旅の終わりが見え始め、0世界を見渡しても帰属の準備をしだす者や帰属に関して考える者が増えてきた。 イルファーンもまた、帰属について考えている。彼は恋人であるエレニア・アンデルセンと共に彼女の故郷に帰属するつもりだ。 そんな彼はある日、いつもの様にエレニアをデートへ誘った。ただいつもと違ったのは、その場所が二人で時間を過ごした初めての地であったということだ。 ヴォロスのとある街。市場や劇場、湖と古城、野原などある街である。そんなに時間は経っていないはずなのに、降り立ってみれば懐かしさを感じた。 再訪した鉱石で出来た洞窟を出て街へと向かう。『なんだかあの時のこと、思い出しちゃったな!』 エレニアのの手でエレクが動く。「僕もだよ。エレニア・アンデルセンのはあの時も素敵だった」「そっ……んな……」 恋人のこんな調子にはもうだいぶ慣れたかと思ったが、やはりどきんとする。つい、自分の声を漏らしてしまった。「つ、『次はどこに行こうか!』」 照れ隠しのために、エレクが大げさに身振りして。それを見てイルファーンは笑みを浮かべて彼女の腰を抱いた。「行きたいところがあるんだけど、付き合ってくれるかな?」「……はい」 近づいた距離が心地いい。エレニアは小さく頷いた。 *-*-*「どこに……?」 エレニアは導かれるまま、湖へと到着した。しかしイルファーンの足は止まらない。訝しげにこぼすと、安心させるように彼は言葉を紡ぐ。「街の有力者に交渉して古城の礼拝堂を手配してある。エレニア・アンデルセンを驚かせようと思って……」「ぇ……」 ここから古城へ行くには湖を渡ったほうが早いらしい。船着場では小さな船と漕手である船乗りが待っていた。事情を知っているのか、ふたりを見つけて微笑んでいる。「ほら」 先に乗ったイルファーンの手をとっておそるおそる船に足をのせるエレニア。ぐらっときた揺れに驚いてバランスの崩れた身体を彼の胸板が受け止めてくれてほっと息をついた。 二人が腰を掛けると、そっと漕手が長い棒を繰る。すると船がすーっと湖面を滑りだした。大きな揺れもなく、漕手も二人に声を掛けない。薄く広がった霧は、まるでふたりきりで居るように感じさせた。「僕の小鳥エレニア・アンデルセン。花嫁になってくれるかい?」 魅惑の赤い瞳に笑みをたたえながら、イルファーンはそっとエレニアの手をとって。「っ……」 その言葉はエレニアに、例えられないほどの幸福感をもたらした。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>エレニア・アンデルセン(chmr3870)イルファーン(ccvn5011)=========
船がゆったりと岸辺に寄せられ、夢の様な時間が進み始める。 イルファーンは軽やかに船から降り立ち、行きと同じように手を差し伸べる。エレニア・アンデルセンは自身が立ち上がったことでわずかに揺れた船の上で何とかバランスを取りながら、その手をとった。手を引かれ、腰を抱かれて岸辺へと降り立つ。 「見てごらん、エレニア・アンデルセン」 「わぁ……」 イルファーンの示した先には大きな建物の影があった。霧に隠れてよくは見て取れないのだ――かと思えばまるで霧のほうが遠慮するかのように薄れていくではないか。 霧が薄れた後、そこには石造りの大きな古城が二人を出迎えていた。歴史を感じさせる佇まいなのに清潔感がある。古城が街の所有になってからもこまめに清掃がされていたらしい。人の住まぬ建物は傷みやすいというが、傷みは感じさせずに寧ろ地元の人々の建物への愛が感じられた。 門はすでに開かれており、その奥に見える大扉は内側へと開け放たれていて、まるで二人を出迎えるかのようだ。灯された蝋燭とランプの灯りが暖かく緋の絨毯を照らしており、主賓の到着を今か今かと待ち構えていた。 「エレニア・アンデルセン、行こう」 「あっ……、……はぃ」 こんな素晴らしいところに入っていいんでしょうか――エレニアが不安と疑問を口にする間もなく、イルファーンは彼女の腰を抱いたまま歩き始めた。彼の堂々とした態度やその歩みに安心させられながら、エレニアも城門をくぐる。イルファーンは常にエレニアの歩調に合わせてくれるから、彼の隣を歩くのは心地よかった。 足首まで埋まりそうなフカフカの絨毯に足を取られないように城内へと入る。すると待っていましたとばかりに現れたのは執事服を来た壮年の男性と、メイドが数人。まるで帰宅した主人にするように、皆は一様に二人に頭を下げ、そしてにこやかな顔で二人を出迎えてくれた。 「本日は大変おめでとうございます。こちらの者達がお着替えのお世話をさせていただきます」 執事の挨拶にイルファーンが「お願いするよ」と頷くと、それまで粛々と控えていたメイドたちが一斉に動き出した。 「花嫁様、花嫁様。花嫁様はわたくし達とこちらへおいでくださいませ」 「花婿様、暫くの間花嫁様をお借りいたしますね」 「今以上に綺麗にしてお返しいたしますからね」 「ああ、頼むよ」 すっとイルファーンの手がエレニアの身体から離れる。その事に少しの寂しさと不安を感じたエレニアは「あっ……」と小さく漏らしてイルファーン見た。その瞳があまりに愛らしくて、身体全てで彼の庇護を求めているようで、彼女の可愛らしさに困ったイルファーンはエレニアの頬にそっと片手を当てる。 「大丈夫だよ、行っておいで、エレニア・アンデルセン……」 そして流れるようにその小さな耳元に唇を寄せて囁く。 「エレニア・アンデルセンは僕を誘うのが上手だね。その顔は夜までとっておいで」 「そっ……なっ……」 はむ、と優しく耳たぶを唇で挟まれて、エレニアは息を詰める。反論しようとしたが何を言っても無駄なような気がして(悪い意味ではない)、こくん、と小さく頷くにとどめた。人目があるところでの恋人の行動に自然と頬が熱くなったが、使用人としてしっかり教育されている執事やメイドたちは見ていないふりをしてくれていた。 「花婿様、花婿様。花婿様のお着替えはあちらにご用意してございます」 「お着替えのお手伝いはわたくし共ですが、しばしの間ご容赦くださいませね」 「僕も名残惜しいけれど、エレニア・アンデルセンとの記念日を素敵なものにするために行ってくるよ。また後でね」 「……はぃ」 メイドに案内されてイルファーンは着替えのために用意された控室へと向かっていく。言葉の端々からエレニアに対する愛情が感じられて、エレニアは安心してその後姿を見送った。 「花嫁様、花嫁様もお急ぎくださいませ」 「美しく着飾るのに時間はありすぎても困ることはありませんから」 「おっ……『お願いするよっ』」 メイド達に促されて、咄嗟にパペットのエレクを顔の前に持ってきてエレクの口調で告げる。まあ可愛らしい、メイド達は微笑みながらエレニアを控室となっている客間へと案内したのだった。 *-*-* 控室に吊るされているウエディングドレスを見た時、本当に自分が着てもいいのかとエレニアは思った。何度も何度もメイド達に確認したけれど、彼女達は当たり前ですといった表情でてきぱきとエレニアの衣服を脱がし、あっという間にドレスを着せてしまった。エレニアの細い腰には少しドレスが大きかったけれど、それも裁縫が得意だというメイドが素早く丁寧に直してくれた。 「あの……」 その手際を見てエレニアは声を上げた。顔を上げたメイドに小さな声で話しかける。 「お願いが、あるんですが……」 視線を向けた先には椅子の上に座らされたエレクとエレンの姿が。メイドはエレニアが小声で囁いたお願いに頷き、そっと大切そうにふたつのパペットを抱えて行った。 ドレスが皺にならないように丸イスに腰を掛けて鏡と向かい合う。少し、恥ずかしい。 おしろいをはたかれ、頬紅や口紅を塗られていく。エレニアはメイドの言葉に従ってされるがままになっていた。 「花嫁様は肌がお綺麗ですから、お化粧は薄めにしておきますね」 「はい……お任せします」 みるみるうちに変わっていく鏡の中自分の姿を夢心地で見つめているエレニアの頭にそっとヴェールが被せられる。ティアラで固定をすれば完成だ。 「お立ち上がりください。あちらの鏡で全身がご覧いただけますよ」 「……!」 ゆっくりと立ち上がり、姿見の方向を向いたエレニアは思わず息を呑んだ。 肩紐のないタイプのドレスは胸元に大きなリボンを斜めにあしらったハイウエストタイプだ。ストンと落ちるAラインの裾はシンプルで清楚さを感じさせる。だが物足りなく感じさせないのはロングトレーンのおかげだ。バックスタイルはカットレースを贅沢にあしらったロングトレーンが円を描くように豪華に広がって、花嫁を聖域たらしめている。 襟元を飾る三重のクリスタルのネックレスが襟元を寂しく感じさせず、かつ胸元のリボンの邪魔をしていない。右耳の羽飾りはそのままにしてもらった。ヴェールを止めているティアラはパールで花をかたどったもので、縁はゴールドだが小花やリーフをかたどったクリスタルのおかげか、派手派手しい金色ではない。 「私……」 総レースの手袋をはめた手で恐る恐る自身の頬に触れたその時、ドアをノックする音が響いた。追って聞こえてきたのは、愛しい人の声。 「そろそろ準備はできたかい? 入ってもいいだろうか、エレニア・アンデルセン」 「い、イルファーンさんっ……」 緊張と恥ずかしさからかどうしていいのかわからなくなったエレニアは思わずどこかに身を隠そうと思ったが、長いトレーンが機敏な移動を許さなかった。カーテンの影にでも隠れられればよかったのだが……。 気を利かせたメイドが応対に出たので、エレニアの小さな抵抗は失敗に終わった。否、はなから抵抗など無理だったのだ。愛しい人の正装した姿を一度目にしては、目をそらせるはずはないのだから。 イルファーンが着用しているのは白のタキシード。ターバンを外して前髪をなでつけるようにして上げたその姿はまるで別人のようで。だが隙のない衣装に身を包んだその瞳は、髪をあげていても穏やかで優しく、やはりいつもの愛しい人だと安心することが出来た。 「エレニア・アンデルセン。いつもの君も愛らしいけれど、今日の君はなんと素晴らしいことだろう。このまま籠に入れて、誰にも見せないように仕舞いおきたい気分だよ、僕の小鳥」 「イルファーンさんこそ……素敵すぎ、です……」 頬を染めつつも自分から目を離さない彼女を見て、イルファーンの心の裡は愛に満ち溢れる。人間への愛ではなく、エレニアへの愛で。 「さあ行こう、エレニア・アンデルセン」 「……はい」 差し出された腕にゆっくりと自分の腕を絡めるエレニア。そっと、二人揃って向かうのは礼拝堂。 先導するメイド、ドレスの裾を持つメイドとともに歩く廊下。窓から見えたのは湖畔の景色で。霧はもうすっかり晴れたようだった。 *-*-* 礼拝堂は暖かな光で包まれていた。優しく差し込む陽の光が、二人の前途を祝福するかのように道を照らしだしている。 参列客の代わりにたっぷりと飾られた花々が、甘い香りで存在感を主張している。 「こんな日が訪れるなんて夢にも思っていませんでした」 目眩がするような幸福に襲われて、エレニアは大聖堂の入り口でぽつり、イルファーンにだけ聞こえるように言葉を紡いだ。 「お祝いの言葉を届ける事はあっても自分がその主役になれる日がくるなんて。幸せそうな新郎新婦。綺麗な花嫁さんのウエディングドレス。それを着ることができるなんて……」 「僕だって、この日を夢にまで見たよ。エレニア・アンデルセンと共に歩く生涯を誓い合える日を」 嬉しさが滲み出るような笑顔を向けるイルファーン。エレニアは嬉しいのは二人共同じだとわかって笑顔を返す。けれども心配が1つだけあった。 「……ウエディングドレス……似合ってるでしょうか?」 思わず自分の身体に視線を落とすエレニア。思い出すのは今まで見てきた何人もの花嫁さん達の美しい姿。 「今まで見てきた花嫁さんは皆さんとても綺麗だったから……私もそんな風になれていますか? ――貴方との結婚式です。綺麗な花嫁でいたいから」 俯いたまま頬を染めるエレニアの不安が可愛くて。彼女が綺麗でないはずなどないのに――イルファーンはクスリと笑みを漏らした。 「安心するといい、エレニア・アンデルセン。君は僕が今まで見てきたどの人間よりも美しく、そして愛しい。僕だけのものにしてしまえるのが夢のようだ」 さあいこう、腕と腕を絡めたまま、バージンロードを歩んでいく。一歩一歩噛みしめるように踏み出すのはこれまでの困難や葛藤、そして幸せを振り返っているから。足を止めないのはこれからの未来を二人で紡ぐことを決めているから。 祭壇の前。二人の前に神父はいない。お決まりの聖句もない。代わりに述べるのは、これまで大切に育ててきた思いと、これからへの思い。 二人向かい合って立てば、最前列の長椅子に仲睦まじく腰掛けている2体のウサギの姿があった。エレクは銀色のベストとズボンにネクタイ、エレンはピンク色のドレスと、共布のリボンを耳につけている。 「ふふっ、今日はパペット達はつけませんよ。彼らは参列者です。メイドさんに頼んでおしゃれもしてもらったんですよ」 「エレクもエレンも素敵に着飾らせてもらってよかったね」 「ずっと私と共にいた家族のようなもの。見守って見届けて。私達の結婚式を……」 2体を見つめるエレニアの瞳は優しい。辛い時も苦しい時も、そして幸せな時もずっと共にいたパペット達。彼ら以上にふさわしい参列者がいるだろうか。 「二人共、よろしく頼むよ」 イルファーンにとっても2体は特別な存在だ。同じように優しい瞳を向けた後、二人は自然、互いに視線を戻した。絡みあう視線は蜜のように甘く、蕩けるような熱をはらんでいる。 「君と出会い僕は変わった。真に人を愛する事を知った」 歌でも歌うような玲瓏なる声で紡がれる真実。 「これまで僕が愛してきたのは人という種だったけど、君と出会い初めて個人を愛する事を知った」 エレニアの耳朶をイルファーンの甘い声が刺激してゆく。 「君と会えてよかった。心からそう思う。君と出会い、僕は初めて人になれた」 イルファーンがそっとポケットから取り出したのはオパールの指輪。この前ヴォロスの砂漠へ行った時に密かに行商人から買い入れたものだ。 「先日二人で行ったヴォロスの街、身も心も一つに溶けあう至福は言い尽くせない」 手を、小さく囁いてイルファーンが差し出した左手に、エレニアは手袋を外した指先をそっと乗せる。 「精霊たる身が神に永遠の愛を誓うなんて茶番だと人は笑うかもしれないけど」 エレニアの薬指に吸い付くように指輪はぴったりとはまって。 「やっと言える」 イルファーンの白い指先がエレニアのヴェールをたくし上げる。涙をにじませた青色の瞳を指輪からあげて、エレニアはイルファーンと視線を合わせた。 「ようやく言えるのです。一生自分の声で紡ぐ事はないと思っていた言葉」 その言葉を紡ぐのには、相当な覚悟が必要だった。今日、今この時は大きな大きな区切り。 ふたりが恋人から夫婦になる時。 その言葉は自然に喉元まで出かかっている。 「愛してる」 「愛しています」 互いに告げ、そっと近づく互いの顔――唇と唇が触れ合って、それは今まで重ねたどのくちづけよりも甘く神聖なものだった。 愛してるの音が聖堂内に響く。聞きとがめるものなどいない。 そっと寄り添いあった2体のパペットだけが、二人の愛の証人だ。 *-*-* 聖堂の外に出たイルファーンは、エレニアを抱き上げた。彼女が自分の首に手を回してつかまったのを確認すると、魔法で風を起こして空へと舞い上がる。 聖堂の前にはいつの間にか花びらが敷かれていて、風は花びらも同時に巻き上げた。巻き上げられた花びらはひらりひらりと風になびくエレニアの髪とドレス、長いトレーンとヴェールを優美に彩った。 「君が儚い小鳥なら、僕は小鳥を守る鷹になる」 空へ舞い上がれば、古城と湖が、そして街がよく見えた。目に見える範囲にいるすべての人が、二人を祝福してくれているようにも思えて。 「君の故郷に帰属し添い遂げるのが僕の夢だ。愛してるよ、エレニア・アンデルセン。僕の気持ちを受け取ってくれ」 「愛しています、死が二人を別つまで……いいえ死んだあとだって私は貴方を愛します」 そっと、エレニアはイルファーンの耳元で囁く。イルファーンだけを魅了して、イルファーンに魅了されて生きていく、そう決めていた。 「私の全ての愛を貴方に……。死が二人を別つまで……そうきっと死だけが貴方と分かれる時」 めでたい結婚式の時にする話ではないかもしれない。けれどもこれは二人には一生ついてまわる問題だ。今この時だからこそ、自分の思いを、考えを伝えたいとエレニアは思う。 「そして精霊である貴方を人間の私は置いて逝ってしまう。貴方に全てを捧げてもいつの日か……」 風にのって揺れる花弁だけがさらさらと音を立てている。イルファーンは彼女の言葉を催促することはなかった。彼女の体温と重みを感じながら、続きを待っている。 「貴方は私との子を望んでくれる。それならば私はその子に託しましょう、貴方と私の愛の証し。貴方が私を、私が貴方を愛したと言う証し」 「エレニア・アンデルセン……」 「紡いで言ってほしい、命を。貴方が一人にならないように……」 悲しげに微笑むエレニアの瞳からは強い意志のようなものが感じられて。人と精霊、精霊であるイルファーンにとってエレニアと過ごすことができる時間はほんの僅かかもしれない。今この時でさえ、瞬きする間の事かもしれない。けれども二人が愛しあったという証が連綿と受け継がれていくならば、エレニアの思いが受け継がれていくならば、きっとイルファーンは一人にならない、エレニアはそう思う。 イルファーンは言葉にする代わりに、微笑んだ。泣きそうな、けれども優しい微笑み。ありがとう、小さく告げて彼女の唇を奪った。 「お願いがあるんだ、君の歌声を地上の人々に聞かせてあげてほしい」 花弁と共に降り注ぐ君の唄は、全ての人々の不幸を癒す――本当は独り占めしたいところだけど……僕の花嫁の素晴らしさを皆にも知ってもらいたい。そんな本音を聞いてエレニアは思わず笑んだ。 「一人で唄うのが怖いなら僕も歌おう。君の為に囀る鳥になろう。二人なら怖くない。遠くどこまでも歌声を響かせられるはずだから」 「……はい」 はにかんで頷いてエレニアが紡ぐのは、古い古い祝福の歌。祝福されるべき立場のエレニアが祝福の歌を紡ぐのは、もう十分に祝福されていると感じるから。愛されていると感じるから。 その旋律にイルファーンがそっと自らの声を添わせる。優しく寄り添うのはそれこそ彼自身を表しているようで。安心して思い切り、心地よく空から声を降らせるエレニア。 今まで感じたことのない充足感が二人を覆っていく。 満ち足りて充たされて、イルファーンは彼女を強く強く抱きしめる。 (この先何が起ころうとも、僕の魂は君と共にある) 誓いを歌声に乗せて空を舞うのは、この日生まれたばかりの夫婦。 世界一幸せなこの二人は、花とともに歌声を振りまいて。 永遠は誓えぬけれど、できうる限りずっと共にあろう――誓った愛だけは確かなものだから。 愛してる。 愛してます。 やっと、言えた――……。 【了】
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