「動物実験が成功したんですね……! って、え……?」「ラグラトリアス『王』……?」 耳に飛び込んできた二つの情報。福増 在利とシャニア・ライズンはどちらに反応していいのか迷った。「ラグさん、身分の高い方だとは思っていましたが、王様だったんですか?」「まあ、一応な」 在利の問いにラグは苦笑を帯びて応える。シャニアが「あっ」と小さく声を上げた。「じゃあ、お母さんのために薬を、というのは……」 この薬の研究はつまるところ、王の母、王太后のための研究だったということだ。ラグは自分のわがままでといったけれど、王太后の病を治したいと思う研究者はいたはずだ。「驚かせたか? だとしたら済まない」 いたずらっぽく笑んだラグはそれよりもと二人を促す。「サウル!」 呼ばれた薬室長が書類を抱いて現れると、成功した実験について教えてくれた。「成功したのはラットでの実験で、老いたラットに抽出していただいた成分を注射器で注入しました。するとしばらくして、ラットの動きが目に見えるほど活発になったのです」「弱った細胞が活性化して若返ったということか……」 ラグが考えるように零した言葉。在利とシャニアの心が期待で揺れる。「ですが、これを人体へ投与するには投与量を増やす必要があるでしょう。投与量を増やしたことで副作用が出るやもしれません。ですから……」「いきなり王太后の身体で試すわけにもいかないということだな……かと言って下手に被験体を募るわけにもいかないしな」 この薬は老化現象に伴う細胞の衰えにも効くことが証明されてしまった。ということは在利が危惧した通り、使い方を変えれば不老不死につながるかもしれない。ということは、この薬の存在が漏れれば、騒乱の種にならないとも言いきれないのだ。できるだけ秘密裏に済ませたいはずである。「あの……」「ん? どうした、在利」「僕が……」 在利はひとつ決意をして前へ歩み出た。できるだけ外に出したくない研究であるのに、新たに自分達を研究に加えてくれたラグ。できることならその恩返しもしたかったし、それに死滅した細胞にも効果があるのかを試しておきたかった。だから。「僕が被験体になります」「在利君!」 シャニアが声を上げた。どんな副作用があるのかわからないというのにその身を差し出すなんて。でも、半分はその気持がわかる気がした。シャニアも弟の薬のためなら、どんな協力でも厭わないつもりだったから。「大丈夫です、シャニアさん。誰かがやらなくてはならないことですから」「本当にいいのか? 副作用に苦しめられるかもしれないぞ?」「でも多分……僕にしか出来ませんよね」 まっすぐに瞳を向けてくるラグに、在利もまっすぐに瞳を返して。「それに僕で成功したとしたら、死滅した細胞にも効果があるということになります。薬の効能を正しく把握できるいい機会ですよね?」「それは、そうだが……」「もし薬が効いて僕の病が治ったとしたら、僕としてもとても喜ばしいことなんです。だから、やらせてください」 在利は一歩も引かない。ラグは少しの間在利の顔を見つめていた。そして、とうとう頷いた。「わかった。その勇気と好意、ありがたく受け取らせてもらおう。頼む、在利」「任せてください!」 *-*-* 在利への薬の投与が準備されている間、シャニアはラグに声を掛けられた。ラグが手にしているシャーレの中には、シャニアの血液が薄く入っている。「シャニアの血液を見せてもらったが、見たことのない成分があった。きっとそれが『魔力』とやらなのだろう。血液中の『魔力』の量を減らして、その状態で安定させる薬、でいいんだな?」「ええ」「いろいろな薬草や既存の薬を使って反応を試させる。そこでもう少し血液を採取させてもらってもいいか? 何種類もの薬で試さなければならないのでな」「それはいいけれど……忙しいのに手を煩わせてしまってごめんなさい」 申し訳なさそうにシャニアは頭を下げる。するとラグは明るく笑って。「なにをいう、お前達のお陰でようやく研究が進んだんだ。手のあいた研究員を総動員させて実験するからな」「ありがとう」「だが、もしもその薬ができたとて、これはシャニアの身体で実験する訳にはいかないだろう? 魔力過多ではないお前の身体で試したら、『魔力』が不足し過ぎて命にかかわる」「それは……」 悩むシャニアにラグは「まずは効果のある薬を見つけるのが先だがな」といって彼女の肩を叩いた。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>福増 在利(ctsw7326)シャニア・ライズン(cshd3688)=========
王城の地下に当たる実験場の中の一室。清潔なシーツが敷かれた寝台の上に福増 在利の姿はあった。寝間着のような簡素な綿の合わせに身を包んで、寝台に腰を掛けている。膝の上に乗せた手はカタカタと小さく震えていた。 怖くないわけなどなかった。この世界にとっても、在利にとっても未知の薬を試すのだから。 (元の世界でも、薬のことは勉強してたけど、新薬の実験なんて初めてで。やっぱり怖い) 片方の手でもう片方の手の震えを止めようと押さえつけてみたが、両の手が震えるだろだった。それどころか、身体も小さく震え始めていた。 でも。 (ここはやるしかない。僕が……僕が、実験に臨むのが。僕が望んだことで、実現しそうなんだから) そう思うと義務感と期待が不安を抑えてくれるような気がした。それでも、全部の不安が消えたわけではなくて。若干引きつった表情をしているのが自分にも分かった。俯いて、自分の手を眺める。震えている自分が情けなく思えて、涙が出そうだった。 「……!」 その時視界に入ってきたのは、しなやかな指を持つ手。その指先から伝わる暖かさが在利の身体を満たしていく。涙なんか一瞬で引っ込んだ。 「在利君」 その手の持ち主を、その声の持ち主を在利は知っている。在利にとって甘美な声、甘美な熱。 「シャニアさん……」 ゆっくりと顔を上げると、同じ目線の高さに彼女の顔があった。ベッドに腰を掛けている在利の前にしゃがみ込むようにして、彼女は在利の手に自分の手を乗せていた。そしてゆっくりと重なった在利の手の下にもう片方の手を滑りこませる。きゅ、と軽く力を入れて在利の手を包み込んだ。そして。 「何が起きるか分からなくて怖いかもしれないけど……負けちゃダメよ」 優しい、柔らかな声。在利に勇気を与えるのに十分なその言葉を紡ぎだした唇を、じっと見つめる。 「はい、僕は……負けません」 紡ぎだした言葉は虚勢なんかではなくて。確かに彼女にみっともないところを見せたくないという気持ちはあるけれど、彼女の言葉が、存在が、在利を支えてくれるのだ。 在利の言葉に、シャニアはやんわりと微笑んで。 「他にも言いたい事はあるけど……それは実験が成功してからね」 「えっ……!? き、気になるじゃないですかっ……」 「じゃあ」 シャニアはもう一度在利の手を強く握りしめて。 「続きを聞くために、頑張って実験に耐えてね♪」 いたずらっぽく笑うものだから。在利は照れながらも微笑んで「はい」と頷くことしか出来なかった。 * 部屋に薬室長のサウルが薬と器具を持った研究員を連れて入ってきたのと入れ替わるようにして、シャニアは部屋を出た。名残惜しかったけれど、本当は彼のそばに居てあげたかったけど、シャニアにもやらなくてはならないことがあった。 (新薬の被験体になるなんてとても怖いと思うの。でも、あの子は目的を目の前にして諦めたりする子じゃないと思う) 廊下を通って別の実験室の扉を開ける。そこで待っていたラグと何人かの研究員に待たせたことをわびて、席についた。 (だから在利君はきっと良くなると信じて、あたしも自分の事をやり遂げるわ) シャニアがやるべきことは、弟のための薬を見つけること。 「私のいた場所での魔力についてもう少し詳しく説明するわね」 シャニアのいた世界では、魔力は体内を構築する栄養素の一つのようなものであり、食事や休養、睡眠等で回復する。使える魔法の情報もその中に含まれているのだ。 「私の弟は魔力過多――つまり体内の魔力が多いから、そのせいで体調の魔力依存力が高いの。魔力が関わると、体調に変化が現れることが多いわけ」 「なるほどな。ということは……」 「ええ。私の魔力のことは、もしかしたら大丈夫かもしれないわ!」 ラグが言いかけたことを先に肯定して、シャニアは明るい表情を見せる。 「魔力切れが命にかかわるのは、弟のかかっている病気だけ……あたしなら、魔力が無くなっても大丈夫なはず。ただ、疲労感はどっと襲ってくるけど……」 「わかった。出来る限りシャニアに負担がかからないように注意しよう」 「ありがとう、ラグさん」 採血の指示をするラグに礼を言い、研究員たちの指示に従って腕を出す。すーっとする消毒薬を塗られた後、痛みは一瞬だった。 チクッとした痛みをシャニアに与えた針は細い管に繋がっていて。その管の先につけられた注射器が緩やかにシャニアの血を吸い上げていく。ポタリポタリとフラスコに落ちていく血をまるで砂時計のようだと思いながら、シャニアが思い浮かべるのは弟のこと。 (あの歳で何かリスクを負って生活するのは辛いわよね……カルムだって、もっと不自由無く暮らしたいはず……) 可愛い弟がこちらを向いて笑んでいる。無邪気にシャニアのことを呼んでいる。 (血は繋がってなくてもあの子は実の弟も同然だもの……姉として出来る限りの事はしたい) フラスコに溜まっていく自らの血。それが弟を助けるとっかりになるのなら、いくら提供しても構わない。 (待っててカルム……きっともうすぐだから) 少しずつ血を取るのはシャニアの身体の負担を考えてのことだが、少しずつしか溜まっていかない自分の血を見て、少しじれったさを覚えた。 * 投薬の準備をする研究員達を横目で見ながら、在利はサウルの問診を受けていた。投薬前の現在、痛いところや具合の悪いところがないかチェックするのだ。 「現在の時点で不都合があるとしたら、今回の肝となる病気の部分……肺や気管支ですかね」 ――僕の病気はまだ初期症状なので、寒いところでその症状が出るんです。だから、冷凍室のような所があれば、そこで症状が出るかどうかでその病気の程度を知ることが出来ると思います。 在利の申告により、氷室の中で現在の症状の把握はすでに行われた。喉がひっついたような息苦しさと閉塞感に加えて、襲い来る咳。永遠に続くのではないかと思われるほどの咳に身体を折り、喉の奥が燃えるように熱くなった。 症状を目の当たりにしたサウルは在利の肩を抱き、氷室から連れ出して今いる部屋で休むようにと言ってくれたのだ。 「それではこれから投薬をはじめます。投薬は氷室で行い、あなたには氷室に用意した寝台に横になった状態で投薬を受けていただきます。ここまではいいですね?」 「……はい」 氷室で投薬するのは、どの量で在利の症状がどのように変わるのかを見るためだ。薬が効くまでの間、在利はずっと苦しい思いをすることになる。それを含めて在利は了承していた。 「薬は決められた時間おきに量を増やして様子を見ます。側では必ず二人以上の研究員があなたの様子を見ています。何かあった時は迅速に対応しますので安心してください」 「はい」 穏やかなサウルの語り口は、危険な実験を控えているようには聞こえない。なんだか安心できる気がした。 (この人とラグさんに任せておけば……きっと大丈夫だよね。後は、僕が頑張るだけだ……) 再び氷室へと導かれて冷えた寝台へ横たわる。息を吐けば白くなり、綿の合わせ一枚という身体には容易に冷気が絡みついてきて。 息をすれば喉が引きつるような感覚。ああ――。 申し訳程度にブランケットが掛けられる。この頼りない暖かさが唯一の希望のように感じる。 「それでは投薬開始します」 最初の投薬はしっかりと見ていた。腕の血管に直接注入される薬。どんな副作用があるのかわからないだなんて怖くないはずはない。けれどもこの薬が、生まれ故郷で誰もが匙を投げた病気を治せるかもしれないと思うと、希望を余すことなく身体の中に取り入れたいと思った。 定期的に現在の体調を聞かれ、そして薬を注入される。 それは注射のチクッとする痛みにもすっかり慣れた頃に訪れた。 ブルッ……酷い寒気が在利を襲った。顔と身体が非常に熱くなり、その分いやな寒気が身体を包み込む。咳は相変わらず襲ってくるし、息をすると喉がヒューヒュー音を立てた。 「発熱していますね。副作用の一つだと思われます」 サウルの声が聞こえて、在利はゆっくりと瞼を持ち上げた。 「大丈夫ですか?」 覗きこむサウルの瞳は心配そうだったが、研究者としての顔も残しているように見えた。そんな風に思えるならまだ大丈夫だ、在利は頷いた。 氷室の中では時間の経過がわかりにくい。最初こそ注射の本数を数えていた在利だったが、咳や高熱のもたらす息苦しさと脳を揺さぶられているように感覚に、いつの間にか数を忘れてしまっていた。 「大丈夫ですか?」 何度目かのサウルの問に答えようとした時――。 「――! !?」 ビクッ、ピクッビクンッ! 身体が在利の意思とは関係なく動いた。激しく痙攣しているのだ。 サウルが慌てて研究員に指示をしているのがわかるが、何を言っているのか聞き取る余裕はなかった。揺れる視界。遠のきかける意識は咳に引き戻されて苦しさを再確認させる。 どのくらい痙攣していたのか、在利自身にはわからなかった。ただ、痙攣がおさまった時に視界に入ったサウルの瞳が、酷く安心しているように見えただけだった。 更に投薬を続けると、酷い頭痛が在利を襲った。加えて吐き気が在利を苦しめる。吐くたびに研究員が背中をさすってくれたけれど、嫌な顔ひとつせずに吐瀉物を片付けてくれたけれど、もう吐くものなんて何も無くなっても吐き気は収まらなかった。水分補給にと飲み込んだ水すら、すぐに吐き出してしまった。 自分が乾いているのがわかる。けれども水分は身体が受け付けてくれない。咳き込みすぎて喉が切れたのか、飲み込む唾が鉄の味をしていた。 それでもまだ在利は、サウルの問いに「まだ、大丈夫です」と答え続けた。誰から見てもやせ我慢に見えただろう。けれどもここで諦めたらば何も手に入らず、結果も残らないのではないかと思うから。 * 在利への投薬は何日も何日も続いていた。その間にシャニアは、ラグや手のあいた研究員達と共にシャニアやシャニアの弟の血の中に含まれている魔力を抑えるべく、様々な薬や薬草を試していた。 (在利君……大丈夫かしら) 彼の様子は逐一教えてもらっていたけれど、やっぱり気になる。ひとときだって忘れたことはない。副作用が現れ始めてからの彼は伝え聞くだけでも苦しそうで、そして頑張っているのだとわかった。だからシャニアは自分が今、できることをしようと改めて誓う。ただ在利の側で右往左往しながら結果を待つだけではなく、誰かの為に役に立つ方を選んだ。 「シャニア、一度在利の様子を見てきたらどうだ?」 「え?」 「気がかりでしかたがないのだろう?」 ラグの言葉にはっと我に返って頬に手を当てる。 「やだ、私そんなに落ち着きなかった!?」 「落ち着かなくて当たり前だ。大切な相手が危険な実験に挑んでいるのだからな」 ラグはシャニアの気持ちを肯定してくれた。一緒に実験を続けている研究員達も、小さく頷いてくれて。 「ありがとう。でも、今はまだ……私が行っても邪魔になるだけだと思うわ。みんなにも数時間の仮眠だけでずっと付き合ってもらってるのだから、あたしだって頑張るわ!」 そうか、と頷いてラグはシャニアの意思を尊重してくれた。小さく口の中でありがと、と告げて、シャニアは自分の血液の中から魔力の分泌物だけを取り出して染み込ませたコットンに既存の薬を垂らしていく。シャニアの血液から取り出した魔力の分泌物は黄色く色を付けて水で伸ばしてある。ここに既存の薬を垂らし、魔力の分泌物が消えるか抑えられるかする様子を観察するのだ。こうした簡易的にできる診断なら、シャニアにも手伝うことが出来た。この方法で経過観察できない薬は、ラグや研究員達という専門的に知識のある人達に任せている。 正直、この国にたくさんある薬や植物から、望んだ効果が得られるものを探すのは想像以上に大変で、黄色く染まって色褪せないコットンを見ていつまで続くのだろう、と思ったりもした。 けれども他人ごとであるのにラグや研究員の皆が諦めようとしなかったから、何より在利も頑張っているのだと思うとシャニアは勇気づけられて、作業を続けることが出来た。 * 白くぼやける視界に、父や母、覚醒して出会った人たちの姿が見えて。 (これって、走馬灯……?) ふわふわと、なんだか揺れている感じもして。 (死にたくない、けど……ぼーっと、見てたら、気分が楽に……) 気がつけば、それまで在利を襲っていた苦痛が和らいでいった。このまま身を任せてもいいかな……甘い世界に身を任せたくなる。 ――君! (……けど、シャニアさんの姿が、見えない。遠くに声が聞こえるのに。一番、見たい人なのに) ――利君! (シャニア、さん。会いたいです……。こんなことなら、好きって、告白しておけばよかったかな、僕の馬鹿……) ――りとし君! (だけど。シャニアさんの声が、近づいてくる。僕を呼ぶ声が、心配してる声が。シャニアさん、シャニアさん!) ――在利君!!! (……そうだ。シャニアさん、近くにいるよね。頑張って、それで、この病気が、治ったら……) ――在利君、戻ってきて! あたしを置いて行かないで! (だから、辛くても、ここにしがみ付いてないと駄目だね……!) 自分を呼ぶ声に導かれるように、見えた人々に手を振って。在利は自分の身体が浮上していくような感覚を覚えた。 (今、行くから。待っていて、シャニアさん!!) 光に向かって浮上して。 (ああ、眩しいよ――でも、ここを超えないと!) 光の渦に飛び込んで。 眩しさに瞑っていた瞳をゆっくりと開けたら。 そこには泣きそうな顔の彼女の姿があった。 「シャ、ニアさん……呼んで、くれ、て……あり、がと、う……ただ、いま……」 想像以上に喉がカラカラで。とぎれとぎれになってしまったけれど。それまであった苦しさや熱さは綺麗になくなっていて。呼吸もスムーズにできる。 「おかえりなさい!」 シャニアが横たわっている在利の上半身を抱えるようにしてぎゅっと抱きしめたものだから、頭を撫でられながらこれはやっぱり夢なのかな、なんて在利は思ったりもした。 約一月に渡る投薬実験の結果、在利の身体は薬を受け入れ、病を克服していた。 * 在利の意識が戻らないと聞いて、さすがのシャニアも部屋を飛び出して氷室へと向かった。その時に落としてしまったコットンと香茶が、思いもよらない結果を導き出した。香茶の染み込んだコットンが、黄色かった魔力の分泌物の色を見るからに薄くしていたのだ。 ラグはシャニアから新しく血液をとることはせず、残っている血液を使ってこの香茶に使われていたルリハ草を試させた。その間、シャニアが在利についていられるようにと。 氷室からでて寝台のある部屋に戻り、シャニアとともに息をつく。 「まだ横になっててもいいのよ?」 寝台の隣りに座ったシャニアが心配そうに言うのに首を振って。 「……何だか、実感がわかないです」 ぽつり、零した在利をシャニアはじっと見つめている。 「寒いところにいても、以前のように咳き込まないのに。走ったりしても直ぐに息切れしないのに。治ってるはずなのに、嘘みたいで」 「嘘じゃないわ、本当よ。あたしが証明するわ」 何の根拠もなかったけど、シャニアはそう告げたくて。在利もシャニアの言葉に根拠が無いことはわかっていたけれど、でも彼女の言葉に心が暖かくなる。 「……現実で、本当、なんですよね……。あ、涙が、や、やだ、どうしよう……止まらないですよ……」 ぽろぽろぽろ、溢れだしたら止まらない。不治の病と言われていた病気が、治ったのだから。 「好きなだけ泣いていいわよ。あ、恥ずかしいなら私は部屋を出――」 「そばに居てください」 シャニアの言葉を遮って彼女を引き止めた言葉は、思っていたより語気強く発せられて。その言葉の強さに惹かれるようにシャニアは上げかけた腰を下ろした。 二人でいるのが、何よりも心地良いと感じた。 * それから数日後、ラグやサウル、そして関わってくれた人達に礼を告げて二人は王都を発った。 シャニアの弟の為の薬となるルリハ草の粉末は、沢山瓶に入れてもらった。これをしばらく飲み続ければ、そのうち魔力の量は落ち着くだろうということだった。念の為にとルリハ草の種まで入れてくれた彼らに感謝をしてもし尽くせない。 キャラバンの馬車に乗せてもらって二人が到着したのは、ピュートという村だった。この村はシャハル王国の中で一年に一度だけ寒い時期が訪れる地域に位置している。その地域の中でも最も先に雪が降るこの村は、雪が積もっていて寒い。けれども在利の身体は、これまでのような辛い症状を訴えることはなかった。 「きれいな景色ね」 白銀に染まった丘から村の建物を眺める。太陽の光が反射して、キラキラと輝いていた。 けれども在利の瞳には、シャニアしか映っていない。 「シ、シャニアさんっ……」 ずっとずっと心に秘めていた思い。口に出して伝えないと意味が無いと思っていた。 そして今がその時であると、確信していた。 自分を振り向いた彼女が問う前に口を開く。 「ず、ずずっと、す、好きでしたっ!」 顔は真っ赤で、おまけにどもってしまって。カッコいい告白からは程遠いけど、気持ちは伝わるはずだ。 【了】
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