べぃん、と、三味線が艶のある音を立てた。 地響きと雄たけびが周囲を震わせる。 「……ついに現れたか」 無駄に男前な、シリアスな顔で言う有馬 春臣に、 「ああ……そうみたいだね。――間違いないのかい?」 ロナルド・バロウズはフッとニヒルに笑って尋ねた。 春臣は小さく息を吐き、 「ああ。私がやつを見間違えるはずがない」 「そうか……なら?」 「――おそらく、厳しい戦いになる。主に私が」 まっすぐに前方を見つめた。 「あっ、かかった」 ごおん、ばさばさ、どさ、という大きな物音。 またしても咆哮、 「あっ、食べだした」 それからイタダキマーッスヤッホウオニクウマーイ、という謎の呪文。 言葉というより唸り声に近いそれに、春臣が眉間を押さえる。 「話に聞いたとおりの野生化だな……頭が痛い」 「すごいねー、人間って野生化できる生き物だったんだねー」 「野生化した人間というのは要するに猿なのか別のものなのか……いやまあどっちにしてもやるべきことに変わりはないわけだから考えても仕方ない、さっさと終わらせるとしよう」 「視線の位置が遠いよ、ドク」 「はっはっは、気の所為だよロナルド君。そうとも、気の所為だ……!」 「うわー、自分に言い聞かせ始めちゃったよこのひと……! でも、可愛いじゃない、なんかお人形さんみたいで」 「……あれがしゃべって動くさまの残念ぶりを知らないからそんなことが言えるんだ、君は」 再度盛大な溜息を落とす春臣に、面白そうな視線を向けて、 「じゃあ、どうする?」 ロナルドは、まったく他人事のようにそう尋ねた。 「ああ、そうだな……」 うめくようにこぼす春臣の視線の先、ロナルドの指差す先にいるのは。 ――猛獣捕獲用の頑丈な網に絡め取られつつ、『餌』として使用した骨付きのジューシーな肉にかぶりついている小柄な女子高生、だった。 オニクサイコウッスウンマァアーイ、という唸り声が大気を震わせ、春臣は思わず遠い目をする。 * * * * * ヴォロスに赴いて、ロストナンバーをひとり、保護してきてほしい。 世界司書から最初に依頼を受けたのは、実を言うと春臣ひとりだった。 それほど難しい案件ではなかったのと、ちょうどタイミング悪く人手が足りなかった所為もある。春臣自身、『迎えに行く』程度のことならばなんとでもなる、と、同行者は要らないと思っていたほどだ。 最初は。 ――しかし、 ひとつ、ロストナンバーは小柄な美少女である。 ひとつ、セーラー服の冬服を着て袖まくりをしている。 ひとつ、白い鉢巻をしめ、白手袋をはめている。 ひとつ、体育会系の性格である。 ひとつ、『声』『歌』を媒介にした能力の持ち主である。 ひとつ、Y字開脚というセクシー技(?)が特技らしい。 ――という辺りを聞くにつれて徐々に春臣の顔色が悪くなってゆくのを心配して、司書が、他のロストナンバーたちに連絡を取ってくれたのだ。 その時ちょうど予定のあいていたロナルドが、『同僚のよしみ』もあって来てくれたのはまったくの偶然だが、保護対象当人との密接なかかわりはないもののそれなりに事情を知っている彼の同行に、胸中複雑ながら少しホッとした春臣である。 「……しかし、まあ」 彼らは今、ヴォロスの片隅にある小さな町で保護対象の聞き込みを行っていた。 街道沿いにあるこの町は、キャラバンや旅人たちが立ち寄り、休息を取ってまた旅立ってゆくところらしい。町は様々な露店であふれ、小さいながらいつも賑わっているのだが、ここ数年、森に潜んで旅人を狙い、荷や金銭を狙う野盗団に苦しめられていたのだという。 町の住民からそんな話を聞き、それが過去形に変わっていることに気づいた春臣が尋ねると、その野盗団が数ヶ月前に現れた“旅人の守護精霊”に教われるようになり、被害は減りつつあるのだという返答があった。 「ものすごくお強いんですよ、守護精霊様!」 と、町娘が目を輝かせて言うように、精霊は武装した野盗が手玉に取られるほどの実力を持ち、 今日もまた“守護精霊”が退治した盗賊が見つかったという話を聞き、町の警備隊詰め所前へやってきたふたりは、全裸で縛り上げられて転がされた野盗数人の姿を目にして――ちなみに双方「そんな見苦しいもの視界に入れたくない」ということで野盗本体からは目をそらしがちである――呆れたような息を吐いた。 何かの植物のツタと思われるものでぐるぐる巻きにされた野盗たちの胸に書かれた、『成財(敗)!』の文字。 「自信満々に間違っちゃってるねー」 「ああ……このアホさ、やつだ」 額を押さえてうめく春臣の言う『彼女』とは、 「氏家ミチル……自称、愛の戦士……!」 春臣とロナルドと同じ、【悪魔の為の楽団】の一団員にして、春臣を『可憐な姫』と称し追い回す、外見の愛らしさを内面の残念さが凌駕する奇特な美少女のことなのだった。 * * * * * そんなこんなで氏家ミチル捕獲計画が発動され、どうも転移の衝撃で人間としてのもろもろを失っていると思しき彼女を捕らえるために、ごくごくスタンダードな(動物を捕まえるものとしては、だが)罠が設置されたのだった。 ――すなわち、前述の『肉』『投網』『興味を惹くための三味線』である。 「それで氏家君、これはいったいどういうことかね、説明してくれたまえ」 「ちょっとドク、俺を盾にしながら質問とかやめようよ、俺は愛のお邪魔虫になんてなりたくない」 「そんなお邪魔虫なら料金五割増でもいいから雇いたいくらいだ!」 「えっ、基本料金ていくら!?」 カッと目を剥く春臣に思わずロナルドが突っ込む。 ミチルはそれを、首をかしげて見ていたが、 「あのー……」 「なんだい? 再会を祝してドクに変態行為を働きたいんなら拘束の手伝い位してもいいけど」 「却下だ!」 「いえ、あのすんません」 「ああ、だからなんだというのだ」 「――おふたりは、どちらさんッスか」 「えっ」 「えっ」 「いや、ていうか、自分って誰でしたかね? ご存知ッスか?」 などと、衝撃の新事実をぶちまけた。 「なんスかね、なんで自分、ここにいるんスかね? 自分、気づいたらあそこの森にいたんスけど、こんなとこに町があるなんて知らなくてずっとサバイバルしてたんス。そしたらガラの悪いのに旅人さんが襲われてるじゃないスか。旅人さんを助けて、野盗からは物資をいただいてたんスが……あ、連中のおかげで豊かな生活はさせてもらってたッス。あと、サバイバル生活のおかげで鋼の胃袋を手に入れたのは収穫ッスが、もうちょっとで人間の言葉を忘れるところっした。いやあ、おふたりと会えてよかったッス」 とつとつと、無邪気に今までの経緯を語り、焼いたお肉は久々だったから嬉しかったっすーと罠肉に言及するミチル。白目を剥いて固まる男たち。 言葉も出ないとはこのことだ。 硬直が解けた後、男ふたりで肩を寄せ合って内緒話に移行する。 「……これってまさか」 「記憶喪失、というやつか。ディアスポラ現象とはそのくらいの衝撃なのかもしれないな。ずいぶんおとなしいと思った」 「ドクに変態行為を働こうとしないのもその所為か、ちょっと残念」 「何が残念かッ! いやまあさておき、記憶というのはどうすれば戻せるものなのだろうな。あのままというのも気の毒だろう」 いつものアレがないことにホッとしつつも、内心では記憶を失っている――当人には何のことか判らないらしくキョトンとしているが――ミチルを深く案じる春臣に、ロナルドがにやにや笑いを向けた。 「あれ、ドクったらミチル君のことがやっぱり心配なんだ? なぁんだ、両想いなんじゃない、はやく結婚しちゃえば?」 「ぼふぁッ!? 貴様状況とアレ本体を見てからものを言え! 頭から貪り食われるレベルだぞ……!?」 「もうッ、いやあね、ドクったら照れちゃって! ホントにツンなんだから! ツン! この、ツンドク!」 「それは書物を読まずに置いておくことじゃないのかねえええええ!?」 全身全霊でロナルドに突っ込む春臣、くねくねしながら避けるロナルド、きょとんとした表情で――なまじ美少女だけに、今ばかりはとてつもなくかわいらしく見える――ふたりを見ているミチル。 とはいえ、ひとまず保護対象は発見したことだから、と、ミチルに事情を説明し、あっさり納得した彼女とともにロストレイルへと戻ろうとした時、 「た、たいへんだ……!」 警備隊の詰め所へ、町の住民が駆け込んできた。 血相を変えたその様子に、腰に剣を佩いた警備隊員が飛び出してくると、住民は、これまでに捕らえられた野盗三十余名を、残りの野盗が奪還に向かっていると息せき切って告げ、彼らの完全武装ぶりを思い出したのか顔色をなくしてその場に崩れ落ちた。 襲撃に加わった野盗は全部で五十人強。 その全員が馬を駆り、剣や槍、棍棒、弓、ボウガンなどで武装し、いきり立ってこちらへ向かってくるのだという。 それは、小さな町には充分すぎる脅威と言えた。 次々に情報が伝わり、周囲が恐怖に満たされてゆくさまをつぶさに見ていたミチルが、 「……自分の所為ッス」 不意にそうつぶやいてこぶしを握った。 その濡れて光るような黒の双眸に、強い火が燃えているのを見て取って、ロナルドが確認のように口を開く。 「どうする気だい、ミチル君」 「自分が残って迎撃します。おふたりは先に戻ってロストレイルってとこで待っててほしいッス。絶対にあとで行くッスから」 「……君は旅人を助けただけで、悪いことはしていないよ。ここから先は町の人が何とかすべきことだとしても、かい?」 「はいッス。それに、自分の所為じゃないとしたって、困ってる人を放ってなんておけないッス。そんなの、人間の風下にも置けないッス」 「ああうん、それを言うなら風上だけど、言いたいことは判ったよ」 残念ながら決め切れなかったミチルの肩をぽんとたたき、ロナルドが春臣を振り返る。 春臣は深々と溜息をつき、肩をすくめた。 * * * * * 地面を踏みしめる馬の蹄のためだろうか、大地が振動している。 びりびりと空気が震えて、野盗たちの放つ残虐な愉悦を運んでくるかのようだ。 誰かがごくりと息を飲んだ。 「……こうしてみると、結構な数だな……」 結局、三人は防衛戦に参加していた。 彼らは非戦闘員を避難させ、町の至るところにバリケードを築き、あとは野盗たちの進行方向に陣取った。 非戦闘員の護衛、捕らえた野盗の監視などで数名が割かれると、迎撃に当たれるのは百名にも満たない。小さな、元は平和な町ゆえたいした装備があるわけでもなく、完全武装して馬に乗った、戦い慣れた野盗団を相手にどこまでやれるかは判らない。 しかし、戦わねば蹂躙されるだけだ。 蹂躙され奪われるだけだ。 「……来るぞ!」 警備隊員のひとりが低く告げ、剣を構えた。 と、そこへ、 「よーしじゃあおじさんちょっとお手伝いしちゃうぞー」 ヴァイオリンの形状をしたロナルドのトラベルギアから音楽があふれ出し、人々に染み渡ってゆく。勇ましく力強いそれに包まれて、人々は、自分の防御力と攻撃力、すばやさが大幅に上昇したことを知り、これならやれる、やらなきゃいけないんだ、と拳を握り締めた。 と、 「ヒャッハアアアアアアアアァ!」 お約束のような雄叫びを上げながら、賊のひとりが突っ込んでくる。 体機能が上がっていてもなお、全力で突っ込んでくる馬と賊というのは恐怖に値するもので、警備隊員の中には怖じて後ずさるものもいた。 ――それを責めることは、たぶん誰にも出来ない。 「自分に任せてくださいッス!」 飛び出したのは無論ミチル。 正面から馬に突っ込む、と見せかけて直前で横へ跳び、凄まじい柔軟性と脚力で跳躍、馬の頭上を飛び越えざま野盗のこめかみを蹴り飛ばし落馬させるという荒業をやってのけ、本人は何事もなかったかのように着地する。 野盗本人は泡を吹いて気絶していた。 「……え、何、ミチル君てあんなスーパー女子高生だったの?」 「前から運動神経はよかったがあそこまでじゃあない。サバイバル生活で培った野生の身体能力といったところだろうが……」 正直コワイ。 という本音は飲み込んで、春臣は野盗に吹っ飛ばされて怪我をした警備隊員を回収し、安全な場所へ運んだ。トラベルギアを使った戦いはともかく、基本的に運動神経が残念な有馬先生なので仕方ないというか、そもそもこちらのほうが本分である。 「うう、す、すみません……」 「気にするな、お互い様だ」 命に関わる傷でないことだけ確認し、また戦場となっている広場へ戻ると、ミチルは獅子奮迅、縦横無尽の働きをみせていた。 ばねのような筋肉を駆使して広場を跳び回り、次々に脱落者をつくりだしてゆく、 「あいつだ……!」 そんなミチルを見て野盗たちがざわめいた。 憎々しげな視線が向けられる。 「まずはあいつからだ、やっちまえ!」 あとはもう、集中攻撃。 馬が、剣が、弓が、ミチルに向けられ、野盗たちが殺到する。 「まずい、ミチル君、逃げるんだ! 囲まれたら一貫の終わりだよ!」 ロナルドの警告も間に合わず、 「く……っ! 負けるもんスか……!」 ミチルは馬に弾き飛ばされ――それで無事だった彼女の肉体の強靭さにサバイバル生活すごいでもこわいと思わざるを得ない春臣ではあるが――、槍の枝や棍棒でしたたかに打ち据えられて地面を転がった。 「ザマぁねぇなこのくそアマ。生まれてきたことを後悔するような目に遭わせて、奴隷市に売り飛ばしてやる」 下卑た表情の野盗が、咳き込みながらどうにか起き上がろうとするミチルにそのごつい手を伸ばそうと――…… べぃん、べん。 「うおぁッ!?」 しかし、その手がミチルに触れることはなかった。 「……汚い手でソレに触るな、馬鹿者が」 春臣が嘯き、三味線にばちを当てると、艶のある音が立ち上り、彼の周囲に水が湧き立つ。蛇のようにくねった水は、野盗数名を跳ね飛ばして、倒れ付すミチルをどこかやさしく担ぎ上げ、彼女の小さな身体を春臣のもとへ運んだ。 「ん、ご苦労」 水からミチルを抱き取って――要するにお姫様抱っこ状態である――、 「まったく、無茶をする。――傷の手当を受けたまえ、ここは私とロナルド君がなんとかしよう」 「あっナチュラルにものの数に入れられてる」 ロナルドの指摘を当然の如くスルーしながら、ミチルをそっと横たえる。 いきり立つ野盗が恐ろしくないわけではない。 しかし、彼には戦う手段があるし、護るべきものがある。 それを理解して怯むほど、春臣は腰抜けではなかった。 「ま、いいけどさ。ドクの大事な人を護ることでもあるんだし?」 「大事などではない!」 カッと白目を剥きつつ、三味線を構える。 ツンドクツンドクと連呼しながらロナルドもそれに倣った。 ぴりりとした、一触即発の空気が流れる。 ――と。 そこへ響く、 「い、今の……」 ミチルの、低いつぶやき。 「今のは……!」 彼女の声が、なにか力強い熱を孕むのを、春臣は確かに聞いた。 どよよっ。 野盗からも、警備隊員からもどよめきが上がる。 皆がぽかんとしていることに気づいて、恐る恐る背後を振り向いた春臣は、 「愛の戦士、復・活……!」 先ほどまでダウンしていたはずの女子高生が、その場でY字開脚(有り体に言えば単なる『倒立しながらの開脚』である)しているのを見て横転・後頭部強打・昇天しそうになった。 ちなみにセーラー服につきスカートがえらいことになっているが、下にはきちんとスパッツをはいているので大丈夫だ、問題ない。 「先生の姫抱き……堪能したッス! するのもいいけどされるのも興奮するッス! ということで氏家ミチル、エネルギー充填100%! もうこわいものなしッス! というかこのまま押し倒していただきますしたいッス!」 「全身全霊で却下する!」 今すぐ逃げ出したいのかホッとしたのか判らない複雑な胸中のまま、春臣は三味線を構えた。茫然自失から回復した野盗たちが、一斉に攻撃の態勢に入ったからだ。 「――大丈夫ッス、忠犬は姫を護るのが仕事ッス」 「何も聞こえない! 今日はいい天気だ!」 「すぐに……終わらせるッス」 自信を覗かせて笑ったミチルが、春臣とロナルドがトラベルギアを奏でる中、高々と跳躍し――……そして。 * * * * * 本当にありがとうございました。 人々の感謝と笑顔に見送られ、三人は町を後にした。 「いい町だったね」 「はいッス。皆さんを護れて本当によかったッス」 「うんうん、死傷者もなく、たいした怪我人も出なかったしね」 「お土産に、美味しいお菓子ももらったッス」 「うん、大事に食べなきゃねえ」 嬉しそうに焼き菓子を抱えているミチルと、弟を見るような微笑ましげな目でミチルと言葉を交わすロナルド、そのふたりの後方を歩きながら、春臣はぐったりしていた。 ――あのあと、すべてを思い出したミチルの『応援歌』によってパワーアップした人々は、問答無用かつ迅速に野盗団を全員捕獲、町の平和は護られたのだったが、 「……正直、どちらがよかったのか、判らん……」 戦いが終わったあと、その場で押し倒されて真昼間から痴態をさらしかけた春臣としては、判断に困るところだ。 「先生? どうしたッスか? その0世界(と書いて愛の巣と読む)、早く行きましょうッス、ハァハァ」 「なぜそこで呼吸が荒くなる!? というかなんだねその愛の巣って!?」 「言外のをそこまで察しちゃえるって、ホントはやっぱり相思相愛なんじゃないの? さっさと嫁にもらってもらえば?」 「あ、いいッスね、大歓迎ッス。白無垢とウエディングドレス、どっちがいいッスかね?」 「だからッ、何故立場が逆なのだねえええええええ!?」 「あっはっは、ドクは恥ずかしがり屋さんだなあ」 「まったくッス。でも姫はそんなシャイなところが可憐で素敵なんス」 「うわーすっごい曇りなき眼。なんかもうどこに突っ込めばいいのかすら判らないけど、うん、おめでとう」 「でへへ、ありがとうッス。自分、姫を絶対に幸せにするッス」 「それは幸せの押し売……ぎゃーッ!?」 突っ込む間もなくミチルにお姫様抱っこされ、春臣は身も世もない悲鳴を上げた。ロナルドがうわー微妙なビジュアルーと呆れるのへ罵声を浴びせてから、どうにか彼女の手を振りほどいて自由になる。 「い、いかん、ぐったり疲れた……」 「姫、お疲れなら自分がマッサージでも、」 「却下。ひとまずその鼻血とよだれを拭きたまえ」 それでも無事でよかった、同胞と再び出会えたことは望外の喜びに違いない、と、胸の奥で思いつつ――ロナルドには筒抜けなのかもしれないが――、どう考えても悩みの種が増えたとしか言えないこの再会に、ロストレイルへ戻る道すがら、そっと溜息をつく春臣だった。
このライターへメールを送る