オープニング

 どの世界でもある程度文明が発達すれば、買い物を娯楽として見れるほどの店が立ち並ぶ場所……例えばショッピングモール等が出来る可能性がある。
 ここ、マホロバにも例に漏れずそんな場所があった。
 大型ショッピングモール『ケラソス』
 様々な店が並ぶこのショッピングモールに、ワームが出現するという予言が出た。
 どこから、どういった理由から現れたワームかは分かってはいない。しかし素性はどうであれ放っておけるものではないのは明白だ。

「そこでワームを退治してきてほしいのだが……」
 マホロバ担当の世界司書、ツギメ・シュタインはそこで言葉を濁す。
「なんだ、何か問題でもあるのか。ワームを倒しましょうって単純なお仕事だよナ?」
「単純ではある。しかし真昼のショッピングモール内では人払いは不可能らしい。そしてこの世界には宇宙人というものが存在しているのは知っているな?」
 イスにどっしりと腰掛けたジャック・ハートは一回だけ頷く。
「それが問題だ。人目が多い上、モール内には様々な場所に監視カメラが仕掛けられている」
「つまり――」
「ワーム殺しは宇宙人殺しと捉えられる、ということね?」
 蜘蛛の魔女がさも面白げなことを話すように言った。
「そうだ。マホロバの住民に悪い印象を残すのは勧められないが、このままでは被害が出る。……この仕事でお前達5人はマホロバで犯罪者として扱われる可能性が出てくるが、やってくれるだろうか?」
「任せろ、俺サマがみんなにヒーローマスクを準備してやるゼ!」
 ゲラゲラと笑い、ジャックはどこから取り出したのか古風なヒーローマスクを片手でぴらぴらと振る。
「力押し以外で頑張るけど、マスクは要らな~い♪」
 三秒も経たない内に断ったのはリーリス・キャロン。
 いつものような可愛らしい笑顔を浮かべ、どんな所なのだろうとショッピングモールへと想いを馳せる。人間は、沢山居るだろうか。
「ワームハンティングはミーにお任せ!ところで宇宙人ってナンですカー?」
 カール・ボナーレは頼り甲斐のあることを言った瞬間にそれを打ち砕いた。
 ツギメが眉間を押さえながら差し出した資料を興味深げに読むカールの隣で、蜘蛛の魔女も些か物騒なことを言う。
「殺人犯になってトンズラなんて面白そう、キキキ。災厄をまき散らすのは魔女の本分よ」
「怖くはないのか?」
 星川 征秀がそう問いかけてみるが、返ってきたのは「全然!」というはっきりとした答えだった。
「宇宙人なんて俺の世界じゃUMAだったのに……。ま、自慢じゃないが逃げ足には自信があるぜ」
「その場で捕まればどうなるか分からないが、いいか?」
「……絶対に逃げ切る」
 皆の返答を聞き、ツギメは小さく頷く。
「では皆、なるべく建物やあちらの人間を傷つけないよう、ワームを倒して戻ってきてくれ」
 五枚のチケットが差し出される。
「帰ってくるまでが仕事だ」

 ロストナンバー五人の運命がどうなるのか――それは、世界司書にもわからない。




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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。

<参加予定者>
ジャック・ハート(cbzs7269)
リーリス・キャロン(chse2070)
カール・ボナーレ(cfdw4421)
蜘蛛の魔女(cpvd2879)
星川 征秀(cfpv1452)
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品目企画シナリオ 管理番号1777
クリエイター真冬たい(wmfm2216)
クリエイターコメントこんにちは、真冬たいです。
企画シナリオのオファー、ありがとうございました。本当にギリギリになりましてすみません!

●目的
・周りへの被害を最小限に抑えたワームの退治
・捕まらないように帰還すること

●場所について
大型のショッピングモールです
ワーム出現より少し早く到着しますので、発生予定地点から遠くに行き過ぎなければ
簡単な買い物は可能です。ただし、その分多くの証拠を残すことになるかもしれません(行動によります)

●ワームについて
一体のみ。そんなに強くはありませんが、
周りの人間はワームを「宇宙人」または「宇宙人に関係した生き物(合成生物、ペット等)」と認識します

参加者
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
リーリス・キャロン(chse2070)ツーリスト その他 11歳 人喰い(吸精鬼)*/魔術師の卵
星川 征秀(cfpv1452)ツーリスト 男 22歳 戦士/探偵
カール・ボナーレ(cfdw4421)ツーリスト 男 26歳 大道芸人
蜘蛛の魔女(cpvd2879)ツーリスト 女 11歳 魔女

ノベル


 大型ショッピングモール『ケラソス』――去年の暮れにオープンしたばかりの新しいショッピングモールだ。
 様々な店による充実感も然ることながら、桜の精をイメージしたマスコットキャラクターのサクラコも人気を博している。
 全8階から成り、有名百貨店を核として飲食店、アミューズメント施設、映画館など多彩な店が並ぶ。真ん中が吹き抜けになっており、解放感のあるスーパーリージョナル型SCとしてマホロバの住民に親しまれていた。

「2階は全部アウトレットショップなのね。時間があれば見て回るのになぁ~」
 吹き抜けから少し見える二階を眺め、リーリス・キャロンが残念そうに言う。
 今日の目的は、もうしばらくすればここに現れるであろうワームの退治。それが終われば後はひたすら逃げるのみであるため、一般客のように一日かけて買い物を楽しむことは出来ないのが残念だった。
「キキキキ! それは別の機会にとっておきましょう。お楽しみは後になればなるほど甘美になるものよ」
「……その割りに、ちゃっかり楽しんでるように見えるけど?」
 蜘蛛の魔女をじいっと見るリーリス。
 蜘蛛の魔女の8本の脚には一階に売っていたチョコバナナクレープ、いちごチーズクレープ、桜の蜜を使ったというアイスクリーム、一口では食べられなさそうなたこ焼き、四角く小さなチョコのくっ付いたチュロス、串に刺さった揚げたてのカラアゲ、ケチャップのかかったフランクフルト、桜の花びらが入ったクッキーセット等が器用に掴まれたり載ったりしていた。まさに神技、購入にかかった時間のロスすら感じられない。
「昔の偉い人は言ったわ。腹が減っては棒に当たるってね。……あっ。べ、別に、そこまでハラペコなわけじゃないんだからね!」
 脚は8本でも胃は1つなのにどうするのだろうかという疑問は残るが、相手は魔女。心配いらないらしい。
 そんな蜘蛛の魔女に目を丸くしていた星川 征秀は頭を振り、改めてモール内を見回す。
「この中に宇宙人がうようよいるなんて、不思議なもんだなー」
 ここは覚醒する前に本で読んだ、彼の「昔の出身世界」に似ている。
 しかしそこに宇宙人は存在しなかった。その差が征秀を冷静にさせた。
 未知なる地でこれまでの常識が通用するとは限らない。思い込みや固定概念は邪魔になる可能性が高いだろう。
 気合を入れ直し、征秀は仲間に向き直る。
「ここへ来るまでに目の届く範囲は調べてみたぞ。これだけ客が居ると人通りの少なそうな場所でもそこそこの人目があるな……監視カメラは見えるものだけでもかなりある。どうする?」
「全て本物……とは限らねェな」
 両眼をしっかり隠す大きさのサングラスをかけたジャック・ハートが言う。
「ダミーも混じってる、と?」
「そう思わねェか? カメラが必要以上にありすぎるンだヨ」
「……確かにな。でもどれが本物でどれが偽物か見分けがつくか?」
 ジャックは征秀は片手を挙げて応えた。
「その点に関しては心配するな。エレキ=テックにダミーが通じるわけねェだろォ……とりあえず曲げとくか」
 本物とダミーを見分け、ジャックは本物に対してのみ電気的に介入し、巧みに自分たちの居る方向だけ避けて向けさせた。。
 持ってきた釘を飛ばし、そこからカメラが簡単には動かないよう固定する。その間、数秒。
「……さて、じゃあコッチの準備だナ」
 ごそごそ、と彼が取り出したのは――セルロイド製のマスク。しかも4個。
 何とも言えないデザインのものが揃っている。
 今回の仕事内容から考えて、顔を隠すことにデメリットは無い。無いが……。
「なンだ、他のが良かったか?」
「いや」
 征秀は鞄からずるーんとそれを取り出す。
「すでに持参している」
「……」
 傍で見ていて無言になったリーリス曰く、それはそれは立派な馬の被り物だったという。


 マスクを喜んだ者も居た。カール・ボナーレがその代表である。
「ワームハントはミーにお任せネ!」
 青い瞳に隠しきれない陽気さを漂わせ、戦隊もののリーダーのようなマスクを装着する。
「あら、似合ってるじゃない」
「ユーこそ! それに正体も全然わかりませんヨ!」
 そう言われ、蜘蛛の魔女は満足げに自分のマスクを指先で撫でた。そのマスクは有名な蜘蛛男を彷彿とさせないでもない。
 カールはどこからともなくカラフルなボールを取り出す。
「でも、ハントする前にやるコトがありマース!」
 人の目を集めることをやり、それに対抗するなら同じことをすれば良い。
 大道芸を得意とするカールは意気揚々とボールを転がし、トン、とその上に乗った。
 小さなボールの上で器用にバランスを取りながら、同じボール五つをぽんぽん放り投げてはキャッチしていく。
 なんだどうしたと足を止めた一般客に向かってカールは明るい声を出す。
「さァさァ、お立会い! エキサイティングなヒーローショーの始まり始まりデース!」
 同じようなことを考えていたのはリーリスだった。
「木の葉を隠すならって言うじゃない? 目立ち過ぎる方が早く忘れられるかもよ、うふふ」
 何重にも巻いたマフラーで口元を隠した彼女は一瞬目を瞑ると、最大出力の思念波を全方向に放った。
 まるでマイクから発されたような声は一斉にその場に居た人間の耳へと届く。
「良い子も大きいお友達もこんにちはー! 【セイギノミカタ】ゲリラライヴ、今日は辺境星系マホロバから生中継だよ! オッズの準備は出来てるかな?それじゃ3・2・1・ファイヤー!」
 詳細は伝わらなくていい。
 とにかく「楽しげなテレビ中継」をリーリスは演じた。雰囲気だけでも一般人の気を逸らせられるのなら上々だ。
「今日のセイギノミカタは、常連組のブラックマジシャンとイーター&スパイダー! 新進気鋭のジャグリングガンナーとフォーチュンテラーの混成バトル!」
 それらしい渾名を付けて次々と仲間を紹介し、リーリスは一般客――すでに観客と化した人々にウインクし、空中に浮いたキーをタイピングする真似をしてみせる。
 観客の中でも胡散臭げな顔をしている者にわざと近寄り、リーリスは親指と人差し指で円を描く。
「紅一点のイーター&スパイダーのオッズが鰻登りだよ! これは大きいお友達効果!? お兄さんはどうする!?」
「えっ、えっ……」
「ハイ! この用紙に注目選手を書き込んでね!」
 強引に紙とペンを押し付けて引き込み、リーリスは彼から離れた。
「さぁさ、その白線から中に入っちゃいけないよー! みんなで楽しく見ていってね!」
 いつの間にか綺麗に引かれた白線を指差し、リーリスがそう言った瞬間、空間を食い破るかのような動きで何かがその場に落ちてきた。
 黒い、人間の倍ほどある物体。
 それは手を床につくような動作をしたが、手という器官はなく、直立状態に戻ると支えていたそれは伸びていた部分が戻るかのように消えてしまった。
 一瞬ざわめくその場にハイテンションな声が響く。
「ヒーローのお時間ッてかァ、ヒャヒャヒャヒャヒャ」
 サングラスからマスクへと変更したジャックが宙を舞い、ワーム目掛けて鎌鼬を繰り出した。
 体を抉られたワームは攻撃対象をロストナンバーに定め、一部を鞭のように伸ばしジャックの腕に絡み付く。
「腕に絡むのはイイ女の特権だッつーの、テメェは逝ッちまいナァ!」
 バリィッ!!
 強烈な電撃を食らわされ、白い煙を漂わせながらワームはジャックから離れる。
(一般客の反応は……)
 馬の被り物の下で真面目な顔をし、征秀が視線を観客側に向けた。
(……今の俺らって見た目ヘンテコ集団だし、ヒーローショーか何かだと信じてくれてはいるみたいだな)
 多少の不思議現象は宇宙人のヒーローショーということで見逃されているらしい。
「警備員が来るのも時間の問題かもね」
 まるで心の中を読んだかのようにリーリスが言った。
 監視カメラは使えないが、一部に人が集まっていれば、それだけ他の人間の目も引く。その他の人間に巡回中の警備員が含まれて居ない保障はどこにもないのだ。

 戦闘が開始されてから、すでに三分経っていた。



 脚力を活かしてカールがボールから跳び、アクロバティックなバク転を見せながらワームを翻弄する。
 ワームの攻撃力は並だが、耐久にはずば抜けて優れているらしく、なかなか疲れを見せない。ならば確実に一撃一撃を当てながら攻撃の無駄打ちを誘発させ、体力を削るだけだ。
「おゥ!?」
 足首を掴まれ、地面に叩きつけられたカールにワームが覆い被さる。
「……かかったデスね?」
 ワームの下でニヤリと笑うカール。
 その手には、ボールの代わりに古めかしいリボルバーが握られていた。
 さすがに実銃を使えば目立ってしまうと使用を控えていたカールの相棒だ。
「ミーの火薬攻撃を受けるデース!」
 わざと観客に聞こえるようそう言い、カールは至近距離で発砲した。
 彼のトラベルギアは同時に何発もの弾を発射することが出来る。瞬きする間に五発の弾丸を受けたワームは弾けるようにカールから離れた。
 その逃げるような動作に、見入っていた観客が思わず一歩踏み出す。
「ハイそこ! ステージ侵入は厳禁だぞ♪」
 すかさずリーリスが手を真横に伸ばし、観客を押し戻した。
 白線から中に入らないよう精神感応で強制はしているが、これだけの人数だ。意図的には入らなくとも後ろに控える大量の人間に押されて踏み込む、ということはあるかもしれない。
 赤い瞳をほんの少し眇めたリーリスだったが、すぐにワームの方へと視線を戻す。
 ワームは攻勢から守勢に転じていた。
「キキキ! いくら不定形でもこれならどうかしら!」
 蜘蛛の魔女の体から放たれた蜘蛛の糸。
 見た目からは予想できないほど強靭なそれはワームの体をぐるぐる巻きにした。
 万力を込めて抵抗するワームに糸がぶちぶちと切れていくが、それを補うように次から次へと新たな糸が絡まってゆく。
「美味しいものをいっぱい食べて、私ちょっといつもより元気なの。いつまで抵抗出来るかしら?」
 自在に動く八本の蜘蛛の脚が糸に絡めとられたワームを滅多打ちにした。
 辛うじて露出した部分から脱出しようとするワーム。観客が緊張から声を漏らす中、それを真上からジャックが踏みつける。
「今回はあまり派手なマネが出来ないんでなァ……」
 立てた人差し指から迸る電撃。
「一転集中した電撃、腹いっぱい味わっとけ!!」
 それをワームの脳天へ突き刺すように放出し、ジャックは高く飛び上がる。
 ぶすぶすと焦げ臭い煙を上げながら、それでもワームはぶるぶると黒い体を伸ばし――
「しつこい!」
「しつこいデス!!」
 ――征秀の槍とカールのリボルバーにより、その場に沈められた。



「目標撃破!今日の【セイギノミカタ】はこれにて終了―!」
 リーリスがぴょんっと跳び上がり、眩しい笑顔を見せる。
「今日の【セイギノミカタ】ゲリラライヴは辺境星系マホロバからエレ・Gがお送りしましたー! 次はキミの星系でお会いしましょー!」
 わぁわぁと上がる歓声。大人も子供も純粋にショーだと信じ、笑顔で手を叩いている。
「そこの五人! 無許可で何をやっている!」
「……!」
 “ヒーロー”の勝利に一時は沸いた観客だったが、警備員の登場によりその雰囲気が変わった。
「えっ、無許可?」
「ケラソスのイベントじゃないの……?」
 動揺が広がる中、倒れたワームの体がさらさらと消えてゆく。
 ワームも「敵役の宇宙人」だと思っていた観客はその現象に目を丸くした。データ投影だったのだろうか、しかし物には触れていた。
「それじゃあ演出用の人工生物?」
「けれど無許可じゃ危険なんじゃ」
「いや、それよりまさか、殺……」
「……――っ!?」
 混乱が広がる観客の間を真っ白な煙が通り抜けてゆく。
 カールが使った発炎筒だ。煙を感知した消化装置がブザーを鳴らしながら大量の水を撒き散らし、辺りは軽い混乱から一気にパニックへと移行した。
 少女の笑う声がする。
「次の番組は人気沸騰スイーツ&ラヴ! 是非チャンネルはこのままで♪」
 そうして煙が晴れた頃には、五人は散り散りに逃げ始めていた。



「私の8本の脚に2本足で追いつけると思っているのかしら? キキキキキ!」
 蜘蛛の魔女は逃げていた。
 しかし普通に逃げているのではない。その脚は床ではなく天井を踏みしめていた。
 糸を使って跳び、道に着地したところで蜘蛛の魔女の目があるものに釘付けになる。
 ……色も鮮やかなケーキショップ。女の子の目を惹くことを一番に考えたその店のショーケースには、見ているだけでもお腹の減るようなケーキが所狭しと並べられていた。
「あっ、居たぞ!」
 黒い服の警備員が走ってくる。
 それでもお構いなしに蜘蛛の魔女はケーキショップへと足を進めた。その肩を掴む警備員。しかし、その手に力が入っていたのはそこまでだった。
「……!?」
 蜘蛛の爪に引っ掻かれ、麻痺毒に侵された警備員はずるずるとその場に倒れ込む。そんな彼を見下ろし、蜘蛛の魔女は微笑んだ。
「殺されないだけ有り難く思いなさいよ。今日の私は機嫌が良いんだから」
 機嫌の良さがそのまま現れた声でそう言い、蜘蛛の魔女はるんるんとカウンターに近づく。
「ここのこれとアレとそれと、こっちのも二個、あと店員さんのお勧めをくださいなっ!」
 そして、満面の笑みでそんな注文をしたのだった。

 二人の警備員との追いかけっこをどこか楽しんでいたカールだったが、このままでは仲間と落ち合うロストレイルに帰れない。
「意外と仕事熱心デスねー」
 花壇を飛び越えスイスイと人を避けながら走るが、警備員は一般の人間にしては頑張ってついてきている。
 よく見れば一人は両足を機械化していた。このまま走ればロストレイルのある場所までついて来るのではないか、という懸念すら出てきた。
「なら……」
 ふわり、と柔らかな風が吹く。
 カールにお願いされた精霊の起こす風は優しく警備員へと吹いたが、自然ではありえない加速を見せ、埃を巻き上げながら顔面へと直撃した。
 目をやられた警備員はその視界からカールを外し、回復した頃には……銀髪の青年の姿はなくなっていた。
「最近壱番世界のヒーローニンジャを知りマシタ! ニンジャのようにハイドデース!」
 ゴミ箱の陰に隠れ、カールは小さな声で笑う。
 大道芸人忍者・カール誕生の瞬間であった。

 金髪の少女はまったくと言って良いほど急いていなかった。一般客に紛れ込み、たまに店へと視線を投げつつ、出入り口に向かって歩いてゆく。
 どこにでもあるような光景だったが、騒動を起こした者とその特徴を知っている警備員の目にはそう映らなかった。
 あえて逃げる素振りを見せなかったリーリス。
 マフラー以外に目を欺くこともしなかったため、彼女の元には四人もの警備員が集まった。
「大人しくしなさい、武器を捨ててこっちへ来……」
「ここの警察の人?」
 赤い瞳に疑問を浮かべてみせ、リーリスは一人一人の顔を確認する。
 一瞬で始末出来るほどに弱い。
 一秒もかけずにリーリスはそう判断した。
 ここで仕留めてしまってもいいが――
「動かないで見逃してね♪」
「!?」
 何もされていないのに動かなくなった両手両足を見下ろし、警備員は慌てて仲間の様子を確認する。
 他の三人もそうだった。首や腰は動くようだが、その場に突っ立ったままである。
 首は自由でも声は出なかった。
「何をされた、って顔してるね、おじちゃん達」
 うふふ、とリーリスは笑う。
「何もしてないし、されてないって思っていいよ? それが解けたらみんなみんな忘れてるから」
 そう言って一歩近づき、帽子を払い落として頭を撫でる。
「お仕事、お疲れさま!」

 征秀はどんな時でもレディファースト、紳士だった。
 逃げる時も女性二人を先行させて逃がした彼は、今とても悩んでいる。
「可能性としては十分にあったけどさ……」
 彼を追う警備員は二人。その片方がどこからどう見ても女性だ。しかも片方の男性より手強そうである。
 一際女性に優しいフェミニストである征秀としては、手荒な方法で黙らせたくはない。だが放っておけばどこまでも追ってきそうな気迫だ。
「……っええい! こうなったら!」
 一瞬だけでも捲ければ良い、そんな無茶な走り方で征秀はとある店と店の隙間に逃げ込んだ。
 その道中に掻っ攫ってきたものがある。……否、居る。
 たまたま近くを歩いていただけの通行人だ。
 背丈は征秀と同じくらい。髪色はドぎついピンク色をしていたが、何ら問題ない。
 征秀は彼に被っていた馬の被り物をズボッ! っと被せた。突然攫われた上に正体不明のマスクを被らされ、見えなくとも彼が目を白黒させているのがわかる。
 そんな彼を征秀は道に押し出した。
 数十秒の後、警備員に取り押さえられる姿を見届け、征秀は壁の陰でこっそりと手を合わせる。
「悪いな! もしまた会えたら、何かおごるわ」
 あとすぐに無罪放免にされることを祈るぜ、と付け加え、征秀はまた走り出した。

 瞬間転移を繰り返して現場から離れたジャックは仲間の中で一番自由だった。
 警備員の姿も今のところ確認出来る場所にはない。
 適当な場所でマスクからサングラスに付け替え、ジャックが向かったのは――ロストレイルではなく、ケラソス内の花屋。
「コレ、ラッピング無しでくれヨ」
 名も分からぬ赤い花を一抱え分購入し、それを抱えたまま大回りで移動する。最短ルートには恐らく警備員が先回りしているだろう。
 花束はこの依頼を紹介した世界司書、ツギメへのもの。
 前に花束を持ってくると約束したのだ。
 これを手渡すのはロストレイルで帰還してからとなるが、受け取る時にどんな顔をするだろうか。それを考えるだけでも楽しい。
 ジャックはふっと目を細める。
(アイツは俺が居なくても折れないだろうナァ)
 それに対して安堵を感じつつ、その半分ほどが寂しさで出来ていることも確認する。
 実際はどうなるか分からないが、世界司書という立場上、彼女は色々な者を何度も見送ってきたことだろう。慣れているのではないか、という気もする。
「まァ、帰ったら訊いてみるとするか」
 最後にもう一度周りを見渡す。
 マホロバは面白い。自分の故郷やツギメの故郷と繋がっていると錯覚さえしてしまうくらいに。
 また何度か地面を踏むことになるかもしれないなと思いつつ、ジャックはケラソスから出て行った。


 春の某日、超大型ショッピングモール・ケラソス内で事件発生。
 宇宙人一人が死傷したようだが、詳細は調査中。
 犯人と思しき男女五人はそれぞれ別方向に逃亡。――その後、未だに一人も捕まっていないという。

クリエイターコメントこんにちは、真冬たいです。
今回は企画シナリオのご依頼ありがとうございました!

五人ともそれぞれご自身の個性や能力を活かした退治・逃亡方法で、
とても楽しく書かせていただきました。
一部採用出来なかったものがあるのが大変心残りです……。

ちなみに囮にされた通行人さんは事件発生時に他の監視カメラに映っていたのを理由に解放されました(笑)

またお会いすることがありましたら、その時は宜しくお願いします。
それではこれからも良い旅を!
公開日時2012-04-23(月) 00:00

 

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