クリエイター天音みゆ(weys1093)
管理番号1558-15524 オファー日2012-02-15(水) 00:01

オファーPC 一二 千志(chtc5161)ツーリスト 男 24歳 賞金稼ぎ/職業探偵

<ノベル>

 今でもはっきりと思い出せる。
 鉄と鉄が勢い良くぶつかり、ひしゃげる不快な轟音。
 むせ返るほどの血の匂いと、漏れだしたガソリンに引火した炎の匂い。
 こんなに暑いのに、かろうじて車内から助けだされた父と母の指の先は冷たい。
 事故に気づいて集まってきた野次馬達の声が遠い。
 もっと遠いのは、両親に必死に呼びかける自分の声。母が身を挺して自分を守ってくれたのだと知った。
 ああ、助けて。二人の息がどんどん弱くなっていく。声をかけても返事をしてくれなくなってきた。

 母のおかげもあって運良く擦り傷と打撲程度で済んだ。幼き一二 千志には、救急車のサイレンが救いの歌に聞こえる。

 しかし現実は、そう甘いものではなかった。


 *-*-*


「……し! 千志っ!!」
「っっ!?」
 耳元で大きな声を挙げられ、千志は飛び起きた。その拍子に天井へと頭をぶつけ、首をすくめる。
 長年使われてきた古臭い壊れかけの二段ベッドが、ほんの少し動いただけでギシギシと耳障りな音を立てた。
 二段ベッドの上段とはいえ天井の低いこの建物では、歳の割には背の高い千志はベッドの上で背筋を伸ばすことはできなかった。下段など言うまでもない。ベッドから足すら出てしまうのだが、それでも雑魚寝のチビ達よりはマシだった。
 贅沢など言っていられない。ここは孤児院。親をなくした子供達が沢山いるのだ。
「寝てた? それともまた、思い出してたの?」
「元(はじめ)……」
 壊れた梯子の代わりにと一緒に作った手作りの椅子に足をかけ、ベッドの上の千志を覗きこんで首をかしげる。
 千種元――千志と同い年の孤児であり、三年前にこの孤児院へとやってきた。
「ねえ、出かけようよ!」
 ぶっきらぼうな千志とは対照的に、明朗快活で人好きのする性格。彼は誰からも好かれ、すぐに院に溶け込んだ。
 最初、千志は彼の事など特に気に留めてはいなかった。必要がなければ関わらない、千志はそんなスタンスだった。
「……ああ」
 だが、そんな千志と元が仲良く付き合うようになったのは、元がただ近づいてきたからだけではない。
 二人が出かけたのは近所の河原。出かけるといっても何処かの店やゲーセンに入って使うような金はなかったし、二人ともそういう『時間』は求めていなかったから。
 夕日が傾き始めていて、遊んでいた子供達が次々と家路へつく。手を振り合う子供達は今日と変わらぬ明日が来ることを疑わず、家には暖かな『自分の帰る場所』が常にあると思っている。
 二人は黙って斜面に腰を掛けた。おりかけた露が草の匂いを辺りに強くに漂わせ、スボンの尻をほんの少し湿らせた。だが二人共、特に気に留めなかった。
「……」
「……、……」
 心地良い沈黙が二人を包む。鴉の鳴き声と子供を呼ぶ母親の声が酷く遠くに聞こえる。親の愛に満ちた平和な夕方、二人にはもう手が届かないもの。
「……あの時みたいだね」
 不意に元が口を開いた。視線は上映内容を夕日から宵闇に変えつつある水面のスクリーンに向けられたまま。
「ああ……」
 それがどの時を指すのか、言葉にせずとも千志には分かった。


 元が孤児院に来てしばらく経ったある日。その日、太陽が沈んでも千志はこの河原にいた。思うところがあって、まだ帰りたくなかったのだ。孤児院に戻れば否応なしに喧騒に包まれる。
 だからもう少し、一人でゆっくりと考え事をしたかったのだ。孤児院には、千志が抱えている苦しみや悲しみ、希望でさえも本当の意味で理解できる者などいない。皆、異能力者ではないのだから。
 この世界では、異能力を持っているというだけで無条件で差別される。それは意識的なものだけでなく、社会的なものも顕著だった。
(く……親父、お袋――)
 当時の千志はまだ幼かったから、『お父さん』『お母さん』と呼んでいた。だから本人達にそう呼びかけたことはない。
 二人はあの時の交通事故で、帰らぬ人になってしまった。救急車には乗せてもらえたが異能力者への差別故に、尽く搬送先の病院に受け入れ拒否されたのだ。小さな病院にやっと受け入れてもらえた時は、もう手遅れだった。
 正直、何故異能力を持って生まれたというだけで、異能力を持っているというだけでここまでの差別を受けなければいけないのかと深く考えたことがあった。異能力を持っていること自体が罪なのか――そう理解するまで時間はかからなかった。
 千志は強く拳を握り締める。爪が掌に食い込むほどに強く。
 千志は強く唇を噛み締める。唇から真紅の雫がこぼれ出すほどに強く。

 ぽう……突然背後に光が生じた。
 殺気は感じなかった。だから街灯の類でも灯ったか、誰かが自転車のライトでもつけたのかと思い、別段気にしなかった。
 だが、さっと横合いから差し出された手が握りしめた千志の指に触れ、光が揺れた。
 光はその、男子にしては細い腕を青白く映し出し、そして驚きを含んで振り返った千志が更に驚愕を濃くするのをつぶさに照らしだしている。
「お前は……千種?」
「元でいいよ。僕も千志って呼ばせてもらうから」
 断りもせずに元は千志の隣に座り、そして掌に乗せた光球を見て「便利でしょう?」と笑った。

 そう、千種元もまた、異能力者だった。

「何故?」
 千志のその一言は色々な意味を含んでいる。元は小さく首を傾げて、その意味にひとつひとつ答えていく。
「千志になら見せても平気だと思ったから。さすがに院の他の子、特に異能力者を嫌っている子にはできるだけ黙っておきたいけれど。
 ああ、院長が千志がここにいるから声をかけてこいって『教えて』くれたんだ。だから。僕も君とは話してみたかったし」
「院長……俺を受けいれてくれたのは感謝しているんだが」
 だが院長はちょっとおせっかいすぎると千志は思う。いま元がここにいるのも、おせっかいの一種だろう。  
「あはは、僕も感謝してる。前の所では人間扱いされなかったから」
「……」
 千志が聞きもしないのに、元は自分の生い立ちを語った。驚くほどに彼と千志の辿ってきた人生はとても似ていて、それに気づいてからいつの間にか千志も所々口を挟むようになっていた。違うのは、元はここに来るまで差別の酷い孤児院で過さざるを得なかったが、千志はどうしても受け入れ先が決まらぬという時に、院長に保護されたということ。院長は異能力者に好意的で、千志の事も異能力者だと知った上で置いてくれている。
「びっくりしたよ。僕達って、ある意味似ているんだね。性格は正反対だけど」
「一言余計だ」
「でも、なんとなく感じていたんだ。千志となら、本当の友達になれるかもしれないって」
 そう言って元が浮かべた笑顔は、裏切りと孤独を知った者が最後の希望を見出したような笑顔だった。


「今でも気持ちは変わらない?」
「勿論だ」
 二人はあの時から何度も互いの夢と理想を語り合った。
 二人の夢は同じだった。

 いつか力を合わせて異能力者を救うこと。

 これ以上に切望するものはない。
 これ以上、虐げられる者が増えませんように。
 これ以上、無意味に命を落とす者が増えませんように。
 これ以上、生きることが辛くなりませんように。
 普通の人間たちが当然に願うことを願って、夢に描いて何が悪いというのだ。
「僕達ならきっと出来る」
 元の出した右手をガッと組むように握り、千志も頷く。
「ああ、俺達二人なら、きっと」

 この時は信じていたのだ。同じ夢に向かう二人の選ぶ道は、手段は、一つであると。



 *-*-*


 ――約束から、数年が経過した。
 ある程度年齢を重ねると孤児院を出なければならない。それは千志や元も例に漏れず、二人はそれぞれ孤児院を出て、それぞれの道を歩みだした。勿論、心に抱き続けているのはあの約束。
 千志はこの数年何をしていたかというと、異能力者のための学校や病院などの基本的な施設の設立と異能力者に関わる職業選択や賃金、選挙権や他の差別などからの地位向上を目指していた。
 それを実現するには2つのものが不可欠だ。すなわち金と人脈。活動資金を得られ、政財界にパイプを持つことができる手っ取り早い職業があった。それは異能力者の唯一の特権。

『賞金稼ぎ』

 つまり、犯罪者となった異能力者を狩る仕事である。
 異能力者による犯罪やテロが増えている昨今ではこの世界の大多数である『普通の人間』を守ることになる重要な仕事であり、同時に特権と優遇措置を与えられた職業。
 ただし――異能力者対異能力者――つまり同胞(はらから)同士が潰し合う事になるので、賞金稼ぎの異能力者は他の異能力者達から『利益のために仲間を売る政府の犬』と揶揄され、侮蔑されていた。 
 しかし千志はあえてこの道を進む。それは仲間たちを救うため。矛盾しているように見えるかもしれないが、真っ当な方法ではこの世界のシステムは変えられそうにない。だから、夢の実現のために必要なのだ。
 同胞達に幾度と無く罵られようとも、千志は歩みを止めなかった。



 *-*-*


 彼の光は影を作る。千志はそうして作りだされた影を伸ばして彼を襲う。

(何故? 何故だ? どうして? 何がどうしてこうなった!?)
 千志は混乱していた。ここには賞金稼ぎの仕事をするために来た。今日は異能力者達による政府への犯行組織のメンバーを狩りに来たはずだった。なのに、この状況は何だ?
 目の前には数年ぶりに再開した元の姿がある。だが彼は以前のような人好きのする笑顔を浮かべてはいない。もう何発目になるだろうか、光弾を千志へと放ってきている――確実に殺気を孕ませて。

 ピッ

 それまで避けていた光弾が千志の頬をかすめた。
「元、元だろう!? こんな所で何をしている!」
「僕がここにいる意味なんて、賞金稼ぎの君にはとっくにわかっているはずだ」

 ガッ

 上腕にぶつかった光弾が厚い。千志は顔をしかめたが視線は元から離さない。
「お前、犯罪に手を染めて……」
「犯罪? 僕達から見たら君のほうがよっぽど犯罪者だよ!」


「「追っていた夢はどうした!」」


 二人の声が重なる。しかしもう二度と二人の夢が重ならないことは、彼らが一番良く知っていた。
 手段を同一にしなかった時点で、二人の夢には些細なズレが生じたのだ。そしてそれは歪みとなり、大きな亀裂となって――。
「油断してると狩っちゃうよ?」
 それまで遠距離攻撃しかして来なかった元が千志との距離を急に詰める。対して千志は今まで手を出さなかったが、牽制のためにも仕方がなしに自分の影から刃を伸ばして。

 ガツンっ

 鉄と刃がぶつかるような音が響いた。元の創りだした光の盾が影の刃を防いでいる。
 ギリギリギリ……拮抗する力を比べるかのように二人の動きが停滞する。
「政府の犬に救ってもらう? それがどんなに惨めなことかわからない?」
「聞け! 俺は……」
「犬の言葉は聞きたくない!」

「元!!!」

 自分の声が思ったよりも大きくて、叫んだ千志自身が驚いた。ぴくん、一瞬元の身体を震わせたのは、彼の良心?

 ズシャッ

 千志の感情の昂りによって硬度を増して伸びた刃。
 元の心の揺らぎによって一瞬薄くなった光の盾。
 それは、ほんの一瞬の出来事。

「……裏切り者」

 自分の胸に倒れこむ元を、千志は強く抱きとめて。その手がぬるっと赤い血で染まる。命が流れ出ていく。
 こんな光景に覚えがあった。そう、目の前で両親の命が零れていったあの時。

「……元?」

 怨嗟のこもった一言だけを残して、彼はもう瞳を開けない。
 千志の心に暗く、二度と晴れぬ影がじわじわと広がっていく。

「どうして」

 誰に、何を問うでもなく。

 ただただ、同胞を救いたかっただけなのに。例えどんな事情があろうとも、同じ志を持つ者であろうとも『罪のない一般人を害する犯罪者』を狩ってきたのは同胞を救いたい一心。それが、千志にとっては最も正しいと思える道だったから。
(俺は、間違えたのか?)
 もしその道が間違っていたのだとしたら、自分は何のためにここまで同胞を手にかけてきたのか?
 ドクン、脳の血管が強く脈打った。


 相手ガ誰デアロウト、自分ハ自分ノ信ジタ正シサヲ貫キ通スシカナイ。


 そうしなければ何のために親友まで失ったのかわからない。もう、過去を否定する訳にはいかない。
 もう引き返せない。
 自らの正義を貫き通すしかなくなった彼が抱いた親友の身体は、冷たくなっていた。




 【了】

クリエイターコメントこの度はオファーありがとうございました。
大変おまたせいたしました、お届けいたします。
タイトルは「こごるかげのりゆう」と読みます。

捏造しても構わないというお言葉に甘えまして、色々と作らせて頂きましたが、イメージに添えておりますでしょうか。
同じ物を目指したはずなのに、道が違えば全てが変わってしまう……そんな悲劇を書かせて頂きました。
元君はあんな感じでよかったでしょうか。千志様とは色々な意味で対照的を目指してみましたが……書いていて楽しい人物でした。
賞金稼ぎとしての、ある意味矛盾する行動や、そうせざるを得ない心情、色々と考えさせられる部分がありました。
字数の都合で削った描写もありますが、少しでも置きに召していただければ幸いでございます。

この度はオファー、ありがとうございました。
またお会いできることを祈っております。
公開日時2012-06-07(木) 22:40

 

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