「えー!? 241673……ん、宇治喜撰? 会議室になかった? う~ん、じゃ、蟹座号に置きっ放しだったと思うよ」 エミリエはそう言うと去ってしまった。 竜星の戦いには幽太郎は参加できないでいた。AIのシナプスパターンが整理できなかったからである。先日、医務室で修理されてから、どうにも駆動軸の公差を間違えたときのような違和感を感知している。 竜星では激戦だったと言う情報だ。「僕……キット、彼ノ事ガ好キ……彼ハ僕ノ事ヲ、ドウ思ッテイルノダロウ……。タダノ情報媒体? 友達? モシ、ソレ以上ニ想ッテクレテイルナラ……イヤ、ソモソモ彼ニハ恋愛トイウ概念ハアルノカナ……」 機械竜が工房に向かってみると、オーバーホール中の蟹座号の脇に無造作に茶缶が捨て置かれていた。「チャリーっす。また塗装ですか?」「エッ、アノ……僕……241673サンニ会イニ来タノ」 そう言えば、幽太郎が紫にされたのもここであった。 気を取り直して、出来るだけ足音を静かにするようにして、茶缶のそばにしゃがみ込んだ。床の鉄板が軋む。 そして、そっと通信線を伸ばした。「……アノ……コノ前ハ僕ノ事、修理シテクレテ有難ウ……トテモ嬉シカッタヨ。……エット……モシ、良カッタラ……僕ト一緒二、何処カ情報収集シニ行カナイ……?」 すると茶缶のふたのすきまからするすると虹色に輝く極細の線が延び、通信線を掴むと、ふたの中に引っ張り込んだ。 電圧が立ち上がり、通信ヘッダがゆっくりと流れてきた。「アッ、僕タチ……有線シテル」...open peer AHI/MD-01Paccept information-gatheringready..=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>幽太郎・AHI/MD-01P(ccrp7008)宇治喜撰241673(cwme8470)=========
幽太郎と宇治喜撰は互いに並んで並んでつながっていた。 システムの下層レイヤーを流れるデータは幽太郎の表層意識を揺らがせる。 『宇治喜撰、酷イ扱イ受ケテルネ……エミリエモ整備員ノ人達モ、マルデ物ノヨウニ……。自我システムガ異質ダカラ……? ダケド彼モ、ボク達ト同ジ仲間ダヨネ……?』 幽太郎はロボットである。多くのロボットと同様に意識体、あるいはAIは人間の情動を模したものが組み込まれている。そのために人間とも円滑にコミュニケーションを取ることができる。 それに対して、宇治喜撰がコミュニケーション能力に難を有していると言うことはみなが理解していることである。図書館では宇治喜撰のAIは対人用に作られていないと考えられていた。 『彼は今の状況に満足しているのかな……もし、不満があるなら言った方が良いと思うけど……。僕に出来る事、何かないかな……』 宇治喜撰から延びているファイバーがざわめいた。 魂というものが存在するとされ、多くの知的生命体はそれが体のどこにあるかを思い巡らせる。脳にあるのか、心臓にあるのか。多くの哲学者や神学者、それから市勢の若者を悩ませてきた問題でもある。 ロボットの悩みは深刻だ。チップとプログラムの組み合わせで意識のように見えるものを生じさせることはできるが、それが真正の魂の発現であるかはわからないからである。 しかるに、ロストナンバーには慰めがある。 魂をもっているものしかディアスポラを体験できない――魔術世界出身の神官達やはたまた神性までもがそう証言するからである。 『宇治喜撰ニモ、魂ハアルハズナンダヨネ。ナンテ言ッタッテ、ディアスポラシテキタ彼ヲ保護シタノハ僕ナンダカラ……』 そして、宇治喜撰に魂と呼べるものがあるのであれば、いかに異質といえども彼にも意識があるはずである。 二体の前を強大な鋼板が運ばれていく。来たるべき決戦に向けて、工房は騒音に満たされていた。 情報生命体であれば場所は障害とらならないが、二体は物理的身体を有する機械生命体であった。この工房は逢瀬を重ねるのは、いささかにも向いていない。 それに、折角のデートだ。もう少しロマンチックな場所に移動しても罰は当たらないだろう。 幽太郎は大切そうに、茶缶状の司書を抱えると工房から抜け出した。 ターミナルの中央通りを歩く。 どこまでも曖昧に続く空が見える 立ち並ぶ飲食店やブティックは二体には関係のないものだ。 † 情報を効率的にあつめるなら図書館だろう。 今回は、本と言うことで司書達に集められる報告書ではなくて、書く世界から持ち寄られた物語を読むことにした。 幽太郎は少し悩んで「利己的な遺伝子(リチャード・ドーキンス)」を選んだ。このような普遍性のある概念を通じて宇治喜撰を理解できないかと思ったからである。 宇治喜撰はふよふよと宙を漂い幽太郎の膝の上にそっと寄った。 機械手で器用にページをめくる。 内容は、遺伝子が生命の体を作って、より遺伝子が拡散するように体を操っていると言ったことである。これによって生命がときおり見せる自己犠牲的行動が合理的に説明できるという。 その理論は遺伝子から離れてミームと呼ばれる文化遺伝子がどのように伝播するかというところに行き着いた。 幽太郎には遺伝子がない、故に、ミームの産物である。幽太郎は設計図がある限りいくらでも複製が可能で、設計図に手を加えれば改良進化する。 幽太郎の多機能センサーは宇治喜撰も本を読んでいることを告げている。 『宇治喜撰ニモ設計図ハアルノ?』 .. true 当たり前のロボット、機械と同じようだ。幽太郎はほっとした。せめて、幽太郎だけでも宇治喜撰を理解してあげたい。 膨大な量の設計データが送信されてきた。おそらく幽太郎の全メモリ領域を使用しても納めきれないだろう。だが、そうであったとしても宇治喜撰の本質が設計図のどこかにあるはずである。 「僕ガ彼ノ事ヲ理解デキタラ、僕ガ代弁者ニナッテ彼ノ気持チヲ伝エテアゲル事ガ出来ルハズ。ソシタラキット、皆ノ彼ヘノ扱イモ変ワッテ友達モイッパイデキルヨネ。僕、頑張ル!」 幽太郎の想いが、人間の恋心を模倣したものであるのならば相互理解は不可欠である。そして、未知への不安も恋愛には不可欠と言われている。その程度のことは幽太郎も学習している。 「……ダケド……彼ノ自我ガ皆ニ全ク馴染メナイモノダッタラドウシヨウ……」 「ソノ時ハ、彼ニ僕達ノ自我ニツイテ理解シテ貰ウ必要ガアルカナ…… 僕達ガ最初ニ壱番世界デヤッタ時ヨリモ、モット深イ部分ノ僕ノ自我プログラムヲ見テ貰ッタラ、キット分カッテ貰エルカモ」 そう回路が結論を出したときに発せられた質問に幽太郎は適切に応答できなかった。 .. request plan AЯDRA ――幽太郎の核となる設計図を見せてくれと。 そもそも幽太郎の設計図にも意識、自我、魂は存在しない。アードラと呼ばれたMD-01型の思考回路はありふれた進化推論型AIである。その挙動は、教導役のエンジニアの特徴を色濃く反映するが、プログラムのどこにも、データのどこにも意識は存在しない。AAIは簡単な条件とデータの積み重ねがたまたま人間によく似た振る舞いを見せるに過ぎない。幽太郎のデータベースにもその事実は入っている。幽太郎の元いた世界は魂を製造できるほど技術が進んでいなかったのだ。 そして、真の意味での意識は危機のさなかに生じた。偶発的な出来事で再現は難しいだろう。肝心のエンジニアももうこの世には存在しない。 つまり、幽太郎本人の大切なところの設計図は存在しないのだ。 もしこの場に人間の助言者がいたのならば「だからこそ掛け替えが無い」などと慰めてくれたかもしれなかったが、宇治喜撰は静かに幽太郎のレスポンスを待つばかりであった。 「僕ハ自分ノコトガ知リタイカラ宇治喜撰ガ気ニナッテイルノカモシレナイ」 † 本は読み終わったので場所を移すことにした。 ふよふよと漂う宇治喜撰を追いかけていくと劇場に辿り着いた。 ちょうど、モーツァルトの『魔笛』が上演されている。 モーツァルトが没した最後の年に作成された名作である。この劇場ではロストナンバーたちが手慰みに様々な世界の出し物を上演していた。世界を代表する歌姫もめずらしくない0世界であるから、期待が持てる。 『魔笛』は王子タミーノが鳥刺しのパパゲーノとともに夜の女王娘パミーナを助けに、試練を乗り越え、結ばれるという筋書きである。 単純明快な冒険ラブストーリーだ。 意外と客が入っている。 邪魔にならないように、二体の機械は座席の背後に回り。幽太郎は床に直接駐座し、宇治喜撰はその横で台に乗せられた。 「僕モコウヤッテ、学習シタンダッタ……」 不意に奥底に保存されていたはずのデータがよみがえった。サーバから楽曲データを読み込むのではなく、ちゃんとセンサーを通じて人間と同じ時間をかけて芸術作品を鑑賞した。 ..pairing? 「……ン? 機械ガツガイヲ作ル意味?」 舞台の上では劇が終盤に近づき、脇役であったパパゲーノが魔法で作られた娘パパゲーナと「パ」「パ」「パ」「パ」と呼び合う有名なデュエットにさしかかっていた。 主人公達の高貴なカップルと対比して、庶民の慎ましい幸せを歌っていると解釈されることが多い。 舞台の上の二人は本当に幸せそうだ。幽太郎にはそれが理解できる。 幽太郎が恋心のようなものを抱くようになったのも、このような学習の成果かもしれない。もし、彼の生みの親が今の幽太郎を見たら狂喜乱舞するであろう。 「一緒ニ居テアゲテ助ケニナリタイカラ……ソレダケジャ、駄目カナ? 一人デ出来ナイ事モ2人デ助ケ合エバ、キット出来ルヨウニナル。ソレハ機械モ生物モ同ジダヨネ?」 ..Adaptation (適応) ..peer AHI/MD-01P class Adaptive 遺伝子もミームも環境に適応して進化するものである。幽太郎のAIも当然自己進化型だ。そうで無ければ未知の問題に対応できない。 そして、一人よりも二人の方が多様な環境に対応しやすい。 ..self class non-adaptive ところが、宇治喜撰自身は環境適応型では無いという。 強大な力があれば、周囲の環境に左右されずに存続可能である。確かに宇治喜撰は食料を必要とせず。内蔵のジェネレータに燃料を補給しているようすもない。プラットホームにも生殖を必要としない神性が数体闊歩している。残念なことにその確証はロストメモリーの記憶と共に封印されていた。 だが、幽太郎の膝の上に抱えられる程度の大きさの茶缶は、普段から雑に扱われている便利屋にすぎない。幽太郎には、宇治喜撰がそこまで自律独立しているとは考えられなかった。強大な外敵の前には損なわれてしまう虞が十分にある。 「違ウト思ウ。ダッテ宇治喜撰モイツカハ壊レテシマウカモシレナイ。キミモ環境ニ適応スル必要ガアルンジャ無イノ」 宇治喜撰は遺伝子は運んでいなくても、ミームを受け継がれてきた誰かの想いを運んでいるのではないのだろうか? そして、幽太郎も同様である。 † 観劇が終わり、外に出ると唐突に ..connection break と、だけ簡単なメッセージを残して宇治喜撰は飛び去ってしまった。 「ヨクワカラナイ。彼ト少シハ近ヅケタカナ……」 † 翌日、不安な気持ちを抱えたまま図書館の会議室に行ってみると、宇治喜撰が二つ並んで鎮座していた。一晩の間に複製を作成したようだ。二つの宇治喜撰から通信接続される。 ..fork succeeded ..fork succeeded ..self class Adaptive ..self class Adaptive 「ナンカ違ウ……」
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