ターミナルの駅舎の2階で、トラベラーズ・カフェは営業している。 ロストレイルが発着するプラットフォームを見下ろすこともできるこのカフェでは、冒険旅行に出かける前のロストナンバーが時間つぶしに立ち寄ることもあり、帰ったばかりのロストナンバーが冒険談を語っていることもある。 もちろん、ただお茶を飲みに立ち寄ること多い。 しかし、ここ最近のカフェは賑わいを見せていた。「なんだ、あっちこっちが賑やかだねぇ、シャーロット」 膝下くらいの大きさしかないゴスロリ人形少女のシャーロットを伴って現れたのは、眼鏡を掛けた黒いセーラー服を着た少女であった。『どうやら、旅行の計画を提出すれば便を出してくれるようになったようですわね、もちろん、その時々の都合もありますようですけれど』「へぇー、そうかいそうかい。そりゃいいこときいたねぇ」 にたぁと物騒な笑みを少女が浮かべた。『……光子様、またろくでもないことをお考えでいるのは解ります。が、敢てお聞きします、一体何をお考えですか?』「いや、実はね、そろそろ資金が危ないから、前に悪魔から聞いた財宝を取りに行こうと思ったんだがね、そこはブルーインブルーの未発見の無人島にある遺跡。……売っぱらえば、大きな庭付きの豪邸が買える程度の価値はあるらしいほどの財宝さね」 黒いセーラー服の少女、瀬尾光子は、近くの席の椅子に腰を落とした。『あら、それなら当面の資金難は解決いたしますわね、なら早速手配を?』「馬鹿いってんじゃないよ、悪魔がわざわざ教えた宝の場所だよ? 財宝はあるだろうがどんな危険があるかわかったもんじゃない」 近くを通り掛かった店員を呼びとめて、光子はコーヒーを注文した。「こんなことでつまらん大怪我はしたくないし、悪魔から貰った資料によると結構広そうな場所だ、一人で回るのは骨が折れるね。人手が必要だ」『まぁー、それ程の財宝なら何人かで山分けしても、十分な報酬は支払えますわね』「あんたほんとに悪魔か? これはあたしが手に入れた情報だ、びた一文も他人にくれてやるつもりはないよ。あくまで善意の協力者を募るだけだ。それなら報酬を支払う義理も発生しないし、何を持って帰ろうが文句も言われない、そしてあたしは丸儲けってわけさ」『……下種極まりないですわね、欲にまみれた人間の醜いこと』「なまいってないでとっとと、探して来るんだよ!」 使い魔であるシャーロットを蹴り飛ばした後、光子は運ばれてきたコーヒーを飲みながらのんびりと待っていた。『光子様、連れてきましたわ』 光子が気だるげに顔上げると、そこには金髪のイケメンがいた。「だ、れ、が、あんた好みの色男を連れて来いって言った~?」 光子は、シャーロットの頬を力一杯に引き伸ばした。『ち、違いまふわー! 好みは好みでふけども! 以前にお会いになった方でふのよー!』 びよーんと頬を伸ばされながらもシャーロットは懸命に喋った。 シャーロットの連れてきた青年、Marcello・Kirsch、は目の前の光景に軽い既視感を覚えた。「ドバイでは、結局名前を聞きそびれてたな」「あー、あんたはいつぞやの男前かい、元気そうで何よりだよ」 青年の事を思い出したのか、光子がシャーロットの頬を解放した。『いやですわ、ボケが始まっているのかしら』 思いっ切り伸ばされた頬を押えているシャーロットの頭に、光子の杖がめり込む。「あたしの名前は瀬尾光子、親しみを込めて光子さんとでも呼ぶんだね、その節はうちのが失礼したね」「じゃあ改めまして、俺は、Marcello・Kirsch、ロキって呼んでくれ。光子さんが、遺跡を探索するから護衛を募集してるって聞いて来たんだけど」「そうそう、か弱い乙女一人じゃ心細いだろう? 協力感謝するよ」 光子はにやりっと笑った。『光子様、少なくとも乙女はそんな顔で笑わないと思いますわよ』 シャーロットの頭に再び光子の杖がめり込んだ。 ブルーインブルー、かつて栄えた文明が大海原に沈んでしまった世界。 光子たちが降り立ったのは、数ある無人島の中の一つ。そして、そこに目当ての遺跡が眠っていた。『見つけはしたものの、入口が見当たりませんわ』 島の中ほどには崖があり、その岩壁の崩れた箇所から遺跡が見えていた。 自然の物とは明らかに違う、硬く冷たい印象を与えてくる。『この崖に沿って、入口を探してみます?』「面倒だよ。ないなら、作りゃいいさ」 遺跡の壁を軽く叩きながらシャーロットは提案したが、光子にばっさりと切り捨てられた。「ほら、色男出番だよ。こういう力仕事は男がおやり」「えっ、俺?」「そうだよ、ガツンとかましておくれ」 いきなり話を振られたロキは戸惑ったが、光子に背中を押されて遺跡の壁の前に立った。(壊せませんでしたってオチにはならないで欲しいなぁ) トラベルギアのシギュンをパスケースから取り出したロキは、意識を集中した。 シギュンの刀身が、水面に揺らめくような光を放ち、一条の鞭へと収束する。「はぁ!」 ロキの繰り出した鞭の一撃により、遺跡の壁が打ち崩される。「さすが色男は一味違うね」 光子がロキを労っていると、その間にシャーロットは遺跡の中へと顔を突っ込んでいた。『あら、中には明りがありますのね』「それなら、まだ動力が生きてるのかねえ」 そして、壊せた事に内心ほっとしていたのは、ロキだけの秘密であった。 通路らしき場所には、ぽつぽつと明りが灯っているようだが、奥まで見通せるほどの明りではなかった。 いざ遺跡の探索へと足を進めようとした時、光子が口を開いた。「そうそう、しつこい様だけど確認しとくよ。本当に、宝は要らないんだね?」「欲しくないって言ったら嘘になるけど、何が何でも欲しいってわけじゃないからな」 ロキの表情は無理をしているようには見えなかった。『ま~、ロキ様は無欲な方ですわね。どこかの強欲エセ乙女に、爪の垢を煎じて飲ませてあげたいですわ』「シャーロット、杖と踵落し、どっちが良い?」『あ~れ~、ロキ様、助けてくださいまし~」 光子から逃げるように、シャーロットがロキの側へ駆け寄ってくる。「彼女がいるんだろ? 宝の一つでも持ち帰ってプレゼントでもしてやろうって思わないのかい?」 光子は、にやにやしながらロキに声を掛けた。「それなら、この冒険を土産話にしてプレゼントにするからいいよ。こういう体験ってお金じゃ買えないものだろ?」 そう言って、ロキは笑顔を浮かべた。気恥かしさがあるのか、その笑顔にはどこか甘酸っぱさが混じっていた。『ま、眩しいですわ! その笑顔が眩しいですわ!』「はー、あんた随分なお人好しだね。悪い女に騙されて食い物にされないように気をつけな」 まさかの切り返しに光子が呆れたようにぼやいた。『その筆頭が良くそんな口を利けますわね』「シャーロット、なぜかこんな所に針と糸があるんだがねぇ?」 さっと口を押えながらシャーロットは、遺跡の中へと逃げ込んで行った。「それじゃ、行ってみようか」「そうだね。どんな宝があるのか楽しみだよ」 続いて、ロキと光子も遺跡の中へと進んで行った。――外壁ノ一部ニ損傷ヲ確認。――付近ニ人物ヲ確認。外壁ノ損傷ハ彼ラニ因ルト予測。――施設登録者ニ該当無シ。――侵入者ト認定。セキュリティ・システムヲ起動シマス。――動力不足ニ因リセキュリティ・システムノ一部起動セズ。――戦力ノ不足ガ予測サレマス。――侵入者排除ノ為、『マーマン』起動準備ヲ開始。――――『マーマン』起動シマス。!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>瀬尾 光子(cebe4388)Marcello・Kirsch(cvxy2123)
薄暗い施設の中、ロキの持ち込んだ懐中電灯の灯りが一つの扉を見つけた。 動かない扉を力任せにこじ開けて、3人は中へ入り込んだ。 広い部屋の全体にうっすらと埃が積っている。長い間誰も来ていないのであろう。 『何の場所ですかしら?』 「少なくともお宝はありそうにないね」 懐中電灯で部屋を見回したロキが、ヘルブリンディを持ち上げた。 「機械を動かしたいんだ、ヘル。どうにかできるか?」 ロキの言葉を受けてヘルは動き出すと、一つの卓の上である場所を指し示した。 ロキがそこに触れると軽やかな音がして、目の前の画面に線が走った。 「動いた!」 思わず声を上げたロキに光子が近寄っていった。 「まずは、この施設についてだよな」 身振り手振りによるヘルの指示に従って、ロキは操作盤らしき場所を操作していく。 「しかしどうにも金の匂いがしないねぇ。とはいえ、契約によって財宝に関する嘘はつけないはず。仕方ないしらみつぶしにするか」 光子は取り出したカードを媒介にして、使い魔の小さい鳥と鼠を2匹ずつ召喚した。 光子の命令を受けた使い魔たちは、小さく鳴くと仄暗い中へ探索へと向って行った。 「随分熱心だね。ま、機械はそっちに任せるよ」 一心に操作しているロキにそう言い残すと光子はその場を離れた。その後もロキはしばらく操作を続けていたが、成果は芳しくなかった。 施設の見取り図は呼び出せたが、画面に線が入っており文が読めない、操作盤に触れても音がしないなど機械そのものに問題があるようだ。 「いいんだよ、お前のせいじゃないんだ」 心なしかしょんぼりとしているヘルを、ロキは慰めるように頭を撫でてやった。 『ここから下に何か見えますわ!』 部屋の端にいたシャーロットが2人に呼び掛けた。シャーロットの横に立って、ロキと光子は下を見下ろした。 弱々しい明りの下にあるのは広大な空間であり、ベルトコンベアーのようなラインが無数に並んでいる。 「工場だよな、この見た目」 ロキは思わず口にしていた。 「へえ、解るのかい?」 「視察に行った工場は、大体こんな作りになってたからな」 「視察ときたかい。色男は随分と偉いんだねぇ」 「昔の話さ。今はもう、……関係ない」 からかうように笑う光子に、ロキは苦笑した。 「ここにいてもこれ以上の収穫はなさそうだね。最下層の格納庫に行くよ」 「他は調べなくていいのか?」 「あたしの使い魔が上から順繰りに調べてるよ。あたしたちは、下から調べていけば手っ取り早いだろ」 「さすが悪魔使い」 「大したこっちゃないよ。それに褒めて寄こすなら、言葉より現金にしておくれ」 『とことん強欲ですわね。ぶれないという意味では素晴らしいと思えますわ』 「うっさいよ!」 シャーロットを蹴り飛ばしてから、光子は歩き出した。 エレベーターが動かないので、3人は歩いて階段を下りていた。 肩に乗せたヘルブリンディに懐中電灯を持たせ、見取り図を見ながらロキは歩いていた。 「ずっと見てるけど、気になることでもあるのかい?」 「ある場所の名前が気になるんだ」 『何処ですかしら?』 「処置室なんだ。普通、病院で点滴や採血をする部屋をこう呼んでいるはず」 「こんだけデカイんだよ。救急室くらいあって当然じゃないかい?」 「それは思った。でも、それにしては数が多過ぎる」 『確かに、多過ぎますわね。そこら辺にありますもの』 「もしかしたら、ここは何かの修理工場なんじゃないかと思ってさ」 「ふむ、色男は何の修理工場だと思ってるんだい?」 「……兵器、かな。多分、名前はマーマン」 「その根拠は?」 「制御室で調べてた時、マーマンという名前と軍、兵、戦い、という意味合いの単語を何度か見かけたんだ」 『それはもう決まりじゃないですかしら』 「いや、単語としての意味を理解できただけだから。困難と戦うとか、文脈上で意味が違うのかもしれない」 突然、光子が足を止めた。 『光子さま?』 「色男の言ってること、イイ線言ってるかもね」 怪訝な顔するロキに、光子は淡々と答えた。 「鼠の使い魔が1体消えた」 『ええー!?』 「原因は?」 「さてね、誰かにやられたってのが一番妥当なんだけど。そうなると、あたしたち以外に誰かがいるってことになる」 シャーロットの息を飲む音が響いた時。 「何か音がしないか?」 ロキは何かの音を聞いた気がした。 『止めてください、ロキさま!』 「シャーロット! 少し黙りな!」 慌ててシャーロットが口を押える。3人が耳を澄ませると、確かに何処からか微かに音が伝わってきている。 「これは何の音だい」 「音がする方にあるのは、物資運搬用エレベーターのはずだ」 ロキが見取り図を確認する。 『で、でも、エレベーターは動きませんでしたわ』 「先を急ぐよ。君子危うきに近寄らずだ」 階段を下りる足を速めた3人の足音が嫌に耳に響くような気がした。 そして、最下層の格納庫へ辿り着くと、まずロキが懐中電灯で中を照らしてみせた。 「広いな。それに、こうも薄暗いと調べるのが大変だ」 「それは任せときな。あんたたちは周辺の警戒をしておくれ」 光子はポケットからピンポン玉ほどの大きさの金で作られた目を取り出して放り投げた。すると、金の目は独りでに空を飛び格納庫の中に散らばって行った。 目を閉じて集中している光子を残し、ロキとシャーロットは懐中電灯を頼りに格納庫をゆっくりと見て回っていた。 「宝なんて人の価値観次第だしな。動力そのものって可能性もあるか」 見取り図を確認していたロキは、格納庫の近くにある動力室に目を止めた。 (命あっての物種、だしな。万が一の時には、動力室の破壊も考えておいた方がいいか) 『きゃ!』 ふらふらと歩き回っていたシャーロットが何かに躓いた。 『何ですの?』 シャーロットが躓いたのは、ヒトデのような形をしたものだった。 『何かの機械ですかしら?』 ヒトデ型の機械を両手で持ち上げて、シャーロットがじっくりと眺めていた時。 突然、ヒトデ型が激しく放電した。 『きゃああ!』 悲鳴に驚いたロキが見ると、シャーロットがぶすぶすと煙を上げている。 「大丈夫か!」 『わ、わたしが人形でなかったら死んでいたかもしれませんわ!』 「人形って元々生きてないんじゃ?」 『そこはさらっと流してくださいまし!』 シャーロットが足下に落したヒトデ型が、駆け寄ってきたロキへとにじり寄っている。 『ロキさま、やっつけてくださいまし!』 「解った。少し下がってて」 ロキがシギュンの鞭を閃かせるとヒトデ型は簡単に砕けた。 「光子さんの使い魔を倒したのって、これかな?」 しかし、ロキの質問に答える代わりに、シャーロットは盛大な悲鳴を上げた。 『ひえええええ!』 シャーロットの前方へと向けた懐中電灯の灯りの中、数十体ものヒトデ型が浮かび上がっていた。 「なんだ、この数!?」 『ね、鼠くらい訳ないワケですわよ!?』 無数のヒトデ型はゆっくりと確実に迫って来ていた。 「こいつら音がほとんど無いから気が付かなかったのか」 先頭にいたヒトデ型が、軽い空気音を発して何かを撃ち出した。思わず懐中電灯を守ろうとしたロキの手にちくりと針が刺さった。 次の瞬間、ばぢっとロキの手に激しい電流が走った。 「っが!」 堪らずロキは膝から崩れてしまった。しかし、側にいたシャーロットが、すぐにロキの背中に手を当てた。 『痛みもまた生の証なり』 シャーロットの手に暖かな光が生まれると、ロキの体の痺れと痛みが薄れていき、意識も鮮明になっていく。 「凄いな」 『ほほほ! これくらい嗜みですわよ!』 シャーロットの回復術に助けらたロキは、それから着実にヒトデ型を破壊していった。 そして、ヒトデ型の数を半分近くまで減らした時、ロキは何か違和感を覚えた。 「何か音がしないか?」 『先程から、煩いくらいに壊してますわよ?』 「違う。これは車のエンジンみたいな音……。が、近づいて来てる!?」 ロキが目を向けた格納庫の入り口から巨大な影が入り込んできていた。 弱い光が照らし出すそれは人に近い形をしており、金属で組み上げられた巨体は3m近くあるだろうか。 その人型の両腕にあたる部分は、大砲に似た形状をしている。 『何ですのー!?』 「これが、マーマンか?」 マーマンが右腕を2人に向けた。小さな発射孔が並んでいる腕の半ばから何かの回転音が聞こえる。 瞬間、鈍く重い音を撒き散らして発射孔から鉄杭が次々と撃ち出された。 「うああ!」 思わずシャーロットを小脇に抱えてロキは走り出した。その後を追うように、硬い床に鉄杭が次々と突き刺さっていく。 そのまま足を緩めずロキは、奥にいる光子の元まで走って行った。 「2人揃って何してんだい」 息を切らせて突っ走ってきた2人を呆れたように光子は迎えた。そして、声も出ないほど慌てているシャーロットが指差す方に光子が目を向けると、接近してくるマーマンが見えた。 「でくの坊相手にいちいちびびるんじゃないよ。おい色男、ちょちょっと倒しちまいな」 「いや、ちょちょっとでは無理!」 接近してくるマーマンが左腕を向けている。そこには大きな発射孔が一つ。そして、がしんと装填音が聞こえた。 「まさか!?」 危険を感じたロキが急いで離れると、軽快な音を立てて砲弾が発射された。 格納庫に爆音と衝撃が走った。 「光子さん!」 熱風で髪を煽られながらも、ロキがすぐに砲弾の爆発に巻き込まれた光子へと走り寄ったが。 「あー、驚いた。ミサイルなんて持ってるのかい」 むくりと何事もなかったように光子は起き上がった。その横では倒れたシャーロットが黒焦げになっている。 『ひ、酷いですわ。い、いつの間に身代りの魔術を』 自分へのダメージをシャーロットに全て肩代りさせて、光子は難を逃れていたようである。 マーマンが再び鉄杭を連射してくる。それを横へと避けながらロキはシギュンから鞭を伸ばす。 動くロキを追いかけてマーマンが鉄杭を撃ち続ける。 (もっと近づかないと) 鉄杭を避けながら攻撃するには鞭が届かない。ロキが無闇に攻め込まず機会を探っていると、鉄杭の連射が途切れた。 その隙を逃さずロキはマーマンへと一気に駆け寄った。が、そのロキの顔面にマーマンの左腕が狙いを付ける。 「うわわ!」 慌てて体を切り返して逃げるロキに発射孔の照準が合さった時、マーマンにかつんと金の目がぶつかった。 即座に攻撃対象を金の目に切替えて、撃ち落とそうと発射孔を向けたマーマンに、今度は違う金の目が背後からぶつかった。 そして、一斉に群がった金の目が、マーマンの照準を合せないように絶え間なく四方八方からぶつかり出した。 「危なかったねぇ」 「た、助かった」 「お助け代金一回分だからね」 「は?」 「タダで助けてもらおうってのかい?」 「こ、この状況で!?」 「事故って病院に運び込まれたとして、助かったら治療費払うだろう?」 「それは、そうだけど」 「それと同じだよ。ボランティアなんか死んでもゴメンだからね。その代わり、代金分はきっちり働かせてもらうよ。見たところ、近寄りたいけど近寄れないって感じだったね。もう一回分払うってんなら、あたしが近寄れるようにしてあげるよ?」 ロキの顔を見ながら光子はにやりと笑顔を浮かべた。その笑顔は契約を持ちかけてくる悪魔そのものであった。 「解った。戻ったら払うから頼む」 「毎度あり~。それじゃペンダント貸しな、色男」 「え、これ?」 「そうそれ。ちらっと見たけど彫ってあるのは魔術の紋章だろ? ルーンとか呼ばれてたと思ったけど。それを使わせてもらうよ」 「でも、これには魔力とか無いぞ?」 「いいんだよ、そういう風に使われていた歴史と信じられていたっていう事実がありゃあね」 光子はロキから渡されたペンダントを手に取り、彫られているルーンを眺める。 「まあ、一つでいいね」 光子が魔力を灯した指で虚空にalgizの形を描くと、ペンダントに彫られたルーンが輝き出した。 「これで何とかなるだろ」 ロキは光子から投げ返されたペンダントを身に付けた。その横で光子はマーマンに群がっていた金の目を一斉に引き上げていた。 すぐに、マーマンは攻撃目標をロキへと戻して鉄杭を連射してきた。が、ロキへと浴びせた鉄杭の全てが、保護のルーンによる見えない壁に防がれて弾かれていく。 「凄い!」 「でかい方には気をつけなよ」 光子の忠告を肝に銘じ、ロキはシギュンの鞭を振った。鞭に打ち据えられたマーマンの脚の一部が軋む。 「もう一回!」 降り注ぐ鉄杭を気にせずロキが同じ場所へ鞭を叩き付けると、マーマンの脚が大きく軋んで歪んだ。 しかし、その光景にロキは違和感を覚えた。 (ギアの威力が落ちてる?) コロッセオでの訓練の時より鞭の威力が弱い。以前なら一撃でマーマンの脚をへし折るくらいはできたはずである。 「やれやれ、あれじゃ時間掛りそうだね」 『だったら、光子さまも戦えばいいじゃありませんの』 「それが面倒だから、連れてきてるんだよ」 『ですよねー』 完全に破壊しなければ反撃される可能性を考慮しながら、ロキは慎重にマーマンに立ち向っている。 「全体は悪くはないんだ。となると、折角のギアを活かせてないのが問題なのかねぇ」 取り出したトラベルギアの杖に凭れながらロキの奮闘を見ている光子がぼやいた。 『光子さま?』 「ああいう宝の持ち腐れ見てるとイライラしちまうね」 光子は頭を掻きながら、ロキへと声を投げ掛けた。 「色男、あんた少し馬鹿になんな! 性格が裏目に出てるよ。色々考えるのは良いけど、そのせいでギアにブレーキ掛ってるよ!」 「どういうことだ?」 マーマンの左腕を鞭で弾いて、ロキは自分に向いた発射孔を逸らした。 「ここに入る前、何が何でも欲しいわけじゃないって言ってたろ。つまり、色男の最後のカードは逃げるってことなんだよ。まだカードを切る時じゃないのに、色男の頭にはそれがちらついちまってる。だから、ギアが機能しにくいのさ」 光子の指摘はロキ自身も気がついていない核心をついていた。確かに、ロキは今戦っている相手でさえ戦わずに済ませる方法を頭の何処かで考えてしまう節がある。 「目の前のことに集中してみな。浮気性な男は嫌われるよ」 光子の助言を参考にして、ロキは気持ちを集中しようと試みた。 (マーマンを倒す! 倒すんだ!) 砲弾を撃たせないようにしながら、ロキは握ったシギュンに語り掛けるように倒すと意識する。 「はぁ!」 ロキが気合いを込めて鞭を一閃させる。 マーマンの脚の歪んだ場所に薄闇を引き裂くように炸裂した鞭が、マーマンの脚を拉げさせてその巨体を傾かせた。 しかし、マーマンの脚をへし折るには至らなかった。 「って、言われてすぐにできるか!」 「だよねぇ。それで出来たら苦労はないよ。それじゃ、次までの宿題ってことにして、少し下がってな」 ロキの叫びに頷いた光子は、用意していた魔術媒介に杖で悪魔紋章を刻み込みながらマーマンへと進み出た。 「光子さん?」 「もっと単純でいいのさ。あいつはあたしの邪魔してんだ。だから、ぶっ潰す」 光子は親指で首を掻っ切る真似をした。 『ロキ様、下がった方がいいですわ』 若干引け腰になったシャーロットが、ロキの袖を引いている。 姿勢を立て直そうとしているマーマンの前で、光子は魔術媒介を床へ叩き付けた。 済んだ音を響かせて砕け散り無数の破片となった媒介は、その欠片を床に落とすことなく渦巻き始め、紅蓮の業火へと変っていく。 そして、光子を中心にして逆巻く火炎によって、格納庫の中が赤々とした光で満たされる。 「さっさと出てきな、モロク!」 燃え盛る業火の中に巨大な影が滲み出す。やがて一つの形となったその姿は、禍々しく捻じれた角の生えた牝羊の頭の巨人であった。 『今日の相手は鉄屑か、瀬尾光子! 怒りのままにさっさと』 「煩いよ! あんたの御託を聞くために契約してんじゃないんだ! さっさとあんたのゴミ置き場に連れていきな!」 忌々しげに舌打ちをしたモロクの体が溶け崩れる。炎となったモロクが光子の持つギアである杖の先端の宝玉へと吸い込まれると、宝玉は赤く燃え盛る王冠へと姿を変えた。 光子はギアを振り被って飛び上がった。しかし、マーマンが不安定な姿勢のままで光子を撃ち落とそうと左腕から砲弾を発射した。 光子を直撃した砲弾が爆発する。しかし、広がった爆炎の中を無傷で突っ切った光子は、そのままマーマンへと飛び掛かった。 「風呂だって、もうちょい熱めが好みだよ!」 爆炎を纏ったまま光子が振り下ろしたギアは、格納庫を揺さぶるほどの威力を持ってマーマンの巨体を一撃で叩き潰していた。 その後、施設内を探索するも何も発見できず。ターミナルに帰還後、件の悪魔を呼び出して難癖をつけて確認したところ。 マーマン自身が求めていた宝だったということが発覚した。 「なんだってぇ!」 『光子さま、景気良く叩き潰してましたわねー』 「なるほど。動力じゃなくて、兵器それ自体に価値があったんだ」 「ま、まぁ、これも、良い思い出話になっただろ? 失敗も人生さ、人間こうやって賢くなるのさ……」 『光子さま、言ってることはもっともらしいですけど、動揺で声が震えてますわよ』 光子は全力で杖をシャーロットの頭に振り下ろした。
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