ショートケーキのような家々と、焼き菓子のような甘い甘い香りがあふれているこの街には、真っ赤な苺で飾られたカップケーキを模した探偵事務所がちょこんと佇んでいる。 そうしてそこには、インバネスコートに鹿撃ち帽を身につけた、どこもかしこも真っ白な《探偵》が、しっかり者の助手と一緒に住んでいる。 まどろみで包まれた、やわらかな世界。 春の日差しのようにゆったりとした時間の中で、探偵は今日も夢を見―― 「先生、起きて!」 カスタードプリンのカタチをしたソファで丸くなり、まどろむシーアールシーゼロの肩が、ぽふんっと叩かれる。 「ね、先生、起きてってば」 ぽふんぽふん、とソレは続く。 「先生ってば!」 どんどんリズミカルに、速度を増してぽふぽふぽふんっ…と叩かれて、ようやくむくりとゼロは頭をもたげた。 「……事件、なのです?」 ぼんやりとした表情で、首を傾げてみせれば、 「そ、事件だって。先生の出番」 ハンチング帽をかぶったふわふわの仔羊――モンブランが、あきれたように首を振ると、短い手を腰に当て、答える。 「先生、あのさ、先生の仕事はまどろむことじゃなくって、事件解決することじゃん?」 「わかったなのです。でも、解決する事件はどこで起きてるのです? 事件は会議室じゃ起きないらしいのです」 「先生がちゃんと起きてさえくれたら、俺がちゃんと現場まで案内するからさ、心配ないない」 「わかったなのです、よろしくなのです?」 「なんでそこで半疑問系なんだ。自信持って! んじゃ、行こう?」 助手に手を引かれて、探偵はふわふわとしたまどろみから、外の世界へと連れ出されていく。 ☆ 「シフォン! みんな! 先生を連れてきたぜ」 キャンドルケーキのすべり台がある公園で、泣いているのは可愛らしいロシアンブルーの子猫だった。 長いしっぽの先に結ばれた真っ赤なリボンがゆらゆらと揺れている。 彼女の周りには、やはり泣きそうになっている柴犬や仔ウサギ、それからレッサーパンダにリスも集まっていた。 「いったいどうしたのです? ゼロに聞かせてほしいのです」 「ほら、俺にさっき教えてくれた話、先生にちゃんと聞かせてくれないか、な?」 モンブランが優しくシフォンの背を撫でれば、 「あのね、あのね、あたしの弟のクレームがいなくなっちゃったの」 泣きじゃくって両目がすっかり赤くなってしまった彼女が、一生懸命にしゃべり出す。 「かくれんぼをしていたの。ちっちゃい子たちは隠れるのが苦手だから、いつもすぐに見つかるはずなのに」 「ボクの双子の妹たちもいなくなっちゃったんです!」 「わたしの妹も」 「おいらの弟たちもだ」 彼らはそろって顔を上げ、柴犬のトルテや仔ウサギのショコラ、リスのマシュマロも、やってきたゼロを取り囲んで一緒になって訴える。 「それは一大事なのです! パパさんやママさんにはもう言ったのです?」 それには全員が振る振ると首を横に振った。 大人たちにはまだ何も言えていないのは、本当にいなくなってしまったのだと、認めるのがコワイせいかもしれない。 「ひとりでどこか行っちゃうことはないのです?」 「クレームはそんなことないわ。ちゃんと“どこに行くよ”、って話してくれるもの」 「でも、かくれんぼしてるなら見つかないようにしてるのが当たり前なのです。でもいないのです?」 「おいら達、かくれんぼはちゃんとルール決めてんだ。森の向こうに入っちゃいないって、この公園の中だけにしようってさ」 「それでね、森の入り口にこんなのが落ちていたのをボクが見つけたんだ」 そういってトルテが差し出したのは、キラキラと中で星が輝くカボチャの飴と、片方だけの青い靴下だった。 「飴と靴下、なのです」 「靴下の中に飴が入ってたんだ。最初に気づいたのはガレットなんだけどさ」 「ボクがオニ役だったから……」 レッサーパンダの彼はもじもじしながら、それに頷く。 「わたしも、これ、妹がいつもポケットに入れてるの。森のそばで拾ったのよ」 ショコラからは、カボチャの飴がひとつだけ入った赤い手袋が差し出された。 「おねがい、先生。クレームを見つけて」「ボクの妹たちも」「わたしの妹も」「おいらの弟たちも!」 「まかせるのです。ゼロが必ず見つけるのです!」 ぐぐっと両手で作った拳の気合いを入れて、ゼロは力強く請け負った。 そんななか、レッサーパンダのガレットだけは、会話に入ることもなく、ただただそわそわしながらゼロや友達を見ているばかりだ。 「ガレットは大丈夫なのです?」 「ええと、……僕はひとりっ子なので」 もじもじと指を絡めながら、ガレットは俯く。 「ただ、あのさ、すごく……なんかウワサを思い出して……」 「ウワサ?」 「カボチャのオバケを見たって……クレームが僕に教えてくれたんだけど」 「それ、ゼロも聞いたことがあるのです! 今は収穫祭の時期……つまり、マントを羽織ったカボチャ頭の男がお菓子を求めていったりきたりなのです!」 「いやいや先生、それってカボチャ大王の話じゃん? 迷信じゃん? 今時信じてるヤツなんていないよ、先生」 すかさずモンブランが横からツッコミを入れてくる。 「ガレットも、ばあちゃんたちのいうこと信じてるの? ゼロ先生まで?」 「カボチャの時期にカボチャのアメと来たら、やっぱり大王様のご登場だと思うのです。ゼロはお約束も伝統も大事にするのです!」 カボチャ大王――真っ黒なマントをひるがえし、お菓子を求めて彷徨う、頭がカボチャ提灯でできた恐ろしい存在だ。 不思議で不可解で不条理な、収穫祭に現れるオバケの名前。 お菓子がなければ自分が食べられてしまう。 けれどお菓子をあげれば、お返しにカボチャの飴をくれるのだ。 「まさにギブアンドテイクなのです!」 「え」「え?」「えぇ?」 「いや、それチガウと思う、先生」 モンブランはハンチング帽の位置をきゅきゅと直しながら、 「あげるお菓子があるなら、ヒトのもらわなくたっていいじゃん、って俺は思っちゃうけど……んー……それはそれでやっぱチガウんだろーなぁ」 「世界はそんなに単純じゃないのです。諸行無常で万物流転で、けっきょくはなるようになっちゃったりするのです」 ゼロは自信満々にそう言って笑い、 「なんだか他にも証拠品が落ちてそうな気がするのです。いざ探索なのです!」 ☆ モンブランとともに、ゼロは公園から伸びる紅葉したもみじ饅頭のトンネルを抜けて、目撃者捜しから取りかかる。 「先生、この事件どう考えます?」 「カボチャ大王がすべての鍵だとゼロは思うのです」 「いや、だからそれは迷信だって」 「迷信といわれるモノの中にこそ、真実がかくれていることもあるのです」 納得のいかない助手がさらなる疑問を口にするより先に、ゼロは聞くべき相手を見つけて声を掛ける。 「こんにちはなのです。いまかくれんぼをしているのです。クレームやマロンを見なかったです?」 「かくれんぼなのに聞き込みかぁ、先生」 アハハハと笑うカモノハシに、ゼロは気にせず笑って問う。 「ゼロは探偵だからいいのです。あと、あやしい人を見なかったです?」 「ああ、そういやチビどもが集まってわきゃわきゃしてたなぁ。カボチャがどうとか」 「カボチャ大王!?」 思わず声をあげたモンブランに、カモノハシはやっぱり笑いながら、今度は首を振った。 「いやあ、なんかそんなんだったかな? たしか、ありゃ――」 「ゼロ先生!」 そこへ突然声が飛び込んできた。 ぱたぱたと駆けてきたのは、ガレットだ。 シフォンたちといっしょにミルクの泉の方面を探していたはずなのだが、彼ひとりだけでこちらまでやってきたらしい。 「これ、これ見つけたんです!」 「あ、先生、これって……!」 パッと表情が変わったモンブランに対し、ゼロは神妙な顔で重々しく頷きで返す。 「はいなのです」 息せき切ってやってきた彼が差し出してきたのは、緑色の小さな巾着袋だった。 予想の通り、中にはカボチャの飴がひとつきり。 「……お菓子を落とすのは、何かの目印なのです。それにしてもカラフルなのです」 ☆ 「見つけたのはこれだけか」 公園の中にある、大きなロールケーキのテーブルに、ゼロたちは自分たちの見つけたモノをひとつひとつ並べていった。 青い靴下、赤い手袋、黄色のサンダル、緑の巾着袋、それから橙のマフラー、藍色の帽子と、カボチャの飴と一緒に落ちていたモノは、どれもこれもいなくなった子たちの持ち物のだ。 「つながりがぜんっぜん見えない」 モンブランは、ひたすら首をひねる。 「あの子たち、本当にカボチャ大王にさらわれちゃったのかしら? どうしよう、食べられちゃってたらどうしよう!」 シフォンの目には、またしてもみるみる涙がたまっていく。 「でも飴が残ってるんだから」 「どうしよう、あたし、弟とケンカしちゃってたの。ごめんなさいも言えないの、いや」 「ケンカの原因はなんだったのです?」 「……カボチャ大王……なの。あたし、そんなのいないって、いてもあんたなんかすぐに食べられちゃうんだからって……そしたら、あの子すごい怒って」 ぼろぼろとシフォンが泣き出す。 「マロンとグラッセもクレームと仲良かったし、あいつらも信じてるんだよなぁ」 マシュマロが何度も頷き、 「わたしの妹もカボチャ大王を信じてるっぽかった」 「だから、さらわれちゃったのかな」 どんどん哀しくなっていく友達の間で、ガレットだけはおろおろしながらも一生懸命みんなを励まし、 「もしかすると案外カボチャ大王と友達になってるかもしれませんよ? ね、先生? それに先生ならすぐ見つけてくれますよね?」 縋るように…ともまた少しチガウ表情で、必死に問いかけてくる。 その瞬間、ピピン、とゼロの中で何かが反応しはじめる。 パズルのピースが次々とはめ込まれていくように、次第に事件のカタチがゼロの中ではできあがっていく。 赤、橙、黄、緑、青、藍……その色の並びから連想されるモノはただひとつ。 「たぶん、見つけられるのです」 「へ?」 「いなくなった子たちがどこにいるかは分かるのです。たぶん、ここまで集まったら、最後に《紫》だったりするのです」 「でもさ、いなくなったのは6人じゃん、先生」 「それでも紫がキーワードなのです。むしろ紫じゃなくちゃオカシイのです。ということは、紫はモノじゃなくって場所なのです!」 「あ」 全員の目と目が合って、 「森の奥にハスカップゼリーの小屋がある!」 ☆ ハスカップジュースの湖の畔には、ハスカップゼリーの可愛い小屋がひとつきり。 思い切って扉を開けさえすれば、 「おねえちゃん!」 「クレーム、よかった! ゴメンねゴメンね、食べられなくてよかった!」 「だいじょうぶだよ、おねえちゃん。ボクたち、カボチャ大王と友達になったんだよ!」 「そうなの、友達の証しにあたし達の持ち物半分かしてあげたの」 「ゲームをするよって教えてくれて」 無邪気にキャッキャとはしゃぐ弟妹達に、半泣きだったシフォン達もかくれんぼのオニ役だったガレットも、みんなが笑顔になっていく。 「これで一件落着なのです」 最後にゼロがにっこりと笑い、 「それじゃあ、みんなでお家に帰るのです! カボチャ大王はいたってお家のヒトに教えてあげなきゃなのです」 「はぁい!」 見事に全員の声がそろい、それぞれの兄弟で手を繋ぎ、ひとりっ子のガレットはゼロとモンブランと手を繋いで、そうして日が傾きかけた森の中を歩いて行った。 ☆ 「先生、おつかれさま」 事務所に戻ってすぐに、モンブランは労いを込めて、美味しいプリンをゼロのために用意してくれる。 「ところで先生、聞いていい?」 ささやかなお茶の時間に、彼はひょこりと首を傾げる。 「カボチャ大王って結局なんだったんだろうってなって。ホントにいるのか、とか? チビ達だけさらって、友達の証しに半分借りるとかワケ分かんないし、だいたい目的はなんだよってなるしでさ」 次々とあふれてくるモンブランの疑問に、ゼロはにっこりと笑う。 「モンブランはゼロと同じモノを見て、聞いているのです。だから、カボチャ大王はあの子たちの中にいると分かるはずなのです」 あえてそれ以上語ろうとしない探偵に、ますます探偵助手は首を傾げた。 「ええ、カボチャ大王って、じゃあ誰?」 Thinking time Start!
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