■1.選手入場 『抜けるような青空! 心地いい秋風! おおっとチェンバーなんだから季節は自由自在とか言うなよ! ってなわけで、この日がやってきたぁ!』 軽快な口調で長机の上、背丈15cmくらいのウサギが二足歩行にマイクを握り意気揚々と喋っていた。 『第一回銭湯青海大運動会っ!! さあ、入場してきたのは紅組一番手、5フッ…「体重は必要ない!」(ガチャガチャピーッ)…この運動会の台風の目となるのか、戦う赤ジャージ! 日和坂綾!』 途中、おかしな声が割り込んだウサギの紹介に、銭湯青海の中庭に作られたトラック1周400mはある特設コロシアム――ちなみに何故そんな広い中庭があるのかといえば、ここがチェンバーだから――の、その紅く彩色された入場ゲートに綾が颯爽と現れた。動きやすい赤ジャージに短パンと、紅組を表す赤いはちまき。まるで観衆に応えるように握り合わせた両手を掲げ満面の笑顔だ。 実際にあるわけではない投影された観客席の立体ホログラムがどよよとざわめき綾に歓声を送る。 ウサギは更に続けた。 『その後に続くは、ただいま大絶賛っていうかほぼ万年…っ…ごふっ(ザザザー)…彼女募集中、虎部隆!!』 いろいろ変わる声色と殴られたような雑音。どうやらウサギが喋っているわけではないらしい。背中に縫い目があるからぬいぐるみのようではあったが。 綾の後から紅のゲートをくぐった隆が、やあやあとばかりに観客席に両手を振った。 「ふっふ、全世界群の女子よ俺の勇姿を見てろよ!」 彼の意気込みが彼の口からこぼれ落ちる。しかし残念なことにホログラムの観客たちは次の出場者に目を奪われ、彼をチラとも見ていなかった。どうでもいいが、よく出来たホログラムだ。 『愛らしいその姿とは裏腹に繰り出すパンチは一級品!! 紅組マスコット的ポジション! カンガルー、ルーク!!』 ルークが軽やかなジャンプで観衆の目を引くように入場してくると、おおーとどよめき、可愛いーなどと黄色い歓声があがった。隆がチッと羨ましげな舌打ちをする。 『続くはこの大運動会の出場者の中では最年長…(ガガガッ…ザザー…)ただのオカマなバンパイアー、ラミール・フランクール!!』 「永遠の20歳なんだから」 ラミールはウサギにイケナイ子とばかりに人を射殺せそうな視線を投げて、紫外線よけの日傘をさしながら鷹揚に綾、隆、ルークの後に続いた。時折、傘を傾げて観客を見上げている。可愛い子に投げキッスは忘れない。そのたびに観客席にどよめきが起こった。 『最後は紅組紅一点…げふごふがはっ…(ザザザ…暫くおまちくださいのテロップ)…3人目の女の子、本当に燃えちゃう女子高生 藤枝竜!!』 竜が紅い入場ゲートをくぐると、観客から可愛いという声が飛んだ。少しはにかみつつも竜は観客に応えるように手を振りつつ綾たち4人と共にフィールドを一周する。 『さぁてお次は白組だぁ! 白き入場口に現れた元陸上部、自称体育会系少女の意地を見せられるか! 一一一!!』 軽く屈伸などし、両手首をまわしながら一がゆっくり白いゲートをくぐった。白にピンクのラインの入ったジャージ姿の彼女がまっすぐ見据えた先は、歓声あげる観客席ではなく入場行進を終え中央に立つ紅組の面々であったか。 綾と目が合う。早くも火花が飛び散った。 『黙っていれば二枚目なのに、ちょっとザンネン…「ザンネン言うな!」…(ガガガッ)…退屈は人を腐らせる、腐ってたまるか、桐島怜生!!』 怜生は爽やかな笑顔で観客に応えた。黙っていれば二枚目。幸い客席まで彼の声が届くことはない。それ以前に観客そのものが、雰囲気を出すためだけのフェイクなのだが。あがる黄色い歓声に中央にいた隆が鋭い視線を放った。 怜生の視線と交錯する。ここにも何やら火花が。 『スポーツの秋より芸術の秋。だけど体力付けたい微妙なお年頃。諸事情により最年長に昇格した三十路の意地を見せられるか、ヘタレ画家トリシマ・カラス!!』 ヘタレは余計だろ、と内心でつっこみつつ全否定できない自覚もなくもないカラスは白い入場口をくぐった。紹介を受け、改めて出場者の殆どが十代であるという事実に気づき、その若さに圧倒される。取りあえず楽しめたらいいな、と若干弱気で怜生の後に続いた。 『この殺伐とした戦場にうっかり迷い込んでしまった子羊か、しかし意外な力を発揮してくれるに違いない、物静かなナイチンゲール、青海棗!!』 白い入場口に体操服にブルマーという壱番世界の典型的な装いで右腕に【救護係】の腕章を付けた棗が現れた。かわいいーと声あがる観客席に応えるでも、やっぱりかわいいわねぇーと一人悦に入っている紅組のオカマを見やるでもなく、棗は前を歩く3人に続いて黙々と決められたトラックを歩くだけだった。 『最後は白組リーダー、もちろんこの人! 勝つために大運動会を企画したといっても過言ではなし、スポーツ大好き銭湯青海の看板娘、青海要!!』 棗と同じくブルマ体操着で要が入場する。双子だが、棗とは対照的にこちらは観客席に笑顔で応えながらトラックを回った。 『さぁ、これより壇上にあがった主催者の開会挨拶があるようで…おおっと?』 実況を続けるラビットの背後で尺があるんだから、とかそんなような声が聞こえてくる。 『3秒という超スピードで終わらせ、選手宣誓に移る模様ようです』 フィールド中央に置かれた壇上に代表二人があがった。 「「宣誓! 我々はロストナンバーシップに則り、正々堂々戦うことを誓います! 紅組代表虎部隆、白組代表青海要」」 二つの声が唱和し、拍手と歓声。 準備体操を終え選手たちが退場する。 かくて第一回銭湯青海大運動会が開幕したのである。 ■2.玉入れの敵は本能寺 永世中立と書かれたテントの下のアナウンス席に棗が腰を下ろすと、当たり前のようにラミールが隣に腰を落ち着けた。 「……」 棗の無言の抗議に全く気づいた風もなくラミールはにこにこしながら「壱番世界の体操着って素晴らしいわね」などと浮かれている。棗はラミールのセクハラを無視することに決めてマイクをとった。 「玉入れの競技に参加する選手は入場門に来てください」 実際に喋っているのは棗だが、声はウサギから飛び出す。淡々とした彼女のアナウンスはウサギを通しても淡々としたままで、入場時のウサギのハイテンションぶりとのギャップに面食らわなくもない。 場内アナウンスに選手が入場口へと集まってくる。玉入れに参加するのは各組3名。紅組からは隆とルークと竜、白組からは怜生とカラスと要が参加だ。 どうやら相手チームの籠を背負うのは紅組が隆、白組が怜生らしい。 この玉入れは棒の上にある籠に玉を入れ合うのではなく、敵チームが背負う籠に入れ合うのだ。勿論3人全員が玉を入れにいってもいいのだが、大抵は籠を背負いフィールド内をひたすら走って逃げ回るキーパーと、籠を追いかけ回して玉を入れるシューターと、相手の邪魔をしたり玉を入れたり変速的に動き回るバッカーに分担されることが多い。 「1個入れてくれりゃ、俺たちの勝ちだ」 怜生がカラスの肩に肘を置いて耳打ちした。白組のシューターはカラスである。キーパーである怜生は1つも相手チームに入れさせる気はないらしい。カラスは最初に持つことのできる2個の玉を握りしめて頷き、相手チームを見やった。 籠を背負った隆が屈伸運動をしている。すばしっこそうだ。最初に玉を持っているところからルークがシューターなのだろう、ということは消去法で自分を邪魔しにくるのは今大会最年少の女の子――藤枝竜。 女の子という事実にカラスは心なしかたじろいだ。 そんなカラスの背中をバシンと叩く手。 「大丈夫よっ! 私がサポートするから」 サムズアップして力強く言う要にカラスは硬直しつつも「うん」と笑顔を取り繕った。彼女は彼女に任せよう。 一方。 「ふっふっ、俺は必勝法に気づいた!」 隆は口角をあげ、悪巧みを思いついた越後屋みたいな顔をして二人を呼び寄せると円陣を組んだ。 「必勝法?」 ルークが首を傾げる。 「そうだ。どうせ、籠は動き回って入れるのは至難だからな。下手に狙いを定めず、キーパーに玉をぶつけるくらいでいい」 「キーパーにぶつける…」 ルークは考えるように眉をひそめた。確かに動き回ってる籠を狙うには限度がある。結果としてキーパーにぶつけてしまうことも出てくるだろう。ぶつけないようにと気を遣えばそれだけ手数が減るのだ。だが。 「竜もどんどん玉をぶつけろよ」 隆がサムズアップした。竜はその意図するところがわからないまま強く頷く。 「はいっ!」 まるで隆は玉を入れるのではなく、ぶつける方に注力せよと言ってるようだ。 事実隆は思っていた。怜生に当たればいい。いっそ頭に当たれ。いや顔に当たれ。別の恨みがこもっているようにさえ見えた。冗談だけど、とまったく冗談に聞こえないようなセルフつっこみを内心で入れている。 いいのか、それで。若干疑問を抱きつつ、ルークは結局頷いた。 「選手、入場です」 棗の進行で選手たちが再びフィールド中央へと集う。 アナウンス席の棗がマイクの横に備え付けられたパネルを押すと、そこに玉入れ用フィールドが出現する。まばらに散らばった玉だけでなく、小山や池や川などまで出現した。 白組応援席では10人もの一がチアガールのコスプレで彼らを応援。 「ゴーゴーレッツゴー、レッツゴー白組!」 紅組応援席では綾たちが長ランの裾をなびかせている。1人の綾が太鼓を叩くそのリズムに合わせて残りの綾が拳を突き出し。 「フレーフレーあーかーぐーみー! フレフレ紅組! フレフレ紅組!」 『応援席がどんどんヒートアップしてきましたねぇ』 誰に対してしているのか実況を始めるラビットに棗が頷いた。 「あたしにも押させてくれる?」 楽しそうにラミールが横から顔をだしパネルに手を伸ばす。わざとらしく棗へのボディタッチを試みるラミールに棗がさりげなく身を退いた。 ラミールの細く長い指がパネルをにタッチ。刹那、玉入れ開始の空砲に「天国と地獄」が流れ出す。 それを合図に隆と怜生が走り出した。 隆を追いかけようとカラスが彼の動きを注視。まともに追いかけたら持久力のないカラスはすぐにガス欠になるだろう。ここはフィールドを生かして川縁に追い込む。 一方、怜生はルークの動きを牽制するように、間合いをはかる。ルークがその脚力を生かして飛んだ。高い位置から籠を狙うルークに怜生は玉を避けることだけに意識を集中。風を切って走る玉を紙一重でかわすが、大きくジャンプするルークにばかり目を奪われ、足下がおろそかに。一歩横に移動した先に玉。 「のわっ!?」 足を掬われバランスを崩す怜生。尻餅ついたところに第2撃。そこへ。 「とりゃぁー!!」 威勢良くつっこんでくる影。 「ふっ…この籠には一つも玉を入れさせないんだから」 ルークの投げた玉を右手に要が言った。 怜生がホッと息を吐く。それもつかの間、竜が彼らの死角から静かに匍匐前進で近づいていた。 尻餅ついている怜生の籠にそっと玉を投げ入れる。 玉は籠の上でバウンドして地面に落ちた。 気づいたように怜生が振り返る。 「おおっと、やべぇ」 慌てて起きあがり身構え、今度は同じ轍を踏まぬよう、足下にも注意しながら竜とも間合いをとった。 「?」 竜は不思議そうに首を傾げていた。一体何が起こっているのか、竜は狐につままれたような顔で怜生を見返していた。 『今、確かに藤枝選手の玉が籠を捕らえたように見えたのですが』 ウサギが首を傾げつつ傍らを見た。 棗が無言を返すと、ラミールが横から割り込む。 「あれじゃない? 怜生ちゃんが籠に何か仕掛けてるのよ」 『なるほど』 ウサギはあっさり納得した。それを咎めるような雰囲気は微塵もない。むしろそれもありと言わんばかりだ。何といってもルールに「籠に細工は禁止」などという項目はないのである。ルールで明確に禁止されていることといえば、籠に入った玉を側転やバク転などで故意に出す行為のみである。勿論常識的に考えて、などと言う者もあるだろう、しかしここは多種多様な倫理感をもった生き物集う0世界。たとえば怜生の言葉を借りるなら「正々堂々と己の本能に従い戦いあらゆる手段を駆使する」のも普通に受容されるのだった(本当かよ)。 『一体どんな仕掛けがしてあるのか』 ウサギが再びフィールドに視線を馳せた。 そこではちょうど怜生が橋の上で牛若丸よろしく飛び跳ねているところだった。 「なんのこたーない、ただのラップだっつーの!」 怜生は口の中で舌打ち混じりに吐き捨てた。ラップ、それは壱番世界ではとてもポピュラーな台所用品の一つである。それを籠に張っておいたのだ。見た目は透明なのでわからない。しかし、素材が強くもないので、竜のような軽い玉はともかく、高い位置から投げ込んでくるルークの豪速球では簡単に破れてしまうだろう。このラップで最後まで乗り切るつもりだったが、こうなっては全力で逃げ回るしかない。 一方、隆とカラスである。 隆を川縁に追い込んだカラスがじりじりとその間合いをつめていた。隆は右に左にとフェイントをかけながらカラスをかわすタイミングをはかる。 右、左、右。それに合わせてカラスも玉を持つ手を右往左往させる。 左、右、左。はずせば、また玉を拾わなければならない。何としても手持ちの2つの内の1つは投げ込みたいカラスと。 右、左、右。それは重々承知の隆。逆に言えば、その2つを乗り切れば逃げきれる。 左、右、左。 「行っけ行けトリシマ!! おっせおせカラス!!」 一の声援。 だが綾はといえば、隆よりもルークの方に目がいっているのかルークコールが続いていた。まぁ、互いにシューターを応援するよな、などと隆が一瞬集中を途切れさせた時、白い玉が宙を舞っていた。それを右へと避ける。 避けた先にすでに2つ目の玉が飛んできていた。 ポスン。 白い玉が隆の籠の底に落ちる。 『入ったぁー!!』 ウサギの声がコロシアム中をかけ巡った。 「ちっ!」やられた、と隆の舌打ち。 「ナイッシュー、カラス!! ヒャッホー!!」と歓声あがる一応援団。 「何やってんのよ!! 隆!!」綾が気づいて叱咤する。 カラスは足下の玉を拾った。 「ナイスよトリシマ!!」と、要が駆けつける。 「隆さん!」慌てて竜がフォローに入るのに隆が怒鳴った。 「攻撃は最大の防御だ!!」 それにルークが再びジャンプし怜生を襲う。 「よくやった」と褒めたたえている場合でもなく、最初にカラスに1個入れればいいと言った手前、なんとしてもこのまま逃げきらねばならない怜生はジグザグに小山へと走りだした。 カラスが玉を拾いあげたのと、隆が川に飛び込んだのはほぼ同時だったか。 「ここまで来れるならきやがれ!」 半ばやけくそで隆はじゃぶじゃぶと川を進み池の中央へ向かう。 『玉を一つ入れられて、もしかして虎部選手はこのまま池の中央でタイムアップまで粘る気でしょうか』 「うーん…怜生ちゃんに玉が一つ入るまでじゃないかしら?」 棗の代わりにラミールが答える。 『それはどういうことでしょう?』と首を傾げるウサギ。 「カラスちゃんが池の中に入ってきたら終わりでしょ? 今はリードしているからカラスちゃんもそんな無茶をする必要がないけど、同点になったら背に腹は変えられないから」ラミールが、ね、とばかりに棗を振り返った。棗は無言でウサギを促す。 『なるほど、なるほど』 ウサギが再びフィールドの実況に戻った。 ルークがお腹のポッケに入れた玉を息もつかせず投げまくり、その玉を要が片端からキャッチするという凄まじい攻防が繰り広げられている。 「なんとしても入れろぉ!!」 綾の声援に負けじと一も声を張り上げる。 「ナイスセーブ!!」 怜生はルークを要に任せるように走り出した。それを竜が追いかける。キーパーにぶつけるつもりで、と隆が言ってたのは籠の細工に気づいてたのだろう、そう解釈した竜は力一杯怜生に向かって玉を投げつける。しかしその軌跡が直線であるほど回避されやすくもあった。 「残り時間1分を切りました。紅組、白組、頑張ってください」 永世中立を掲げた放送席で棗の台本通りのアナウンス。 と、怜生の行く手にいつの間に池を出たのか隆が現れた。カラスのいる対角線をキープしながら池を出てきたのだ。池の周りをぐるぐる走り回ったカラスは既に息があがっている。それでも玉を投げてくるカラスに隆の目配せ。竜が頷く。 「これ以上、入れさせません!」 カラスの前に仁王立つ竜。 そちらを竜に任せて隆は怜生の前に立ち塞がる。手には2つの玉。 「水も滴るいい男だろ」 隆の不敵な笑みに玲生はやれやれと息を吐く。 「確かにキーパーが玉を入れちゃいけないってルールもないな」 「そういうこと!」 言葉よりも早く隆は地面を蹴っていた。怜生は横に退きながら落ちている玉を拾う。退いた怜生の左腕を隆が左手でつかんだ。 「入れさせてもらう!」 怜生に対して無防備になる籠。だが隆はお構いなしに怜生の腕を掴んだまま彼の籠に手を伸ばした。 「バカかっ」 怜生もその間に隆の籠に2つの玉を入れる。 「肉を切らせて…骨を断つ、だ」 とにかく細工されている彼の籠をどうにかしなければならない。ラップを破いて玉を2つ押し込む。これで竜も玉を入れやすくなるだろう。 「ちっ」 怜生が隆の手を振りほどいて間合いをあけた。フィールド脇の電光掲示板に視線を馳せる。残り時間は30秒ない。現在、隆の籠には3つ。怜生の籠には2つ。 「いけ、竜!!」隆の声。 「はい!!」竜が玉を投げる。 「!?」そちらに気づいた要が振り返る。 籠に入れるという本来の目的を忘れ要に玉を投げまくっていたルークも振り返った。 カラスが最後の力を振り絞る。 要がキャッチした玉をルークの顔面に向けて投げつけた。 ルークが驚いたように空中でバランスを崩す。 竜が怜生に向かって玉を投げた。 避けようとした怜生を隆が羽交い締め。 「!?」 籠が無防備の隆にカラスが玉を投げ込む。 竜も怜生の籠に玉を投げ入れた。 そこへ。 「チェーストーッ!!」 要が怜生を助けようと隆に向かって渾身のフットファーストスライディング。 要の勢いに一瞬たじろぐ隆。 その隙に怜生が隆の拘束を振り切る。 要の右足が隆の両足を綺麗に刈り取った。 隆の体がふわりと宙に舞って顔面から前に倒れ込む。 「今の内よ!!」 倒れた隆に玉入れ放題、と言わんばかりの要だったが。 倒れた拍子に隆の籠から玉が全てこぼれ落ちた。 パン・パーン!! 『ここで終了の空砲ー!!』 「え? あれ?」 要が周囲をきょろきょろと見回している。フィールドは静まりかえっていた。それを破る声。 『最後はなんとオウンゴール的白組自滅だぁ!! 籠の中の玉の数を数える必要もないでしょう!! 紅組勝利ー!!』 「やったぁー!!」 ウサギの宣言に綾の歓声が静けさを破るとどっと場内が沸き上がった。 『今、虎部選手がうつ伏せのままルーク選手に引きずられ退場していきます。顔は大丈夫なんでしょうか。彼の勇姿に場内割れんばかりの拍手です!!』 ウサギの横で棗が立ち上がった。ラミールにその場を任せるようにして救急箱を手に退場門へ駆けていく。 フィールド上では、未だ状況を飲み込めない、或いは飲み込みたくない3人が呆然と佇んでいた。 「また、やっちゃった」 要は右手の拳をこつんと頭の上にのせて、ぺろりと舌を出した。 怜生はぼんやり思った。これはあれか。本能寺と書いて身内と読む的なあれか。 「てへっ」 と可愛く笑う要にカラスが力尽きた。 ■3.借り物競走は手近で 永世中立と書かれたテントの下はにわかに慌ただしくなった。失神している隆が運ばれてきたからだ。顔はこけた時のものか引きずられて増えたものか擦り傷と血と泥だらけだ。 その隣で、携帯用酸素吸入器を片手にカラスが座り込んでいた。自分は果たして最後まで立っていられるのだろうか、一抹の不安を抱えながら。 棗が隆の泥を綺麗に洗い流しテキパキと処置にかかる。しかしテントに顔を出した要を見つけて立ち上がると【救護係】の腕章をはずして要に差し出した。 「あたしがやるのぉ!?」 声をあげる要に棗が頷く。次は借り物競走。出場者は棗とラミールなのだ。 「わかった」 要は不承不承【救護係】の腕章を受け取った。そもそも隆がこうなった要因の一部には自分も含まれている。 棗とラミールが駆けていく。 アナウンス席にはルークが座った。カラスもラミールの座っていたパイプ椅子に腰をおろす。 ルークがマイク脇のパネルを覗き込み借り物競走と書かれたパネルにタッチすると、小山や川や橋は消え陸上競技場のようなステージが現れた。 ただ中央に長机が一つ。そこに上に丸い穴の開いた箱が置かれている。 ルークは台本に目を落とした。 「借り物競走の担当者は各自準備を行ってください?」 借り物競走出場者、ではなく、担当者。ルークは不思議そうにカラスを見たがカラスはさて、と肩を竦めただけだった。 その少し前。 「やりましたよ、綾さん!!」 竜が紅組応援席に駆けてきた。 「おめでとう!!」 竜を出迎えるように綾が腕を広げると、そこに竜が飛び込んでくる。がしっと二人は抱き合うと飛び跳ねて喜んだ。玉入れの勝利はもらったっぽいが勝ちは勝ち。 「やったやった!」 隆の心配など微塵もない。むしろ存在を忘れているようでもある。 そこへルークの場内アナウンス。 「あ、私、準備があるんだった。行ってくるね」 綾が言うのに竜が「はい」と笑みを返す。 「綾さんの分まで応援します!」 「うん! 私も応援してるから!」 綾は竜に長ランを託した。竜は長ランを羽織り、はちまきを締めなおす。鏡映写機のチャンネルを合わせてスイッチをオンにする。そこに10人の竜が現れた。 一方、白組応援席。 要が棗の代わりに救護係に入り、カラスももうダメだとアナウンス席に待避してしまった為、そこに戻ってきたのは怜生だけであった。 「ドンマイ!」 一がポンポンと元気づけるように怜生の肩を叩く。 「おう」 応えたものの、先行きがちょっと不安な怜生であった。 「じゃぁ、これ、お願いね」 一が怜生の手の上にそれを乗せる。 「へ?」 怜生は手の上のそれを見下ろした。 「私、次の準備があるから」 「次…の?」 「うん。じゃ、よろしく!」 言うが早いか一はさっさと駆けていく。 「えぇっと…それは、俺にこれをやれと?」 後に残された怜生が手の中のチアリーディングセットを見下ろしながら呟いた。ミニスカートに頭痛を覚える。 「要は?」 勿論要は隆の傷の手当てを精一杯頑張っているところだ。 『さぁ、入場口から借り物競走出場選手が入場して参りました!!』 ウサギの熱い実況に、棗とラミールがスタート位置へ。ルークがパネルを操作すると「位置について、用意」という声がスタート地点に備え付けられたスピーカーから流れた。 パーンという空砲と共に棗とラミールが駆けだす。スタート地点から50mのところに長机があり、箱の中の紙に書いてあるものを借りて更に50m先のゴールテープを切ればいい。 ほぼ同時に2人は長机に到着した。 楽しげにラミールが箱の中に手を伸ばす。 「紙じゃないものが入ってたりして」 などと、脅かすようなことを言ってみたが、棗は動じた風もなく箱に手を入れている。 残念そうな笑みをこぼしてラミールも紙を引いた。 「あら?」 内容を確認してラミールが困ったように首を傾げる。それからふと、棗がジッと自分を見上げているのに気づいて。 「何かしら?」 「……」 棗はしばらくラミールをじっと見つめていたが、やがておもむろにその腕を掴んだ。 「まぁ、棗ちゃんから掴んでくれるなんて珍しい!?」 いつもは自分からお触りしてシカトされ、ハグして存在をなかったことにされ、セクハラして生ゴミでも見るような視線を投げられ、お触りし…なのに、今は棗から自分に手を伸ばしてきたのだ。 ラミールは競技も忘れて舞い上がった。 「どうしたのナツメちゃん!」 ウキウキと今にも抱きつかん勢いである。というか既に抱きついていた。 いつもは無反応を誇示する棗だったが、今ばかりは、それを押しやってラミールの腕を掴んだままゴールに歩きだす。 『おや? 棗選手は何を借りたのでしょう?』 ウサギの声に勿論答えられる者はない。 棗はしがみつくラミールを半ば引きずるようにゴールテープを切った。判定マシンが棗の紙についたバーコードを読みとりラミールをスキャンする。 ほどなくOKのサイン。 空砲が鳴って棗ゴール。 ラミールはキョトンとしている。 『おお! 棗選手ゴールです! これで借り物競走は白組の勝利が確定しました!!』 何もかもが呆気ない幕切れに、場内もポカーンとしていた。何より、借り物競走の醍醐味とも言える、借り物を捜し求める過程が全くなかったのだ。 『えぇー、たった今、棗選手の借り物の情報が入って参りました。どうやら、棗選手の借り物は【おばけの人】だったようです!!』 ウサギの声に、誰もがラミールを見た。 棗もラミールを振り返った。 お化けの人。 「ナツメちゃんたらヒドい!! おばけの人なんて!」 ラミールがよよよと泣き崩れてみせる。勿論涙は出ていない。 何故だか、皆、納得した。 パンパーン!! と2つ連なる空砲が借り物競走の終了を告げる。尺がないのでラミールの借り物は省略されたのだ。 「ラミールさんったら、何やってるんですか!!」 と声を荒げながら、竜はふと、思い出した。そういえば綾は何の準備に行ったのだろう。 「よくやった!!」 と歓声をあげながら怜生も首を傾げていた。一は何をしているのか、と。 永世中立のアナウンス席でルークはそれを見つけた。観客席に紛れてポツンと佇むジャック・オ・ランタン――お化けの人。 かぼちゃのかぶりものの下で綾は腕に巻いたバンドを見下ろした。そこにオレンジ色のLEDが点っている。棗が引いた借り物の内容を表すLEDだ。だが棗は一向に自分を借りには来ない。 綾はぼそりと呟いた。 「トリック・オア・トリート」 お菓子をくれたら、一緒にゴールしてあげるという設定になっていたのだ。 ルークはふと誘われるようにジャック・オ・ランタンとは対角線にあたる観客席の方を見やった。 『しかし、ラミール選手が引いたのは何だったんでしょうねぇ?』 観客たちの疑問を代弁するように問いかけるウサギに、ルークが応えた。 「おれ、わかるような気がする…」 ルークの視線の先に、その答えはあった。観客席の中に紛れて佇むロストレンジャーレッド。 「助けてロストレンジャー!」と自分を呼ぶ声を、一は今か今かと待ち続けていた。 ルークは心の中で呟いた。 ――ドンマイ。 ■4.パン喰い競争は女の意地が 競技を終えたラミールと棗がテントに戻ってくると、要は意気揚々と【救護係】の腕章を棗に返して「よくやった!」と棗を労った。 ラミールはなんだか納得のいかない顔でアナウンス席を陣取る。追い出されたルークとカラスはすごすご、それぞれの応援席へ戻っていった。 「えぇっとー、次の競技は~?」 ラミールは台本をのぞき込む。 「パン喰い競争に参加の選手は入場門にお集まりください、ね」 台本を読み上げながらラミールはマイクのそばのパネルに手を伸ばした。パン喰い競争と書かれたパネルをタッチ。フィールドは一転、傾斜50度はありそうな長さ5mの急斜面の頂上にパンが吊り下がる。その先は絶壁になっており、ターザンよろしく5mほどの高さを飛び降りて20mをダッシュしゴールするといったコースが出現。 『さぁ! 選手の入場です! 白組からは一一選手、紅組からは日和坂選手です! そしてサポーターは…』 パン喰い競争のサポーターとは、急斜面を上るのを手伝う人間のことである。 白組のサポーターは怜生、紅組のサポーターは当初隆の予定だったが、隆は今意識を取り戻し救護コーナーで打ちひしがれている真っ最中。要に顔いっぱいに赤チンを塗られ、水で流したくらいではなかなか落ちず、とても人様にお見せできる顔ではなくなってしまっていた。 『紅組のサポーターはルーク選手です!』 ウサギの紹介に坂の上に立ったルークは歓声に応えるように両手を掲げている。負けじと怜生も手を振った。 スタート地点に綾と一。 ピーンと張られた糸が今にも切れそうで呼吸することさえはばかられそうな空気が2人の間に横たわる。 綾はジャック・オ・ランタンだった。 一はロストレンジャーレッドだった。 どちらも、漸くここに立ったという顔だ。玉入れでは応援する事しかできず、借り物競走では忘れられ、不完全燃焼気味の2人なのである。 隆が、精神的にはともかく肉体的には復活したので棗がアナウンス席に戻ってくると、ラミールはその席をあっさり棗に明け渡した。棗がパネルを操作する。 スタート地点のスピーカーから流れる音声。位置について…用意…パーン!! それを合図に2人が走り出した。 ほぼ互角で斜面に突入。サポーターが2人を助けるためにそれぞれに縄を下ろす。綾はさっそく縄をとって登ろうとしたが、一は走ってきた勢いのまま斜面を駆けあがろうとした。 右足が滑る前に左足、左足が滑る前に右足と一の足がどんどん加速していく。 「うりゃぁぁぁ!!」 その気迫に綾は目を剥いた。このままでは確実に縄を使って登る自分の方が負けると感じた綾は自らも縄を手離す。 「綾さん!?」 どう考えても縄を使って堅実に登った方がいいのでは、と思わないでもない竜が驚きの声をあげたが、勿論綾にまで聞こえるはずもなく。 「いっけぇぇ~!!」 救護コーナーから白組応援席に戻った要がチアリーディングで一を応援した。 綾が後ろに下がって、勢いをつけ斜面を一気に駆けあがろうとする。同様に一も膝をつき坂を下りると後方へ下がって再び助走をつけ登り直した。 「いや、だから、おまえら、縄使えよ」 怜生が呆れたように突っ込んだが、2人の耳には全く届かない。 「とりゃぁぁぁ!!」 「ほりゃぁぁぁ!!」 2人の足はどんどん速くなっていった。 『どうして彼女たちはロープを使わないのか!?』 もしかして、借り物競走で全く立場のなかった2人のささやかな復讐なのか。 「もう、意地になってるのかもね」 ラミールがやれやれと肩をすくめる。 こうなったら自分の力で登ってやる。そして0世界でも有数のパン工房が作った絶品あんパンを勝ち取るのだ。ちゃんと2つ用意されているけど。 そんな気迫が辺りを包み込み、最初はロープを使えよと思っていた人々も、いつの間にか2人を応援していた。 「そこだ、いけ!!」 「ああ、惜しい…」 「もうちょっと、もうちょっと」 救護コーナーで打ちひしがれるだけだった隆も、漸く適当なマスクを見つけて紅組応援席に駆けつけてきた。 「いっけぇ! ロストレンジャー!!」 隆は残念ながら、どちらが誰なのか知らなかった。それほどまでに彼の精神的ダメージは大きかったのだ。 「負っけませんよー!! ロストレンジャーハイパーミラクルジャーンプ!!」 隆の声に一は斜面を蹴り一気に頂上まで跳躍した。 「隆さん!! 綾さんはカボチャですよ!!」 慌てて竜が訂正する。 「なに? そうか…悪い綾! カボチャもガンバレ!」 おざなりな隆の応援に綾がぶち切れる。 「ふっざけるな! そこで首洗って待ってろぉ!!」 綾が怒りにまかせて斜面を駆けあがった。 頂上に先に達した一の後を追う綾。 邪魔をするように揺らされるパンに2人はしばしジャンプを繰り返す。パンを先に捕らえたのはどちらが先か。 誰もが手に汗握っている。 2人は縄をつかんで絶壁を降り立った。 ゴールへ向かって走り出す。 フィニッシュ。 『おおっと! ほぼ同時だ!! どちらが勝ったのか、写真判定に持ち込まれるようです!!』 ウサギの声。電光掲示板には【審】の文字。誰もが固唾をのんでその結果を待つ。 やがて1位の欄に一一一。2位の欄に日和坂綾。その横に【ムネ】。 『出ました! 1位は一一選手ー!! 差は胸です!!』 ウサギの声に観衆が沸き上がった。 一が両手を挙げて喜びを表現する。 綾は電光掲示板の【ムネ】の文字を見上げながら、呆然としていた。 『おぉっとここで、映像データが入ってきましたので、さっそく見てみましょう』 コロシアムの大型スクリーンに、一と綾のフィニッシュの瞬間がスーパースローで映し出される。 『なるほど、ここで一一選手が前傾姿勢になるわけですね。綺麗な前傾姿勢によるゴール。日和坂選手も前傾姿勢でフィニッシュを決めようとしてたが、ここは元陸上部に一日の長があった!』 「よっしゃ、2勝目!」 怜生が意気揚々と一を称えた。 ルークは結局綾にかける言葉を見つけられなかった。 「大丈夫ですよ、綾さん。これからです!」 退場してきた綾に竜が声をかけたが綾は「うん」と力なく応えて応援席の片隅で膝を抱えた。 「まぁまぁ、胸の大きさで負けたわけじゃねぇんだから」 元気づけるように言った隆に綾が何事か思い出して立ち上がる。 「だいたい、隆が間違えたのがいけないんだぁー!!」 首を絞めん勢いの綾を、しかし誰も止めることは出来なかった。 それは、たぶん、そうだからだ。 ■5.ここからはダイジェスト 尺がないんだよ尺が!! というディレクターの巻きが入る。 パン喰い競争の次は選手全員による棒倒しだ。棒を守るのは紅組がルークとラミール、白組が怜生とカラスであった。高さ3mの棒の上についているフラッグを取った方が勝利。となれば、ジャンプに自信のあるルークが旗を取りにいく方が俄然有利であったのだが、それじゃぁ面白くない、と却下された。 そんなわけでこの棒倒し、一番張り切っていたのは紅組の燃える赤ジャージこと綾である。つまりココが運命のバトルフィールド、と目をギラギラさせつつ敵棒を支える男どもを見据えていた。相手が男であれば手加減の必要もない。正々堂々乱闘出来るのである。先ほどのリベンジもあった。次こそ勝利を我が手に。 開始の合図。綾は思いっきりよく飛び出すと「たぁぁぁ!!」とかけ声よろしくカラスに向けて有無も言わせぬ右ストレートを繰り出した。勿論フェイクだが、男だし少しくらい当たっても大丈夫よね、と思っている。 半ば硬直していたカラスが反射的に棒を手放すと「ありがとう」と笑みを返して棒に軽やかな2段蹴り。綾の先制を怜生がぎりぎりで踏みとどまれたのは、綾を見て戻ってきた棗のおかげだろう。小柄ながら力はある。カラスも再び棒を掴むと、速攻が失敗して綾は体勢を立て直すように退いた。そこへ竜と隆が駆けつける。 竜は棗へ隆はカラスへと回り込んだので、綾は怜生に向かっていく。 「おいおい、殴るのはなしな」怜生が頬をひきつらせつつ呟いた。 一方、紅組の棒。倒そうとばかりに突っ込んだ要は、ここぞとばかりセクハラ体勢のラミールの執拗なディフェンスに合い、棒に触れることもままならないでいた。一がルークの尾から背を踏み台にジャンプして棒にしがみつこうとする。 「痛~っ!!」 尾を踏まれ悲鳴をあげながら暴れたルークにルークの背を蹴った一が棒を掴み損ねてバランスを崩す。それに気づいた要がラミールを振り切りにかかった。一は天性の運動神経をフルに発揮して綺麗なバク転で着地する。その時には要が後に続いてルークの背を蹴っていた。 棒にしがみついて登ろうとする要を振り落とそうとルークが棒を揺する。要は落ちるまいと棒にしがみつく。それを引きずりおろそうと手を伸ばすラミール。更にそれを邪魔する一。 と、白組の棒では紅組3人がやぐらを組み始めていた。棒を登れないなら上から取りにいけばいいという発想らしい。一番下に隆、その肩の上に綾が立ち、その上に竜が立つ。 「行きますよー!!」 竜が間合いを測りながら棒のてっぺんに飛びつくタイミングを伺っている。そこへ。 「させるかぁ!!」 その声は、白組の棒を支える3人のものではなかった。 「へ?」と隆が振り返る。 「とぅっ!!」と一が隆にタックルをしかけた。 「なにぃ!?」 「え?」 「キャーッ!!」 土台の隆がバランスを崩して倒れるとどうなるのか。倒れた先には白組の棒。 「ぎゃっ!」 「こっちに倒れてくんな!」 「ぐぇっ!!」隆の下敷きになって圧死寸前のカラスの短い断末魔。 倒れながらも手を伸ばし旗を取りにいった竜が地面に転がりながらも旗を掲げて見せる。 「やりましたぁー!!」 パンパーンと終了を告げる空砲。電光掲示板には紅組勝利の文字。客席からは大歓声。隆を下敷きにしていた一は起きあがると「えへっ」と舌を出して可愛らしく笑った。 またもや白組が自滅に近い形で勝利を逃した棒倒しの次は、これまた全員参加によるハイ!ジャンプ!。ちなみに高飛びのことではない。長いロープをみんなでせーのハイ!とジャンプして飛び越える、いわゆる大縄跳びの事である。一発勝負で、何回飛べるかを競うものだ。 プログラムを見てハイジャンと思いこんでいたルークの落胆ぶりはともかくとして、ハイ!ジャンプ!。ルークは高さと滞空時間のタイミングがうまくつかめず、体に縄をひっかける形で4回という呆気ない結末を迎えてしまった。 一方白組。飛んだ回数×10点がもらえ、うまくすれば大きくリード出来るチャンスであったが、玉入れの時点で既に体力的限界を感じていたカラスが棒倒しで圧死しかけたことも手伝って6回で力尽きた。 そんなこんなで、午前の部最後のプログラム、全員参加の騎馬戦へと突入したのである。 勿論騎馬というからには馬に乗る。しかし、それでははちまきを取るのに手が届かないため、高枝切りバサミのように伸縮自在のマジックハンドが用意された。 それぞれ思い思いの長さのマジックハンドを手に10騎がゲートに入る。ところで10人の内、殆どが乗馬は未経験だった。 スタートの合図にゲートが開き各馬一斉にスタートしたところまでは良かったが、騎乗している者の思惑とは明後日の方に馬が走り出す。 「うわぁぁぁ!!」 馬に乗ったカンガルー…もとい、ルークは暴れる馬に手綱を握る手もおぼつかず、程なくして落馬した。 次に自らの馬上から消えたのは意外にもラミールであった。しかし彼の場合、乗馬が初心者でというわけではなかった。ただ、うまく馬が扱えず暴走してしまった棗の馬を止めるため、彼女の馬に飛び移ったのだ。手綱を引いて馬を宥めてやりながら「大丈夫?」と棗を気遣う。この瞬間2人は失格になった。 次に馬から振り落とされたのは、既に精も根も尽き果てていたカラスであった。 かくてフィールドには6人が残った。 彼らは10分ほどを使って若さと運動神経とノリと勢いと根性のどれかで馬を乗りこなした。 一が隆を追う。その隙をつくように竜が一のはちまきを奪った。「サンキュ」と隆が竜にサムズアップ。「後ろです!」という竜の声が届いたときには、怜生が隆のはちまきを取った後だった。「なにっ!」と悔しそうに馬から下りる隆に竜が「取り返します!」と怜生を追いかける。そこへ要のマジックハンドが伸びてきたが、怜生も綾の餌食になった。 そしてフィールドには2騎だけが残った。対峙する要と綾。もはや他の騎馬を気にする必要もない。 2人の間を一陣の風が吹き抜ける。 互いに得物を握りしめた。 馬腹を蹴ったのはどちらが先か。 交錯する2騎。 頭上を狙って走る綾の得物を要のそれが弾いて綾を襲う。それを綾が受け止め流した。 刹那の逢瀬に離れる2騎。 「ふぅ~っ」と互いに息を吐く。 更なる邂逅。十合、二十合と得物が出会い、別れる。その凄まじいやりとりに観客も他の選手も息を飲み静かに見守っていた。 互いの力がぶつかり合う鍔競り合い。 但し握っているのは互いにマジックハンドである。 再び両者は離れた。どちらも呼吸を整えるように駒をゆっくり返す。息詰まる攻防。だが、それも終わりが近づいていた。 両者まるで居合いの構え。これで決めるつもりか。 砂塵舞うグランドを馬が駆け抜けた。一閃されるマジックハンドの先に、はちまきを見つける。 「やったぁ!!」 と声をあげた声が異口同音であったことに両者は背後を振り返った。 「えぇぇぇ!?」 騎馬戦が終わりランチタイム。紅組は竜が用意したエキベンバーガーに舌鼓を打ち、白組は要と棗が用意した銭湯(戦闘)弁当に舌鼓を打った。 ランチタイムの後、応援合戦などで盛り上がり、昼の部最初の種目は、綾・ラミール・ルークvs要・一・カラスによるムカデ競争が行われた。リーチの違いが仇となり白組勝利でこちらが幕を閉じると、続く大玉(に入って)転がしでは、最初は隆が玲生に差をつけられたものの、炎の女子高生竜が巻き返し、棗を下して勝利をもぎ取った。 こうして340-260、紅組リードで運動会は最後のプログラムを迎えたのである。 ■6.最後の種目は 『さぁ、銭湯青海の中庭で開催されましたこの大運動会も、残すところ後1つ! なんとこの競技に勝ったチームには1000点が入ります!!』 うさぎの実況にグランド中央で屈伸などしていた隆が1000点をオウム返して永世中立のテントを見やった。 「ふっ。まぁ、お約束ってやつだな」 隣で玲生が勝ち誇ったような顔をしている。 それに隆は不敵の笑みを返してグランドをゆっくり見渡した。 「つまり、勝てばいいってことだよな」 『最後の競技は全員参加による障害物リレー!! その第1走者は――』 コロシアム中央に設置された大型スクリーンに第1走者のラミールと棗が映し出された。歓声に答えるラミールと、無表情に前を見据えている棗がなんとも対照的だ。 『第2走者は――』 今度はルークとカラスが映し出された。互いにハイ!ジャンプ!の汚名返上すべく気合いの入った眼差しだ。 『第3走者は――』 騎馬戦の雪辱を晴らしたい竜と要が互いを牽制し合っている姿が映し出された。 『第4走者は――』 パン食い競争の借りを返したい綾と、それを迎え打つ形の一が静かににらみ合っている。 『そしてアンカーは――』 ナイスガイの称号を勝ち取りたい隆と、またも正々堂々何かを企んでる風の怜生が最後に映し出された。 『さぁ、今、決戦の火蓋が切って落とされます!』 うさぎの声に合わせたのか、うさぎがタイミングを合わせただけなのか、スタートの空砲が鳴った。 『第1走者の前に立ちはだかるのは銭湯青海が誇る足湯です』 ラミールと棗は靴と靴下を脱ぎじゃぶじゃぶと足湯に突入する。別段熱湯というわけでもない。しかし、膝下くらいの深さの湯でピタリとラミールの足が止まった。 「○×△♂◇◎♀●!?」 悲鳴にならない声をあげて悶絶しかけるラミールの横をスタスタと棗が通り過ぎていく。 他の面々が頭の上に疑問符を3つほど浮かべていると、実況うさぎが教えてくれた。 『この足湯は石畳になっており、足つぼをほどよく刺激! 人種に関係なく普段不摂生を働いている者に鉄槌を下す地獄の足つぼ湯だぁ!!』 特に不摂生を働いていなかった棗は難なく抜けていく。しかし、日頃から不摂生を働いていたらしいラミールは完全に足が止まってしまっていた。 『おおっと、速い、速い、棗選手! あっという間に地獄の足つぼ湯を抜けて、今、第2走者のカラス選手にタスキが渡りましたぁ! ラミール選手はようやく半ばといったところでしょうか』 未だ苦悶の形相で這うように進んでいるラミールに、他の面々は内心で思った。 ――第1走者じゃなくてよかった。 『カラス選手の前に立ちはだかるのは銭湯青海の源泉の湯。ここは60℃近い湯が沸いているため、直接入ることは出来ません! そこを浮き石を伝って抜けます!』 うさぎの説明を聞いているでもなくカラスはそこで足を止めた。湯煙に紛れてぽつんぽつんと1m間隔の浮き石が見える。浮き石というくらいなのだから、固定されているわけではないのだろう。それを8つほど進めば向こう岸だ。 後方を振り返ると未だラミールは足つぼ湯の出口にも到着していなかった。一つ深呼吸してカラスは1つ目の浮き石に挑んだ。直径40cmほどの石がぐらぐらと揺れる。バランスを取るようにカラスは両腕を伸ばして踏ん張った。落ちたら熱湯だ。なんとか踏みとどまって無意識に息を飲む。ゆっくり距離を測ってカラスは2つ目に挑んだ。 「うわっ!?」 『おおーっと、これはカラス選手!! 落ちるか!? 熱湯に落ちてしまうのかー!? …っと、なんとかこれは踏み留まりました。カラス選手、後残る浮き石は6つです』 カラスはほーっと息を吐く。そうして気になる後方を振り返った。 『ようやくラミール選手が足つぼ湯からあがりました。そして…今、ルーク選手に、タスキが…』 カラスは慌てて向き直ると3つ目へと移動を開始する。 ルークはラミールからタスキを受け取ると敢然と走り出した。 カンガルーの跳躍は時速70kmを弾き出す。しかし源泉の湯の縁で一旦足が止まってしまった。泳ぎにはあまり自信のないルークなのだ。しかも熱湯。深さはどれくらいなのだろう、足は届くのだろうか。 しかし、落ちなければいいのだ。そう思い直してルークは少し後退すると助走をつけて飛んだ。軽やかなリズムで浮き石を駆けていく。それに慌てたのはカラスだろうか。肉薄してくるルークに、最初の丁寧さは欠片もなく、浮き石を一気に駆け抜けようと試みる。 「!?」 『おおーっと、これはトリシマ選手! 最後の一つで滑ったかぁ!?』 蹴った足が滑り、体が前に進まない。このままでは熱湯に落ちる。反射的にというよりは本能的にカラスは無我夢中でそれを掴んでいた。それが何かまでは考えなかった。 『トリシマ選手、ルーク選手の足にしがみついた!! そのままルーク選手と共に源泉の湯を抜ける!!』 最後の一つというのが幸いしたのだろうカラスは半ばルークに引きずられるようにしてなんとか熱湯地獄から救われた。 だが、ここがゴールなわけではない。引きずられ、地面に這っていたカラスは最後の力を振り絞る。カラスを引きずることになったルークもラストスパートをかける。 かくて棗のリードはあっさり消化され、タスキはほぼ同時に第3走者へ渡ったのだった。 『第3走者の前に立ちはだかるのは網! しかしただ網を潜るわけでは勿論ない! タイル張りの床には銭湯青海特製シャンプーが塗られている!!』 つるつるすべすべ、泡立ちたっぷりの床に四つん這いで網の中へ進入した竜と要は、滑ってなかなか思うように進めない。 「ひゃぁー!」 要が、四つん這いを諦めたのか、単に転んだだけなのかうつ伏せで滑った。思った方に進まなくて、そのまま竜を巻き込みコースの端まで滑ってようやく止まる。 「何をするんですかっ!」 今度は竜がコースの端を蹴って要を押した。 「ふおっ!」 しかし要が負けじと竜にしがみついたので、2人は揉み合うように、或いは抱き合うようにして反対側まで滑る。 「負けません!!」 「こっちだって!!」 実は仰向けになって網を手繰りながら進むのが一番速いんじゃないか、と誰もが思わなくもなかったが、2人は押し合いへし合いで進み、結局2人で網を抜けることになった。 「綾さん!!」 「一!!」 2つのタスキが託される。 『さぁ、タスキは第4走者に渡りました! 2人の前に立ちはだかるのはエアージャグジーだー!! って、要するに竜巻のことでしたぁー!!』 強風が円形のジャグジー風呂をイメージしているのか時計回りに渦を巻くように吹いていた。風速20m/sを軽く越える風はビニールハウスも破壊するほどの威力だ。 その強風を越えた先に第5走者が待っている。 突入、立っていることも出来ずに膝を付く。とりあえず中心を目指して進もうとしたが、風の強さに右へ右へと流された。 「ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 自らに気合いを入れるような雄叫びが、風に煽られかき消されていく。 その時。 『おおっと! 一一選手! この強風の中立ちあがったぁ!!』 実況の声に綾が振り返ると一は風に押されるようにして猛スピードで走っていた。 「うにゃぁっ!?」 どうやら風にのって半周し、向こうへ抜けるという作戦らしい。 「たぁぁぁぁぁぁ!!」 ただ。 『これはどうしたことか!? 一一選手、振り出しに戻ってきたぁ!!』 一は風にのって走っている内に、どっちがどっちかわからなくなってしまい目を回してしまったのだ。 この隙に綾は堅実に先へと進む。パン食い競争ではついうっかり一にのせられ坂道を全力疾走してしまい胸などという屈辱的な差で敗北を喫してしまった綾だ。同じ過ちを犯してなるものか。 それが功を奏したのか。 結局、目を回した一が再び渦を巻く風の中を1周半して向こう側へたどり着いたときには、綾は隆にタスキを渡した後だった。 『さぁ、タスキはアンカーに渡りました! このアンカーたちの前に立ちはだかる最後の障害はぁ!! こちらです!!』 大型スクリーンいっぱいに映し出される最後の関門。いや、大型スクリーンを見なくてもそれは容易に窺い知れる。 『銭湯青海の展望露天風呂を縦に長く再現!! 展望の湯バンジージャンプ付きです』 そこには高く櫓の組まれた展望風呂がそびえ立っていた。高さ63.4m、20階建てのビルに相当するだろうか。螺旋状の階段には銭湯らしい休憩スポットが2カ所用意されている。 『今、虎部選手がその階段に足をかけます。一足遅れて桐島選手もやってきた!』 隆は怜生を一瞬振り返り、階段を上り始めた。2段飛ばしで軽快に上っていく。体力のある内に差を稼いでおきたい隆である。一方、追う側の怜生は隆との距離を測りながら体力温存のようだ。 『虎部選手が最初の休憩スポットにやってきましたが…ここはどうするんでしょう?』 勿論休憩せずに先へ進むという選択もある。だが、隆はそこに置かれていた透明な冷蔵庫を開いた。中には牛乳とコーヒー牛乳とフルーツ・オレの瓶が入っている。隆はフルーツ・オレを掴むと蓋を開け口を付けた。 何故だろう、こういう時、人は必ず腰に手をおいてしまう。 『虎部選手、一気にフルーツ・オレを飲み干しました。早いです! それから階段をあがってきた怜生選手に片手をあげたー!』 「よっ!」 余裕を見せて隆は瓶を空き瓶ケースに置くと再び階段を上り始める。怜生はといえば、せっかく隆に追いついたが冷蔵庫を開けてコーヒー牛乳を取り出していた。瓶は右手に、左手は腰に、ほぼ隆と同じスタイルでコーヒー牛乳を飲み干す。その間に隆とはまた最初と同じくらいの距離が開いてしまったが、別段気にした風もなく怜生も階段を登り始めた。 『2人とも軽快に階段を上っていたが、中盤にさしかかりさすがに少しペースダウンか、相変わらず2者の差は殆ど縮まっていない…虎部選手が今、2つ目の休憩スポットに入りました…っと、どうやらここでも虎部選手、一休みするようです』 2つ目の休憩スポットにあったのは、銭湯にはかかせないマッサージチェアだった。ここまで階段を駆けあがってきた疲れを癒すべく隆はマッサージチェアに腰をおろすと、クイック【全身】と書かれたボタンを押した。手揉みに近い心地よさが隆を至福の時に誘う。下の方から「ふざけんなー!!」とか「さっさと行けー!!」とか「何やってるんですかー!!」というような声が聞こえないでもなかったが、隆は無視することにした。 『このまま眠ってしまうつもりか虎部選手、ここで桐島選手が追いついたー!!』 これではまるでうさぎとカメ。しかし、そうはならなかった。怜生も隆の隣のマッサージチェアに腰掛けたからである。下の方からは「何やってんのよ!!」とか「いい加減にしろー!!」とか「それだけは俺と変わってくれー」といった声が届いていたが、怜生も御多分に漏れず聞かなかったことにした。ちなみに怜生が選択したのはクイック【足】である。 先に終了した隆が「んじゃ、お先に」と怜生に手を振って三度階段を上り始めると怜生はそれに「どうも」と返して見送った。 『さぁ、ようやくマッサージを終えた虎部選手が戦いの場に戻ってきました。怜生選手との差を引き離しておきたいところ!』 マッサージで鋭気を養った隆はまたもや2段飛ばしで軽快に駆けあがっていく。それを怜生はただぼんやりと見あげていたわけではない。 この展望露天風呂バンジージャンプ付きは、最後をバンジージャンプで降りるのだ。勿論展望露天風呂に置かれたチェッカーを手にすれば階段を駆け降りてもいいのだが、勝つにはバンジーに違いない。 そこに勝機を見出す。 「俺の計算なら、まぁ、これくらいは出遅れても大丈夫なはずだ」 そう嘯いて怜生は立ち上がった。クイック【足】の方が【全身】より短い。だがマッサージは足だけで十分だった。 『さぁ、距離にして2階分ほど遅れて桐島選手がスタート! ここで少し距離が縮まったかー!!』 実況に隆が足を速める。それを追う怜生。先を急ぎすぎた追われるプレッシャーにか隆のスタミナが切れ始める。 「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…」 荒い息を吐き出して隆は階段を上り続けた。 「はぁ…はぁ…はぁ…」 怜生もそれを追いかける。 やがて隆は展望露天風呂に到着した。そこに置かれたチェッカーを握りしめ、バンジーのセッティングをする。そこへ怜生も駆けつけ同様にチェッカーを取った。 『どうやら2人ともバンジージャンプで降りてくるようだぁ!! 落下地点では各チームが待機し、アンカーの生還を待っている!』 下を見て一瞬躊躇った後、隆が空に向かって飛んだ。 バンジーのセッティングを終えた怜生がそれを追うように後に続く。追う立場の怜生に逡巡はない。 自由落下する隆に、床を蹴りスピードにのった怜生が追いすがった。 『おおっと! なんとここで桐島選手追いつくのか!?』 だが、延びきったゴムが2人を引き戻すと、隆よりも怜生の方が高く上がる。 「あ…」 結局怜生は隆よりも1回余計にバウンドしてようやく地面に降り立った。 「何やってんのよ!!」 要の怒号に自分の迂闊さを呪いながら怜生はゴールに向かって走った。幸いバンジーのベルトを外すのに少し手間取った隆の背中はすぐ目の前だ。 『これは意外にもデッドヒートだぁ!!』 うさぎの実況も熱を帯びる。 「すべては予定通り」 怜生は再び嘯いた。 彼はゴール直前に小さな穴を掘っていた。落とし穴。それで転んだ隆の背中を踏み越えて、自分がゴールテープを切る。完璧な計画だった。 怜生は笑いがこみあげてきそうになるのを、必死でかみ殺して走る。 隆が落とし穴に近づいた。 その時だ。 隆が飛んだ。 まるでゴールに飛び込むかのように。 そこにホームベースでもあるかのように。 落とし穴を楽々と飛び越えて。 ヘッドスライディングでゴールテープを切る。 それに見とれてしまった怜生が自らの墓穴を踏んだ。 『虎部選手ゴール!! っと、ここで桐島選手転倒だぁ!!』 「やったぁぁぁ!!」 歓声と共に出迎える紅組一同が実況に振り返る。 「???」 ゴール直前で派手に転んでいる怜生をなんとも言えない顔で白組一同が見つめていた。 ――策士、策に溺死する。 かくて明暗は分かれた。 ■7.エンドロールです 『今、順に胴上げを済ませた紅組がトラックをゆっくり回りながら観客に手を振り凱旋だぁ!!』 相変わらずのうさぎの実況。大型スクリーンには喜びを露わにする紅組一同、そして対照的な白組一同が映し出されていた。 紅組の先頭を歩く綾が優勝旗を振りあげる。 燦然と輝くVICTORYの文字。 そして出演者の名前がテロップに流されると、綾は優勝旗を隆に渡してカメラに駆け寄ってきた。 「ちなみに、この運動会を盛り上げてくれた立体ホログラムの観客やウサギ型スピーカー、陰で支えるフライングチェッカーやゴールモニタ、大型スクリーンにフィールドセットなどなどは、レンタルショップZMAで借りられます!」 とびっきりのスマイルとサムズアップ。 そうして用は済んだとばかりにカメラから離れていく。 「なんですか、今の?」 不思議そうに首を傾げる竜に綾が答える。 「宣伝したらレンタル料タダにしてくれるって言ってたから」 『以上、ここ銭湯青海中庭からお届けしましたー!!』 画面にはハイライトシーンとスタッフロール。 それから【提供 レンタルショップZMA】の文字。 最後に【主催 銭湯青海】。 そして画面はブラックアウトした。 ■劇終■
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