世界司書は、ある程度以上経験を積むと、図書館内に「司書室」と呼ばれる専用の個室を与えられる。 特定の世界について深く研究している者が資料の保管場所として使っていたり、込み入った事案の冒険旅行を手配する際に派遣前の打ち合わせを行ったりする。司書それぞれで個性のある空間は、それだけでも面白いものである。 まぁ、中にはそこ住みつき寝起きしている者とか、ペットを飼育している者もいるらしいが、真相はそこへ行ってみないとわからない。 勿論、この男にもそれを持つ権利はあった。しかし、彼はそれを断っていた。 彼ことグラウゼ・シオンは自分の司書室を持たない事を選んだ。世界研究の資料などは自分で手元に置きたい、と言う事から自分の店である『カレーとスープの店 とろとろ』の地下に置いている。 興味を持ったロストナンバーの一人が、『とろとろ』へ向かい、店主にその事を問う。と、彼は少し考えて答えた。「たまにはいいかもな。案内するよ」 そう言うと、店の看板を『仕込み中』にし、カウンターの中へと案内する。そして、厨房の奥にある扉を開いて、ランプを手渡した。「暗いから、本当に気をつけておいで。これを頼りにするといい」●ご案内このシナリオは『司書室にて』シリーズの亜種になります。グラウゼ・シオンは司書室を持たないため、こういった形になりました。このシナリオは、『とろとろ』の地下に訪れたというシチュエーションが描かれます。司書と参加者の会話が中心になります。プレイングでは、・ここを訪れた理由・司書に話したいこと・司書に対するあなたの印象や感情などを書いてもらえるといいかな、と思います。字数に余裕があれば「やってみたい冒険旅行」や「どこかの世界で聞いた噂や気になる情報」などを話してみて下さい。もしかしたら、『導きの書』にふっ、と、予言が浮かび上がるやもしれません。
（そういえば、あのランプは……） ふと、思い立った村崎 神無はとある店へと歩いていた。クリスマスのプレゼント交換の時、自分が送ったオイルランプはその店主へと渡ったのだ。お礼の手紙に「お店に飾らせてもらうよ」と添えてあったので、どんな風に飾られているのか、見てみたくなって足を運んでいるのだが、妙にドキドキするのは何故だろう。 「ここ、ね」 目の前に、小さな店が現れた。シンプルな小さな看板には『カレーとスープの店 とろとろ』と書かれている。窓ガラスの向こうでは店主がテーブルを拭いていた。 「よぅ、いらっしゃい」 ドアを開けると、店主であり世界司書のグラウゼ・シオンがにっこり笑ってくれた。一礼し、頭を上げると……カウンターの傍に飾られた、螺旋タイプのオイルタイマーが飾られていた。ゆっくり、ゆっくり、キラキラ煌きながら落ちていく、オイルの粒。それがよく見える位置に飾られている。 自分が送った物がこうして飾られ、店主や訪れた客の目を楽しませている。そう思うと嬉しくて、胸の奥がくすぐったい。 それに暫く見とれていたものの、慌てて「初めまして」と挨拶をすると店主もにっこりと返してくれる。しかし、店主が少し考えて苦笑した。 「どうしましたか？」 「いや、ここにいると、どうもメニューを出そうとしたりしてしまう。今日は話しに来たんだよな？ だったらこっちの方がいい」 グラウゼはそう言って表の看板を『仕込み中』にすると、神無を厨房の中に招き入れた。そして、奥のドアを開ける。 「階段が……」 「このランプを頼りにするといい。足元に注意してくれ」 グラウゼはそう言って、ランプを手渡す。自分もまた小型のそれを持ち、神無の前を歩く。暫くの間、二人ともゆっくりと降りていたが、少しずつ白い扉が近づく。階段を下りきると、案外その扉の前にスペースがある事に気づいた。 「いま、明かりを付けるから」 グラウゼの言葉に、神無は１つ頷いた。 中は落ち着いた雰囲気に満ちており、キレイに片付いていた。その間にグラウゼは折りたたみ式のテーブルを取り出してクロスをかけ、椅子を引っ張り出してくる。扉のそばでガチガチに固まる神無の姿に、司書は少し苦笑する。 「やっぱり、緊張するかい？ 今、温かい物でも用意しよう」 そう言って椅子を勧め、自分は部屋を後にする。神無は一礼して椅子に腰掛け、深呼吸をしながら辺りを見渡した。顔を上げると、丁度机が見えた。幾つもの資料と書きかけであろう報告書、そして『導きの書』が置かれている。 （私が知りたい事は、書かれているかしら？） 神無としては、少し気になる事があり、ひょっとしたらその情報が来ていたりしないか、と少し期待してしまう。が、同時に不安に思っている事があった。 物思いに耽っているうちに、音を立ててドアが開く。グラウゼが紅茶とスコーンを持って戻ってきていた。慌てて立ち上がり、神無がカップとスコーンの入ったバスケットを受け取る。 「待たせて済まない。お茶菓子がこんなのでよければいいんだが……」 「あ、あの……嬉しい、です」 また緊張がぶり返してしまった神無だが、先ほどよりは口が動く。再び席に着くと、グラウゼが慣れた手つきで紅茶を入れてくれた。優しく上品な香りが鼻を擽り、それにまた心が落ち着いていく。進められるままに一口飲むと、ふわり、と喉の奥で僅かに桃の香りがした。 「あの、１つよろしいですか？ ブルーインブルーの遺跡に関する事なんですが」 神無の問いかけに、グラウゼが頷く。彼は『導きの書』を開き、暫くページを何枚かめくっていたが、ややあって首を横に振った。 「今の段階では、新しい情報は入っていないな。まぁ、こういうのは話している内に入ってきたりするものさ」 グラウゼが『導きの書』を閉ざしながら苦笑する。相槌を打ちながらも神無は少しずつ話し始めた。 「私は、元々歴史全般に興味がありまして。遺跡や廃墟の探索も結構好きですね」 その中でもブルーインブルーの古代遺跡に対し、強い興味を持っている、と。グラウゼは納得したような顔で相槌を打った。しかし、そこで神無の表情が曇る。彼女の脳裏に浮かんだのはとある依頼で向かった遺跡での出来事だった。 「……どうした？」 「実は、ブルーインブルーのある遺跡を訪れた時……結果的に、その遺跡の機能を停止させてしまった事があるんです」 仲間と共に向かった遺跡での出来事を、神無は簡単に説明していく。過去に訪れた遺跡の奥で出会った『モノ』と、それが願ったこと。 ――もう、眠っていたい。 それは結果的に遺跡を『殺す』事になってしまった。確かに、大きな危険を孕んだ物ではあった。が、ひっそりと静かに『生きて』いた。それを自分たちの行動の結果、『殺して』しまった……。その事実が、神無にはショックだった。 それ以来、彼女は遺跡へ赴く事が怖くなった。 「あの遺跡を探索している間は、とても楽しかった。知らない文明の一部に触れる事が出来ましたから。……でも、今では、軽い気持ちで踏み込んでいいものか、迷ってしまうんです」 神無はため息混じりに言う。歴史への興味は薄れていないものの、遺跡へ赴く事を考えると、二の足を踏んでしまう、と。 黙って話を聞いていたグラウゼであったが、彼は紅茶を一口飲むと静かに言った。 「君は、真面目で、優しいんだな」 「えっ？」 思わぬ言葉に、きょとん、となる神無。 「遺跡に対してそんな風に考える冒険者は、珍しい。畏敬の念を持っているからこそ、君はその結果がショックだったんだね」 グラウゼはもう一口紅茶を飲むと、神無に優しく笑いかけた。そして、「その報告書は目を通しているよ」と付け加えた上で言葉を続ける。 「あの遺跡は、自分で『眠る』事を選んだ。君の責任ではないと俺は思う。それでも不安に思うかい？ ならば次はそんな事が無いように慎重になればいいのさ」 どこか砕けたような、優しい声。空になった神無のカップへと紅茶を注ぎながら、彼は小さくウインクしてみせる。それに小さく微笑んでいることに神無は少し驚いた。 迷っている事をこうして誰かに話せただけでも、少しは楽になるものだな、と思いながら黒髪のツーリストは再び紅茶を口にする。 「そんな事を言われたのは、初めてですね」 「俺だって、遺跡に対し礼儀を尽くしている、と思う冒険者に会ったのは久しいさ」 神無とグラウゼは思わず笑い合う。 「アドバイスらしい事は出来ねぇが、これだけは言える。今の心を忘れなければいいってね」 グラウゼはそう言いながら空になった自分のカップに紅茶を注ぐ。照れ隠しなのか、やや乱暴にスコーンを齧るその様に、神無はまた、くすり、と笑った。そうしながら、少しだけ気持ちが和らいだような気がする。 「ありがとうございます」 心から礼を述べれば、司書は更に赤面するのだった。 暫くの間、他愛のない話に興じていた２人だが、神無は迷惑にならぬように、と思いそろそろお暇する事にした。 部屋を出、店の出入り口までくると、グラウゼがそっと、ドアを開ける。 「また、何か相談したい事があればいつでもおいで」 「ええ、そうさせてもらいます。……あの、それと……」 神無は少しだけ照れくさそうに言葉を続ける。 「今度は、カレーを食べに来ていいですか？」 グラウゼは、にこり、と笑う。そして、ちらり、とオイルタイマーを見、神無の透き通った金色の目を見た。 「勿論。オイルタイマーと料理の腕を磨いて待っているよ」 （終）
このライターへメールを送る
