オープニング

【シュクタン假手工業のとある研究室】

「モゥ君、君は自由という状態がどういうことか考えたことはあるかな」
 ――好きな時に仕事して、寝たいときに寝て、食べたいときに食べるとか、ですか?
「対了(そうだ)、それも自由だ。他人に支配されないことは大きい自由だ。だが、私はね。それと同じくらい、他人を支配することも自由だと考えている」
 ――それで、先生は患者に爆弾を埋め込んだのですか?
「対了、リモコンのボタンを一つ押せば高性能爆弾が爆発し、患者は死ぬ。だが、重要なのはそこではない」

 探偵モゥ・マンタイは額に浮かぶ油汗をぬぐった。初恋の女性に告白したときのように緊張して、手が知らず知らずのうちに震える。秘書の女性が出してくれたチャイをすすって気分を落ち着かせる。
 そして、意を決して質問を口にした。

 ――それでは、なぜ20年前、浮浪児だった私を助けてくれたのですが? 後で殺すためにわざわざ私の病気を治したと言うのですか?
「不対(違う)、私は君達の死を願ったのではない。私自身の自由を願ったのだ。私は手にしたボタンでいつでも患者たちの生命を奪い取ることができる。そう、いつでもそれができると言う心の優越が欲しかったのだ」
 ――な、んだと!
「驚くほどのことではない、ほしい物もないのに、自身が有能だと証明したいがためだけに金をかき集める者は大勢いる。そう言う非合理的な心裏の発露と大差ないことだ。安心したまえ、私は君を殺すつもりはない」
 ――遊びだったとでも言うのですか?
「不対、私のしたことは無意味な遊びでもないし、ゲームでもない。君も相棒のメイ君を、彼女を後でどうこうするために拾ったわけではないのだろう。君は純粋に人助けをしたかっただけのはずだ。同じように、あの頃の私は君達を助ける必要があったし、爆弾を君達に埋め込む必要もあった。ただそれだけのことだ。私にとっては患者の幸せは大切なことだ。
 ――と言うと今回の事件は?
「対了、犯人は私ではない。私は年老いて、完全な自由より、心地よい束縛を求めるようになった。そうでなければこの地位にはいない。しかし、君が聞きたいのは、起爆装置のリモコンのことだな。残念ながらアレは私の手元にはない。数日前に無くなってしまったのだよ。そうだな、こうなるのは予想外であった。不自由であろう、君の爆弾を取り外しておこうかね」
 ――お断りします。先生、犯人に心当たりは?
「そうだね。私、シュクタン假手工業『特殊全装机械人研究所』所長オウ・リョウコウはまずは君を怪しむ。君はまだ自由を欲しているはずだ」

 こうして、私は秘書に見送られてシュクタン假手工業を後にした。

【0番世界と世界司書】
「霊力都市インヤンガイの繁華街で、人が爆発する事件が続いています。事件を解決してください」
 世界司書リベル・セヴァンは『導きの書』を小脇に抱えたまま語りだした。
「犠牲者は全て、体内に埋め込まれた高性能爆弾によって爆死しています。現地ではなんらかのテロが噂されていますが、はっきりしたことはわかりません。モゥ・マンタイと言う探偵が情報をつかみました。彼に協力してください。彼は信用できます。
 導きの書は「犯人には自由が足りない」とだけ予言しています。

【モゥ・メイ探偵事務所にて】
 インヤンガイの雑多な熱気もここのところお休みだ。事件の影響かもしれないし、巡節祭が終わって住民がくたびれてしまっているだけかもしれない。
 閑散とした路地を渡り歩いて、ロストナンバー達が指定された場所に行くと『モゥ・メイ探偵事務所』と書かれた看板が見えてきた。
「お客さん達、モゥに用事があるの? ロストナンバー? にゃははははっ、残念モゥは今聞き込みに出かけているヨ。ちょっと待っててネ。昼には帰ってくるはずヨ」
 出てきたのはメイ・ウェンティと名乗る女探偵で昼飯を調理している最中であったようだ。彼女の話によるとモゥ・マンタイは事件の情報を求めて、犠牲者の共通点を見つけ出すことに成功したとのことである。本日は容疑の高い、モゥがかつて世話になったという当時闇医者、今は医療機器会社の重役であるオウ・リョウコウのところに聞き込みに行っているようだ。

 メイは調査済みのファイルをロストナンバー達に放り渡すと台所に引っ込んでしまった。

・犠牲者は全員、オウ・リョウコウがかつて無償で治療した患者達
・リモコンは爆弾に50m程度は近づかないと作動しない
・リモコンを作動させると、近くにある爆弾はすべて爆発する

・患者達のリストは以下
1) × 男41 ファン・クーシン
  飯店(ホテル)のロビーで爆死。用心棒
2) △ 男36 リー・ショウ
  消息不明
3) ○ 女35 シャン・ファーレン
  主婦、息子二人、夫健在
4) × 男40 センシア・ジィエンレン
  自分の店で爆死。宝石商を営んでいた。
5) △ 女36 ティン・チョウター
  消息不明
6) ○ 男40 マー・ションタイ
  とび職
7) × 女35 シァオ・イーラン
  昼食時に菜館(レストラン)で爆死。事務員
8) ○ 男38 モゥ・マンタイ
  俺、探偵
○コンタクト済み △未コンタクト ×死亡

 入り口から物音がする。
「あらっ、モゥが帰ってきたのネ」
 と、耳をつんざく爆音が鳴り響き、事務所の玄関口が吹き飛ばされる。モゥが爆死したようだ。
「あ~あ、いわんこっちゃない。自分にも爆弾が埋められているのにモゥはがんばりすぎヨ。ところで、ロストナンバー達おなか空いていない? モゥの分の炒麺が余っちゃうんだけど、食べていくネ」

品目シナリオ 管理番号395
クリエイター高幡信(wasw7476)
クリエイターコメント みなさんこんにちわ。
 そろそろ見習いを卒業したいWRの高幡信(たかはた・しん)です。

 今回は初心に返ってまともなシナリオ ……のつもりです。
 こっそりβのキャラが再登場していますが、本件とは関係ないので気にしないでください。
 犯人を推理してみたり、犯人の心境を読み取ってドラマを作ってください。また、犯人当て以外にもやれることはいくらでもありますので、皆様のキャラを暴れさせていただければありがたいです。
 それとキャラの考える「自由」とは何であるかを書いてあったり敢えて書いて無かったりすると楽しいと思います。

 それでは!

参加者
三ツ屋 緑郎(ctwx8735)コンダクター 男 14歳 中学生モデル・役者
ロウ ユエ(cfmp6626)ツーリスト 男 23歳 レジスタンス
金 晴天(cbfz1347)ツーリスト 男 17歳 プロボディビルダー
ジャン=ジャック・ワームウッド(cbfb3997)ツーリスト 男 30歳 辺境伯

ノベル

オウムのビアンカ
 ―― 自由! そんなモンの何処に魅力があンスかねェ! 頭ン中だけの自由! それが一番幸せ! クソったれの自由! 自由ばんざい! 義務はない、責任感なんて持てない、相方の命さえ左右できてとても自由。でも自分からは逃げられない

夜会服のジャン=ジャック・ワームウッド
 ―― 客観として語りようはあるが俺にその望みはない


 理由のない殺人という現象が世の中に存在することは事実であるが、この事件は取るに足りないとは言え、理由=動機=殺意の確かに存在する事件であった。無論、その動機とやらが理不尽を内包するものであることは言うまでもない。
 とは言え、最初の3人までは理不尽に命を奪われたものの、4人目のモゥの場合は、自らの選択に起因する死であったのであるからある種の自己責任。なんの慰めにもならないが


 ともかくボディビルダーの金晴天は、モゥが帰ってきた音を聞いて玄関に向かおうとし、爆発に巻き込まれた。
「モゥ探偵、今回はお土産で、白木の釘とお札を持って…… あれぇぇぇ」
 吹き飛ばされた晴天は、みなのいる応接室まで転がり戻ってきた。ジャン=ジャック・ワームウッドのオウムがけたたましく鳴き声を上げ、ばさばさと飛び上がる。
 薄汚れた応接ソファから腰を上げて玄関の方見て、アルビノの青年、ロウ・ユエがつぶやいた。
「当たりを引いて口封じされたか」
 中学生モデルの三ツ屋緑郎が恐る恐るモゥのなれの果てを確認すると、胴体とその中身を当たりにまき散らして、モゥ確実に死んでいた。戻ってきた緑郎達に台所からメイが声をかける。
「あ~あ、いわんこっちゃない。自分にも爆弾が埋められているのにモゥはがんばりすぎヨ。ところで、ロストナンバー達おなか空いていない? モゥの分の炒麺(ヤキソバ)が余っちゃうんだけど、食べていくネ」
 人死にはこの霊力都市インヤンガイではあまりにも日常的なものである。たとえそれがこのような死に様であったとしても、犠牲になったのが探偵ならばなおさらに驚くに値しない。有り体に言えば、手慣れたものである。
 ただでさえ5人で分けるにはあまりにも少ない炒麺であったが、メイはちゃかり一人前を一人自分によそったので、残る一人前は晴天と緑郎が半分ずつ食べることになった。
 ジャンは死体を検分しに玄関に去る。


 まずそうな炒麺を尻目にロウが事件の推理を始める。
「体内に爆弾を埋め込むとか斜め上に吹っ飛んだ発想になるのが理解できないが、予言の『自由が足りない人物』を考えると犯人はオウではない」
 半分に減った炒麺の皿を晴天に渡しながら緑郎は、モゥが残したメモを見つめ、考える。
「普通に考えて、犯人は消息不明のリー・ショウかティン・チョウター、もしくは二人による共犯じゃないかなぁ。犯人に『自由が無い』ということは今現在不自由であるということ、自由が拘束されている=爆弾が埋め込まれているってことでしょ。自分自身に埋め込まれているのであれば、埋め込んだ犯人やほかに誰に埋め込まれているのかの予想は付くはずだしね」
「爆弾を持つ生存者は直接操作不可能」
 とジャン、幸運にも形の残っていたモゥのメモ帳を手に戻ってきた。シュクタン假手工業『特殊全装机械人研究所』所長オウ・リョウコウとの聞き込み結果や、彼の身辺関係などが記載されているようだ。
「あちゃー、じゃ、消息不明の二人がリモコンを押すリモコンを作ったとか。そんなわけないよなぁ」
「リモコンは盗まれた、か。引っかかるな」
 炒麺を口に詰め込んだまま晴天がこたえる。
「そういう物品を会社に置いておくか。普通、自宅か、貸金庫だよな。で、あいつ、取締役員とか重役だっただろ、たしか。なら、息子の一つや二つ、転がっていてもおかしくないだろ。親から『自由』じゃないゆえに、爆弾を埋め込まれた元患者の命を弄ぶ『自由』で紛わすとか」
 ジャンの手にあるメモによれば確かにオウには息子が一人いる。今はまだ学生で名をガウ・リョウコウと言う。空になった皿を卓において晴天が続ける。
「しかし、そうだとしたら、オウは慌てているだろうし。ん、慌てていないという事はオウがやっている?」
 ふむ、とロウが相づちを打って自説を繰り返す
「予言の『自由が足りない人物』を考えると犯人はオウではない。爆死が始まったのはここの所、起爆装置を手にした何者かが犯人。だが、起爆装置と共に患者リストが一緒にない限り無償診察を行った患者が誰かは分からないし、爆死した件数を考えれば手にしてから調べる時間はない。となると、犯人は(探偵を除き)誰の体内に爆弾が有るか知らなかったと思われる」
「後気になる点といえば、爆殺の点か。起爆装置があっても居場所はわからないから、爆殺できないはず。もしかして、別の理由でオウの所に向かったがために、医者相手だから、普段の職場とか回答して……」
「むしろ、起爆装置手にした人物にとっては『オウに爆弾を埋め込まれた人間が死ぬ』事実が重要なのでは? 逆に犯人はオウ周辺にいて起爆装置を手に出来、探偵の体内に爆弾が有る事を知ることが出来た人物。予言を加え考えると『オウが排除される事により自由を得る人物』自由の為には誰が死んでも構わないと言う事か?」
 ロウと晴天の議論を緑郎がまとめる。
「息子のガウがあやしいね!」


「事実に興味は無い。余程強くない限りリモコンを持てば大きく依存する。その自由は繋がれる不自由。起爆が最も手軽な爆弾からの解放」
「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
 ジャンのオウムが今日も赤に緑にけたたましい


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †

 卓上で話し合っても憶測が憶測を呼ぶだけである。一行は調査に赴く運びとなった。事件現場と残された患者達はロウと緑郎が、オウとその周辺は晴天とジャンが手分けして調査することになった。

 事件の起こった繁華街は、普段よりは控えめとはいえ、それなりには賑わっていた。ここはシュクタン假手工業のお膝元で仕事帰りの労働者達や出入りの業者などで街は最低限の活気を保っている。凄惨な事件が起きようとも、多くの人々によっては自分の生活の糧から関心を逸らすことはできないからだ。
 そんな中、現場を練り歩いてみれば、事件の傷跡はまだ深く残されていた。
 店主が死亡した宝石屋にはまだ爆発の跡が残っており、立ち入り禁止の札が立てかけてある。緑郎がのぞき込むと、店内は薄暗く埃被っており、カウンターに焦げ後や絨毯に黒ずんだ染みが見て取られた。表通りに面した店内は荒らされており、当局が証拠を収集した後に盗賊が訪れたのは間違いない。当局から取得した資料では事件直後は宝石貴金属類は残されており物取りの犯行ではないことを裏付けている。
 事務員が爆死した菜館(レストラン)の方は改装工事が行われていた。ロウが店主を捕まえてみると、改装工事費と営業停止による損失について、ひとしきり愚痴られた。そして、この店にはシュクタン假手工業の社員が頻繁に訪れていたとのことである。爆死した事務員はシュクタン假手工業の下請け業者の者であることが判明した。彼女の爆発に巻き込まれた同僚達はパニックを起こし騒然となったと。事件当時もシュクタン假手工業の社員もずいぶんいたとのことだ。
 一方、ホテルロビーで客がシュクタン飯店(ホテル)などは、事件の痕跡はきれいに片付けられ何事もなかったかのように営業がなされていた。マネージャーに探偵モゥの名をあげ、代理で調査に当たっていると告げると二人はロビーの喫茶コーナーに座り込んで宿泊名簿、顧客名簿を格闘を始めた。
「被害者が爆死した場所はホテルロビー、宝石店、レストラン犯人の生活圏内と推測される」
「このホテルもシュクタン假手工業の傘下なんだよね~。ロウは事件の起きた時間帯にシュクタン假手工業関係者は来ていなかったかって言うけど。ここ、関係者ばかりじゃね?」

 ロウが宿泊名簿を片手に考えあぐねているときであった。緑郎がふと目を上げると、どことなく見覚えのあるスーツに身を固めた女性が通りがかった。
「あれっ、ねぇねぇ、あの人」
「ん、確かオウ・リョウコウの秘書だったかな。折角だから話を聞いてみるか」
 緑郎がささっと、秘書の前に回り込んで人なつっこい笑みを浮かべて呼び止める。
「こんにちわ! 僕たち。モゥ・マンタイの代理で調査している探偵です! ちょっとお話いいですか?」

 ロウが話を聞くと彼女は、ホールで行われる研究発表会の準備でホテルを訪れたそうだ。彼女によるとこのホテルは歓送迎会やあるいは研究発表会などでよく用いられるとのことである。研究発表会は3日後で、それまではオウも研究所にこもっている予定。また、オウの息子、ガウについて訪ねると
「お父様に似て変わったところもあるけれども、若いですし、なかなかかっこいい方ですよ」
 と、それなりの面識はあるようである。
「ところで、オウがいなくなることで自由を得る人間というと何か心当たりがあるか?」
「さぁ、敵はいくらでもいらっしゃるお方ですから。……自由ですか。オウ先生がよく口にされますが、そうなると敵……とはちょっと違いそうですね。そうですね、先ほどのガウ君や ……私のほうが当てはまりそうですね。すまじきものは宮仕え、ですから」
「ねぇねぇ…… 晴天が知りたがっていたんだけど、オウに愛人なんかがいたりする?」
 最後に緑郎にそう質問されると、彼女は表情を崩して「残念ながら私はオウ先生とはそう言う関係じゃないわ」と応えた。



 さて、ちょうどその頃、晴天とジャンは、話題のオウの息子であるガウと対面していた。
「自由? なんスか? ああ、オヤジがよく言ってるアレ? オヤジの言う自由ってなんか理屈っぽくて俺にはピンと来ねんだよ。そう言うんじゃねーと思うんだよ。うまく言えないけどさ」
 ガウは父親のことはあまり快く思っていないようである。動機とはなりうるが決定打とは言えない。
 それから、晴天が以前捕らえた連続殺人犯、シュクタン假手工業の技術者をカイ・ルーティエにシュクタンの重役の動向について聞きに行った。ルーティエは囚人の中でも特別の扱いを受けているようであった。彼女の独房には機械部品や設計図が転がっており、どうも刑務所の中で開発を行っているようだ。彼女によると、オウは爆弾と自由について、自ら話すことが度々あったとのことである。ただし、彼女も含めて社の者は、オウの冗談か何かだと信じており、それを真実だと思っている人間はほとんどいないのではないのかと。ルーティエも今日そのことを聞いて驚いているようである。
「信じる者が、自由を求めるか。実行者に芽生える感情が恐怖か喜悦かは知らないが何にしろ推測は俺にとって邪魔なだけだ」
 ジャンはそう言い残して、刑務所を去った。
 残るはオウ本人の尋問。


 晴天とジャンがシュクタン假手工業の研究室を訪れると、そこにいるのはオウ・リョウコウただ一人であった。
「モゥ君は…… そうか、残念であったな。彼は危険との隣り合わせを選択したので満足であったのだろう。自由というものはなかなかに厳しい」
「まぁ、そういうのはどうでも良いんだ。アンタ。爆弾のこと結構しゃべっちまってんだな?」
「ルーティエに聞いたか。誰も信じてくれなくてね。まぁ、こうなってしまった以上、私に復讐の矛先を向けようとする者も現れるだろうから、今後の私はよりいっそう不自由になるであろう。その感覚、こそばゆくもある」
「その心境、興味深い。が、事件の動機の本質ではないな。おまえはこの事態を予想していたな」
 ジャンが会話の方向を巧みに誘導し、オウが応える。
「私にとって爆弾はもはや私の手を離れた客観だ。主観の興味ももう無い、私自身の自由の探索はとっくの昔に終わっているのだから。モゥ君が爆弾の解除を拒んだことは予想外であったが、それは彼なりの自由の探索だ」
「なぁ、オウ先生よ。爆弾はまだ残っているのか?」
 晴天が聞くと、オウは無造作に引き出しを開けて、中から黒光りする塊を取り出した。
「これは俺が預かろう。これで犯人の主観にも少しは近づけるだろう」
 と、ジャンは爆弾を横取りし、自身の胸をパカリと開け、そのる空間に爆弾を納めた。
「モゥ君の決断にも驚かされたが……」


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †


 犯人を断定する決定打が見つからない。
 そこで、三ツ屋緑郎の発案で、まだ生きているシャン・ファーレン、マー・ションタイを使うことにした。
「二人をシュクタン飯店の最上階に匿うってのはどうよ。これで最上階に近づく人々の中から探してみようぜ」


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †


 おりしもオウの研究発表会の晩。
 会場はロストナンバー達が貸し切った最上階から遠く、地下にあった。多くの研究者、営業マン、或いは企業重役が豪華絢爛なホールに集まっていた。時折、中から拍手が聞こえてくる。重役どもを監視する晴天がホールの後ろに控えている。
 夜会服に身を包んだジャン=ジャック・ワームウッドはその研究会の様子を見に行って、エレベータの中で爆散した。虚ろな胸を内からの圧倒的な力でこじ開けられて、首と、腕と、下半身と人形じみたバラバラになった。
 けたたましく鳴く声
「ギャハハ! ざまぁねぇなアニキ! オレッチにはわかっていたよ! このクソが犯人だってな!」
 そんなオウムも、その人影に一睨みされるとおとなしくなってしまった。そして、アンニュイな視線をジャンに下げる。
「これがあなたの望み? あなたの自由?」
「俺のことはいい。お前のことを語ってくれ」
「いいでしょう。発表会が終わるまではこの専用エレベータには誰も来ません」
 ジャンは満足を得、返礼として言葉を授けた。
 そして、人影は去った。上を目指して


 インヤンガイの空は暗い。霊力が渦巻き雲霧となって街を覆っているからだ。このシュクタンの支配する街区はさらに工場から吐き出される煙が、辺り中にこびりついている。
 その人影は、そんな空を見上げて嘆息した。ここは煙よりも空高いシュクタン飯店の屋上、ここからなら電波は最上階によく伝わるだろう。
 人影は手に持ったリモコンをひとしきりもて遊び、そして意を決したようにボタンを押し――――

 何も起こらなかった。

 もう一度、ボタンを押そうとしたら、リモコンは手から転げ落ち。すぅっと宙を滑り、物陰で腕を組んでいるロウの手に収まった。念動力だ。

「あーあ、なんだ貴方だったんだ。てっきり、行方不明のリー・ショウかティン・チョウターのどちらかだと思ったんだけどなぁ。」
「三ツ屋緑郎君でしたっけ? あなたは正解よ。私がティン・チョウター。今は別の名前を名乗っているけどね。もっともあなた方にはどちらの名前も名乗ったことは無かったような気がしますわ。ところであのリモコンはどうして動作しなかったのかしら?」
「そりゃ、爆弾が近くにないからだよ。標的のシャン・ファーレン、マー・ションタイは業者に変装させて、清掃トラックで脱出して現場から離れてもらっているんだ」
「なるほどね。私は罠に引っかかったわけね」
「犯人はただの人間だし、被害者の安全さえ確保してしまえばあとは難しくないかなと思ったんだよね。それで、オウ・リョウコウの『秘書』がなんでこんな事件を起こすのかな?」
「教授から『自由』じゃないゆえに、爆弾を埋め込まれた元患者の命を弄ぶ『自由』で紛わすってわけか?」
 異変を察知し、地下からかかつけてきた晴天が質問を追加する。

「先生にはよく聞かれるんだけどね。あなた方は私の自由ってなんだと思う?」

「身の振り方を自分の意志で決定できる事か?」
 ロウは素っ気ない。そして緑郎
「自由なんて、まだよくわからないけど…すくなくとも自分の知らないところで知らない人間が自分の命を左右しているなんて気分が悪いよね。けど、医者の先生の気持ちはなんだかわかるんだ、人の命を握っているという優越感と充実感、爆破はしなくても埋め込む事に意義があったんだよね。それで、爆弾が埋められていた不自由を、今度は自分がリモコンを持つことで解消しようっての?」

「違うわ。爆弾があることが自由だったのよ。私はオウ先生に再会して、爆弾を取り除いてもらったわ。気は楽になったけど、先生はどのみちボタンは押さないのよ。モウ探偵はそれがわかっていたから爆弾をそのままにしておいたのよ。あのジャンと言う人の言っていたとおりだわ『余程強くない限りリモコンを持てば大きく依存する。その自由は繋がれる不自由。起爆が最も手軽な爆弾からの解放』
 モウ探偵がリストを持ってくるまでは私以外の誰に爆弾が埋め込まれているかは知らなかったわ。気が向いたとき、いらっとしたとき、ふとリモコンのボタンを押してみるの。一度爆弾を胸に宿した人間は、それを爆発させずにはいられないわ。リモコンが私を縛ったのよ」


 ティン・チョウターはジャンの最後の言葉を反芻した
『死こそ完全な自由だと思わないか?』
ギャハハー! 自由! 自由!

 彼女は暗い空を仰ぎ見、それからどこまでも広がるインヤンガイの街並みと、人々の作り出した明かりを眺め

 ―――― 立ち昇る煙と街の熱気の中に身を躍らせた

クリエイターコメント遅くなりましたがノベルご査収ください。
さて、今回もおもしろいプレイングばかりでとても楽しかったです。プレイングの魅力を漏らさずに物語をどうやって組み立てるかは毎回悩まされますね。

今回の謎解きのネタばらしをしますと、推理の種は以下です。
・犯人には『現時点』で爆弾は埋め込まれていない。
・犯人は爆弾のことを知りうる立場にある。
・行方不明の二人は? (男の方はミスリード狙い)
・犯人は個々の患者を知らない可能性がある
・事件は狭い範囲で起きている
・犯人はオウではない
・犯人はモウ探偵を尾行できる立ち位置にいる

そして以下については誰も言及していませんでした。
・犯人はオウの言う自由について考えさせられる立場にある
・オウは患者の爆弾は外してくれる

 ちょっとヒントが足りなかったですね。見事なくらい秘書がスルーされていました(笑)。オウの愛人まで出てなぜ秘書が出てこない! とは言え、私にとってのロストレイルあくまで物語遊技であって推理ゲームではありませんのであまり気にしないでください。推理はスパイス程度に思っていただければと思います。犯人当てよりも、その課程でのキャラクターの活躍がメインです。推理の迷走も楽しければ勝ち「な、なんだってー!」も含めて楽しんでいただければうれしいです。

あ、それとジャンはああ見えて死んでいません。不死身さんですからね。

それではまたよろしくお願いします。
公開日時2010-04-13(火) 18:30

 

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