「そういえばねぇ!」 いつものようにアニモフたちが集まってお喋りをしていると、その中のひとり、ふくろうの姿をした女の子が楽しげな声でそう言った。「こないだ旅人さんが来た時に、こんなの置いてったんだよ」「なになに、これ貰ったの?」「ううん、忘れていったみたい!」 その女の子は青色の目立つ雑誌をテーブルの上で広げた。150ページほどで、そんなに分厚くはない。大きなホッチキスで中綴じにされており、途中から色の付いていないページになっているようだ。 表紙を捲ると薄いカラーページが出てきた。 そのページを見た瞬間、アニモフの何人かが「きゃっ」と声を上げる。「こわぁい……!」「何て書いてあるんだろう?」「うーん、文字はわかんないけど、絵はとっても怖いね!」 そこには『夏の納涼企画 怪奇! 不幸を呼ぶ心霊写真』や、心霊スポットへ行ったというレポート、呪いの手段やその際の対処法を解説したもの等、いわゆるオカルトチックな特集が怒濤の勢いで組まれていた。唯一安心出来るのはグロテスクなものは除外してあることだろうか。 写真と絵の区別がつかないまま、アニモフ達は捲るページを重ねてゆく。「この人達、自分からこーんな怖いところに行ったのかなぁ」「それって楽しいの?」「……」「……」「あっ」 くちばしを開き、女の子が思い出したことを口にする。「これを置いていった旅人さんが言ってたんだけど、怖いところに行ってする「きもだめし」って遊びがあるらしーよ」「きもだめし?」「きもって何?」「さあ……でも楽しいみたい。だからこの人達もきもだめししてるんじゃないかな、怖いところに遊びに行ってるんだよ!」 遊び。 遊びと聞いたら黙っていられないアニモフばかりである。途端にそわそわきゃっきゃとしながら話はどんどん進んでいった。「あたし達もやってみたーい!」「ねえねえ、お家の中でするのもあるみたいだよ。山向こうの使われていないお家を借りちゃう?」「いーね! でもあそこって怖い?」「あっ、怖くない……。……そうだ、怖くしちゃおうよ!」 布や紙、ペンや糊が用意され、リュックに詰め込まれていく。 怖い役もやってみたいという者が現れ、シーツや毛布を使った「それっぽい」衣装も作成された。 雑誌の絵とじっくり睨めっこし、びっくりさせる方法も研究する。演技は小学生レベルだが、シチュエーションによっては恐怖心を煽りそうなものがいくつかあった。しかしアニモフはアニモフなので如何ともしがたい。 斯くしてモフトピアでの肝試しは行われ――「次はこうしたら良いんじゃない?」「これは危ないからやめよ、痛くて怖いのはやだ!」「今度はきみがこの役ねっ」「衣装ぼろぼろになっちゃった……直せるかな?」 ちょっとしたブームになったのだった。 楽しいことは共有したい彼ら彼女らは、いつの間にやら自然と一つの考えを抱くようになっていた。 ある時、女の子がそれを口にする。「……あっ、そうだ。今度旅人さんも呼んで、きもだめし、してもらおーよ!」 全員が頷いたのは言うまでもない。
● 「良い匂い……これなぁに?」 ディーナ・ティモネンから受け取ったバスケットを抱え、鼻をひくひくとさせた狐の女の子は思わず笑顔を浮かべて訊ねる。 「これは、終わった後のおやつ。みんなで食べよう? だから……預かっててね?」 被せてあった白い布を少しずらしてディーナが言った。 ちらりと見えたのは梨や苺を使ったタルト、ナッツ入りの香ばしい香りをした焼き菓子、良い色をした焼きリンゴ。そして三角にカットされたサンドイッチにはレタス、ハム、チーズ等が挟まれていた。 女の子は重大な任務を任されたような顔で頷く。 「ああ~もうっ、かわいい!」 ティリクティアが堪らないといった表情でアニモフにぎゅうっと抱きついた。 「ふふ、今回は楽しませてもらうわ」 「うん! いっぱい楽しんでいってね、あと、びっくりもしていって!」 にこりと笑って頷き、ティリクティアは巨木の屋敷を見上げる。 いくつかの窓から灯りが漏れ、夕日は残るものの暗くなってきた空に、まるで大きな星が浮いているかのようだ。 「――素敵な場所ね」 素直な感想を零し、ティリクティアもスタート地点へとつく。 「お菓子かぁ」 レク・ラヴィーンはぽわーんと一位になった時のことを想像した。 目一杯楽しんだ後に、沢山のお菓子。それを兄にお裾分けしたら喜んでくれるだろうか? (……きっと喜んでくれる!) 力強く片手を握り、彼女は一位を目指すことを決意した。 似た動機から一位を目指す者は他にも居た。ワード・フェアグリッドである。 「一位になるト、お菓子いっぱイ?」 お菓子といえば、美味しいものだ。 美味しいものを嫌いな人はあまり居ない。 ならばそれは良いお土産になる。 「お土産、いっぱイの方ガ、ベルゼも喜んでくれル、かナ?」 初めての肝試しに若干の不安はあるものの、対の存在である黒いあの人のことを思い浮かべて気合を入れた。 怖いのは得意ではない。しかしここは泣く子も良い意味で泣き止むモフトピアだ。きっと大丈夫である、きっと。 「モフトピアって平和だよね、ここでする肝試しもそんな感じかなー?」 ワードの心情を読み取った訳ではないが、バナーがスタート地点に向かいながらそんなことを言った。 「平和だト、嬉しいんだけド……」 「きっとそうさ。とにかく、行ってみることにするよー」 「あっ、僕も行ク……!」 そんな二人の姿に和みながら、岩髭 正志も足を進めた。 「おっと、気を抜いちゃいけませんね」 ふるふると首を振り、前方の入り口を見据える。 肝試しは本来あまり得意ではないが、今回はアニモフ達が主催した肝試しだ。そんなに怖くはないだろうと予想を立て、彼は今どうやって恐怖を回避するかよりも、どうやって上手く驚いてみせるかどうかに思考を回していた。 ――それがちょっとした油断を生むとも知らずに。 斯くしてモフトピアでの肝試しは開始される。 ● 中は意外と暗かった。 窓から見えていた灯りはどうやら蝋燭らしい。時間が経てば経つほど光源が減っていく仕組みのようだ。 しかし暗さはワードにとってはあまり意味を成さない。 「コイン、三枚……コイン、三枚……」 手近な部屋をがちゃりと開け、彼はにょっと首だけ出すと中を見回した。見たところ何も居ない。 まずはタンスを開けてみる。雪だるま柄のハンカチにきゅんとしつつ、中身を寄せて探してみたがここには無いようだ。 次にベッドの下か本棚の天井の隙間、どちらを探すべきか少し悩む。 「うーン、高いとこロ、翼で飛んで探せるけド……、落ちると危なイ所にハ、ないよネ」 ワードはしゃがみ、ベッドの下に片腕を突っ込んでみた。少しだけ埃っぽい感触がする。左右に手を振り、奥まで手を伸ばす。 すると何かが手に当たった。固いものではなく、何か……そう、袋だ。 「?」 引きずり出す。出てきたのはラメ入りハート柄の眩しい手のひらサイズの袋だった。 興味を引かれたワードは無用心にも口を縛ってあった紐を解く。そして―― 「わアっ!?」 中からあっかんべーをしたバネ付きの熊の顔が飛び出してきて、ワードは思い切り後ろに引っ繰り返ったのだった。 正志の目にまず飛び込んだのは、怖い絵でも恐ろしい仕掛けでもなく、階段の手すりから身を乗り出すディーナの姿だった。 「わ~、安全対策ばっちり~。……えいっ」 「ディーナさん!?」 おもむろに飛び降りたディーナに半ば条件反射で反応する正志。 しかしディーナの体はカラフルな網に受け止められ、空中でポンと跳ねた。もちろん怪我らしいものは見当たらない。 「うふふ~。楽し……怖かった~」 「お、驚かさないでくださいよ」 まさかホラーとは違った意味でビックリ体験をすることになるとは思ってもいなかった。 もそもそと網から抜け出るディーナを見ながら、ホッとした正志は向かい側に見えたドアへと近づいた。木目の美しいドアだ。ドアノブには吠えているような犬の口が描かれている――が、牙先が丸い。 「お邪魔しま……、っ!」 ひゅん! っと飛んできたものを間一髪で避ける。 勢いが削げたところで確認すると、それは糸に吊るされたこんにゃくだった。ドアを開けると飛んでくるように細工されていたらしい。 「なるほど、来ると思っていたんですよ」 アニモフが一生懸命この細工をする姿を想像し、和んだ正志は部屋の中を改めて確認する。 ベッドに赤いものが見えたが、血まみれ系には耐性があるため危うくスルーするところだった。触ってみると鮮やかさを保ったままカラカラに乾いている。完全にインクかペンキだ。 血は平気だがスライムや虫系は地味に苦手としていた正志は、少し安心して部屋の探索を開始した。 (でもこれがモフトピアの肝試しで良かった……) さすがにガチで怖がらせにかかってこられたら、驚かないでいられる自信はない。 そう思いながら鏡台に掛けてあった布を引くと……凄まじく多きな音が耳を劈いた。正志は声も上げるのを忘れて、言葉を喉に詰まらせながら手を横に振る。 それは飛んできた物を叩き落す時の反応に似ていた。音の主は正志の手に当たり、ガシャン! っと床に落ちる。 「……目覚まし、時計?」 床に落ちたのは大きなベルの付いた目覚まし時計だった。 声すら出ないくらい本気で驚いてしまったことを誤魔化すように、正志は咳払いをした。 「どうしたの? 何か凄い音がしたけれど」 ドアから顔を覗かせたディーナに正志は笑いかける。 「いえ、面白い仕掛けがあったんですよ。……それよりこの部屋、一緒に調べませんか?」 どことなく震えているように見える指先で時計を拾い上げる。 ……怖いからではない。決して。 「へへっ、オイラは勘が鋭いからな! メダルくらいちゃちゃっと見つけてやるぜ!」 青色の瞳を輝かせ、レクは階段をずんずんと進んでゆく。 目指すは屋敷に入った時から気になっていた、建物の真ん中辺りにある部屋だ。きっとあそこには何かある、とレクの直感が告げている。 ドアノブを回すと重い音と共に暗い室内が視界に入った。 「へぇ~、随分頑張って飾りつけしたもんだな、雰囲気出てるぜ~」 アニモフ達の肝試しなのだから、そんなに大したことはやらないだろう。そう思っていたレクだったが、装飾から滲み出る「頑張ってる感」に思わず感動する。 「さってと、ココはどうかな?」 タンスと壁の隙間に手を突っ込んでみる。そこには封筒に入った何かが貼り付けられていた。 まさか一ヶ所目からビンゴか、と胸を高鳴らせながらレクはそれを取り出し、封を開けてみる。 「……やられた!」 コインは入っていた。 入っていたが、ペンでデカデカと「はずれ」と書かれていたのである。 「くっそー、意地でも見つけてやる!」 闘志を燃やし、彼女は部屋を見回した。ここにはまだ何かある気がする。 おもちゃ箱をひっくり返し、カーテンの裏を覗き、ベッドのシーツを捲る。そうして5分ほど経った時、天井が動いているような気がしてレクは動きを止めた。 注意深く、慎重にそちらの気配を探る。 しかしそれがいけなかった。突如開いた天井の穴から飛び出してきたアニモフ。それを全神経で受け止めたレクは素の叫び声を上げた。 「おわぁっ! び、ビビらせんなよっ!?」 「エヘヘー! きもだめしだもーん!」 アニモフはきゃっきゃとはしゃぎながら部屋の外へと走って出て行った。 一理ある。一理あるが、叫ばずにはいられないだろうと思うレクであった。 「うひゃ~!」 ぽんぽんっと階段を転がり落ちてきた、顔の描かれたトマトを避けながらバナーが驚きの声を上げる。 しかしこれは紛うこと無き演技である。 (面白いけど、普通のモフトピアの風景じゃないよね。うん……) レアな光景と思ってみるのも良いかもしれない。ここまでどろどろとした雰囲気のモフトピアは珍しいだろう。ただし普段のモフトピアと比べて、だが。 とにかく先を急ごう、とバナーは一段飛ばしで階段を駆け上がる。 建物の構造上見晴らしは良いため、先から何か来ればすぐに分かるはずだ。スピードを上げても危険は少ない。 そう考え、バナーはふわふわの尻尾を左右に揺らしながら足を早めた。 「ん!?」 そんな時、視界の端に侵入してきたのは拳大のキノコだった。しかも飛んでいる。 それだけならば耐えられたのだが、よりにもよってそのキノコは人間の顔でケタケタと笑い、トリッキーな動きで急接近していたのである。 全体的なデザインは可愛いという印象を受けるが、なにぶん出現が無音すぎた。 「わわっ! ……あ」 驚いた拍子に飛びのいたバナー。 その先に階段は、ない。 「うっひゃあ~~~!!」 演技とは到底思えない声を上げ、バナーは何回かバウンドしながら転げ落ちていった。 人面キノコはそれを空中でくるんくるんと回りながら見送る。 ……モフトピアにしては、レアな光景である。 六人の中で真っ先にスタートし、一番に最上階の小部屋へ辿り着いたのはティリクティアだった。 上がっている息を落ち着けながら、ティリクティアは下を見る。 「わ、わあ……」 丁度バナーが転がり落ちていくところだった。モフトピアならそんなに大きな怪我はしないだろうが、ちょっぴり心配だ。 彼女はしっかりと一段一段踏みしめつつ、慎重に階段を登ってゆく。 今回いつになく張り切っているティリクティアは服装にさえその張り切りを表していた。普段の可愛らしいスカートではなく、腰に小さなリボンの付いたシャツ、橙色のキュロット、黒いタイツに動きやすい靴。これなら布が引っ掛かって転ぶこともないし、走ることだって難なく出来るだろう。 「えっと、それじゃー……ここ!」 第六感を活かし、ティリクティアは近くのドアを開ける。 フリルたっぷりのカーテンには血だらけの(`・ω・´)な顔が描かれ、ピンク色のテーブルセットには靴が片方だけ載っていた。しかし基本的には何ともラブリーな部屋だ。 「小部屋の可愛らしさにさすがアニモフね、すっごく可愛いわ」 ハート柄の壁紙を見て微笑むティリクティア。そして目についたのは……もふもふなベッドだった。 「……」 うずっ っという効果音が聞こえたかは定かではないが、ティリクティアはベッドの上にダイブするとそのもふもふ感を存分に味わった。 一分、 二分、 三分…… 「はっ! こ、こんなことしてる場合じゃないわ」 我に返り、服をはたいてから気になる場所を調べてゆく。まずはタンスの中、次に椅子とテーブルの下、隙間も丁寧に見る。しかしコインらしきものはない。 「うーん、この部屋はハズレだったのかしら……あっ」 最初にダイブしたベッドの枕元に光るものを見つけティリクティアは駆け寄る。 それは星マークの付いた小さなコインだった。 「見つけたっ!」 手に取り、ぎゅっと握り締める。 最初に気になって仕方なかったベッドにあったコイン。ティリクティアの勘は鈍ってはいないらしい。 ● 「屋根裏部屋、屋根裏部屋……」 開始してから二十分後、コイン三枚を大事そうに持ったワードは屋根裏部屋を目指して階段を上っていた。 しかし前方に見えてきたドアが開いているのに気がつき、足を止める。誰か探索中なのだろうか? そう思い少しの好奇心と共に覗き込むと―― 「……ばぁっ!」 「うワッ!?」 真っ赤な光に照らされた何者かが両手を肉食獣の爪のように構えて飛び出してきた。 びっくりしたワードは後ろへ飛び、頭を両手で覆う。 「うふふ……怖かった?」 しかし飛び出してきたのは笑顔を浮かべたディーナだった。その後ろには正志の姿も見える。 「びっくりしタ、二人だったんだネ」 「驚かせる方もやってみたかったの。平気?」 訊きながらディーナは懐中電灯から赤いセロファンを剥がし取る。これで光が赤かったらしい。予想外だったため心臓は今でも高鳴っていた。 頷き、服の上から胸を押さえてワードは訊ねる。 「そっちはもうコイン、見つかったノ?」 「ううん、あと一枚なんだけれど……なかなか見つからなくて」 「おや、もしかしてワードさんは三枚見つけたんですか?」 正志の言葉にワードはにこりと笑う。 「負けていられませんね……ディーナさん、早く最後の一枚を見つけてしまいましょう!」 「がんばろ~!」 声を掛け合い、二人は部屋の探索を再開した。 「……ここ、かなぁ」 ワードを見送り、ドアを閉めたディーナはその裏側を探ってみる。キャンディの彫り物が見えるばかりで何もなさそうだ。 タンスも中と外の両方を見る。すると靴下の中に何やら固い物が入っているのを見つけた。 「ねぇ、これ――」 ディーナが振り返った先に居たのは正志ではなく、オバケ……の顔付き毛布を被ったアニモフだった。 どうやらレクの時の同じく、天井からするりと降りてきたらしい。 正体が分かってしまえば怖くない風貌なのだが、ディーナは一度深呼吸してから目一杯驚いてみせる。 「きゃぁ! 凄く怖くて驚いちゃった~。うふふふふ」 目一杯驚く。驚くが、ついつい頭を撫でてしまうのは仕方ないことだろう。 アニモフは満足げに「がおー」と言うと、そのままドアから出ていった。 「……何とも微笑ましいですね」 「うふふ、そうよね~……あれっ、どうしたのそのおでこ」 「あ、いえ。ちょっと」 正志は片手で額を隠す。ベッドの下を調べていて思い切りぶつけたなど女性の前では言いにくいものだ。 改めて靴下を調べると、そこからコインが一枚滑り出てきた。 これで正志の手持ちは三枚、ディーナの手持ちも三枚。次に目指すは屋根裏部屋である。 屋根裏部屋を目指している者は他にも居た。 一度は階段を転がり落ちたバナーだが、挫ける訳にはいかない。再度気合を入れ直し、入った部屋でコインを二枚見つけ、その後別室でぬいぐるみが咥えていたコインをゲットし、あとはコインケースを目指すのみとなっていた。 「あれ?」 階段を進んでいると、レクの背が見えてきた。 「レクくんも今から屋根裏部屋?」 「うわっ、びっくりした! そ、そうだぜ、ちょっとトラブルがあって遅れちゃったけどな」 レクは少し照れたような、何かを隠すような雰囲気で頬を掻く。 実はバナーよりも早くコインを集め終わっていたのだが、その後にちょっとした問題があったのだ。 勢いがありすぎた。つまり一回、コインだけ持って出入り口に戻ってしまったのである。しかし仲間に見られていないのなら、あえて自分から言うこともない。彼女は咳払いをし、誤魔化すとバナーと共に屋根裏部屋を目指した。 屋根裏部屋にはオバケマークのランプがいくつも吊るされ、各部屋とは違い明るく照らされていた。その光景は怖いというより幻想的にさえ見える。 「えいっ」 バナーが木の扉を両手で押し、その屋根裏部屋に入ると――そこには先客が居た。 丁度ついさっき着いたところらしいディーナと正志だ。手には透明なコインケースが握られている。 「先を越されたか~! でも負けないぞ!」 「うふふ、それならもっと急いだ方が良いかもしれないわね。そっちも、こっちも」 「え?」 レクが首を傾げると、正志が手前の台を指さした。 そこに並べられたのはコインケース。人数分あったらしいそれは、現在二つだけ残っている。 そう、二つだけなのだ。 「この二つはお二人の分です。そしてこちらにも二つ。あとは僕達の前にワードさんが上っていったので、それで一つ」 「人数分あったとしたら、一つ足りない……あーっ!」 気が付いたレクは急いでケースを取ると、部屋を出て行くディーナと正志に続いた。 ディーナ達も急いでいない訳ではない。つい先ほどワードが見せた「帰り方」と同じ方法で階下を目指す。 「わ……!」 驚くレクの前で、二人は下の網に向かって飛び降りた。 「どうする? ぼくらもここから行く?」 「も……もちろん!!」 勢い良く言い、レクもバナーと共に飛び降りていった。 ● 満面に笑みを浮かべた少女とは、どうしてこんなにも眩しいのだろうか。 「えへへ、やったぁ! 一位!」 一番乗りは比較的速い段階で一つ目を発見し、しかも屋根裏部屋に近い上の方の部屋を探っていたティリクティアだった。 まるでサンタのような袋に詰められた数々のお菓子を抱え、ピースサインをすると、アニモフ達から歓声が沸き上がる。 「おめでと~!」 「こっちもすっごく楽しかったよ!」 「他のひとも遊んでくれてありがとうね! はいっ、お菓子っ!」 アニモフは一人ずつお礼を言いながら袋に入ったお菓子を配り始めた。 一位の大きさには敵わないが、数は少なくとも贅沢なおやつタイムを楽しめそうなラインナップだ。特に丸いバウムクーヘンはさっきからとても良い匂いを放っている。 「ありがとう、楽し……怖かったよ~。だからみんなでおやつにしよう~」 「おやつ? あっ、うん! 今とってくる!」 アニモフがバスケットを取ってきて、用意したテーブルの上にディーナの持ってきたおやつを広げた。 外は既に日が沈み星が瞬いていたが、周りには屋根裏部屋で使われていたのと同じランプが並び、皆を明るく照らしている。 「お土産話モいっぱい出来タ……お菓子もあるシ、きっとベルゼ、喜んでくれるよネ」 「そのひとのこと、だーいスキなんだね!」 ほくほくとしているワードにアニモフが笑顔で言う。 ワードは少し照れた後、うん、と確かな想いを込めて頷いた。 「楽しかったよ。こんなシチュエーションもありかと思うんだよー」 「えっへへ~、ありがとうだよ♪」 「楽しんでもらえてよかったー!」 そんな無邪気なアニモフの頭をバナーはわしゃわしゃと撫でる。 初めはどうなることかと思ったが、なかなかどうして面白いものだった。これなら来年もやってみても良いかもしれない。 「驚いたり怖かったりしたけれど、どきどきしてとても楽しかったです、ありがとう」 正志もアニモフの頭に手をのせ、優しく言う。 「ちゃんと肝試しになってたかなぁ?」 「ええ、今まで見た中で一番肝試しらしかったですよ」 正志がそう答えると、アニモフは両手を上げて喜んだ。 レクは貰ったお菓子をテーブルにのせ、それと睨めっこをする。 これは多いだろうか、少ないだろうか。そして「兄貴」は喜んでくれるだろうか。 「うーん。微妙だな、おい」 「少なかった?」 きょとんとするアニモフにレクは笑いかける。 「いや、判断つかなかっただけだぜ、ごめんな?」 「んん~、けど何か気になるなら、交換出来るよ!」 「こ、交換?」 「うんっ、量は変えられないけど、たとえば……この飴とチョコを交換する、とか!」 なるほど、そんな手があったのかとレクは手を叩く。 これで兄の好物、もしくは好みそうなものと交換してもらえば喜ばせることが出来そうだ。 「おう、頼むぜ!」 まるでコインを三枚集めた時のように喜び、レクは親指をぐっと立てた。 夕日の中で行われた肝試し。星空の下で行われた小さなパーティ。 その思い出を胸に帰路についたロストナンバー達は、甘い香りに包まれて、列車に揺られながらうとうとと夢を見る。 ――今日体験した、微笑ましくもちょっぴり怖い肝試しの夢を。
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