昼下がり。 と言っても0世界に時間の感覚はないので、あくまで時計が指し示した針に従って、午後二時頃、庭園で散歩していた甘露丸はアリオの声に呼び止められた。「ポラすけ、知らね?」「ポラすけ、とな?」 アリオのセクタン。ポラすけの行方が分からなくなっていた。 いつもはデフォルト・フォーム形態を取っており、大抵、アリオの周りをうろついている。 だが、先週あたりだろうか。 アリオがセクタンの大繁殖の始末に尽力している最中に見えなくなってしまった。 もっとも、0世界に大繁殖しているセクタンと、コンダクターについているセクタンに大きな差はない。 コンダクターが使役しているセクタンならば、使役者、この場合はアリオの意思をある程度は尊重してくれる。 アリオが「来い」と思っていれば、距離に応じた時間はかかるものの、いつかはアリオの所にやってくる。 ただ、今回はあまりにその期間が長すぎた。「そこらへんに詰まっておるのではないかの?」「詰まっ……。え、セクタンって詰まるのか?」「そのうち、出てくるとは思うのじゃが。そこらへんのコンダクターに探してもらうのはどうかの?」「うーん、俺のポラすけを知ってるコンダクターって何人もいたっけなぁ」 セクタン同士はある程度、お互いの位置がわかる。 ぼんやりしたものだが、指標があるのとないのでは大違いだった。 なので、アリオのポラすけを知っているセクタンを使役しているコンダクターを探して協力をお願いする必要があるわけで――。「あーーー、めんどくさい。甘露丸。おまえのお菓子でうちのポラすけを誘惑してくれ」「そなた、わしのお菓子を何だと思っておるか。……そうじゃの、わしのセクタン型クッキーも焼きあがるし、ロストナンバーにふるまおうかの。そこで、コンダクターにポラすけの場所を聞くがよかろう」 そんなやり取りを行っている最中。 突如として大音量でスピーカーの電子音が流れる。 次いで、ターミナルにリベルのアナウンスが響き渡った。『世界司書リベル・セヴァンより、ターミナルの全住人へ。セクタンの群れによってロストレイル3号がジャックされました。自力で脱出した者のほか、未だ若干名が車内に取り残されている模様。至急救出チームを編成いたしますのでご協力願います。繰り返します――』 不意に、ばたばたざわざわと周囲が騒がしくなった。 大規模の救出メンバーは既に編成が成立、救助へと向かっているらしい。 道路を小走りに移動していたウィリアムがアリオの姿を視止め、声をかける。「アリオに甘露丸か。手が空いてたらお前達も向かってくれ」「あ。ウィリアム。俺のポラすけ、見てないか?」「デフォルトフォームのセクタンか。どこにいるんだ?」「わかんねー。けど、今の放送ってもしかして。あ、おい」 アリオは救出チーム編成へと向かうコンダクターに顔見知りを見つけ、呼び止めると事情を話す。 うんと頷いたコンダクターが指差した先。 それは紛れもなく、黒山の、もとい、カラフルなセクタンの山となっているロストレイル3号だった。
(ここは俺が引き受けた。お前らは……、幸せになれよ) 迫り来る魔獣の牙を前に、セク吉は恐怖を押し殺し、ただ微笑んだ。 (義兄さん!) (ふ……。泣くんじゃねぇ、セク美。いいか、守ってやれるのも俺が生きていればこそだ。さぁ、早く……。行け) いやぁ、と叫ぶ(ポーズの)セク美の頬をはたき、呆気に取られる彼女の腕を強引に引っ張り、セク太郎は思いきり駆け出した。 (セク吉の犠牲を無駄にするなっ。行くぞセク美) (ふ……。ガキだ、ガキだと思っていたが、おい、セク太郎。セク美の事は任せたぜ) かくて、彼は観念する。次いで、希望する。 義妹の門出を見送れなかった哀しさはあるものの、その幸福のために礎になれたのなら、彼にとっては本望である。 優しすぎるきらは否めないが、それでも頼りがいのあるセク太郎ならセク美を幸せにしてくれるだろう。 セク吉は「ふっ……」と微笑んだ。 彼の頭に魔獣の口が近寄り、死を覚悟したセク吉にその咆哮が響き渡る。 「かーんーでーもーいーいー……?」 最後に。 セク吉は口元に微笑を浮かべた。 セクタン・オウルフォームのミネルヴァの瞳から与えられるその実録ミニドラマを、緑郎は冷めた瞳で見つめていた。 視界の端々で繰り広げられるドラマ。登場人物は基本的にセクタンである。 セクタンがセクタン同士で、きゃっきゃと戯れている。 小さな寸劇から、大がかりな大舞台(と本セクタン達は思っているのだろう)まで、なんともまぁ賑やかだ。 内容も人情劇に、痛快劇、どこで覚えたのか時代劇にいたるまでバリエーション豊かである。 あちらでは伝説のセクタン・ドラゴンフォームとセクタン・デビルズフォームが天地を揺るがす激闘を繰り広げているという設定で、デフォルトフォームのセクタン二匹がぽかぽかと殴り合っていた。 かと思えば、セクタン・オウルフォームの背に乗ったセクタンがスピードと戯れており、あちらではオヤジの借金のカタに連れて行かれそうになったセクタンを、悪セクタンが連れて行こうとする展開だ。隅っこにいる白髭をつけた老ちりめん問屋的なセクタンが助けに入りたいと思っているのだろうが、他のセクタンに進路を阻まれて出て行くことができていない。 ちょっと舞台袖の段取りが悪いよね、と緑郎は呟いて、我に帰る。 彼の隣では、進がスコップを片手にセクタンの群れを掘り進んでいた。 赤、青、黄、緑、橙、紫。 様々な色のセクタンの中に無造作にスコップの先端をつっこんでは除雪作業のように後方へと投げ捨てる。 「緑郎、手伝え」 「あー、うん。やるよ」 ミネルヴァの瞳を介在して彼のセクタン・オウルフォームの雲丸から送られてくる視覚によると、ロストレイル3号の様子もその周辺もそれほど変わらないらしい。 つまり、基本的にセクタンのデフォルトフォームが地面を覆い尽くしている。 「こんだけセクタンだらけだと、空間転移すんのはちょっと危ねえかもな。セクタン踏む訳にもいかんし。とはいえ、ロストレイルに近づかねえと話にならんし……そうだな、シャベルで掘ってどかすか。ついでにロストレイルに詰まってるセクタンも、少しスコップで崩せば一気に出てくるんじゃねえか?」 面倒くさそうに呟くと、進はシャベルでセクタンの山をつっついた。 ざっこざこと冬の豪雪のようにシャベルですくっては、雪、もといセクタンを後方へぽいぽいと捨てる。 しかし、ここまで乱雑に除雪作業ならぬ除セクタン作業を続けていても、未だにその山は大きかった。 「どうせなら根元から……」 ざくっとシャベルがセクタンの山の中央へ突き刺さる。 勢いに任せて引き抜こうとするが、変な挟まり方をしたのか簡単に抜けなくなってしまった。 「あれ?」 「……どしたの?」 「いや、なんかシャベルごと挟まって……。しかたない、力任せに引っ張るぞ」 「うん、僕、離れるから」 「冷たいな!?」 ツッコミの台詞を叫び、その声を威勢に変えて進がスコップを力任せに引っこ抜いた。 それが崩壊の第一音だった。 「秋のセクタン大発生っていう事だけど、毎年なのかしら」 やや後方、セクタンの群れに巻き込まれないように片翼の少女、ホワイトガーデンは小首をかしげた。 彼女の。そしてロストナンバーの達の眼前。 地面に無造作に転がっているのはデフォルトフォーム、それに混じってちらほらとドングリフォーム。 少し盛り上がっているところがあれば、大体、そのてっぺんでフォックスフォームのセクタンが踊っている。 空を見上げればオウルフォームのセクタンが相変わらずぬぼーっと地上を見下ろしているし、ぽんぽこフォームは流しも流されもせず、ただ、両の足で己を支えていた。 そんな百セクタン繚乱のターミナル、そしてロストレイル3号車付近の光景である。 「こういうのはどうかしら」 いいことを思いついたとばかりにホワイトガーデンは笑顔を浮かべた。 「色つきのサイコロを振るの。それで、出た色と同じ色のセクタンを積んでいくの。そしたら、同じ色が重なったらくっついて消えちゃったり、大きくなっちゃったり」 彼女は頭に浮かんだことをそのまま暢気に呟き続ける。 その言葉のまま、とりあえず近くにいた黄色いセクタンを九つばかり重ねているが、大きくも消えたりもしないようだ。 なんとなく、じーっと一匹のセクタンを見つめる。 セクタンはセクタンで、じーっとホワイトガーデンの視線を見返してくる。 数十秒ほど見つめあい続け。 「……かわいい」 思わず、ぎゅーと抱きしめようとしたところで、背後から覗き込むようにツヴァイが十個目を重ねた。 もちろん、消えるでもくっつくでもなく、イエローセクタンの塔はぐにゃりと崩れて倒れる。 「遊んでないで、ポラすけ探すんだろ?」 「ああ、ごめんなさい。アリオくんのポラすけ探さなくちゃね。それじゃ、こういうのはどうかしら」 彼女は本を開き、羽ペンを走らせる。 応じて綴られるのは言葉の欠片。 『その時、ポラすけが淡く光り輝きだした』 彼女の書いた未来は現実となる。 言葉通りに、ポラすけは淡く光りだすだろう。 「これだけ0世界の非日常が展開されているんだもの、ちょっとくらい不思議なことが起きるのも許容範囲よね、きっと」 ホワイトガーデンはセクタンの山となっているロストレイル3号車に暖かなまなざしを向けた。 ――で。 五秒。 十秒。 一分ほどが経った頃、ホワイトガーデンは立ち上がって振り返ると、ツヴァイに向けて手を広げた。 「誰だったかしら「世界は不思議で満ちている」って言ったのは。さあ、ポラすけを探しに行きましょう」 彼女の不思議な力によりポラすけは発光しているはずだ。 それは実際に目の当たりにすれば誰もがわかるほどの輝きである。 それがどこか分かりさえすればの話だが。 「つまり――」 目を伏せて、表情に希望を宿らせたホワイトガーデンの少し先で。 ツヴァイは「うん」と状況をまとめた。つまり。 「――ダメだったんだな」 「このセクタンの海のどこかで、淡く光ってるセクタンがポラすけよ」 ホワイトガーデンの言葉を聴き、一同は目を凝らす。 一応、緑郎側も意識をこらし、オウルフォームのセクタンこと雲丸をあちこち飛ばせてみるが光っているセクタンの姿は見えない。 とはいえ、光っているセクタンは珍しいので、ロストナンバーが発見したら保護してくれるだろうし「別にいらない」と言ってポイされるような事態も起きるまい。 とりあえず、この時点で自分にできることを考えると。 結局、事態は振り出しに戻ったということだ。 ロストレイル3号の中で何かが光ったような気がする、という通りすがりのロストナンバーの情報を頼りに、セクタンの山をかきわけかきわけ列車へ近づく。 腕を振り上げ、足を振り戻し、ようやく列車の扉をこじ開けると、待ってましたとばかりにどらららららっとセクタンの群れが雪崩れ落ちてきた。 流されないように、と足を踏ん張り、なんとかツヴァイは車内に首をつっこむ。 もちろん車内はセクタンの色とりどりなゼリーに満たされていた。 「あっはっはっはっ。すっげーセクタンの数!! この中からアリオのポラすけを探し出すってワケか」 快活に笑い、ツヴァイは一瞬黙り、きりっとマジメな表情で振り向いた。 後方のアリオにむけ、しゅたっと手をあげる。 「アリオ、頑張ってな」 さぁ帰ってシャワーでも浴びるかーという彼の言葉にアリオの表情が青ざめる。 オ、オウ、アリガトナと片言で喋るアリオの落ち込み様に、彼は慌てて手を振った。 「うわ、信じた!? ウソウソ! ちゃんと手伝うって! だからそんなに落ち込むなって、な!?」 ばしばしとアリオの肩を叩き、何度目かのセクタンの洪水に目を向けて、やはりため息が抑えられない。 「え、えーっと、セクタンを掻き分けながら「ポラすけー、どこだー」って名前を呼びながら探してみっか。自分の名前に反応くらい、するかもしれねーしな……おーい、ポラすけー。ポラすけっけっけー」 なんとか意を決してゼリーの海へと足を踏み入れたツヴァイは、三歩目で思い切りぬるっとしたゲル状物質に足をとられ、セクタンの海へとダイブする。 にゅるにゅるぬめぬめとした感触の中、なんとか伸ばした手はもふっとした感覚に包まれた。 なんとなくとっつかまえて顔に近づける。 「ん?」 一匹のセクタン・フォックスフォームだった。 「おっ、フォックスフォームのセクタンじゃん! 俺このフォームが一番好きだぜ、なんてったって俺の髪と同じ炎色の毛をしてるしさ!」 聞いてんのか、進? と声を張り上げる。 と。 声に呼応するかのように、ツヴァイの背後からカラフルなセクタンが吹き上がった。 ぷぷぷっとスイカの種がごとくセクタン色の地面から噴出されたセクタンの一団は、付近のセクタンの山を突き崩し、飲み込むように膨れ上がって移動する。 先ほど、進が力任せに引き抜いたスコップから発生したセクタンの均衡の崩壊は、僅かな切欠となり、次の惨劇を巻き起こし、いつのまにかセクタンの雪崩が発生していた。 彼は気付かない。 「もし俺がコンダクターでフォックスセクタンを従えていたら」 まだ気付かない。 「きっとあの鬼畜兄貴もあっという間にケシズミに」 背後から迫るよくわからない音に、なんとなく嫌な予感はしてきた。 ころり、と傍を転がったセクタンに、ツヴァイは冷や汗をかきつつ見ないフリをする。 もちろん雪崩は見て見ぬフリはしてくれない。 「今頃は俺が第一王位け、ぅわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ」 悲鳴をあげ、ツヴァイの体はセクタンの山に飲み込まれていった。 (博士。私はもう、ダメです) (何を言うんだ。諦めるな、わしはキミを死なせたりはせんぞ!) (いいえ。私はあなたが助かるなら、喜んで犠牲になります……) (セ、セク之信ーー!!!) セクタンが手をじたばたを動かす。 諦めはしたものの、それは決して生まで捨てたわけではない。 セクタン博士とは生きていればきっとどこかで巡り合えるのだ。 それまで、それまでは何があろうと生き延びるのだ。 そう、例え、自分が囚われの身であろうとも。 「だってさ、キレイだし、プルプルしてるし……ま、マジ美味しそう!」 ……なんか、もうダメかも知れない。 唐突に生への希望が薄れていく感覚に、覚悟を決めたセク之信は手足をだらりと垂れ下がらせた。 ああ、この世界、楽しかったかも…… (諦めんなよ!) !? セク之信の前にオウルフォームのセクタンが一羽、舞い降りる。 そのオウルフォームセクタンは、セク之信を捕まえているロストナンバーの肩越しに身振り手振りで何かを伝えようとする。 (そこで諦めんのかよ!? 生きたいって思ったんだろ!? じゃあなんで諦めるんだよ!? もっとアツくなれよ! 死にたくねぇって叫んでみろよ! いや、喋れないのは分かってるよ、要は心だ! 気持ちだよ! 行ける行ける行ける! 最後まであがけばきっとどうにかなるって! あがいてみろって!) セク之信の前で、オウルフォームのセクタンが力説を始める。 暑苦しいだけの理想論は、一度は死を覚悟したセク之信の心に強烈な勇気を吹き込んだ。そうだ、その通りじゃないか、諦めなければ必ずや活路が開け―― がぶり。 ――ギャー!!!!! 意識が遠のいていく。 声にならない悲鳴をあげてじたばたと暴れるセク之信を見かねたか「ちょっと、よしなさいってば」と助けの声が入った事を最後に、セク之信の視界は暗転した。 「……うーん。ちょっと展開が強引というか、ストーリー作家、もう少しちゃんと考えてシナリオ書くべきだよね」 目覚めた緑郎はぽつりと呟いた。 半身をゼリーに埋もれさせて呟く台詞ではないが、セクタンの雲丸がひっきりなしに緑郎の視界へセクタンドラマを送り続けてくるのだから仕方ない。 「ってか、今、割り込んだ暑苦しいオウルフォームって雲丸だよね。誰が割り込めって言ったのさ。そんなの実況中継しないでよ」 「……緑郎君、頭打ったの?」 不意の声に、緑郎は目を押さえていた腕とセクタンをどける。 屈んだ姿勢でホワイトガーデンが手を差し出してくれていた。 「あ、ううん。なんでもないよ」と、その手を取り、にゅるりとするセクタンを足場に無理矢理立ちあがる。 「おはよう。……みんな、大丈夫?」 最初に助け出してもらった緑郎を含め、ゼリーのセクタンに三者三様、見事に埋まっていたらしい。 ツヴァイと進は並ぶようにゼリーに埋もれていた 聞くところによると、ホワイトガーデンもついさっきまでボールプールのようなセクタンの海に埋もれていたらしい。 「……あー、酷い目に遭った……」 ぼりぼりと髪の毛をかきあげ、ツヴァイが起き上がる。 近くにいたフォックスフォームのセクタンの頭を撫でると、何か見覚えのある瞳が彼を見つめ返していた。 「ん、お前はさっきのフォックスフォームセクタン……俺を慰めてくれているのか? いい子だなー!! こういう兄弟が欲しかったぜ……!」 ぎゅっと抱きしめると、ツヴァイの腕の中でフォックスフォームのセクタンが腕をじたばたと振り上げる。 「そうだ、俺とお前は今日から兄弟だ! 一緒に家帰ろうぜ、メシ作ってやっから! そうだ、お前の名前はアインスにしとくか。アインス、お手! おかわり! なっはっはっ!!」 かわいい狐型のセクタンと戯れている様をじとっと眺める二つの視線。 あはー、と笑顔のまま少しの間固まると、ツヴァイはふと我に返った。 「……あっ、ヤベっ! こんなことしてる暇なかった! おい、アインス。ちょっとここらへんのセクタンをどけてくれ」 ぴっと腕と足と尻尾を振って、ツヴァイの合図を受けたセクタンは周囲にぽぽっと小さな炎を発生させる。 僅かな熱だったが、彼の周囲のセクタンは身を引きはじめた。 もぞもぞとゼリーの海が動く振動で進も目を覚ます。 軽く頭を振り、周囲を見渡すと、自分が雪崩に巻き込まれてセクタンの海に押し流されたのだと気がついた。 「やっぱ埋まったか……」 隣ではもぞもぞとツヴァイがセクタンの海から這い出ようとしている所だった。 彼はフォックスフォームのセクタンの炎でセクタンをどけようとしている所らしく、当然、至近距離で埋まっていた進のあたりにも熱が伝わってくる。 気がつくと進のジャケットから焦げ臭い煙があがっていた。 「何となく予想出来てたけど、実際に埋まると結構重……って、ちょっと待て! このポケットには財布とかチケットとかがっ!」 わーっとセクタンの海にダイブしてみるが、熱いからかセクタンが逃げるのでしばらくごろごろと転げまわり、ようやく消火できたようだ。 被害はといえば「……チケット、何枚燃えたかな……」と、遠い目をして呟く程度。 煤を手にダークなオーラをまとっている進と、果てしないセクタンの群に、ツヴァイは軽く笑った。 「仕方ない。結局、ポラすけは見つからなかったって事で、アリオには泣いてもらおうぜ」 「………」 「………」 慰めるように進の肩をぱしぱしと叩くと、進の肩越しにアリオの姿も見えた。 聞こえたのだろう。思いきりへこんでいる。 「うおっ、アリオ!? いつのまにそんな所に、いや、嘘! 冗談! ジョーク! そんな間に受けて落ち込むなって!? な!? あ、ほら、見てみてみろ、今の雪崩でロストレイル3号の周りもセクタンが少なくなってんじゃねーか? この好機を見逃すテは無いぜ、アリオ! ポラすけを呼んでみてくれ! この位になってりゃポラすけが動いたら何となく動いた箇所で分かるぜ! …………多分!!」 「今、たぶんって言わなかったか?」 「気のせい気のせい」 ジト目のアリオがポラすけの名前を呼ぶ。 呼ぶ。 呼ぶ。 「やっぱり反応ナシかー」 ポラすけーと寂しく呟くアリオを必死で励まそうとするツヴァイを見て、一瞬「そこで諦めんなよ!」的な台詞が緑郎の脳裏をよぎった。 いやいやいや、何を考えてるんだ僕は。と顔を振って台詞を振り払う。 「ねぇ、さっきのトラベルギア、何かに使えないかな?」 「うーん、他になにか? ……あ、そうだ」 何かを思いついたのだろう。 ホワイトガーデンが再びノートに羽ペンを走らせる。 すらすらと紡がれる文字の列。 『すると、ポラすけの居場所が大きく盛り上がり……』 ごごごごご。と大地が震えた。 正確にはセクタンの海が震え上がった。 見る間に一角が盛り上がり、ずももももももと巨大なセクタンの塊が立ち上がる。 なんぼなんでも圧倒的すぎる大きさに、四人の視線が集まり、どう反応していいものかと動けなくなる。 「……! ……!」 「あれ、今、あの巨大セクタン、なんか喋った?」 「片付けをとか何とか?」 「……片付け?」 巨大なセクタンの群れがターミナルに立ち上がるのと時を同じくして。 四人の眼前でロストレイル3号の窓が次々と割れ始めた。 同時に、車体がまるで苦しみにのたうつ巨大な蟲のようにうねりはじめる。 やがて列車は傾き、浮いて、跳ね、ましてや一部で炎すら吹き始めていた。 「あれ、ヤバいんじゃないか?」 「確かあっちって、さっきの放送でレスキューチームが向かったあたり?」 「と言うか、もしかしてあの巨大なセクタンが言った「片付け」って……」 「まさか、ロストレイル3号を壊す気!?」 もぞもぞと身動ぎを繰り返している巨大なセクタンタワーの仕業かと見上げてみるが、カラフルで巨大なセクタンタワーは、ただそこにいるだけだった。 どうも、このセクタンタワーが何かしでかしたようには見えない。 勝手にロストレイルの周りに炎があがったり、竜巻が起きているような気がする。根拠はない。 「あ」 声をあげたのは緑郎だった。 先ほど、ホワイトガーデンは「ポラすけの居場所が大きく盛り上がり」と書いていた。 つまり、あのてっぺんあたりにポラすけがいるのではないだろうか。 どうやってみようかなぁ、と周囲を見回す。 結局、不本意ながら雲丸に頼んでセクタンタワーの頭上を巡回してもらい、自分は視覚のみでその光景を追う。 結果、巨大なセクタンタワーの頭頂部で弱々しく光る一匹のデフォルトフォーム・セクタンを発見したのだ。 思わず横にいた進の裾を引っ張り、セクタンタワーの頭上を指さす。 「あっちあっち、ポラすけ見つけたよ」 緑郎の誘導で三人はセクタンの海を踏みしめて、タワーへと進む。進む。こける。進む。 ゼリー状の足場で進軍は非常に難航するし、いつのまにやらロストレイル3号は地面に戻っており、非常に痛々しい傷跡が車体のダメージを物語っていた。 あちらはあちらでまだ騒ぎが収まっていないのだろう。悲鳴らしきものも聞こえ続けている。 四人がたどり着くのを見計らい、緑郎のセクタン、雲丸は淡く光るセクタンをつまみあげて、ポイと放り出した。 キャッチしようと駆け寄った緑郎の胸に、自然落下するポラすけよりも早く、オウルフォームの雲丸が飛び込み、感動のハグの勢いあまって緑郎の胸元に思い切り体当たりをぶちかました。 「うあっ!?」 おっと失敗、今度こそ熱烈なハグで感動の再開を、とばかりに空中でUターンして飛び込んでくる。 緑郎の腕がそこらへんに落ちていた新聞を拾い、くるくると丸め、ななめ40度に体をひねると、大きくふりかぶって、思いきり振りぬいた。 丸めただけの新聞紙でも、勢いが乗ればそれなりに威力がつく。 横薙ぎに打ち払った新聞は雲丸の顔面を捕らえ、その体を空の彼方へと叩き飛ばした。 ホームラン、とばかりに吹っ飛んでいく雲丸の行方を、手を目の上に翳して見送る緑郎の姿に、おもわずツヴァイがジト目でつっこむ。 「あんた……、自分のセクタン相手に容赦ねーな」 「ん、そうかな?」 「うっわ、なんか凄い気軽に返事された」 「ところで、この中のどれか、雲丸と入れ替えて持って行っちゃダメかな、外見一緒だし」 「真顔で相談すんな!?」 「いや、セクタンってもっと普通だよね。雲丸、ハズレかな?」 「もしかして本気か!?」 「新しいセクタンの名前って、霧丸と雰丸と雹丸のどれがいいと思う?」 「雨カンムリになんかこだわりでもあんのか?」 何度目かのつっこみを受けると、緑郎は腕を大きく振り上げ、新聞紙を地面に叩きつけるように振り下ろす。 その新聞紙は地面に向かい、セクタンの表面スレスレを通過すると、今度は上昇に転じた。 思いきり体をひねった新聞紙は下から上へ突き上げる軌道を描く。 その新聞紙はいつのまにか戻ってきていた雲丸の腹部を捕え、体ごと今度は空中高く浮かべた。 「……よ、容赦ないな」 「大丈夫だよ、雲丸、アツいから」 「意味わかんねぇ!?」 感動の再開を果たすアリオとポラすけの横で、ある意味、もっとアツい再開を果たす緑郎とセクタン・雲丸の姿があった。 「……で、あんたは何やってんの?」 「日記をつけてるのよ、大変だったけど楽しい一日だったわ」 「ふーん」 よくこのセクタンの山の上で日記書けるなぁ、と進は感心する。 不安定なのに筆は踊るようにペンの先をノートへとこすりつけ、文字を描いた。 「ところでさっきの、その羽ペンで書いた事が起きるのか? ちょっと書いて欲しいんだがいいか?」 「モノによるけど、……何かしら?」 ごにょごにょごにょ、と進が耳打ちする。 首をかしげていたホワイトガーデンは、うーんと少し考え、羽ペンをノートへと走らせた。 書いたよ、という合図代わりににこっと彼女が微笑む。 「うっしゃぁ!」 思わず、ガッツポーズ。 それから進は手近なセクタンの山からポンポコフォームのセクタンを引っ張り出した。 ちょっとだけ様子を伺うが逃げる様子はない。 「これでしばらく金には困らねえ!」 大喜びした進はポンポコフォームのセクタンを抱きしめる。 今回、ホワイトガーデンが書いた記述は。 『ポンポコフォームのセクタンが進の使役セクタンとなる。このポンポコフォームセクタンは、彼のためにお金を作ることを厭わない』 と、いうもの。 もっとも。 0世界の商人ならばポンポコフォームのセクタンが作り出す偽金に惑わされたりしないし、ホワイトガーデンのトラベルギアは一時的な効果しか持たない。 ただ、進がそれに気付いたのは翌朝になって、ぽんぽこフォームのセクタンがいなくなっていることに気づいてからのことで、フォックスフォームセクタンのアインスを見失ったツヴァイと一緒にセクタン大捜索を行うことになるのだが、それはまた別のお話。 そして、エミリエの部屋から『セクタン繁殖講座』なる本が見つかって物議を醸すことになるのだが、それもまた別のお話。
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