ターミナルに、「無限のコロッセオ」と呼ばれるチェンバーがある。 壱番世界・古代ローマの遺跡を思わせるこの場所は、ローマ時代のそれと同じく、戦いのための場所だ。 危険な冒険旅行へ赴くことも多いロストナンバーたちのために、かつて世界図書館が戦いの訓練施設として用意したものなのである。 そのために、コロッセオにはある特殊な機能が備わっていた。 世界図書館が収集した情報の中から選び出した、かつていつかどこかでロストナンバーが戦った「敵」を、魔法的なクローンとして再現し、創造するというものだ。 ヴォロスのモンスターたちや、ブルーインブルーの海魔、インヤンガイの暴霊まで……、連日、コロッセオではそうしたクローン体と、腕におぼえのあるロストナンバーたちとの戦いが繰り広げられていた。「今日の挑戦者はおまえか？」 コロッセオを管理しているのは世界図書館公認の戦闘インストラクターである、リュカオスという男だ。 長らく忘れられていたこのチェンバーが再び日の目を見た頃、ちょうどターミナルの住人になったばかりだったリュカオスが、この施設の管理者の職を得た。 リュカオスは挑戦者が望む戦いを確認すると、ふさわしい「敵」を選び出してくれる。 図書館の記録で読んだあの敵と戦いたい、という希望を告げてもいいし、自分の記憶の中の強敵に再戦を挑んでもいいだろう。「……死なないようには配慮するが、気は抜かないでくれ」 リュカオスはそう言って、参加者を送り出す。 訓練とはいえ――、勝負は真剣。「用意はいいか？ では……、健闘を祈る！」●ご案内このソロシナリオは、参加ＰＣさんが地下コロッセオで戦闘訓練をするというシチュエーションで、ノベルでは「１対１で敵と戦う場面」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、敵や戦闘内容の希望をお聞かせ下さい。敵は、・過去のシナリオに登場した敵（自分が参加していないシナリオでもＯＫです）・プレイヤーであるあなたが考えた敵（プレイングで外見や能力を設定できます）のいずれかになります。ただし、この敵はコロッセオのつくりだすクローン体で、個体の記憶は持たず、会話をすることはできません。
リュカオスが手を掲げれば、舞台が作り変えられる。水晶のような柱が次々とせり上がり、コロッセオの舞台がどんどんと広がっているようであった。 様々な高さと大きさの水晶の柱が林立した場所、それが今回の舞台であった。 「それでは、試合開っ」 「ちょっと待ちなさいよ！」 「何だ？」 「レディは支度に時間が掛かるのよ！ 少し待ちなさいよ、そんなんじゃモテないわよ？」 試合開始の合図を中断されたリュカオスがフカにたずねれば、パスホルダーから出したスチールケースを隣に置いたフカが、見事な手さばきでトラベルギアを組み上げている最中であった。 「よし、待たせたわね。これで準備万端よ」 そこにあったのは巨大で無骨な狙撃砲であった。恐らくフカの二倍の大きさはあるだろう、その火器をフカは軽々と肩に担いで不敵に笑ってみせた。 「では、試合開始！」 再びリュカオスが開始を宣言した。 すぐにフカは一番近くの柱に身を隠し、狙撃砲であるトラベルギアを構え照準器で油断なく相手を探し始めた。 空気を裂く特有の音が聞えるとほぼ同時に、フカのすぐ側の地面に弾丸が突き刺さった。 フカはすぐに身を隠し、射線から敵の方向を割り出しギアを向ける。そして、その方向に注意を向けて相手を探していた時、フカの背に突然悪寒が走った。 理由も何もなくとっさに身を隠すと同時に、今まさにフカの居た場所を弾丸が通り過ぎた。 しかも、ギアを構えていた方向とは違う方角から狙撃であった。 （ふん、同じ場所でじっとしてないってわけね） 不用意に身を乗り出すようなことはしないで、しばらく柱に身を隠したままで息を潜めて敵の気配を探りだそうとする。 ぴんと張り詰めた空気が漂う中、何も起こらない時間が静かに重苦しく過ぎていく。 しかし、フカには敵の気配は掴めなかった。 （海獣の巣穴に飛び込まなきゃ、海獣の卵は手に入らないってことね） 意を決したフカは、先ほどまで敵がいた位置を警戒しながら、柱から柱へと身を隠しながら動き出した。 空気を裂く音が聞こえれば、弾丸が次々とフカの側で跳ねる。 その射撃の精確性にフカの体に冷や汗が流れた。 （やるわね、私の動きを綺麗にマークしてやがるわ） 射撃を受けた方角にギアを構えて敵を探しながら移動している時、フカは何かを引っ掛けたのを感じた。ぴんっと栓が抜ける音にフカが気が付いた数瞬の後。 爆音がコロッセオの一画に轟いた。 しかし、驚いたことに爆煙から抜け出したフカは、煙のせいで多少煤けて汚れていたが、全くの無傷であった。 「ふん、頭を冷やすにはちょっと刺激的なシャワーだったわね」 敵を探すことに気を取られて、周囲への警戒を怠った自分を殴ってやりたい気分であったが、フカは近くの柱に身を隠しながら、深呼吸を繰り返し気を落ち着けた。 （反省なんて、勝った後にすればいいさね） 今は状況を整理して、どう攻めるかとフカは思考を切り替えた。 相手は罠を仕掛けながら移動している。相手の後を追うのは危険となれば、反対方向から移動するのが常套手段。だが、それは相手の思うつぼであり、こちらの行動が絞られて狙撃されやすくなってしまう。 それに何より。 「相手の思い通りってのが、一番気に食わないのよね」 そう呟いたフカの顔には、獰猛な笑顔が浮かんでいた。 突然、静かなコロッセオに爆発音が響いた。 その白煙が晴れないうちに、また一つ。 さらに、一つ、二つとコロッセオの一画に次々と爆音と白煙が上がっていった。 それは敵が仕掛けた数々の罠であった。 「さあ、これであんたのトラップは全部破壊してやったわよ！ あんたの使ってる火薬の匂い、嫌っていうほど嗅がせてもらった礼だよ！」 慣れ親しんだ自分の扱う火薬と違う火薬の匂い。これに注意してフカを次々と罠を見つけては潰していったのだ。相手の思惑に乗らず、真っ向から受けて立ち全てを叩き潰し、相手のプライドまでもへし折ってやろうじゃないの、それがフカの出した結論であった。 （さあ、どう動く？） 周囲を警戒していたフカに、もはや耳慣れた空気を裂く音が聞こえた。即座に反応して、柱の影へと身を潜ませて弾丸をやり過ごす。 次々と撃ち込まれる弾丸から、敵が移動していないと判断し、フカもその場に留まりギアで応酬した。体の芯に響くような振動と轟音に、フカの気分が高揚してくる。 （次は、私がハメてやる番だね） フカは一つの銃弾を取り出して装填する。柱の影から身を乗り出し、敵が潜んでいる柱を狙い引金を引いた。 柱に当たり破裂した銃弾が、白い霧のようなものを周囲へと撒き散らすも、すぐに大気へと溶けて消えてしまった。 それを確認した後、フカはパスホルダーからスチールケースをすぐに取り出し、専用の照準器に付け換え始めた。 手際よく組み直していたフカだったが、敵からの狙撃が止まったことに気が付いた。 「うん？」 フカが不審に思った時、ごとんと音がすると、目の前に一つの炸裂弾が転がってきた。 白い閃光がフカの目の前で弾けた。 いまだに白煙を上げる柱の影から飛び出したフカは、やはりさきほど同じように無傷であった。 「レディに贈るなら、もっと気の利いた物にしな！」 怒鳴りながらギアを構えてみても、その向かう先に敵はいない。 しかし、付け換えた照準器を通したフカの視界には、さきほど撒いた白い霧が蛍光色のようにはっきり光って見えた。 そして、そこから一つだけ伸びている光の線を追うようにギアを素早く動かしていけば、まさにこちらを狙撃せんと武器を構えようとしている敵影が見えた。 照準器ではっきりと初めて見据えた相手に、フカは動揺しそうになった。 黒い影ではあったが、細身ながらもガッシリとした姿形は、まさにフカの失踪した父親と瓜二つであったのだ。直に会ったことも、抱き上げてもらったこともないはずの父親、肖像画でしか見たことのないはずのその姿に、フカの胸中は一瞬乱れた。 その躊躇いがフカの先手を失わせてしまった。 影の構えた弩が自分に向けられるのが見える。このままだと相撃ちになるだろう。 （お袋や私を残して逝く奴なんて、絶対に親父なんて認めない！） フカはその場から逃げずに、今度こそ引鉄を引いた。 轟音と振動に揺れるフカの視界に、まるでスローモーションのように飛んで行く銃弾と自分へと迫る弾丸がはっきりと映っていた。 このままでは弾丸に体を撃ち抜かれる。 そう思われたフカの前に、スチールケースが出現した。トラベルギアの一部でありパスホルダーから出し入れが瞬時にできる大型の鞄。 そして、それは一瞬で自分の身を守る頑強な盾としても利用できた。罠や炸裂弾の直撃を受けながらも、フカが無傷であった理由は、まさにこのスチールケースの存在であった。 フカの銃弾が敵を撃ち抜いたのと、スチールケースの表面で弾丸が弾かれたのは、ほぼ同時であった。 「試合終了、そこまで！」 リュカオスの声が響いた。 「ほーほほほ！ 私を倒そうなんて百年早いわ！ 生まれ変わって出直してきな！」 そう高らかに宣言するとフカはスチールケースの上に登って、何かを吹っ切るようにギアを空へと力強く突き上げた。 「ちょっと歓声少ないわよ！ もっと盛り上がりなさいよ！」 フカの要望にリュカオスが応えてくれたのだろうか、コロッセオに一際大きな歓声が湧き上がった。
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