ナラゴニアの白永城。 さる場所で城の主である白百合は怯えた子リスのようなユリエスと向かい合っていた。ユリエスの美しい顔はかたく、ぎくしゃぐとした動きが彼の美貌と優雅さを損なわせていた。「来てくれると信じていたわ。だって、世界図書館の二人のお姫様たちがあなたをここに招いたんですものね」「……」「わたくしが怖い?」「いえ……ただこういう場に慣れないだけです。それに不思議なんです。あなたはこうして気を向けてくださるんですか? あなたはリオードルにとても肩入れしていると」「それとこれは別。それに、リオードルちゃんって、とってもまっすぐすぎるの。見ていてはらはらしちゃうわ」「それは、なにを」「ねぇ、ユリエスちゃんは、世界図書館の人たちが憎い? それともゆるせない?」 いきなり話題が変わったのにユリエスは顔を強張らせた。「あなたは信仰に捧げているから、それが生き方だから否定しない。ただ一つだけ言えることがあるわ。シルウァヌス=ラーラージュは神ではないわ」 ユリエスが身をかくした。「わたくしね、神様というものが嫌いなの。そんなものを信じたらきっと生きていけないの。あなたより長生きしているせいか、あの方の本質を、多少は知っているつもりよ」「白百合様、あなたは」 ユリエスの唇に白百合の柔らかな人差し指がそっと押し付けられ、言葉を封じた。「時間は進むの、否定しても、逃げたくても。だから選ぶしかないの。どれだけそれが残酷でも……童話を知っている? ロートケプシェンという名の」 銀色の瞳がじっとユリエスを見つめ、手が引いた。「童話、ですか? いえ、知りません」「狼に食べられてしまった女の子のお話よ。それって今のあなたと似ているわ。あなたは、きっと食べられちゃたのよ。そこから脱げ出せずにいるの」「……。食べられたあと、その女の子はどうなるんですか」「聞いてごらんなさい。どうなるのか、絶望か、希望か、それとも……」 白百合は冷たく微笑んだ。★ ★ ★「今回も、個人的な招待状です」 リベルが差し出した白い封筒は二枚。 それを受け取ると、封筒は花びらに変わりカードが残った。【さぁロートケプシェン、こちらへおいで。誘惑の花園で、お前の美食を求める】【狼に食われてしまったロートケプシェン、どんな結末を望む?】「ロートケプシェンとは、壱番世界では赤ずきんのことです。いつものパターンからいえば、これに関する美食を、ということだと思われますが二枚というのは……それぞれ別のものを要求しているのでしょうか? 白百合のお茶会にはそれぞれゲストがいるようですので、今回も……あちらから案内人が出ています」 リベルが示したのは白い騎士服に身を包ませた女騎士だった。その見た目は蹄に白い馬の脚、上半身は女で背に翼があるという獣人だ。 腰に銀の剣を下げ、長い髪の毛を一つにくくって胸のところにたらしている。「私は白馬。あなたがたを白百合さまがご指定された茶会の時間に城まで案内するようにと……茶会の場所はカードに書いていると伺っております。どうぞ、ご命令を……ひとつ主人からご伝達です。お二人に求めるものはそれぞれ異なる、とのことです」
「あの、お城に庭はあるんですか?」 可愛らしい黒い子猫のような容貌の村崎 神無は黒のワンピースに、赤いレースのケープを羽織ってお茶会に臨もうとしていた。 ティリクティアはいつもとわからない服装だが、フォーマルなドレス姿はお茶会に出たとしても恥ずかしくない装いだ。 「神無も気が付いた? 私もよ。白百合は中庭にいるんじゃないのかしら? だって祖母の家に行く途中、狼が告げた寄り道の罠……花々が咲き誇る、魅惑の花園って言ったら中庭くらいしか思いつけど、白百合が陽射しを凌げるような場所はそこにあるの?」 二人の言葉に白馬は頷いた。 「お二人がそう思うのでしたら、わかりました。お運びしましょう」 二人が、きょとんとした顔をする目の前で白馬は姿を変化させる。美しい女騎士であったのが名の通りの逞しい馬の姿になり、背中の白翼を広げる。 「さぁ、お乗りください。お二人を時間に間に合うようにするのが私の務めです」 「すごいわ! ふふ、じゃあ、いいかしら? 神無も、はやく!」 「え、ええ」 物怖じしないティリクティアがまず馬の背に、神無は眼を白黒させていたが、意を決したようにその背に跨った。 白馬は地面を蹴ると、空中へと飛んだ。 そのあまりのスピードに二人は悲鳴をあげ、ターミナルにいた者たちは何事かと空を見上げた。 「びっくりしたわ、本当に猛スピードなんだもの! ふふ、けど楽しかったわ!」 「……うん」 ティリクティアは生き生きした顔で目を輝かせる。一方神無の顔は若干だが青白い。 「大丈夫?」 「だ、大丈夫……ちょっと怖かっただけ」 神無は答えながらちらりと前を歩く白馬を見た。 城の手前まで五分もかからず連れてきてくれると、すぐに人の姿に戻って庭へと案内すべく歩き出した。 白永城の中庭に行くには一度、城のなかに入る必要がある。白く長い廊下を歩き、右手に曲がってさらに進んで銀の扉に行きついた。 「私の役目はここまでです」 白馬は一歩、下がって扉を示した。 「ありがとう。白馬」 「あり、がとう」 白馬は恭しく二人に頭をさげた。 ティリクティアが視線を向けると神無はこくんと頷く。 二人は前に進み出ると、扉を引っ張った。 水分を含んだ芳醇な香りが二人を出迎えた。 白、白、白……天に向けて咲き誇る一面の百合が庭を覆う。かすかに吹く風が花たちを撫でて、ささやくような音をたてる。 「すごいわ」 「本当……あ」 神無は彼に気が付いた。 いつ、現れたのかと訝しむよりも、また会えたことが嬉しかった。 「ユリエス」 ティリクティアも気が付いて、彼の名を呼ぶ。 美しい容貌に暗い陰がさすと外見年齢以上の落ち着いた雰囲気を持た。 二人の前に来るとユリエスは眼を眇めた。 「お二人だったんですね、白百合様が招待したお客様というのは」 「ええ、そうよ!」 「ユリエス、あの」 二人はそれぞれユリエスと再び会えた喜びを伝えようとしたが、ユリエスはそれをあえて無視して背を向けた。 「白百合様はこちらです。あの方をお待せするのはよくありません」 そう言われると反論が出来ないが、ティリクティアは歩きながら疑問を投げた。 「ユリエスは、お客様でしょ? 案内までするの?」 「私が申し出たんです。いつもはそうしてましたし、それにあの方と同じ席につくのは畏れ多い」 ユリエスはそれだけ言うと庭の奥に進む。どこまでも花しかないと思っていた庭の果てに樹があった。 そこに銀のテーブルと、椅子……中央には白に包まれた女性がいた。 ユリエスが畏れ多いというように、彼女は厳かにそこに君臨していた。 ティリクティアも、神無も一度、白百合と対面しているが、あのときとはあきらかに違っていた。 宝石のちりばめられた帽子は銀と金であしらわれ、その端から垂れた白レースが顔を隠されている。白ドレスと白ブーツもすべて金と銀、レースが使われて女主人を飾りたてている。 「お連れしました」 白百合が片手をあげたのにユリエスはすぐに二人のために椅子をひいた。 「どうぞ。お座りください」 ユリエスは丁重に二人を座らせたあと、自分も白百合の横に腰かけた。 すでに神無は緊張の限界に達していた。膝の上にある手ががくがくと震える。この席で手錠は外したほうがいいと思ってしてこなかったがそれは正解だったが、いつもあるものがないとますます不安になる。 「お招きありがとう。白百合」 神無の緊張を察してティリクティアが挨拶する。 それに神無は我に返って挨拶しようと頭をさげて、テーブルにそれがないことに気が付いた。 銀のポットと白いカップだけで、カステラはない。やはり出してもらえなかったのだろうか? 残念な気持ちがじわじわと神無の胸に広がる。 「とってもシンプルなテーブルね、お茶会ってお菓子もあるのだと思ってたわ」 ティリクティアもカステラがないことに気が付いたらしい。それにお茶会だとしたらこのテーブルは殺風景すぎる。 「私、お土産を持ってきたの。ターミナルのレストランの御菓子よ、それを」 「そのようなもので懐柔する暇があれば、わたくしの言った美食を差し出しなさい。わたくしはやるべきことをしない者と席を同じくする趣味はない」 高飛車な言葉にティリクティアは一瞬だけ眉根を寄せてお土産は膝の上に置いた。 神無も自分のナレッジキューブを二人にお土産にと思っていたのに出すタイミングを見失った。 「私の用意した美食はロートケプシェンへの見解よ」 「ターミナルの人々の考えはつまらないわね」 白百合は鼻で笑った。 「以前のお客様も自分なりの見解だったわ。もっと工夫がないの? わたくしのあなたたちへの見方は誤っていたのかしら? もっと刺激的で面白いと思っていたのに」 「……見解は、内容を聞いてみないとわからないと思うわ」 「飽き飽きよ」 ぴしゃりと白百合は吐き捨てた。 「つまらない茶会はこれで終わり! わたくしは部屋に戻ります」 白百合はすっと立ち上がった。その右手には白いタキシード姿の鳥が寄り添うとさっさと背を向けてしまった。 あまりの展開に二人は茫然とした。 はじめに我に返ったのはティリクティアだ。勢いよく立ち上がる。 「ま、待って! 神無、ごめんなさい。私、白百合に言ってくるわ! こんなの横暴だわ! まだ味わってもないのに飽き飽きだなんて!」 「あ、て、ティア!」 神無が止める間もなくティリクティアは大股で駆けていく。あとに残された神無は椅子に座りなおすと、同じテーブルにいるユリエスと目があった。 ユリエスもこの展開は予想外だったらしく茫然といたが、神無と目があうとはっと顔を引き締めた。 「ティアを置いては帰れないわ」 「白百合様は本当に気まぐれな、花のような方なんです。誇り高く、純潔で……そして恐ろしい」 「ユリエス」 「お茶会に誘われたとき、私は怖かった。あの方に会うのが……けれどお断りすることも出来なかった」 「怖い、から?」 「……それもあります。けれど、嬉しいとも思いました。私を気にかけてくださって……あなたたちと同じで」 「ユリエスは、私に優しくしてくれたわ。ユリエスにとって何気ないことかもしれないけど、私はとっても嬉しかった」 ユリエスがちらりと視線を持ち上げるのに神無は必死にあのときの、ずっと伝えたかった気持ちを口にする。 「……ロートケプシェンは」 「え」 「ロートケプシェンの結末をあなたは知っていますか?」 ティリクティアはぷりぷり怒って庭を進んでいった。こんな事が出来るのも負けず嫌いな性格のなせる業だ。 「白百合! 待って!」 ようやく白百合に追いついたのにティリクティアははしたなくも声を荒らげる。 「せっかくのお茶会をこんな形で台無しにしたくないわ! まずは味わってみて、それから決めるのは遅くないと思わない?」 白百合は足を止めると、首を傾げた。 「味わう価値があるかしら」 「……白百合、貴方は狼に食べられた少女をどう思うかしら? 愚かだと、ただ笑うかしら?」 白百合は沈黙する。 風が吹いて白花たちを震わせる。 「疑う事を知らず純粋であったが故に狼に食べられた少女。このお話は警告の意味があると思うわ。でも、純粋だった少女を私は好ましく思った……小さい頃から私は権力の中枢にいたから人を疑わなければ、残酷にならなければ、生きてはいけなかった。人を疑わないという事は愚かであり、嘲笑の対象でもあり、時には罪にもなったけれど……私はそんな中でとても純粋で美しい女の子に出会ったの」 胸につけている黒瑪瑙の盾をぎゅっと握りしめてティリクティアは告げる。痛みと悲しみ、けれどあたたかな思い出を。 未来を見てしまうティリクティアの人生は生易しいものではなかった。いつも血と喪失と迷いのなかにあった。 けれど自分が選んだ道を進もうと必死にあがいていた。 「私に仕えた女官の1人に家も地位も財産も奪われた少女がいたわ。彼女は純粋で一生懸命で、人を疑わなかった。だから騙された……私は彼女へと手を差し伸べて、騙した相手を追いつめて罪を暴いた。彼女は私の手をとり、その後、誠心誠意、私に仕えてくれて……私を庇って亡くなってしまった」 ティリクティアは前を見る。 「どうかしら」 「愚か者は嫌い」 きっぱりと白百合は告げる。 「見解に大切なところが欠落してるわ。赤ずきんは言いつけを破ったの、してはいけないということをやってしまった。けれど赤ずきんはいい子だから愛される。女の意味、男に保護の意味、生み出されるものの痛みの意味がこの物語があるのではなくって? 疑わないというのは面白いけど、強引。あなたの見解にあえて問いましょう。あなたはその少女にあなたはなりたいの? それとも重ねているの?」 ティリクティアは首を横にふる。 「彼女は私に信じることの大切さを教えてくれた。私も誰かを信じたいって、だから私は私の選んだ道を後悔しないって決めたの」 「美食とは言えないわね……けど、そうね、特別に一人の愚か者の話をしてあげる。これに答えてみてごらんなさい。……ある女は力があって、誰よりも強いから、使命に燃えたの。世界樹を支えるという使命にね。生きることは犠牲を強いることよ。多かれ少なかれ、犠牲の上に成り立つの。だからこの世界の生き方に疑問など感じなかった。信じていたのよ。自分の正しさを……そして自分が信じる男を支えたかったの」 「どうなったの」 「女はふつうの方法では死なない。あるとき敵に捕まり、思いつく限りの痛みと屈辱を与えらた半死半生の状態で、壁につるされ、日の光に焼かれた、見るも無残な姿となった……助けは」 「来たわ! 絶対にきたわ! だって、だって、」 それ以上は言葉にならなかった。 「何故、そんな顔をするの?」 「私は、過去は見えないわ。けど、……助けは来たわ」 「その結果、死ぬ自由すら与えられず檻の鳥となった女は生きてなにをするというの? 肝心なときに何もできずに、信じたものは破壊された。なにもない絶望で生きろというの? それこそ地獄だというのに……だからわたくしは愚か者が嫌い」 信じれば、いつか裏切られる。積み上げたものはいずれ壊れる。それに例外なんてない。 そんなあたりまえのことが痛くて、痛くて、苦しくて。いっそ信じなければこんな苦しみとは向き合うことはないのにと。 ティリクティアは絶望も希望も内包して未来があることを知っている。だから未来を視続けると決めた。 「……その人は、いま、どんな気持ちなのか、教えて……何度だって信じてほしいわ。苦しいのも、悲しいのも、一緒に悩もうって言うわ」 「そしてあなたはどうするの?」 「力になりたいわ。その人を信じてあげたいの」 「……世界樹を、あの人を奪われたとき、思っていたほど悲しくなった。けど、出来れば、もう一度お会いしたい……シルウァヌスに」 風が吹いて、白い布が浮く。 ティリクティアは息を飲む。 涙を流さずに、泣く人がいるのだ。銀色の瞳がなぜか鈍色に見えた。 「本当にひどいことをしたんだわ……ユリエスにも、あなたにも……私」 「それ以上は言ってはだめ」 白百合はティリクティアの前に歩み寄ると、その頬を撫でた。優しく、いつくしむように。もう泣かなくてもいいように。 「だから愚か者は嫌い。許してと言われれば許すしかないから」 ティリクティアの言葉を白百合は奪い取る。それはまるで静かに涙を流すように、優しく。 「けど、いいの。それでいいのよ。許しを求めて動くことが大切なのだから……赤ずきんは好きよ。あの物語の最後は本当にいっぱいあるの。娘はおばあさんを食べて、狼に食べられてしまったり、別の物語では食べられたまま。もっと別の物語では自力で助かってしまう……私たちは狼のおなかのなか、だから立ち上がらなくちゃいけない。貴方達は狼を倒して、私たちを助けてくれているの。ティアちゃん、あなたはその姿と同じで、光ね」 そっとティリクティアの両頬を白い手が掬い上げて、上を向かせる。額にひんやりとした肌の触れ合いを感じた。 玲瓏な月の瞳を何もかも包み込む太陽色を持つ瞳は見つめる。 「けど、あなたたちもある意味では狼のおなかのなかね。けどあなたは自力で出ていける、そんな強さがある。良い子ね、素敵な美食よ。……私はリオードルちゃんが大好き。けど、それとは別で、あの人が大切にしていたものを残したいの、守りたい。そのためだけに動いているの。これ二人の内緒よ? リオードルちゃんが妬いちゃうから」 祈りのような囁く声をティリクティアは眼を逸らさず聞く。ふふっと白百合はいたずらが成功した子供のように微笑んだ。 「意地悪してごめんなさい。いい子ね、あなたの考え、愚かだけど嫌いではないのよ。だからあなたはあなたらしくいて。ティアちゃんは怒らせたら絶対に追いかけてくれるって思ったわ。こうでもしないとあの二人を一緒にできないから」 「え」 「さぁ、どんな結末を聞くのかしらね?」 神無は考えて考えつづけて、ユリエスを見つめていた。ユリエスもまた神無を見つめている。これは白百合に捧げるもののはずだ。それを先に口にしてもいいのだろうか? 今は二人きりだし、白百合にはあとで話せばいいだろうか。 「赤ずきんは、食べられて、それで、暗闇で……思うの。全部自分のせいだ……自分が馬鹿だから、こんなことになって大事な人も失うんだって深い絶望に包まれたまま、意識を手放すの」 風が吹いて甘い香りが鼻孔をくすぐる。 まるで泡沫のように散る花びら。 「ふと気が付くと視界に光がさして、誰か……この場合は、助けに来た猟師だけど、手を差し伸べているのに、絶望のなかにね、ぽっと光が灯るの。こんな自分でも、救ってくれる人がいる……もう一度、生きてもいいんだって、だから手を伸ばすの」 「生きるんですか」 「そう」 神無は口元に僅かに笑みを浮かべた。 「いろんな結末があるけど、私は、この結末が好き……ターミナルとナラゴニアの未来にも、光が射していけばいいって願いを込めてこの結末を選んだの」 ユリエスの心はまだ頑なだろう、けれどここにきてくれた。ちょっとづつでも前に進んでくれる彼に思う。 傷つくかもしれないけど、それ以上に包み込むものがある。何度だって、手を伸ばす。あなたが立てるように。 「ありがとうございます」 ユリエスは穏やかに笑った。 「痛みは、まだ、あります。けれど、白百合様はおっしゃいました、結末を知ったら、それを選んでみるのも悪くはないんのではないのかと」 「……ユリエス?」 「あと、すいません。貴方達に不愉快な思いをさせてしまって……たぶん、先ほどのは白百合様が謀ったんです」 「え」 「私とあなたを二人きりにしようとして」 神無は眼をぱちぱちさせる。 「私に、物語の結末を聞かせようと思ってしてくださったことなんです」 「え、え、え? だって、これは白百合に? え」 まだ話が飲み込めなくて神無は混乱すると 「ユリエスちゃん、満足する結末はあった?」 振り返ると白百合が顔を晒しているのにユリエスが叫んだ。 「白百合様! 日の光は危険だと、せめて布をつけてください!」 「大丈夫よ。日傘をさしているもの。ティアちゃんが、支えてくれているし」 「だからって、無防備すぎです! 貴女になにかあったらどうするつもりですか!」 「ユリエスちゃんって本当に怖いわね」 ティリクティアの背に隠れる白百合にユリエスは椅子から立ち上がって大股で近づいた。 「白百合様!」 「ティアちゃんとね、お菓子をとりにいってきたのよ。ねぇ、ユリエスちゃん、おいしい紅茶をいれて、御願よ」 差し出された包みをユリエスは反射的に受け取っていた。 「~っ、わかりましたから、どうか、席につくのにお手伝いをさせてください。ティアさん、すいません」 「いいのよ。支えるくらいできるもの」 テーブルにつくとユリエスはしゃきしゃきと動き出した。慣れたように紅茶の用意をして、お菓子も手配する。 並べられたカステラ。 神無は眼を瞬かせると白百合は微笑んでいる。 嬉しくて神無はお礼をしようとすると白百合が唇に指をあてて秘密だと指示する。それに目を伏せるだけにしておいた。 「お土産があるの!」 ティリクティアが差し出したのは「Cafe ミスチヴァス」のメニューで大好きな赤ずきんとひとやすみのひと品。 寂しかったテーブルは一瞬にして華やかになる。 誰かが誰かを思うから。 明るい未来を信じているから 「あの、私も、これ……ナレッジキューブって言うんだけど」 神無の説明にユリエスは手に取ると、迷いなく花瓶に変えた。 「花をいくつかいただきます。テーブルに花がないのは寂しいので」 「ユリエスちゃんって真面目ね。じゃあ、わたくしは」 白百合の手の中で生み出されたのは白い封筒だった。 「新しいお茶会の招待状よ。今度はもっと大きなものをしましょう。リオードルちゃんやノラちゃん、ユリエスちゃん、ターミナルの人たちもきて、みんなで仲良くするの」 その言葉に虚を突かれた顔をしたユリエスにたいしてティリクティアは乗り気だ。 「素敵だわ!」 「わ、私もそう思います」 一斉に視線が集まるのにユリエスは一瞬だけ苦い顔で咳払いをすると 「白百合様のお誘いを、お断りはしません。……リオードルと顔を合わせてどうなるかは保証しかねますが」 ぷっとティクリティアと神無、白百合は吹き出して、カステラを食べ始めた。
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