イラスト/火口圭介(ivxr5490)

オープニング

 その日ニワトコが香房【夢現鏡】を訪ねたのは、素敵な話を持ってのことだった。
「夢幻の宮さんはヴォロスのシャハル王国に行ったこと、あるよね?」
「ええ……。先日、ルルヤニの町のお祭りに行かせていただきました」
 いつものリビングで、いつものようにお菓子をつまみながら二人は向い合って。
 彼女が0世界の気候は変わりませんけれど、そろそろこたつもいい季節になって参りましたというから、「こたつって何?」から始まって、寒い季節に使う暖房器具だと教わって。そこに、ニワトコは話しかけるきっかけを見つけた。
「夢幻の宮さんは、防寒具って持ってる……?」
「一応は……。着物の上に羽織るものと、あまり着ませんが洋装の時のコートと持ちあわせておりますね。依頼で寒い地域に赴くこともありますれば」
「じゃあ、寒い所に一緒に行かない?」
 にこにこにこ、ニワトコは笑顔でそういう。夢幻の宮は「え」と一瞬言葉に詰まって、彼女の口から出たのは承諾の言葉よりも先に、愛しい彼への心配だった。
「ニワトコ様は、寒い所は大丈夫なのですか?」
 曇っていたり雪など降っていては太陽の光を浴びることができない。樹木である彼は弱ってしまうのではないか……彼女はそれを案じていた。


 *-*-*


 ニワトコが提案したのは、以前ヴォロスでキャラバンと同道した時におばあさんから聞いた村。シャハル王国の中で一年に一度だけ寒い時期が訪れる地域にあるというその村、ホレフは、今まさに雪が降り積もっているという。
 だが不思議にも、その降り積もった雪の中でも花々は咲き乱れているというのだ。寒さが花々を強くするのだろうか、詳しいことは分からないが、雪原いっぱいに咲く色鮮やかな花を想像してみよう、それはそれは素晴らしい光景ではないだろうか。

 実は村から少し離れた平原には、ひとつの言い伝えがあるという。
 雪が降り積もって平原が白く染まった中に、一輪だけ透明な青色をした花びらを持った花が咲くという。その色は薄く、ガラスのようであり、一見しただけでは雪と花との区別がつかない。
 しかしその花を見つけて、その花に誓えばその誓いは永遠に破られないという。
 その花の名は『氷雪花(ひょうせつか)』。花言葉は『永遠の幸福』『奇跡』『天の祝福』。
 探すのは大変困難だと思うが、探してみるのも面白いかもしれない。




=========
!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。

<参加予定者>
ニワトコ(cauv4259)
夢幻の宮(cbwh3581)

品目企画シナリオ 管理番号2315
クリエイター天音みゆ(weys1093)
クリエイターコメントご指名ありがとうございます、天音みゆ(あまね・ー)です。
どうぞよろしくお願いいたします。

さて、ヴォロスのシャハル王国内、ホレフの村へご案内いたします。
ホレフの村は現在雪が降り積もっており、雪はちらついている状態です。天候は悪くなる場合もあります。
ホレフの村付近では、雪原に咲く花々を鑑賞することができます。
村では暖かいスープや飲み物をいただけますし、宿もあります。

また、村から少し離れた雪原には、『氷雪花(ひょうせつか)』が咲いていると云われています。
ご興味を持たれましたら探してみるのも良いのではないでしょうか。

寒いですので、防寒はしっかりと。
夢幻の宮は珍しく、洋装で出かける予定です。


■傾向
「ほのぼの」「触れ合い」


■場所
ヴォロスのシャハル王国内、ホレフの村周辺

基本的に何をしていただいても構いません。
無理に氷雪花を探しに行かなくても構いませんし、がっつり氷雪花目当てでも構いません。

おまかせも可能です。



■その他
なにかご指定がありましたらできるだけ詳しくお書きいただければと思います。
心情は、どのような形でも構いませんので、お書き下さいませ。


■糖度計
久々の登場です。
もしご希望の糖度がありましたらお書き添えください。
シュガーレス<微糖<甘い<甘々<極甘<砂糖吐く位…など


それでは、楽しい時間をおすごしくださいませ。

参加者
ニワトコ(cauv4259)ツーリスト 男 19歳 樹木/庭師

ノベル

 シャハル王国内はやはり花が豊かで、キャラバンが踏み固めた道の脇にもたくさんの花が咲いていた。けれども感じる風は今まで通ってきた道より格段に寒くなっている。一年に一度だけ寒い時期が訪れるという地域に近づいているからだ。
 ニワトコと夢幻の宮は衣服を重ねて厚着をし、その上に防寒具を羽織っていた。夢幻の宮は珍しく洋装で、ワンピースの下にタイツという姿だった。プリンセスラインのコートが更に彼女を今までに見た事無い姿に仕立て上げていて、そんな彼女と隣り合わせで座っていると、自然ニワトコは頬が熱くなっていくのを感じた。
「そういえば、寒い所ってあまり行ったことがなかったかも。森にも冬はあったけれど、それよりももっと寒いんだよね?」
 頬が熱くなったのは厚着のせいだということにして、ニワトコは視線を前方へと向ける。乗せてもらったキャラバンの馬車は荷馬車だったので、ここには二人以外は荷物だけだ。
「そうでございまするね。雪が積もるくらいでございますから」
 夢幻の宮も幾分か緊張しているようで、声が少しぎこちなく聞こえた。
「いつもよりたくさん服をきるのも不思議な感じ。靴もはいてるからかな?」
 伸ばした足の先をふらふらと動かせばその動作がおかしかったのか、彼女はふふ、と笑って。その笑顔が見たくてニワトコは彼女の方へと視線を移した。
「夢幻の宮さん、心配してくれてありがとう……っ!」
 振り向いてみれば彼女の笑顔がいつもと違ったから、ニワトコは不意に息を呑んだ。愛おしむような、童女のような愛くるしい笑顔。普段彼女が見せぬような笑顔がこちらを向いていて、心臓が締め付けられる。
「お、お水もあるし、行って帰ってくるくらいなら、たぶん大丈夫だと思う」
 見た事のない彼女の笑顔がとても刺激的で、目をそらせない。どうにか次の言葉を発すると、彼女は「それなら安心でございまする」と紅を引いた唇で言葉を紡ぎ、視線をニワトコに繋ぎ染めてからその笑顔を浮かべる。
「あ……いつものおひさまのにおいのお香を持ってきたんだ。おひさまのにおいがあったら、元気を貰えると思うんだ」
 言葉がうまく紡げなくなってしまって、漸く搾り出すようにして告げる。心臓が早鐘を打つのは何故?
(ぼく、どうしちゃったんだろう……)
 そっと胸に手を当てる。心臓が、壊れてしまったのだろうか?
「!」
 物思いに視線を落としたその時、胸に当てた手に暖かいものが触れた。見なくてもそれがなんだか分かる。彼女の白くて細い指先。まるで彼女の思いのような暖かい熱が、そこから伝わってくる。
「手袋を持ってくるのを忘れてしまいました……手が、こんなに冷たくなって……」
「だいじょうぶ、だよ……」
 彼女はニワトコの両の手を揃えて自分の手で包み、はぁ、と吐息を吹きかける。
 ぴくっ……肩が震え、ぞくぞくと背中に刺激が走る。にこり、ニワトコを見上げるように笑んだ彼女がとても愛おしいと感じて、手を包まれたまま彼女にもたれかかるように前へと身体を倒した。手が自由であったなら、以前知った『抱きしめる』ことで気持ちを伝えたかったのだけれど、手が塞がっているから――離したくなかった――彼女の肩に顎を乗せるようにして密着する。
 これでも伝わるかな?
「……。お寒いのでございますか?」
 揶揄するように問う彼女の声色から、答えは明らかだった。


 *-*-*


 ホレフの村では不思議な光景がそこかしこにあふれていた。いや、ここに住む者からしてみればいつも通りの光景なのだろうが、外から来た者にとっては珍しい光景だろう。
 真っ白な雪が降り積もってはいるが、あたり一面は白一色ではない。雪の下から顔を出した花々が、白い絨毯の模様のように咲き乱れているのだ。
「わぁ……」
「素晴らしい、ですね……」
 匂い立ちそうなほどの花の饗宴に、思わず感嘆の声が出る。容易に見られぬ光景だからこそ、この時間が奇跡的なものであると感じざるを得ない。そして、ニワトコの隣に立っているのは……。
「雪の中に咲く花……どうしても夢幻の宮さんと一緒に見たくって。こんなのを見たよってお話するより、ふたりの想い出にしたかったんだ」
 白いシーツに花々を散りばめたようなその光景から目をそらさずに、ニワトコは告げる。村を出てからずっと、手は繋いだままで。
「そうでしたか……嬉しゅうございます。こうしてニワトコ様との思い出が増えるのは、本当に……」
 ちらっと彼女を盗み見れば、彼女も同じように正面の光景を見つめたままで。まるでこの光景を目に焼き付けようとしているようだった。
「おひさまがあまり顔を出さなくても花が咲くなんてすごいよね。雪原の中で、ここだけ春が切り取られたみたい」
(夢幻の宮さんには、お花が似合うかも)
 彼女と花の両方を視界に納めれば、これ以上ないくらい幸せな画が出来上がることにニワトコは気がついた。その光景を目に焼き付けようと、じっと見つめて。
「春の花園も百花繚乱で美しゅうございますけれども、冬の花園というのは本当に神秘的なものでございまするね」
 振り向いた彼女と視線がぶつかり合う。見つめていたことが知れてしまったかとドキッとしたが、彼女がなめらかに微笑んだものだから、そんなことはとうにお見通しなのだろうとニワトコも微笑んで返す。
 笑顔と笑顔が絡みあい、二人の愛のカタチを成す。
 雪をも溶かしてしまいそうなその時間はどれほど続いただろうか。甘い沈黙の上から甘い誘いを塗り直したのはニワトコだった。

「氷雪花……探しに行こうか」

 氷雪花は言い伝えとなっている花。本当に見つかるかわからない、けれども探したいという強い思いが彼にはあった。
 日が落ちれば真っ暗になってしまうだろうから、その前に――ニワトコは夢幻の宮の返事を待たず、その手を引いて雪の中歩き出した。どうしても、その花に誓いたいことがあった。誓いを永遠にしてくれる花。そんなものに頼らなくても誓いを破らぬ自信はあったけれど、でも。
(どうしても、見つけたい)


 *-*-*


 氷雪花の咲くという平原は聞いた通り、雪で真白に染まっていた。地平線が曇り空に溶け込んでしまったようにもみえて、ぐるっと見渡す限りの白。この中でガラスのように薄い青色の花を探すなんて、砂漠に落ちた金の粒を探すに等しいように思えた。
 けれどもこの中でそれを見つけられたなら、永遠を信じられる、そんな気がする。
「手分けして、探しましょう」
「でも、あんまり離れないでね。おたがいを見失わないくらいの距離でいようね」
「はい」
 二人でひとところを探していては到底無理だ、その考えは二人共同じだった。けれども雪ばかりの中ではともすれば相手を見失いそうで。だから離れ過ぎないようにと念を押して雪原へ足跡をつけていく。繋いでいた手はしばしのお別れ。離れていく温もりが寂しい。
 足首までの白い大地を踏みしめるように、かき分けるようにしながらただ一輪の花を探す。
(誓いを永遠にしてくれるその花は、何を想って咲くのだろう)
 視線を白いキャンバスの上に落としながらニワトコは考える。だが、その答えは出ない。けれども一つだけわかったことはある。それは、自分が咲く意味。
「夢幻の宮さん!」
 ニワトコは顔を上げ、彼女を探した。そしてその名を呼ぶ。
 伝えたい、伝えなくてはならない、そんな衝動にかられて彼女の黒髪が振り返る前に駆け出す。
 足元は雪。思うように走ることはできないけれど、気持ちばかりが走るけれども。後少しで届く――手を伸ばして。
 がしっ!
「ニワトコさ……ま!?」
「わぁっ!?」
 彼女の肩を掴んだはいいけれど、勢いは急におさまらない。彼女を振り向かせるように肩を引っ張ったけれど、立ち止まれずにそのまま彼女を押してしまい、その上自分もバランスを崩してしまって。

 ぽふっ。

 彼女の身体を自分の方に向けたはいいものの、自分の身体の勢いは止まらなかった。雪の褥に彼女を押し倒すようにしてしまい、ニワトコは慌てて両手で自分の身体を持ち上げる。
「ご、ごめんね……いたくなかった?」
 下が雪でよかった――二人共怪我は無さそうだ。けれども、彼女の顔が赤い。どこか痛いのだろうか。
「む、夢幻の宮さん? だ、だいじょうぶ?」
「……大丈夫で、ございます……」
 ニワトコには彼女が赤面した意味がわからなかったけれど、怪我じゃなくてよかったと思い、走ってまでどうしても伝えたかったことがあると彼女に告げる。なんでございましょう、彼女が恥ずかしそうに問い返してくるのにも構わず、両手で支えた身体の下に彼女を見つめたまま、ニワトコは口を開いた。

「ぼくは、夢幻の宮さん……霞子さんのために、この雪の中で咲いているよ」
「!!」

 霞子(かやこ)――それは夢幻の宮の真の名。彼女の元の世界では親兄弟と伴侶にしか知らされぬ名。二人だけの時はそう呼んでくださいませ、願った時から数ヶ月。夢幻の宮は驚いたような瞳でニワトコを見上げ、そして泣きそうな顔で微笑んだ。
 その笑顔に安心して、ニワトコは自身の身体を雪の上に横たわらせる。
「ぼく、こうやって雪の上に寝るのはじめてだよ。冷たいね」
「……そうですね、冷とうございます」
 ころり、ニワトコは寝返りを打って身体ごと彼女の方を向いた。同じく、彼女も寝返りを打ってニワトコの方を向いて。

「「あっ!」」

 二人同時に声を上げた。
 二人の視線の間には、儚げな花が。薄青色の硝子のような透き通る花が。遠目から見たら、雪の中に見失ってしまいそうな花が咲いていた。
「あった!」
「ありましたね!」
 がばっと二人は起き上がり、雪を払うのも忘れてその花を見つめる。
「これが氷雪花……」
 今日見た光景はどれも幻想的だった。けれどもこれほどに現実味の薄い、触れれば砕けて溶けてしまいそうな光景ははじめてだ。吐息だけでも壊れてしまいそうなその花を、二人はじっと見つめる。
 ニワトコは、彼女の寒さで赤くなった手をそっととった。つられて自分に向けられた視線をしっかりと絡めて離さぬようにして。
 心から紡ぐのは、誓言。


「これから先も、ぼくはずっと、ぼくであるかぎり、霞子さんの手を離しません」


 それがニワトコの誓い。ずっと一緒にいられますように、祈るような誓いの言葉。
 はっと、彼女が息を呑むのが聞こえた気がした。雪だけの平原は、耳に痛いほどの沈黙で満たされている。けれどもそれは二人にとって心地よいもので。
 ニワトコの笑顔。それが愛おしいものを見つめるときのそれであると気がついたからか、夢幻の宮は頬を染めて、俯いて。


「これから先も、わたくしはずっと、わたくしであるかぎり、ニワトコ様と共にあります」


 再び上げられた顔には、花が咲いたような満面の笑みが満ちていて。
「霞子さ……」
 喜びの声をあげようとした時、彼女が膝をついて腰を上げた。ゆっくりと彼女の顔が近づいてくる。


 ふわり


 雪の匂いに混じって、彼女の焚いているいつもの香りが強くニワトコの鼻腔をくすぐった。
 そっと、冷えた唇に暖かいものが触れる。
 随分と長い時間だったように思えた。それは無意識のうちにそう願ったからだろうか。
 だが一瞬より少し長いくらいのその温もりは、気がつくと離れていて。
「誓いのくちづけでございます」
 彼女が恥ずかしそうに言うものだから、ニワトコもなんだか恥ずかしくなって、そして今になって心臓が破裂しそうなほど強く鼓動を刻み始めた。
(くちづけ……)
 なんて甘美な響きなのだろう。
 そっと、唇をなぞる。
 初めてのくちづけは、雪の味と花の香りがした。


 *-*-*


 村の宿屋。
 部屋の暖炉の前に置かれたソファに座って二人、肩を寄せ合う。
 パチパチと薪の爆ぜる音だけが静かに響く。
 互いの温もりが気持ちよくて、二人はまどろみの縁にあった。
「眠ってもいいよ」
「……ニワトコ様こそ」
 ふふ、と互いにもたれかかったまま、軽く笑って。
 二人は揃って目を閉じた。


 二度は言わないけれど、誓ったのは本当の心。
 氷雪花はきっと、ふたりのことばを内緒にしてくれる。
 そして誓いは、永遠に破られることはないだろう。




  【了】

クリエイターコメントこの度はオファーありがとうございました。
デートのお誘い有り難うございます。
ヴォロスへのデートをお届けいたします。
いかがだったでしょうか。
甘さが足りなかったかなーと思いつつ。
幸せオーラでお届けいたします。

ニワトコ様の誓いを拝見した時に、まるでプロポーズか結婚式の誓いのようだなぁと感じましたので、夢幻の宮もそう感じたのでしょう。
それでああいう動きになったのだと思われます。
ニワトコ様と一緒におりますと、夢幻の宮は積極的にデレますね!
と思う今日この頃です。
でも他の方のいる前でデレるのはあまりしないのではないかなと。
動揺した時は別ですが(笑)

一緒に色々なところへ出かけられてとても嬉しく思っています。
重ねてになりますが、この度はオファー、ありがとうございました。
公開日時2012-12-04(火) 21:40

 

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