0世界――図書館前の大通りの一角に鎮座するゲームセンター【メン☆タピ】、オーナーが代替わりしてよりいっそうの繁盛をしていた。そして、その奥にあるカジノにいたっては一部の司書を始め図書館の要職にある者までもが出入りしているのは公然の秘密となっている。 任務を達成しナレッジキューブに溢れるロストナンバー達を誘惑するこの施設。危険な空間であった。 しかし、新しいオーナー達の欲はとどまるところを知らない。 裏オーナーのファルファレロが、表オーナーの幸せの魔女に一つの提案を持ちかけた。「せっかくだ、店をもっとでっかくしに視察にいかねえか?」「どこへ?」「カジノとアミューズメントの本場、ラスベガスさ」 魔神メンタピと闘った同志マフ・タークスを加えて三人は、こうして娯楽の都ラスベガスへと向かった。 † ラスベガスはネバダの砂漠のなかにオアシスに作られた都市である。 ゴールドラッシュの時代には中継地点として発展したが、それも一瞬で終わった。それから、何十年の月日を経た後、さしたる産業のないネバダ州は起死回生の一手として賭博を合法化し、この街は賭け事の中心地として生まれ変わった。それから、今のようにホテルが建ち並ぶ総合娯楽都市と変貌していったのはマフィアの影響が薄れた90年代に入ってからである。 ファルファレロの生まれ育ったロスからはroute15を砂漠の中をまっすぐ進めば辿り着く、265mile、車に揺られて4時間半。あるいは飛行機であれば1時間と言ったところである。 単調で乾いた一本の道の彼方に浮かび上がる緑の空間は訪れる者を驚かせる。 中央通り――通称ストリップ。豪華絢爛ど派手なホテルが建ち並び、一攫千金を夢見た旅行者を熱く迎える。 三人を乗せたリムジンがストリップの北端にある老舗のホテルに入っていった。 車から降りると、強烈な日差しが目を灼く。 ふんだんに水を使った緑の空間。そこから続くホテルエントランスはアメリカ的な派手さは持ちつつもどことなくシックな佇まいは大人のためのものである。表を舞っていた砂もロビーの中にまでは入り込むことが出来ない。「合格ね」 魔女のお眼鏡はかなったようだ。カジノフロアをつっきりチェックイン。「紳士、レディ、ウーキー族それぞれ一名様のご案内になります」 ポーターに荷物を放り渡すと三人はとっととカジノへと繰り出した。 しかしである。三人のゲームは瞬時にして終了してしまった。 ファルファレロはフロアを見渡し、客の少ないブラックジャックから始めた。……が 勝てない。 慎重にカウンティングして、ここぞと勝負を賭けようとする度にディーラーが入れ替わりシューが一新される。それまでの仕込みが台無しだ。ずるずるとチップを失っていくばかりである。フラストレーションが溜まる状況だ。「なぜだ!? 必勝法なのに……」 気がついたらファルファレロの横には巨大な黒服が立っていた。「おまっ、なぜここにいる。メンタピ」「貴殿が悪い、基本戦略《Basic Strategy》からぶれた打ち手はカウンティングが疑われる。この不自然なスプリット。気質とは考えがたい身なり。人間でも簡単に見抜けるわ。その手は2000年代前半には廃れた。見よ。ブラックジャックコーナーがこれっぽっちしか無いであろう」 幸せの魔女はルーレットで36倍、一点賭を制した瞬間つまみ出された。「ちょっちょっと、なんで貴方が邪魔するの?」 黒服の魔神が柱の看板を指す。NEVADA LAW STATES:That No One Under The Age Of 21 Is Permitted IN The Gamimg Area Of This Establishment ファルファレロは(そして、当然に幸せの魔女も)知るよしも無いが、21世紀に入ってから米国の未成年に対する思いやりはとどまるところを知らない。かつては保護者同伴であれば許された賭け事も今では固く禁じられている。PTA発祥の地ではその力はかくも強大なのである。裏ビジネスが斜陽となって、表の顔を大きくしたいマフィア達もこんなところで当局と争うことはしない。 マフィアが賭場を仕切っていたファルファレロの青春時代はもう遙か昔のことである。 最後の希望のマフだが、彼は籠絡されてしまっていた。 ウェートレスからカクテルを受け取り――なんとカジノスペースでは無料である――これはうまいとちびりちびりやっていると、温室の中に作られたビュッフェが目にとまってしまった。 ところせましと南国の植物に囲まれて、テーブルが並んでいる。もちろん、ここは砂糖と塩とチリペッパーと自由の国。ビュッフェではケーキも食い放題である。 その見事な食いっぷりにギャラリーがつき「あちらのお客様からです(食い放題なのに)」と差し入れされ、さらには対抗する者もあらわれ、まさにケーキがデブを競って食う惨状となっていた。「どうだ。とうてい食い物には見えない毒々しい菓子の数々。余も楽しませてもらおうとしよう」「おまえ……、どうやって抜け出してきたんだよ。チケットはどうした」「余にかかっては造作も無いことだ。ヘル嬢の壱番世界行き定期券を巻き上げたまでのこと」 †「ところで、誰か……余とミュージカルを見に行かないか? ペアチケットを取ってある」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>幸せの魔女(cyxm2318)マフ・タークス(ccmh5939)ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)
マフの居座っているビュッフェはカジノゾーンと比較する暖かい。熱くなった頭を冷やす必要が無いはずだ。うららかな日差しが差し込んでいる。 砂漠の中の温室と言う矛盾。さんさんと降りそそぐ陽光はガラスに貼られたフィルムにより紫外線が遮られている。そして、フル回転するエアコンにより、明るくまったりと弛緩した空間が作られていた。柱と壁を飾り立てる熱帯植物とフルーツがぎりぎりで下品にならないようになっている。まさにアメリカを象徴する非現実的な人工空間だ。 「そういや、二人とはぐれちまったな。ったく、ガキどもは落ち着きってモンがねェや」 マフのテーブルの周囲では数人の挑戦者が負けじとケーキを食していた。なにやら、視線というかアピールを感じる。とうの本人はそれらの注目にはつきあってられないとマイペースでフォークを口に運んでいた。マフのテーブル自体は、遠慮があるのか挑戦者がいない模様だ。 彼はファルファレロと魔女はどうせカジノに留まってるだろうと、今のうちにニ、三日分ほど食いだめる事としている。 マフがケーキ(青い人工着色料に染められ色とりどりのアラザンで飾り付けられている)を詰め込んでいると、幸せの魔女が温室までやってきた。 彼女はカジノからつまみ出されてからご機嫌斜めである。 「あら、マフさんったら、ひとりだけ美味しい食べ物に囲まれててズルいわ。私も混ぜて頂戴な」 「なんだ。幸せの人か、しけたツラしてんな」 「折角ここまで来てカジノで遊べないだなんて……、何て憎たらしい世界なのかしら。このままじゃ私は不幸になってしまうわ」 「紳士の出身だけにいい加減な国かと思いきや、な」 「……早く何とかしないと」 魔女はふらふらと彷徨うように、ビュッフェの山に消えると、大皿に肉ばかり盛って戻ってきた。そして、マフの承諾も得ずに、正面の席を陣取って食べ始めた。愛らしい挑戦者の出現に周囲がざわつくが、もちろん魔女もどこ吹く風である。 「しょうがねー奴だな」 と言いつつも対抗心が出たのかマフも追加を取りに行った。 ケーキはあらかた片付けた(大体どれも同じ味である)と言うところで、次はドーナッツである。味のバリエーションはこちらの方が豊富だ。 席に戻ると、魔女は少しは野菜も取った方が健康によいとピラフの山を崩していた。その脇には皮と種だけになったアボカドが転がっている。 「よくそんなもんばっか食えるな」 マフの皿は、ドーナッツの輪が塔のようにそびえ立っていた。ところが、手当たり次第取ってしまったばっかりに彼の口に合わないものが混ざってしまっている。中でも手強かったのはレッドチリドーナッツ。 マフがためらっていると真っ赤なリングは魔女の手にさらわれた。 「ちゃんと食うつもりだったんだよ」 そして、何度目かの食料調達の往復が終わって二人は一息ついた。 「ふー、さて紳士の旦那はまだカジノでねばってんのかね」 「そうね。様子見に行きましょうか」 † ファルファレロはロビーに戻ったところにいた。 「いいか、俺様がベガスの真髄を教えてやる」 ツアーを申し込んでいるようだ。ラスベガスの売りでもある実弾射撃体験。ネバダの砂漠に射撃場がある。 「ハワイやグアムみてえな観光客相手のパフォーマンスじゃねえ、元は地元のガンマニアの為の訓練場だ」 このマフィアは、自堕落会にてガン・シューティングの冴えを見せたマフ、己と互角だったメンタピに対抗心を見いだしたようだ。 「射撃も未成年は禁止なんて事はありませんよね」 「大丈夫だ」 「どうしてなのかしら」 「殺しにライセンスなんか不要だからさ」 ネバダの砂漠をリムジンで揺られること小一時間、リムジンの中は寒いくらいにエアコンが効いており、対照的に窓はさわると熱い。ときおり、二両連結された大型のトレーラーとすれ違うのが印象に残った。今晩のディナーの材料が積まれているのかもしれない。 やがて、ルートから外れ未舗装の荒野に入る。砂漠の中にぽっとあらわれるシューティングレンジは丘面に標的を並べる形になっていた。 そこには乾いた小屋があり、所狭しと銃器が並べ立てられていた。ファルファレロは誇らしげだ。 「どうだ。ホンモノはよお」 「そう言われても、カンダータ行けばいくらでも撃てるし」 「ここは暑いわ。幸せが蒸発してしまいそう」 「そう言うなって」 ただ一人、メンタピだけが興味深そうに銃器を手に取っていた。 「お前、学者だったんだっけ。忘れていたよ」 「銃って言うのはな。この弾がだな。飛んでいって的に風穴を開けるんだ。火薬が爆発して、鉛玉を押すと……。って、最近は鉛じゃないんだっけな。環境とかせちがらいぜ」 ともかく、異世界出身のツーリスト達にファルファレロによる解説が始まった。幸か不幸か、聞き手はすべて魔法世界出身だ。世界図書館での戦いにおいて銃を戦闘で見たことはあっても、ゲーセンのゲームの中で振るったことかがあっても、間近で見る機会はあまりない。 「こうやって引き金を引くと……」 レンジの外で、荒野に向かって発砲した。乾いた音。危険なマナー違反である。 「矢と違って、たくさん撃てるのが銃のいいところだ」 「ゲーセンの奴とは違うんだな」 「間違っても銃口を指でふさぐなよ」 グリップのボタンをおすと弾の詰まったマガジンが落ちた。それを空中でキャッチして見せる。 「まさか、この鉄くずのうんちくを垂れるだけのためにここまで私たちを連れ出したの?」 「もちろん、ゲームだぜ。標的に当てるスコアで勝負だぜ」 「矢でやるのと同じようなもんか」 「スコア最下位の敗者は勝者の言う事を何でも聞くってことでどうだ」 「おいクソ紳士、おまえに有利すぎじゃ……」 「いいわ、それで」 マフが文句をつけようとしたところで、幸せの魔女が通した。メンタピは繰り返しマガジンを出し入れしている。 「どうせ勝つのは私よ」 先頭打者となったメンタピはその巨体に似合う大型拳銃を手に取った。ダーティーハリーで有名な世界最大の拳銃デザートイーグルである。 「アイプロテクターと耳栓忘れんな。銃声のでかさは口径のサイズに比例する」 デザートイーグルから発射される.50AE弾はグリズリーを倒せるという。 メンタピがシューティングレンジに立つ。 標的までは30ヤード、魔神は静かに構えた。 ファルファレロの忠告通り、射撃と同時にライブのバスドラムを彷彿させる衝撃が走った。耳栓を超えて全身が揺さぶられる。 そして、標的は無傷だった。 「ハズレか……」 「ハズレですね……」 「ああ、メンタピ。狙いのつけかたはだな照星と照門と……」 説明が追加される。 そして、再度魔神が構え、引き金を引くと、標的の真ん中に穴が開いた。 「お見事」 続けざまに7発……横に並ぶ、すべての標的にの中心が穿たれた。 「勝負は余の勝ちのようだな」 「おいまて、デカブツ。デザートイーグルの装弾数は7だ。なに8発撃ってんだよ」 マフが気付いた。 「お前、魔法で標的に穴をあけたな。それと音も魔法か」 「バレては致し方がない。余の指が太すぎて引き金が引けなかったのだ。最初は魔法で引き金を引いたのだが力加減がうまく行かなかったのだよ」 「しょうがねーな。俺様が手本をみせてやんよ」 そう言ってファルファレロはギアの白銀の拳銃『ファウスト』を抜いた。 手慣れた仕草で構える。片手打ちだ。 「ナマの撃ち合いが一番だが、たまにゃこういうのも悪くねえ」 立て続けに引き金を引き続けると、小気味良い音と共に標的に小さな穴が穿たれていった。 みてみれば、数発は中心を射貫いている。拳銃でこれを行うのは相当なものだ。 「やっぱ、撃ち返してこない的だとこんなもんか、カカカ」 口先では謙遜しているが、この男、実に自慢げである。 幸せの魔女は並んでいる中で一番小さな銃を取った。スミス&ウェッソン社Model317 Kit Gun。.22インチの小さな弾丸を8発装填できる回転式拳銃だ。アウトドア用品のキットバッグ社の袋で携行しやすいように、銃身がおもちゃのように短く、魔女の小さな手からはぎりぎりはみ出す程度の大きさである。 「これにするわ」 大型化する現代の拳銃からは大いに見劣りする威力しか無い。とはいえ、今日の勝負は破壊力を競うものではない。 「そんな銃身の短さで、的に当たるの?」 マフの気遣いの通り、銃の集団性は概ね銃身の長さに比例する。 ……パン、パン、パン デザートイーグルやファウストと比べるとずいぶん慎ましい発射音だ。 お約束であるが、幸せの魔女の幸運力の前では弾が標的を外すと言うことは考えられない。 「つまらないわ」 が、半分まで撃ったところで魔女は拳銃を投げ出した。右手をさすりながらレンジから戻ってくる。 「こんなのゲームでも何でも無いわ。簡単すぎよ」 「天才だな」 「そうよ。天才は1%の才能と99%の幸運でできているの、わかって」 そう言い残して少女はエアコンの効いたリムジンに戻っていった。 「んん、なんかケチがついたけど、オレ続けていいかな」 「銃のロマンは女にゃわからねぇよ」 さてと気を取り直して、マフは銃を選びに小屋に入った。 ――しかしなァ、あの程度でオレ様に勝つつもりか? そう言ってマフが選んだのは猟銃CZ452-UltraLux。これは幸せの魔女が使ったModel317と同じ.22LR弾を使用する。安価なリムファイア弾を使用する猟銃であるにもかかわらず本格的なボルトアクションを搭載していることが特徴だ。 ――紳士にゃゲームで勝負を挑まれてた気がするんで、勉強しておいたのよ。勝ちたいならこのタイプだ。 「なんだその地味な猟銃は、ちっさい弾だな。お姫様と一緒かよ」 Model317では火薬のガスが回転弾倉からは漏れ、圧を使い切る前に短い銃身から弾が飛び出てしまうが、CZ452のボルトアクションと長銃身はガスを逃がさず弾に全エネルギーを乗せる。 マフがCZ452に狙撃スコープを取り付けたところでファルファレロの顔色が変わった。 「オイ、それは反則だろ」 「おまえだってギア使ったじゃんよ」 「だがな」 「じゃ、スコープは外すよ。代わりに二脚つけさせてもらうぜ」 マフィアは知るよしもない。この一見猟銃は、射撃競技用の高精度銃だ。.22LR弾を使用するライフルとしては最高級の集弾性能をもっている。コンビニで買える狙撃銃と言って良い。数多くの狙撃手を育てたベストセラー銃だ。 シューティングレンジに伏せて、ゆっくり落ち着いて引き金を丁寧に引く。スコープなどなくともたった30ヤードの標的は目の前だ。心臓の鼓動による揺らぎを吸収する二脚の効果は絶大。なんなく中心を射貫いた。ボルトを引いて次弾を装填。 パンッと言う拍手程度の音が鳴るたびにターゲットの中心に穴が開いていく。 「ブラボー。ファルファレロ、おまえ、帰りのホームまで荷物持ちな」 † ホテルに戻ったころには日が暮れて、幸せの魔女は砂漠の埃を落とすとスパに消えた。 残された男三人は部屋のシャワーを浴びると夜の計画を練りはじめた。 「てめぇら、魔女様が帰ってくる前に作戦会議だ」 「おまえ、マジで姫さまを口説くつもりか?」 「ほう、興味深い」 「いいか、女はいつだって特別扱いを好むもんだぜ。だが、特別なもんなんか滅多にねェ。ありきたりなプレゼントを飾るのは言葉よ」 「言葉ね~」 「例えば、この花瓶の花。どうせどの部屋も同じモンが飾ってあるだろ。それをな。『ありふれた花も……こうやってお前の髪に挿すと輝く……』とかな」 「ふむ」 しばらく考え込んで魔神は口を開いた。 「余のミュージカルのペアチケットだが……」 † 「あら、貴方だけなの」 戻ってきた魔女は当然の疑問を口にした。 「ああ、あいつらは野郎同士でミュージカルだぜ。しょっぱすぎるぜオイ」 「よかったわ。誇り高き魔女である私が、あろう事か魔人と同目線で行動を共にしなきゃならないなんてざまになるところでしたもの」 ファルファレロは髪をかき上げて、魔女の前まで来た。 「バーの席を予約しておいた。ここのは凄いぞ」 ホテルの敷地内に大きく広がる緑の庭。 その一角にロココ調のゲストハウスがあった。そこに設けられたラウンジは上品な佇まいで、大きな窓からはライトアップされた木々や花が見えた。 二人は、淡い照明に照らされたソファーに案内される。巧妙に配置された調度品のおかげで周囲の客が気にならない。 「『幸せ』と言うテーマでカクテルを作ってくれないかな。それとテキーラ・マティーニ」 「ふんわりとしたのをよろしくね」 慇懃な礼をしてウェーターが遠ざかる。 「素敵な場所ね」 「そうだろう。おまえの白によく似合う」 「さすが、お上手ね」 「おまえが来て店が完成されたようなものだ」 「盛りすぎよ」 ファルファレロがすっと魔女のほおを撫でようとしたところで、二杯のカクテルが届いた。カクテル・グラスからは刺激的なアルコール臭がただよい。ファルファレロはマティーニを目の高さに掲げた。もう一方のトールグラスにはメレンゲの泡が浮いていてほんのりバニラの香りが立ちのぼっていた。薄く散らしてあるのはマティーニと同じオリーブだ。幸せの魔女はそれを口元に持ってきた。 「「ゲームセンターメン☆タピの前途を祝して乾杯」」 ファルファレロが勢いよくグラスを干したのに対して、魔女は口の周りに泡をつけないようにちびりちびりと飲んだ。グラスの縁についた泡もなめ取る。 その様子をファルファレロは下心丸出しの視線で見ていた。「こいつにファレロって呼ばせてぇ」酔い潰してホテルの部屋に連れ込む魂胆である。 「貴方、私を酔わせたいの?」 「違うな。俺はおまえに酔いたい」 「魔女はね、アルコールではなく雰囲気で酔うものよ」 たまらず、マフィアは追加のマティーニを注文した。 「スイートを予約してある。……今夜は寝かさないぜ」 「どう寝かさないのかしら? ゲームの続きでもするの?」 「とびきりホットなゲームだぜ」 「私はもう子供じゃないわ。ゲームには釣られないわ」 「きっと気に入るさ」 ファルファレロはずいっと顔を寄せる。鼻先が互いをかすめ、吐息が混じり合う。マティーニが届いた。 「続きは部屋で飲もう」 「いいわ。さっきと同じのを部屋によろしくね」 そして、二人っきりでネオンざわめく夜景を眺めながら、攻防は佳境に入った。 「魔女に愛を囁くのがどういう事か……わかっているわね?人間。……うふふ、今宵は貴方に"明けない夜"を味あわせてあげるわ」 「そいつは楽しみだぜ」 コーチに腰掛けピクルスをつまむ。 ところで、魔女が飲んでいるのはミルクセーキである。ラウンジに入るときに、こそっと未成年であるという仕草をウェーターにみせたのだ。それでホテルは気を利かせて魔女の杯からはアルコールが抜かれている。 そのためか暗黙の合図になかなか乗ってこないのにいらついてきた。ファルファレロは徐々に身振り手振りは大きく、話題は下の方へ移行していった。 「そうね。私の世界には魔女しかいなかったの。だから男の方は0世界で初めてよ」 「俺がもっと深く教えてやるぜ」 「私は子供だからわからなくていいの」 「お前はもう男を惑わす立派なレディーだぜ」 「当然よ」 † 一方の獣人と魔神のコンピは劇場に辿り着いていた。 マフはビュッフェからくすねてきたチョコドーナツを齧りつつ、メンタピ引き摺ってミュージカルを見に来ていた。 ペアチケットが確認される。 「ウィケット様とジャバ様のご案内になります」 ――今度はイーウォーク族ってアレか、映画俳優の設定まだ生きてンのか。つか、なんでウーキー族から縮んでんだよ! マフは毒つきたくなったが口に出さずにいることには成功した。 ずいぶん大きな劇場であったが、満員である。毎日公演していてこの混雑。リピーターも多いのだろう。 そんな感想をもちながらも始まるまで今しばらくある。 「あいつら、うまくやっているんかな」 「人は面白い」 「それでゲーセンの方はどうだい」 「順調と言っておこう」 「儲かってんのか、それでさ、稼いだナレッジキューブを何に使ってン?」 「難しい質問だ。ナレッジキューブそれ自体は興味深いが0世界ではありふれたものだ。むしろ、司書や職員からナレッジキューブを巻き上げ、それから貸し付ける方が面白い」 「なるほどな」 観客席に静かに流れていた音楽がいつの間にか高揚していた。徐々に幕が上がっていく。 「そのほか、アリッサやエミリエに対しては宿題を代わりに……」 「おっと、歌が始まるから黙れ」 ドーナツをメンタピの口に押し込んで始まるのを待った。 † 翌日、 ファルファレロはスィートルームのベットで目を覚ました。幸せの魔女は早くに起きていたのか、既に着替えが終わっている。 「ファレロさん。おはよう」 朝日の差し込む中、魔女がからからと笑う。 ――これはどういうことだ。こいつが俺をファレロと呼ぶからには俺が呼ばせたのか? 昨日までと変わらない幸せの魔女に見える。困ったことに幸せな記憶は全くない。寝てもない女に愛称で呼ばせるわけにはいかないが……その事実を尋ねることはより許されない。魔女がいたずらっぽく笑う。 「こんな事になったのも……ファレロさん、全部貴方のせいよ。責任はとって貰うんだからね」 「クソッ!」 ルームサービスの朝食を取って、マフ、メンタピとフロントで合流。 四人で連れ立ってモールの方へと向かった。ここでも魔女はファルファレロを引っ張りまわして服とかブランドものとかショッピング三昧である。荷物は全部ファルファレロさんに持たせて気軽なものだ。 「あ~ら、『ファレロ』さん。ありがとう」 「どうした紳士、賭に負けたのか?」 「これが壱番世界式口説術の成果か。ふむ。興味深い」 マフィアは毒付きながらファッションショーモールでリベルへの賄賂としてブランド物のバッグを購入した。 「色々迷惑かけてっからな。愛人候補のご機嫌とっといて損はねえ」 それから、一応娘への土産と毒々しい程カラフルなカップケーキを買う。こういったものは0世界ではなかなか手に入らない。 「手ぶらで帰るとうるせえからな」 「あら、デート中に他の女の子のことを考えるのがイタリア流ですの? じらされるのは好きだわ」 ―― クソッ! 間違いない。もうこれ以上この女に俺の愛称を呼ばせるわけにはいかねェ。 「そうね。『ファレロ』さん。ま、いいわ。貴方も私のことを幸子でも何でも貴方の好きなように呼ぶといいわ」
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