クリエイター真冬たい(wmfm2216)
管理番号1140-14654 オファー日2011-12-28(水) 18:46

オファーPC ニワトコ(cauv4259)ツーリスト 男 19歳 樹木/庭師

<ノベル>

 樹とは地に根を張り、枝葉を天に向かって伸ばすものである。
 それは代表するならば壱番世界の人間にとって常識であったが、この世界の樹自身にとっても同様に周知の事実だった。
 魚は水中に暮らす。狐には豊かな尾がある。犬は四足で駆け回り、鳥には嘴がある。雨は空から降り、マグマは地から湧き、陽光は温かく、北風は身を縮めるほどに冷たい。
 そんな当たり前が溢れ、営み増える中、ニワトコの名を持つ少年は生まれ出た。

 彼の故郷は緑豊かな世界で、人類は栄えてはいない。
 それでも稀に人間の特徴を有した者が生まれていた。美女の顔を持つ月桂樹、まるで九十九神のようにちょこまかと走り回る蓮、意思をそのまま伝えるのではなく、口という器官を使って喋る小さなタンポポ。
 彼が生まれるまで、この近隣で一番人間に近かった者は檜だったという。
 その檜は人の体を持っていたが、その表面はざらついた樹皮に覆われ、髪は葉っぱそのもの。水も光合成も人一倍……樹一倍必要とし、ずっと泉の近くで大人しくしていたため、人の姿に近くとも他の樹とあまり大差なかったという。人に見える樹、という認識に近かったかもしれない。
 檜は雷に打たれて死んでしまった。

 そして程なくして生まれたのが、ニワトコだった。

 この森に一番長く居る齢千を越える大樹ですら、このように完全に人間に近い者は初めて見たという。
 髪は葉のように美しい緑をしていたがふわふわと垂れており、手や足には指が5本ずつ、爪もひと揃えある。歯並びはどの獣よりも美しく、耳はきちんと音を聞き取った。
 言葉も発する。
 歩くことも、走ることも出来る。
 瞳は景色を映すだけでなく物を見分け、判別した。
 一番植物に近いところといえば、頭を彩るように咲いた小さな白い花くらいだろうか。
 光合成や水分の摂取はもちろん必要だが、前述の檜ほどではない。ニワトコは樹でありながら人間といっても差し支えなかった。


 様々な形状の植物が存在するため、樹たちの差別意識は弱い。
 しかしニワトコに対して奇異の目を向ける者は多かった。畏怖する者、興味を引かれる者、単純に不思議がる者と内容は様々だったが。
 そんな目を向けられるたび、ニワトコの中に「なぜこんな姿なんだろう」という解決出来ない疑問が湧き上がり、めそめそと涙を流し――その水分を外に出すという現象すら不思議がられ、悪循環を招いていた。
 だがそれも幼い頃の話。
 向けられる目はほとんど変わらなかったが、成長したニワトコは、もう泣くことはなかった。



「あっちへ行け」
 日光浴の後、ふらふらと道を歩いていたニワトコにかけられたのはそんな声だった。
 声の主を探して見上げれば、そこに居たのは太陽を背負った銀木犀。
 ニワトコはこの銀木犀をよく知っていた。初めて会った時からどの樹よりもニワトコを視界に入れるのを嫌い、追い出そうとしてくる意地悪な老木だ。花は美しいがそれをじっくりと見れた例がない。
 普段はこの道を避けて通るのだが、日光浴で良い感じに気が緩んでいたせいかうっかりと通りかかってしまったのだ。
「……早く行け」
 落ち着いた、しかし頑として自身を受け入れる気のない声にニワトコはほんの少しだけ寂しそうな顔をした。
 昔はよくこの声で泣かされたものだが、今は分かり合えないことだけが何だか寂しい。
「ぼくは」
 ニワトコは銀木犀を見上げる。
「ぼくは、姿形は違うけれど樹だよ。同じなんだ、きみもぼくも」
「……」
「光合成だってするよ。手や足の形をしているけれど、ここからも水分を摂れる。……見た目だけなんだ。なのに、そんなに怖い?」
「怖くなどはない」
 銀木犀はそう即答したが、いつしかニワトコは彼が自分を恐れているのではないかと思うようになっていた。
 不安要素を視界に入れたくない。そういった態度に見えるのだ。
「さあ、聞こえなかったか。早くあっちへ行け」
 ニワトコはしばらく無言で銀木犀を見、やがて背を向けて来た道を戻っていった。


 自分のことを怖がらない樹も居るには居る。
 しかし彼ら彼女らは生まれて根を張った地から動けない。夜になるとニワトコはいつも一人ぼっちだった。
 家の代わりにと使い始めた岩の穴に入り、簡素なベッドに体を横たえる。
 ニワトコとしてはそのまま外に居ても差し支えない……むしろ朝日をすぐ浴びることが出来て便利なのだが、彼の姿を見て獲物と勘違いして襲ってくる獣が居たため、こういった場所を用意したのである。
 さすがのニワトコでも噛まれれば痛いし、それが原因で弱ることもある。
「……さむい」
 雨を伴わない単純な冷え込みは苦手だ。
 数年前に作ったこの「服」のように、何か夜に被るものを作ろうか――そう考えながら、ニワトコはまどろみに落ちていく。



 目覚めたのは何かが爆ぜる音のせいだった。
 続いて聞こえ始めたパチパチという小さかった音は、あっという間にニワトコの意識を引き上げるほど大きくなった。
 岩の住処も熱されて蒸し暑い。
「な、に?」
 飛び起き、外に出てまず目に飛び込んできたのは炎。
 木々の悲鳴が聞こえる。燃えてゆき力尽きた者はただの墨に姿を変えたが、それも炎に巻かれて見えなくなった。

 ――落雷が炎に姿を変えた

 ――あつい、あつい、あつい!

 ――ここから逃がして!

 聞こえる情報を拾い集めながら、我に返ったニワトコは泉へと走り始めた。
 空はまだ暗いが、暗雲に覆われゴロゴロと唸っているのが分かる。雨を伴わない雷があることをニワトコはこの時初めて知った。
 加えて寒い割りに空気が乾燥していたことを思い出す。
 落雷があり、木や草が燃え、それが広がった。
 理解したところで泉に着き、何も考えずに両手を突っ込む。
「……!」
 水で炎を消す気でここまで来たが、道具がない。手のひらでは小さな火すら消えないだろう。
 逃げ出す動物達の姿と、燃えていく仲間達の――そう、どんな目で見られようが仲間に変わりなかった者達を呆然と見ながら、ニワトコはただただ立っていた。
「逃げろ!」
 突然、近くに居た樹が叫んだ。
 自分に言っているのだと数秒を要してから気付いたニワトコは驚きの目をそちらに向ける。
「この森はもうだめだ。お前は我々と違い自由に動ける。逃げろ!」
「そ、そんなこと」
 樹は再度同じことを叫んだ。否、吠えた。
 ニワトコは弾かれたように走り出す。炎から逃れるように、死にゆく仲間達から逃れるように。
 数分走ったところで石に躓き、思い切り前へと転んだ。土が頬を汚すが、すぐにニワトコは立ち上がり逃げようとする。しかし痛くてなかなか起き上がれない。
「何をしている」
 その混乱した頭を冷静にしたのは、こんな時でも落ち着いた声だった。
「ぎ、ぎんもくせ……」
「何をしている。あっちへ行け」
 ニワトコはぱくぱくと口だけ動かす。上手く言葉が出てこない。
 銀木犀は普段よりほんの少しだけ、彼を落ち着かせるように柔らかい声音で言った。
「――早く行け」
 いつも会った時と同じように。

 気がつくとニワトコはまた走っていた。頬を撫でる熱い空気が些かましになったように思う。
 それでもまだ夜だというのに明るい森の中を駆けながら、頭の片隅で微かにこんなことを考えていた。
(銀木犀は、やっぱり怖かったんじゃないかな)
 新しいものは新しい何かを連れてくる。
 未知なるものは更に未知なるものを連れてくる。
 見慣れたものに見慣れないものが混ざり、長年暮らしてきた環境を崩されることを嫌う者は多い。
 ずっとその場から動けない樹なら尚更だろう。
(それに、何か……過去にあったのかもしれない)
 今までそこまで考えたことはなかった。それが悔しい。気がついていれば嫌われても訊ねることが出来た。
 ……今は、それすら出来ない。
 既に銀木犀の姿は振り返っても見えなかった。


 走る。
 ただひたすら、足が悲鳴を上げても走る。
 ついにどこをどう走っているのか分からなくなった頃――ニワトコは、故郷たる世界には居なくなっていた。



 その時ロストナンバーとして覚醒したのは僥倖だったが、仲間を失ったという事実は世界を変えても追ってきた。
 覚醒後、初めて鏡で顔を見た時、彼は息を呑むことになる。
 赤い赤い右目。炎を連想させる色が宿ったそれは、優しげな青を湛えた左目とは似ても似つかなかった。

 それを浅緑の髪で隠し、燃える森の記憶も胸の奥底に沈め、ニワトコは新たな世界と向き合う。
 いつかまた、沈め隠した記憶と対峙するその時のために。

クリエイターコメントこんにちは、真冬たいです。
今回はプラノベのご依頼ありがとうございました!

ニワトコさんをお任せさせていただくのは二回目ですね。
キャラクターさんにとって重要な覚醒の時を書かせてもらえて、とても嬉しかったです!
捏造OKということで大筋以外にも少し寄り道しましたが、大丈夫でしょうか……。
少しでもお気に召していただけると嬉しいです。

またお会いすることがありましたら、その時は宜しくお願いします。
それではこれからも良い旅を!
公開日時2011-12-31(土) 21:20

 

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