壱番世界某所にある巨大屋内型テーマパークの中を、カエルとウサギのような生き物の帽子を被った二人の子供が歩く。 平日の昼間ではあっても、園内にはそれなりに人がいて賑わっていたが、街中でさえ「可愛い格好だね」程度で済むかもしれない彼らの姿を、キャラクターで溢れかえるテーマパーク内で見咎めるものは誰もいない。 他にも子供の姿はあったが、皆大人と一緒だった。楽しそうにはしゃぐ声があちこちから聞こえてくる。「空が見えるゆうえんちならよかったのに」 メムが天井を見上げてつまらなそうに呟く。半球形のそこには、空らしきものが描かれているが、所詮まがい物だ。「しょうがないじゃんか。オレたちの力は閉じた空間じゃないと効果がないんだから」 イムがそう言うと、メムは「そんなことわかってるよ」と口を尖らせ、今度は胸に提げたペンダントを見た。髑髏を模した不気味なデザインで、二人の服装とは全くそぐわない。「オトナってタンジュンだね。シンリャクしてくるって言ったら、カンタンにかしてくれるんだもん」 それは、能力を増幅する装置だった。二人の能力は、そもそもそれほど広い範囲には影響を及ぼせない。ロストレイルを襲撃した際は、水瓶座のコンピュータに干渉することで、その範囲をロストレイルの車内全域に増幅していたのだ。「でも……あくしゅみね!」 彼女はそう言って髑髏のぽっかりと暗い眼窩を覗き込む。「なんか見られてるみたいでキモい!」「くだらねーこと言ってないで、準備しよーぜ!」 大げさに身震いをしているメムを見てイムが呆れたように言い、足を速める。 メムはぷう、と頬を膨らませ、慌ててイムの後を追った。 ◇ 世界図書館に向け、一通の手紙が送られてきた。 ありきたりな紙の封筒の表に、カエルとウサギのような生き物の絵とともに、『桃戦状!』という大きな字が書かれている。どうやら、『挑戦状』のつもりらしい。「メムとイムからの挑戦状!」 封をあけ、入っていたカードを開くと、少年と少女の映像が浮かびあがった。 世界樹旅団のメムとイムだ。『はーい! 図書館のみんな、げんきかな? メムとイムだよ☆』 二人はそういって両手を大きく振る。どこからか、拍手の音が聞こえた。『今回は、なんと壱番世界のゆうえんちを、アミューズメントスペースにしちゃいました!』『今回もそこに、バクダンを仕掛けてやったぜ!』 そう言って自らも拍手をするメムと、ぐっと親指を立ててみせるイム。『こんどのバクダンは、バクハツすると、ゆうえんちのなかにいるみんなが、こどもになっちゃいます!』『これでみんなしてゲームで遊べるし、ヤなしごともしなくていいな!』『まあすてき!』 イムがウィンクをする姿が大きく映し出された後、メムがアップになり、彼女が大きく手を広げると、またどこからかどっと笑い声と拍手が起こった。『止めたかったら、がんばってゲームをクリアしてね!』『みんなの挑戦、待ってるぜ!』 そうして画面が暗くなりかけた時、メムがにっこりと笑んで付け加える。『それから、このメッセージは自動的にバクハツします! バイバーイ☆』 やがて音と共に、爆発のエフェクトが映像を埋め尽くした。 ◇「うわぁ、いろんなアトラクションがあるね」 スイート・ピーが、テーマパークの中を見渡して言う。 今回対応に当たることになったのは、彼女とシーアールシー ゼロ、現、マルチェロ・キルシュの四人だった。いずれもメムとイムの二人とは面識がある。「ったく、中々厄介そうだぜ」 現は舌打ちをすると、人が行き交う園内を見回した。爆弾を解除できなければ、これだけの一般人が巻き添えになる。「楽しいゲームというものは、人々の安寧を増やすために仕掛けていただきたいのです」「ああ、ゲームってのは皆が楽しめるものじゃないとな」 ゼロの言葉にロキも頷く。メムとイムにはまだ、それが上手く理解できていないのかもしれない。「スイート、メムちゃんもイムちゃんもほんとは悪い子じゃないと思う。ちゃんと話せば、きっとわかってくれるよ」 出来れば二人と友達になりたいと、スイートは思っている。「んならまずは、あいつらのとこに辿りつかねぇとな!」 現はそう言って笑みを見せると、挑戦状に同封されていたものを改めて確認した。 まずは地図だ。タブレットコンピュータのようなものの画面には、園内の様子がCGで描かれており、五つのアトラクションのみに色がついている。 白い観覧車、赤いお化け屋敷、青いジェットコースター、黄色いコーヒーカップ、ピンクのメリーゴーランド。 どうやら、それを攻略して来いということらしい。 右上には『60』という数字が表示されているが、まだ動きを見せていない。 アトラクションに入場するためのパスも入っていた。 そして、奇妙な文章が書かれたカードが二枚。 一枚目は恐らく、行く場所を示しているのだと思われた。 *さいしょにであうのは、まっすぐなみち。でもやがて、みちはふたてにわかれる。みぎ? ひだり?どっちにいったらいい?あなたたちはとほうにくれる。つぎにであうのも、まっすぐなみち。でもかどをまがってきづけば、きたみちにもどってしまう。みぎ? ひだり?どっちにいっても、もどるのはおなじ。さいごにであうのは、ふくろこうじ。まっすぐいっても、まがっても、ずっとぐるぐるおなじみち。みぎ? ひだり?そもそも、どこからはいってきたの?はいれない、でられない。 * 二枚目は歌のようになっていて、それは別のルールのことを指しているようだった。 *へいたいさん へいたいさん 5しょくのへいたいさん5にんのはじめにうまれたへいたいさん つぎにうまれたへいたいさんにめっぽうつよい2ばんめのへいたいさん はじめのへいたいさんにはまけるけど 3ばんめのへいたいさんにはすごくつよい3ばんめのへいたいさんは 4ばんめのへいたいさんにつよくて4ばんめのへいたいさんは 5ばんめのへいたいさんにとってもつよいさいごにうまれたへいたいさんは 1ばんめのへいたいさんにつよいんだぐるぐるまわって おもしろいね! * それぞれの場所に『へいたいさん』がいるらしく、それを仲間にすることが出来るようだ。 それによって、攻略が有利に進んだり、逆に不利になることもあるらしい。「皆で協力して攻略を目指すのです。そして、努力したことを讃え合うことも大切なのです」「そうだな。もちろん、おやつは五百円までで買って来たぜ?」「スイートもキャンディ、たーくさん持ってるよ!」 変わらずのんびりと言うゼロに、こちらもいつも通りな現とスイート。 まあ、このメンツだとおやつは必須かもな、と仲間を見て笑みを浮かべ、ロキは再び園内に目を向けた。「それじゃ、行きますか!」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>スイート・ピー(cmmv3920)シーアールシー ゼロ(czzf6499)現(cpeh9462)マルチェロ・キルシュ(cvxy2123)=========
「お前ら、危険な真似はすんじゃねーぞ! ウツツさんとの約束だからな!」 現はそう言って仲間たちを見る。皆も頷きを返した。 以前の『ゲーム』の内容からしても、それほどの危険はなさそうではある。だが、気をつけるに越したことはない。 「みんな、落ち込んだらこれ食べて元気出して」 スイートはそう言うと、仲間に飴を配った。 「あとね、誰でもいいから……メムちゃんイムちゃんに会ったら、スイートの代わりに、このお手紙渡して欲しいの」 もしかしたら、会えないということもあるかもしれない。そう思って用意したものだ。 「よし、任せとけ」 現はスイートから手紙を受け取り、懐へと大切に仕舞う。 その時、ドン、ドンと音が聞こえた。 「これ……花火?」 スイートが呟き、ロキが持つタブレットを見る。 音は、その中から聞こえていた。覗き込んでみると、画面の中の遊園地には色とりどりの花火が打ち上がり、白、赤、青、黄色、ピンクの兵隊がどこかから現れ、練り歩き始める。それと同時に、画面の数字は『59』になった。 兵隊たちの動きには、特に規則性は感じられず、テーマパークで催されるようなパレードをしているだけのように見える。 どうやら、『ゲーム』が始まったらしい。 四人は頷き、笑い声が溢れる遊園地の中を進んだ。 ◇ 「青いジェットコースター……あった!」 スイートは、徐々に大きく見えてくるジェットコースターを見やる。皆それぞれの思う道を進むことに決め、最初に彼女はここへ来ることを勘で選んだ。 タブレットは一つしかないが、どのアトラクションが何色なのかは覚えたし、元々園内で配布されているパンフレットにも、念のため情報を書き留めて持って来ている。何かあればトラベラーズノートで仲間と連絡を取ることも出来るから、何とかなるだろう。 やがてアトラクションのもとへとたどり着く。コースターとレールが擦れる音と、乗客の悲鳴がさらに大きく聞こえるようになった。 タブレットの画面では青い色に染まっていたが、実際に見れば普通のジェットコースターだ。屋内なので、高さや長さなど、それほどの規模ではないが、小さい子供にはちょうど良いのか、長い順番待ちの列が出来ていた。 「絶叫マシーン、楽しみ!」 そう言ってスイートは、腕につけたパスを確認し、列の最後尾に並ぶ。もちろんゲームのクリアも大事だが、遊園地に来たということで、ワクワクとする気持ちも自然と湧いて来る。 「!?」 そこで一瞬、違和感に襲われ、彼女は思わず身震いをした。 周囲を見回すと、全てが青一色に染まっていた。どこか早朝の色にも似ているかもしれない。並んでいたはずの人たちはどこにもいなくなり、それがより物寂しさを感じさせる。 「行くしかないよね」 そうして彼女は、乗り場へと向けて急いだ。 ◇ 「子供を理解している大人がいるからこそなんだけどな、子供が自由にやれるのは」 ロキ自身、沢山の望まぬものに囲まれ、身動きが出来ない思いで幼少期を過ごした。だからこそ今、そう言える。 彼は、立ち並ぶアトラクションを見た。 爆弾のことは気にかかるが、それ以上にメムとイムが心配だった。二人は力を増幅する何かを身に着けているらしい。制限というのは、一見不便なようでいて、実のところ使用者を守る役目を果たすこともある。皆がアトラクションで楽しく遊べるのも、安全装置があるからこそだ。 「相変わらず、漢字苦手なんだな」 メムが書いたのだろうか。タブレットの入っていた封筒にある『桃戦状』の字に、ロストレイルの襲撃時、『水瓶座』が読めなかったことを思い出し、苦笑する。 続いて、奇妙な文章が書かれたカードを見た。 もしかしたら、今回も英語に直してみると、何か見えてくるのかもしれない。 ◇ 「真正面から挑戦を打ち破ればきっと耳を傾けてくれるのです」 ゼロは周囲の人にぶつからないように気をつけながら、マイペースで進む。 メムもイムも、ゲームという形で自分自身を表現しようとしている。それならば、ゲームで勝つということが、一番二人へと響く行動のはずだ。 「お前もコーヒーカップに行くのか?」 その時、聞き覚えのある声が後ろからした。ゼロがゆっくりと振り向くと、そこには現の姿がある。 彼女はこくりと頷き、手に持ったカードを改めて見た。 「『道』とは、それぞれの色の英単語の、頭文字の形状を見立てているのだと思うのです。『さいしょにであうのは、まっすぐなみち。でもやがて、みちはふたてにわかれる』ですから――」 「Y字路――黄色って寸法だな」 「はい、なのです」 「ん? ロキのやつも一緒みてぇだな」 コーヒーカップの前に立つ、見知った姿を目にして現が声を上げる。今の時間は母親と子供という組み合わせが多いし、長身で金髪の彼は人の中にあっても目立った。ロボットフォームのヘルブリンディは、遊園地のキャラクターと言われれば納得するくらいには馴染んでいる。 「二人の声が聞こえたからさ」 そう言ってロキは笑みを浮かべ、三人は一緒にコーヒーカップの乗り場へと向かった。 ◇ ジェットコースター乗り場でスタッフとして働いていたのは、青い兵隊たちだった。ブリキで出来た玩具のようにぎこちなく動き、スイートを案内する。彼女は誘われるままコースターの最前席へと乗り込んだ。安全バーが下ろされると、ブザーの代わりにファンファーレが鳴った。 ガタン、と一旦大きく揺れが起こり、そしてコースターは坂道を登り始める。 「どんなゲームなんだろう?」 胸を高鳴らせながらも、スイートは周囲を見た。ここまでは、特に普通のコースターと同じように思える。地面がどんどん、どんどんと遠くなり、建物は小さくなって行く。 「あれ?」 ここは屋内遊園地で、それほど高低差もないジェットコースターのはずなのに、やけに地面が遠い。 でも、それはここが異空間だからなのだろうということに思い至り、納得した時。 「あっ」 コースターが、落下を始めた。独特の浮遊感と体への重力を感じる。 「うわっ――きゃあああああああっ!」 スイートの、恐怖とも喜びともつかない叫び声を残しながら、コースターはうなりを上げながら上へ下へ、右へ左へと揺れながら猛スピードで走って行く。 「わわわわっっっ!」 そして、大きく一回転。これは実際のコースターには、組み込まれてはいないものだ。 その後何度か曲線を辿り、再び乗り場へと戻ってくる。 「はぁ……面白かった、けど」 スイートは大きく息をつき、それから気づいた。 「これ、『ゲーム』だよね? 何をすればクリアだったのかな?」 今のところ、普通にジェットコースターに乗っただけだ。スタッフの兵隊たちは出発の時と同じように整列し、何も言わずにこちらを見ていた。 そして、再びラッパを構える。 「えっ?」 ファンファーレと共に、コースターはスイートを乗せたまま、乗降口を素通りしてそのまま進む。 そうして、二巡目が始まった。 ◇ 「兵隊さんのコーヒーカップなのです。保護色なのです」 ゼロが言うように、コーヒーカップは兵隊の柄だったのだが、カップも兵隊も全部黄色のため、かなり見えにくい状態になっていた。中央にはティーポットがあり、そちらも全部黄色だ。 「自己主張が強いんだか弱いんだか」 「ま、とにかく乗ってみようぜ」 現は眺めている二人に声をかけ、手招きをする。危険がなさそうなのを確認してからまず自分が乗り、ゼロに手を貸して隣に乗せ、その後にロキが続いた。 「ん、兵隊も乗るのか」 「やっぱり保護色なのです」 座ってから周囲を見ると、黄色い兵隊たちも三人ずつコーヒーカップに乗り込み、気がつけば全てのカップが埋まっている状態になっていた。 そうこうしているうちに、ファンファーレが鳴り、カップが回り始める。 「おいおい、何だか楽しくなってくるな」 「現さん、そんな呑気なこと言ってる状況じゃ」 「わぁってるって! でもよ、メムとイムのやつも乗せてやりてぇよなぁ」 「まぁ……そうですね」 現の言葉に、ロキも頷く。 彼らは、ゲームを『運営』する立場だ。こうやってアトラクションで遊ぶこともせず、またどこかから見ているだけなのだろう。 景色は、ゆっくりゆっくりと回る。 「コーヒーカップは、自分で回すのが醍醐味だと思うのです」 そのスピードは、ゼロの声と共に急に速くなった。 「おっ、いいな!」 「ちょっと、あんまり速くしたら危ないですって!」 現も一緒になって回したので、またさらに回転が速くなり、ロキがそれをセーブしようとした時だった。 ポン。 どこかから、間の抜けた音がした。何かが外れたような音だ。 「危ねっ!」 咄嗟に現がハンドルを切るように中央のテーブルを動かすと、乗っているカップが大きく右に動き、その脇を兵隊の乗った別のカップがすり抜けていく。それはフェンスに当たると大きな音を立ててひっくり返り、ぼんやりと光ると姿を消した。 「今度はあっちが!」 事態はよく飲み込めなかったものの、ロキも反射的にテーブルを掴み、動かす。大きく動いたカップが、ぎゅるぎゅると回転しながら迫ってくる兵隊のカップを避けると、その先にいたカップとぶつかり、今度は二つ同時に消滅した。 「また来るのです」 さらに、二方向からの同時襲撃。 考えるよりも早く体が反応し、皆がテーブルを一斉に掴んだ。 衝撃と振動が、カップを激しく揺らす。現は両手を伸ばしてゼロとロキを掴むと、自らの足をテーブルに絡ませる。二人も、それぞれ掴めそうな場所に手を伸ばして掴まり、頭を低くした。 「くそっ!」 揺れが収まると、現は周囲に視線を走らせて状況を把握する。カップの回転が他よりも速くなっているものがある。あれが、襲撃の準備が出来ているものなのかもしれない。 ならば、次は三方向同時だ。 「あれ、もしかして残機か」 ロキがそう言って中央に立つティーポットを見た。そこには、カップの形の絵が三つ描かれていて、その一つに×印がついている。 「今度は、黒なのです」 それは、この『遊園地』にはない色だった。 ◇ 「スイート、今度こそ降りてみせるんだから!」 ファンファーレが鳴り、あっという間の三巡目。 だが二巡目に周囲をずっと観察していたおかげで、わかったことがあった。 コースターのレールの脇、三箇所に、青い帽子、ラッパ、長靴が置かれていたのだ。恐らく、それを回収すればゲームクリアだろう。 コースターの動きは速い――ならば。 スイートはピンクの砂が入った砂時計をそっと取り出し、逆さまにした。途端、猛スピードで落下し、うねるはずのコースターの動きが緩慢になる。 まずは帽子。もう少し進んだ先、レールの近くに生えている青い木にぶら下がっていた。 その帽子が――見えた。 一番近くに来るタイミングで手を伸ばし――。 「よっ……あれぇ?」 その手は、帽子へと届かなかった。指先は空しく宙を掴む。スイートの体は安全バーにより、がっちりと固定されていたからだ。 帽子は、少しずつ後方へと遠ざかっていく。 ◇ 「ここは誰か一人に運転を任せて、他の二人は指示を出すのが良いと思うのです」 ゼロの提案に、現は頷いた。 「そうだな。じゃあロキ、運転を頼むぜ。こういうの得意だろ?」 「了解。二人とも、しっかり掴まっててくれ」 現の即決に、異を唱える者はいなかった。議論している暇はなかったし、実際ロキは適任だろう。きちんとした操作方法もヘルブリンディが教えてくれた。 「でも、指示を出すのも中々難しそうなのです」 コーヒーカップはそれぞれが回転を続けている。位置を特定するのも難しい。 「二人は俺の後ろ側だけ頼む。後は、何とかする」 二人は頷き、体を低くして、ロキの後ろ側に目を向けた。 「そろそろ来そうなのです」 ゼロがそう警告する。ぐるぐると回るカップは、ロキの視界にも一旦入り、そして、また消えた。 「7時の方向だ! ――避けろ!」 現の指示を聞き、ロキは落ち着いてテーブルを動かす。うなりを上げながら兵隊のカップは通り過ぎ、フェンスへと激突する。その間にもう一つは前方に移動してきたので、ロキは油断なくその攻撃も避けた。 「4時なのです」 間髪入れずに来たカップを何とか避ける。 ファンファーレが鳴った。まだ兵隊のカップは残っているが、どうやら終わりになったようだ。 残った黄色の兵隊が、何事もなかったかのように、円らな瞳でこちらを見ていた。 ロキは、二枚目のカードを改めて確認する。 「ここの兵隊は、三番目のアトラクションに連れて行けるかな?」 三人とも、兵隊の並びはアルファベット順になっていると考えていた。一枚目のカードの解も一致していたから、次のアトラクションは頭文字がPになるピンクのメリーゴーランド、最後は青のジェットコースターとなる。そうであれば、アルファベットの並びで強弱関係にあるのは、黄色いコーヒーカップの兵隊と、青のジェットコースターの兵隊だ。 「兵隊さんに一緒に来てもらって、次の次のアトラクションで活躍してもらうことはできるのですか?」 ゼロの問いに、兵隊はうんうんと頷いた。 「出来るみてぇだな。じゃ、さっさと次に行くとするか!」 ◇ 四巡目。 青いラッパは、巻かれていたリボンに何とか手が届き、手に入れることができた。だが、最後の長靴にも手は届かなかった。 がたがたと動かしてはみるが、バーは全く動く気配を見せない。その間にも、帽子はじわじわと近づいてくる。 「そうだ!」 スイートはポケットからロリポップキャンディを取り出すと、狙いを定めて帽子が下がっている木の枝へと投げつけた。それは枝にぶつかると爆発し、爆風を巻き起こす。 「よしっ」 それを上手くキャッチすると、続いて長靴も爆風で吹き飛ばし、手に入れることに成功する。 またファンファーレが鳴ったことにびくっとしたが、その後ようやく解放され、スイートはほっと胸をなで下ろす。少しだけ頭がくらくらした。 ◇ 「それじゃ、ここで待っててくれよ」 ロキは黄色の兵隊たちに言い、メリーゴーランドへと向かう。黄色の兵隊たちは敬礼をしてそれを見送った。 ロキたちはもちろんだが、兵隊たちのことも、周囲の人は気にかけている様子は全くない。一般の人からすれば、色のついたアトラクションを見ることも触れることも出来ないわけだし、兵隊たちもいないのと同じなのかもしれない。 また一瞬の違和感の後、現れたのはピンク一色のメリーゴーランドだった。 「とりあえず、また乗ってみるのです」 三人とも一応警戒はしつつも、それぞれ馬に跨ってみるが、特に何も起こらない。陽気な音楽が流れてメリーゴーランドは回り、平和そのものだった。特に降りられなくなるということもなさそうだ。 「今、白い馬がいたのです」 唐突にゼロが言い出し、ロキもそちらを見る。 「白い馬? どこに?」 だが、ピンクの馬以外は見当たらない。 「メリーゴーランドといえば、やはり白馬が定番といえるのです」 本気なのか冗談なのか判断がつかず、何と返して良いのかと言葉に詰まったロキに、現が手招きをした。 「どう……」 彼がしっ、と人差し指を立てる仕草をしたので、ロキの言葉は最後まで発せられずに消える。 その様子に、自然と忍び足になる二人。現と同じ方向を見ると、ピンクの馬の陰に、白い馬がいるのが見えた。他の馬のように固定されているのではなく、生きている馬のように動いている。 とりあえず捕まえてみよう。 三人は目配せをし合うと、現とゼロはそのままの場所で、ロキは静かに立ち上がり、反対側へと向かって歩く。メリーゴーランドが動いているので、若干歩きにくくはあったが、問題になるほどではない。遊具が軋む音も、足音や気配を隠してくれる。 現も腰を屈めたまま、じりじりと距離を縮めていく。ゼロは少し横に移動し、逃げ道を塞いだ。そしてロキの姿が、こちらからも見える位置に来る。 やがて音楽が終わり、メリーゴーランドが止まった瞬間。 「今だ!」 現とロキが一斉に馬に襲い掛かった。驚いた馬は逃げようとしたが、その先にあるゼロの姿を見て、一瞬怯む。 その隙に、男二人にがっしりと体を掴まれ、馬は悲しそうに嘶いた。 そして、ファンファーレが鳴る。 ◇ メリーゴーランドの攻略後、三人とスイートはトラベラーズノートで連絡を取り合い、情報を交換した。 三人は待たせていた黄色い兵隊を連れ、青のジェットコースターへと向かう。スイートはメリーゴーランドへと向かった。 ジェットコースターをクリアするのは、とても簡単だった。 一緒に乗り込んだ黄色の兵隊たちが、三人がコースターに乗っている間に、青のアイテムを全部取ってきてくれたからだ。 そして、大きなファンファーレと共に、青い世界が溶けていく。 タブレットの中にも花火が何度も上がり、『CLEARED!』の文字が大きく踊った。 遊園地は、無事元の姿に戻った。でも遊びに来ていた人たちは、誰も異変になど気づきはしなかっただろう。 「あ」 近づいてくる人影を見て、メムが小さく声を上げた。 イムは、彼女を守るように前に出る。 「よぉ、覚えてるかい? イムにメム、久しぶりだな?」 現は気さくな態度で二人に声をかける。警戒はされているようだったが、逃げるつもりはなさそうだった。 「お久しぶりなのです。モフトピア以来なのですー。本日はお日柄も良く、おかわりなくて何よりなのです」 そこに、ゼロののんびりとした声が割って入る。 「ゲームはゼロたちが勝ったのです。だから罰ゲームが必要なのです」 続いて告げられた言葉に、イムとメムの表情が引き締まった。 「わかってるよ」 「ゲームに負けたんだから、とうぜんだよね」 二人とも悔しそうにはしていたが、文句は言わなかった。 「罰ゲームとして、メムさんとイムさんはゼロたちの友達になるのですー。この遊園地で普通にゼロたちと遊ぶのです」 「それが、罰ゲーム……?」 二人は顔を見合わせ、そして他の皆にも目を向ける。その罰ゲームの内容を、否定する者は誰もいなかった。 遅れて合流したスイートも、笑顔を二人に向ける。 「うん、みんなで遊ぼう!」 しばらく考え込んでいたが、ゲームで負けたから言うことを聞くという形が、二人にとっては一番受け入れやすいようだった。 二人とも、おずおずと頷きを返す。 それから、皆で遊園地の中で遊んだ。 先ほど『ゲーム』の舞台となったアトラクションにも乗ったり、ゲームコーナーや、様々なグッズが売っているショップにも立ち寄った。 二人とも時々笑顔は見せたが、メムはイムに、イムはメムに対してだけだった。アトラクションも嬉しそうに目を輝かせた次の瞬間には、表情をなくす。まるで、楽しむことが罪であるかのように。 それは、彼らにとって、これが『罰ゲーム』だからなのかもしれない。 「楽しかったね!」 「沢山遊んだのですー」 沢山のテーブルが設置されている広場に移動し、皆で休憩する。メムとイムと向かい合う形でスイートとゼロ、隣のテーブルには現とロキがついた。 中途半端な時間だからか、人の姿はまばらだった。 「500円分のおやつを買ってきたので、ご一緒しましょうなのです。図書館名物のアニモフ化飲料もあるのです」 ゼロが差し出した駄洒落のような名前の駄菓子や、どこかで見たことのあるようなキャラクターが描かれている駄菓子を、メムとイムは淡々ともらい、淡々と食べる。酢昆布を食べた時は、少しだけ顔をしかめた。 運動会で弁当を一緒に食べた時も、こんな様子だったことをゼロは思い出す。 「お互い、知らなければ判断も出来ないのです」 そう言って、ゼロは自分のことを語り始めた。出身世界のこと、同じ『眠り』でも色々な違いがあるのだということ、安寧というものはとても大事だということ。 メムとイムは自分たちのことを話さなかったが、でも、ゼロの話を黙って聞いていた。スイートも自分が持っている飴を、次々と二人の前に置いた。その種類の豊富さに、流石に二人も目を丸くする。 ロキは自作のクッキーをメムとイムに差し出した。セクタンの姿を模したものだ。ヘルブリンディも欲しそうにしていたので、そちらにも渡す。 気がつけば、メムとイムの前にはお菓子の山が出来ていた。 「世界樹は……世界を壊してしまう。そんな事したら、遊ぶ場所もなくなるんだぞ?」 ロキは二人を見て、言葉を探るようにしながら言う。 出会った時のメムとイムは、ゲームをすると言い、楽しそうな笑顔を振りまいていた。けれども、別れ際に、本音と言える気持ちを吐露した。 大人の理不尽さに振り回された子供が周囲を恨む気持ちは、ロキ自身わからなくもない。周囲の人々に阻まれ、狭い場所から出られないように思える時もあるだろう。 それでも、大人全てがそうではないと、二人には知って欲しかった。 右腕にはめた時計が目に入る。亡き祖父が遺してくれたものだ。 彼自身、祖父のおかげで生きる道を見出すことが出来、ここまで歩いてこられた。 ロキの言葉を、以前の二人であれば頭ごなしに否定していたかもしれない。けれども、そうはしなかった。 先程よりも二人の口数はさらに減っていく。拒絶というよりも、何かを考えているかのように見えた。 「なぁ、こないだの話の続きをしようや」 現はそう言ってメムとイムを見る。 「俺ぁな、子供が放っておけねぇ性分でさぁ、おめぇらが気になって仕方ねぇ。だからよ、うちの院に来るか……それか、俺をとりあえず旅団に連れてって、任せても大丈夫な所なのか見せちゃぁくれねぇか?」 その言葉に、二人は顔を見合わせた。イムが、メムに任せるとでも言うかのように、小さく頷く。 しばらく、ただ時間が流れた。 そしてメムは、ゆっくりと首を横に振る。 「そうか」 現はそれだけを言い、二人の頭に優しく手を置いた。 ゼロはその様子を、静かに眺めていた。 世界樹の侵略行為は、確かにされる側の世界にとって脅威になる。けれどもチャイ=ブレが、さらに性質の悪い存在である可能性も、もしかしたらあるのではないだろうか。 そう考えると、ターミナルに気軽に誘うということは、彼女には出来なかったからだ。 「メムちゃんとイムちゃんが旅団にいたいって言うなら、無理にこっちに来いとは言わないよ」 気まずい沈黙を破るように、スイートが口を開く。二人の目が、彼女に向けられた。 「でもね、スイートはメムちゃんイムちゃんとお友達になりたい。いる場所が違ってもお友達にはなれるでしょ?」 「トモダチ……?」 メムが、その言葉を繰り返す。先ほど、ゼロも口にした言葉だ。 それは、二人には馴染みがないものだった。二人とも、ずっと一緒に行動はしている。けれども、それは『友達』と呼べる関係ではなかった。親密ではあるが、運命共同体ともいえるような関係だ。 こうやって、二人以外で遊ぶということもずっとなかったし、色々なことが一気に起き過ぎて、それを消化しきれず、二人とも混乱していた。 楽しく感じるのに、何故だかいたたまれない。 その時、突然大きな音が園内に響いた。 観覧車の方からだ。皆の視線が、一斉にそちらへと向く。 それは、花火だった。黄色、桃色、青、赤、白――様々な色が、天井に描かれた空に浮かぶ。 「あれね、スイートのお手製なの。爆弾を改良したやつ」 先ほどのゲームの際に仕掛けたものだ。屋内なので、煙の量も調整してある。 「メム、ほんものの花火って、はじめて見た……」 「オレも」 二人は、ぼんやりとそれを眺める。 花火が終わったあとも、しばらくそうしていた。 「火薬は悪いことに使えば沢山の人を死なせるけど、綺麗な花火を咲かせて、見てる人を楽しませることだってできるんだよ」 二人の過去に何があったかは知らない。旅団しか信じられる人がいないというのも本当なのだろうと、スイートは思った。彼女自身、養母しか信じることが出来なかったからだ。 でも、きっと二人と友達になれると、信じていた。スイートが、図書館の皆と仲良くなれたように。 現はスイートから預かった手紙のある場所を、確かめるように指先で触れた。だが、直接思いを伝えられたのなら、その方がずっといい。 「友達っつーのはな、気楽になっていいんだぜ? 大切なもんではあるが、特別なもんじゃねぇ。こうやって一緒に遊んで、これからもっと解り合うことだって出来るだろ?」 現はそう言って明るく笑う。 本当は、言葉での約束などは必要ないのかもしれない。もうこうして既に交流は始まっている。そうやって、自然に友情は紡がれていく。 メムとイムには、まだそれは理解出来ないかもしれない。けれども、これから少しずつ理解していけば良いことだ。 メムは、戸惑う表情のまま周囲を見た。子供たちがはしゃぎ、ふざけ合っているのが見える。いつもはそういう光景を見て嫌な気持ちになるのに、何故だか今は、そうならなかった。 視線を戻すと、皆優しい顔でこちらを見ている。彼女が何かを言うのを、急かさずに待っていてくれた。 今回ここへ来たのは、全員知っている顔だ。ロストレイルを乗っ取った時や、運動会で会ったことがある。 自分たちは、世界図書館の誰が来てもいいと思っていた。あれだけ沢山の者がいるのだから、誰が来たっておかしくなかったはずだ。 でも、彼らはわざわざここへ来た。 メムとイムに会いに。 「いいよ」 彼女は、そう小さく呟いた。 「ゲームでも負けたし、お菓子ももらったし、一緒に乗り物も乗ったし、花火も見せてもらったし……みんなどうしてもメムたちとトモダチになりたいみたいだから」 そして少し躊躇うようにしてから、言葉を続ける。 「……なってあげても、いいよ」 言い終わると、大きく息をついた。何か荷物でも降ろしたかのようだった。 「オレはごめんだね!」 けれども、イムは腕を組んで大きな声を上げる。メムは驚いたように彼の方を見た。その表情を見て、イムは可笑しそうに笑う。 「でも、メムがどうしてもそうしたいみたいだから、仕方ねーなぁ!」 「イム、ずるい!」 そのやり取りに、自然と笑いが湧き起こる。最初はきょとんとしていたメムとイムも、やがて笑う。 今まで二人が見せた中で、一番自然な笑顔だった。
このライターへメールを送る