世界図書館には膨大な情報が蓄積されている。それに、宇治喜撰脅威のテクノロジーが組み合わさったとき……「エミリエいいこと思いついた!」 †「みんなみんな、クリスマスの予定は空いている? 空いているよね! ちょうど良かった。トラベラーズノートに新しい機能を作ったの。それでね!」 図書館の一室に集められたロストナンバーに対して、毎度お騒がせピンク頭が語り出した。傍らには、茶缶状の司書も鎮座しているのが嫌な予感をさせる。 なんでも、世界図書館に蓄えられた資料を元にした人格シミュレータを試作したようだ。図書館には過去の冒険の報告等が大量に保管されている。それに、インヤンガイの壺中天の技術を組み合わせると、特定の条件で人物がどのように行動するかの予想ができるようになる。 旅団の分析をするのに必要だと上層部を説き伏せたらしい。 エミリエが誇らしげに導きの書を開くと、灰色肌、銀髪の女性が浮かび上がった。恥ずかしげにもじもじしている。―― まさか、あれはリベルさん!『あの、本当に見せないといけないのですか……』 等身大立体映像の彼女は、普段は灰色のほほを赤く染めている。「うん! どうしても! くすくす」 はらりと彼女がいつもの軍服の前をはだけると、そこには可愛らしいセパレートの水着。 パレオ付きのそれは南国常夏風で……(;゚ж゚;) 『わらうなんて、ひどいです!』「リベルかわいいよ。大好き! ぷーくすくすくす」「と、こんな感じ。ここまで育てるのにエミリエ大変だったんだからね!」 パタンと導きの書を閉じると水着のリベルは煙のように消えた。「それでね。シショプラスをみんなに試して欲しいの。トラベラーズノートにインストールできるようにしたから。一ヶ月使って貰って、どこまでオリジナルと違いがでるか見てみたいのね。そういう図書館の実験……だよ」―― どういう実験だよ。「がんばって魅力的な恋人に仕立て上げてね! クリスマスに全員集合してお披露目よ」 明らかに本来の目的を逸脱している。―― これってエミリエもシミュレートできるの?「えっ!」―― えっ!
茶缶から無数に伸びた生糸状のケーブルが明滅を繰り返す。そして、それを怪しい笑みを浮かべて見守るエミリエ、もはや魂胆があることを隠そうともしない。 now loading ... ...... ......... ............ .................................... successfully completed そして、8人のロストナンバーがそれぞれの思惑を胸に秘めシステムをインストールした。 トラベラーズノートを開くと、うっすらと宙空にコンソールが映し出される。ここで設定を入力すれば仮想人格データがダウンロードされ任意の対象が具現化する。あるロストナンバーは迷わずある者の名を告げた。別のロストナンバーは大切そうにノートを胸に抱えてその場から立ち去った。 欲望と邪念と煩悩が渦巻き嵐を予感させる。 自分の指名した者が最も魅力的であること、それはまったく疑うべき余地も無いことである。 【舞原絵奈】 舞原絵奈は16才、恋愛ついては遅れているようだ。 「こ、こ、恋人だなんて…!どっ、どうしよう」 絵奈は、ちょっとした躁状態であった。 もともとは最新鋭の技術に興味を惹かれて来たものの、恋人という予想外のワードに恋愛素人の絵奈は激しく狼狽してしまっていた。そこで、理想の恋人というものをその場にいる面子に尋ねてみたところ、以下の通りであった。 一「そりゃ、イケメンで長身でスポーツ万能で話しが面白くて金持ちで料理上手で運転できて……」 綾「ん、私より強い人ですね」 ジュリエッタ「私が一目惚れできた人かのう。会ってみないことには」 ゼロ「りあじゅうの人なのです」 ディーナ「まだ…… わからないわ」 ティリクティア「う~ん。う~ん」 ワード「雪女」 エミリエ「もちろん、エミリエよ」 参考にならない意見ばかりである。仕方が無く、自室へと戻る道すがら理想の恋人などと言う未知を乏しい知識の中から推測してした。 ―― 強い…… 頼りがいがある人が ―― 見た目は…… ハンサムとか贅沢は言わないけど、ワイルドな方が ―― 少し強引なくらいが私には合っていると思う 絵奈は自身のような子供にもうまくできるかなと、どきまぎしながらトラベラーズノートに必要な項目を書き込んでいった。 そして、トラベラーズノートに必要なデータがダウンロードされると、閃光が放たれた。 「やっぱりエミリエを選んでくれたね!」 口をパクパクさせてへたり込む絵奈を尻目に、エミリエは勝手にベットに寝転び、くつろぎ始めた。絵奈の理想とは真逆の属性を持つエミリエである。いや、強引なところ……だけはそうかもしれないが、絵奈の考える強引とは絵奈を引っ張ってくれると言うことであって、単にわがままというのとは違う。 だが絵奈は方針を曲げなかった。 「エミリエさんを魅力的なお兄ちゃんにしてみせる! そして皆さんを惚れさせてみせるっ!」 そして、手始めとして「お兄ちゃん。ご飯は何を食べたい?」と寄り添って甘えてみた。 【ティリクティア】 「科学って、本当にすごいのね!」 ティリクティアは元いた世界では巫女をつとめていた可愛らしい10才だ。 彼女はきらびやかな自室に戻ってからトラベラーズノートを開いた。ベットに転がり説明書みながら、うんうん唸っている。 セットアップしていくうちにどんどんイメージが固まっていく。 「うーん、ギャップモエって奴を狙えばいいって事なのかしら? だったら、司書の飛鳥黎子にするわ」 起動すると、スクール水着のペタン娘が現れた。腰に手を当て、大きく胸を張っている。だが、キッとしたまなじりの彼女は部屋にある大鏡を見るとわなわなと震え始めた。 「ちょちょ! なんでデフォルト設定がスク水になっているのよ!」 「こらー! レディが大声だなんてはしたないわ! そこに座りなさい!」 うろたえる飛鳥にティリクティアがぴしゃりとしかりつけた。どうやら巫女姫には思うところがあるようだ。 ―― 私が子育てすればいいのよね! 教育方針は、アメと鞭ね 椅子に座らせた飛鳥の前に、ドレスを次々と並べる。スパンコールのついたゴージャスなものもあれば、シンプルにすっきりとしたものもある。飛鳥の普段着はご存じ赤黒のゴスロリだが、ティリクティアの見立てでは、スリムな体にぴったりしたカラフルな色彩も似合う。 「背筋は伸びていて、姿勢はいいわね。部屋の端から端まで歩いてみて」 レッド、パール、ヴァイオレット、目をひくドレスを着替えされられるたびに飛鳥は室内を往復させられた。 その様子をティリクティア厳しく評価する。飛鳥は頭に導きの書を載せている。歩行バランスもみられているのだ。 「よく頑張ったわ。お茶にしましょう。あなたは素材がいいから映えるわね」 甘い紅茶に手をつけたら飛鳥はほっとしたようだ。表情が緩む。 ティリクティアは表情の硬いが司書から笑顔を引き出そうとしている。紅茶には砂糖がたっぷり入れてある。 ―― 愛情いっぱいで育てるけど、悪い事したら、ちゃんと叱るんだから! 私も昔、よくサラに叱られていたわ。でも叱られたからこそ、わかることもたくさんあったのよね。 最初の洗礼が終わると、次は、二人で夕食をこしらえ、並んで食べ。風呂に入った。一日の終わりには飛鳥の髪に丁寧にドライヤーをかけてあげる。 これを続ければ、飛鳥の険がとれるに違いない、可愛い笑顔が見られたら素晴らしい。 【一一 一】 一はごく普通の女学生15才。 彼女はこそっとターミナルの裏路地に入るとトラベラーズノートを開いた。 「私、ハードルは高ければ高い方が燃える性質なんですよね。で、最高難易度と言えば彼、一一 一は『モゥ・マンタイ』に決めましたよ。セットアップ!」 一が設定を終えると、膨大なデータがノートに流れ込んできた。アーカイブにはインヤンガイの、それも探偵の情報は人格再現を行うのに十分なだけ存在するようだ。 薄ら暗い路地に、絡みつくようなむなしい風が吹き抜けると、そこには煤けた探偵が立っていた。 「お、おれは……」 「こんにちわ始めまして、私は一一 一と書いてハジメカズ ヒメと読みます。あなたの彼女よ。恋人ですからヒメと呼んでくださいね。そしてここは0世界」 「ど、どういうことだ」 哀れな探偵は、しばし考え込んだが、世界図書館に協力していればこんなこともあるのだろうとしぶしぶ自分を納得させたようで、あきらめ顔で一に同調した。 腕を絡め、クリスマスに飾り付けられたターミナルを散策する。一は、モゥにエスコートされたがったが、残念なことにモゥは0世界に明るくない、おしゃれな店など知りようもない。インヤンガイであったとしても怪しいところではあるが。 やがて、二人はDeath in the Afternoonと言うバーを見つけた。永劫の昼が続く0世界にちなんで命名されたこの店も聖夜に限っては夜となっている。 が、折角いい雰囲気になったところで申し訳ない。モゥは食中毒で死んでしまった。 「ありゃ、本当にvery hardモードなのね。 ……はじめからやり直すにしても面倒くさいですね」 トラベラーズノートが光るとテーブルには探偵モゥが座っていた。 「お、おれは……」 「こんにちわ始めまして、私は一一 一、あなたの彼女よ。そしてここは0世界」 「どうい……」 「有無は言わせないわ。私は、あなたの彼女よ」 「あ、ああ、どうやらそのようだ。どうにかしていた」 「良いじゃないですかー、美味しいお店知ってるんですよね?」 そう言いつつ、0世界うまいものマップをモゥにインストール。 「まったく、仕方ないな…… メイには内緒だぞ? 一人でうまいもん食ったとばれたらヤバイ」 二人は席を立つと、次の店をめざした。今度こそは、モゥにも心当たりがあるようだ。照れくさそうに手を差し出す。 一はモゥの腕にしがみついて、雪の夜に消えていった。 【ディーナ・ティモネン】 クリスマスの喧噪を避けて、人のいないターミナルの倉庫にやってきた。 ディーナ・ティモネンは逃亡者だ。その頃のくせは0世界に来てもなかなか抜けない。 壁によりかかり、トラベラーズノートを開いたまま時間ばかりが過ぎていく。 ―― 会いたくてずっと会えない人が居て。 ―― ずっと甘えたいと思ってる人が居て。 ずっと、脳裏に一人の人が浮かんだままだ。その想いを打ち込めばその人物が目の前に現れるであろう。しかし、シショプラスは所詮は仮想人格にすぎない。もしその仮想人格が、本人からかけはなれた行動を取ったら…… 切なく、哀しい。 ディーナは踏ん切りをつけることができなかった。 「これ…真面目な実験、だよね?」 そう、そうつぶやいて、未練がましい想いを振り切って彼女の知っている真面目な人物を選んだ。 トラベラーズノートに人格データがダウンロードされ、司書が再生された。鋭利な目つきをした長身の好男子である。 「こんにちは、贖ノ森火城。火城は自分が仮想人格だって理解、ある?」 無言のまま、青年はうなづいた。 「世界図書館の、実験。今までの記録を基に、人格シミュレータで、旅団対策。まず司書で精度を確かめるって話で…… 私、火城の担当。宜しく?」 「わかっている。俺になにをさせたい」 ディーナはしばし考え込んだ。データ収集のために数日行動を共にする必要がある。 「そうね。料理を教えて欲しいわ。『エル・エウレカ』の厨房が使えるかしら」 「だめだ。俺のオリジナルが使っている」 「それもそうね」 ノープランぶりを若干後悔した。ならばと、彼女の自宅に案内することになった。空きボトルが並んでいるが仕方が無い。 部屋に入ると居間のテーブルにトラベラーズノートを置いた。ずっと開けっ放しにするつもりだ。稼働時間が長い方が有意義な実験となることが期待出来るからである。 「ずいぶん、酒が多いな」 案の定指摘された。 「アルコールは舌を鈍くする。居酒屋の料理の味が濃すぎるのはそのためだ。飲み過ぎてはまともな料理はできない」 0世界に来てから酒量が増える一方の彼女は肩をすくめつつ、頭を下げる。説教は長い。嵐が過ぎ去るのにはしばらく時間が必要なようだ。 話題を逸らすように、料理を始めるように促す。 居間とは打って変わって清掃の行き届いたキッチンに入るとディーナは、設備を一通り説明した。 「うん、クリスマス用のローストチキン、練習してるの。折角オーブンがあるから使いこなしたいんだよね。コツとか、ある?」 「簡単ではないな。スタッフィングも作る必要がある。鶏の大きさによっても加減が変わる。温度計は持っているか?」 問われて、ディーナはバネでできたごく普通のオーブンメーターを差し出した。 「これではダメだ。針を肉に突き刺す奴が必要だ。無いと火加減が格段に難しくなる」 ディーナが残念そうにしていると、火城は軽く嘆息して頬に手をやった。 「『エル・エウレカ』に予備があったはずだ。ディーナは下ごしらえをしていてくれ。取ってくる」 完成した頃は、ずいぶんな時間になっていた。 「私、寝るけど…… ノート、開いたままにしとく、ね? 休息が必要なら…… 明日からは、閉じるから。」 「休息する場所が無いな。閉じて欲しい」 「わかったわ。今日は、実験…… お休みなさい」 消え去り際に、火城はディーナの頭を軽くなでた。 データ収集には多彩な行動が望ましい。ローストチキンが曲がりなりもの形になった頃、ディーナは火城を連れ出すことにした。 「バイト、行くから…… 一緒に行こう」 「わかった」 「最終日は、実験結果のお披露目を兼ねた、打ち上げ。私も仮装する、から…火城もしなきゃ、ダメ」 「お揃いで、ミニスカ魔女とか…顔だけ出した、着ぐるみ、とか?火城は、司書なんだから…オピニオンリーダーは、積極的に仮装しなきゃ、駄目」 「お断りだ」 「あんまりごねると…水着エプロンで強制参加、だよ?」 【シーアールシー ゼロ】 不思議少女というか不思議生物ゼロははばかること無く、エミリエの前でシショプラスを起動させた。 「壱番世界では誰かが『りあじゅう』かそうでないかが重要な問題だそうなのです。りあじゅうでなければ人にあらずとまでいわれ、りあじゅうでない人が世を儚んで紐なしで空を飛ぶのが重大な社会問題となっているそうなのです」 つきあわされる形になったエミリエは曖昧に相づちを打った。 「えー、エミリエは0世界でもそんなことできないよ! アイキャンノットフライだよ。翼をもがれた天使だよ」 「壱番世界では紐なしで空を飛ぶのは禁忌なのでしょうか?」 話しが噛み合わないのはいつものことだ。 「『りあじゅう』の定義は調べても良く判らなかったのですが、リリイさんのような人とクリスマスを過ごすと確実に『すごいりあじゅう』だそうなのです」 「ゼロはリア充じゃないの? あー、壱番世界じゃ寝たきりは引きこもりよりつらいっていうらしいしね」 「この技術が実用化されれば壱番世界の万人に老若男女一切合切区別無く、等しく仮想リリイさんをもたらし全ての人をすごいりあじゅうにでき、そして壱番世界の安寧は増大するのです!」 「エミリエと一緒の方がみんなリア充だと思うけど。うまくいくといいね!」 「エミリエさんの偉大な計画に微力ながら協力なのですー」 ダウンロードが終わると「あらあら」とターミナルで評判の女性ことリリイ・ハムレットが出現した。状況が把握出来ていないのか、きょろきょろと目を白黒させている。 「壱番世界での製品化はきっとロバート卿と傘下のみなさんがなんとかするのでしょう。きっと。ダメならゼロがクリスマスに壱番世界でノートを持って天体規模に巨大化し地球をリリイさんの映像の手に収めれば、地球人全てが仮想リリイさんとクリスマスを過ごすことができ、すごいりあじゅうになるのです」 「エミリエと一緒でもリア充だよー!」 「全ての人に仮想リリィさんをなのですー!」 「おー!」 【日和坂 綾】 炎の女子高生、改め女子大生、日和坂 綾は根城にしている学校型チェンバーに戻ると、集まった面子に早速シショプラスを自慢した。 誰にするのかとか色々聞かれたが、彼女の中では既に決まっている。 「それじゃシドさん一択で!」 …… えー! …… おまえ、シドのこと好きだったのか!? 驚く面々に綾はにんまりと笑みを浮かべて宣言した。 「やっぱりね、ゲールハルトさんのシュミを万人に認めて貰うには、同じ体格の仲間が訴えかけた方が破壊力、違った、説得力があると思うんだ」 …… えー!! …… やっぱ、そんな理由か! 「じゃぁなんでウィリアムさんを選ばなかったかっていうと。多分ゼロちゃんがもっと面白い方向性で育てるんじゃないかな~、って思ったから。やっぱり面白さは全てに優先するよね?」 …… えー!!! …… おまえ、永久に彼氏できないぞ~! 笑顔と共に、気合いを入れてトラベラーズノートを叩くと、我らがシドが魔女っ娘スタイルで降臨した。もちろんミニスカだ。すね毛は剃っていない。 「状況は理解している。だが、勘弁して貰おう」 「司書なんだから図書館主催のイベントは積極的に参加しなくちゃダメですってば!」 「エミリエが何かを企んでいたのはわかっていたが、こんな下らないことだったとは」 「大切な実験ですよ」 「ふざけるな! 本物の俺のイメージがどうなると思っているんだ」 「い~じゃないですか、一緒に偏見と闘いましょう! ついでにシドさんの格好、冬には寒すぎです! 小さい子が真似して風邪ひいたらどうするんですか! だから! こ~ゆ~格好でイベントに参加しましょう!」 シドは自らの導きの書を開くと、何事かを書き込んだ。すると、たちまち普段の半裸のシドに戻った。 「あー! なんでもどすの!?」 しかしシドは頑として取り合わない。とにかく実験のためにと、しばらくは一緒につきあって貰うことだけはかろうじて承諾させた。綾にはまだ作戦がある。 シドにあてがったチェンバーの部屋は縫いぐるみで溢れていた。 次の日には、寝台が天蓋付きレース付きのフリフリのものになっていた。 その次の日には、食器も全てピンク。 毎日可愛い物洗脳計画だ。 「どんなにがんばっても無理だからな。俺はこういったものに興味ない」 「どう見たってシドさんの人形お手製でしょう? シドさんが自分でチクチク手縫いしてるってみんな信じてるんですから、後1つや2つ伝説がくっつこうが誰も驚きません! さぁレッツトライ!」 「ダメだと言ったらダメだ!」 「あんまりごねると宇治喜撰さんに手伝ってもらってゴスロリパンク着せますよ? い~んですか?」 「俺は耐えてみせる」 【ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ】 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノも16才、花の女子高生である。 彼女は図書館の中庭でトラベラーズノートを起動した。 ここにはかわいらしいガーデンテーブルがちょこんとあり、のんびり読書するのにうってつけの場所だ。ここにティーセットを持ち込んでいる。 バラのモチーフがちりばめられたテーブルにノートを置くと、ジュリエッタは意を決して対象を指定した。 「レディ・カリスこと ……エヴァ・ベイフルック」 ジュリエッタがスカート代わりにハーフパンツを軽くつまんでお辞儀の姿勢をとると、風が渦巻き優雅な貴婦人が現れた。 「久しうのう。レディ」 「息災かセニョリーナ。もっとも私は貴女とはちがってオリジナルではないがな。して、私にどうして欲しいのかな」 レディ・カリスはチェアに腰掛け、一呼吸置いてから尋ねた。 それに対して、ジュリエッタは軽く会釈して紅茶のそっと出した。レディが一口味わったのを待って、小さく銘柄を告げる。 「フルール・ド・ロメーヌのトフィーグランじゃ」 「フランスの紅茶かな。どういう腹づもり」 「レディにはマリー・アントワネットを演じてもらおうかと思ってのう。《仮装》システムの実験じゃから」 ――本当はレディ・カリスのボディを将来の参考にとじゃ。外見上アラフォー手前でも、亡くなった自分の母親より年上でも、あの美貌とスタイルじゃからのう 【ワード・フェアグリッド】 純白の蝙蝠と言ったワード・フェアグリッドは雪が大好きである。そして雪とみれば雪だるまを作ることに至福の喜びを感じる。 なので理想の恋人と言われてもなかなかピンとは来ない。 そして、今現在のターミナルはクリスマスのために一面の雪景色である。今すぐにも駆けだして雪だるまをつくりたいところである。チェンバーで雪合戦した記憶が思い出される。 ―― ベルゼの代わりニお話、聞きに来タだけのつもリだったんだけド……。コレ、どうしよウ。 そうつぶやきながら、即席のかまくらの中でぴこぴこと人物選択画面をいじっていた。 ―― これっテ、エミリエもシュミレートできるノ? そう、ワードは以前に雪合戦で丹精をこめて作った雪だるま「鷹丸」をエミリエに壊されたことがある。あの時は雪だるまをベルゼに見せる間もなかった。 ―― そっカ……、フフフ……。 ならばエミリエに雪だるまを作らせればよい。そう言う考えである。 ついでにロボ好きっ子にもできたらとワードの野望は広がるばかりだ。 † 【パーティー会場にて】 パーティー仕様に改装されたホールに8+7人が集まってきた。 一人足りないのは、贖ノ森火城がいないからである。 昨晩、ディーナは完成したローストチキンを目の前にして火城の制止もきかずに酒を飲み過ぎてしまった。火城に絡み、仮装服を並べ「ミニスカ魔女!」「水着エプロン!」「ゴスロリメイド!」「レースクイーン!」と連呼した。 その結果、好感度パラメータが大暴落を起こし、今朝になってみればシショプラスが起動しなくなってしまっていたのだ。酒は怖い。 それでもディーナはその責任感からか、このような結果も実験には必要であるとパーティー会場にやってきた。 もちろん自信のできばえのローストチキンとそれに良く合う選りすぐりのシャルドネを携えてである。 料理に集まるように、パーティーは合図も無く開始した。 約半分の仮想人格は、なぜか示し合わせたかのように仮装していた。実験の意図が伝わっていないのは明白ではあるが、エミリエが望んだのはむしろこのような状況である。 「ほらヤッパリ可愛い」 仮装一号は日和坂 綾の連れてきたシド・ビスタークである。ミニスカゴスロリパンク魔法少女スタイルである。いつもは頭にしかつけていない色とりどりの羽は胸元からも二の腕からも飛び出している。フリルに隠れてわかりにくいがヘソ出しルックでもあった。 しかし、特筆するべきはあいかたの綾程度の大きさもあるくまのぬいぐるみを大切そうに抱え込んでいることであった。 「俺は ……気付いてしまった。もふもふの魔力に……」 舞原絵奈が連れてきたエミリエも原型と留めていない。絵奈と対照的に水色の水玉トレーナーに紺のスリムパンツをはいてきている。それが不思議とショートに切りそろえられているピンク頭とよく似合っている。よく見れば左耳にピアスを開けており、小さなクリスタルガラスが自己主張していた。まとめれば、小生意気な少年といった出で立ちである。 絵奈はそんなエミリエにしがみついていた。小さなエミリエは厚底靴を履いてどうにか絵奈にあわせようとしていたようだが、それでも身長が足りない。なれない靴のおかげでバランスも悪く、そのまま押し倒されそうなあぶなっかしい雰囲気が却ってそそる。 「あのね。エミ……」 無言で、絵奈のチョップが炸裂し、エミリエがよろける。 「ええっと、……あのさ、俺、浮いていない?」 「大丈夫。お《兄》ちゃん。今日はちゃんと決まっているよ」 口調を訂正したエミリエを絵奈がフォローした。 「絵奈もかわいいよ」 「合格」 ぎゅっと絵奈がエミリエに寄りかかると、少年姿はやはりぐらりとした。 一通り料理を手にして、会場を見渡すせば男性の仮想人格はシドとモゥしかいない。絵奈には少々がっかりである。 それとは対照的に女性陣は華やいでいる。男子力を鍛えられたエミリエ少年は早速、口説きにかかっていた。 「やぁ、ジュリエッタさん、君も妹には劣るけど、かわいいね」 「あ、そうかの」 呼び止められた彼女は若干表情が引きつっていた。 それに対して、シーアールシーゼロはいつもと通りのリリイ・ハムレットを連れてきた。 厳密には、新作ドレスに身を包んでいるのでお店にいるときのスタイルとは異なるが、0世界のファッションリーダーである彼女にとっては想定の範囲内である。 むしろ、ゼロの方が普段と異なり着飾られているのが新鮮である。 「とっても『りあじゅう』なのです」 「set status... りあじゅう」 「リリイさんといっしょでこの上なく『りあじゅう』なのです」 「apply りあじゅう level 5... invoke」 「あの、これ本当にリリイさんなのかい?」 「sorry. i can not これ本当にリリイさんなのかい」 おもわずディーナが詰問する。 「外観がリリイさんで中身が宇治喜撰241673さんに育ったのです。とってもかわいいのですー♪」 「それデいいノ?」 「sorry. i can not それデいいノ」 ワードも集まってきた。 「ひたすらキャッキャウフフなのです♪ 他の方々にもこの愛くるしさを堪能してもらうのです。壱番世界が『りあじゅう』で満ちる日も近いのです」 綾はその様子を、ディーナのチキンをシドに切り分けながら見ていた。 「……うっわゼロちゃん、やっぱりかっ飛んでるね~」 一方の、ティリクティアが連れてきた飛鳥は、すみっこの椅子にちょももんとおとなしく腰掛けていた。ジュースをくちびるを濡らす程度で、食事にもまだ手をつけていない。 それに対してティリクティアは会場を見渡しては興味津々の表情である。 「ふふ、それにしても皆、本当に個性豊かに、楽しく育てたのね」 下を向いたままの飛鳥をはげますことも忘れない。 「飛鳥、あなたは世界で一番かわいいわ。育ての親の私が保証するわ」 飛鳥のトレードマークであったツインテールはほどかれ、ウェーブがかったロングになっていた。よく見れば、レイヤーの下ではシルクが編み込まれており非常に手間のかかった髪型であることがわかる。 これが、ティリクティアと並ぶと本物の姉妹 ……いやむしろ母と子のように見える。それにしてもいつもの勝ち気な飛鳥はどこに行ってしまったのであろうか。恐るべし調教。 「ティア、わたし、がんばる」 「うん、今日は飛鳥が主役なんだからね」 そして、二人は手をつないでホール前方の特設舞台に上がった。 ぺこりと挨拶をして、一二とタイミングをそろえるとティリクティアの伴唱にあわせて、飛鳥が歌い出した。 それは、澄んだ心に染み渡る歌で、俗に流れていた会場の雰囲気を一変させた。魔法の鳥の集う湖を歌った歌劇の一節はしずかに終わる。よほどの練習をしたのであろう、二人の息はぴったりであった。 舞台から降りると、少年エミリエがフルーツを持って二人を待ち構えていた。 ホール隅っこでは一一一が椅子にへたり込んでいた。普段着のまま、メイクも無しに頭には寝癖がはねている。探偵モゥは心配そうに見守っているが何ができるというわけでは無い。むしろ、一はモゥになにもしないように厳命していた。 某ドット探検家並に死にまくるモウ探偵を寝る間も惜しんで必死に育て上げたのだと深いクマとゲッソリした頬をしていた。初日も、夜の街に繰り出したあと、モゥは雪に足を滑らせ、シャンパンのコルクが当たり、ウォッカの代わりに不凍液を飲んで、計三回ゲームオーバーを迎えていた。今日の日までにやり直した回数は数え切れない。 「あなたはすぐに死んでしまうから、危険はできるだけ避けて」 まだまだ最難関のゲームは続行中である。気は抜けない。 ゲームにのめりこんだ挙句三次元で女であることを忘れた哀れなゲーマーの姿がそこにはあった。クリスマスなんて無かった。 心配されている本人はのんきなものである。 「この平和なパーティーのどこに危険があるんだい」 続く舞台は、レディ・カリスとジュリエッタ・凛・アヴェルリーノだ。 さっとホールの照明が落ち、幕が上がると玉座にレディ・カリスが座していた。歴史めいたカラーをつけて女王エリザベス1世の格好だ。 その脇では侍従に扮したジュリエッタがひかえている。 そして、あっさり幕が降りる。 観客のなかから拍手が聞こえ、見てみるとアリッサ館長やリベル女史が混ざっている。どうやら、ジュリエッタが事前に招待していたようだ。 ふたたび、幕が上がると今度は、レディ・カリスはずっとシンプルだが現代にも通じるセンスを感じさせる衣装にかわっていた。それに大粒の宝石は上品に調和していた。その華やかさは英国様式では見られないものだ。またなぜか頭にはセクタンを載せていた。 「誰のつもりだろう」 そこで、レディ・カリスが「Qu'ils mangent de la brioche(パンがなければお菓子を食べればいいじゃない)」とお約束のセリフを言うと一同納得がいったようである。 次は、男装の麗人騎士の姿だった。レディ・カリスお得意のフェンシングを披露する。これはわかりやすい。それにあわせて、ジュリエッタもフランス貴婦人の装いだ。 ティリクティアは飛鳥と手をつないで見入っていた。 「二人ともきれい…… ジュリエッタはなに役なの?」 「ロザリー・ラ・モリエールじゃ」 「歴史ものじゃなかったんですか?」 同じコンダクターの日和坂綾が声をあげた。 「ロザリーは歴史上の人物ではないじゃと? ううむ、てっきりあの漫画は歴史漫画かと思っておったがのう」 「男装の麗人のほうも架空ですよ」 衣装のまま素に戻ってレディ・カリスが質問する。 「なぜに、フランスがメインになっているのは、貴方の趣味ですか? 貴方の祖国に敬意を払うならボルジアのルクレツィアや、フォルリのカテリーナではなくって」 「単にやってみたかっただけじゃ」 「確かに、私ら英国人はかの国が好きよ。フランコはそうは思ってはいないようだけどね」 会場に軽い笑いが起こった。 「ふふふ、二人もエミリエを選んでくれたのね!」 オリジナルのエミリエは満足げである。そう、エミリエを選んだのは一人では無い。 ワード・フェアグリッドと彼のエミリエは、ホールの窓から見える庭で雪だるまを完成させていた。 二人は巨大なかまくらの上に腰掛けていて、ほっこり暖かいココアを並んで飲んでいる。どうやらワードの因縁は解決することができたようだ。 夜目が利くディーナには、雪だるま達の中に雪だるま型プラモが混ざっているのがわかった。 このエミリエはなぜかメイド服だ。ベルゼの影響であろうがちんちくりんにはあまり似合っていないのが悲しい。 ココアを飲み干すと二人は巨大かまくらから滑り降りて屋内に戻ってきた。エミリエは多きな袋を担いでおり、それをテーブルに広げると、未完成のプラモやそれを作るのに必要な工具がいっぱい入っていた。どうみても人数分以上ある。 「プラモ、いっぱイ持ってきタ! みんなでいっぱイ作ル!」 ワードは手も翼もばたばたさせてみんなに配ってまわった。 「雪だるマもいっぱイ、いっぱイ! 今なラ外、雪降ってルからいっぱイ作れるヨ。さァ、エミリエ(オリジナル)モ! こっちのエミリエ、雪だるまモプラモも、作るノ上手!」 雪だるまのプラモをずいっと差し出して興奮気味である。 「皆デ、雪ロボパーティーッ!」 「このエミリエもかわいいわね」 ティリクティアが言うと、信じがたいことに飛鳥黎子も素直に雪だるまを造りに外に出ようとした。それをティリクティアが追いかける。 「loading configuration ... プラモ」 リリイもプラモの方に興味を示したようだ。 しかし、水を差す者がいた。絵奈のエミリエこと兄リエだ。 「キミは雪だるまのプラモで満足なのかい? 同じエミリエとして情けない」 むっと地が出かける雪リエ対して兄リエが一瞥をくれると、彼はパチンと指を鳴らした。 「ビッグ・スノーマン!! ショータイム!!!」 すると、ワードと雪リエが座っていた巨大かまくらがゴゴゴっと地響きを立てて二つに割れ、ホールを覆い隠すようなサイズの雪だるまがせり上がってきた。 巨大雪だるまがずしんと一歩を踏み出すと、ワードの丹精こめて作った雪だるまがことごとく踏みつぶされてしまった。 だが、ワードよりも速く、雪リエが憤った。 「なにをする! 雪ロボ!! 降臨!!!」 0世界の天が裂け、これまた雪だるまが天から降ってきた。 いや、それは雪だるまではない、プラモだった。 雪リエに引っ張られて、ワードがプラモに乗り込むと、対抗して兄リエはさっと腕を天に掲げ雪だるまに命令を下した。 「絵奈、見ていてくれたまえ! ビッグ・スノーマン!! アクション!!!」 二体の巨体は激しくぶつかり合った。 衝撃でホールが揺れる。 「ちょちょっとやめてよ! これエミリエのパーティーなのに!!」 一方、ホールの舞台上では、探偵モゥとレディ・カリスが向き合っていた。 ジュリエッタが当惑しているところを見ると想定していない事態のようだ。レディ・カリスがレイピアを掲げる。 「モゥ、わたしにないしょでおいしいモノ食べ歩きましたネ。けしからんヨ」 「げっ、メイか!? 今度、フカヒレおごるから」 「だめだめネ。0世界の料理がいいヨ」 どうやら、シショプラスが誤動作し、ジュリエッタのシショプラスに探偵メイのコードが混入してしまったようである。 ホールに揺れにあわせて、レディ・カリス・メイが細剣を青竜刀を扱うように薙いだ。モゥは手にしたボトルを盾にして逃れる。 見守る一は思わずドヤ顔でガッツポーズ。 「フフフ……甘いですね! 私が育て上げたモウ探偵は一味違いますよ!」 続いて踏み込みながら切り返そうとするレディ・カリス・メイの剣を持つ腕を払い、モゥの掌底が彼女の脇に炸裂した。 モゥは間髪を入れず翻身し、靠ではじき飛ばす。そのままの勢いで腕を打ち下ろした劈は狙いが逸れレディ・カリス・メイの肩に当たった。 普段は冴えない男の頭上に「3 HIT !!」と浮かぶ。 「なんじゃなんじゃ!?」 ジュリエッタの当惑をよそに、「graze !!」とか「couter hit !!」とか「ex blow !!」とかを互いの頭上に表示しつつ二人は争い続けた。 武器を持っているからか、元々のキャラ性能が違うのかレディ・カリス・メイが優勢であった。レイピアが振るわれる度にモゥにHPが削られる。 そして、ついに壁際に追い込まれたモゥ。レディ・カリス・メイの上に「finish him !!」の表示。 裂帛の気合いと共にレイピアが突き出されると、そのままモゥの左袖を貫いて細剣は壁に突き刺さった。と、レイピアを抜こうと一歩下がろうとするメイにモゥが倒れ込み、反射的に踏ん張ってしまう。空いてしまった脇に、モゥの腕が一瞬に差し込まれ、重心が浮いてしまったメイが飛ばされる。きれいに一本背負いが決まった。 「sacrifice counter ex !!」 したたかに地面に叩きつけられたレディ・カリス・メイはもはや動くことはできない。一はテーブルに飛び乗って何度もガッツポーズを繰り返した。 そこにモゥはメイに無事な方の手をさしのべ「怪我は無いか?」と、女探偵は小さくうなづき、頬を赤く染めた。 「ふぉおぉおぉ! 恋愛ルートキター!」 ゲーマーはこれ以上無いくらいの超ドヤ顔である。 「どう! 私のモゥ凄いでしょ。凄いでしょ凄いでしょ頑張りましたよ、私。ヒャッハー!」 そして、興奮のあまりトラベラーズノートを壁に勢いよくバァンと叩きつけた。するとたちまち消えるモゥ。 どうやってもモゥは復活しない。 おきのどくですがぼうけんのしょはきえてしまいました その時であるシド・ビスターク(本物)が駆け込んできた。 「大変だ。インヤンガイで探偵モゥが死ぬ予言が出た。原因はよくわからない」 一同の視線が壁に打ち付けられた一一一のノートに集中し、エミリエの目だけが泳いでいる。そして、綾がシド・ビスターク(仮装)とシド・ビスターク(本物)を見比べて質問した。 「なんでシドさんミニスカなんですか?」 † 仮想人格が本物に影響を与えたという現象は厳重に秘匿され、シドは鬱病を発症ししばらく医務室のお世話になることとなった。 そして、正月もあけてしばらくした頃、シショプラス及び関連研究はこっそり封印された。 ただ、それ以降、ショートパンツのエミリエが出没するとターミナルでうわさになった。本人の仮装だと言うには、性格もずいぶん違うと……
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