「世界に太陽を取り戻してみないか?」 まるで勇者でも唆すような台詞が、いきなり後ろから降りかかった。びくっと身体を竦めて振り返ると相変わらずいつそこに現れたのか分からない、わすれもの屋店主がにこやかに立っている。「ひょっとして、季節イベントか?」 大分久し振りじゃないかと誰かが首を傾げると、店主はそうだなと何度となく頷いた。「だが、わすれもの屋としては復興の手伝いをしないわけにはいかないだろう。物を直したり作ったりは、家の得意分野だからな」 実は地味に頑張っていたんだと肩を竦め、終わったことはさておきと話を変える。「以前提案してもらった企画を踏まえて、遅くなったが開催しようと思う」 言いながら、店主はいつぞや見たかぼちゃ頭を取り出した。「基本は収穫祭だ、南瓜に限らず様々な野菜が逃げるのでそれを捕まえてほしい」 説明しながら軽く手を動かした店主の仕種に合わせて、人参や玉葱など様々な頭を被った照る照る坊主がふわふわと出てくる。「捕まったら食われる、という脅迫観念に基づいて、野菜は君らから全力で逃げる。その際、太陽までうっかり呑み込んでしまった」「うっかり!?」 そんな言葉で括っていいのかと誰かの悲鳴を気にした様子もなく、店主はにこやかに続ける。「呑んだ太陽は身体に隠しているが、サイズ的に収まらなかったので真っ二つにされている」「真っ二つにしてる時点で、うっかりじゃないよな!?」「そしてまたうっかりなことに、太陽に留まらず海賊のシンボルまで真っ二つだ」 誰かの渾身の突っ込みもなかった顔で聞き流し、取り出されたのは真っ白のコースター。但し半分に割られていて、二体の野菜が半分ずつ取り上げると身体の中にもぞもぞと入れ込む。「野菜を何体か集めて、取り出したこれらを合わせると元の姿に戻る。太陽は全部で十個ほど、残りは海賊のシンボルなので気をつけてくれ」「さっきから気になってるんだけど、どこに海賊の介入余地が?」 収穫祭じゃないのかと不審げな問いかけには、妨害は付き物だろうと清々しい笑顔で返される。「肉食の海賊にとって、野菜は食べ物ではない。よって野菜は君らから逃れ、海賊に助けを求める。因みに海賊は保護した野菜に応じて肉が貰えるので、君らから野菜を奪いにも来る」 時間がなかったせいで今回は着ぐるみではないんだが、と心なし残念そうに店主は緩く頭を振った。「海賊と遭遇すれば、手持ちの野菜を二体引き渡す。まだ野菜を獲得していなければ、その場で十分ほど足止めだ」「海賊の撃退法は? ひょっとして奪われっぱなし?」「いいや、海賊は火に弱い。とはいえ本物だと危険だから、赤い物を出せば海賊が足止めされる」 但し渡せる物に限るとの注釈に、何人かが分からなさそうに眉を顰める。「つまり髪や目の色が赤いから逃げられる、ってわけじゃない」「そうだ。服は脱いで渡してもいいが、髪を切って渡すという発想はなしで頼む。ただ赤髪の連れを、人身御供に差し出すのはありにしよう」 さらりと言い添えた店主に、それはちょっと非人道的ではないですかと苦笑がちな突っ込みが入るけれど、するかしないかは君ら次第だと笑顔は崩れない。「で、その人身御供はゲーム脱落?」「いや、海賊と一緒に十分ほど足止め、以降は復帰してくれて構わない」 他に質問はと店主が見回すと、はーいと呑気に手が上がる。「さっき言ってた、海賊のシンボルは元に戻すと海賊が現れるってこと?」「その通り。普通に遭遇した時は赤い物で撃退できるが、シンボルで現れた場合は不可避。大人しく野菜を渡してくれ」「シンボルで現れたんでなけりゃ、逃げられるのよね。ってことは太陽は他人任せにして、ひたすら野菜刈りを続けてもオッケー?」 野菜が持つコースターは必ず組み合わせないと駄目? の尋ねに、店主は君たちの気の向くままにどうぞと頷く。でもさぁ、と誰かが笑うように突っ込む。「全員そう考えて、延々太陽が出てこなかったりしてー」「その時は誰かが大量に野菜を持つ相手を説得して、太陽を戻させるしかないだろうな」「え、逆に太陽が幾つも同時にできたら? 早い者勝ち?」 十個もあるんだよねと誰かが首を傾げると、店主はそんな時の為にと軽く手を広げた。「今回は町チェンバーで行うが、その中央広場に櫓を立てる」「どっから出てきた、その櫓」「その上には太鼓がある、太陽を手にした人はその太鼓を鳴らしてくれ。それが終わりの合図だ」 素朴な突っ込みはさらりと聞き流し、店主はふわふわしている野菜たちを軽く撫でた。「そうして太陽が戻った時点で一番野菜を多く集めていた人には、ささやかながら景品を出そう。参加してくれた全員には、バーベキューを用意する。ただ一体も野菜を捕まえられなかった場合は野菜のみになるので、肉が食べたい時は頑張ってくれ」 こんなところかと粗方の説明を終えた店主は、言い忘れていたと手を打った。「音楽を聞いて育ったせいか、野菜はダンスをすると近寄ってくる習性がある。よければ活用してくれ」 楽しそうに続けた店主に、目一杯詰め込んだんだなと誰かの苦い突っ込みが入る。けれど気にした様子もない店主は、他に疑問点は? と尋ね、辺りを見回して声が上がらないことに嬉しそうにして少し丁寧に頭を下げた。「それでは、気が向いた方の参加をお待ちしている」
川原撫子は収穫祭イベント会場はこちら、とやる気のなさそうな海賊が持っているプレートを頼りにそのチェンバーに足を踏み入れ、きょとんと目を瞬かせた。 「やぁん、なんでこのチェンバーこんなに暗いんですかぁ☆」 何も見えないというほどではないが、隣に立つ人の顔も見え辛い。目を慣らすべく努めていると、戸惑ったような誰かの声が届く。 「た、太陽が奪われたって、こういう意味でもあったんですかっ!?」 聞いてませんとおろおろした声を頼りに顔を巡らせると、ぼんやりとそこに立つ人影が分かる。ただそれがユイネ・アーキュエスだと個人を特定できるほどではなく、ふぅと小さく息を吐いた撫子は足元についてきていた壱号を抱き上げた。 「壱号、ロボタンなんだから目からハイビームくらい出してくださいぃ☆」 ぺかーってこの辺一帯明るくですよぅ、と強請ったところで何かの反応があるでなし。しょうがないなぁと小さく頭を振った撫子は、鞄につけていたキーホルダータイプのミニ懐中電灯をつけた。 「うわっ」 丁度前を通りかかったらしい誰かが声を上げて目を押さえたのを見つけ、ごめんなさいぃっと慌てて駆け寄る。 「大丈夫ですかぁ? ……って、あれ、坂上さんじゃないですかぁ☆」 お久し振りですぅと懐中電灯ごと手を振ると、ひわがひゃあはぁ!? と悲鳴じみた奇声を発した坂上健はだらだらと汗をかいて思いっきり目を逸らした後、何やら口の中でぶちぶちと唱えてからぎこちなく片手を上げた。ぎしみしぎし、と油を差し忘れた機械じみたぎこちない動作と、はははと乾いた虚ろな笑い声。 「ヤ、ヤァ! 久シブリダネ、撫子サン」 引っ繰り返った硬い声で挨拶らしきことを口走る坂上に、不審を覚えて大きく首を傾げる。 「どうしたんですかぁ、坂上さん☆ 壱号よりロボタンちっくですよぅ?」 「ど、どうしたって、だって、だから……!」 何やらすごい勢いで反論してきそうだった坂上は、けれど真っ直ぐ目が合うと何故かじわりと涙を浮かべた。大きく瞬きして、あれ泣いてる? と反対側に首を倒すと慌てて目を擦った坂上は先ほどまでのぎこちない動きを払拭していきなり踵を返した。 「うるせー、こりゃ目から汗が出てるだけだい、うわーん」 情けなくも素敵な捨て台詞を残して走り去ってしまった坂上に、撫子はうぅんと自分の頬に手を当てた。 「目から出た汗が潤滑油だったんでしょうかぁ☆ 壱号より器用ですねぇ☆」 見習ってやっぱりハイビームを出すべきですよぅ、と目の高さまで持ち上げた壱号を揺らすが、ロボットフォームのセクタンは沈黙を守っている。そこに、 「ロボタンは目からビームを出すのです?」 初めて聞いたのですとわくわくしたように声がかけられ、視線を下ろすとそこにはシーアールシー ゼロがいる。撫子は残念ながらぁ、と壱号を下ろして苦笑した。 「さっきから頼んでるんですけどぉ、無理みたいですぅ☆」 「そうなのです? それは残念なのです」 何やら生真面目な様子で頷いたシーアールシーが手ぶらなのに気づいた撫子は、海賊対策はどうするんですかぁ? と尋ねる。と、シーアールシーはにこりと笑い、 「ゼロの持ち物はみんな真っ白なのです」 どこか自慢げに答えられるので、用意してきたそれを幾つか提供しようかと思ったのだが。 「そろそろ始めんぞー」 すっ転ばねぇように気ぃつけろよーと声をかけて歩く海賊に気づき、そちらに視線を向ける。 「たたた太陽、たいYO! ほしいYO!」 ひゃっはーと何やら高めのテンションで盛り上がっているナウラは、待ちきれない様子で海賊の後ろをついて歩いている。否、歩くというよりは飛び跳ねていて、早く始めYO! と期待に満ちた顔で急かしている。 「あー、開催してる側が言うのも何だが、嬢ちゃん……坊主か? どっちでもいいが、テンション高ぇなぁ……」 どこに盛り上がれるのか聞いてもいいかと目つきの悪い海賊が呆れたように問いかけると、ナウラは不思議な事を聞かれたとばかりに大きく瞬きをしている。 「太陽って明るくて暖かくて良いよね、私は大好きだ。しかも取り戻すなんて、何て正義の味方な響き……! 太陽太ヒヒヒ太陽YO!」 今にも情熱的に踊り出さんばかりに答えたナウラに、負けていられないのですとシーアールシーも闘志を燃やしている。撫子は微笑ましくそれらを見守っていたが、びたんっと後ろですっ転んだような音が気になって振り返った。 今度は直撃しないようにと気を使いながら懐中電灯を向けると、いたたたたと鼻を押さえて起き上がっているアーキュエスと目が合った。はわわと軽く慌てる彼女に大丈夫ですかぁと手を貸すと、ありがとうございますと照れ臭そうに立ち上がったアーキュエスは急いで服を払っている。 「もしよかったらぁ、これ、お貸ししましょうかぁ?」 ケータイもライトがつくから構いませんよぉ、と持っていた懐中電灯を差し出すと、お気遣いだけでと慌てて頭を振られた。 「反省して光の魔法を使うことにしますので」 お恥ずかしいところをと恐縮しながら球状の光を灯したアーキュエスに、すごぉいと小さく拍手を送る。 「いいですねぇ、それ。私も予備の充電池は一つ持ってますけどぉ……足りるかなぁ☆」 懐中電灯を覗くようにして呟いた撫子に返事が返るより早く、野菜が逃げるぞーとどこか呑気な声が聞こえてきた。探すように目を向ければ、様々な野菜の被り物をしている照る照る坊主が一斉に町に散らばっていくのが窺える。 「銃声が鳴ったら参加者はスタート、海賊は十分後にスタートだ。準備いいか?」 目つきの悪い海賊の声に、いつでもオッケー! はいなのです! と張り切って答えるのはナウラとシーアールシーの声か。いいから早く始めろここにはいたくないーっと懇願めいたそれは坂上の声だったようにも思えたが、確かめる間もなくぱぁんっと軽やかな銃声が響いた。 「ご武運を」 「はいー☆ 貴方もお気をつけてぇ☆」 小さく頭を下げたアーキュエスに答えて手を振った撫子は、よおっしと手を打ち鳴らすと野菜を求めて夜の町に駆け出した。 今日のナウラのテンションは、突き抜け気味にマックスだ。地底人にとって太陽は憧れ、それを取り戻すとあればどうして張り切らないでいられよう。旅の恥は掻き捨て、ならば季節イベント参加も同じようなものだ。後から振り返って頭を抱えたくなるのはきっと皆一緒、今を楽しまないでどうする! と漲る決意に満ちて、最初に飛び出していったものの。飛んで移動する野菜にとって、夜の町は隠れる場所が多い。銃声とほぼ同時に飛び出したにも拘らず、視界に入る範囲にひらつく裾は見えない。 「んー、見えても野菜を見つけられなかったら意味がない」 この程度の夜であれば視界は利くが、隠れた野菜を見つけるには上から眺めているだけでは無理そうだ。とすると、ここは一つ。 「踊り踊れば踊る時、踊るYO-! 太陽おいでよ、怖くないYO!」 とうっと掛け声をかけて屋根から飛び降りたナウラは、少し広い道路に優雅に降り立つとエア笊を取り上げた。上からスポットライトで照らしたくなるほど、びしぃ! とポーズを決めたナウラは、もはや無我の境地。雨乞いならぬ陽乞いの巫女もかくやといった様子で、情熱的にダンサブルに安来節を披露する。 その手にうねるドジョウが見えるっ。と近寄るのを躊躇って遠巻きに眺めていた海賊が呟いたかどうかはさておき、音楽と観客がないのが心から悔やまれるその出来に、そろそろと物陰から野菜たちが顔を出している。一心不乱に踊っていたナウラは野菜たちの位置を目視すると瞬時に砂化して素早く野菜に近寄り、おずおずと見守っていた三体を跳びつくようにして確保した。 「捕まえたYO、たいYO!」 ご機嫌で野菜に顔を摺り寄せたナウラは、大急ぎで遠く離れていく一体を視界の端に捕らえ、目を輝かせる。即座に伸縮自在な腕を伸ばし、ぴらぴらする裾を捕まえたまま腕を戻して四体になった野菜を眺めて嬉しそうに笑った。 「トマト、南瓜、椎茸にサツマイモ。前二つはきっと太陽だ!」 今はないが西瓜も太陽に違いない。だって中の色や形がそれっぽい。と確信を持って頷きつつ、早速半分ずつのコースターを合わせる。端を合わせるなり目の前で馴染んで一つに戻ったそれには、何だか笑ったように見える頭蓋骨。 「……これ、」 「よっしゃよく引いたな、当たりの海賊旗だー!」 二枚だから野菜は四体よこしやがれと嬉しそうに現れた海賊に、えーっ!! と力一杯抗議の声を上げる。 「やっと捕まえたばかりなのに!」 たった今と哀れっぽく訴えたところで、ルールだろとにんまり笑って野菜を取り上げる海賊が恨めしい。ぷぅと頬を膨らませたナウラは、毎度どうもーと片手を上げて引き上げて行く海賊をしばらく見送ったがどうにも口惜しい。 何となく半分だけ砂化したどろりとした状態になると、少し遠くなった海賊を追いかけ始める。 「まぁてぇ~。野菜を置いてけ~っ!」 取り返してはいけない、なんてルールは聞いてない。もし駄目だったとしても、ぎゃーっ! と悲鳴を上げて逃げる海賊を追いかけると少しは気も晴れる。 やめろ魘される追いかけてくんなー! と本気っぽい懇願に溜飲を下げていると、ふと目の端に別の海賊を見つけて姿を戻しながら足を止めた。どうやらアーキュエスが海賊と遭遇しているらしい。 今ならまだ野菜は捕まえていない、赤い物も持ち合わせている。用意してきた手拭いで顔を隠すと赤いメンコを数枚取り出して近くの壁に上り、やめろ海賊! と制止しながらばら撒いた。 海賊の顔に上手く叩きつけられたのはいいが、何故か赤くない。 (あぁっ、おやつに持ってきた煎餅……間違ったー!) 絶叫に近く心中では頭を抱えるが格好良くピンチを救った勇者が、ごめんそれ返してとも言えず。ちらっと涙目になりつつ、今の内に! と見上げてくるアーキュエスに逃げるよう促す。 「ありがとうございます。貴方は、」 「名乗るほどの者ではない。サラバだ!」 羽織っていないマントを翻したような仕種をして壁から降りたナウラは、投げてしまった煎餅を思い出すと軽く泣きたくなったけれど。太陽探しに戻らねばの使命感に押されて、大分後ろ髪を引かれつつも再び駆け出した。 健は痛む胸を押さえつつ、よろよろとさ迷い歩いていた。普段からオウルフォームたるポッポのおかげで視界に困ることはないが、見えたから真っ直ぐ歩けるわけではない。 「始まる前から、心がボキボキに折れそうだ……っ」 気まずくなんかありませんだって私たち最初から何にもない単なるお友達ですぅ☆ とでも言いたげな川原(注:感想には個人差があります)を思い出すと平常心ではいられず近くの壁に寄りかかり、光の差さない空を見上げる。 「強く生きろ、俺! 今はとにかく野菜を狩って狩って、……でも肉より彼女欲しいぞー!!」 切実募集中に何この仕打ちーっと夜空に向かってKIRINをこじらせていると、俺は嫁さん欲しいぞー! とこちらも切実な悲鳴が聞こえてきた。振り返るといつぞやの着ぐるみ二号が、今日は海賊衣装でそこにいる。一号も同じ衣装ながら痛そうに頭を押さえて蹲っていて、 「叫びてぇなら他所でやれ」 聞いてるほうが悲しくなると向けられた哀れむような視線に、何だとうっと噛みつく。 「今回着ぐるみ着てないからって偉そうに! 俺と同類項のくせにえばんなよなっ」 振られて半年で直面させられた俺の気持ちが分かって堪るかと嘆く健に、分かる分かるぞ辛いよなぁっと涙ぐんで二号が肩を抱いてくる。一号は呆れた顔で頭をかくと、好きなだけそうしてろと背を向けた。 「お前はそこで足止めに付き合っとけ、俺は別の参加者を探してくっから」 二人分で二十分なと言いつけて離れようとする一号に、待ったと我に返って白衣を探る。取り出したのはマッチ箱(三十本入り)と、四色ボールペン。 「……持ち合わせ感、半端ねぇな」 「このマッチ、この前たまたま喫茶店で貰ったんだ。大ラッキーだろ」 二号にはボールペンだ、使いやすいぞと勧めながら手渡した後、一号には頭の赤いマッチ棒を一本渡す。見下ろしてしばらく黙っていた一号は、やがて目頭を押さえた。 「いい、好きなだけ野菜集めて肉かっ食らえ。それで慰めになるなら止めねぇよ」 着ぐるみを免れた恩もあるわけだしなと手を揺らして離れようとする一号に、それなんだけどさ! と思わず身を乗り出させた。 「この際、着たら誰でも可愛い女の子になる着ぐるみでいいから景品になんないかな?!」 わすれもの屋ならできる気がすると真顔で縋る健に、二号が俺も欲しい! と同調して騒ぎ出す。が、一号は心底嫌そうな顔をして、落ち着いて考えろ? と苦りきった声で言う。 「誰が着ても可愛い女になるなら、そいつが着せられて近寄ってくる可能性もあるだろ」 俺は死んでも御免だがと重く断言した一号が指しているのは、健の隣にいる二号。何となく顔を付き合わせて見つめ合い、同時に青褪めると勢いよく後退りして離れた。 「い、嫌だ嫌だ嫌だ、そんな恐ろしい事態は嫌だーっ!」 「俺だって生身の女の子がいいっ」 「迂闊なこと言うと、どこで店主が聞いてるか分かんねぇぞ。とりあえず俺は役目に戻る」 お前らは好きなだけそうしてろと面倒そうに言い置いた一号と、俺も働かないと怒られると身体を震わせた二号がいなくなり、ぽつんと残された健は大きく溜め息をついた。 「野菜でも探すか……」 俺にはそれがお似合いさと黄昏ながら歩き出した健は、物陰から視線を感じる気がしてそちらに顔を向けると何故か南瓜頭と目が合った。 「逃げねぇの?」 俺は助かるけど、としゃがんで手招きすると、心なし嬉しそうにした南瓜の後ろからぞろぞろと野菜がついてくる。何事かと目を瞬かせると南瓜がぐいと体を突き出してきて、何気なく捕まえるとその体に縫い跡。 「あ。そういえば、ハロウィンの南瓜だって言ってたっけ」 俺が直してやった奴? と尋ねると、後ろの野菜たちも一斉に頷く。それで出てきてくれたのかと思わずじんとした健は、掌底で強く目を擦った。 「情けは人の為ならず、か」 善行は積んどくもんだと感じ入りながら、もぞもぞとコースターを取り出して並ぶ野菜たちを見て気合を入れる。 「トマトに赤キャベツに赤ピーマンにパプリカ赤と揃ってて、太陽がないはずがないっ! 普段からオウルな上に今日はマッチ箱まで持っていたほどの強運が俺にそう告げるっ!」 太陽はここにある! と指差すと、コースターを持ったまま野菜たちが拍手する。何かちょっと、気分が乗ってきた。 「男は度胸、そいやさー!」 野菜たちが差し出してくれたコースターを二十組、次々に合わせていった健の。──結果は敢えて語るまい。 始まりの合図だった銃声に少し驚いて出遅れてしまったユイネは、けれど即座に野菜を一体捕まえていた。飛び散って逃げ回っているはずのタマネギがぽつんと一体、目の前でふよふよしていたからだ。 太陽を持ってる野菜と聞いて思い浮かぶのは、トマトや人参。タマネギは違うような気はするが、捕まえてくれて言わんばかりに浮いているのでそっと捕まえたところ、抵抗なく後をついてくる。幸先がいいですねと喜んで他の野菜、赤い野菜を探し歩いているところだ。 「太陽と言えば赤系統の色が連想できますし……ち、違いますかねっ?」 不安げな問いに返る応えは、残念ながらない。何しろ今ユイネの周りを占めているのは、先ほど刃の魔法で召喚した剣たち。殺傷能力をなくして触れても切れないように施しているが、返事をするほどの能力はない。後はふわふわと浮かぶ光球、ふよふよついてくるタマネギ。 どれも浮遊感は満ちているが、言葉は持たない。 「……一人って寂しい……」 共同戦線を張れたらよかったのにとしょんぼりしつつも、野菜を探して視線を巡らせる。と、視線の先ににょきにょきと大きくなる白い物体を見つけ、思わず足を止めた。 「あれ、確か参加者の……」 全身真っ白のシーアールシーは、ユイネが見上げているのも気づかないほどには遠い。ただ今このチェンバーにいる全員の目にはついているだろうほど大きく、一心不乱にチアダンスを披露している。スカートの下にはホットパンツを穿いているようで一安心だが、何事が起きたのかと首を捻って記憶を辿る。 「そういえば、踊ると近寄ってくるんでしたか」 シーアールシーほど目立って頑張れないけれど、今なら彼女のほうが人目を引いている。精々近くにいる野菜くらいにしか見られないだろうし、それならと心を決める。 元は貴族のご令嬢たるユイネにとって、ダンスは一通り仕込まれている。多分にどの参加者よりも優美に軽やかに踊る姿は既に捕まっているタマネギはおろか、惹かれて近寄ってきた他の野菜たちも一心に拍手を送るほどだ。 気づいて口の端を緩め、軽く膝を曲げて挨拶するユイネにほとんどの野菜はそこに留まっているが、中にははっと我に返って逃げ出す物もいる。 「待ってください」 咄嗟に野菜たちが進む前方に剣を召喚し、挟み撃ちにする。何やらわたわたと逃げてくる野菜に幾らか申し訳なく思いつつ、そっと頭を撫でるように触れる。 「ごめんなさい、あなたたちを食べたりはしませんから」 コースターを頂けますかと丁寧にお願いすると、逃げずに残っていた野菜たちもどうぞと差し出してくれる。それでは一つ一つ試そうかと幾つかを受け取った時。 「おおー、大量に野菜発見! よっしゃお前ら、助けに来たぞー」 俺の肉たちー! と腕を広げて海賊が現れ、慌てて赤い物を探す。 「ええと、赤い物、赤い物、」 きょろきょろと見渡し、そこにふよふよしているトマトを見つけてぱっと顔を輝かせる。 「はい、これをどうぞ」 これで撃退できるとほっとしつつ差し出したトマトを眺め、海賊がそろりと確認してくる。 「まぁ、赤いし。貰っとくけど。これってあんまり撃退になってないよな、なってないって」 だって捕まえるはずの野菜だろ? と海賊に首を傾げられ、ああっと声を上げる。 「ま、間違えましたーっ。違います、用意してきた物は他にあって!」 言いながら取り出す赤いリボンや包み紙が赤い飴を見せるが、海賊はにへーっと笑ってトマトを揺らした。 「でも俺、他にはいらないんだなー」 一個ってのが悲しいけどこれでなーと捕まえたトマトを揺らして海賊が去っていくのを見送り、かくりと項垂れる。 「失敗しました……っ。次からは魔法で眠らせます」 怪我はさせませんよねと小さく拳を作って決意を固めるユイネに、最初のタマネギがドンマイとばかりにぽんと肩を叩いた。 「うん、ようやく目が慣れてきましたぁ☆」 これなら懐中電灯がなくてもオッケーですねぇと目の上に手を翳してにっこりした撫子は、それじゃあ行きますよぅと軽く肩を回した。 野菜の捕獲方法は体力勝負、目視したら走って捕まえる。この一択だ。 「やっぱりぃ、それが野菜に対する礼儀だと思うんですぅ☆」 ねぇと同意を求める先の壱号は、海賊撃退用の煎餅一袋と一緒に落とさないようセット済み。準備体操も抜かりない、後は野菜を探すのみ、だ。 お日様を好む野菜といえば、キュウリ・ナス・トマト・ピーマンなどが思い浮かぶ。トウモロコシや大根、キャベツも日当たりのいい露地に植えられている、お日様が好きだという認識でいいだろう。 「そういうお日様の事が好きなお野菜の中に入っていそうな気がするのでぇ、そういう子たちを優先的に捕まえますぅ☆」 壱号も見つけたら教えるんですよぉ、とセクタンに声をかけながら視界の端に捕らえた野菜に狙いをつけて走り出す。 「まずは一体、勝負ですぅっ☆」 楽しげに笑った撫子は言って素晴らしい身体能力を発揮し、最初に見つけたピーマンに続いて南瓜も捕まえた。 「でもぉ、南瓜は海賊っぽいですしぃ。別の野菜を捕まえてから試しましょうかぁ☆」 「何だ、海賊っぽい野菜って」 顔があるって意味なら全部あるだろうと突っ込んでくる相手に目をやれば、目つきの悪い海賊が野菜を寄越せとあまり熱心ではない様子で手を出してくる。思わずきらきらっと目を輝かせ、お待ちしてましたぁと声を弾ませた。何だその反応と嫌な予感に頬を引き攣らせた海賊は気に留めず、いそいそと煎餅を取り出した。 べりっと袋を破り、個別包装されているそれをどうぞと差し出した。 「是非今食べて下さいね、コレ☆」 にこにこして手渡した煎餅を見下ろした海賊は、聞いてもいいかと硬い声で語尾を上げる。 「見るからに真っ赤な煎餅って何だ、何が入ってやがる!?」 「やぁん、海賊さん用にわざわざ買って用意した、一味煎餅ですぅ☆」 食べろと笑顔のまま迫ると、冗談じゃねぇと即座に拒否されるが。食べてくれないんですかぁっと大仰に声を上げてうるうるっと見つめると、しばらく言葉に詰まって視線を揺らした海賊は、あれは何だと左手方向を指した。 またそういうつまんない事をーと思いながらもつい視線をやると、屋根の上を疾走しているナウラを見つける。腰に結んだロープには野菜が何体も繋がれていて、びょんっと引っ張られている。 成る程、あれならどれだけ全力で走っても逸れない。 「わぁ、ちょっと惹かれますねぇ☆」 私もやりたいと思わず目を輝かせていると、それじゃそういうことでと海賊が引き上げにかかる。 食べてないー! と批難しかけた撫子は、ふと思いついてギアを取り上げると無言で構えた。少し強めの水流を壁に叩きつけ、巻き込まれかけて半身を濡らした海賊が振り返ってくる前に走り寄って、そこに通りかかった大根を捕まえてにっこりした。 「濡らしてごめんなさいぃ☆ でもほら、野菜捕まえるのが優先ですしぃ☆」 怒っちゃ嫌ですよぅと捕まえた大根を自慢そうに見せて謝罪すると、大きな溜め息をつかれた。 「分かった、これは俺が責任を持って別の海賊に食わしとく。目の前で食ったら赤い物がなくなるから、野菜を出せって事になんだろ? それじゃ嬢ちゃんが困るんじゃねぇか」 これだけ濡らされても引き下がってやるんだから納得しろやと濡れた袖を持ち上げて見せられ、うーんと腕を組んだ。 「ちょっと苦しい言い訳ですけどぉ、……まぁ、いいことにしときますぅ☆」 「おう。そんじゃな」 俺は別の奴を探すと手を揺らして歩いていく海賊を見送り、手元に残った野菜を見下ろした。 「とりあえずお日様を持ってるだろうお野菜が揃ったことですしぃ、……試しましょうかぁ☆」 暗い夜の町をてくてくと歩いているゼロは、急ぐ様子も気配もない。 「ゼロはそんなに機敏ではないのです。見つけて追いかけるのは難しそうなのです」 試しに最初に見つけた野菜を追いかけてみたが、あっさり逃がしてしまったことからも自説の正しさは証明された。となると、ここは野菜から寄って来てもらうしかない。 「確か踊れば近寄ってくるのです?」 では踊るに相応しい場所はどこかと探し歩いていると、四つ角の少し広くなっている道に出た。ここにするのですと嬉しそうにしたゼロは、小さく気合を入れるとチアダンスを始める。音楽の代わりに自分で声をかけながら踊る姿は愛らしく、野菜たちもふらふらと近寄ってくる。 「人の住む世界では、たいてい太陽は黄色とか赤とかっぽいのです」 よって赤・黄色の野菜を優先するのですと踊りながら集まってきた野菜を確認し、タマネギ、人参、トマト、南瓜を捕まえる。踊りやめた途端に野菜は再びわっと散ってしまったのでその四体しか捕まえられなかったが、あまり気にした様子もないゼロはそれでは試すのですと楽しそうにコースターを取り出して組み合わせる。 一枚目は髑髏、二枚目も髑髏、つまりこれは外れなのです? と首を捻ると、野菜を寄越せー! と見覚えのある着ぐるみ改め海賊たちが現れた。思わずぱちぱちと拍手して迎えると、何だその反応と苦笑される。 「着ぐるみさんが、コスプレイヤーに転職されたのです。このイベントが終わったら次は薄い本の作成なのです?」 わくわくと尋ねるとそんなわけねぇだろと声を揃えて否定されるが、恥ずかしがらなくても大丈夫なのですと大きく頷いて請け負う。 「ゼロは一号さん、二号さんの本作りを応援するのですー」 「つーか嬢ちゃん、意味を分かって話してるか?」 「? よく分からないのですが、ターミナルは美形いっぱい掛け算天国って聞いたのです」 きっと楽しい活動になると思うのですと意気込むと、掛け算天国って何、知るか馬鹿つーか知りたくねぇとぼそぼそ話す海賊たちは何故か頭を抱えてしゃがみ込んでいる。はたと思い出したゼロは、忘れていたのですと謝罪しながら野菜を四体海賊たちに差し出した。 「えっとね、転職おめでとうございますなのです。お祝いなのですー」 「……シンボルで呼ばれたから貰うのは貰ってくんだが」 「ありがとな、これで肉が増える。な、肉は食べたいよなー!」 「お前は黙ってろ。嬢ちゃん、見る限り真っ白だが海賊除けは考えてんのか?」 どことなく心配そうに問われ、ゼロはにっこりと笑う。 「ゼロは太陽を見つけて、太鼓を叩きに行くだけなのです」 だから野菜はあげるのですと続け、もう一つ忘れていたのですと手を打った。 「今回のイベント、全ての人の提案が入っているのです。すごいのです♪」 「全部っつーか、ごった煮な感じだけどな。まぁ、提案者の一人でもある嬢ちゃんが楽しんでくれたら店主も本望だろ」 くしゃくしゃとゼロの頭を荒く撫でた海賊は、全部くれるならついて行くと残りたげだった二号の襟首を捕まえて引き摺っていく。 「じゃあ、ま、精々頑張れ」 「はいなのです。応援ありがとうなのですー」 「あー、俺の肉ー」 ずるずると引き摺られていく海賊を見送ったゼロは、再び踊るのですと決意したところにその通りに駆け込んできた坂上と目が合った。 「あ。ゼロじゃないか。何だ、まだ捕まえてないのか?」 「捕まえたけど、海賊のシンボルだったのです」 そうか仲間よと肩を叩いた坂上は、目の前を過ぎったトマトに反応して、悪い追いかける! と断って駆け出したが、ふと何か思い出したように振り返った。 「そうだ、教えといてやるっ。赤い野菜は三倍速だから気をつけろっ!」 きりっとした真顔でそう忠告した坂上は、待て待て待て~! と再びトマトを追いかけ始める。頑張ってなのですーとそれを見送ったゼロは、三倍速、と繰り返して軽く首を傾げた。 よく分からないが、有難いお言葉なのだろう。 「ゼロも再び太陽を探すのです」 三体目の南瓜と一体目の西瓜から無事に太陽を手に入れたナウラは、コースターを合わせるなりほんわりした球状の明かりに変化したそれを大事そうに持ったまま屋根の上を全力で疾走していた。下手をすれば野菜を追いかけていた時より本気で、町の中央にある広場を目指す。 「っ、太陽ゲットー!!」 やっほうと相変わらず突き抜けたテンションで歓声を上げたナウラは、視界の端に同じく太陽を見つけたらしい存在を目にして慌てて速度を上げる。せっかく太陽を手に入れられたのだ、太鼓を鳴らす役目も譲りたくない。 勢いよく屋根の上を駆け抜けて広場に辿り着くと、同じく足を踏み入れたシーアールシーを見てその大きさに一瞬戸惑った。一歩進んだだけで櫓に届きそうなほど巨大化している彼女は、すぐにも太鼓を鳴らせそうだ。負けちゃうと知らず泣きそうになると、目が合ったシーアールシーは途端に縮んでお先にどうぞなのですーと笑う。 「っ、いいのか!?」 「勿論なのです。どうぞ鳴らしてくださいなのです」 ゼロは太陽を見つけられて満足なのですと笑ってくれるシーアールシーに力一杯礼を言って、櫓に上がる。そこにある撥を拾って思い切り振り被り、どぉんっ! と大きな音を立てるとナウラの手からふわりと太陽が浮かび上がった。 追いかけるように視線をやると、シーアールシーが持っていたそれと、広場に着いたばかりのアーキュエスの手からも浮かび上がっている。まだ野菜を探して駆け回っていた坂上の手からも離れ、最後のコースターで見つけたばかりの川原の元からも離れた太陽は見守る先で一つに纏まり、東の空に消えたと思うと薄っすらと空が青く染め替えられ始めた。 「ああ……、朝になりましたね」 眩しそうに目を細めてアーキュエスが呟くと、お疲れ様と店主の声が響いた。 「無事に太陽が戻った。朝を告げてくれたお客人に、どうぞ盛大な拍手を」 櫓の下からナウラを示して促す店主のそれで、わぁと拍手が起こる。思わず照れて頭をかきながら櫓を降りたナウラは、終わったんですねぇと戻ってきた川原にお一つどうぞー、と小さな包みを手渡された。 可愛らしくラッピングされたのは野菜クッキーらしく、参加者や海賊、店主にも配っている。 「勝てませんでしたけどぉ、全力疾走できて楽しかったですぅ☆ 海賊さんたちだけお煎餅は不公平ですしぃ、貰ってくださいねぇ☆」 「お心遣い、痛み入る」 嬉しそうに口許を緩めた店主は川原に丁寧に頭を下げ、バーベキューの用意もできているぞと参加者たちを見回した。 「海賊に案内させよう、幾らか肉が足りない者もいるだろうが大いに食べていってほしい」 野菜の獲得数は把握済みだと一覧を取り出して笑う店主に、ちょっとはまけてくれてもいいのにーとぼやいているのは海賊のほうだ。けれど店主と目が合う前に広場に来た坂上を見つけて近寄って行き、よう同士ー! と気安く問いかけている。 「それにしてもあんた、変な踊りしてたよな」 「変って言うな! ていうか、見てたのかよ!?」 「だって海賊だし。海賊だろ? 取れそうなところから取らないと」 でもあの踊りで気が抜けたーとけらけら笑って再現しようとする二号に、やめろと坂上がむきになって止めている。 「え、ひょっとして誰がどんな風に踊っていたかご存知なんですかっ!?」 「まぁ、行き会った奴のはな。あんたのは見逃してやる気になるくらい上手かった」 慌てて尋ねたアーキュエスに一号がさらりと答え、覗き見なんて変態さんですかぁ! と川原に引かれている。誰がだと受けて立つ一号に、ゼロがしたり顔でそれもきっと薄い本の為の勉強なのですーと頷いている。 「けど一番怖凄かったのは、太陽を戻したあいつの安来節だけどなー」 ドジョウも見えたといきなり二号に指差されて戸惑っていると、無礼なことをするなと海賊の頭を叩いた店主がこのお詫びも兼ねてと何かを差し出した。 「手を出してもらえるか」 促されて掌を上に向けて出すと、直径三センチほどの小さな篭を乗せられた。鳥篭にしては真ん丸で、中身はない。ストラップかなと首を捻りつつ紐の部分を持って吊り下げると、何もなかったはずの空間にほうと光が灯った。 「わっ」 「朝を教える太陽は、優勝者に相応しいかと思って。貰ってくれ」 微笑んだ店主が篭をつつくと、光が消える。持ち上げるとまた灯るそれに目を輝かせたが、はっとしてゼロを見た。 「あっ、でもこれ本当は貴方の、」 「ゼロは海賊さんにほとんどあげたので、太鼓を鳴らしても勝ててなかったのですー」 だからそれはナウラさんの物なのですとにこりとするゼロにありがとうと口許を緩めて小さな太陽を見下ろすと、店主が全員に向けて少しばかり丁寧に頭を下げたのに気づく。 「ご参加、ありがとうございました」 楽しい時間になっていましたら是幸い、と続けた声は優しく、どこか嬉しそうだった。
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