世界旅団との戦争後、0世界はすっかりその風貌を変えてしまった。 まるで祖父の代からこの場におりましたような当然の顔で世界樹が根を下ろし、さらに樹海が広がって幾日。 まだ旅団の残党が隠れていたり、ワームがいたりと無駄にハッスル危険度が高い樹海をふらふらと何かに導かれるようにして業塵が進む。 「待ってください!」 後ろから追いかけるのはヴィンセント・コール。皺ひとつないスーツ姿で業塵を追いかけて手を伸ばすと、まるで雲か、はたまた塵か、それとも海のなかをただ漂うクラゲのようにつるりとあと少しのところで逃げてしまう。 このままでは間違いなく樹海に行ってしまう。飼い主から「よろしく頼むよ」と言われている手前ほっておくことも出来ない。 「救援を呼ぶしかありませんね」 一人では絶対に無理だと判断したヴィンセントはすぐさまにノートを取り出した。やり手の代理人兼秘書は自分に出来ることとそうでないことへの判断力と対応力に優れていた。やはり出来る男。 連絡したといってもすぐに救援が来るとも限らない。そのためにもこの場で自分に出来ることは精一杯やらねばならない。 「待ちなさい」 聞く耳持たずふらふらと進むその足に迷いはなく、振り向きもしない。いっそ、ギアで足止めするべきかと本気の3秒前。 「連絡したのはそちらさんか?」 「これは」 空中からの声に顔をあげると逞しい翼をひらりとふるい、村山静夫がヴィンセントの前に降りた。 「ええ。彼を迅速かつ穏便に家に連れ戻したいんです。このままでは一人で樹海に入ってしまいます」 先ほど、ギアを使おうとしたことなど微塵も感じさせないイケメン紳士の口調でヴィンセントは説明する。 静夫はふらふらと夢遊病者のように歩く業塵の背を一瞥した。 「仕方ねぇ。このまま見殺したら酒がまずくなっちまう」 「ご協力感謝します」 折り目正しくヴィンセントは頭をさげた。 そして男二人の奮闘がはじまった。 「旦那、このままそっちに行くのは拙い。止まるんだ。旦那!」 「今日のおやつはドーナツですよ。砂糖たっぷりの! あとミルクココアもついてますがいかがですか!」 「なんで甘いもんなんだ!」 「好きなんです!」 「ちょっと、まてよ。こりゃ、おやつの抗議かぁ? いま甘いものはないのか?」 「いつもはポケットにキャンディをいれてますが、今は品切れです。ミスタは?」 「煙草しかねぇ! しかし、何かに操られてるんじゃないのか?」 「よく考えてください。この人を操って得する人がいますか? ミスタ」 「わからんが……もう樹海にはいっちまうぜ」 静夫とヴィンセントは業塵の左右を囲み、その肩を掴むことに成功したのに説得を試みたが反応はまったくない。声が右から左に通り抜けているというよりも、そもそも届いてないようだ。 二人の努力もむなしいほどの、場合によっては健気ともとれるほどの執拗さ発揮して業塵は前に進む。 その結果、最終的に二人で両脇から引っ張るという古典的かつ腕力に頼ることにした。もうこれ以上の手段がなくなったというのもある。 「ひっぱれぇ!」 「っ! 家に帰りますよ!」 ターミナルの建物が消え、目の前に広がる暗い樹海に背を向け、これ以上の進行すまいと二人は力のかぎり抗った。 業塵の動きが一瞬だけ止まったかのように見えたが、 ずる。 ずるずるずるずる。 「いっ!」 「あ!」 男二人の渾身の抵抗はまるで足元の小石程度の扱いである。 力勝負で先に音をあげたのはヴィンセントであった。 「っっ!」 糸の切れた人形のようにぐったりと力尽きでずるずるとひきずられるが業塵の腕を離さないのはあっぱれ。 「がんばれ! 男だろう! ふんばれ」 「ゼハゼハァ(目だけで語る「理系は体力がないんです」と)」 「男は黙って耐えろ! って、お!」 静夫も態勢をくずして転ぶが、やはり腕だけは離さないあっぱれぷり。 男二人をずるずるとひっぱって進む業塵。引きずられる二人は枝やら葉っぱにやたらとぶつかる。 「いて。いてて。兄さん、俺はいま、あれだ。モップの気分だ」 「私もです。いたっ」 見ると遠い空がとってもきれいな色をしているなぁと静夫は一瞬だけ現実逃避した。 ずるずると引きずられること三十分ほど。 ターミナルの姿は生い茂る木々によって完全に消えた樹海の奥深くに業塵にしがみついて来てしまった二人は囁き合った。 「なにか匂いませんか?」 「樹海にはいってから、甘い匂いが……だんだんと強くなっている気が……うお」 「っ! なんですか、いきなり止ま」 突然止まった業塵に腕から振り落とされたヴィンセントと静夫は尻餅をついて体を起こすと、目の前に広がる光景に絶句した。 家があるのだ。 それもただの家ではない。壁はビスケット、小さな星型のクッキーがいくつも飾られている。屋根はふわふわの生クリーム。いちごの煙突、チョコレートの窓……御菓子の家だ。 「ありゃなんだ」 「……童話にありましたね。御菓子の家、そこには悪い魔女が住んで」 「現実逃避している場合か、こりゃ誰かが行為的に作ったもんだぞ! 旅団か?」 「旅団なんて古いクリーム! 今はクリーム・クリーム団の時代クリーム! お前たち、世界図書館を捕まえて、奴隷するクリーム!」 突然の甲高い声。 静夫とヴィンセントは御菓子の家の屋根を見た。そこには―― 「ユーたちもあまーい罠にかかった愚か者クリーム!」 丸いスポンジケーキの大・中・小が重なり合い、それがいちご、チョコ、抹茶のクリームの鮮やかな衣を纏ったカラフルなケーキ人間が立っていた。手はワッフル。目はクッキーで出来ている。 「スホスホスホスホ! ミーのちょー頭イー作戦にひっかかった愚か者クリーム!」 全体を揺さぶって甘い砂糖を零しながら笑うケーキ人間。 「あれは」 「ケーキだな」 どう見ても三段重ねのケーキである。 「スホスホスホ! 恐怖で声もでないクリーム! スホスホ! この御菓子の家はお前たちみたいなハラペコ、甘いもの大好きを惹きつけるための罠クリーム! 集まったやつを見るがいいクリーム! この家をさらに巨大化のため奴隷として御菓子を作らせているクリーム! ユーたちもミーの奴隷か、ごはんになるかの運命クリーム!」 びしぃ! とワッフルの手が御菓子の家のなかを指差す。見ると心なしかやつれた人間たちが虚ろな目でせっせっと御菓子を作っている。 もしや彼らは空腹によって御菓子の家にきてしまった旅団の残党だろうか。 「ケーキが人間を食べか、奴隷とは甘くない話だ」 「ここに約一羽、鳥がいますが、さすがに食べるとなると大変ですしね」 「喧嘩売ってるのか兄さん」 「客観的な意見です」 「ふ、ふふふふん! 悲鳴すらあげられない恐怖を与えるなんてさすがミー!」 「馬鹿らしさに悲鳴をあげる気力もないだけです。それよりも、はやくこの人を連れて帰らないと」 「そうだな」 「そんな強がりは無用クリーム! とぉ!」 ケーキ人間が屋根から飛び降りると七色のビームを口から放つ。すると地面にチョコレートが現れた。 その上にばしゃんと着地したケーキ人間はチョコレートまみれ。生クリームとチョコのコラボによってますます甘い匂いが周囲に漂う。 静夫もヴィンセントも一般的な味覚を持つ男子としてそろそろこの甘さに吐き気すら覚えてきたところにトドメの甘い香りである。 「ふふふふふん! 本当は怖くて怖くてたまらないクリーム! ミーは優しいクリーム! 今はおなかも減ってないからお前たちがどーしてもっていうなら奴隷として飼ってやってもいいクリーム! 毎日ココアとフルーツタルトのごはんをやるクリーム! これでお前たちはミーの虜! お前たち世界図書館や旅団たちの奴隷がいっぱい作って戦力もだーいぶ削がれているからターミナルに攻め入るクリーム!」 「だいぶって、そこらにいるのが五人佳、そこいらで戦争できるか! 甘いものだけなんて栄養偏るだろうが!」 「申し訳ありませんがお断りします。貴方は速やかに奴隷を解放し、投降してください。こちらも手荒なことは、ミスタ業塵?」 ふら。 今まで岩のように立ちつくしていた業塵が一歩前に出る。 「おい、旦那どこにいく」 「これは」 静夫とヴィンセントは業塵の顔を見て硬直した。 白すぎる肌に落ちくぼんだ眼窩の業塵の表情が――夢見る乙女に見えなくてもない。 興奮に高揚した頬はピンク色で、目は星のようにきらきらとした――ただただ目の前の御菓子の家を見ている。ような気もなくはない。目の錯覚? 「ミーの奴隷になるか?」 「承知」 業塵、コンマ000.01秒の回答。 まさに光の速さ並みの決断だ。 「今から敵だ」 唖然としていた二人はハッと我に返った。 「おい、飼い主。どうなってんだ、あの旦那! 裏切っちまったぞ!」 「飼い主は別に居ますので責任の所在はそちらに!」 「そちらにって……っ! 本気か、旦那! 毎日甘いもの尽くしって、あんた甘いもの好きだったな!」 こくんと業塵が頷く。 静夫はヴィンセントに耳打ちした。 「どうする、あの旦那」 「そうですね……ここで彼を見捨てた場合」 そのとき、かちっとスイッチが入る音がした――とのちに静夫は語る。 「部屋のなかが静かになる可能性は高いですが、そんなことをしたら先生が落ち込んでしまう、その精神的打撃が執筆にも影響、それでなくとも今予定が大幅に遅れ気味の新作が……いや、むしろはかどる……? いえ、しかし性格からして」 「おーい、何一人でぶつぶつ、てか、スケジュール帳を開いて何考えてるんだ」 すちゃっとスケジュール帳を懐にしまい、ヴィンセントは姿勢をただした。 「なんとか無事、連れ帰りましょう。なんといっても私はあの人を預けられた身ですから最大限の努力はおしみません」 「……その答えにいきつくまでの間はなんだ。おい、あの長い間は!」 「私事と公事を天秤にかけていたんです」 しれっとヴィンセント。 「あの旦那といい、この兄さんといい」 はぁと静夫はため息をついた。 「ミーたちぃいいい! こんなプリティでど派手で甘そうなユーを無視してなにぶつぶつ言ってるクリーム!」 無視されたケーキ人間がヒステリックに叫び、地団駄を踏む。 「すみやかに人質と魅了したミスタ業塵を解放後、投降してください。抵抗する場合、こちらも武力を駆使します」 「どうする、あんた」 ヴィンセントは片手に剣を、静夫は片手に銃を握りしめる。 いくらふざけた見た目と作戦をたてる相手といえ、元は旅団である。その力はいかほどか。 「スホスホスホ! これでもかぁ!」 なんとケーキ人間は手のなかに水飴を生み出すと、御菓子の家にいる奴隷の一人を一本釣りにして、盾にした。 「ミーたちが攻撃したら、こいつがどうなっても知らないクリーム! ふ、ふふふふん! お前たちが奴隷になると言わなければ!」 「言わなければ」 「拷問でもするつもりか」 「そうクリーム! こいつに激甘チョコレートを食べさせちゃうんだクリーム!」 ケーキ人間が片手をどろりと強烈な甘い香りのチョコにして人質の口元に寄せる。え、それ拷問? 「うっぷ。いやだあああああ」 効果絶大である。 「もう、甘いものはいやだー、たすけてくれー」 虚ろな目で奴隷の男が叫ぶ。 「朝昼晩、チョコ、クリーム、メープルのケーキ、ケーキ、ケーキ三昧。もう無理だ。お前らだって同じ男だ、わかるだろう! この拷問の恐ろしさ」 「わからねぇよ! 気合いでそんなもの食え!」 「鬼、悪魔、鳥野郎!」 「俺は鳥人間だぁ!」 奴隷と静夫が繰り広げる不毛な口論をヴィンセトが止めに入った。 「落ちついてください。ミスタ鳥……失礼。捕まったのは自業自得、そのチョコを食べきってください! あなたも男なら気合いです。そう、気合い、気合いで!」 「他人事だからって! うわーチョコが、きた、きた、むりむり! お前らくいやがれぇええ! ぎゃああああ、むぐぅ」 「つつしんで辞退します! 奴隷は大丈夫そうなのでいきますよ」 「そうだな」 チョコ責めにあう奴隷については、まぁ本人が食べればいいので無視することにした二人は戦闘態勢に入る。 幸いにも敵はケーキ人間一人。こちらは二人。 ヴィンセントが剣を縦に構えると、周囲に冷気が漂い、現れた氷の獅子たちが飛び出してケーキ人間を襲う。 が ケーキ人間が放った七色のビームに撃たれた獅子がチョコアイス、バラニアイスへと変わるとヴィンセントに突進した。 「しゃらくせぇ!」 静夫は空中に飛び、引き金を引いた。 しかし。 銃弾は命中したが、獅子はさしたるダメージ……アイスなので撃たれたとしてもへっちゃらなのだ。 「なっ! あ」 静夫の前でヴィンセントはアイス獅子たちにべんろべんろと嘗められまくっている。気合いの入ったスーツがアイスまみれ、甘い香りまみれ。 「……!」 無言で怒りのオーラを発するヴィンセントが獅子たちを叩き斬るが、甘いアイスは凍るとシャーベットとなって頭からヴィンセントはかぶることとなった。チョコまみれ、ねちねちまみれ。あまあままみれ。その顔に若干、不穏のオーラを纏っている。 「おい、大丈夫か!」 「大丈夫のように見えますか」 「……一気に決めるぞ!」 静夫が高速で動く。チョコまみれになっている奴隷に怪我をさせるわけにはいかないので、それを避けケーキ人間のみ狙う。 そう思った瞬間、静夫の前にぬっと業塵が現れた。 「!」 口に何か差し込まれた。この甘く、ねばつくのは 「ふぐぅ!」 スティクチョコ! それも五本も差し込まれて静夫は咽ながら巨大な壁、ぬりかべのように立つ業塵を睨みつけた。 しゅた! 何か投げられた衝撃に静夫は地面に倒された。 にやと業塵が笑った。 笑った? なぜ――と思った瞬間、痛みはないが、体の自由に利かないことに気がついた。 「虫!」 なんと業塵が投げたのは刃のように鋭いキャンディ。それが静夫の服を地面に縫いつけ、更に黒い虫の大群が甘いキャンディを狙って集まっている。 「!!」 ぞわっと静夫は嫌悪に震えあがる。 チョコ責めにくわえて虫責め。これは肉体的なものより精神的ダメージのほうが大きい。慌てて逃げようとする静夫は業塵の怪力に押さこまれ、御丁寧にもグミの紐で全身ぐるぐるん巻きにされた。 「おい、助けてくれ!」 「ただの虫です! 害はないので御自身でなんとかしてください! このスーツ何万すると思っているんですか? 弁償してください!」 完全にブチ切れモードのヴィンセントの標的はケーキ人間である。 「こんな大量の御菓子を摂取して虫歯にならないとでも? アメリカの肥満児のパーセントを知っていますか? おやつは一日一回、カロリー計算して食べなくては栄養が偏り、正しい食事が出来るんですよ! たとえ先生が許しても、私が許しません!」 吹雪を起こすヴィンセントは壱番世界の良き母の代弁者のようである。それにケーキ人間は砂糖の吹雪を起こして対抗する。 「くっ!」 白に黒いものが混じる。 「!」 虫だ。 それが砂糖吹雪にのってヴィンセントを襲っているのだ。剣を構えようとして腕が動かないことに気がついた。 「これは……砂糖が、シャーベットの濡れた服をかためて……」 ヴィンセントは大量の虫の襲撃を受けた。 虫と砂糖吹雪、虫責めをなんとか耐えた二人にケーキ丸投げの追撃が襲いかかる。二人は気合いと根性でそれを避けて、避けて、避けまくった。ケーキが当たったら最後、どう考えても恐怖の虫責めが待っている。 「食べ物粗末にするなクリーム!」 「投げてるやつがいうなぁ! て、兄さん、大丈夫か!」 いつの間にか木の上にいた業塵が水飴でヴィンセントを吊るしあげ、下へと落とした。そこには生クリーム池地獄があるのにウィンセントは剣で凍らせてシャーベットに変えて着地し、思いっきり滑って頭を激突した。 「っっっ!」 「しっかりしろ、傷は浅いぞ!」 「生クリームをシャーベットに変えた! お前、シャーベット派クリーム!」 「違います!」 繰り返される熱く甘いバトル。敵の攻撃はケーキとかチョコとか水飴とかクッキーとかそんなものの攻撃なので肉体的なダメージはほぼゼロだが ――精神的なダメージはひどかった。 「なぁ、もう帰っていいか? 帰ってもいいか!?」 静夫は思わずヴィンセントの胸倉を掴んで揺さぶった。その目がちょっと涙目に見えなくもない。 「異議なしと言いたいところですが、そこを何とか! 先生の新作がかかっているんです」 「なんなんだ、それ!」 「先生のためにもここでひくわけにはいきません」 「よくわからねぇが、どうやってあんなやつを倒すんだ」 「私とあなたなら出来ます。やつを木端微塵に砕き、私の氷でシャーベットに変えて、あとは自動的に溶けるのを待てば」 「容赦ねぇな。しかし、それは、お前が敵に突っ込むってことか」 「はい。あなたは私を空中から奴に投げてください」 「おい、そんなことをしたらお前が甘いものまみれに!」 「先生と同居人の方には私は立派に戦ったと伝えてください」 「ああ、わかった。なにがあっても死なないとは思うが、しばらく精神的に立ち上がれないだろうからな」 友情を確認しあう二人を他所にふっと冷たい笑みが業塵から漏れた。 「腹ごなし、完了」 静夫がヴィンセントを抱えて空に飛び、ケーキ人間に突撃――そして ぱく☆ 音をつけたらそんなかんじで業塵がケーキ人間を後ろから頭から一飲みにした。 それも空から攻撃をしかけようとした静夫は急に止まれない。ヴィンセントも急には止まれない。二人揃ってチョコの池にダイブした。 どろっとチョコまみれになった二人は業塵を見つめた。 業塵は指についたチョコをぺろりと嘗める。 「敵のあんな作戦がうまくいくわけなかろう」 しれっと言いきる業塵。 「お前、寝返ったんじゃ」 「あの手の輩は騙し討ちが手っ取り早い、家臣に下ったと思わせていたのだ」 「ケーキ人間を食べたのは」 「このなかで一番美味しそうだった」 ぐっと拳を握りしめて言いきる業塵。ちょっとその顔が満足げである。 「それに」 ふっと業塵の唇に冷たい笑みが浮かぶ。 「お前たちが慌てふためく様、愉快だった」 ぶっつん。 その瞬間、二人のなかで何かがきれた。 「撃っていいか!」 もう既に静夫は撃っていた。それに業塵がふわっと飛んで回避する。 「存分に!」 氷の獅子たちが純粋殺意白パーセントで業塵に向かって襲いかかる。それを業塵は手を振り払い、粉々に砕いた。 にちゃあと業塵は笑う。 樹海に止むことのない銃声と吹雪のうねり、そして、笑い声が響いた。 ☆ ☆ ☆ 「で、飼い主さん、連れて帰ってくださいね。本当にうるさく、うるさくて」 「はい。すいません。いえ、業塵は良い子なんです、本当良い子なんです……すいません」 樹海の騒音にぶち切れた司書から呼び出された飼い主は数時間に及ぶ御説教を食らい、それが執筆を大幅に遅らせたのは別の話。
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