復興も進みターミナルは在りし日の姿――平穏を取り戻しつつあった。 この話はそんなさなか起きたちょっとした閑話である。‡ ‡ ――ターミナル・カフェテラス 復興中は閑古鳥が泣いていた憩いの場も、幾つかのグループがテーブルを占拠し、他愛もない雑談が花を咲かせるほどに活気を取り戻していた。「やっぱりこういうときって、男性が率先して誘ってくれるべきだと思うんですよ!」 花を意匠化したコースターの上に鎮座するグラスには、アイスの溶けかかったメロンクリームソーダ。 白と翠の混ざり合った液体をスプーンでかき混ぜながら、頬を膨らませた少女が力説している。「うん、うん、そうだよねー。それは虎部君どうかと思うわ」 同じテーブルに座ったロストナンバー――彼女の友人だろう、が無責任な同意で少女を励ましている……この席において哀れな彼氏殿に人権など存在はしないのだろう。「この前だって――あれ? フランどうしたん? 俺ちょっと優と約束が――ですって、約束があるのは仕方ないですよ。でも、一言ぐらい謝ってくれたっていいじゃないですか!?」 下手糞な口真似を織り交ぜながらしゃべる少女はだいぶお冠のようす。 (今日フランちゃん、なんかテンション高いよねー) (……虎部がまた怒らせるようなことしたんじゃないのー? あの子少し天然気味だしさ) ――カフェテラスの頑丈なテーブルが鈍い音を立てた。 息巻く少女は膝を押さえて痛そうにしている……勢いよく立ち上がりすぎてテーブルの角に膝をぶつけたようだ。 周りのロストナンバーは慣れたものなのか、コースターごと飲み物を避難済み。ただ、テーブルの真ん中に鎮座ましましてた茶缶だけが、少女の膝とテーブルの接触が起こした衝撃に耐えかね、テーブルから転げ落ちてべちゃっと音を立てる。「あれ? だれかお茶なんてたのんだっけ?」「えー私しらないよ? 店員さん間違えたんじゃない? そもそもお茶缶で出たりしないんじゃない?」.....information gathering..... テーブルの下に落ちた茶缶のような物体――宇治喜撰241673がビープ音を立てるが、それが意味するところ理解できるものはこの場にいない。 かしましい少女達の隣のテーブルには、妙にかわいらしいキャラクターがプリントされたメモ帳をひろげる魔神の姿。「何してるんっすか? メンタピさん」 たまたま相席しているのは、みんなのアイドル(おもちゃ)こと飛田アリオ。彼はよせばいいのに、魔神の奇怪な行動に突っ込みをいれる。「判らぬか……所詮は、貴様のような恋愛弱者・非モテはリア充道を極めるには程遠いということか……致し方あるまい。余のようなモテ魔神たるものは最先端のトレンドを掴むために力を惜しまんのだ」「喫茶店で? ……それってゴシップ好きってことじゃ?」 アリオの言葉に、魔神は大仰にため息をつくと頭を振る。「……なんたる愚昧、なんたる無知か……良いか小僧、そもそもリア充道とはな……」 わけのわからぬ説教をはじめる魔神、少年は及び腰に逃げようとするが竜刻の秘術は話が終わるまで席を立つことを許さなかった。 ようやく痛みが治まってきたのか、少女の口はふうふうと膝を吹くのをやめ再び言葉の矢を放ち始める。「うぅぅぅ……そもそもですよ、なんであの人ナンパとかしてるんですか! ほんっと信じられません! それに他の女の子にセクハラまがいの言葉までかけてるんですよ、絶対許せません!!」 (この子なんか順調に毒されているよね~、ナンパとかセクハラって言葉どこで覚えたんだろう?) 「たま~に二人きりになれたときだって、普段あ~んなに大口を叩いているのに大人しくなって……手もあんまりつないでくれないし……肘は貸してくれるけど……ってそうじゃないんです! 奥手過ぎます! もっといつも、ちゃんと触れて欲しいんです、髪を触って撫でて欲しいし、前してくれたみたいにぎゅっと抱きしめて欲しい、それに……」「あ~ほらフランちゃん? ちょっと落ち着いてね……他のお客さん見てるからさ、あんまりね?」 不謹慎な言葉に及びそうな気配を察知したロストナンバー達が、フランの肩を抑えて着席させる。 (うーん虎部がおとなしくって、だいぶ大事にされてるねぇ……でも温度感があってないな~いや彼も大変だねえ)「村で初めてあったときは、ちょっと変な人って思ったけど……でも、一生懸命で素敵な人って分かって。…………冗談みたいな約束を命がけで信じさせてくれて……こんな人が私のところに来るなんて夢のなかに居るみたいでした」 (落ち着いてきたら、惚気に入ったわね……誰かこの子にお酒飲ませた?) (あー、お菓子にウィスキーボンボンあったかも)「私ってそんなに魅力がないんでしょうか……はぁ……私はトラベさんの特別じゃないのかなぁ……」 テーブルに突っ伏し、溜息とともにぼやくフラン。「あの……みなさんはどうですか? 彼氏さんとか彼女さんに……その不満とか感じたりしませんか?」 フランは少し顔を上げると、ロストナンバー達にそうたずねた。 ===========ぴんぽーん! このシナリオには注意事項があります。トラベさんは参加しちゃダメで~す。理由は……ご理解くださいね!
「男ってホンット鈍感! 積極的に攻めてほしい女心がどうしてわかんないのかしら」 カフェテラスのテーブル突っ伏したツーリストの少女を励ますためか、はたまた単なる自己主張か。 腕組みしながらフランに強く賛意を示したのは、黒を基調としたゴシックパンク風の少女――ヘルウェンディ・ブルックリン(15歳覚醒時)――(検閲済)の大きさが気になるお年頃。 彼女の眼前には、その装束に劣らぬ闇色の帳をまとった黒き悪魔――チョコレートブラウニーサンデー 鎮座した邪悪を排除するべく渡された聖なる銀装――乙女の白い指先に挟まれたカクテルスプーンが、本来の役目を忘れて指示棒のようにふらふら揺れている。 「カーサーも私の事子供扱いばっか、そりゃさぁ……ロストナンバーだから見た目は変わんないけど私だってもう16、立派に大人の仲間入りなのに。キスだって……その先も……いやそれはまだ早いけど」 同世代の少女が吐露する悩みは、フランにとってそれこそ百万の援軍に等しかったのか、ちょっと前まで、恥も外聞もなく机に突っ伏す落ち込みようだった少女は、嘘のように体を起こすと握りこぶしを振って同調する。 「ヘルちゃん、私それすごく理解ります!! 我儘かもしれませんけど、いつもいつも同じじゃなくて、こうしたら喜ぶんじゃないかな? こうしたら嫌じゃないかなって意識して欲しいです。近くにいて優しくしてくれるのはすごく嬉しいですけど、もっともっと触れて欲しいって思ってることに気づいて欲しいです」 「そうよね、そりゃカーサーからすればさ、私は生徒だから保護者っぽくしてたいのかも知れないけど、もっと一人前のレディとして扱って欲しいわ」 「そうですよ! 16歳っていったら私の故郷では結婚して子供がいる子もいたのに……」 口に含んだブラウニー共が飛び出そうになるのを辛うじてヘルウェンディの女子力が阻む。 「ちょっ! それ! ちょっといくらなんでも早すぎない!? フランの故郷ってロリコン村なの!?」 「え……? あ、そっか。壱番世界だと……あの違うんでしょうか?」 ヘルウェンディの上げた驚愕の声が意外だったのか、フランの顔には困惑。 「そうよ、そんな子供に手を出すなんて犯罪よ、は・ん・ざ・い」 何故か得意げに、ない胸を反らして答えるヘルウェンディ。 ――各々の思う一人前の女性として扱われたい 少女らの不満の端緒はそんなところだろう。 果たしてこの光景をみた、そしてこの後の光景を見た互いの彼氏殿がそのように思ってくれるかは、はなはだ疑問視されるところではある。 「……不満? ……ないよ?」 かしましく騒ぎ立てる少女二人の会話に、ぽつりと呟くように発した言葉が投げ込まれた。 朴訥そうな顔にきょとんとした表情を浮かべた若木の精――中性的で線の細い面持ち、右の眼窩を隠した緩やかにウェーブのかかった淡萌黄色の長髪には白い花冠が乗る。柑橘系フレーバー入り飲料が注がれたグラスを両手の中に収める姿で、一毛の違和感もなく少女二人にまじっている『彼』――少しのんびりとした気質のニワトコ(19歳)は、ワンテンポ遅れてフランの質問に答えようとしていた。 (メンタピさん、あの娘、乙女力高いっすね……) (うむ……マスカ……いや、フランも懸想する男を詰る暇があらば、かの樹人に魅惑とはなんたるか教えを請うべきよ) ――明らかにニワトコの性別を勘違いしているギャラリー達の視線が妙に熱い。 「えっと、そうだね……不安になったことは、たくさんあるけれど。……相手に迷惑をかけていないかな、とか……甘えちゃっていいのかな、とか」 小首を傾げながら、ゆっくりと口を開く若木の頭で花冠が揺れる。 「ぼくは今まで誰かを特別に好きになったことがなかったから……。皆に対する『好き』と『特別な好き』は違うんだっていうことにあるとき気が付いて……こんな気持ちを持っていていいのかなっていうのが一番不安だったかな」 若木が語るのは、ちょうど思春期を迎えたばかりの少年が初めて異性を意識したかのような情愛。 自らの胸をうつ鼓動が何を意味しているかも分からず、ただただ伝えたい言葉だけを秋の紅葉樹のように積み上げていた。 落ちた葉は堆く積り、心を育む堆肥となり、若木の思いはすでに花ひらく春を迎えていた。 「でもね、思い切って想いを伝えたら、そのひともおんなじ気持だったことがわかって、とっても嬉しかったんだ」 ――満開 幸せという名の大輪を咲かせる若木は、夢幻の陽気に引かれるままに言葉を繰る。 「ぼくの大事なひとは綺麗な黒い髪と、吸い込まれそうな瞳のひと。とてもやさしくて、一緒にいると、まるでおひさまの光を浴びてるみたいに、心がぽかぽかするんだ」 そこにあるのは樹木という彼の特質なのか、それとも意識し始めた時間の差なのかプラトニックな愛情。 思春期を終え、肉体的にも精神的にも大人になろうとしている少女二人が渦中にいるロマンティックな愛情とは俄に異なる。 それゆえか、幼いとも取れるその純粋な語りに水を指す言葉を少女達は持たない。 沈黙――スプーンがガラス容器に触れる音だけが響いている なんとも言えない雰囲気を打ち破ったのは――なんでお前ここにいるんだよ? 空気を読めよ? それがどうした? 空気読まない登場に定評のある道化師こと――マスカダイン・F・羽空(20歳毒男)、いつの間に注文したのか眼前にはプリンパフェにあんみつにぜんざいを加えた甘味ワールドが広がる――糖尿病へまっしぐらだ! 「お兄さん人助けるの生業! 相談事なら聞……愛……? 道化師のお兄さんアガペーしかわかんな~い☆」 ――登場と同じくらい速攻でフェードアウトした。 (はやっ!? もう逃げた!? ところでメンタピさんアガペーってなんっすか?) (……壱番世界の概念であろう、何故そなたが余に問う……まあよいわ。端的に言えば超越者から凡俗への見返りを求めぬ愛といったところだ……そなたらは信じるものは救われるというであろう? もっとも、道化はエロースとの対比で言いたいのであろうが……エロースとは主神にその身を裂かれたがゆえに半身を相求め合う神……哲学者によって自身に足りぬものとの合一すなわちイデアを求める概念とされたが……この場合は己の半身を求める、すなわち性愛を示すと考えていい……だが……) (ククク、魔神殿は難しく考えるきらいがあるな(キリッ) マッスーさんの愛は全人類平等、一人が受け止めるには愛が溢れすぎなのね) (うぉ、なんか出てきた!?) (カカカ、なるほど道化よ。使徒の名を持つは伊達ではないか……しかし端女風情に理解できる概念とは言い難いな) (なんのことなのね? マッスーさん難しいことわかんなーい) 唐突の乱入者――そして光速の退場者を尻目に、そんな珍奇な物体は眼中にもないマイペース、幸せそうな笑顔を浮かべたままの若木は少女に疑問の言葉を向けた。 「フランさんは、虎部さんのどういうところが好きなの? いっぱい聞いてみたいな」 「あ、それ私も聞いてみたい。フランはさ、あいつのどこに惚れたの? カーサーは、いつもあんな感じでチャラチャラしてるけど優しくて生徒思いなのよ、私の相談に真剣に向き合ってくれる。それに決めるべきところは格好良く決めてくれるわ。去年のイブもタンデムツーリングに誘ってくれて、夜は私の手作りシチューを美味しいって褒めてくれたわ。……サプライズプレゼントも用意してくれていた。このピアス、彼からの贈り物なの」 白い指が触れ強調するのは、自負心と青い石のスターピアス。 フランは溜息と共に羨望を漏らす。 「言っちゃ悪いかもしれないけど顔だって十人並みじゃない? 性格も軽いし、押しも弱そうだしさ」 「えぇー……ヘルちゃん、ちょっとそれは酷くないですか? そりゃヘルちゃんのとこみたいにキリッと決めてるわけじゃないけど……それでも私は世界で一番カッコイイと思ってるんですよ」 「あ……うん、ごめん。でもあいつのキャラってどっちかというと三枚目だからさ、カッコイイって言われるとなんか違和感が……あーもう怒らないでよフラン、オンリーワンってやつでしょ?」 ヘルウェンディの言葉に、フランの頬はご機嫌斜めに膨れた。 「フランさんは虎部さんがカッコイイから好きなの?」 樹人は字義通りに言葉を理解し問う。 マイペースなニワトコの言葉は、少々険悪な雰囲気を醸しだしたフランの感情の間隙つく。 「ん、え……んっと……そうかな? ただ顔がカッコイイとかじゃなくて……馬鹿みたいなこととか無茶苦茶なこと言うけど、絶対約束を守ってくれるし、ほんとは苦しいのも押し殺して必死で誰かのために行動できるから……素敵だなぁって」 戸惑いの表情となりながらもフランは、幾度と無く繰り返している言葉をニワトコに告げるが、当のニワトコは顔に疑問符を浮かべよく理解らないと言った風情。 「手を繋いだり、抱きしめられたら、どきどきしちゃうよね? フランさんは違うの?」 ニワトコの『特別な好き』への理解はとても素直でシンプルなのだろう、周りくどい動機づけなどない。 「あ……うん、はい。すごくドキドキします。一緒になれたような気がして、もっと強く抱きしめて欲しいって感じます……」 「フランさんも、そうなんだ? 自分からするのは……だめなの? ぼくはぎゅっとされたとき、びっくりしたけど、夢幻の宮さんのこと、すごく近くに感じられて……うん、嬉しかった。そういうのは、どちらからでも同じじゃないの? 違うのかな?」 「ニワトコさん、えっと……私はそうして貰うほうがずっと嬉しいんです。あの、変な言い方かも知れないですけど……その望まれているって……」 「はいは~い。ボクは甘いのとロケットランチャーが好き! でも一緒にはいないよ。だって飴はぎゅってしたら溶けちゃうし、ロケランは受け止めたら砕けちゃう」 ――CEROさんがアップを始めそうな盛り上がりを見せる樹人と少女たちの会話をモーセの如く断ち割り再度道化師が降臨 (あいつまたいつの間に?) (守護騎士共と言わぬまでもなかなかの軽快さ、道化風情には惜しい身のこなしよ) 「だからパヴロくんとは好きだからいつもいっしょにいるよ! 鋼だから触れても錆びないし押さえつけても歪まないもの」 道化師は懐から取り出した愛用の懐中時計を催眠術の道具のように振り子運動させ見せびらかす。 「大っきなモノを持ったら体温奪われて冷え切っちゃうけど、パヴロくんはちいさいから両手で包めばいっしょにぽかぽかになれるよ!」 宙にあった懐中時計は、道化師の掌に消え、マスカダインの顔には満面の作り笑いが顔に貼り付く。 「みんなの好きなものは暖っかいし壊れないじゃない。なのになんでいつもいっしょにいないの?」 テーブルに居た三者に浮かぶ表情は様々だったが、ありありとある感情は一つ――この人は何を言っているんだろう 「ボクは甘いモノ食べるのが好き? だっておいしい! って思った時にはもうなくなっちゃもの。楽チンなのね? なんで辛かったり苦しかったりするのに一緒にいたいの? なんで?」 そんな表情を知ってか知らずか、心底楽しげな笑みを貼り付けたまま道化師は繰り言を口から零し続ける。 (カカカ、道化師よ。アガペーとはあるべきを問わぬものであろう。しかしてエロースには意味を持たぬ問いばかりよ) 「えっと……一緒に居たら辛いとも苦しいとも思わないですよ……ね? 仰りたいことはちょっと良くわかりませんけど、ずっと一緒にというのは変だと思います……人はものじゃないですから。一緒にいる時間はもちろん嬉しいですけど、そうじゃない時間だってあるのが当たり前……ですよね? だから一緒にいる時間をどうやって育むかが大切だと思っていますけど……?」 こめかみを二指で抑えるフラン。 道化師の言葉が混乱させる頭を整理しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 「ボクそういうのわかんない。だからそういうのとってもステキだと思う! みんなずっと仲良くなればいいと思う、そーすればみんなずっと笑顔になると思う!」 ニヤニヤとした笑いを貼り付けるのみの道化師は、明確な是非など返さない。 道化師とは、権威が内包する矛盾を赤裸々に突きつけ嘲笑うことこそ生業。 ――――他人が居なきゃ精神異常起こすとか、命を賭けるとかよくわかんない。聞かせてよ。だれかといっしょにいることのなにがそんなにいいの? 自らのために問うなど道化師にはあってはならない。 だが、彼の内心に拘泥するものなどいない。 ‡ ‡ 「だったらさフラン。いっそ貴女から誘えば?」 「えっ?」 「そうよ、それがいいわ。今度、うちの父親が愛人とやってるゲーセンに来なさい。そうね、一緒にクイズゲームとかいいと思うわ。一緒に座れて顔が近づくし、自然な感じでスキンシップができるじゃない。そこからいい雰囲気に持っていくの」 最高のアイデアだとばかりに、得意げな表情で頷くヘルウェンディ、「ボクも常連なのね」と突っ込みを入れた道化師は華麗にスルーされた。 「ちょっと、壊れちゃってたけど、資金繰りができて新装開店したのよ。パンフもあるわ……うん、これこれ」 いそいそと取り出したのは『新装開店!! ゲームセンター☆メン・タピ、ナラゴニアの人狼公をも唸らせる遊戯の数々があなたに最高の時間を提供致します』と銘打たれた小冊子。 頁をめくるたびに、多くのプライズ筐体が仰々しい煽り文句と共に紹介されている。 少女の指が冊子を数頁めくると件のクイズゲームと思わしき筐体も紹介されていた。 ――カップルシートで楽しむクイズゲーム 『子育てクイズ らぶり~☆エンジェル』 二人だけのシートの中で肌を触れ合わせながら楽しむ擬似子育て 今日は彼氏に子供が欲しいとか言われちゃうかも!? 「……異常におっさん臭いわ、あいつほんっとセンスないわね……」 「えー……私はいいと思うけどなぁ」 「……フランさぁ、それ本気で言ってるの? 軽く引く……」 ‡ 「わざと他の男の子を褒めてヤキモチ焼かせるのは?」 「ヘルちゃん? どういうこと?」 「ほらあんたってさ、いっつも虎部が、虎部が、じゃない? そんなんだからあいつが安心しちゃって、積極的じゃなくなっちゃうのよ! だから少し不安にさせてやるの、ちゃんと見てないとどっかいっちゃうかもって思わせるのよ!」 「……えぇ、それはちょっと……」 ヘルウェンディの提案に対して、フランは戸惑いを禁じえない。 まさにヘルウェンディの指摘通りだが、フランは他の異性に意識を向けることがない。そうしようとする考えが頭から存在しないのだ。 「本気で言う必要なんて無いの、フリだけすればさ。ちょうどいいわ、アリオ、あんたが練習台ね」 「え? うぇ? 俺か!?」 魔神と共に傍観者を気取っていた(事実傍観者だが)アリオが突然、話を振られて挙動不審な声を上げる。 「そうよ、いいから協力しなさい」 無理やり舞台に上げられた割には乗り気なのか、密かに自信がある決めポーズを取るアリオ。 しかし、そんなアリオに対して賞賛の言葉が少女の口から零れることは当然といえば当然なだが……なかった。 「……う~ん、ヘルちゃんやっぱり無理です。この人、トラベさんみたいにかっこ良くないですよ」 贔屓も此処まで来ればこそ。 少女は腕組みをしながらうーんと唸るとヘルウェンディに振り返り、アリオに対する非常に辛辣な感想を述べた。 「ククク、リア充道を極めぬものは無様よのう……凡愚」 決めポーズのまま、崩れ落ちるアリオにメンタピが意味不明の追い討ちする。 ‡ 「最終手段はコレ!」 ヘルウェンディが紙袋から取り出したのは――肌にフィットする黒ナイロン製のハイレグレオタード、お尻の辺りに付いた白い毛玉が愛らしい。露わになる脚部を隠すために用意されたのは濃茶色のストッキングとエナメル製のハイヒール、蝶ネクタイとカフスはフォーマルスタイルを意識したものにも関わらず煽情的。うさぎ耳を模した被り物とワンポイントのサイドリボンを加えて完成するそれ――胸元を強調し体のラインが現れるその衣服は、まさに女性のための戦闘服(スーツ)であった。 「ヘルちゃん、これは何?」 「バニースーツよ、今度の握手会で宣伝頼まれちゃって。私の予備だけど、たぶん問題ないから着てみて」 「えぇ……でもこれ少し恥ずかしくありません? その少し見えすぎというか……」 「大丈夫、男は皆コスプレに弱いの、ちなみにうちの父親は婦警が好みよ」 (素晴らしい情操教育よのう、我が契約主よ) 「うーん、ヘルちゃんがそういうならちょっと着てみますね。えっと着替え……トイレとか使っても大丈夫かな」 「多分大丈夫でしょ? ここ、お客の数の割にトイレ広いし、文句言われたらすぐ出ればいいじゃない」 傍迷惑にも女子トイレの一室を占拠し、着替えはじめる少女。 扉越しに数度衣擦れが漏れ――幾ばくかの時間が過ぎると悲鳴があがった。 「……ヘルちゃん! ……ヘルちゃん、助けてください」 扉越しに漏れるフランの声と共に内側から錠の外れる音がした。 異常を察知したヘルウェンディは、個室内側の姿を晒さぬように遮蔽となりながら内開の扉に体を預け、個室に体を滑らせる。 「フラン!? どうし……」 ヘルウェンディは絶句した。 眼前には少女のあられもない姿。 脚のラインにピタリとフィットしたストッキングの上に被さるのは、ハイレグのバニースーツ。 本来、上半身を覆うはずのそれが隠しているのはせいぜい少女の腹部まで。 原因は、一瞥で理解った。 ――少女の前面にある突起物 必死に背中のファスナーをあげようとも、この戦闘服の器は少女の胸には小さすぎたのだ。 半泣きの表情を浮かべる少女は、右腕で胸を隠すように布地を押さえ、左手はファスナーを掴んでいる。 不安定な均衡。 左手に力を込めると右腕の拘束が緩み、黒いナイロンの生地がぺろりとめくれ零れた双丘がたわわに己の存在を主張している。 ちょっと変態的な嗜虐心を擽りかねない光景に、ヘルウェンディはこの場に居るはずがないロクデナシが居なくてよかったとトンチンカンなことを思う。 (それにしてもフラン……結構……意外と大きい、C……いやDに近い!?) フランの痴態は、まざまざと自らのものとの差を感じさせ……ムラムラと妬心を燃え上がらせる。 「う、羨ましくなんてないわよ!」 ヘルウェンディは噴き上がる苛立ちの元を半裸のバニースーツごと揉みしだいた。 「え!? やっやめて、ヘルちゃん。やめてってばーーーー!!」 (女の子っていいなー……) (ククク、何をいうかとおもえば……乳の大小など戦闘力になんら寄与せぬわ……否! むしろ小さいほうが良い) (メンタピさん……あんたまさかロリコン……?) ‡ ‡ 「言葉にしないと伝わらないことも、あるんじゃないかな? ここでお話したこと、言ってみたらいいんじゃないかな。ぼくだったら、きっと嬉しいと思う」 乱痴気騒ぎに疲れテーブルで喘いでいる少女二人(結局着替えは中座した)を気に留めず、ニワトコは自分の良しと思ったことフランに伝える。 「色々口出ししたけど大事なのは当人の気持ち、虎部はフランが大事だから手を出さないのよ」 (カカカ、出したのは口だけではあるまい) (王子なんかクリパレで「ゆくあてがないのなら俺の胸に帰ればいい(意訳)この戦争が終わったら結婚しよう(装飾)」とまで言ってたのに?) 「一番大事なのは素直になること、ぎゅっと手を握って、それを胸にあてて、虎部の目を見て気持ちを伝える」 この言葉だけなら平凡ながら素晴らしいアドバイスだっただろうが。 「それでも通じなかったらこっちから仕掛ける! バニーガールでもメイドでもナースでも欲望に付け込めば男なんてイチコロよ、応援してるから頑張って!」 「ニワトコ君、ヘルちゃん……ありがとう、私頑張る!」 だいぶ汚染されてしまっている……。 ‡ 話が一旦の結論? を見た頃合。 フランのトラベラーズノートがエアメールの着信を伝えた。 ノートを開く少女の表情には、傍目にはっきりと理解るほどに喜色が浮かぶ。 「あ、あのすみません、ちょっと呼び出されちゃったからお先しますね。お話楽しかったです、本当にありがとうございました」 ハンドバックとヘルウェンディから受け取ったバニースーツの入った紙袋を手早くまとめ、フランはペコリと一礼すると足早に店を後にする。 「なんだ、よろしくやってるじゃないの。……私もカーサーにご飯でも奢ってもらおうかな、それじゃねバイバイ」 いつの間にか悪魔の牙城を干していたゴシックパンクの少女も後を追うように立ち去る。 「……みんなと話をしていたら夢幻の宮さんに会いたくなっちゃった。ぼくも行くね、さようなら」 乙女のような樹人もまた、魂の片割れの元へと去っていく。 残されたのは独り者三人……いや、いつの間にか魔神の姿はない。 カフェテラスに何故か侘しい風が流れ込んだ。 マスカダインは、ふむと唸ると何やら思いついたらしく邪悪な笑みを浮かべる。 「仕方ないからアリオっちは、残り物同士マッスーさんと愛を育むのねー。マッスーさん初めてだから、ヤ・サ・シ・ク してなのね」 しなを作りながら裏声混じりの言葉を吐く道化師がアリオに見せる表情は両頬を押さえ可愛らしい……わけがない。 「うおおお、俺はそっちの気はねええええ」 人が疎らになったカフェテラス。 新たな愛の形に、影の薄いコンダクターの悲鳴が上がった。
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