それは、壱番世界でいうなら夏の盛り、フライジングのヒトの帝国で《迷宮》が同時発生する、少し前の出来事である。 ナラゴニアの旅人がふたり、ターミナルを訪れた。年のころは20代前半くらい、男女のふたり連れであるが、特に親密な間柄ではないようで、同じつとめをしているもの同士とでもいった印象を受ける。 どちらも白一色の服装をしている。純白の髪に純白のメイド服と執事服、口元だけを残し、顔全体を覆う白い仮面。連れ立って歩いているさまは、同じ作者の手でつくられた冷ややかな雪の彫像が、命を得て動き出したかのようだ。 メイドの名は白鷺(しらさぎ)、執事の名は白鶇(しろつぐみ)。《白永城》にて、かの《白百合》に仕える使用人であった。鳥の名を持つ彼らであるが、ふだんの姿はいわゆる有翼の形態ではない。 白鷺は背に翼を出現させることができるし、白鶇は両腕を翼に変化させることができるが、今はどちらも、普通の人間と変わりなかった。「すみません、画廊街に通じる道は、こちらで宜しいのでしょうか?」「クリスタル・パレスという店に、行きたいのですが」「あー、俺もちょうど行くところだったし、何なら一緒しようか?」 通りすがりに声を掛けられたロストナンバーは、もの馴れない彼らの様子に、快く案内を引き受けた。 聞けば、ふたりは、白百合から、一日だけ夏休みをもらうことができたのだと言う。 以前、世界図書館から客人が来たとき、そのカフェのことを教えてもらったので、この機会に来てみることにしたらしい。 ――0世界にはシオンというクリスタル・パレスに務めるギャルソンがいて、彼も白鷺なのよ。その店の店長はラファエルという梟なのだけれどね。 ――今度会ってみない? ターミナルのお店はとっても素敵なのよ!「あれがそうなのね。鉄骨と硝子の建物」「ここからでも、緑の多さがうかがえますね」 あまり感情を表さないふたりも、心持ち、声がはずんでいる。 ……だが。 店の前には、こんな看板が出ていたのだった。 +:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-+:-+:-:+:-:+:-:+:-:+:-: ターミナルの皆様へ ご来店いただき、ありがとうございます。 本日は、「バード・デー」です。 店長以下、店員全員、鳥のすがたでの接遇となりますので、 ご飲食の提供につきましては、 一部、セルフサービスとさせていただきます。 ご不便をおかけいたしますが、ご協力方、宜しくお願い申し上げます。 それでは、「バード・デー」をお楽しみくださいませ。 クリスタル・パレス スタッフ一同 【本日のシフト表】 ◇ラファエル・フロイト(青いフクロウ) ◇シオン・ユング(シラサギ) ◇ジークフリート・バンデューラ(七面鳥) ◇ハツネ・サリヴァン(あさぎ色のウグイス) ◇グスタフ・ソーンダイク(金色のグース/長男) ◇グーシス・ソーンダイク(金色のグース/次男) ◇グレゴール・ソーンダイク(金色のグース/三男) ◇ペンギン料理長(皇帝ペンギン) +:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-+:-+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:「あちゃー」 ロストナンバーは頭を掻く。「そういやバード・デーだったっけ」 どうする、あんたら? せっかく来たのにセルフサービスもどうかと思うんだけど。 問われて、白鷺と白鶇は顔を見合わせる。
今日はなにをしようかしらと楽しげにターミナルの街中を散策していた蒲公英のような金髪に、月色の瞳を持つティリクティアが、その二人組に気がついたのはたまたまだ。 「あら、あの二人って」 どーん! きょろきょろしていた二人組は前からよろよろと歩いてきた大量の荷物を抱えた人物とぶつかった。 「きゃあ!」 洋服に使えるかもと布やアクセサリーを大量購入中にぶつかってしまった吉備サクラは荷物を地面にぶちまけ、尻餅をついて声をあげる。 「申し訳ありません」 「いいえ。私がいっぱい荷物を持っていて前が見えてなくて……以前もそれで失敗したのに、すいません」 サクラが恐縮するのに仮面をつけた男は荷物をまとめて抱え上げる。メイド服の女性もまた表情はないがサクラを気遣っているのに、ぴんっときた 「ねぇ、もしかして、白鷺?」 「ティリクティアさま」 白鷺がスカートの裾を持ち上げて礼をする。 「やっぱり白鷺! 久しぶりね! その人は、白鶫? 初めましてかしら? どうしたの?」 「夏休みをいただき、教えてもらったクリスタル・パレスに行ってみたいと思って」 「そうなの! 嬉しいわ! なら、付き合うわ。だって折角ナラゴニアからターミナルに来てもらったんだもの。張り切って接待するわ! どどーんと、まかせてね!」 「しかし、それは」 「あの! でしたら私も一緒に行きます!」 サクラが声をあげる。 「私も丁度、疲れたから行こうと思っていたんです。ぶつかったお詫びもありますし!」 「ですって、私たち二人が案内するのじゃご不満?」 ティリクティアは勝気な瞳を輝かせてじっと二人を見上げる。 「では、よろしくお願いいたします」 問題は肝心なクリスタル・パレスがバードデイだったということだ。 はじめての土地、はじめての店、ちょっと変わったイベントに困惑する白鶫と白鷺の横でサクラはくすっと口元に笑みを浮かべる。 「私が初めて来た時もバードデイでした……ふふっ」 「面白そうだわ。行きましょう」 ティリクティアは白鶫、白鷺の手をとってドアを押し開けた。 「ラファエル、シオン、こんにちは! バードデイなんて素敵ね! いつもは皆、人間形態なんだけど、今日は鳥の姿なんですって?」 ティリクティアの明るい声に呼ばれてふわふわと飛んできたのはシラサギのシオン。 「よぉ! ホラ、ここ、一応、バードカフェだろう? たまには鳥だせーっていうニーズにこたえてんだよなぁ、店長」 「ええ、お客様のニーズにこたえて、バードデイを定期的に開いているのですが、この方々は?」 「ナラゴニアの白百合の使用人さんなのよ。私がここのお店を教えたの、そしたら夏休みをもらって、わざわざ来てくれたのよ!」 「へー。ま、こんなのだけど、楽しんでくれよ」 とシオンの横ではフクロウのラファエルがつぶらな目を瞬かせる。 「わざわざ、ナラゴニアから、せっかく来ていただいたのに、こんな姿で」 「いえ。大変貴重な日に来れて幸いです。本日はよろしくお願いいたします」 白鷺と白鶫は礼儀正しく頭をさげた。 「お、話が分かるじゃん! よろしくな。俺はシオンっていうんだ」 「シオンさま、それ以外の方も」 サクラは思いきって手をあげた。 「ちょっとみなさん、来て貰えますか?」 幸いにも本日の鳥とりトリ尽くしを狙った鳥大好きマニアたちはまだ来店しておらず、暇を持て余していたギャルソンたちが一斉に集結した。 鮮やかな羽としやかな肉体を持つ美しい鳥姿がずらりと並ぶ。 「こちらがクリスタル・パレスの天晴胃痛店長ラファエルさん、美形No1のジークさん、全周友人120%のシオン君、オカン系美少女ハツネさんです」 サクラがイケメン鳥たちを紹介していく……人になってもイケメンな彼らは鳥でも輝く美形であったらしい。人の目にはイマイチわからなくても氷の彫刻のように表情が一切ない白鷺の頬がちょっと赤いぞ! 「せっかくなのでいっぺんに紹介したほうがいいと思いました、どうでしょう」 「お気遣い、ありがとうございます。とてもわかりやすい紹介でした」 と白鶫がサクラに礼を述べた。 「紹介も終わったわね。じゃあ、テーブルに行きましょ! 二人はなにを頼むの? あ、一部セルフって、どうなのかしら? ペンギン料理長は元々ペンギンのままだったからバードデイでも関係ないわよね? もし料理が出来ないようなら、私頑張るわ! レシピ通りに作れば、きっと問題ないわよね。料理の腕だって上達したんだから!」 腕まくりするティリクティアにシオンが笑った。 「セルフなのは給仕だけだぜ」 「そうなんですか? 私も、ティリクティアさんと同じで出来る限りおもてなししたいです。台所とシオン君貸して下さい。話術はプロにお任せします。ところで白鷺さんと白鶫さん、戒律やアレルギーや好き嫌いで食べれない食材ありますか?」 「とくにありませんが」「私も」 サクラの問いに白鷺と白鶫が応える。 「じゃあ、料理は私がします。私の好きなものを出しますね!」 サクラはにこりと笑うと、シオンの細い足を掴んだ。 「お手伝い、お願いしますね。お二人は家ごはんの経験が少なさそうに見えましたから超簡単カレーライスお出ししようかと。シオン君、鍋と包丁とまな板とレンジの場所教えて下さい」 「え? キッチンは!」 キッチンのドアを開けたサクラの前にどーんと立ちはだかったのは海の王者といわれる皇帝ペンギン。 クリスタル・パレスの台所を預かる戦うコックさんである。なんせ必要とあればブルーインブルーまで食材を取りにいくかっこよさ! きらっと輝く嘴にぴちぴちのお手に包丁を持って(どうやって持っているのかって気合いさ、職人の!)こいつは、おれの戦場だぜ、お嬢さんと目が語る。 なんて、かっこいいペンギンさん! ……ごっくりとサクラが生唾を飲む 「ふわふわです」 「お、おおお!」 つっーとシオンの背中を人差し指が撫でてあられもない声をあげさせた白鷺にサクラはびっくりして目を瞬かせる。 「え、あの、白鷺さん?」 「先ほどから思っておりました。ふわふわの羽です。私では手に入らないほどの美しいふわふわの羽……憎らしい」 「ええっと、俺でよかったら使ってるシャンプーから羽の手入れまで教えるぜ」 「はい。よろしくお願いします」 「サクラ、悪い! ま、料理はペンギン料理長が俺に任せろよって、いたた、いたた。白鷺のねぇさんいたい! 俺は鳥だけどにげねぇよ!」 本日のおもてなしナンバーワンの白鷺はシオンが気に入ってらしく(主に羽のふわふわさが)、有無を言わせない力強さで連行していく。どれくらい気合いをいれてがっちりと捕獲しているかというと、胸の中に抱えられているシオンがまるで猟師に狩られた鳥のようにすら見えてくる。 「白鷺って、羽の手入れを気にしているの?」 思わずティリクティアは横に立っている白鶫を見る。 「女性は美しくありたいものですよ。レディ」 「羽が?」 「羽です」 鳥にとって羽の美しさを極めるのは人間の女の子のいうところのお化粧のようなものなのである。 「私は出来れば私のやり方でおもてなしをしたいです」 ペンギン料理長がいるのならばシオンよりも、こちらに頼るのが筋というものであると思い直してサクラは頭をぺこんと下げる。 「ペンギン料理長、お願いします」 ペンギン料理長は黙って頷いて背を向ける。漢は黙って背中で語れ! いやだ、かっこいい。思わず胸キュン。 「ふふ、じゃあ、私は運ぶのをやるわね! もちろん、デザートは大量に用意してね! あ、みんなの分も運ぶし、サクラの分もよ? サクラは作るのを手伝っているんですもの!」 「はい。ありがとうございます」 本日はバードデイ。 ギャルソンたちはしゃべるか、植物に身を置いてうつらうつらするだけの簡単なお仕事の日。 ティリクティアはさっそく飲み物を運んでシオンの羽を撫でている白鷺とそれを呆れて見守る白鶫に笑いかけてターミナルについて紹介する。 なんといってもおしゃべり上手なギャルソンたちが味方をしているのだから話題は尽きない。 サクラはエプロンを身に着けると、ペンギン料理長にお願いしてトマトとルーを鍋で煮込むことからはじめた。ジャガイモは二cm、人参はクッキー型を貸してもらい花にする、玉ねぎは微塵切とそれぞれの具材で切り方を工夫する。 あとはこれらをレンジでチンして柔らかくしてから鍋にぶち込むのである。 とサクラの膝が建物の角にあたり、手に持っていた包丁が滑って指先を切った。 「……痛ぁ。慣れない台所はこれだから」 指を口にくわえて血をとめながら作業を続けようとしたサクラをペンギン料理長の優しい手羽先で制した。 「え」 ペンギン料理長の慈愛深く、漢らしい目が語る。 怪我をした者が料理をしてはいけないことは衛生面の約束ごとだ。それをサクラも知らないわけではない。 「はい。そうですね」 そろそろ、おまえも、ここじゃなくて、語ってきたらどうだ? あとは俺がする、そんな慈愛深い目――ペンギンの目ってこんな漢らしかったけ? きっと海の王者と言われるシャチともタイマン張って確実に生き残れるほどのナイスガイぷりを発揮するペンギン料理長にサクラは感服する。 慣れないなりキッチンでも野菜を切って用意のほとんどは出来た。手も怪我してしまった以上あとはお任せするしかない。 「だったら、せめて、ここで作り方を見ていていいですか? 私の作りたいメニューを教えます。邪魔にならないように端っこにいますね!」 サクラは職人の端くれ。料理は専門ではないが、ペンギン料理長のプロとしての仕事を見ていたいと思った。 「出来たわよ!」 出来立てのほかほかのカレーをティリクティアが笑顔で運ぶ。サクラは添えつけのコンソメのスープとサラダを盆に載せてもってきた。 「普通の家ごはんのカレーです。こういうのあまり食べられたことないかと思って」 ペンギン料理長はカレーを作りながらまるで海のなかを泳ぐようにすぱぱぱっん! とスープ、サラダを用意してしまった。 「一杯食べてくださいね。白永城のお茶会でいつもこちらがご馳走になってます。たまにはいいじゃないですか、ね?」 サクラのすすめもあり、カレーをメインに、コンソメスープと野菜たっぷりのサラダ、締めはティリクティアが注文したふわふわのクリームたっぷりのフルーツケーキだ。 ようやく食べるのがひと段落ついたのにティリクティアは気になることを尋ねた。 「白百合やユリエスは元気? ナラゴニアはどう?」 「ユリエスさまは最近、お会いしておりませんので、よくわかりません。白百合さまは、いま眠りの時期にはいっていて、よくうとうとしています」 と白鶫が応えた。 「眠りの時期?」 きょとんとティリクティアは目を瞬かせる。 「はい。数年に何度か深く眠られて目覚めない時期が存在するのです。一週間ほどすれば起きますがそうなってしまうと、白百合さまはとても無防備になるので、少し心配です」 白鷺と白鶫の仮面に覆われた顔に、はっきりと憂いが現れたのにティリクティアも心配になった。 「ただ、その前に白百合さまは出来れば大きな茶会を開きたいと司書の方に相談しているそうです」 「素敵ね!」 「大きなお茶会ってことは、ナラゴニアの人たちともお知り合いになれるチャンスですね!」 とサクラは妄想にうっとりとした目をする。 ティリクティアは二回ほど白百合と会っている。真っ白い城にたたずむ気高い女主人は、その外見とは裏腹にとてもお茶目で、人懐っこい人物だ。 はじめは信用できないと思ったけれど、彼女はナラゴニアを心から愛し、そして世界図書館との和解を望んで積極的に働きかけていることを知っている。 こうして白百合が動いているのをちらりとでも知れると嬉しくなる。 よちよちよち。 七面鳥のジークとグース三兄弟が鳥姿であるがせっかくの楽しい会話に水をささないためにもと麦茶を乗せたお盆を運んでくれているのに気がついた。 よちよちよち。 「ふふ、みんなふわふわの鳥にかってかわいいわよね。けど、無理に接客しなくていいのよ。私がいるんだから」 鳥となった店員のたちに優しく笑いかけたティリクティアは頭を撫でてお盆を受け取った。 「けどな、せっかくナラゴニアから来てくれたお客様だ」 「なんかしたいだろう」 「そうね」 ティリクティアも考えていた。 先ほどの大きな茶会を開きたいという素敵な提案を聞いたときに、胸の中に溢れた光の粒。それが外に出たいと訴えている。 そわそわして、ふわふわしている感覚――ティリクティアはよく知っている。 たくさんの歓びを味わって、それを形にしたい、自分なりに――歌いたいという気持ち。 「そうだわ」 ようやく羽をもふもふするのに満足した白鷺から解放されたシオンやグース兄弟たち、ジーク、ハツネをこっそりとキッチンに呼んだ。 幸いにも先ほどからずっとお盆を持って立ち回っていたので白鷺、白鶫に感づかれることはなかった。 「あのね、みんな、なにかしたいって言ったわよね? だったら素敵な歌声をもっているんですもの。だから唄をうたわない? サプライズは大切だと思うの。きっと白鷺たちは喜んでくれると思うわ!」 「けど、なにを歌うんだ?」 「あのね、壱番世界に素敵な歌があるのよ」 ティリクティアは微笑んだ。 「お二人のお洋服は、お城の専用のものなんですか? その仮面も?」 「はい。そうです」 使用人は真っ白い服に仮面をつけることが義務とされている。 「お城の使用人さんたちはみんな仮面をつけているんですか?」 「はい。白百合さまは白、銀を大切にしているのです」 「すべて統一するなんてすごいですね」 サクラは素直に感心した。 話を聞く限り、白百合という女性は己の持つ美意識にたいして大変な誇りを持っているようだ。 「そういえば、ティリクティアさま、遅いですね。それに、他のギャルソンの方も」 白鷺が気がついて小首を傾げたとき、奥からティリクティアが現れた。 「二人とも! クリスタル・パレスから素敵なサプライズがあるの!」 白鷺、白鶫が不思議そうにする。 ティリクティアはにこりと笑って、花びらのような唇を開く。 そこから漏れる透明な、水に波紋を生むような歌声。それに合わせて背後に隠れていた鳥たちがひょこんと現れると震える歌声を、羽を広げて。 ――「歌を忘れたカナリア」。 低い鳥たち声に合わせて、優しい祈りのような声が種として落ちて、根を広げる。 唄を忘れてしまい、追い立てられて、傷ついて、絶望して。けれど。いつか、忘れた歌も思い出す。そう、いつかでいい。忘れてしまっても思い出す、大切なものを。何度失っても。悲しくても、苦しくても、諦めないで。希望を捨てないで。 世界図書館とナラゴニアは争いあった。 互いに失った。 互いに傷ついた。 けれど今、向き合っている。 手を伸ばして、得ようとしている。 きっとこの先にある歓びを信じている。どれだけ残酷な現実も、苦しみも、それを乗り越えて、きっと素敵な光を掴めると。 永遠のような、刹那の一瞬の歌声は、空気を震わせる余韻を残して――終わる。 静寂。 ティリクティアの鼓膜を叩いたのは三つの拍手だった。 「素敵な歌をありがとうございます」 歌のサプライズに白鷺も白鶫も唇に笑みを作って、喜んでいるのがみえる。 「とっても素敵な歌でした!」 サクラは大興奮だ。 「ふふ、よかった! みんなにお願いしたけど、いきなりだから合うか自信がなかったけど、成功したのは、クリスタル・パレスのみんなのおかげよ! ありがとう!」 ティリクティアは咄嗟の思いつきに合わせてくれたクリスタル・パレスのギャルソンたちに感謝して、聞いてくれたサクラ、白鷺、白鶫の拍手に歓びをたたえ、スカートの端を掴んで頭をさげた。 「さ、今度は白百合にお土産を買いましょう!」 右手に白鷺の手を、左手には白鶫の手をとってティリクティアは引っ張る。 「ターミナルの素敵なところはクリスタル・パレスだけじゃないのよ? ねぇサクラ!」 「はい! 私のバイト先とか、今日、いっぱいお買いものしたお店とか、本当に素敵なものが多いんですよ」 サクラは大量の荷物をクリスタル・パレスのギャルソンたちが運んでくれるというのでその好意に甘えることにした。 なんといってもティリクティアが白百合へのお土産と一緒にターミナルを案内したいという提案に一緒に行かない手はない。 ターミナルに素敵な場所はいっぱいある。 知ってほしい。 教えたい。 「まずは白百合のお土産ね! やっぱり百合がいいのかしら?」 二人が思案するのにサクラはティリクティアをターミナルの大通りにある市に案内する。 「ここはターミナルにいる人たちがお店を開いているんです。古本屋さんとかアクセサリーとか」 ずらりと並んだテントに各々が好きに商売をしているのにティリクティアは目を輝かせ、サクラが案内する。 「花なら、こことか、どうですか?」 花に魔法を施して加工している店だ。花びらで作られたカップ、艶やな葉の置物、蔓で作られたアクセサリー等が並ぶ。 「白い百合はないわね、……あ」 目についたのは薔薇だった。それは見事な赤の、けれど赤が強すぎて黒にも見える。 ブラック・ローズの髪飾り。 ティリクティアは目を瞬かせる。白を愛する白百合には反対な色に見えるけれど、つい惹かれほどの魅力が存在した。 「これ、だめかしら? たまには別の色もどうかしらって……だめなときは、そうね、この銀の食器! 二人にはね、花飾りよ。胸と髪の毛につけるの!」 ティリクティアはブラック・ローズの髪飾りと、それがだめなときのために銀薔薇のティーカップセット。 白鷺には睡蓮の髪飾り、白鶫は胸につける黄色のガーベラを。 一日は短い、もうナラゴニアに戻る時刻となって見送るとき二人はもらった花飾りをそれぞれつけて礼を述べた。 「サクラさま、ティリクティアさま、ありがとうございます。とてもいい思い出が出来ました」 「どうかまた、主人の茶会にいらしてください」 明るい笑みを唇からこぼして従者たちは名残惜しげに帰路につくのを二人は手をふって見送った。
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