真空の荒野に降って現れた大気、 はたして住民たちの福音になるのであろうか…… いくつかの思惑と偶然が重なり、この世界は呼吸可能な大気を得た。 組成は窒素70%、酸素30%、それと微量のフロン。気圧は赤道上で800~700hPa、壱番世界のよりは若干薄いが酸素の分圧が高いので行動に支障は無い。 † ロストレイルのプラットホームがあるフォンブラウン市であっては、騒動のさなか残された大樹が一大観光スポットになっていた。 与圧服無しでの地上の散歩は、どこで体験しても良いはずなのだが、挑戦するならこの巨大なネムノキを拝んでからと言う謎のブームが巻き起こっているのだ。そんな疑似宗教ごっこに興じるのは犬ばかりかと思いきや、猫も猫で恐る恐るこの大樹を登ってみる始末である。 図書館のロストナンバーたちを含め、脳に血のめぐっているものは当初の驚きからさめるとそれぞれの行動を開始していた。 あるいは、順応の早さはこの世界の住民も異常現象になれてきていることを示唆しているのかもしれない。「この世界の人々はこういった騒ぎには慣れてるようですね」 プラットホームについたばかりのダルタニアはにとってはそれがどうにも奇異に映る。彼はこの世界が初めてだ。「彼らは<真理>についてどこまで……」「私はしゃべっていないわよぉ☆」 とは言え、図書館と旅団が激突するなか、無知で居続けることは難しい。例えば、世界が無数に存在することなどはいつの間にか多くの住民の知るところとなっている。そして、それ以上を知っている者も多い。 適応している住民の中、フォンブラウン市を仕切っていた闇商人ランガナーヤキは途方に暮れていた。雑種同盟に擬神を売りつける計画は完全に費えたといっていい。もはや、船外活動はかつてほどには危険ではないのだ。 一方の、コーギー達が所属している雑種同盟は表向きは静観している。真の思惑は別所にあるのかもしれないが……。ただ、首魁のボーズは事件騒動の中、逐電してしまったようである。 ともかく、玄武は大樹が根付いてしまった中央ブロックを切り離さないことにどうしようもない。ただ、騒動の真ん中にいるコーギーたちは与圧服無しで作業出来ると楽しそうなのが救いである。 そして、大気の出現によって世界のパワーバランスはふたたび大きく揺らいでいる。 たとえば、猫のタルヴィンはアヴァターラ(大型人型兵器)のコックピットの中で苦戦していた。 アヴァターラの姿勢制御ユニットは大気の影響を考慮していないので圏内飛行に支障ある。 優美な機体は無様に砂丘に突っ込んでいた。 風が吹くだけで転んでしまうようでは戦闘どころではない。「大丈夫か?」 心配げにハーデが人型兵器に駆け寄った。 そのころ、竜人モービル・オケアノスは街から離れて、荒野の様子を眺めていた。 日差しは強く、暑い。 大気ができたからと言って死の星が急に緑豊かになるわけではない。魔法的手段によって植物が生い茂っている大樹の周辺と、グリーンベルト以外は、ただの砂漠だ。昼暑く、夜寒い、不快きわまりない砂漠だ。 実際のところ、昼は100℃近くなり、夜は氷点下に下がる。 モービルに同行していた御輿(多足戦車)のハッチがあいて、赤柴の岐阜さつきが顔を出した。「モービルさん、いかがですか? なにかわかりましたか?」 この元神官犬はロストナンバー達を神と呼びかけることをやめていた。それは良いことであると思われる。「砂埃がひどいですね」 そう、この世界には水が足りない。空気だけでは生物は生存し続けることはできないのだ。 そして、その分だけ、ぽっかりと温暖湿潤気候が出現しているグリーンベルト周辺が異様であった。ロストレイル号のプラットホームがあるフォンブラウン市から旅団の支配下にある田中市までは快適な空間が帯状に広がっている。 図書館がその調査を決定するのも時間の問題であった。 そんな折に、田中市の東京ポチ夫から連絡が届いた。 なんでも聖典のうち、外典偽典とうち捨てられていたものの中から現在の状況に近いものが発見されたというのである。それを図書館のロストナンバーに見せたいとのことであった。「準惑星テラフォーミング・大気の実現性についての初期検討」概要 移民を考えるにおいて、CHZ(惑星ハビタブルゾーン)に地球型惑星が存在することが理想である。そこで従来は、地球型惑星をテラフォーミング(惑星改造)することによって人類が居住可能とすることが検討されてきた。テラフォーミングはその重力により軌道トランスポートに一定の困難がある。また、地球型惑星の環境は我々の当初想定していたよりも多様で生物及び機械の活動を妨げる要因の除去が困難であること。その大きさにより、テラフォーミングするには時間がかかりすぎる等の問題が指摘されている。 そこで当研究チームは、宇宙服と小型のステーションのみで初期行動が可能な準惑星をテラフォーミングすることを提唱したい。準惑星は大気を有さないものが多いが、タイタンに観察させれるように重力が小さいくても大気を保持することは可能である。本論では準惑星に呼吸可能大気を創造することの実現性を論じる。また、とりわけ分子量の小さい水分子の保持可能性について論じたい。なお、実作業については、知性付与動物の使用が考えられる。 † そして、4人のロストナンバーがグリーンベルト調査を兼ねた世界一周の旅に招集された。 はたして、この哀れな世界は緑の星になることができるのだろうか。:order_4_lostnumbers-> 世界の緑化の可能性について調査してください:warning-> 寒暖差-> 水不足-> 強い日差し:submission-> グリーンベルトの調査を行ってください-> 外典偽典を入手してください:remarks-> 原住民の自発的協力が望ましい=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>=========川原撫子(cuee7619)ハーデ・ビラール(cfpn7524)ダルタニア(cnua5716)モービル・オケアノス(cbvt4696)=========
旅のスタート地点フォンブラウン市。 地上に出て見上げれば巨大樹の周りで解体作業が進められていた。 巨大樹が植わってしまった移動都市玄武の中央ブロックが切り離されようとしている。次の航海にむけて準備中なのだ。 大気循環が始まればエネルギー事情は大いに改善するであろうが、この世界はまだ玄武のもたらすヘリウム3を必要としている。 そして、この気候変動がこの世界にどれだけの影響を与えるのかの調査が必要であった。 ―― そのための世界一周 小さな世界であったとしても、簡単では無い。 一周、約10000km、飛行機があれば一両日の行程であるが、それでは実態がつかめない。一日100kmの徒歩行軍であれば100日、戦車で一日1000kmの行軍すれば10日の旅と言ったところだ。壱番世界やブルーインブルーと違って船に揺られて一周というわけにはいかないところが問題だ。 意識して進まないとゴール出来ない。 出発地点である、フォンブラウン市から田中市までは温暖湿潤な環境となっているグリーンベルトを進み。そこから先は砂漠の荒野となる。 「グリーンベルト地帯は時速20km、夜間移動なしでのんびり旅を楽しんで☆ それ以外は爆走して1か月で一周が目標ですぅ☆」 と言う川原撫子の提案に一同は賛同をしめした。 「それはこちらも助かる。タルヴィンのアヴァタールを調整しながらになるので最初は速度が出せないだろう」 4人のロストナンバーに、猫の公子タルヴィンと犬の元神官さつきが同行する。 「シュリニヴァーサさんも行きましょぉ」 そこに見送りに来た学者猫シュリニヴァーサもまきこまれた。幸い、戦車の操縦席にはまだ余裕があった。 そして、旅団の勢力下の田中市では補給が満足には行えないだろうと、物資はできる限り詰め込んでいくことになった。 「樽も積んで下さいぃ」 † 順調に予定の距離を消化する。 「ねぇ、夜間移動無し、キャンプってことだけど…… いつになったら夜になるの?」 いつまでたっても日が陰らないので先頭を行くモービルが素朴な疑問を口にした。 夜と言ってもこの世界の一日は壱番世界の1ヶ月分あるからである。 徒歩組はスケートの要領で小さな重力を振り切って大股でぽーんぽーんとグリーンベルトの上を滑っていく。時速20kmは自転車であればのんびりとしたペースであり、歩きというよりはジョギング程度に体力を消費する。 フォンブラウン市を出発して8時間、細かく休憩を挟んでもしんどくなってきた。そのために竜人モービルが念のために確認した。彼は翼で滑空できるので体力が節約できる。背に学者猫シュリニヴァーサを乗せていてもまだ余裕があるくらいだ。しかし、そのシュリニヴァーサはしがみつくのに精一杯であった。 「やぁよ☆ 一日24時間で過ごすですぅ」 提案者の撫子は戦車の上に腰掛けたままの一番楽な姿勢であるはずが、彼女はもう休みたいようだ。ずっとはしゃいで、戦車から水をまいていたのが原因だ。実のところ、この世界の住民も24時間周期で生活している。遠い時代からの伝統である。 「私はもう少しいけるが」 「ごめんなさい。僕はだいぶつらいです」 一般的に軍人とは体力があるものである。しかし、同じ軍人でも猫タルヴィンの方はたたき上げのハーデと異なり、ただのおぼっちゃまだ。アヴァターラを調整しながらストップアンドゴーを繰り返して疲労困憊だ。 「そうかそうか、私のしたことが……」 ハーデ・ビラールは猫には甘かった。 こうして、一行は真っ昼間からキャンプを張ることにした。 テントのペグを打ち終えるとモービルは照りつける太陽を仰いだ。 「なんだか、不思議な気分だね」 日の出ているうちに野営地を確保しても、キャンプを張り、水を確保して、食事ができる頃には日が暮れているのがアウトドアの相場である。それがうららかな午後の日差しであっては緊張感が削がれる。 当然、この世界の犬猫にとってキャンプは初めての体験で、特に犬のさつきはおおはしゃぎであった。 そして案の定騒ぎすぎてご飯を食べるなりその辺で寝こけてしまった。ずっと室内のこの世界の常識とは異なり、裸で野宿は体によくない。 モービルはさつきをテントに運び込んだ。そして、モービルもそのまま一緒に寝ることにした。そこにさつきの親友であるシュリニヴァーサが入ってくる。 「これが、もふもふ? なんか癖になりそう」 二匹のよこでごろんとしてモービルは一人づいた。 モービルが生まれ育った世界は、毛の生えた生物があまり居なかったので、イヌネコをもふる感覚は、生まれて初めて味わう不思議なものだった。 外では眠れない者たちが晩餐を続けていた。 「ところで、旅の目的の外典偽典のことをどう思いますぅ? この世界を丸ごと緑の世界に変えるにはすごい魔力が必要ですよね☆」 残り火で翌日の朝食をこしらえながら、旅の今後を議論する。 神官であるダルタニアはしばらく考えて、そして答えた。 「まぁ、魔法なら出来るのですが。ただ、一人でやると、範囲的に狭いというか。わたくしが使えるのは『ガイアシンフォニー(大地賛歌)』という儀式魔法ですが。永続ではあるのですが、効果範囲が狭いので…………」 「このグリーンベルトですら規格外って事かい」 「はい、そうなります」 そうして、ダルタニアは天を仰いだ。グリーンベルトの中では日差しもやわらかい。荒野でのように網膜にささるような鋭さは感じない。 ダルタニアは流れを切り替えることにした。 「ハーデさん。さつきさんは元神官…… とはいいましても、彼らの奉ずるのは神ではなく、人間…… 確か、そういう話でしたね?」 「そうなるな。彼らを、犬も猫も ……を作ったカミサマとやらは、私たちのいうところの人間と考えて間違えないだろう。教典も見せてもらったことがあるが、特別な力はなにも無かったようだ。0世界には掃いて捨てるほどいる神のようなものたちでももちろんない。コンダクターと同等だろう」 「そんな人たちの残した外典偽典をあの魔法少女が何に使うのか恐ろしくてたまりません」 「そうだな、魔法少女大隊に一切渡してはいけないと思う。彼女たちがそれを利用して何をしでかすかわかったものでは無い」 となれば、外典偽典が田中市に置かれている状態はあまり好ましくない。 「戦車の通信機を利用すれば田中皇大神宮まで連絡がつくはずです」 「傍受される可能性があるな」 「ハーデさん。魔法少女大隊がその気なら、既に奪われているはずです。そこは覚悟を決めるしか無いと思います」 「それもそうだな」 そうして、外典偽典を魔法少女大隊から隠匿するよう電文が打たれた。 † 時計が翌日を告げ、太陽の位置がわずかに移動していた。 「出発前にこの辺のグリーンベルトの幅、測りましょぉ☆ハーデさん、跳んでくれますぅ?」 「了解した」 計測してみれば、幅は1kmほどであった。グリーンベルトの幅は場所によって異なることがわかっている。道中、幅が100mもないところもあった。地形に依存するのか、それともそのほかの理由があるのかは追加の検証が必要である。 「この世界のすべてがこのようになればいいのにね」 モービルがため息をついた。 二日目は前日の疲労が抜けていない 三日目には旅にもなれてペースが安定した。 撫子も移動しながら水をまくのを再開した。 「それ、意味あるの?」 「少しでも☆この世界の役に立てばいいと思うわ」 そう撫子はモービルの質問に答える。 「実際のところ、この世界を緑に変えるのに成り立たせるのにどれだけの水が必要なんだろう」 「それを知るための外典偽典なんですよね」 タルヴィンの巨大ロボットも制御が安定してきたようである。今朝はハーデを肩に乗せたままでも危なげなく歩けるようになっていた。 † こうして、一行は田中市に辿り着いた。ハーデ・ビラールの姿は見えない、魔法少女大隊に見つからないように姿をくらましているのだ。 そして、神官ダルタニアは、その犬的外見を利用してそのままこの世界の神官に変装している。作法はさつきから学んだ。彼から旅の間に作ったカンペで復習している。 「ダルタニアと名乗ると珍名に思われる気がします。ここは、そうですね。『飛鳥・京』かな」 彼は撫子、さつきと連れだって、田中市の地上口からエレベータに乗って地下へと向かっていった。 モービルはタルヴィン、シュリニヴァーサと共に地上に残っている。アヴァターラから離れる訳にはいかないからだ。ここは犬たちの中枢だけあって猫の姿は見られない。そして、巨大人型兵器を監視するように戦車が出てきた。一応は、ロストナンバーがついているから攻撃されないといったところである。 モービルはそんななか、アヴァターラに腰掛けて、猫たちと待つことにした。 身じろぎもしない柴犬たちを見るとくつろぎづらい。 「無理してでも一緒に行けばよかったよ」 一方のダルタニア、撫子、さつきの三人は丁重な案内のもと、エレベータに乗って広大な地下都市を降下していった。 神殿は田中市の奥深くにあるのだ。かつての大戦でも無傷で残った歴史ある街とのことである。 エレベータを乗り継ぐとヒノキの香りの漂う静謐な空間が広がっていた。板張りの広間は飾りっ気は無く格調高い。 「ちょっと前までこれだけの木があるのはここだけだったんです」 そう、東京ポチ夫が切り出した。お互いに礼をかわして、自己紹介する。 そしていくつかの通路を経て会議室に案内された。この空間は石の床の四隅を筧に囲まれており、清浄な水が流れている。この世界では贅沢な調湿である。会談は、部屋の中央の畳の上で行われた。 巫女が茶を出す。済んだ緑色の茶であった。 「すみません。こちらが問題の書です」 表紙には『準惑星テラフォーミング・大気の実現性についての初期検討』とあった。ダルタニアがぱらぱらとめくったが魔法の魔の字も出てこない。確かに、教典に書かれた神は、なんの特殊能力も持たない、壱番世界の人間とよく似た人々であったようだ。 「わたくしの知る神は ……このように法力という形で恩恵を与えてくれます」 そう言って、魔導神官戦士は目の前の茶に祈りを捧げ清浄な水に戻す。ダルタニアは慎重に言葉を選びながら、犬の最高神官を見据えた。 「あなた方のいう神は…… わたくしの知る神とはずいぶん異なるようです」 東京ポチ夫は目を伏せる。彼らの神はあまりにも無情だ。 人々をこの荒涼とした世界にうち捨てた神が、光明をもたらしたことはこれまでに一度もなく、そして、これからもないだろう。 「神は自身に似せて、我々を作られたのですから、神が我々よりなにか優れた力をもっていることは無いのです。ですから、神には我々を救うなんてことはそもそもできないと言うのが教義です」 「そんなあなた方をこの世界に置き去りにするとは残酷な」 「神の残虐さを知った貴方に、神について聞きたくて☆神はこの地に必要ですかぁ?」 「我々の伝説では、神は…… 神の住まうべき新たな世界を創造するために我々を作ったとあります。それは犬だけではなく、猫もそうです。ただ、猫はすぐにその仕事を投げ出しました。だから、我々だけがその大業を引き継いでいるのです。ですので、この世界が神の住める世界になるまで神がこの世界に来られることはないでしょう」 「ひっどーい。だったら、最初っから使い捨てるためだけにあなた方をつくったってことじゃん。貴方を滅ぼし、他の犬猫を虐げる神が? 神は身内を1番に考える、犬猫とは別の種族ですぅ。多分彼らは魔法大隊と同じく自分の権益を1番優先するでしょぉ」 「違うのです。我々は神を……」 「神の復活手段があると思うからこそお聞きしますぅ…… 百年以上、神と戦う覚悟はおありですかぁ?」 「だが、神と触れあったことのある ……信仰に満ちた我々の遠い祖先と異なり私は…… 神を知らないのです。神々がまだあの朱い月に住まわれているのかですら私には確信が持てません。」 そして、意を決したようにいった。 「神の復活…… いや、むしろ、神はその御座にはおられない。そう考えるのが自然でしょう。その神が今度こそ我々の前に姿を顕されるというのなら……」 広い空間に、沈黙が広がった。犬たちはその神学に修正を入れる時が来たのだと思われた。 「貴方たちは☆幸せになっていいのですよ」 † そして、一行が立ち去った後、一人残された東京ポチ夫の脇にハーデがテレポートしてきた。 「あなたは……」 「やぁ、ポチ夫、これを全部貸して貰えないか」 東京ポチ夫の執務室には儀典外典が山積みとなっていた。彼はその中から問題の書を見つけ出したのか。 「全部、ですか。ここにあるのは印刷した分だけです。残りはサーバコンピュータに保管されています」 「そうか。魔法少女大隊は、これを見つけたら即内容を実行する可能性が高い。そんなことをしたらドームそのものが崩壊しかねない。いつまで空気があるか調査結果も出ていない今、ドームの崩壊などあってはならない。私たちは貴方方の幸せのために尽力する…… それだけは疑わないでくれ」 「わかりました。サーバは我々の歴史そのもので『神の声』が聞けるもの、犬でないとアクセスできません。さつきなら残りを見ることができます。魔法少女達には手が出せません」 そう言って、ポチ夫は手元にある儀典外典を箱に詰めようとした。 と、その時、執務室がノックされた。 「みかんです。ポチ夫さんよろしいでしょうか」 魔法少女の一人だ。ポチ夫が目に見えて狼狽する。そして、返事を待たずに彼女は入ってきた。 「あらっ、あなたは」 ハーデが見たことのない少女であった。折り目正しくもどことなく幼さを感じさせる制服ブレザーに身を包んでいた。名乗りの通りの人物ならば彼女が一つの小隊を指揮していると報告されている。 「残念だ…… 今日は私に戦えない理由があるっ」 「それが賢明です。紅茶でも煎れましょうか」 「断る!」 「では、ここにあるものをお持ちになる前に、一つわたしの雑談につきあってはいただけますでしょうか」 そう言って、泰然と紅茶を淹れはじめる。 ハーデは不敵な魔法少女から視線を外さずに腕を組んで壁によりかかった。 「あなた方はこの哀れな者共のために活動されている。そうですね。そして、あなた方のイグシストは、このちっぽけな世界にはさして興味ない」 「何が言いたい」 「つまり、犬と猫がよりよい生活ができるのなら、その役割を果たすのはあなた方である必要はない。違いますか」 「話しにならん。貴様らはこの世界を破壊しようとしている」 「ポチ夫さんは飲まれますよね。 ……はて、この世界により大きい衝撃を与えているのはあなた方ではないのでしょうか。遺跡の再稼働、紛争への介入、大気の作成。この世界の安定はずいぶん損なわれたことでしょう。我々のなしたことはそれと比べればささいなことに過ぎません」 そう言って、彼女は紅茶に口をつけた。 ハーデの脳裏に彼女に頼ってくるタルヴィンの愛くるしい姿が浮かんだ。このみかんとやらは信用ならない。今までのどことなく間抜けな魔法少女達とは異質である。ハーデにとってこのようなもの言いをする士官はまっさきに警戒するべき対象だ。 そして、この場で始末しなければならないという欲求を抑えて、儀典外典の詰まった箱を受け取ると仲間の元へとテレポートした。 † 旅の後半は、世界の裏側の荒野だ。 グリーンベルトから一歩外に出ると、風景は灰色の砂漠に入った。 遮るもの無く太陽から降り注ぐ光は砂に反射し、まぶしい。サングラスは必須だ。 ここまではこの世界に大気があらわれるまでと同じだが、大きく違う点が二つあった。 第一に暑い。 戦車の装甲はカチカチに熱せられ、試しに卵を落としてみれば程なくして目玉焼きができた。 単に温度の高さで言えば、真空だった時代の方が高いが、その熱を空気が伝達するようになって世界はオーブンに転じている。 サウナよろしく湿度が低いのが幸いだ。 そして、想定外であったのは風の強さであった。大きな寒暖差は激しい気流を生む。そして、遮るもののない荒野においては砂嵐として旅人の前に立ちふさがった。 サングラスは目を開いていられるためにも不可欠であった。 重力は小さく、砂埃は空高く舞い上がる。 これらは機械の奥の奥まで入り込み、行軍を不安にさせた。 むろん、機械に厳しい環境は、定命の者にも厳しい。下着の中まで入り込んだ砂は、とどまるところを知らない汗と混合し、ひどく不快なものを形成していた。 モービルは大柄の体で猫を風から守り、撫子は簡易宇宙服の中に逃げ込んでいた。 幸い、宇宙服には冷房装置がついている。そんな撫子はここまでと同じように水を蒔き続けていた。 おそらく一番つらかったのは毛と毛のすきまに砂が入り込んだダルタニアであろう。 † やがて、日が暮れようとした頃に(旅が始まってから初めてである)一行は熊野市にたどり着いた。 補給にちょうどいいと、ダルタニアが行程に組み込んでいたのである。 この旅でようやくゆっくりくつろげると一行も力を抜いた。 「ここは…… 真っ白いふかふかの大きい犬ばかりですね」 そのとおり、この小さな街はグレートピレニーズ一門が支配しており、世界の裏側にあるために中央の威光は届きづらい。 そして、噂のロストナンバー達が訪ねてきたと、街は沸き立っていた。そのために大柄で毛も長い犬たちが続々と詰めかけ、解放されるまでずいぶんな時間がかかった。特に自分たちより大きいモービルがめずらしいようで、彼は白いふかふかにずいぶんまとわりつかれていた。 ここにきて、モービルは完全にもふもふに開眼してしまった。 よく見ればこの街、猫の姿もちらほら見られる。地方都市では犬猫の比率が近しいところもあるのだろう。 それどころか、猫を大事そうに抱えて歩いているピレニーズもいた。猫はそのふかふかの毛に気持ちよさそうに埋もれていた。 過酷な環境では時に種族の枠を超えて協力する必要もあるのだろう。 さて、戦車を留めたドックから出ようとしたところで、タルヴィンのチャンドラーGP01によく似ているが一回り壮麗なアヴァターラを見かけた。 「チャンドラーGP03ヴィタルカ……」 「こ、これがここにあると言うことは……」 ハーデがGP03のコックピット上まで飛ぶと、中から一匹の長毛種の猫がふてぶてしく出てきた。 「ボーズ、貴様か!」 「お兄様!」 騒動になりかけたところで、撫子が声をかけた。 「ボーズさんはねぇ☆私が呼んだのよぉ」 「その通り、私はそこの川原撫子に呼ばれてきたまでのことだ。わざわざ私が来てやったのにたいした歓迎だ。それに私を殺してもなにもはじまらんさ、私はこの世界の虐げられた民の声を代弁しているにすぎないのだから」 「そうよ☆ちょっと雑種同盟の話しも聞いておきたかったの」 このバーマンは雑種同盟と言うテロ組織を率いている困り種である。最近ではコーギーたちをそそのかして、この世界のエネルギーを独占しようとした。それが、タルヴィンの兄でもあることから、敵には厳しいハーデにもどうにも扱いづらいものがあった。 こうして、人数を一匹増やして、宿をとることになった。一行は受け取った偽書外典を読むことにした。雑種同盟のボーズも一緒である。 「まずは弟を大切に扱ってくれたことに礼を言おう。これでもかわいい弟だ」 剣呑な雰囲気の中、ボーズはそそくさと事情に暗いモービルによじ登った。結果、モービルにとっては自分が責められているようで落ち着かない。 「あなた方、ロストナンバーは雑種同盟の真の目的を理解していない。いったん信仰を捨てた同盟の犬にも神が必要だ。彼らは導き手なしには生きてはいけないからだ。我々、猫が神になればいい。それですべて丸く収まる」 猫の演説でハーデの血管が切れてはかなわないと、ダルタニアは田中市でもらってきた資料を広げて、建設的な議論をすることを促した。 「準惑星テラフォーミング・大気の実現性についての初期検討」 (略) 地球の大気に含まれる水分の総量は13,000km3である。準惑星上に同等の分圧を達成するには、地表の面積の単純比になりそうであるが、そうではない。重力が小さいために大気がより高高度まで存在し、大気の総体積が保たれるからである。その為にスケールハイトは地球の5倍以上に達する。よって、月の条件では地球の0.45の大気が必要となる。 (略) CHZの範囲内では太陽風の影響が無視できない。固有の磁場を有さない準惑星では太陽風に含まれる荷電粒子によって水素が宇宙にはじき飛ばされる。また、ハイドロダイナミックエスケープ現象により、大気中の分子量の小さい成分が宇宙に散逸する。 このために月の重力をモデルにすると表面温度27℃の環境で、大気中の水分の50%が88年の短期間で失われる。なお、酸素分子であれば水分子より重いので散逸に3億年がかかりテラフォーミングにおいては無視できると言える。 (略) 「つまり、どういうこと?」 「イテュセイが作り出した大気は半永久的に残ります」 「ですが、水だけはどんどんなくなっていくのです」 「88年ごとに2,340km3の水か……」 「前に、私がファージと戦った地底湖はどうだ」 「はい、地底湖『寄せ鍋』は未発見の水脈を含めて3,000km3程度といわれています」 「極にあった氷6,000km3は開拓時代に掘削済みです。その他、開拓時代にいくつかの氷床発見されました。今現在の都市が保有している水はその時のものがほとんどです」 「今ある分では足りないな」 「新しい氷床を探すことはできると思います」 「どうやって☆?」 「地震でもあれば、見当がつきそうだが……」 「地震?」 「地面が揺れることだ。この世界では珍しいのか」 「ええっとぉ☆地震の波? をうまくはかると地下に何が埋まっているかわかるんだって、テレビで見たことあるわぁ」 「私の世界では、能力者が起こした地震で似たようなことをやっていた」 ところが、この世界はとうに冷えきった世界であった。地殻活動は何億年も前に終了している。かつての火山は冷えかたまり、エネルギー源のマントルも活動を停止している。この世界に磁場が無いのがその証拠である。 この方法を用いるなら、人為的に地震を起こす必要があった。例えば、核爆発である。 † 翌日、 風呂から上がって外に出ると極寒の地であった。 日が暮れると気温は氷点下を下回り、容赦なく体温を奪っていく。真空とことなり、風が熱を奪うのだ。 「さむいよ。さむいよ」 結局、一行は戦車に乗り込んで暖まることにした。 だが、宇宙機器は、冷房はついていても暖房はついていないものである。 「これは…… 改良の必要があるね」 膝のうえにさつきを確保したモービルはご満悦である。ただ、ハーデだけはタルヴィンから離れたくないとアヴァターラにしがみついていた。 大気が出現したことによって、この世界の夜はより過酷になった。昼の暑さとは裏腹に、平均すれはこの世界の気温は氷点下である。温室効果ガスを増やし、大気循環を加速して昼夜の気温を平均化しないことには、外で農業を営むことは絶望的である。代表的な温室効果ガスは、水蒸気だ。 「これではツンドラに適応したコケ類しか育てられそうにありませんね」 ともかく、こんな状態では旅はしていられないと、最大速度で、フォンブラウン市を目指した。 残りの行程は少ない、本気で空を飛べば一日もかからない、あっという間である。 到着した頃にはハーデはカチコチになっていた。 心配そうにのぞき込むタルヴィンに対してハーデは告げた。 「私はお前の擬神になりたい…… 次に会う時までに答えを考えておいてくれないか」 † 旅の報告は簡潔であった。 この世界の気候の安定化には水が必要。 この世界の緑化には水が必要。 この世界の安寧には水が必要。 ただそれだけである。 † 図書館の一行が去った後の田中市。 魔法少女達が拠点を築いている田中皇大神宮である。 臨時作戦本部に折り目正しいブレザーに身を包んだみかん隊長が出頭していた。 「以上のように、東京ポチ夫が外典偽典を紛失してしまったと報告してきています」 「我々も信用されていませんね」 「長手道提督。どうなさりますか、外典偽典なしでは従前の計画は進められません。図書館に占領されている遺跡の調査もできずにいます。この際、私が直接出向きましょうか」 「それには、まだ早い」 「提督、我々もいつまでもこの世界に足止めされているわけにはいきません」 「きみ達の気持ちはわかるつもりだ。もう少し辛抱してくれ」 そうため息をついて、長手道静右衛門は座卓に広げられた世界地図とさまざまな文献、雑多な報告書に向きなおった。 ―― ロストレイル漂着による世界安定数の損失 ―― ドンガッシュ事件における世界安定数の損失 ―― 玄武事件における世界安定数の損失 ―― Mプランに伴う世界安定数の損失予測 ―― Mプランにファージを投入投入した場合の世界安定数の追加損失予測 ―― Dプランに伴う世界安定数の損失予測 ―― 遺跡稼働に伴う世界安定数の損失予測 ―― 魔術的緑化に伴う世界安定数の損失予測 複雑な計算式がとある結果を導き出している。 最小の損失でこの世界を作り替えるには取れる道はあまりない。 後日、魔女っ娘達が集められた。 「修正Mプランを決行することにしました。世界図書館から妨害を避けるために二面作戦となります。魔王戦以来の大規模作戦になります。情報が不完全ですので、危険は大きいです」 作戦計画書が配られた。 「失敗時にはナラゴニアからの追加戦力が投入されます。その場合は我々はこの世界を放棄することになります。心してください。今回あなたたちが責任を持つのは我々同胞だけではありません」 そのとき、地面が揺れた。 「おや、地震ですね。この世界にもあったのですね。故郷を思い出します」
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