クリエイター瀬島(wbec6581)
管理番号1209-19288 オファー日2012-08-27(月) 22:20

オファーPC ニワトコ(cauv4259)ツーリスト 男 19歳 樹木/庭師

<ノベル>

 告解室。
 画廊街の隅……というよりは、路地が入り組みすぎて誰の目にも留まらないような場所に、その部屋はある。誰かが抱えきれなくなった重く大きい秘密を預かり守る、不思議な場所。

『二人の秘密は神の秘密、三人の秘密は万人の秘密。それでも重荷を捨てたい方を歓迎します』

 オーク材の扉に掲げられている小さなボード、それに書かれている言葉はだいたいいつも同じだ。時には変わることもあるらしいが、それはあの小さな格子窓の向こうで聞き耳を立てている、誰かの心の赴くまま。

「あのひと、いるといいなあ」

 ニワトコは細い路地に面したその扉の前に立ち、いつか初めてここを訪れたときと同じ文句のボードを眺め、目を細める。





「こんにちは。ごぶさたしてます」
「……おや、誰かと思ったら」

 控えめなノックを2回。返事は無くても、表の鍵が開いていれば入ってもいいしるし。ニワトコのやわらかくするりとした声を確かめて、格子窓の向こうで控えていた誰かが懐かしさにも似た心持ちの声色でニワトコを迎え入れた。

「ご指名をいただくのは初めてではないが、そうか、君だったのだね」
「そうなの? でも、覚えててくれてうれしいな」

 隅々まで掃除の行き届いた床、毎日ホコリを落としているのであろうベルベットのソファ。その隣に置かれたサイドテーブルには、初めて来た日と同じ水差しにグラス、それから違う形のクッキーがいくつか置かれている。ニワトコはぽすんとソファに背を預け、二度目の来訪にあたって口にしたお願いごとの礼を述べる。

「それから、来てくれてありがとう。誰かに聞いてみたいことがあったんだけど……誰に聞いていいのかわからなかったんだ」

 この部屋の来客というのは大抵、抱えた秘密を吐き出す為にここを訪れる。だが、ニワトコは最初のときも、それから今日も、そんないつもの来客たちとは少し違っていた。

「君は、覚えているかな」
「?」

 一言断ってから水差しの水をグラスに注いだニワトコに、格子窓の向こうから問いかけの声。

「ここでは、格子窓の向こうにもう一人の自分がいると思って話すといい。……わたしは君にそう話したように思う」
「そうだね。そう言ってくれたからかな、あの日はとてもお話しやすかったよ」

 あの日ここで話したこと、聞いたことを思い出しながらニワトコが頷いた。告解を受ける者は少しの間言葉を探し、やがて何か納得したように語りかける。

「もしそれを覚えていてくれて、今日ここを訪れたのなら……きっと、君が聞いてみたいということの答えはもう、自分の中にあるのかもしれないね」
「自分の、中に……?」

__あっ

 ここに来て、今相対しているこの人と会えたなら聞いてみたかったこと。その切欠ともなったひとがたおやかに微笑む様を思い出し、ニワトコは思わず胸のあたりに手をやった。

「(この気持ち、おぼえてる……梅肉の水羊羹に似てるんだ)」

 胸というか、鳩尾のあたりというか、よくわからないところがきゅっと締め付けられるような心持ち。あの人が『甘酸っぱい』と言葉にしてみせた、味の記憶。求めている答えがこの中のどこかに収まっていて、ニワトコ自身に見つけられるのを待っているのだろうか……?

「余計なことを言ってしまったかな」
「ううん、大丈夫。……じゃあ」

__何から話そうかな?





 この間、あなたに言われたことをずっと考えてたんだ。
 ぼくが色んなことを知ってみたい気持ちは、好奇心なんだって。

 ロストナンバーになって、この世界にやって来て……今まで知らなかったことをたくさんたくさん知ったと思う。その中のひとつがね、『好き』っていう気持ちだったんだ。
 好きな人や、好きな場所、好きな時間。すごくぽかぽかして……おひさまの光を浴びるのとはすこし違うかな。それで、うきうきして、やさしい笑顔になれる気持ちなんだってわかった。それが、『好き』。

 ぼくはお友達や、まわりの皆のことが好き。
 お話を聞いてくれるあなたのことも好き。
 皆、同じくらい好き。

 でもね。
 なんだか違うんだ。

 同じくらい好き、っていう気持ちにおさまらない、すごく大きな『好き』があるって、最近気づいたんだ。

 ターミナルに、ある人がいるんだ。誰のことなのかは内緒だよ。……その人とは、お店にお邪魔したり、お話したり、お花見も行ったりして。もう、何回くらい会いに行ったのかなあ……忘れちゃうくらいたくさんなのは分かるんだけど。

「だけど、話したことは全て覚えている……違うかな」

 そう! そうなんだ。どうしてわかったの?
 どんなことをお話したか、そのときぼくがどう思ったか、あの人がどんな顔をしてたか、ぜんぶぜんぶ思い出せる。それで、思い出すたびに心のどこかがきゅってなって、それからすごくぽかぽかした気持ちになるんだ……。
 同じくらい好き、な人やものを思い出すときは、『きゅっ』とはならないんだよ。あの人のときだけ『きゅっ』てなる。それで気づいたんだ。あの人を好きな気持ちと、他の好きは違うんじゃないかなあって。

 すごく、好き。
 特別な好き。

 嬉しくて、楽しくて、ぽかぽかして……でも、少しだけ心配になる。
 この間は、たくさん会いに行って迷惑じゃないかなあって思ったんだ。それから、あなたにはこの間もお話したけど……ぼくは味が分からないから、あの人が出してくれるお茶やお菓子も本当は出したくないんじゃないかなとか……そんなことを思っちゃう。
 いつも笑って迎えてくれるのにね。お菓子だって同じものが出たことなんかないんだよ、色とか形とか、味が分からなくても楽しく食べられるようにってすごく考えて選んでくれてるの、分かってるんだ。でも……。

「そう思っているのは自分だけかもしれない?」





「うん……。それに」
「それに?」

 ニワトコは淀んだ言葉を水で飲み下し、言おうとした気持ちを解くように何度か深呼吸をした。

__まただ

 また、胸がきゅっと締め付けられる。
 嬉しくて、嬉しくて、だけどその後やってくる、よくわからない気持ち。

「あの人は味が分からないぼくに、それを教えてくれたんだ。そのとき、ぼく……あの人の気持ちを覗いてしまった」

 自分が体験した過去の出来事を、その時一緒にいた誰かの視点を通し夢のなかで追体験させる……彼女はそんな店を構えているのだと、ニワトコは説明した。そしてその為の施術を受けると、視点だけではなく味覚や五感、その時『誰か』がどう思ったか、などの情報も受取ることが出来ると。

「あの人がぼくに出してくれるお菓子やお茶の味を知りたかったのと同じくらい、きっとあの人の気持ちも知りたかったんだ。……ぼく、やっぱり欲張りだね」


__なんて心穏やかに過ごせるのでしょう


「(嬉しかった……でも)」

 こっそりと覗いた彼女の心、ひとかけら。それはニワトコが直に対面している彼女の言葉や態度から受け取るものよりはるかに大きくて、優しくてあたたかくて。でも、だからこそ。

「もっと知りたいって思う気持ちが、止められないんだ」

 選んで、選んで吐き出した言葉は、少しだけ重たい空気を纏っていた。
 それはニワトコ自身がこの気持ちをよく分からずに持て余しているせいだろうか。それとも。

「他の皆には、そう思わないのかな」
「……うん。ぜんぜん知りたくないんじゃなくって、知ったらすごく嬉しいけれど、もっともっと知りたいって欲張りになっちゃうのはあの人にだけなんだ」

 短い問いかけ。今までの『好き』とは違うことをよく分かっている答え。

「こういう気持ち、はじめてなんだ。だからどういうふうにしたらいいのか、分からなくって」
「そうか……」

 告解を受ける者はそれだけ相槌を打つと、次の言葉を探してしばし黙り込んだ。ニワトコは沈黙の時間にもこの気持ちのありかや行き先を考える。

「この気持ち、みんなも持ってるものなのかな?」
「……そうだね、もしかしたら持っていない者もいるかもしれないけれど、持っていることはちっとも珍しいことではないよ。とても素敵なことだ」
「本当? そっか……」

 持っていてはいけない気持ちだったらどうしよう。そんな小さな不安を吹き飛ばす言葉に、ニワトコはほっと胸を撫で下ろした。持ち続けてもいいのなら、この気持ちとうまくつきあう術も教えてもらえるかもしれない。

「みんな、どうやってこういう気持ちとつきあってるんだろう?」
「……ふうむ」

 好きという気持ちが生むのは、あたたかな幸せと、ほんの少しの戸惑い。


__戸惑うのは、どうしてなんだろう

__心がぽかぽかする、すてきな思いだけを持ち続けることは出来ないのかな


 不意にまた、夢の中で教えてもらった梅肉入りの水羊羹の味がニワトコの記憶によみがえる。
 つんと酸っぱくて、だけど甘くて。思い出すだけで舌の奥がきゅっとなるあの味は、今ニワトコの胸で居場所を探してうろうろしている、幸せと戸惑いの混ざった気持ちによく似ていた。

「みんなも、こんな風にだれかの気持ちを知りたくて、でも知れなくて、心がきゅってなるのかな」
「ああ、この気持ちを持ったことがあるのならきっとそうだよ。もしかしたら、君がいうその人もね」
「……えっ?」

 言われるまで、思いつきもしなかった。『自分』や『みんな』がこんな気持ちを持っているのなら、あの人だってそうかもしれないということを。

「(そんな、まさか、でも……)」

 うろうろしていた気持ちが急に立ち上がり走り出したような感覚に、ニワトコは言葉に詰まる。


__甘酸っぱい……今のわたくしの気持ちのようです

__……夢を見た後、わたくしを嫌いにならないでくださると嬉しいのですが……


「……ほんとだ」
「何か、わかったのかね?」

 それは思い出の中にあった、確かな答え。

「うん。すごいなあ、ほんとうに答えが出てきたよ」
「皆、最初から答えを持っているものだよ。ただ、誰しも探すのが少し面倒なだけだ」

 あの人も持っていた、甘酸っぱい気持ち。
 だったら、何も心配することはなかったのかもしれない。

「……ふふ。いっぱいお話したら、ちょっと照れくさくなっちゃった」
「その人に会いたくなったかな」
「うん! お話聞いてくれて、どうもありがとう」

 ニワトコはゆっくりとソファから立ち上がり、トラベラーズノートを取り出す。ちょっと急かもしれないけれど……。


__今から会いにいきたいって伝えたら、どんなお返事がくるのかな


 そんな小さな思い付きを実行するのに、時間はかからなくて。おひさまを探す新芽の戸惑いは、いつの間にかどこかへ消えていた。


"夢幻の宮さん

こんにちは。

今、画廊街にいるんだ。
もしよかったら……"


 この続きは、告解室でも明かされない、甘酸っぱくてあたたかな秘密。

クリエイターコメントお待たせいたしました、『【告解室にて】甘美にはまだ遠く』お届けいたします。
オファーありがとうございました!

意外とやってそうでやってなかった、
ソロシナリオ『告解室にて』のプラノベ版。
リピーター(?)のお客様にはご指名サービスもあったりするのです。

そんなシステムはさておき、甘くて酸っぱい、淡い思い。
うまく描けていましたでしょうか。
この先がどうなっていくのか、告解室の中の人もこっそり楽しみにしているようです。

なお、今回の執筆にあたりまして、天音みゆWRに一部ご監修をお願いしております。
天音WR、ありがとうございました!
公開日時2012-10-02(火) 22:00

 

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