気付いた時、あなたの視界は真っ白だった。 一拍置いて、周囲を見渡すと白いカーテンに包まれたベッドの上、清潔なシーツにくるまれた自分の体に気がつく。 何が起きたのか。 軽い混乱を覚えて体を起こす。 途端、全身に激痛が走った。「！！」 痛む身体を抑え、ベッドを覆う白いカーテンを開けると、白衣を着た人物がこちらを振り返る。 手に持っているカルテにはあなたの名前が書いてあるようだ。「気がついた？」 スタッフはコップと水差しを手に取ると、そのコップの半分ほどまで水を注ぎ手渡してきた。 手にとって、一気に飲み干してから一呼吸。 少し落ち着いてあたりを見渡すと、広い部屋にベッドがいくつも並んでいる。 三分の一ほどはカーテンに覆われているところを見ると『お仲間』は何人かいるようだ。「命に別状はないし、後遺症も心配ないと思う。だけど、まったくの無事というわけでもないから、ゆっくり休んでいくと良い」 ここはコロッセオ併設の医務室。 一見して病院の病室というよりは、学校の保健室に近い設備が整っている。 ただし、優秀な医療スタッフが数人ほど入れ替わりで担当しており、備品も一通りそろっていることから、全身骨折から虫刺されにいたるまで大体のことに対応が可能であった。 主な患者はコロッセオで試合をした後のケガ人だが、それに限らず、ケガ人や病人を幅広く受け入れており、０世界の治療施設として機能している。 数年ほどロストナンバーをやっているものに限れば、一度も世話になった事がないという者は珍しいだろう。 医療スタッフはカルテ代わりの用紙をバインダーに挟み、こちらの顔を覗き込んできた。「喋れるかな？ じゃ診断を始めるよ。何があったか聞かせてくれる？」●ご案内このソロシナリオでは「治療室での一幕」が描写されます。あなたは何らかの事情（ケガ、病気）で、治療室に搬送されました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・何が理由で病気・ケガをしたのか回想シーン、あるいは医療スタッフへの説明を必ず書いて下さい。その他に・独白・治療中の行動・その他、治療室での一幕などをプレイングとして推奨いたします。
医務室に並べられているベッドの中の一つにティリクティアは横になっていた。 ここ最近はお世話になっていなかった消毒薬の匂いのする清潔な一室。 「38度3分。少し下がったようだな。健康管理がなっていないぞ」 「ごめんなさい」 クゥの指摘にティリクティアは素直に謝った。 「まあ、いい。食欲はある？」 「何も欲しくない」 「せめて水分は取りなさい。私は席を外すから、何かあれば呼ぶように」 水差しをベッド横のテーブルに置いて、クゥはベッドにある仕切りのカーテンを軽く閉めて、退室していった。 （こんなに熱を出したのは久しぶりだわ） 何もない白い天井を眺めながら、取り留めのないことをぼんやりと考えていると、突然目の前が光った。 気が付けば、ティリクティアは星空のような空間に独り漂っていた。 『これは』 いつもの未来予知だとすぐに分かった。 果てしなく広がっている星空の一画から、紙吹雪のように切り取られた未来が押し寄せてくる。 その一枚に手を伸ばせば、見たことも聞いたこともないような格好をした人たちの声が聞こえてくる。窓越しに聞いているようにくぐもった音になってしまうが、確かに聞こえる。 周囲には洪水のように未来の情景が流れて過ぎて行く。 その奔流の中に、ロストレイルが見えた。今の自分としては、とても気になる。 その未来を垣間見ようと、一つの未来の情景を手繰り寄せた時。 それに引きずられるように、無数の情景が雪崩込んできた。 『なんなのこれ！？』 見えるのは、襲撃されるロストレイル。 聞こえるのは、怒号と悲鳴。 切り取られた断片的な未来が、次々とティリクティアの体を通り過ぎては、未来を突きつけていく。 モフトピアと思わしき世界に立つ異様な塔。 巨大なワームと交戦しているロストレイル。 『いや』 どこかの世界を走るロストレイルを襲う銀色の円盤 巨大なワームに突撃している何両ものロストレイル。 『いや、いや』 焼けた落ちた誰もいないターミナル。 ゴミのように散らばって動かない無数のセクタン。 『いや！ いや！！ いや！！！』 ティリクティアは耳を塞いで目を閉じる。 しかし、未来の断片はティリクティアの心へ突き刺さる。 塞いだはず耳に、未来が騒音のように鳴り響いている。 閉じたはずの目に、未来が射るように飛び込んでくる。 『いやぁぁぁー！』 ティリクティアは自分が息を吸い込む音で目を覚ました。軽く仕切っていただけのカーテンは、いつの間にか完全に閉められていた。 カーテン越しに聞こえる慌ただしい喧噪が、まだ自分は予知をしているかのような錯覚を与える。 ティリクティアは腕を伸ばして仕切りのカーテンを開けると、目の前の光景に唖然とした。 横に並んだベッドの上には、包帯を巻き点滴を受けているロストナンバーが寝かされている。胸が動いていることから、息があることは分かった。 怒声や走り回る音が、医務室の外からも聞こえてくる。 「……なにが」 高熱ではっきりしない頭で状況を整理していた時、先ほどの未来予知の情景が蘇った。 「まさ、か」 嫌な予感を否定したくてティリクティアは、傍で動いていた医療スタッフに思わず声を掛けていた。 「あの、何が？」 スタッフはちらっと煩わしそうにティリクティアを見た。 「ロストレイルが襲撃されたんだとよ、それも全部が一気に」 「全部って、乗ってた人は！？」 予想以上の事態に衝撃を受けたティリクティアは、言葉を詰まらせながらも、質問を重ねた。 「解らん。連絡が取れてないんだ。ターミナルに戻ってきた連中から、順々に運び込んでるんだ」 スタッフはベッドに繋いだ計器類を手際よく操作している。 「悪いな、お嬢ちゃん。そんなわけだから、今お喋りしてる暇はないんだ」 そう言い残してスタッフは、すぐに外へ出て行った。 ティリクティアは、ベッドに倒れ込んで目を閉じた。 ひどく熱い。それに、風邪を引いて体力が落ちているということを考えても、いつもの予知に比べても体がだるい。 （私、今は近い未来しか見えないはずなのに） ひどく消耗しているのも、それが原因なのかもしれない、とティリクティアは思った。 「そうだ。モフトピア」 垣間見た未来に、モフトピアのような世界に立っていた異様な塔と、巨大なワームと交戦していたロストレイルがあった。 （このまま世界図書館が大人しくしてるはずがないわ。まだ終わってないんだから。それなら、私にも何かできることはあるはずだわ） 「目が覚めたようだな」 体のだるさを取ろうと深呼吸をしているティリクティアに、落ち着いた声が聞こえた。 「こんな所に来て、いいの？ 今、そんな暇ないんじゃないの？」 「運び込まれた全員に、私ができることは全部した。後は他に任せて、次が来るまで小休憩だ」 いつも隙なく白衣を着こなしているクゥであったが、何度も白衣を替えるようなことになっていたのだろう、白衣のボタンは止められておらず羽織っているだけのようであった。 「顔が赤い。また熱が上がっているようだな？」 手に持った紙コップに口を付けながら、クゥはベッド横のテーブルに置いてあった水差しに目を走らせる。 「水分も取れていないらしいな」 「だいじょうぶ。襲撃されたって聞いて、ちょっと動揺しちゃっただけよ」 「それなら構わないがね」 近くに置いてあったパイプイスを引き寄せて、クゥは腰掛けた。 「クゥ、まだ終わってないの。次があるわ」 「……それは以前に聞いたことがある君の予知かな？」 「ええ、そう。近い未来に大きな戦いが起きるわ。たぶん、モフトピアで」 「ふう、まだ目の前の事態が収拾していないというのに。早速、次か」 「ごめん。でも、きっと起きるわ」 「解った。それなら、襲撃された連中の治療が終わったら、すぐにその事態に備えるとしよう」 「ごめんなさい。何もできないくせに、口出しだけしちゃって」 「ああ、気にするな。知らないより知っていた方が気が楽だ」 クゥが紙コップを傾ける。計器類の発する無機質な音が、静かな医務室に響く。嵐のような喧噪も次が来るまで、ひとまず落ち着いているようであった。 その静寂を破ったのは、ティリクティアであった。 「ねぇ、クゥ。未来はもう決まっているの？」 「その質問は、私が君にするのが筋ではないか？」 クゥの口元は楽しげに緩んでいた。 しかし、そのままティリクティアが静かにクゥの返答を待っていることが解ると、その口元を引き締めた。 「私は未来を知らない。だから、未来が決まっているかどうかは解らない」 「……そう、そうよね」 クゥは空にした紙コップを部屋の隅にあるゴミ箱へと投げ捨てた。 「だが、解る未来もある」 「え？」 「例えば、君はこのまま大人しく寝ているだけでは済さない、という未来だ」 ティリクティアは力の入らない手で、シーツを握り締めた。 「クゥ、一番良く効く薬が欲しいの。こんな風邪すぐに治しちゃうようなの」 「良薬口に苦しという言葉を知っているか？」 「いいわ。一番苦いの持ってきてみなさいよ」 「解った。リクエストにお応えして、口がひん曲がるような薬を用意しよう」 「え、そんなに苦いのは、ちょっと」 クゥの脅しに、ティリクティアの決意はほんの少しだけ挫けそうになってしまった。
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