" 夢幻の宮さん こんにちは。 今、画廊街にいるんだ。 もしよかったら……" トラベラーズノートに書き込んで、ニワトコはじっとその文字を見つめた。 かつてこんなに唐突に、衝動的に彼女を誘ったことがあるだろうか。 けれどもどうしても今、この気持のままで彼女に逢いたくて。 積もり積もった気持ちを、戸惑い、話せなかったことを、話したくて。 メールを送り終えると近くのベンチに腰を掛けて、ニワトコは待った。ノートは開いたままだ。いつ返信が来ても、すぐに気がつけるように。 返信を待つ間の時間はとても長く感じる。腰を下ろしたものの落ち着かなくて。無意味にページを繰ったり、ため息を付いたりして。 だから返信がくるまで随分かかったような気さえしていた。本当は数分しか経っていなかったのだが。「!」 ニワトコはその文字に目を走らせる。急いでノートを閉じ、駆け出した。 なんでこんなに急いでいるのだろう――身体が自然に動いちゃうんだ。 一分一秒でも早く彼女に逢いたくて、足を動かす。「あっ……!」 足がもつれて転びそうになったけれど、なんとか体勢を保って。 " 近くにいらっしゃるのですね。 いつものように、お待ちしております" トラベラーズノートに届いた返信。その文字からは細かい感情は読み取れなくて。彼女はどう思ったのだろうか。 わがままだと思ったかな……でも今回ばかりは、わがままと思われても意思を通させてもらいたいのだ。 いつものように、夢現鏡を訪れる。息を整えるように肩を上下させていると、すでにおひさまの香りが焚かれていることに気がついた。おひさまの香りはいつものようにニワトコを歓迎している。 でも今日はいつもと違って、ひとつの決意があって……。 語れなかったこと、語りたいこと。 昔のことと、今の想い。 それを伝えたくて。 何より逢いたくて――。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ニワトコ(cauv4259)夢幻の宮(cbwh3581)
落ち着こうとするかのように、店頭で焚かれていたおひさまの香りを胸いっぱいに吸い込んで、ニワトコは『彼の為に閉められている扉』をゆっくりと開けた。そしてそろりと店内に身体を滑り込ませて。 「いらせられませ、ニワトコ様」 視線を店内に移す前に優しい声が降り注いできて、ニワトコは自分が何となく不安だったことを知る。そしての声によって、少し落ち着きを取り戻したことを。 「こんにちは、夢幻の宮さん」 いつものように声をかけて、いつもの様に彼女と視線をあわせる。 けれどもなぜだろうか、あまりまっすぐ見ていられなくて。ドキドキが強くなっていく。心臓が壊れてしまいそうで、思わず胸のあたりに手をやった。 「その、急にメールしてごめんね。びっくりしたでしょう?」 「いえ、大丈夫でございますよ」 「そう?」 不安げに見つめるニワトコの瞳を受けて、夢幻の宮は口元に袖を当てて瞳を伏せた。 「白状いたしますと……私も、ニワトコ様にお会いしたいと思っていたところでした……」 「え……!」 彼女がこんなことを言うなんて珍しい。思わぬ言葉にニワトコは驚いて、そして笑顔を作った。 「ぼくたち、おんなじだね」 「はい、同じでございますね」 二人でくすくすと笑めば、緊張で詰まりかけていた言葉が喉をすうっと下りていったような気さえした。 *-*-* 通されたのはいつものリビング。ニワトコ自身がそこがいいとリクエストしたのだ。 ここは始まりの場所。そして沢山の時間を彼女と過ごした場所。だからここがいい、そう思ったのだ。 「夢幻の宮さん、この前、髪を結ってくれた時のこと、おぼえてる?」 「勿論でございます」 お茶とお菓子はいいから話を聞いて欲しい、そう告げたニワトコの様子になにか感じたのだろうか、夢幻の宮は静かに彼の向い側に座った。 「あれから、ずっと、色んなことを考えて……どうしても、今日はお話がしたかったんだ」 今度はまっすぐ彼女の瞳を見つめて、何から話そうかと頭の中でゆっくりと整理して、言葉を選んで。 「ぼくの故郷は広い森で、木や動物はいたけど、人間はいなかった。ぼくはどうしてみんなと違うのかなって、ずっと不思議で悲しかった」 思い出すのは小さい頃の自分。おひさまの光を十分に浴びることができなくて、ニワトコは小さかった。ニワトコのような姿の植物は極めて稀で、他の植物達は変わった姿の彼を厭った。 「でもね、あるおじいさんの木が教えてくれたんだ。ぼくの足は、広い世界を見るためにある、って」 そのおじいさんはニワトコを育てるように優しい時間を共に過ごしてくれて。けれどもある夜、突然、その寿命を全うした。倒れたおじいさんは、新しい命に生まれ変わったようだった。 夢幻の宮は話の邪魔にならない程度に時折相づちを打つようにして、彼の話に耳を傾けている。 「……森はある夜に、火事で燃えてしまったんだ。いじわるだった木も皆、動けないから灰になって……」 辛い、思い出。自然、声は絞りだすようになり、言葉に詰まる。浮かびかける涙はなんとかこらえたけれども、胸の痛さはいつもこの事を思い出す時と同じ。 「ぼくは誰も助けられずに、自分だけ逃げたのが辛くて苦しかった」 「――」 「後から気が付いたんだけど、右目が真っ赤な、炎みたいな色に変わってたんだ」 ニワトコは、それまで頑なに隠し続けていた右目を覆う前髪を上げた。彼の顕になった右目は、確かに炎のように真っ赤だった。 「誰にも見せなかったし、話さなかった。思い出すのが、辛いから。でも、夢幻の宮さんになら……ううん、夢幻の宮さんに、聞いてもらいたくて」 ニワトコは目を細めた。なんでだろう、我慢していたのに、涙が浮かんでくる。彼女には悟られないようにと目を細めたけれど……。 「!」 そっと、温かいものが頬へ触れた。それが彼女の手だと気がついた時には、彼女の顔が間近にあった。涙でぼやけているけれど、間違えるはずはない。彼女の天冠がシャラリと音を立てる。 「よぅく、見せていただいてもよろしいですか?」 「……うん」 頬に伝わる暖かさを心地よく感じながら、ニワトコは彼女の顔を見つめた。涙はそのまま溢れるままに任せることにした。近くにある彼女の顔から、一瞬たりとも目を離したくなくて。 「……あなた様の辛さは、半分わたくしが背負いましょう。わたくしが覚えております、ですから、半分はこう思ってくださいませ」 ぽたり……頬に添えた手に彼の涙が伝うのにも構わずに、彼女はゆっくりと続けた。 「この赤は夕焼けの赤。紅葉の赤。百花繚乱の赤、そして……温かい心の色。凍える人々を温める、赤――」 夢幻の宮はそっと、袖でニワトコの涙を拭きとって、じっと彼の瞳を見つめている。 「罪の証などではありません。あなた様を生かそうとした木々たちの温かい心。そしてあなた様の温かい心が凝ったもの……あなた様の旅立ちの証」 「旅立ちの証……」 ニワトコの足は広い世界を見るためにある、そう言われはしたけれど彼は森に居続けていた。あの火事が起きるまでは。 いわばあの火事が切欠で、広い世界を見ることになったのだ。だから、旅立ちの証。 彼女は罪悪感を全部忘れろとは言わない。簡単には忘れられないのをわかっているからだ。だから半分だけ自分が肩代わりする、半分だけ考え方を変えてみたらどうかと言っているのだ。 (半分こ……) 彼女に半分背負わせてよかったのだろうか。いや、彼女に聞いて欲しがったのは自分だ。彼女ならきっと、ずっと胸に秘めていた重いものを何とかしてくれると思って。彼女となら、分かち合ってもいいと思って。 「……あのね」 ニワトコはクリアになった視界で、じっと彼女を見つめた。 「ぼくは、歩き続けて、色んなことを知ってきたと思う。その中には、ぼくの気持のなかに生まれたものもあって、わからなくて、不安になったこともあったんだ」 甘酸っぱい想い、それは今も胸に広がっている。 他の人に持っているのとは違う『好き』。『すごく好き』『特別な好き』。これは何なのだろう、持っていていいものなのだろうか――不安に思ったニワトコは、ある場所に足を運んだ。 「でも、誰でも持っていて、素敵なものだって教えてもらったから……」 告解室――そこで以前にも話を聞いてくれた人に話をしていく内に、気がついた。これは自分だけが持っているものではなくて、そう、目の前にいる彼女も持っていた気持ちなのだと。その人は教えてくれた。だれでも持っているものだから心配しなくていいと。 「それも、伝えたかったんだ」 すうっと、ニワトコは息を吸い込む。そして、意を決して言葉を紡いだ。 「ぼくは、夢幻の宮さんのことが、好き」 「……!」 目の前の彼女がひゅっと息を飲むのがわかった。けれどもニワトコは言葉を止めない。否、もう止まらない。 「しずかな湖みたいな瞳が、やさしい小鳥の歌みたいな声が、おひさまみたいなあたたかな心が」 「とっても、とっても、好き」 彼女は両方の袖口を口元に当てて、目を見開いてニワトコを見ている。 どう思われたか、正直気にならないと言ったら嘘になるが、それよりも彼女を好きだと思う気持ちが大きくて、止まらなくて。 「だから……、昔のことも、今のことも、聞いて欲しかったんだ」 言葉を尽くす以外にどうしたら伝わるだろうか。 「きっとぼくは、歩き続けたから、夢幻の宮さんのところまで辿り着けたんだなって、そう思うよ」 愛しいって、どうすれば伝わるのだろう。言葉で言うのは簡単だけど、他に表し方があればいいのに――そう思ったニワトコは、優しく、柔らかく微笑んで。 ありったけの思いが伝わればいいと、噛み締めるように言葉を紡いで。 「ニワトコ様……」 手を下ろした彼女は、きゅっと拳を握りしめた後ゆっくりと離して。俯いてしまったその顔からは、表情が伺えなくて。 「……夢幻の宮さん……?」 迷惑だったかな、とニワトコが心配になったその時。 ふわっ……。 彼女の香りがニワトコを包んだ。否、彼女の暖かさも、ニワトコを包んだ。ニワトコは何が起こっているのか一瞬理解ができなかった。ただ、彼女の頬と自分の頬が触れているのがわかって、一気に体温が上がる。トクトクトクトクと心臓がもっともっと急いで動いて。 そっと、背中に彼女の腕が回された。彼女は顎をニワトコの肩に置くようにして、そっと彼を包み込んでいる。 「ニワトコ様……」 「夢幻の宮……さん?」 手持ち無沙汰から自分の手をどうしたら良いのか迷いつつ尋ねれば、彼女はゆっくりと口を開いた。 「……わたくしのところまで……辿り着いてくださって……本当に、本当に有難う、ございます……」 「夢幻の宮さん、泣いているの……?」 ゆっくりと、とぎれとぎれに告げた彼女の声は少し涙声で。触れた部分から言葉が伝わるのも少しこそばゆくてニワトコはどうしたらいいのかわからなかったけれど、返事の代わりに背中に回された腕にぎゅっと力が込められたから、倣うようにそっと、ニワトコも彼女の背に腕を回して。 彼女の身体を腕で包み込んでみれば、思ったより華奢だということがわかる。着物を何枚も重ねてこれなのだから、本当はもっと華奢なのだろう。自然、浴衣姿の彼女を思い出す。 (夢幻の宮さんを……すごい近くに感じるよ……) それは物理的な距離だけではなくて。 特別な好きを理解したから、受け入れたからこそ、なんとなく心も近づいたように感じている。 さらりと背中を流れる彼女の黒髪の手触りが良くて、何度も指で梳いて。 黙って涙を流す彼女の背を、そっと撫でて。 (自分がされて嬉しいことをすれば、気持ちは伝わるんだね) もっともっと伝えたい、言葉以外で伝えたいと思った気持ち。 ゆっくりとゆっくりと彼女の一部に触れることで、伝えていく。 「わたくし、も……」 小さく鼻をすすって、彼女が顔を上げた。ニワトコの背に回されていた手は離されたけれど、ニワトコは彼女の背中に回した手を離さなかった。 なんとなく、離したくなかったのだ。せっかく、この腕の中に彼女をとらえたのだから。 けれども彼女はニワトコの腕の中から逃げ出そうとはしなかった。その代わり、顔を上げてじっとニワトコを見つめて。 (あ……) 潤んで揺れたその黒い瞳に吸い込まれそうになる。 射抜かれた――そう思った時には彼女の桜色の唇がほころびはじめていた。 「わたくしも、ニワトコ様をお慕い申し上げております……きっと、もうずっと前から――……」 その言葉に驚くのは、今度はニワトコの番。目を大きく見開いて、それから、ゆっくりと細めて。 よく考えればニワトコは、それを知っていた。だって、彼女の視点で味を感じた時、彼女の甘酸っぱい気持ちも知ってしまったのだから。 その甘酸っぱさが自分のものと同じということは――? 「うん……ごめんね、ぼく、知ってたんだ……」 「……やはり」 嬉しさを隠せない笑顔は、悪びれていなくて。 だってやっぱり心を覗いて知っていたとしても、実際に直接言われるのとは気持ちが異なる。実際に言われるまで信じられない思いもあったし、気持ちは変わってしまうものだから。こうして伝えてもらって初めて、心から喜べる。 夢幻の宮はバツが悪そうな、拗ねたような顔をして。またそれが可愛いと思えてしまうのは、やっぱり好きだから? 初めて出会った時と比べれば、彼女は色々な表情を見せてくれるようになった気がする。 (ぼくの前でだけ……? なんて、思い上がりかな?) でももったいないから、他の人には話さない。本当に自分の前でだけだったら、他の人には知られたくない。 「ニワトコ様」 そんな事を考えていると、名を呼ばれた。そして彼女の顔が迫ってくる。 「お願いがございます」 そっと彼女の口元が近づいたのは、ニワトコの耳。小声で、彼女は告げる。 「――」 「え……いいの?」 告げられた内容に驚いて彼女の顔を見れば、今までで一番近い距離に彼女の顔があって、心臓が飛び跳ねた。 「誰にでもお教えしているわけではありませんから、ニワトコ様が特別だからですよ」 はにかんで笑んだ彼女の表情は、歳相応の少女のそれだった。 ――今度、ふたりきりのときに『霞子(かやこ)』とお呼びください。 それがわたくしの、真の名にございます―― 【了】
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