握手会で、助けてもらった。 お礼をしたかった。 けど、クリスマスに賑わうナラゴニアに彼の姿はなかった。 渡し損ねたカステラ。「どう、しようかしら、これ……」 村崎 神無はカフェに腰かけてため息をついた。その目の前には手がつけられていないカステラの箱がそのまま。「迷惑かしら、やっぱり……」 勇気を奮い起こして会いに行った結果に憂鬱が増す。「けど」「会いたいなら、会うべきじゃないかしら?」「え、あ!」「ふふ。突然、呼び出しちゃってごめんなさい? 私のことはティアって呼んで!」 ナラゴニアのクリスマスで知り合いになったティリクティアにノートでユリエスのことでできれば会いたいと連絡がきたのだ。 ティリクティアが神無の前の席に腰かける。「あの、……ユリエスのことは」「私ね、彼のことが気になっているの。クリスマスのときは会えなかったじゃない? けど、このままにしておくのはいけないと思ったの。ノラは時間が解決するって言っていたけど」「……私も、気になって、いるの。……けど、ナラゴニアにいきなり訪ねていってもいいのかしら? 私たち二人で?」「うーん、ちょっと待ってね!」 ノートを取り出してティリクティアは何か書き込んだ。すぐに返事がきたらしく、その顔に笑顔が浮かぶ。「ふふ。大丈夫よ」「なに、したの」「裏技を使うことにしたの」「うら、わざ?」★ ★ ★ 目が眩む白一色の城。白永城の客間に二人は招かれた。 テーブルには紅茶のカップが三つ。「ふふ、尋ねてきてくれてうれしいわ。さぁ、ケーキもうんと食べてね」 白百合が小首を傾げて促した。 ティリクティアはナラゴニアで世界図書館が訪ねてくることを積極的に受け入れている相手はいないかと司書に尋ね、面会を希望したのだ。「あの、ユリエスさんのことで」「彼のことが好きなの? 恋のお話?」「い、いえ。そんなのじゃありません!」「なんだぁ、つまらない。わたくし、せっかく神無ちゃんやティアちゃんと好みの異性についてうんと語るつもりだったのに」 一生懸命否定する神無に白百合は唇を尖らせる。「私たち、ユリエスのことが気になっているの。もちろん、恋愛的なお話じゃなくてよ? それで彼に会えないかって」「ふぅん。それでわたくしのところにきたのね。そうねぇ。……たとえば信じていたものに裏切られたら絶望すると思わない? 絶対だと思っていたものがある日突然奪われたらどうやって生きていけばいいのかわからなくなるものじゃない?」 白百合は紅茶に口つけるとくすくすと笑った。「ここでだけ本音を言うとね、わたくし、ユリエスちゃんのこと大嫌いなの」「え」 神無は声をあげる傍らではティリクティアは目を瞬かせる。「そう。二人にだけ内緒の話よ?」 唇に指をあてて白百合はいたずらが成功した子供のように無邪気に微笑む。「わたくしね、昔から嫌いなものにたいしてどうしても優しくなれないの。ナラゴニアでわたくしにわからないことは何一つもない、それくらい情報には精通しているわ。こんな城に閉じ込められていてもね。だから彼の趣味嗜好、過去について知ってる。けど共感する事かできないから彼の本当に望むことがわからないけど……けど、わたくしね、今後のためにも仲良くしたいの。どうしたら彼がわたくしのお茶会に来る気になれるかしら? もちろん、無理やり外に連れ出すことはできるわ。けど、それだとお茶会の意味がないの」 ぱんぱんと、白百合が手を叩くと白いメイド服に顔の半分が鳥をモチーフにした面をかけたメイドがすっと前に進み出た。「白鷺ちゃんを二人につけてあげる。二人の命令はなんだって聞くわ。これをわたくしからの正式な依頼としておけばナラゴニアで好きに動いても誰も咎めないから」「それって」「ユリエスちゃんのお茶会の招待状を届けて、お返事をもらってきてちょうだい。必ずうんと言わせてね? 期限は今日一日、がんばって」 白い封筒が二人の前に差し出された。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ティリクティア(curp9866)村崎 神無(cwfx8355)=========
「あの、これ……」 村崎 神無が恐る恐るテーブルの上に載せたのはカステラの箱だ。ナラゴニアのクリスマスの際、ユリエスにと思って、結局渡すことのできなかった物だ。 「お茶会のとき、よかったら」 小首を白百合が傾げるとさらりと銀髪が揺れた。神無の横に腰かけているティリクティアは金色の瞳に白百合の警戒を密かに滲ませて様子を見守った。 「ユリエスちゃん次第ね。あの子がお断りしてきたら、次の手を打たなくちゃ」 「次の手ってなに?」 ティリクティアが尋ねると白百合は笑った。 外見は幼子のようで無邪気で無垢なのに、目がちっとも笑っていないことにティリクティアは気が付いた。 「そんなに警戒しないで、かわいい人。わざと意地悪をしてしまうわ……なぁんてね! ウフフ! わたくしね、仲良くしたいから協力しているのよ? 二人がユリエスちゃんに会いたいのはどうして?」 「私は……父を亡くしたときとても荒れていたの。けど、いまはわりと平気……けど、ずっと孤独だったからいまだに悲しみから抜け出せないし、まだ手錠をつけていないと落ち着かなくなるの……この状態は、きっと……まともに解決した状態じゃない、から」 膝の上に置いた両手の手錠が悲しい音をたてる。 「ノラは時間が解決するって……会談のとき、彼の瞳に宿る暗い光が、自分と同じものを感じて、気がかりだったの」 神無が勇気を出して顔をあげると白百合がまるで慈悲深い母親の顔で微笑んでいた。 「いい子ね、神無ちゃん。ティアちゃんはどうして?」 「私が気になるのは彼が盲目に原初の園丁を信じていたから、自分の故郷にもそういう人は多かった。彼らは盲目的過ぎて純粋過ぎて、心配だったの」 ティリクティアの言葉に白百合は頷いた。 「カステラ、受け取っておくけれど、絶対にお茶会に出せると約束できないのは許してね? さ、お行きなさい。どうするかは貴女たち次第よ」 ひらひらと白百合が花びらのような手を振って、茶会の終わりを告げたのに二人はその場から辞退した。 白百合の傲慢不遜な態度にティリクティアは子リスのように頬を膨らませてぷりぷりしていた。大股で歩きながら考えを巡らせる。 白百合は嫌いなものには優しくないと言った。ユリエスに対して彼女はなにかするつもりなのかしら? 自分たちに協力するふりをして、訪問をお膳立てして……あまり考えたくないが、白百合は掴みきれない人だ。 癪に障るけど、このままユリエスを神無の言ったように怒りや恨み、悲しみと喪失に落としたままには出来ない。 太陽のように輝く髪を揺らし、蒲公英みたいなふわふわの明るい瞳でティリクティアは前を見る。 「やってやろうじゃない! ねぇ、あなた、白鷺って言うの? 御勧めの御菓子屋さんって知っている?」 「ナラゴニア内でしたらお任せください」 白鷺が頭をさげて応じる。 「本当? じゃあ、連れていってほしいの! ユリエスに持っていくお土産はあったほうがいいと思うの!」 「そうね……あの、私、出来れば街で噂を聞きたいわ」 「噂?」 御菓子を購入したらすぐにユリエスの家に行こうと考えていたティリクティアは眼を瞬かせる。 「白百合さんは……きっと、ユリエスについて私たちなりに調べなさいってことなんだと、思うの……ユリエスについてはなんでも知ってるって言ったけど、何も教えてくけなかったのは」 ちらりと神無は白鷺を見る。 「ナラゴニアを、好きに出歩いても……いいって言ってくれたから」 ティリクティアは眼をぱちぱちと瞬かせて、ぱっと笑った。 「そうね! いいと思うわ! 二人で聞いてみましょう、ううん。白鷺がいれば三人ね。お願いしてもいいかしら?」 「……お願いします」 「なんなりと、ご命令を」 二人が頭をさげると白鷺はスカートの裾を持ち上げて頭をさげた。 緑豊かなナラゴニアはターミナルよりもずっと素朴な建物が多く、空気も植物が多いせいか葉の瑞々しさを含んでひんやりとしていた。 「0世界にはシオンというクリスタル・パレスに務めるギャルソンがいて、彼も白鷺なのよ。その店の店長はラファエルという梟なのだけれどね」 ティリクティアは出来れば白鷺にもターミナルを知ってもらおうと話をふってみた。 もしかしたら鳥という共通点で仲良くなってくれるかもしれない。 「そうなのですか」 無表情だがティリクティアの話に耳を傾けてきちんと相槌は打っている。 白鷺は感情を表に出すことがあまりないが、ティリクティアと神無にたいしてとても好意的だ。その不器用がティリクティアにとってはほほえましく、ぜひ仲良くなりたいと思わせた。 「今度会ってみない? ターミナルのお店はとっても素敵なのよ!」 「主人から許可をとるようにしておきます。そろそろ街につきます」 ナラゴニアは緑が多いという点を差し引けば、ターミナルとあまり変わらない。 軒を連ねる店の間をいろんな種が行きかっている。 神無はもじもじと手錠を忙しく鳴らしながらティリクティアに視線を向けた。ティリクティアは頼もしく頷くと、その手をとった。 「行きましょ! あの、ごめんなさい。私たち、ユリエスのことについて聞きたいんだけど」 呼び止められたエルフの女性は不思議そうな顔をした。 「私たち世界図書館に、属しているの……今回は白百合さんの依頼で、ユリエスに招待状を届けるんだけど、あの、彼について、よく、知らないから、よかったら教えてほしくて、お願いします」 「お願いします」 神無とティリクティアが頭をさげたのにエルフの女性は困惑顔になった。 「白百合さまの? 白鷺がいるけど」 「お二人の身については白百合さまが保障します」と白鷺。 「ふぅん。まぁ、別に隠すことではないし。いいわよ。ただ答えられるものなんて少ないし、そうだわ、翠の侍従団が買い出しに来てるのよ」 「ぜひ会いたいわ! ユリエスのこと、聞きたいから」 「いいわよ。待ってて」 あっさりと呼びに行ってくれた女性の背を見て幸先の良さに二人は笑って顔を見合わせた。 女性が戻ってくるとその横には十代の青年が伴われていた。 翠の侍従団に属しているのは美男美女ばかりだが、その例に漏れず緑髪は肩に届くほど、瞳は青緑の美しい青年だ。その後ろにも数名の若い男女が従っていた。 「白百合さまのところの白鷺、ご機嫌麗しく。こちらのお嬢様方が?」 二人のことはあらかじめ説明されていたらしく青年は驚きもせず応じた。 「僕はルシフェル。後ろにいるのはカノン、ルイ、ローゼ、よろしくお願いします。まさか世界図書館の方がユリエスさまのことを気にかけてくださるとは思いませんでした」 ルシフェルの態度は穏やかで、紳士的だ。 後ろにいる者たちはユリエスを気にしていると聞いて少しだけ嬉しそうな顔をしている。 彼らの様子を見て神無は少しだけほっとした。ユリエスは一人ぼっちで孤独を抱えているわけじゃない。それが本当に嬉しかった。 「あの、ユリエスは、どこに?」 「今は、まだ住まいであるロドン宮殿の自室から出られない日々が続いています」 神無は眼を瞬かせる。 「そこは……どこですか?」 「聖地の一角にある、園丁の方が生活する場所に私たちはともに暮らすことを許されているんです」 聖地という言葉に神無は駅伝のことを思い出した。 「あの、聞きたいんですけど、今、あなたたちメンバーは、どうしているんですか?」 「われわれですか? 今後のことを考えながら、日々祈るばかりですよ。他のみなさんのようにすぐに変化についてはいけませんから」 ルシフェルの口調や他に一緒にいる者たちの顔色を見る限り、この組織にいる者たちは均質かつ比較的な考えが強いようだ。 侍従という点から考えたらその性質には納得するものがある。 ルシフェルは協力的だが、他のメンバーの顔には多少の不満や警戒が薄らとだが見えた。やはり世界図書館に対する反感もあるのだ。 「ユリエスさまは、とくに悲しみも深いんでしょう」 「ユリエスはどうしてそんなにも園丁を慕っていたの? 私たち、園丁のことを知らないから出来れば教えてほしいわ」 ティリクティアがやんわりと尋ねた。 本当はユリエスに直接聞きたいが、ルシフェルたちが協力的なのにここで聞いておいたほうが賢明だと判断した。 直接会ってくれない可能性も高い、もし話をしてくれたのに気が付かずに傷つけることは避けたかった。 「それは」 ルシフェルは言いよどんだ。 「言いづらいことなの?」 「いえ……私たちには特別な力はありません」 神無が不思議そうに、ティリクティアもその言葉を理解できずに目を瞬かせた。 「特別な力がほぼないんです。そうですね、身体的に翼を持った者などいますが、それ以外は特に」 「それって、壱番世界の人間と変わらないってことね? 私の仲良くしている子にも、壱番世界が出身世界じゃないけど、ほとんど彼らと同じって人がいるわ」 多少とはいえ二人は驚いたが、続く説明で納得することになった。 「そうです。能力があれば人狼公であるリオードルのように活躍することもできるでしょうが……」 ルシフェルの顔はあからさまに曇った。 ナラゴニアは他世界を侵略するという方針ゆえ力こそがすべてと考える節がある。ターミナルに亡命してきたハンスはたいした能力がないため、とても貧しい生活を強いられていた。 翠の侍従団とはそうした力のない者たちが園丁の役に立つことによって特別な階級を与えられる、つまりは貧しさから抜け出す一つの道なのだ。 「そうだったの」 ティリクティアは眉根を寄せた。やっぱりナラゴニアの考えはあまり好きになれそうにない。 「私はもっと自由な生まれなのでときどきユリエスさまの考えについていけないところがあって、聞くと出身世界では神を信仰することが当たり前だったようです。むしろ、ユリエスさまは信仰することを第一に考える立場の方だったようです。園丁とは、言ってしまえば神がそのまま目の前にいるようなものですから……特にシルウァヌスさまはほとんど表に出られない、お考えなども私たちのような者では理解が及ぶことのない方でしたから」 「……ナラゴニアの人たちにしてみれば、園丁は神様みたいな存在なのよね……なんとなく、ユリエスの気持ちが、わかるわ。私の世界も似ていたから」 今ならユリエスに会っても傷つけることなく、言葉を選べる気がする。 問題は言葉が届くか――そんな絶対的な人を亡くした深い悲しみに、自分たちの拙い言葉は、気持ちはユリエスを動かせるだろうか? けど、諦めたくない。だって、諦めたらそこで終わりだもの。私らしくない! ティリティアは拳を握りしめた。 「うん。話を聞けてよかったわ! ね」 「うん……私たち、ユリエスのこと知らなかったから、知れて……嬉しいわ」 「そうですか、よかった」 ルシフェルはにこりと微笑んだ。 「あの、……ユリエスは、甘い御菓子は好き、かしら?」 神無は今日、一番重要だと思うことを思い切って尋ねてみた。思えば、ユリエスが甘い御菓子が好きか、嫌いかも知らなかった。 「好きですよ。時々茶会をするとき、食べていますから」 「本当! だったら、ユリエスが好きなお菓子を教えてほしいの!」 ちょっとづつ、すこしつづ、知っていこう。時間をかけても。 案内されたロドン宮殿は、やはり駅伝で走った聖地の一角――世界樹の幹に寄り添うようにして建てられていた。 厳かな白の建物の上にはさらに威圧的な雰囲気の建物が存在した。建物にはさりげなく金や銀が使われ、ぴんと張りつめた品の良さを漂わせている。 「上は園丁の方々の生活区間で、その下が私たちの生活している建物です」 とルシフェルは説明した。 ルシフェルに案内されて二人は白い建物のなかにはいった。磨かれた廊下は覗き込めば自分の姿を映すほどにぴかぴかで、柱一つも二人よりもずっと太い。見上げた天井には腕の良い絵描きの描いた豊かな花と静寂をたたえた海の絵が迫力満点に見下ろしていた。 「すごいところね」 「……本当」 二人は感動のため息をついた。 ルシフェルは偉い身分なのだろう、買い出ししたものを片づけるように他の仲間たちに指示を飛ばし案内してくれた。 「こちらですよ」 長い廊下を歩いて、階段を上り、さらに右に歩いた先にある部屋のドアをノックする。 「ユリエスさま、世界図書館の者が貴方にお会いしたいと、こちらに見えております」 返されたのは沈黙。 ルシフェルは困った顔で振り返る。 「私に話をさせて」 ティリクティアは前に出ると、ドアをノックした。 「ユリエス! 私、ティア……ティリクティアよ。神無もいるわ。握手会のとき会った子よ、覚えてる? 私達はお互いに大切な者を奪いあったわ、だから憎まれても憎んでも仕方ない、どんなことを言われても受け止めたいから来たの」 ティリクティアはあえて強引に、けれど言葉を選んで語りかける。 ユリエスが何も言っても怯まないし、受け止めてあげたい。悲しみはそうやって誰かにぶつけて、抱きしめてもらわなくちゃいけないから。 そうしたらきっと悲しみは一人で抱えるよりずっと早く癒えてくれることをティリクティアは今まで自分を愛し、守ってくれた人たちから学んだ。 そうやって強くなれたから、今度は私がその優しさや愛情を誰かに与えてあげる番だわ。 「ねぇ、ユリエス、ここから出てきて。そうじゃないと私たち、きっと分かり合えないわ。あなたは分かり合えなくていいの? それだと、きっと、あなたの悲しみや言いたいことが誰もわからないままで、忘れられちゃうわ。それはいやでしょう?」 やはり沈黙。 「お願い、聞かせて、ユリエス……それに、神無はあなたに言いたいことがあって来たの」 ちらりとティリクティアが神無を見上げる。 おずおずと神無は、いつもはつけている手錠を外すと前に出た。 「あ、あの……握手会の時助けてくれてありがとう、迷惑かけてごめんなさい」 あの場に来たのは政治的なこともあったのだと思う。けど少しだけとはいえ楽しんでいるように見えた。 「もし嫌な気分じゃなかったのなら……私も、もっとあなたと話がしたい」 神無は震える声で、切実な思いをこめた目でドアを見つめた。 「そのために、あなたの、好きなお菓子、もってきたの」 「受け取って、食べてほしいの。けど、おいしいものってみんなで食べるともっとおいしいのよ。それを知っていてほしいの。私たちはここまできたわ。あなたも、ずっと閉じこもらないで、出てきて。一歩でもいいの。待っているし、必要ならいくらだって協力するわ。それにね私たち、白百合と約束したの。あなたに招待状を届けるって」 ティリクティアの呼び声は優しい。 もしかしたら、こうして押しかけること自体がユリエスの精神を追いつめることになるのかもしれない。 なにもしないままではいやだと思ったのは自分たちの我儘だ。 時間が解決する。 けど解決できないこともある。 いま、吐き出してほしい。じゃないと、ずっと辛いままだから。 悲しくて、苦しくて、辛くても、大丈夫 ちゃんと待っている人がいることをユリエスには知っていてほしい。 「ユリエス」 二人は祈るように声を漏らす。 ぎぃとドアが開いた。 どきりと二人は身をかたくする。 ユリエスはいつものように身綺麗な姿だったが、どこか疲れた顔をして立って、そこから動こうとはしない。 それが彼のギリギリの、今見せる誠意なのだろう。小さな、些細な奇跡。けれどそれは細くても、今にも消えてしまいそうでもちゃんとある。その真実が二人の心を温かくした。 「会えてうれしいわ、ユリエス」 「白百合さまの招待状を、受け取るだけは、受け取りましょう。お客様を相手に、あまり無礼なことは出来ません」 「ありがとう。本当に、ありがとう。あなたがこうして会ってくれて、私たち、とっても嬉しいわ。覚えていてほしいの、あなたのこと、心配したり、待っている人はちゃんといるわ」 ティリクティアは焼き菓子のタルトがはいった箱を差し出した。 「これは、私たちからよ」 「ありがとうございます」 ユリエスは素直に受け取ってくれた。 「神無」 ティリクティアは励ますように神無を見る。俯きがちな神無はそれでもまっすぐに前を見て封筒を差し出した。 ユリエスの手に渡される。ほのかな甘い香りに、紙越しとはいえぬくもりが伝わった気がした。 封筒は花びらとなって消え、一枚のカードがユリエスの手のなかに残った。 「よかったら、来て、ほしいの」 「ユリエス次第よ。けど、一緒に参加できたらうれしいわ」 二人の言葉にユリエスはカードを見つめて小さく頷いた。 「わざわざここまできてくだったんです。ルシフェル、お客さまを丁重に持て成してください。なにも、しないままでは、失礼でしょうから……白百合さまとのお茶会については検討しておきます」 義務なことを告げたあと、ユリエスは鎮痛な面持ちで小さなため息をついた。 「あなたたちの言葉に今すぐに答えることは難しいですが……ここまできてくださって、それにお菓子も、本当にありがとうございます」 神無はほっと口元を緩めて頷いたのにティリクティアも嬉しそうに微笑んだ。 どんな小さな祈りでも、思いは届く。きっと。
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