オープニング

 ロストレイルの整備工房

 0世界にやってきた猫のタルヴィンは整備工房の隅っこに間借りしている。ここが一番故郷に近いからだ。整備員達は気弱な猫に気を遣っていて段ボール小屋の設置は黙認されていた。

 今日もハーデがエサをもって訪れる。

 タルヴィンはロストレイルの整備を手伝っていた。鋼鉄をベースにした技術には共通点は多い。例えば、潤滑油の選別であったり、熱膨張への対処であったり、加工精度の指定であったりと。
 であるから、タルヴィンにもNCを操作して、螺旋特急の補修部品の製造を行うことができている。
 ハーデはそんな様子のタルヴィンを彫像のように見つめていた。実際、機械の体となったハーデは脳から指令を能動的に与えない限りは微動だにしない。じっと命令あるまで待機しているロボットのようであった。
――気配を消すには便利だな
 習い性でそのような考えが言語野に浮上したが、ハーデには一つの決心があった。
 工房が休憩時間に入ると、ハーデはタルヴィンにエサとミルクをやった。
 そして、タルヴィンが食べ終わりかけに皿から顔を一瞬上げたときに、ハーデは何気ない風を装って切り出した。

「タルヴィン、私はヴォロス風のチェンバーを作ろうと思う。そこで自給自足の生活を送るつもりだ。良かったらそこで一緒に暮らさないか」


  †


 作ったばかりのチェンバーにはなにもない草原が広がっていた。
 ナレッジキューブを正しく使えば既に完成された邸宅をいきなり出現させることもできるはずだが、二人にはうまくできなかった。
 キューブにこめた想いが貧困だったからかもしれない。実際、ヴォロスの平和な田園風景に憧憬を感じてはいたものの、その中で自分が暮らしている光景を想像することは難しかった。
 そのために、草原はあっても、それ以外の何もかもがかけている。そんな空間が作り出されていた。

 むろん、つきってくれている猫にも田園の記憶などあるはずも無い。犬族の教典の中にはあったかもしれないが、タルヴィンが知るよしも無かった。ただ、竜星がヴォロスに辿り着いたときの鮮烈なイメージがあるだけである。

 空はよく晴れていて雲一つ無い。太陽がまぶしい。木陰の一つも無いのに不思議と暑くは無かった。
 ごく当たり前の雨や雲の印象は二人の中には乏しかったからだ。ヴォロスに浮かぶ竜星は雲と雨のただなかにあって、地上から見上げる白い雲とは違う。ハーデも雨というと、苦痛に満ちた嵐の中の行軍ばかりが思い出された。
 タルヴィンがナレッジキューブに念をこめると、次々とNC重機があらわれ、彼が慣れ親しんだ機械音と共に作業を開始した。
 草原の一角を更地にして建材を積み上げるのだ。

 結局、最初の一日は重機が作業するのを二人で眺めるだけで終わった。ハーデも最初は自分の手で作業をしたがり、石をどかしたりしたが、それもすぐに終わった。漠然としたイメージだけでは機械に命令することすらできない。
「タルヴィン、どんな家にしようか」
「地下に住む……と言うわけにはいきませんよね。今はここで昼寝するだけで安らげる気がします」

 計画がまとまらない。
 ハーデが更地になった草原の一角にあぐらをかくと、猫はその背中に寄り添うように座り込んだ。豊かな世界出身のものであれば、この草原には、自然にはいてしかるべき虫たちや、様々な雑草、そして、立ちのぼる草の臭いが欠けていると指摘するだろう。
 作られたばかりのチェンバーは夢のように儚かった。

 日が沈み、このチェンバーにも夜がやってくる。
 満点の星空を見上げる。星々は瞬かずに、静かに光を放っていた。
「きれいですね。こればかりは私もたくさん見てきましたから」
「ああ、敵襲におびえずに夜を迎えられるのは素晴らしい」
 そして、ハーデは一呼吸をおいて夜空に向かって語り出した。
「人が連れ添うのは、最後までの時を惜しむからではないだろうか。ならば本来最後の時のない私たちは、永遠に一緒に居ることは難しいだろう。それでも私は、その日々の思い出を胸に、消えていくことが出来ると思う」
 言い終わると満足したのかハーデは寝袋を広げて潜り込んだ。人工臓器の酵素を稼働させるために機械のハーデの体温は少し高い。
 タルヴィンはしばらく、寝袋の端っこと格闘してから横になった。
「きみの話しを少し聞かせてくれませんか? きみの冒険で見てきたもので私たちのチェンバーを彩ることができるかもしれません」




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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。

【参加者リスト】
ハーデ・ビラール(cfpn7524)
タルヴィン・クップサーミ(chcu4638)

品目企画シナリオ 管理番号2220
クリエイター高幡信(wasw7476)
クリエイターコメントオファーありがとうございます。
NPC登録するなど誘い受けが過ぎましたね。タルヴィンは猫なのであまり素直ではありませんが、かまって貰えてうれしいはずです。
がんばって終の住処を素敵なものに仕上げてください。


タイトルのターミナルは終末の意で使用しています。

参加者
ハーデ・ビラール(cfpn7524)ツーリスト 女 19歳 強攻偵察兵

ノベル

 星降る時が流れる。

 ハーデはすぐには質問に答えずに、寝袋から起き上がり、足下でまどろむタルヴィンを抱き寄せた。
 今は幸福な終わりの時間。
「意外に意地悪だな、タルヴィンは。私が竜星にしか行っていないと言い張ったらどうするつもりだ。ドームや玄武も作ってくれるのか」
 タルヴィンはハーデの腕をするりと抜け出し、砂利の上に歩を進めた。寝床にしている草原の一角の更地である。
「悪い、私の方が我儘を言っているな。タルヴィンがここに居るのがうれしくて。それと……あまりにも思いがけないことを言われたから」
 そして、遠くでまだ作業を続けている重機のほうに、猫は視線をやった。
「そういえば竜星のドームの話しはきみにはしたことがありませんでしたね。ドームは元々は後からやってくるはずだった人間のために建造されたのです。戦争で全部破壊されて、私たちは安全な地下に潜りました。何百年も前の話です」
 それ以来、地上に住むのは玄武のコーギーたちだけとなった。
「ドームには人間の他にも私たち猫と犬も住むと言う計画だったようです。実際にどうだったのかは私にはわかりません」
 当時の住民が考えられるだけの理想の住処だったことであろう。
 このチェンバーもかの世界のドームのような隔離空間である。違うのは、扉を閉ざせば何者の侵入も許さない堅牢さがあることだ。
 世界樹ほどのイグシストも滅んだ。このチェンバーもいつかはチャイ=ブレの終演と共に壊れてしまうのかも知れない。そんな終わりがありえると言うことはある種の慰めでもある。

「猫は、狭い空間に慣れています。地下にあるせせこましい工場が私の居場所でした。だから、このチェンバーに最初に足を踏み入れたときに、0世界と同じように、どこまでも地面が続いていることに驚いたのです。これはきみの願望なんじゃないのですか」
 竜星がヴォロスに辿り着いてからは、犬猫も地上に住めるようになった。しかし、開放空間は落ち着かないと地下からでようとしない者も多い。ここでもNC重機の何機かは地下を掘っている。
 タルヴィンがそのどちらかと言われると本人も判然としていないようである。ハーデは背中をすり寄せてくる猫を膝に置いた。
「世界は全てただの戦場地形だった。ただ……竜星で旅団が作った羊飼いの世界、あれには憧れた。ああいう場所でタルヴィンと暮らしたいと思った」
「あのコーギーたちの世界ですね。報告を読みました」
 コーギー達が安全な地上に夢を見たのは長い真空での生活のためかもしれない。だが、少なからぬ犬がそれにあこがれを抱いたことが報告されている。
「どんな世界であっても、タルヴィンを抱き締めて空を眺める時間があるなら…幸せなんだ、私は、結局」


  †


 ひらけた空には特別な何かがあるのだろう。
 タルヴィンはその話題を避けるようになった。

 急ぐ必要は無い。
 専門家にあらぬ二人にとって建設はなかなかに骨の折れる作業であった。
 一日にわずかずつ作業が進む。
 小屋を建て、草原に牛を放つ。
 じきに、チェンバーを開いてからの日数を忘れた。一向に完成しないが、かといって生活に困るわけでも無い。雨が降らないので寝袋で十分だ。小屋もいらないくらいだ。タルヴィンはときおりターミナルに赴いては、細々とした物資を買い込んでいた。
 いつの間にか畑に行けば虫もみつかるようになった。イメージが具体化してきているからかも知れない。
 雨の予感がする。

 そんなある日、タルヴィンは見せたいものがあると言ってきた。
 久々に重機が置かれている広場に足を運んでみると、地面に巨大な扉が作られていた。
 重々しい音と共に開くと、一体のアヴァターラがパレットに載せられてせり上がってきた。
 ハーデには見覚えがある。
「これはボーズの……」
「アヴァターラ・チャンドラーGP03ヴィタルカの完成形です。お兄様に持ち出されたときは未完成でしたので」
 ハーデは目を伏せた。タルヴィンの兄を守り切れなかったことが悔やまれる。永らく戦場にいたからと言って死者を風化させられるたちでは無いのだ。
「これは、もともとは私が乗る予定だったんです。だけどこうしてみると私よりお兄様の方が向いていたように思えるから不思議です」
 ハッチが開くと、人間が乗れるだけのスペースがあった。流星会戦のおりに投入されたヒューマノイド対応型だ。
「一緒に乗ってくれますか」

 完成したヴィタルカには擬神を機外に設置するためのハンガーが取り除かれていた。その他、兵装はだいぶ簡略化されている。
 コックピットへと登るのにずいぶん時間がかかった。ハーデが堅い座席に収まると機械の体がハードポイントで固定された。即座に機外の光景が一次視覚野に重畳される。この機構では普通の人間が搭乗することはかなわないだろう。そして、膝上にタルヴィンが収まる篭がせり出してきた。
「モード、テスト01。起動」
 猫の命令に応じて、圏内用推進モジュールの機関音が高くなり、かりそめの蒼穹に飛び出した。
 瞬く間に二人の生活する小屋が豆粒のようになる。
 そして、どこまでも続く草原が広がった。この高さから見ると草原の植生にも揺らぎがあって、チェンバーが作られた当初は存在しなかった自然らしさが徐々にあらわれてきていることがわかった。
 遠くには山が見え、それを飛び越えると湖があった。川が流れている。
「そのうち、探検が出来るようになるかも知れませんね」
「こんな世界を願ったつもりはないぞ」
 釣りも期待できる。

 アヴァターラは湖畔に舞い降り二人を降ろした。
 礫砂のすきまから雑草がまばらに生えている。ハーデがコックピットの中にあった水筒を取り出すと、中にはホットミルクが入っていた。
「牛が少しだけですけど、ミルクを出すようになったんです」
 葉の広い樹の下に腰掛ける。
 見覚えがあるような花も咲いていた。名前はわからない。

 ほっと落ち着く一杯を二人で飲み終わると、ハーデは壮麗な戦争機械を見上げた。
「戦いを、肯定的に……勇気とか、騎士道とか、正義とかな。そういう風に前向きに考えることはできない。そうやって喜んで戦いに向かうことが出来る人がうらやましいと思ったこともある」
 さーっと寒風が湖面をさざたてる。
「私の居た世界は……そうだな、壱番世界に神と悪魔がいて覇権を争っている、と言うのが1番近いだろうな。生まれた時から陣営は決まっていて、神や悪魔にとっては自陣であろうと人なんてゴミ屑以下で。あの世界から放逐されてうれしかった。2度と戻るまいと思った。だからそれを思い出させる場所には行きたくなかった。私が1番行ったのはブルーインブルーで、次がお前の居る竜星だ。その次がヴォロスとインヤンガイ、壱番世界やモフトピアは殆ど行かなかった。神や悪魔がいなくて戦いのある場所、そういう場所にしか行かなかった。人を殺して、殺されて終わると思っていたから」
 風が止むと、動いたままのジェネレータの音が聞こえてくる。
「悪い、タルヴィンが聞きたいのはこういう話じゃないな。次はタルヴィンが語る番だろう?」

 轟っ!

 主人の命令を受けて、アヴァターラがスラスター偏向パネルを展開し上昇した。二人は苛烈な排気を浴びる。巨人はそのままの勢いで、飛行雲の尾を引いて山の向こうに消えた。
 周囲に静けさが戻るとタルヴィンは白状した。ハーデが病院から行方をくらましたあと、方々の世界を旅したと言う。世界群の各地にビーコンの受信機を捲いてまわった。
 ヴォロスのみならず、他の世界群、インヤンガイにもモフトピアにも赴いた。
 その途中でコーギー達の世界によく似た土地を見つけたのだという。壱番世界のとある島国の辺境であった。大地はやせ、長い歴史の中で度々飢饉が起きている。最近のはターミナルが出来たあとだ。海からしめった冷たい風がひたすら吹きこみ、作物は植えた端から風に消える。厳しい光景だった。それはヴォロスにさみしく浮かぶ竜星にそっくりでいたたまれなかった。
 それでも住民は慎ましくも平穏な生活を送っていた。
「他の世界の物語に、寒い外から暖かい家に帰ってくると言う描写がたびたび出てくるのが気になったのです。竜星では生身で外に出ることはありませんでしたから。それが、ヴォロスについて、きみがいなくなって、霧の中の荒野に出て、わかる気がしたんです」
 その時、ビーコンの反応があったと言う。
 それから、二人は綿毛で遊んだり、樹に登ったり、冷たい湖に片足を入れてみたりした。
 やがて、日が暮れると一気に風が冷たくなる。戻ってきたアヴァターラのコックピットの中は狭く暖かかった。


  †


 日は沈み、また昇る

 あれから何日たったかはわからない。
 今日はネズミが捕れた。
 だいぶ自然らしくなったこの世界にもまだ季節というものが無い。
 ビニールハウスのように畑は気まぐれに実りを迎える。
 タルヴィンはチャンドラーを駆ってチェンバーの外に出かけることもあったが最近はすっかりご無沙汰だ。

 外の世界群ではなにが起きているかはわからない。空はよく晴れている。

クリエイターコメントおまたせしましたハーデさんのエピローグになります。
これで終わってしまうと思うと感慨深いですね。

筆の遅いWRな割にずいぶん一人のキャラを書かせていたきました。
最後の方は無理目のOPに対してもハーデさんに入ってもらえればどうにかなるだろうと、馴れ合いじみた展開になりつつも、ある種の信頼感があったからこそここまでこれたのだと思います。ありがとうございました。

それではロストレ終了まであと一年。
別キャラさんにも励んでいただいて、共に盛り上げて頂ければと思います。
公開日時2012-11-07(水) 21:30

 

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