉しげな微笑みの形へと変わった。
「私も、楽園さんともっと仲良くなって、お友達になりたいですわ」
 目と目が合う。彼女の赤い目は、夢見るように蕩けた。それと同時に起こった物音に、楽園は振り向く。
 今や燃えるように色づいた入り口に、ひとつ、またひとつと黒い人影が現れていた。それは、よたよたと覚束ない足取りで、徐々にこちらへと近づいて来る。
 ある者の肌は爛れ、ある者の腕はなく、人の形が曖昧になっている者もいた。――それは、亡者の群れだった。
 今度は死の魔女が、骨の指先で楽園の頤を優しく撫でる。
 彼女が先程見つけたのは、多くの死体が残された場所だった。そこは隠されていたようだったが、長い年月が経ったためか、それとも誰かの手によるものなのか、入り口が壊れていた。
 もしかしたら、突然のオーナーの失踪も、それと関係していたのかもしれない。
 死の魔女はどのような悲惨なことが起こったのだろうかと思いを巡らせ、愉快げに笑うと、迷わず『死の魔法』を用いて、その死者たちを蘇らせたのだ。
「楽園さんをお友達に……誘いたいのですわ。勿論、お受けして下さいますわよね?」
 亡者たちは虚ろな目を楽園へと向け、じわりじわりと迫ってくる。
 楽園は、それを黙って眺めていた。
「私は……」
 生まれた時からずっと、籠の鳥として生きてきた。
 そして、少女の姿で時を留めたまま数十年過ごしたことは時折、生と死の違いをとても朧げなものにした。
 だからこそ、それを確かめたくなり、衝動的に自分の血を見たくなることもあった。
 それは命のぬくもり、生のかたちを実感する術であり、死への想い、憧れでもあったのだろう。
 だが今、圧倒的な生の危機に立たされている。死が放つ、その噎せ返るような強い匂い。
 けれども、それほどの恐怖は感じなかった。――ひとりぼっちでいることなどよりも、ずっと。
 そう、死の魔女も、自分と同じことを考え、しようとしているに過ぎないのだ。
 きっとそれは、本当の『友達』になるための儀式のようなもの。
 気がつけば、亡者の群れはすぐそばまで迫っていた。
 楽園は、静かに目を閉じる。
 視界は幕が下りていくかのように狭まり、やがて周囲は暗闇に満ちた。
 そして血のように染まった光に照らされて長く伸びた、似たもの同士の二つの少女の影が、ゆっくりと重なって行く。
 唐突に。
 楽園の目蓋の裏が明るく滲んだ。
 爆発音――いや、これはシンバルの音だ。
 リズムの狂ったドラム、喧しいだけのトランペット、調子外れのフルート。
 不気味で陽気な旋律が辺りに響き渡り、錆びた金属が軋んで悲鳴を上げる。
 楽園は、ゆっくりと目を開けた。そして、音と光が瞬く方へと視線を向ける。
 回転木馬が、動いている。
「ふふっ」
 死の魔女の笑い声を聞き、楽園は我に返った。
 回転木馬は幻ではなく、確かに動いている。
 赤や青や緑や黄色の電飾が気だるそうにチカチカとする度に、小さい火花が散るのが見えた。
「……まだ、その時ではないのかもしれませんわね。初めての生きているお友達というのも素敵かもしれませんわ」
 死の魔女はぼんやりと立っている楽園に向かい、片手を差し出す。
「せっかくですから、乗りましょう」
 楽園が手を下ろしたまま動けずにいると、その手を優しく掴まれ、骨だけの手の上に載せられた。
 そして回転木馬の方へ導かれ、そのまま二人は中央付近にある四人掛けの馬車へと乗り込む。
 亡者たちは二人の背中を無表情で見送った後、踵を返し、皆どこかへと姿を消した。

 伸びきった古いテープの奏でる音のような、奇妙に歪な音楽の中、色とりどりの明りが明滅する。
 日が落ちて暗さを増した廃墟の中、そこだけが明るい光を宿す。
 手をつないだまま、馬車の中で隣り合って座った楽園と死の魔女は、窓から踊る白馬や流れる景色を眺め、そして顔を見合わせると、心から楽しそうに笑った。
 幻想的な時間はあっという間に過ぎ、二人が馬車から降りて柵の外へと出ると、まるで電池が切れた玩具のように、回転木馬はぱったりと動かなくなる。
 それからもう、二度と動くことはなかった。

 ここから始まるのは、生なのか、死なのか。
 それはまだわからなかったけれど、楽園と死の魔女の二人の物語は、確かに動き始めた。

クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
お待たせ致しました。ノベルをお届けします。

今回は、こういう結末にさせていただきました。
このノベルが、お二人の良い関係のお手伝いになればいいなと思います。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

それでは、ありがとうございました!
またご縁がありましたら、宜しくお願い致します。
公開日時2012-03-16(金) 21:30

 

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