クリエイター鴇家楽士(wyvc2268)
管理番号1185-17510 オファー日2012-07-08(日) 20:05

オファーPC ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)コンダクター 女 15歳 家出娘/自警団
ゲストPC1 ファルファレロ・ロッソ(cntx1799) コンダクター 男 27歳 マフィア

<ノベル>

 朝。
 ヘルウェンディ・ブルックリンはカーテンを開け、窓の外を見る。
 ターミナルの景色は、いつもと変わらずそこにあった。
 顔を洗い、鏡の中を見ると、長い睫の下の赤い瞳がこちらをじっと見返してくる。
「もう16。大人の仲間入り」
 覚醒後、初めての誕生日を迎えても、見た目が変わることはない。
(毎年、パパとママに誕生日を祝ってもらってた)
 母は腕によりをかけて料理を作ってくれたし、養父は忙しくとも趣向を凝らしたプレゼントをくれた。毎年誕生日が近づくのが楽しみで、そわそわしたものだ。
 でも今年は――。
 タオルで顔を拭き、リビングへと戻る。
 そこには誰の姿もない。少し前に一緒に暮らし始めた実父は、昨日出掛けたきり帰ってきていない。
 ヘルはソファーへと体を沈めると、大きく溜息をついた。
 仕方がない。自分で決めたことなのだから。
 そこに、エアメールが届く。

 ◇

「あのバカ!」
 息を切らしながら走る。
 ファルファレロ・ロッソがバーで揉めているという報せを受け、ヘルは慌ててそのバーへと向かっていた。
 彼のことだから何ともないとは思うが、すぐ無茶をするし、万が一ということがあるかもしれない。
 思考はどんどん悪い方へと向かってしまう。両足を精一杯動かしているのに、大して進まない距離がもどかしかった。
 ようやくたどり着いたバーのドアをばんっ、と勢い良く開けると、酒と煙草のにおいが鼻を突き、薄暗い店内にいる人々が一斉にこちらを向く。
「あのっ――」
 居た堪れない気持ちになりながらも自らを奮い立たせて声を上げ、ヘルはバーの中を見回した。
 人のまばらな店内で大きなソファー席を一人で占領し、グラスを傾けている、スーツ姿に銀縁メガネの男。
「大丈夫なの!?」
 ヘルは急いで駆け寄ると、ファルファレロを見る。左手に何かが見え、慌てて掴んで目を近づければ、小さな絆創膏が張られていた。
「何しに来たんだよ」
 彼は不機嫌そうに言い、また酒を飲む。
「何しにって……ここで揉めてるって聞いて」
「はあ? 真に受けたのか」
「だって……」
 心配して急いで来たのに、当のファルファレロは何食わぬ顔だ。
「ただの掠り傷だよ」
 彼はヘルの手を振りほどくと、ソファーの背もたれに寄りかかり、グラスを一気に空けた。

 ◇

「おい、ふざけんなよ! まだ飲んでる最中だろうが」
「もう十分飲んだでしょ! あのお店にも迷惑だし」
 ヘルは抵抗するファルファレロを引きずるようにして、帰途につく。
 バーのマスターに聞いたところによると、ちょっとしたことで他の客と口論になり、その時の弾みで割れたグラスで少し手を切ったらしい。
 その客は激昂してファルファレロに殴りかかったのだが、その攻撃はことごとくかわされ、自らはファルファレロが軽く足を動かしただけで転ばされ、全く歯が立たないとわかると、慌てて帰ってしまったとのことだった。
 大事には至らなかったものの、迷惑を掛けたことには変わりがないし、まだ平然と酒を飲み続ける彼に代わってヘルはとにかく謝り、店を後にしてきた。
 ファルファレロはまだ後ろで何か文句を言っているようだが、ヘルは腹が立って相手をする気も起こらない。
 道なりにある商店の時計が目に入る。
 ターミナルの空は変化することがないが、もう昼近い時間だった。せっかくの誕生日の大切な時間を無駄にしてしまったようで、気がまた重くなる。
(音楽?)
 その時、賑やかな音が聞こえ、ヘルは首を巡らせた。
 広場のような場所には人だかりが出来ていて、ヘルたちの周囲にも、そちらへと向かって歩いていく人がいる。
 空には風船が飛び、色とりどりの紙吹雪が舞っていた。
「お祭りだわ」
 その楽しげな様子に、ささくれ立っていたヘルの気持ちがすっと和らぐ。彼女は振り返り、ファルファレロを見た。
「ね、せっかくだし、寄っていかない?」
「あ? めんどくせぇ」
 だが、ファルファレロは相変わらずだ。
 誕生日くらい、素直に付き合ってくれたっていいじゃない。
 喉元まで出掛かったその言葉のかわりに、ヘルは腰に手を当て、ファルファレロを睨みつける。
「あんな騒動を起こしたんだから、少しぐらい付き合ってくれてもバチは当たらないと思うけど?」
「……わかったよ」
 ファルファレロは大げさに溜息をつき、ポケットに手を突っ込むと、ヘルを追い越し、さっさと祭りの会場へと向かっていく。
 ヘルも急いでその後を追った。

 周囲には食べ物や飲み物、雑貨やアクセサリー、おもちゃやゲームなど、様々な露天商がずらりと並び、賑わいを見せている。
 少し開けた場所では、大道芸人たちが自らの得意な技を披露していた。
「飲み物でも買おうか」
「いらねぇよ、散々飲んだんだ」
「飲んだのはお酒でしょ! ――あの『ほろにが健康ジュース』っていうのいいんじゃない?」
「……あそこにコーヒー売ってるから行くぞ」
 ファルファレロはそう言ってヘルの服を掴み、強引にコーヒースタンドへと連れて行く。
 ヘルが仕方なくメニューを眺めていると、手に冷たいものが触れる。それはアイスコーヒーのカップだった。
 戸惑いながらもそれを受け取った彼女が何か言うよりも早く、ファルファレロはまた歩き出してしまう。
「待ってよ!」
 その声に少し歩く速度が落ちたようにも見えたが、それでも人込みの中に紛れて行こうとする背中を、ヘルは慌てて追いかけた。

 二人で祭りの中を歩くのは、意外にも楽しい体験だった。
 途中ファルファレロが大道芸人の手品のタネをさらっとばらしたり、射撃のゲームで一瞬にして全ての的を正確に打ち抜くなどして何ともいえない空気が漂ったりはしたが、ヘルが露店を見たいと立ち止まれば待ってくれたし、童心に戻ってはしゃぐ彼女にずっと付き合ってくれている。
(なんだかデートみたい)
 そんなことをふと思い、少し前を歩くファルファレロの背中を見る。そういう風に思えるようになった自分が不思議だった。
 これも一つ年を重ねて、成長したということなのかもしれない。
 その時、にわかに後方が騒がしくなる。
 何か急ぎの用事でもあるのだろうか、人込みの中を掻き分け、こちらへと慌てて向かってくる男がいる。ヘルは道を開けようとして少しバランスを崩し、思いがけずファルファレロの腕に掴まることとなった。
「何だったのかしら」
 男の姿を見送った後、ファルファレロと目が合う。
 まだ彼の腕を掴んでいることに気づき、慌てて手を離そうとした時だった。
「くっつくんじゃねぇよ」
 ファルファレロは顔をしかめ、ヘルの手を振り払うと、再び歩き始める。
(だから今、離そうとしたんじゃない)
 彼にとっては、何気ない行動だったのかもしれない。
(そんなに嫌がらなくったっていいのに)
 でもヘルには、ふいと向けられた背中がさっきまでとは違い、やけに遠く感じられた。
 あんなに楽しげに聞こえていた祭りの音も一瞬にして凍りつき、遠ざかる。
 誰かが上げる笑い声だけがやけに大きく聞こえ、それがまるでスイッチになったかのように、今朝の出来事や喧嘩、そして今までの記憶が目まぐるしく体中を駆けずり回って、その踏みにじられるような不快感に体が震えた。
 そして、一気にどうでも良くなる。
 気がつけばヘルは踵を返し、ファルファレロとは逆の方向に歩き始めていた。
「おい!」
 こちらに気づいたのか、彼の不機嫌そうな声が背後から聞こえる。
「……何よ」
 ああやって呼び止めるのも、ヘルが心配だからじゃない。結局自分が気に入らないというだけなのだ。
 一緒に暮らしたところで、毎日毎日喧嘩ばかりをしている。近づいたと思ってもそんなのは幻で、すぐに遠ざかってしまう。
 デートみたいだとか浮かれていた自分が、馬鹿みたいだと思った。

 ◇

 歩いて、歩いて、ただ一人で歩いて。
 祭りを楽しむこともせずに、でも、そのまま帰ってしまうことも出来ずに、ヘルは会場をうろうろとしていた。
 ファルファレロはもう、帰ってしまっただろうか。
 それでもいいと思った。今、顔を合わせても、何を話して良いのかもわからない。
 溜息をつき、何気なく見た露店には、色とりどりの石がついた様々なデザインの指輪が並べられていた。
 心臓がどくりと跳ね、その上を滑っていたヘルの視線が急停止する。
 青い石のついた指輪。
 自らの指にもう片方の手で触れる。わざわざ確かめなくとも、デザインは細部まで鮮明に思い出すことが出来る。
 若干違う。でも、似ていると思った。
「幸せの指輪だよ。お一つどう?」
 じっと指輪を見ているヘルに、店主が、おっとりとした声をかけてくる。
 ヘルは何も言えないままで立ちすくみ、それから小さく首を横に振った。
 そして彼女は露店に背中を向け、再び歩き出す。
「ありがとう!」
 その直後に店主の陽気な声がし、ヘルは思わず振り向いていた。
 買った指輪を受け取ったスーツ姿の背の高い男――。
「ほらよ」
 ファルファレロはその指輪を、こちらへと投げてよこす。
 ヘルは慌ててそれを受け止めた。そしてぼんやりと手の中の指輪を眺めると、ファルファレロの方を見る。
「物欲しげに見てたからな」
「……物欲しげだなんて」
 反論しかけたが、でも実際そうだったかもしれないと思うと、それ以上は口が動かなかった。
「それに、誕生日に何も無いっつーのもあれだ……惨めだろ」
 ファルファレロは珍しく言葉を探すかのような言い方をし、少し視線を逸らす。
「誕生日、知ってたの?」
 気まぐれに指輪をもらったことよりも、そのことに驚き、ヘルは思わず声を大きくする。
「……あの女がよこした手紙に書いてあったのを思い出したんだよ」
 ファルファレロは苦々しげな顔で頭を掻くと、溜息をついた。
(何だか子供みたい)
 そう思うと、同じ仕草や表情でも微笑ましく見えてくるから不思議だ。
 ヘルはもう一度手の中に視線を落とし、二つの指輪を比べてみる。最初に感じたほどではないものの、やっぱり似た雰囲気があると思った。
 少し傾けると目立つ大きな疵に、寂しげに微笑む母の顔を思い出す。
 ヘルは大きく呼吸を一つし、指輪を外した。
 そしてファルファレロに近づくと、それを無言で突き出す。彼はそれを不思議そうに見た。
「ペアリングよ。こうでもしとかないとあんた、いつか帰ってこなくなっちゃいそうだし」
 ヘルは動こうとしないファルファレロに、さらに指輪を近づけた。その静かな気迫に圧されるように、彼は指輪を受け取る。
 それを確認してから、ヘルは手を静かに下ろした。
「ホントはこうしたかったってママが言ってたの。二つもねだれないから黙ってたって」
 彼女の言葉が終わらないうちに、ファルファレロは腕を振り上げ、渡された指輪を投げ捨てようとする。
 だが、その動きは途中でぴたりと止まり、少しの逡巡の後、ゆっくりと体へと引き戻されて行く。
 彼はそのまま指輪には目を向けず、舌打ちを一つしてからスーツのポケットへと仕舞った。
「さ、ご飯でも食べに行きましょ!」
 ヘルは唐突に明るい声で言い、ファルファレロの腕を取る。いきなりの行動に、彼の体が少しよろけた。
「さっき散々食っただろうが」
 文句は言ったものの、今度は腕を振りほどこうとはしない。
「ちゃんと座って、一緒に食べたいじゃない」
 そう言ってヘルは、ファルファレロに向かって笑顔を見せる。
 親子を繋ぐ証だった石は、今、親子の絆の石となった。
「ほら、早く!」
 娘は父の腕を引き――そして二人は、一歩を踏み出す。

クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
お待たせ致しました。ノベルをお届けします。

今回のタイトルは、『”私たち”へのステップ』という感じで、「あんた」「てめぇ」「あいつ」という”それぞれ”の状態から、「私たち」という関係に変化していくためのステップ、というような思いを込めてみました。
何だかわかりづらい説明かもしれませんが、伝わるでしょうか……。

また、あまりいちゃいちゃデートにならなかったようにも思うのですが、イメージと違っていたら申し訳ありません。
今回のノベルが、お二人の大切な思い出になれば嬉しいです。

今回もオファーをいただき、改めてありがとうございました!
またご縁がありましたら、どうぞ宜しくお願いします。
公開日時2012-08-04(土) 06:20

 

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