クリエイター瀬島(wbec6581)
管理番号1209-11381 オファー日2011-07-10(日) 22:27

オファーPC ロナルド・バロウズ(cnby9678)ツーリスト 男 41歳 楽団員

<ノベル>


 酒は寝かせる間に音楽を聴かせると旨くなるという。それが本当かどうかは分からないが、ロナルドの生家である酒場の酒はいつも旨いとの評判が絶えない。酒場の隣にあるバイオリン工房からの、試し弾きの音がそうさせるのだろうか。

「ボウズ、音楽は好きか」
「好きだよ。どうやって嫌いになればいい?」

 メンテナンスを終えたバイオリンを構え、職人は得意の独奏曲を軽妙に奏でる。演奏が本職ではないものの、その音色はロナルド少年の耳に心地よく馴染んだ。が、ついでのように放たれた言葉には不安な響きが含まれている。

「好き嫌いでやってける世界じゃないのくらい、知ってるよ」
「ああ、そうだ。ピアニストを撃つなって諺はありゃ真っ赤な嘘だよ」
「……どういう意味?」

 酒場にて、とかく刃傷沙汰が起きやすい時代があるというのはどの世界でもある程度共通しているだろう。ロナルドの世界でもおそらくそんな時代があり、コックやウェイターのように替えがすぐ来る職種よりも音楽家は大事にされてきたのだろう。それと同時に、音楽や芸術を生業にする人間はどこか神聖な目で見られているのもまた一つの真実だ。

「今にわかるさ、お前が本当に音楽が好きならな」

 この工房の主である職人は時々、まだ若いロナルドにはよく分からないことを言う。今も諺の表面的な意味しか分からずに首を傾げるが、ソナタの音色がすぐに小さな疑問を忘れさせた。

「さ、終わりだ。今日も弾くのか」
「うん。今日は親父が居るから」
「そうか」

 職人は一曲弾き終えたバイオリンをロナルドに手渡し立ち上がる。

「ボウズみてえのが、本当に音楽家であって欲しいもんだよ」

 その言葉の意味も、少年にはまだ分からなかった。そしてその、幾つかの小さな疑問を解決することはなく少年は大人になる。



 酒場に流れる音楽は、カウンターに座った一人客を孤独から守るように包み、それから各々のテーブルが発する喧騒がぶつからないよう間に入る、それだけの役目を果たせばいい。穏やかで、少しは陽気で、それでいて誰の邪魔にもならない心地よさが求められる。ロナルドの演奏はそれらを満たしながら、正しく耳を傾ける者を唸らせる技量と魂を持ち合わせていた。それは父親の自慢の息子であっただけのはずが、酒場の名物となり、田舎町の噂になって、いつしか華やかな都会でパトロンを持つ音楽家たちが目をつけるまでになっていた。

 今日もまた、噂を聞きつけた者が酒場を訪れる。ロナルドはこの時22歳の誕生日を迎えたばかりだった。

「チャンスなのに、行かないの?」
「行かないよ。ガラじゃないしさあ」
「お父さんも喜んでるのに……勿体無いわ」
「ロズ、俺は家を継ぎたいんだ」

 夜の仕込みを終えて少し時間が出来、ロナルドは幼馴染の娘と一緒にお手製のホットサンドを食べていた。ロズと呼ばれた娘……ロゼッタは拗ねたように口を尖らせ、勿体無いと繰り返す。

「わたし、ロンの演奏が好きなの。沢山の人に聴いて欲しいのよ」
「その言葉、そっくり返していい?」
「えっ」

 息子が家業を継ぐのは普通のこと。今までロナルドに都会行きを持ちかけたどの音楽家も、ロナルドがその意志を見せたならば、皆諦めて手を引いたものだった。だが、全くの部外者であるロゼッタだけは違った。それは彼女が、本当にロナルドの音楽が好きである以外にも理由があって。

「まさか、知らないと思ってた?」
「……」
「朝、川辺で練習してるだろ。毎日楽しみで早起きしてる」

 突然の指摘。ロゼッタが自分と同じように、あるいはそれ以上に、真摯に音楽を愛していることに気づかないロナルドではない。町長の娘としてしかるべきところに嫁入りをするのが普通の生き方だと教わってきたことも、よい娘を演じてきた彼女が自分の意志で自分の生き方を選ぼうともがいてバイオリンを手にしたことも、ロナルドは知っていた。

「だから、君が行けよ」
「何てこと言うの? そんな風に椅子を譲ってもらっても嬉しくなんかないわ」
「俺は本気だよ。君の演奏が好きなんだ」
「ロン……」

 ロゼッタは地位や立場に阿ることなく、自分の道を自分で切り開こうとしている。それがロナルドには嬉しくて、彼女の持つ才能にふさわしい努力の量も知っていた。自分はただ音楽が好きなだけで、巧くなればなるほどに音楽を好きでいられたから、楽しくて練習を続けている。そこに野心や、アイデンティティや妙なこだわりは無い。そんな自分よりも、音楽で身を立てようと努力するロゼッタこそ都会で勉強するべきだとロナルドは信じていた。

「行けよ。応援してる」

 戸惑いを隠せないロゼッタの背中を、ロナルドはいつもしているように左手でぽんと叩いた。まるで、後押しのように。

「……ありがとう」



 あれから、いくつかの季節が過ぎた。
 最後にロナルドを口説きに来た宮廷音楽家にロゼッタの演奏を聴かせると、話はとんとん拍子で進み……次の月には、ロゼッタの部屋は空っぽになっていた。町長であるロゼッタの父親は最後まで出立を渋っていたが、時折送られてくる手紙に、小さくではあるがロゼッタの名が記された演奏会の目録や新聞記事が挟まれているのを見るたびその態度も軟化していった。

「やっぱり自分で行きゃあよかったって思ってんだろ?」
「とんでもない、俺はこれでよかったと思ってるよ」

 24歳になったロナルドは酒場の切り盛りを任されながらも、真面目にバイオリンを続けていた。いつかバイオリン職人に言った、音楽を嫌いになる方法が分からないままに。
 酒場を訪れる常連客の中には、二年前の事情を知っている者も多い。からかい半分でロゼッタと自分を比較されるのにはとっくに慣れた。心の底から、自分ではなく彼女でよかったと思っていたから。

 それでも、今まではまめに届いていた手紙が此処数ヶ月途絶えている。少しずつ名前が売れていく様子を知るのが楽しみにしていた町の人々も、町長も、そしてロナルドも心配していた。忙しいだけならいい、便りの無いのは元気な証拠だと言い聞かせてはいたが……現実は残酷だった。

「ロズ……、ロズなのか!?」
「……」

 酒場の入り口に女が座り込んでいると近所の常連客から報せを受け、厨房に居たロナルドが仕込みもそこそこに表に回ると、そこには変わり果てた幼馴染の姿があった。ふっくらしていた頬はかわいそうなほど痩せこけ、美しかった黒髪もバサバサで白髪まじり。とても同い年には見えないその様子に、ロナルドは言葉を失った。

「ロン……ごめんね」
「ロズ……?」

 ロナルドの姿を確かめると、ロゼッタはバイオリンケースを抱きしめてはらはらと大粒の涙を流した。約束など何もしていないのに、どうして彼女は謝るのか。

「嫌になっちゃった……才能なんかあっても、意味ないよ……」
「……!」

 投げやりな言葉。手放そうとしないバイオリンケース。綺麗に切り揃えられた左手の爪。ロゼッタが心の底から音楽を嫌いになってしまったのではないと分かる、なのにどう言ってやればいいのか分からない。

 なんて無力なんだ。
 何故彼女を行かせてしまったんだ。
 こうなるなんて思いもしなかった。

 頭の中で、ぐるぐると、自責と後悔の言葉だけが空回りする。せめて言葉でなく、何かで彼女を安心させてやろうと、ロナルドはそっと左手を差し伸べた。

__この左手で、彼女を傷つけてしまったんだ

 あの時。笑って背中を押し、送り出したのは自分の手だ。考えなしにバイオリンを弾いて満足しているだけの、何の覚悟も無い暢気な左手なんだ。

 ロナルドはそのとき初めて、バイオリンを弾ける自分が嫌いになりかけた。
 音楽への愛情はそのままに、ただ自分が憎かった。



 風の噂に、ロゼッタが師事していた宮廷音楽家は貴族の娘との火遊びが原因で仕事を干され、弟子であったロゼッタもとばっちりを受けたのだと聞いた。あの日ロナルドが言った言葉を信じ、自分の演奏を好きだと言ってくれる人に巡り合う為に、独学で勉強を続け、貴族のサロンや高級カフェに売り込みをかけていたそうだが……後ろ盾も無い、それどころか不祥事を起こした音楽家の弟子という悪名がついて回り、どこに行っても門前払いの日々。演奏で判断されないなんて、どんなに辛かっただろう。
 食べるのにも困り、嫁入り道具のように父親から持たされた家財も売り払ってしまったと聞いた。それでもバイオリンだけは手放さなかった健気さを思い、ロナルドの心を罪悪感と自己嫌悪が襲う。

「(俺が、行けって言わなけりゃ)」

 彼女の背中を押した、この左手が呪わしい。一生消えない傷を、彼女の心につけてしまったこの左手が。こんな手でバイオリンを弾くなんておこがましいじゃないか……。

「……!!!」

 無意識に、とはこういう行動を指すのだろう。本当に、望んでなどいるはずないのに、右手に持っていた果物ナイフが、左手の指を傷つけていた。こんなことをして、ロゼッタの心の傷が癒されるわけないのに。痛みを分かち合おうとするのが偽善なのは分かっている、それでも突き動かされた。そしてそれを強く、強く強く後悔するほどに、ロナルドは音楽が好きだった。こんなことで分かりたくなかった、自分を傷つけた後悔がロゼッタを傷つけた後悔を上回ることでだなんて。

「(もう弾けない……? 嫌だ!!!!!!)」

__契約完了だ。そいつを人は野心と呼ぶのさ

「!?」

 瞬間。痛みを通り越して熱さを感じるような傷の感覚が、溶けるようになくなった。乾き始める血が傷のあったことを証明していたが、それもロゼッタの心から流れた血のように思えてしまう。いやそれよりも、今驚くべきはいつの間にか部屋に侵入していたこの人物だ。

__お前につけ入る隙を探して早十年……やや強引だったか

 口を開いて話しかけているのに、頭の中に直接響く声。ロナルドはこの人物の存在を知っていた。音楽を愛する悪魔、と。
 気に入った者や才能のある者を眷属にして連れ去ってしまう悪魔がいるという言い伝えは、確かにどんな職能の界隈にもあった。それが自分の目の前に居て、更には自分を引き入れようとしている。これがロゼッタを傷つけ、偽善で自分の醜さを曝け出した罰なのか。

__さあ、願いを言え。強引な契約の詫びをしようじゃないか

「願いなんて……」

__働き手のいなくなった家族を楽にしてやりたくないのか? あの女を宮廷づきどころか、後世に名の残る音楽家にだってしてやれるのだぞ?

 これが罰なら。それで償えるのなら。……けれど、それじゃ。

「ふざけるな!!! あの人たちは……俺とは違う!」

 搾り出すような、本当の言葉。誠実さが服を着て歩いてるような家族に、心が折れるまで真摯に夢と向き合い努力したロゼッタに、今更どうしてそんなずるい施しが出来ようか。

__そうか。ならば精々考えろ、せめて胸を張れるような偽善を、な

「……今のままが、いい。家族も、友人も、なるべく苦労せず、でも日々働いて慎ましく暮らし……死ぬ時は出来れば穏やかに」

__無難だな、いいだろう。で……あの女はどうする?

「俺が心を折ってしまった……。だからもう一度前を向けるように、自信を持って……音楽が好きだと言えるように」

__ふん。やはりお前は偽善家だ。だがそこがたまらなく愛しいよ

 自分が人間としての生き方を失うだけでは、何の償いにもならない。それなら、一度間違った方向に押してしまった背中を、あともう一度だけ押させてほしい。我儘、偽善だとしても、今のロナルドにはそれしか思いつかなかった。ロゼッタの才能を信じると言いながら、結局ずるい近道を与えて迷わせてしまったのは他ならぬ、自分だったから。

 18年間の研鑽を積んだだけの技量を悪魔に持たされ、ロナルドは42歳のミディアンとなった。後悔はしていない。自分で模索しながら音楽を愛してゆけるはずだった18年間など、彼女が失った2年間に比べれば。
 ずるいのは、もう自分だけでいい。

 少年は音楽を嫌いになれず、青年は自分を許せなかった。ロゼッタとロナルドの間に、ロナルドと悪魔の間にあるのは、ただ美しい音楽だけ。これは芸術を解する悪魔が居る、美しい世界の哀しい物語である。

クリエイターコメント大変お待たせいたしました、「悪魔との斉奏を、君に」お届けです。
お待ちいただきましてありがとうございます…!

執筆が大変楽しく、色々と詰め込んで書かせていただいたところ文字数が大幅にオーバーしてしまい、ひっそり慌ててしまいました。
お気に召していただければ幸いです。

あらためまして、オファーまことにありがとうございました!
公開日時2011-08-01(月) 21:30

 

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